2019年07月16日

ベルトローダー

今日は「ベルトローダー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」べるとろーだー
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono1/kuruma-109.html
http://www.keiko-cafe.com/

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詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ

2019年07月15日

「同志」の家族が引き出す生きる力 ー木本美紀『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』から考える

10数年もの間、度重なる脳梗塞を患いながらも、
努力を続けてきた歌手の西城秀樹さんは
病を得た自分自身が精一杯生きて輝き、
気付きを歌として届けることが
「奇跡的に助けられた僕の使命」と自覚されていました。

その西城さんを支え、守り続けたご家族の様子は
奥様の木本美紀さんが発表された手記(※)の中に
率直に綴られていました。
※木本美紀(2018)『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』小学館


回復の明るい兆しがはっきりと見えない手探りの中、
病気の家族を支えるとはどういうことなのか。
美紀さんのメッセージの中にあるものを
自分なりにずっと考えていたら
文章にまとめるまでに
数カ月も経ってしまいました。
自己肯定。同志。
そういう言葉がキーワードとして心の中に浮かんできました。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時
「「同志」の家族が引き出す生きる力」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-070.html

インドクジャク

今日は「インドクジャク」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」いんどくじゃく
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-371.html
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2019年07月12日

みんなと違う、その日常を受けとめるために父が心を砕いたこと

病気のために制限しなければいけない食事や運動、
それは大人であっても大変ですが
幼いお子さんがその必要性を理解して守っていくことは
実に大変なことです。
お子さんだけでなく親御さんも。

そして「みんなと一緒」であることに
安心感を見出すような年頃のこどもは
みんなと一緒のことができない自分に引け目を感じたり、
時には理不尽だと怒りを感じることもありますね。
場合によってはそうした違いが、
いじめの対象になってしまうかもしれない。

それでもお子さんの命を守り、現状悪化を防ぐために
どうしてもやらなくてはいけないいくつもの制限。

あるお父様はお子さんが幼い頃からずっと
そもそも人は皆違うのであり、
他人と違うことは決して悪いことではない。
他人と違うことが良いことなのだよと
教え諭してきたのだそうです。

そのお話を聞いて心がジーンとしました。
父が折に触れ語り、それに耳を傾ける子の姿を想うと。

きっとそのお子さんは父の言葉を聞くたび
自己肯定を積み重ねて来たんだろうなあ。
それはすごくすごく、大切なことだと私は思う。

お子さんは父の言葉によって次第に
自分から違いを理解した自主的な行動を
とるようになったのだそうです。


その後、思い出した詩がありました。
金子みすゞ女史の詩「私と小鳥と鈴と」(※)です。

5年前こちらのエッセイでも取り上げたことがありますが、
平易な言葉で真理を突いた詩なので、
またご紹介したいと思います。


「私と小鳥と鈴と」

私が兩手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。

(※)金子 みすゞ(1984)『金子みすゞ全集 V さみしい王女』,JULA出版局, p.145


幼い頃から「自分の違い」を自然に受けとめて来たこどもは
「他者の違い」を受けとめる懐の深さを持つんだろうと思う。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

クラゲ「フィロリーザ・プンクタータ」

今日はクラゲ「フィロリーザ・プンクタータ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」くらげ「ふぃろりーざ・ぷんくたーた」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-508.html
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2019年07月11日

温泉水のマンホール(北海道・洞爺湖町)

先月訪れた北海道虻田郡洞爺湖町にあったマンホール、
亀甲模様のシンプルなデザインでしたが
よく見るとそこは「温泉水」

「雨水」「汚水」のマンホールは
どこにでもあるけれど
「温泉水」はやっぱり温泉町ならではです。

こちら「温泉水」
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こちら「汚水」
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さて洞爺湖近くの昭和新山は昭和20(1945)年、
爆発もおさまって新山の成長が一応止まった後、
硫黄を狙って山を荒らし、
硫黄を転売する鉱山師が現われるようになりました。
そのため、山を守り保護しようと立ち上がったのが
当時壮瞥郵便局長だった三松正夫氏でした。
三松氏は先祖伝来の土地を売ってお金を工面して
昭和新山を買い取ったことが知られていますが、
実は三松氏は洞爺湖温泉源泉を発見された方でもあります。

昭和新山の出現からさかのぼること約30年、
大正6(1917)年6月、当時は温泉場としてまだ知られていなかった洞爺湖に
湯が沸いているという噂が地元であったことから
仲間2人と共に崖になっていた湖岸を十数メートル降りて砂を掘り、
温度計で水温を確認し、源泉を確認して
温泉利用と湖畔土地の借用を求めてお湯を添えて北海道庁に出願したところ
1カ月後「弱食塩泉」ということで温泉として認められたのだそうです。

そして郷土の自然を守り、優れた観光地としての真価を広く宣伝するため
「保勝会」と名付けた観光協会の創設に努めたのだそうです(※)。


※参考文献:
「ベロニーテ型火山の観察」三松正夫(1975)
『羽ばたけ北海道 : 北海道回想録2』北海道総務部行政資料課, pp.260-273

こちら有珠山ロープウェーから見た風景。
右手に見える赤茶色の山肌が昭和新山で
左手に見えるのが洞爺湖です。
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こちらは洞爺湖
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どちらも三松氏にゆかりの深い場所。
そして三松氏が保護を願ったとおり
昭和新山も洞爺湖も自然豊かで
たくさんの人に愛される場所。
posted by Lana-Peace at 00:11| アート / 歴史 美しいマンホール

「カマシア・クシキー」「ラベンダー バンデラパープル」「ラベンダー バンデラピンク」

今日は「カマシア・クシキー」
「ラベンダー バンデラパープル」
「ラベンダー バンデラピンク」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」かましあ・くしきー 
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/c-c-1901.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」らべんだー「ばんでらぱーぷる」「ばんでらぴんく」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/lv-1901.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年07月10日

小田和正氏 KAZUMASA ODA TOUR2019「ENCORE!! ENCORE!!」(2019/7/5 仙台)

先週、小田和正さんの仙台で行われたコンサート
『KAZUMASA ODA TOUR2019「ENCORE!! ENCORE!!」』に行ってきました。

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小田さんが協力されている「東北さくらライブプロジェクト」
ブースが出されていましたので、寸志を募金。
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会場内自販機の上には小田さんの2008年当時のサインが
飾られていました。
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小田さんは昨年の函館のコンサートの時より、
一層お元気そうで、嬉しかった。
そして仙台の会場、宮城セキスイハイムスーパーアリーナは
今迄行った大きな会場の中でも
かなり音が良かったなあという印象です。

小田さんは声の伸びも、感動ものの美しさでした。
そしてどこか小田さんは楽しそうでした。
そういえば昨年の「クリスマスの約束」の代わりに
今年の春放映された「風のようにうたが流れていた」で
出演された矢野顕子さんがリハーサルの際
みなさんが練習するスタジオ内は加湿器だらけで
まるで梅雨のように湿度が高いとおっしゃっていたけど、
きっと普段からいろいろ喉には注意されているのだろうなあ。
3時間、31曲最初から最後まで実に素晴らしい歌声だった。

今回とっても嬉しかったのは「緑の丘」を歌われたこと。
こちら小田さんが東北大出身ということで
東北大学総長里見進氏(当時)が依頼して
校友歌が実現したというもの。
 「緑の丘」作詞・作曲:小田和正
アコースティックギター1本の伴奏で1番だけ歌われたけども
しーんとした会場にしみじみ響き渡るその歌は
ほんとにいい歌だなあと。。。
コンサート終了後、CD販売のブースに行ってみたら
「一般で販売していなくて、東北大学に寄付した人のお礼として
出されているものみたいです」と言われ

東北大の生協と言ってもたくさんある。
どこがいい?
うーん、わからないから
「なだらかな 坂道を上れば 川内〜」
イントロがそう始まるのでコンサート翌日、
行ってみたのは川内キャンパス 川内厚生会館。
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ということでやっと手に入れることができました!
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「緑の丘」460円也。
この金額の中のわずかな額でも
東北大学の学生さんたちのために役立てるといいなとか思って。

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CDには小田さんの歌声がピアノソロの伴奏と共に入っていました。
小田さんのあたたかい低音が染み渡るような名曲。
小田さんの母校や仙台に対する愛が伝わってくるような歌でした。

そして東北大混声合唱団の歌声と
東北大出身の榊原光裕氏によるピアノ演奏も入っています。
同じ曲だけど異なるアレンジはまた随分表情が変わります。

そして最後に「緑の丘 Instrumental」と書かれたピアノ演奏。
どなたの演奏かしら?
音楽ファイルのプロパティをパソコンで見てみたら
参加アーティストの欄に「小田和正」とありました。
東北大の合唱団、榊原さんのバージョンのところにもそれぞれ
参加アーティストの欄に各名称が記されているから、
4番目のInstrumentalはやっぱり小田さんの演奏なのでは?
でも、どうしてそう書かないのかしら?
小田さんの伴奏で歌えるって、すごいことなんですけど・・・。

さて「緑の丘」には「立ち並ぶ白い教室」と歌詞に出てくるけれど
ここに見えるのは厚生会館向かいの講義棟。
小田さんの工学部建築学科とは違うけれど
何かこう雰囲気があるので「白い教室」ってことで撮ってみました。
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「るーぷる仙台」バスの中から見えた工学部はこちら。
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キャンパス内を歩く学生さんたちの姿が
50年前の小田さんの姿に重なって見えたりして。

今の校舎は当時の面影を残すところはないようで
「とても寂しいけど 時の流れとはそういうことであります。」
小田さんはそう訥々と語っていました。

小田さんのこれまでの楽曲の中には
「緑」がかなり登場するけれど
東北大学のキャンパスの中を歩いてみて合点がいきました。
非常に緑が豊かな場所なのです!
たとえばさきほどの厚生会館から図書館へ進む道
こんなに緑がいっぱいです。
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仙台城址の伊達政宗公騎馬像近くから眺めてみると
東北大の校舎一部が緑の中から垣間見える感じ。
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「広瀬川から幾重にもかさなる緑の丘」
その歌詞が出てきますが
同じく仙台城址から見ると
瑞鳳殿のある高台が広瀬川に面するところは
こんな地層がむき出しになっています。
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バスから見た広瀬川はこんな感じ。
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さて、こちらCDジャケット裏面の美しい絵は
仙台市内の定禅寺通りです。
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小田さんのサインが右下に記されています。
実に素敵な雰囲気の小田画伯の絵ですなー。
この絵を手に入れるだけでも価値あり。

バスの中から眺めた定禅寺通りはこんな感じ。
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そして小田さんの絵の中に出てくる緑の大きな車、
きっとこの仙台市バスなのだろうなあ。
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さて、コンサートの後、会場周辺は漆黒の空。
澄んだ空気のしんと静かな感じです。

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仙台駅までのシャトルバスに乗ろうと思って
「終わっちゃったなあー」と放心状態で
とぼとぼ道を歩いていたら
何やら人だかり。
なんとちょうど小田さんたちがお帰りになるところ。
遠くて暗くて表情ははっきりしなかったけれど
白いTシャツの小田さんは右手を元気に高く上げて
挨拶されて車に乗り込まれました。

何度もコンサートに行ったけど
小田さんのお帰りになるところに出くわしたのは
初めてだったなあ。感激。感激。
小田さん今日はどうもありがとうございました。
いつまでもお元気で。
そう呟いて。

コンサート最後に小田さんは「僕等の気持ちです。」
そうおっしゃって
「また会える日まで」をみなさんで歌われた後に
「会いに来る」をもう1回歌ってくれたのは
小田さんにとって縁の深い仙台だからなのか・・・?
名残惜しかったなあ。

若き日の時間と、年を重ねた時間が
うまく融合して醸成して、
今の小田さんにつながっているんだなあと
しみじみ感じたコンサート。
忘れられない誕生日プレゼントになりました。
小田さんが4年間過ごした仙台の風景。
小田さんの原風景にもちょっと触れられて嬉しかった。


これからも身体と心を大事に
小田さんの求める音楽を追求してほしいなあって思いました。
posted by Lana-Peace at 11:25| アート / 歴史 音楽

パパイア

今日は「パパイア」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ くだもの・やさい」ぱぱいあ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/kudamonoyasai/kudamono-62.html
http://www.keiko-cafe.com/