2019年11月20日

コンゴウフグ

今日は「コンゴウフグ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」こんごうふぐ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-509.html
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月19日

カマキリ

今日は「カマキリ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」かまきり
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-309.html
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月18日

生と死と再生への思いが滲み溢れる遺物たち ―手形・足形付土製品ほか(北海道恵庭市・柏木川4遺跡)

2018年5月、函館市縄文文化交流センターで
垣ノ島A遺跡と豊原4遺跡から出土した
手形・足形土製品に出会って以降、
手形・足形土製品についていろいろと調べる機会が増え、
北海道恵庭市の柏木川4遺跡からも
手形・足形土製品が出土していたことを知りました。
そして今年6月ようやく恵庭市郷土資料館で
見ることができました。
ひっそりと資料館の展示ケースの中に佇んでいた
実物の手形・足形土製品は素朴であるけれども
強い存在感を放っていました。

その後、北海道埋蔵文化財センターから刊行された
調査報告書第249集に収載されていた口絵の写真
(遺物の出土時の位置関係がわかる写真)を見て、
ある思いが浮かんできました。
この手形・足形土製品が出土した土壙KP-397から
遺骨は見つかっていないけれども
恐らく赤ちゃんが葬られていたものであり、
土製品と共に埋納されていた土器等は
赤ちゃんが母親の胸に抱かれて授乳される
幸せなひと時を表したものではないかと。
土壙の中央、ひときわ華やかな装飾の鉢の底に
穴が開けられていたのも、
実は母親の子宮に見立てた鉢に
亡くなった赤ちゃんを骨盤位(逆子)の
ポジションで納めたのではないかと。
あくまでも私個人の勝手な想像ではありますが。

かつての幸せな生を表現した上にある現実の死、
これらのすべてがあまりにも早過ぎる我が子の死を悼み、
赤ちゃんを優しくしっかりと包み込み守りながらも、
その命の再生・再会を望む親心が溢れていると思いました。

手形・足形土製品が注目されるけれども
一緒に埋納された遺物も
大変素晴らしい慈愛に満ちた遺物だと思います。
恵庭市郷土資料館でぜひそれら実物を見たかったなあ。
出土時の様子を表した土壙のレプリカと共に。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「手形・足形付土製品ほか
(北海道恵庭市・柏木川4遺跡)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-089.html
http://www.lana-peace.com/2/index.html

「ラバンジン・ラベンダー「グロッソ」」「ラベンダーセージ」「ヤナギハッカ」「チコリ」

今日は寒色系のお花のご紹介。
「ラバンジン・ラベンダー「グロッソ」」
「ラベンダーセージ」
「ヤナギハッカ」「チコリ」です。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」
「らばんじん・らべんだー「ぐろっそ」」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/l-l-g1901.html
「らべんだーせーじ」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/la-s1901.html
「やなぎはっか」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/yanagihakka1901.html
「ちこり」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/chicory1901.html
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月15日

洞爺湖遊覧船エスポアール

今日は北海道の「洞爺湖遊覧船エスポアール」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(そら・みず)」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono2/fune-10.html
とうやこゆうらんせん えすぽあーる 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono2/fune-11.html
とうやこゆうらんせん えすぽあーる 2
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月14日

ベンガルコーヒーノキ

今日は「ベンガルコーヒーノキ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」べんがるこーひーのき
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-461.html
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月13日

「え? そういうことだったの?」 ―謝る父の心の底にあるもの

入院生活は大人もこども誰にとってもストレスです。
大人は理性でどうにか自分の気持ちを抑えることができたとしても
幼いこどもはそんなわけにはいきません。
「どうして自分はうちに帰れないのか?」
「どうして自分は自由に遊べないのか?」
「どうして自分はこの点滴やらなくちゃいけないのか?」
「どうして自分ばっかりこんなこと。」

もちろん親や周りの医療者は
そのこどもの年齢に応じてわかるように
しっかり説明していたとしても
「だけどさー」

そうですよね。
わかっちゃいるけど、だけどさー。
イライラが募る、でもどうしようもない。


あるお父様がおっしゃっていました。
面会の時に何かをきっかけにお子さんが怒りを見せたら
それをなだめるのではなくて、
そこから怒りをもっと広げさせるのだと。
そしてとにかく、とにかく自分が謝るのだと。
それが理不尽なことであったとしても。
決して自分が悪いわけではなくても。

「甘やかせているの?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

そうではありません。
何かの怒りをきっかけに、
これまで抱え込んで、浮上させていなかった
様々な入院生活の中での怒りを
そこでわーっと一気に噴出させる。
お子さんだって自分が父親に放つ言い分が
「それはお父さんのせいじゃないよ」って
自分でちゃんとわかってはいても
言わずにはいられない。
誰かにこの思いを聞いてもらわずにはいられない。
だけどそれを普段付き添ってくれているお母さんに
言うわけにはいかない。
こどもだってわかっているから。
親を困らせてしまうって。
きっと自分の気持ちを聞いたお母さんは
辛くて泣いちゃうだろうから。


じゃあ時々面会に来るお父さんなら困らせてもいいのか?
いや、そういう簡単な話じゃない。
困らせることはわかってはいても、
でもお父さんならきっとどうにか受け止めてくれる。
それを幼心の中にも薄々わかっている。


そういうお子さんの気持ちを全部お見通しで
仕事で忙しくて普段付き添いのできない彼は
妻の代わりに我が子のストレスのはけ口を引き受けていたのでした。
妻だって我が子と同様に辛い時間を過ごしているのだから
せめて自分ができることをなんとかしたい、と。


饒舌ではない彼の少ない言葉の中には
お子さんと奥様への愛情が滲み出ていて
心がジーンとしました。

病気のこどもや家族のストレスは
いろいろな形の支え方がある。

彼のお話を伺ってあらためてそう思いました。


これからの治療、決してたやすいものではないけれど
どうか元気になりますように。

ゴマフアザラシ

今日は「ゴマフアザラシ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」ごまふあざらし
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-529.html
http://www.keiko-cafe.com

2019年11月12日

キリン

今日は「キリン」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」きりん 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/kirin-1901.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」きりん 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/kirin-1902.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」きりん 3
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/kirin-1903.html
http://www.keiko-cafe.com