2019年03月27日

梅の花にとまるハチ

今日は梅の花にとまるハチのご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」うめのおはなにとまるはち
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-268.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年03月26日

今日は「ウメ」のご紹介。 梅「文殊」、白梅、紅梅

今日は「ウメ」のご紹介。
「文殊」、白梅、紅梅です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」うめ「もんじゅ」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ume/nogeyama-monju1901.html
「いっしょにあそぼ き」はくばい 1 
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ume/gyoen-hakubai1901.html
「いっしょにあそぼ き」はくばい 2 
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ume/gyoen-hakubai1902.html
「いっしょにあそぼ き」こうばい 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ume/gyoen-koubai1901.html
「いっしょにあそぼ き」こうばい 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ume/gyoen-koubai1902.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年03月25日

ホンドタヌキ

今日は「ホンドタヌキ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」ほんどたぬき
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/hondotanuki-6.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年03月24日

ママは全部受け止めるからね ―たとえ短く逝ってしまう人生であったとしても

ようやく検査の末に病名がわかって、
よしこれから本格的に治療だ!
そう思った矢先、医師の口から出た言葉に彼女は
愕然としたのでした。
こんなに医学が発達した世の中であるのに、
我が子の病気を治せる方法はまだないのだ、と。

そして我が子に残された時間はそう長くないと知った時、
ショックでうちのめされそうになったけれども、
我が子に「良い思い出を作ってあげたい」
その思いが胸いっぱいに広がっていったのでした。

そして心に決めたことが二つ、
まずは我が子の現実についていき、
自分のできることを精いっぱいやるしかない、と。
長くない時間だからこそ覚悟が決まって、
気持ちを切り替えることができたのだそうです。

もう一つは我が子を不安な気持ちにさせない、ということ。
お子さんは敏感に彼女の感情を察知するからこそ、
できるだけいつも笑顔のママでいようと
思ったのだそうです。
自分のせいでより一層不安にさせたくなかったから。

そして彼女は段々強くなっていきました。
我が子の死を受け入れられない、ではなくて、
ママは全部受け止めるからね、って。

もちろん死に行く我が子の行く末を
親がそうやすやすと受け入れられるわけではありません。
事実を否定したいし、
誤診じゃないか?そうも思いたい。

でも彼女は「ママは全部受け止める」と思った。
それはすなわち、これからどういう展開になっても
それがまるごと我が子の人生だ、と事実を受け止めようということ。
長く生きることができても、短く逝ってしまったとしても
その人生を否定することなく、
全部丸ごと受け止めるからね、ということ。

どんなに親が愛情のあまり「こんなはずじゃない」って
お子さんの病気の具合のこと、だんだん死が近づいていることを
否定したとしても
その人生を生きているお子さんは
自分の人生から逃れられないものね。


全部丸ごと受け止めるからね、
その母の決意は
お子さんにとって何よりも大きな安らぎを
心に呼び寄せられる決意だったのだと思う。



時折、涙を浮かべたり、懐かしく微笑んだり
語る彼女の横顔の裏に
実はどれほど深い苦悩があったのか。
彼女の話を伺いながら、心がジーンとしました。

2019年03月23日

悲しみに心惑う時、支えとなる何か ―能動的に悲しみに向き合う時、人は何を欲するのか(昆虫学者ファーブルの手紙から考える)

昆虫学者ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル氏が
長女と長男、そして次男を亡くした時のお話をご紹介しましたが、
彼はそうした経験を通して自分にとっての支えを
見つけ出していきました。
それらは同様の境遇、同様の悲しみを経験した
身近な人にかけた言葉、宛てた手紙から知り得ることができます。
今日はファーブルの四女と
ファーブルの弟のお話を取り上げたいと思います。


能動的に悲しみに向き合う時、
人は何を欲するのか。


人生の中で何度も大切な人との死別を経験してきた
ファーブルの言葉だからこそ
重みのあるものだと思います。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「悲しみに心惑う時、支えとなる何か」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-030.html

白灯台と貨物船とカモメのマンホール(横浜市・横浜港港湾管理30周年記念)

横浜税関分庁舎そば、象の鼻パークの近くにあったマンホール。
横浜市港湾局のHPによると、
横浜港港湾管理30周年(1981年)を記念して作られたもので
横浜港外防波堤の白灯台と貨物船がデザインされたものだそうです。
1859年は横浜港開港の年。
雲の浮かぶ空にカモメが飛んでいる姿も
とってもきれい。横浜港に似合ったマンホールです。

DSC04616.JPG
posted by Lana-Peace at 09:44| アート / 歴史 美しいマンホール

2019年03月22日

ボタン「五大州」「連鶴」「玉天集」「御国の旗」「八千代椿」

今日はボタンのご紹介。
「五大州」「連鶴」「玉天集」「御国の旗」「八千代椿」です。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「ごだいしゅう」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1913.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「れんかく」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1913.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「ぎょくてんしゅう」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1914.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「みくにのはた」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1914.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「やちよつばき」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1915.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年03月21日

ボタン「ハイヌーン」「黄冠」「花遊」「鎌田藤」「太陽」

今日はボタンのご紹介。
「ハイヌーン」「黄冠」「花遊」「鎌田藤」「太陽」です。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「はいぬーん」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1909.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「おうかん」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1910.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「はなあそび」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1911.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「かまたふじ」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1911.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぼたん「たいよう」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/botan-ueno1912.html
http://www.keiko-cafe.com/

2019年03月20日

馬車のデザインされたマンホール(神奈川県横浜市)

横浜市の馬車道エリアにあったマンホール、
中央に馬車の絵が。
シンプルだけど品があるマンホール。
DSC04553.JPG

馬車道シンボルマーク(BSマーク)というのだそうです。
車輪のところにBSの文字が。
DSC04553a.JPG
posted by Lana-Peace at 11:52| アート / 歴史 美しいマンホール