2018年12月11日

イリオモテバッタ

今日は「イリオモテバッタ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」いりおもてばった
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2018年12月10日

函館市縄文文化交流センター 8)縄文時代の交流(ヒスイ・アスファルト)

ヒスイは縄文時代の遺跡から出土する翡翠のほとんどが
新潟県糸魚川市姫川周辺の物と判明していますが、
函館市の著保内野遺跡からもヒスイが見つかっています。
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縄文時代にアスファルトも使われており、
壊れた土器の補修、弓矢の矢柄と石鏃の接合などに
接着剤として用いられていました。
秋田産や新潟産のアスファルトが見つかっています。
こちら磨光B遺跡、豊崎B遺跡から見つかった
アスファルト付着の土器片。
当時、はるばる運ばれてきたアスファルトは
とても貴重なものだったはず。
土器はまた作れるだろうけれど、
そのアスファルトとわざわざ使ったということは
その土器がとても大切な意味を持っていたのだろうと思います。
誰かの形見とか。もう二度と同じものを作れないとか。そういう意味で。

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posted by Lana-Peace at 00:35| □ アート / 歴史 いろいろ

函館市縄文文化交流センター 7)縄文時代の漆

縄文時代、漆が利用されていました。
こちら磨光B遺跡の赤漆塗り土器片です。
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こちらは臼尻小学校遺跡の漆入り注口土器
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赤色顔料としてベンガラ(酸化第二鉄)や水銀朱を使うこと、
黒漆の上に赤漆を塗布する技術は現代にも通じているそうです。
また、漆製品の変遷は
漆糸製品(糸に漆を塗った)から始まり、
やがて土器や木器に漆を塗る「陶胎(とうたい)漆」「木胎(もくたい)漆」
籠や編み物に塗る「籃胎(らんたい)漆」へと発展するそうですが、
最初の「漆糸」は縄文時代だけに見られる技法なのだそうです。
その漆糸製品をまとって埋葬された方のお墓も見つかっています。
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(詳しくはこちらで紹介しました)

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函館市縄文文化交流センター 6)縄文時代の貯蔵(土器・フラスコ状土坑)

南北海道と北東北の土器の比較が出されていました。
早期→前期→中期→後期→晩期
津軽海峡を隔てても確かに非常に類似点が多いですね。
連絡船も新幹線も飛行機も無い時代の縄文人。
荒波を越えて、強風も味方につけて交流していた人々。
なんだかロマンですねー!
こうした土器は食料や水の貯蔵に使ったり、煮炊きに使ったりといった
毎日の暮らしの中だけでなく、
人が亡くなった時の埋葬時の棺として用いられる場合もあり
実に多様な用途があったわけです。

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さて、こちらは縄文時代後期の八木B遺跡から出土した注口土器。
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青森県の亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した
遮光器土偶(前1000-前400年)みたいです!
液体を入れて日常生活の飲み物を入れていた、というよりは
特別な儀式など本当に大切な場面で大事に使っていた、
そんな印象がある注口土器です。

そして大地を利用した「貯蔵」もありました。
こちら函館市豊崎O(オー)遺跡の「フラスコ状土坑」です。
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名称の由来は地表に近い入口よりも
地中側の底の方が広く、まるでフラスコのようだから。
この土坑からは木の実、動物の骨、土器などが見つかることが多いため、
食料を貯蔵していた穴だと考えられているそうです。

この土坑、縄文時代早期に作られた土坑の剥ぎ取り展示ですが
深さ3メートルもあるのです。
そんなに深く掘るって、すごい土木技術だし、
貯蔵できる食物が豊富にあったということの証しですね!
会場であまりの大きさに圧倒されました。

約6,000年前の駒ヶ岳火山灰の下に黒色土があり、
その下にフラスコ状土坑が広がります。
そしてその土坑が掘られた土壌がまたすごい!
駒ヶ岳の火山灰です。
32,000年前、17,000年前の火山灰!!!。
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あまりの悠久の時に頭の中は大混乱。
でも火山灰はもっとびっくりしたことだろう。
平成の時代に地表にあらわれることになって。
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函館市縄文文化交流センター 5)縄文時代の食生活(貝塚・石皿)

こちらは戸井貝塚、湯川貝塚、石倉貝塚、大船遺跡から出土した
貝殻や魚の骨などです。昔の人々も結構グルメです。
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貝塚からはいろいろなものが発見されています。
人間が生きるために利用した生き物や土器・道具などの送りの場。
こうした堆積を見ると、時間の流れってすごいなあと思います。
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南茅部の遺跡からは石皿がたくさん見つかっています。
そういえば大船遺跡のそばにあった管理棟の建物脇にも
石皿がたくさん置かれていました。
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縄文文化交流センターの展示によると石皿は
こんな風に使用されていたようです。
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函館市縄文文化交流センター 4)縄文時代の住居

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2では縄文時代の暮らしを知ることができます。
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縄文時代こんな集落がつくられていたわけですが
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こちら大船遺跡の復元住居
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その床面は地表を深く掘り下げられていました。
外気の影響を受けにくく、
内部の温度をある程度一定に保つことが可能で
なおかつ夏涼しく、冬暖かいからだそうです。

大船遺跡のこちらの住居跡は深さ2.4mまで掘られています。
こちら縄文文化交流センターのパネル写真。
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そしてこんなジオラマがありました。
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大船遺跡で復元されていた住居骨組みの内側にあった床面の棒は
当時こんな感じだったわけですね。
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空港で働く車「ベルトローダー」

今日は空港で働く車「ベルトローダー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」べるとろーだー
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posted by Lana-Peace at 00:27| ◎ お散歩気分:乗り物

2018年12月09日

函館市縄文文化交流センター 3)モダンアートみたいな土器の展示

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2の壁面。
モダンアートのようだと思いませんか?
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実はこちら函館の遺跡で出土した土器。
こうして壁面にオブジェのように展示されています。
フロアにいた職員さん曰く、レプリカじゃなくて「本物」。
ホントにたくさん出土しているからこういうことができるそうです。
10年ほど前、在学していた京都造形芸術大学通信教育部の
スクーリングで訪れた某資料館での見学、
出土した土器の破片の数が膨大過ぎて整理・修復しきれなくて
収蔵庫に入ったままになっていたのを思い出しました。
決して出土物を粗末に扱っているのではなくて
そうした作業には人手もお金も時間も必要で
だから展示会場でこうして日の目を浴びている土器たちが
なんだかとっても嬉しそうでした。

もちろん地震対策はバッチリと思います。
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posted by Lana-Peace at 21:23| □ アート / 歴史 いろいろ

函館市縄文文化交流センター 2)入館いろいろ

函館市縄文文化交流センターは「道の駅」縄文ロマン南かやべの
併設されている建物。
車で来る方は道の駅の駐車場のすぐ前がセンターなので、
すごく便利です。
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券売機で入場券を購入します。
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コインロッカーは100円返却式。
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そしてコインロッカーのそばに車椅子とベビーカーがありました。
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posted by Lana-Peace at 21:03| □ アート / 歴史 いろいろ

函館市縄文文化交流センター 1)大船遺跡から路線バスで向かう時

DSC03983.JPGこちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが、その後、路線バスで
函館市縄文文化交流センターへ行きました。

函館市縄文文化交流センターは
今迄訪れた数々の博物館の中でも
心の中に問いかけるものが多かったところで
非常に印象深いところです。
家が近ければ毎月訪れたいくらい
とても心地良い場所なのだけど
まあそういうわけにもいかないので、
いつか機会があればまた行こうと思います。

国宝の中空土偶もあり、
大切なたくさんの収蔵品を火災から守るために
かなりお金をかけて施設が作られたそうですが、
入場料大人たったの300円。
運営も大変だろうと思います。
ぜひ函館観光の際は足を伸ばしてほしい場所です。

ということで、函館市縄文文化交流センター勝手に応援隊!
その魅力を何回かに分けてご紹介しようかと思います。
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まずは大船遺跡から函館市縄文文化交流センターへ
路線バスで向かう方法はこちらの通り。

1  大船遺跡から海側の坂を下ってT字路を右折して「大船小学校」のバス停へ
2  函館バス「鹿部・古部行き」に乗車
3 「臼尻小学校前」下車
4 進行方向にすぐに「スポーツセンター」の青い看板が見えます。
こちらのT字路を右折して斜面を登ります。
5 Y字路は左へ直進。
6 右手に臼尻小学校が見えてきます。
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7 T字路に出るので左折します。
8 直進します。交通量も少なくて見通しの良い直線道路。
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でも、あとでセンター到着後、こんな掲示を見てびっくり。
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ヒグマの新聞記事の場所はセンターの近くではないけれど
そもそもセンター所在地は山を切り開いてできた場所だから
注意した方が良いと言われました。
確かにそうですね。

9 ようやく左手に広々した駐車場と共に見えてきました。
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posted by Lana-Peace at 17:28| □ アート / 歴史 いろいろ