2019年11月30日

御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」(2019/11/20)

先週、上野の東京国立博物館で開催されていた
御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」に
行ってみました。

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多くの人が来場していましたが
会場の平成館に向かう手前の本館入口前で
時間で区切られた入場整理券を配っていたので

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それに合わせて
TNM&TOPPANミュージアムシアターや
東洋館などを見てから
時間を有効活用できたのはありがたいです。
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30代後半の頃に奮起して大学で歴史を学ぼうと
京都造形芸術大学の通信教育課程に入学した年、
本物を見る機会を増やそうと奈良国立博物館の
正倉院展に出かけたのが
もう10数年前のこと、
それから「正倉院」と聞くと
あの頃の秋の風景をいつも思い出します。

東京国立博物館本館前のユリノキも
当日は美しく色付いていました。
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今回、とても心に残った品がこちら、
正倉院宝物 雑集(部分) 
聖武天皇筆 
奈良時代・天平3年(731)

全長21メートル42センチという長大な巻物
「作品No.6 雑集」です。

国立国会図書館のデジタルコレクション
閲覧することができます。

トーハクのブログによるとこちらは聖武天皇の御宸筆で、
天皇がしたためられた書としては、
現存最古の作品だそうです。

心を込めて記された1万8千字は
静かな迫力のあるものでした。

巻末は天平3年9月8日の日付と共に
次のように締めくくられていました。
「諦思忍 慎口言 止内悪 息外緣」
石澤典夫氏による音声ガイドでは
「心乱さず耐え忍び、口に出すことを慎み
穢れた心を捨て、広く衆生を救う」と解説されていました。
これは聖武天皇の座右の銘とされていたのだそうです。
しみじみ、しみじみ
聖武天皇のお人柄が文字から伝わってきます。

展示コーナーの最後には
写真撮影OKの場所がありました。

こちら正倉院南倉を再現したもの
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あまりに大きくて見上げた時
収蔵庫というよりも神殿のようでした。
床下だけでも2.7mあるといいますから圧巻です。

明治時代に造られた模造品がありました。

螺鈿紫檀五絃琵琶(模造)と
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螺鈿紫檀阮咸(げんかん)(模造)です。
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そして森鴎外の言葉もありました。
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夢の国 燃ゆべきものの 燃えぬ国
木の校倉の とはに立つ国 
森鴎外

鴎外は大正6(1917)年から5年間、
現在の東京国立博物館の前身である
帝室博物館の総長を務めていました。
そして奈良を何度か訪問した折に
詠んだ歌が上記の歌だそうです。

特別展の開催された平成館の手前に
鴎外の総長室跡がありました。
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昨年秋の読売新聞に掲載されていた
宮内庁正倉院事務所 所長のお話
によると
宝物を官位や爵位がなくても正倉院宝物を
見られるようにしたのは、鴎外だそうです。

100年前に確かにこの地で執務していた鴎外は
今、こうして何十万もの人々が足を運んだこの特別展を
かつての総長として
きっと嬉しく見守っていたのだろうなあ。
posted by Lana-Peace at 11:49| アート / 歴史 博物館情報

2018年12月14日

函館市縄文文化交流センター 13)函館まで路線バスで帰る時

函館市縄文文化交流センターから路線バスで帰る時は
函館・鹿部(川汲経由)・函館バスセンター行に乗車です。
バス停は「臼尻小学校前」から乗車となります。
大船遺跡からバスで来た時に降りたバス停です。
こちらでご紹介した順路を縄文文化交流センターセンターから
バス停まで逆行します。
本数少ないので、乗り遅れは注意です。
1時間20分くらいで函館市街に戻れました。
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2018年12月12日

函館市縄文文化交流センター 12)垣ノ島遺跡の遠景

国宝「土偶」入口付近を見学した後に、2階に上がっていくと
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休憩スペースは広々した窓がありますが

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このあたりで一休みして、ぼんやり外を眺めていると
外に広がる世界はなんだか縄文時代にタイムスリップしたみたい。

向こう側に一面に広がっているのが垣ノ島遺跡です。
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posted by Lana-Peace at 15:26| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 11)国宝「土偶」(著保内野遺跡)

土版のあった展示室3を過ぎると

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展示室4はたった1点だけ展示されたコーナー。
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著保内野遺跡から出土した「土偶」です。

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1975年、農作業中に偶然発見されたこちらの土偶。
1979年に重要文化財指定され、
その後2007年に国宝指定されました。

函館の展示ではひっそりと静かに心地よさそうに立っていました。
今夏、東京国立博物館で開催された特別展
「縄文―1万年の美の鼓動」で出展されていた時は
すごい黒山の人、人、人でした。

こちらの土偶、出土時点の発掘再調査が2006年に行われ
その結果、葬送儀礼の一部として用いられたと考えられています。
詳しくはまた調べてLana-Peaceのエッセイで取り上げようと思います。
posted by Lana-Peace at 15:04| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 10)大火事をくぐりぬけた鳥型土笛

2002年12月28日深夜、発掘調査をしていた調査事務所が
放火によって全焼してしましました。

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その焼け跡から見つかった
縄文時代後期の鳥形土笛です。

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数千年の時を経て出土したこの土笛、
そして平成の時代に火災の受難を潜り抜け、
頭と背中の一部が黒くなってしまったけれども、
それでもこうして原型を留めている土笛。
焼け跡の様子を見ると、
本当によく残っていたものだと思います。


すごい、ものすごい力を宿した鳥なんだと思います。

posted by Lana-Peace at 13:47| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 9)足形付土版の展示

先日に引き続き、函館市縄文文化交流センターのご紹介です。

展示室2から3に向かうと「縄文の精神」のコーナーとなります。
生と死について考えるきっかけとなる遺物がたくさんです。

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最初は足形付土版のコーナーです。
約6,500年前、縄文時代早期末の垣ノ島遺跡と豊原遺跡のお墓から出土した
足形付土版がそれぞれ17点、5点展示されています。

Lana-Peaceのエッセイでも以前取り上げました。
垣ノ島A遺跡出土 足形・手形付土製品
豊原4遺跡出土 足形・手形付土製品

こちらは垣ノ島A遺跡から出土した土版の展示。
残念ながらレプリカですが。
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こちらは豊原4遺跡に関する展示
2016年、重要文化財に指定されています。
土版以外にもつまみ付ナイフをはじめとする石器が
副葬品として出土しています。
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出土状況を示す写真が添えられた解説パネルも充実しています。
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縄文時代の人々の生と死に対する精神性を考える上で、
とても中身の濃い展示です。
posted by Lana-Peace at 13:39| アート / 歴史 博物館情報

2018年12月10日

函館市縄文文化交流センター 8)縄文時代の交流(ヒスイ・アスファルト)

ヒスイは縄文時代の遺跡から出土する翡翠のほとんどが
新潟県糸魚川市姫川周辺の物と判明していますが、
函館市の著保内野遺跡からもヒスイが見つかっています。
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縄文時代にアスファルトも使われており、
壊れた土器の補修、弓矢の矢柄と石鏃の接合などに
接着剤として用いられていました。
秋田産や新潟産のアスファルトが見つかっています。
こちら磨光B遺跡、豊崎B遺跡から見つかった
アスファルト付着の土器片。
当時、はるばる運ばれてきたアスファルトは
とても貴重なものだったはず。
土器はまた作れるだろうけれど、
そのアスファルトとわざわざ使ったということは
その土器がとても大切な意味を持っていたのだろうと思います。
誰かの形見とか。もう二度と同じものを作れないとか。そういう意味で。

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posted by Lana-Peace at 00:35| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 7)縄文時代の漆

縄文時代、漆が利用されていました。
こちら磨光B遺跡の赤漆塗り土器片です。
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こちらは臼尻小学校遺跡の漆入り注口土器
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赤色顔料としてベンガラ(酸化第二鉄)や水銀朱を使うこと、
黒漆の上に赤漆を塗布する技術は現代にも通じているそうです。
また、漆製品の変遷は
漆糸製品(糸に漆を塗った)から始まり、
やがて土器や木器に漆を塗る「陶胎(とうたい)漆」「木胎(もくたい)漆」
籠や編み物に塗る「籃胎(らんたい)漆」へと発展するそうですが、
最初の「漆糸」は縄文時代だけに見られる技法なのだそうです。
その漆糸製品をまとって埋葬された方のお墓も見つかっています。
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(詳しくはこちらで紹介しました)

posted by Lana-Peace at 00:34| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 6)縄文時代の貯蔵(土器・フラスコ状土坑)

南北海道と北東北の土器の比較が出されていました。
早期→前期→中期→後期→晩期
津軽海峡を隔てても確かに非常に類似点が多いですね。
連絡船も新幹線も飛行機も無い時代の縄文人。
荒波を越えて、強風も味方につけて交流していた人々。
なんだかロマンですねー!
こうした土器は食料や水の貯蔵に使ったり、煮炊きに使ったりといった
毎日の暮らしの中だけでなく、
人が亡くなった時の埋葬時の棺として用いられる場合もあり
実に多様な用途があったわけです。

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さて、こちらは縄文時代後期の八木B遺跡から出土した注口土器。
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青森県の亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した
遮光器土偶(前1000-前400年)みたいです!
液体を入れて日常生活の飲み物を入れていた、というよりは
特別な儀式など本当に大切な場面で大事に使っていた、
そんな印象がある注口土器です。

そして大地を利用した「貯蔵」もありました。
こちら函館市豊崎O(オー)遺跡の「フラスコ状土坑」です。
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名称の由来は地表に近い入口よりも
地中側の底の方が広く、まるでフラスコのようだから。
この土坑からは木の実、動物の骨、土器などが見つかることが多いため、
食料を貯蔵していた穴だと考えられているそうです。

この土坑、縄文時代早期に作られた土坑の剥ぎ取り展示ですが
深さ3メートルもあるのです。
そんなに深く掘るって、すごい土木技術だし、
貯蔵できる食物が豊富にあったということの証しですね!
会場であまりの大きさに圧倒されました。

約6,000年前の駒ヶ岳火山灰の下に黒色土があり、
その下にフラスコ状土坑が広がります。
そしてその土坑が掘られた土壌がまたすごい!
駒ヶ岳の火山灰です。
32,000年前、17,000年前の火山灰!!!。
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あまりの悠久の時に頭の中は大混乱。
でも火山灰はもっとびっくりしたことだろう。
平成の時代に地表にあらわれることになって。
posted by Lana-Peace at 00:34| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 5)縄文時代の食生活(貝塚・石皿)

こちらは戸井貝塚、湯川貝塚、石倉貝塚、大船遺跡から出土した
貝殻や魚の骨などです。昔の人々も結構グルメです。
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貝塚からはいろいろなものが発見されています。
人間が生きるために利用した生き物や土器・道具などの送りの場。
こうした堆積を見ると、時間の流れってすごいなあと思います。
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南茅部の遺跡からは石皿がたくさん見つかっています。
そういえば大船遺跡のそばにあった管理棟の建物脇にも
石皿がたくさん置かれていました。
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縄文文化交流センターの展示によると石皿は
こんな風に使用されていたようです。
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posted by Lana-Peace at 00:33| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 4)縄文時代の住居

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2では縄文時代の暮らしを知ることができます。
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縄文時代こんな集落がつくられていたわけですが
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こちら大船遺跡の復元住居
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その床面は地表を深く掘り下げられていました。
外気の影響を受けにくく、
内部の温度をある程度一定に保つことが可能で
なおかつ夏涼しく、冬暖かいからだそうです。

大船遺跡のこちらの住居跡は深さ2.4mまで掘られています。
こちら縄文文化交流センターのパネル写真。
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そしてこんなジオラマがありました。
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大船遺跡で復元されていた住居骨組みの内側にあった床面の棒は
当時こんな感じだったわけですね。
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posted by Lana-Peace at 00:33| アート / 歴史 博物館情報

2018年12月09日

函館市縄文文化交流センター 3)モダンアートみたいな土器の展示

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2の壁面。
モダンアートのようだと思いませんか?
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実はこちら函館の遺跡で出土した土器。
こうして壁面にオブジェのように展示されています。
フロアにいた職員さん曰く、レプリカじゃなくて「本物」。
ホントにたくさん出土しているからこういうことができるそうです。
10年ほど前、在学していた京都造形芸術大学通信教育部の
スクーリングで訪れた某資料館での見学、
出土した土器の破片の数が膨大過ぎて整理・修復しきれなくて
収蔵庫に入ったままになっていたのを思い出しました。
決して出土物を粗末に扱っているのではなくて
そうした作業には人手もお金も時間も必要で
だから展示会場でこうして日の目を浴びている土器たちが
なんだかとっても嬉しそうでした。

もちろん地震対策はバッチリと思います。
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posted by Lana-Peace at 21:23| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 2)入館いろいろ

函館市縄文文化交流センターは「道の駅」縄文ロマン南かやべの
併設されている建物。
車で来る方は道の駅の駐車場のすぐ前がセンターなので、
すごく便利です。
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券売機で入場券を購入します。
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コインロッカーは100円返却式。
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そしてコインロッカーのそばに車椅子とベビーカーがありました。
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posted by Lana-Peace at 21:03| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 1)大船遺跡から路線バスで向かう時

DSC03983.JPGこちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが、その後、路線バスで
函館市縄文文化交流センターへ行きました。

函館市縄文文化交流センターは
今迄訪れた数々の博物館の中でも
心の中に問いかけるものが多かったところで
非常に印象深いところです。
家が近ければ毎月訪れたいくらい
とても心地良い場所なのだけど
まあそういうわけにもいかないので、
いつか機会があればまた行こうと思います。

国宝の中空土偶もあり、
大切なたくさんの収蔵品を火災から守るために
かなりお金をかけて施設が作られたそうですが、
入場料大人たったの300円。
運営も大変だろうと思います。
ぜひ函館観光の際は足を伸ばしてほしい場所です。

ということで、函館市縄文文化交流センター勝手に応援隊!
その魅力を何回かに分けてご紹介しようかと思います。
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まずは大船遺跡から函館市縄文文化交流センターへ
路線バスで向かう方法はこちらの通り。

1  大船遺跡から海側の坂を下ってT字路を右折して「大船小学校」のバス停へ
2  函館バス「鹿部・古部行き」に乗車
3 「臼尻小学校前」下車
4 進行方向にすぐに「スポーツセンター」の青い看板が見えます。
こちらのT字路を右折して斜面を登ります。
5 Y字路は左へ直進。
6 右手に臼尻小学校が見えてきます。
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7 T字路に出るので左折します。
8 直進します。交通量も少なくて見通しの良い直線道路。
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でも、あとでセンター到着後、こんな掲示を見てびっくり。
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ヒグマの新聞記事の場所はセンターの近くではないけれど
そもそもセンター所在地は山を切り開いてできた場所だから
注意した方が良いと言われました。
確かにそうですね。

9 ようやく左手に広々した駐車場と共に見えてきました。
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posted by Lana-Peace at 17:28| アート / 歴史 博物館情報

2018年12月01日

北海道函館市 大船遺跡 路線バスで行く場合

こちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが
自家用車やレンタカーなどを利用しない場合は
1日運行本数の限られている路線バスを頼るしかないため
参考までにご紹介しておきます。(2018年5月利用時情報)

函館市内に宿泊して大船遺跡に向かう場合は
川汲経由鹿部出張所行のバスが便利です。
函館バスのページはかなりユーザーフレンドリーな視点で作られています。

私は「松風町」から利用しました。
「松風町」という名前のバス停は5箇所あるようですが
今回はプレイガイド前の松風町バス停を利用です。
ここから約1時間半、路線バスの旅となります。

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路線バスではありますが、座席は観光バスのように豪華です。
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バスはしばらく町の中を通ります。
五稜郭の近く、函館アリーナ前、トラピスチヌ入口等を通るため、
なんとなく函館の町のマップが頭の中に入ってきます。

町を抜けていよいよ緑が深くなってくると、
亀田半島を縦断する形で噴火湾の方に向かい、
そこから海沿いを北上します。

そして海沿いのバス停「大船小学校前」で下車。
そこから大船小学校を左手に、海を右手に見ながら
国道278号線を直進します。
少し歩くと左手にこの看板が。
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そしてもう少し進むとこの看板が。
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大船「C」遺跡とあります。
大船遺跡はAとかBとかいろいろあるのかしら?
近くの垣ノ島遺跡は垣ノ島川を挟んで
「垣ノ島A遺跡」と「垣ノ島B遺跡」があるので。
後日訪れた国会図書館にあった南茅部町教育委員会発行の発掘調査報告書も
「大船C遺跡」と表記されていました。
そこで函館市縄文文化交流センターの学芸員さんにメールで問い合わせたところ
「函館市大船町にはAからIまでの遺跡が存在しており、
そのうちのC遺跡が国の史跡に指定され、大船C遺跡は
大船遺跡に名前が変わった」と丁寧にご回答をいただきました。
なるほど。
お忙しいところありがとうございます!


さて、ここを左折して坂を上っていきます。
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結構勾配のある坂ですが、
坂の途中にも随分工夫がされています。

色つきの石を使って、壁には土器が表現されています。
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こちらは函館市の著保内野遺跡から出土した国宝の中空土偶。
(今から行くところは大船遺跡だけど、函館と言えばこの土偶。)
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そしてこちらはシカの絵です。
函館市の臼尻B遺跡からシカ絵画土器も出土していますから
函館つながりで描かれているというわけですね。
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あら、「リス注意」の看板。
やっぱり北海道!
エゾリスが出てくるのかな?
エゾシマリスが出てくるのかな?
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そしていよいよ左側に見えてきました。
大船遺跡の登場です。やっとついた!
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遺跡のそばには管理棟があって、
パネル解説展示や机・椅子、お手洗いが設置されています。
あたたかいストーブもありました。
(5月だったけれど、暴風雨でけっこう寒かったので助かりました)
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ぜひもう1回、今度はお天気の良い時に
行ってみたい遺跡です。

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posted by Lana-Peace at 16:51| アート / 歴史 博物館情報

2018年08月29日

平成と明治と縄文を感じられる空間―「特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)

先日、東京国立博物館平成館で開催されていた
「特別展「縄文―1万年の美の鼓動」に行ってみました。

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印象深かった作品はまた後日ご紹介するとして、
平成館に入館する前の長蛇の列は
ちょうど平成館前の広場に面しているわけですが
こちらの一帯は、明治15(1882)年に博物館が上野に移転してから、
展示棟に付属する事務棟の建物が多く建てられたそうです。
そしてこの広場付近に帝室博物館を統括する総長の居室があり、
森林太郎(鴎外)が大正6(1917)12月から大正11年7月まで
総長としてここで執務していたのだそうです。

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広場からも近い本館前のユリノキは
背丈は本館の屋根よりも軽く超えて
こんなに青々と葉っぱを茂らせていました。
明治の初めに渡来した30粒の種のうち、
育ったものが、明治14(1881)年、ここに植えられたもの。
ということは、森林太郎(鴎外)が見ていたユリノキは
今よりももっともっと、小さなユリノキだったのだろうなあ。

平成、明治、縄文。
時の流れ、何だか感慨深いです。

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posted by Lana-Peace at 10:25| アート / 歴史 博物館情報

2018年08月04日

函館空港に行ったらぜひ函館空港遺跡群の展示をどうぞ!

2018年5月、函館空港を発つ際、出発手荷物検査の長蛇の列に並んでいると、
ふと見上げた上方に「函館空港遺跡群」の横断幕が!

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慌てて3階のオープンスペースに行ってみると、
そこには同遺跡群から出土したいくつかの遺物と解説パネルが設置されていました。

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出発前、お時間のある方、ぜひお立ち寄りになってみてください。
もちろん無料です。
展示品の数は限られているので、すぐに見終わってしまいますが、
飛行機の離発着する土の下に、
縄文時代の人々の暮らしがあったのかーとしみじみ思います。

posted by Lana-Peace at 12:07| アート / 歴史 博物館情報

2017年11月18日

「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」(国立東京博物館・上野 2017)

先日、国立東京博物館展示(東京・上野)で開催されていた
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」に行ってみました。
すごい混雑ぶりでしたが、それもまあ予想通りということで……。

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ちょうど「TOKYO数寄フェス2017 」も開催中だったのですが、
東京国立博物館前の上野公園噴水にはこんな作品がありました。

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こちらかつて寛永寺の仏閣が立ち並んでいた殊にちなみ、
寛永寺の山門「文殊楼」をモチーフに作られた大巻伸嗣氏の作品だそうです。

そして博物館前のユリノキはこんなに美しく大きく彩っていました。

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現代アートに負けない堂々とした自然の織り成すアートです。

当日は運慶展だけでなく、本館・平成館・東洋館・法隆寺宝物館の
常設展示品にも足を運んだので
一日の中で何千年もぐるぐるタイムトリップ、ワープした感じでした。
そういう時間も、なかなかいいですね。

帰りの夕暮れ時は、上野駅方面の道はピンク色のイルミネーションが。

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春の上野の花見を髣髴とさせるピンク色です。


印象深かった作品をブログ内でいくつかご紹介したいと思います。
posted by Lana-Peace at 11:43| アート / 歴史 博物館情報

2014年11月03日

日本国宝展(2014年秋冬 東京国立博物館)

東京国立博物館で行われている日本国宝展に行ってきました。
本館の前に立つユリノキの葉は、1/3くらいが美しい黄色に
変わっていました。
国宝展の平成館に入るまでは覚悟の上で長蛇の列でしたが
途中博物館スタッフの方が
「平成館から2つ目のライトのあたりで
スカイツリーを見ることができますから」
と紹介してくださったのですが
ちょうどお天気も良くて、見ることができました。
写っているのは本館と赤く色づいた木の横に見えるスカイツリーです。

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1時間待ちましたが、今日まで展示だった正倉院宝物の展示にも
間に合って良かったです。
8年前に芸術系の大学に通うようになってから
奈良の国立博物館の正倉院展を見るようになったのですが、
ここ数年は奈良に行っていなかったので
久々に正倉院宝物を見ることができて
そのテイストが「懐かしい〜」という感じでした。

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今回国宝展の他に東京国立博物館の通常展示やお庭も
いろいろ見てきたのですが
印象に残ったものを取り上げていきたいと思います。

時にはこうした歴史を感じられるようなアートを
目にすると、日頃の時間軸の基準が
どこかに行ってしまいそうで、いいですね。
posted by Lana-Peace at 22:42| アート / 歴史 博物館情報

2014年08月03日

水族館と対機説法

先日訪れた新江ノ島水族館ですが、
水生動物への愛が随所に溢れるといった感じを受けました。
「この生物を皆さんに知ってほしい」
そんな思いが伝わってくるような展示やショーなのです。
それは「こういう命が地球上にはあるということを、知ってほしい」
という感じかもしれません。
どこも展示の際にはよく学術的な説明がかかれていますが
たとえば「クラゲファンタジーホール」では特にクラゲを1つの人格
(人格というよりもこういう時はクラゲ格なのか?)ある命としてみつめて、
解説文が書かれているように感じました。
タコクラゲの場合、「タコみたいに早く動けないけど、
でも太陽の下でぷかぷか浮いているのは得意だよ」とか。
向けられたまなざしが、何だかあたたかいのです。
早く泳げるからいい のではなくって、その生物の持つ特徴をとらえているのです。

自然の生き物を展示することには賛否両論あるでしょうが
それが単に見世物小屋的な要素で営利的に運営されるのではなくて
そこに愛があって「命」を伝える手段であるのならば、良いのではないかと思います。
そしてそうした行為すべてが丸ごと「アート」と言えるのでは…。

仏教の中に「対機説法」という言葉があります。
「教えを聞く人(機)の能力・素質にふさわしく法を説くこと。」
 引用文献:中村元ほか編(2002)『岩波仏教辞典 第二版』p. 655

いろんな命があって、その存在をしっかりと心に留めること。
それを言葉で伝えたとしても、ちっとも伝わらないだろうけれど、
小さなこどものうちからこういう場所で自分以外の「命」を感じることは
必ず心の中に、何かを感じとるはず。
それは潜在意識として深く入り込んで、普段は表に出ないかもしれないけど。
でもそのこどもは、そのこどもなりにわかっているのです。きっと。

水族館や動物園、植物園はそうした対機説法の場のような気がいたします。

でもやっぱり「わぁ」と思ったり、「へぇ」と思ったり、楽しいけどね!!
posted by Lana-Peace at 17:18| アート / 歴史 博物館情報

2014年07月07日

東京国立博物館特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」

東京国立博物館で行われている
特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」 に行ってきました。
博物院からたくさん出品ありましたが
名宝「翠玉白菜」は今日までの期間限定展示だったので、
昨晩行ってきました。

印象深かった作品をご紹介いたします。

「翠玉白菜」清時代・18〜19世紀
ヒスイで作られた白菜ですけれど、その彫刻は本当に見事なものでした。
あれだけ細かく美しい造形を作り出すには、どれほど大変だったことでしょう。
白は純潔、虫(イナゴとキリギリス)は多産を表しているそうですが
キリギリスの足の立体感は、実に見事でした。
そして、あまり注目されないかもしれないけれど、
白菜の根本側の白色が、実に深い白で味わいある雰囲気がありました。
それが余計、緑の葉っぱの上に掘られた虫の造形を引き立たせるのかもしれません。
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191 澄泥虎符硯 清時代 1736-1795
ふたのついた硯なのですけれど、そのふたが先日訪れた和歌山城の入口にあった
伏虎像のようでした。伏虎像はこちら。
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ちなみに伏虎像のそばにあった解説板によると、和歌山城の建つ山が海上から見ると、
猛虎が伏している姿に似ているため、江戸時代には
和歌山城は虎伏山竹垣城と呼ばれていたとのこと。


231「人と熊」清時代・18〜19世紀
玉材に掘られた白は人間、黒は熊なのだそうです。
モンゴル風の服、力士風の服装の人だから力比べをしているという解説。
でも一緒に笑ってる。手に手をとって楽しくダンスをしているようにしか見えないのです。
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180 犠尊 戦国時代・前4〜前3世紀
181 犠尊 元〜明時代・13〜14世紀
解説板によるとこの作品は倣古(ほうこ)の例の一つであり、
古の形に倣って作品を作ることは、古代の伝統を復活させ、
中華の正統であることを示すためのものだそうです。
耳が立っている犬のような動物で、どちらも酒壺。
前4〜前3世紀の動物の口は軽く「あ」と「お」の間のような音を出すような形をし、
13〜14世紀の動物の口は軽く「い」と「う」の間のような音を出すような形。
それが会場入口1番目に飾ってあったのですけど、
まるで阿吽の狛犬のような感じを受けました。


10「玉珮」 新石器時代(紅山文化)・前4500〜前3000年
かぎつめと狐線で造形された玉器の用途は不明だそうですが、解説板によると、
たくさんのかぎつめは
「儀式で神や霊魂をひっかけて留めることを期待していたのかも」とのこと。
そうだとしたら、昔の人は実に大胆な発想ですね。

207「帝鑑図説」清時代・19世紀
皇帝教育のための教科書ですが、
その中で「沢及枯骨(たくきゅうここつ)のページが印象的でした。
周の文王は散乱していた枯骨を丁寧に埋葬して人々を憐れんだとのこと。
画面向かって左側に大きく四角に掘られた穴のなかに
ばらばらと骨が入れられているのを、
文王がお付きのものといっしょに見ている姿が描かれています。
王様は土地の視察をしていたのでしょうか。
名もなき人の命を悼む王様。
日本の政治家も、そんなふうであってほしいものです。

古き良きアートを通して、いろいろ触発されるものありますね。

特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」、
「翠玉白菜」の展示は終わってしまいましたが、
東京国立博物館平成館 特別展示室/本館 特別5室にて
2014年9月15日まで開催されています。

posted by Lana-Peace at 23:33| アート / 歴史 博物館情報