2017年11月24日

源氏絵彩色貝桶(江戸時代・東京国立博物館 本館 8室展示)

先日訪れた国立東京博物館展示(東京・上野)の常設展より
印象的だったものをご紹介。

源氏絵彩色貝桶(げんじえさいしきかいおけ)は
貝合わせに用いる貝を納める箱です。
展示解説板によると用いられる貝殻は360組。
その一方を全部伏せて並べて、もう一方を一つずつ取り出して
貝殻の外側の色や文様によって、一組の貝を引き当ててゆく
というものだそうです。
二枚貝は貞節の象徴とされて、こうした貝桶は
大名の結婚の儀式で婚礼を表象するおめでたい道具だったとのこと。

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箱は蓋の天井部分まできれいに彩られ
貝も一枚一枚、実に美しい文様。

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400年ほど前の作品、作者は不明だけど、
気の遠くなるような緻密で丁寧な仕事ぶりが際立つ作品です。
作者は亡くなっても作品は半永久的ですね。

縄文時代には貝塚に捨てられていたハマグリの貝殻も
数千年を経ると、金箔や絵の具できれいに装飾され
慶事の表象になるとは、日本人の文化の力ってすごいなあと改めて思いました。


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源氏絵彩色貝桶(げんじえさいしきかいおけ)
1対
江戸時代・17世紀
列品番号 H-4612
東京国立博物館 本館 8室展示
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2017年11月18日

阿弥陀三尊及僧形像 N-199(重要文化財) 東京国立博物館 法隆寺宝物館所蔵

こちらでご紹介した「無著菩薩立像 世親菩薩立像」ですが
弥勒如来像のすぐそばに、たとえ尊称は菩薩ではあっても、
人間の僧侶像が立って配置されているのが不思議と思ったのですが
運慶展を見終わった後、帰りに寄った東京国立博物館敷地内の
法隆寺宝物館にヒントがありました。

こちら法隆寺宝物の中の阿弥陀三尊及僧形像です。
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※写真撮影許可あり

阿弥陀如来のすぐ後ろに控える二人の僧侶。
仏様のこんなにそばにいるのは、人間でも良いわけですね。
こちらの銅版、登場する皆様方のお顔が実に優しくて
ほっこり、という形容がぴったりのご一同様です。


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阿弥陀三尊及僧形像 N-199(重要文化財)
1面
35.7×29.8cm
銅版製押出
飛鳥時代・7世紀
東京国立博物館 法隆寺宝物館所蔵
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「無著菩薩立像 世親菩薩立像」運慶 作 (国立東京博物館展示・奈良/興福寺 所蔵)

こちらの像、最初の出会いは遠い昔の
中学か高校の日本史の教科書のような記憶があり
なんとも哀愁がそこはかとなく漂う時間でした。
それぞれ2m近いその立像はド迫力です。
そして背部に回ってみると、特に無著の袈裟の柔らかい布の感じは
まるでそこに布が生きて、波立っているかのようです。

それにしても無著、世親は憂いを秘めた思慮深いお顔立ち
ガンダーラ出身であればもっと彫の深い顔立ちではないのかしら
等と思いますが、まあそんなことはどうでも良いですね。
外見がどうかではなくて、その像からにじみ出る何かが
人にどう伝わるか、が大事なのだろうと思いますから。

無著菩薩立像 世親菩薩立像はあまりに有名で
単独で写真に掲載されていることが多いのですが
本来、興福寺北円堂では本尊弥勒如来像の両脇に
大妙相菩薩像、法苑林菩薩像、
そして堂内の四隅に四天王像、
そして弥勒如来像の両脇後方に
無著(むじゃく)菩薩像・世親(せしん)菩薩像が安置される、
という形をとっています。
運慶展に出展される前の2017/9/5
北円堂で魂を抜く法要が営まれたという朝日新聞の記事
があり
そこに掲載されている写真が参考になりました。
実際の北円堂にいらっしゃる無著菩薩像・世親菩薩像のご様子が見えます。

それぞれ菩薩、と尊称がついていますが僧侶ですから
弥勒如来像のそばで、守るように配置されるというのが
何かとても不思議な感じがしたのですけれど……
その不思議が解けるようなヒントが
運慶展のあとで寄った東京国立博物館敷地内の法隆寺宝物館にありました。
思わず「これなのかー」と思ってしまいましたので
後程ご紹介


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無著菩薩立像 世親菩薩立像(国宝)
運慶 作
桂材, 寄木造, 彩色, 玉眼
無著像 像高 194.7cm
世親像 像高 191.6cm
2軀
建暦2(1212)年頃
奈良/興福寺 所蔵
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「大日如来坐像」運慶 作(国立東京博物館展示・栃木・光得寺所蔵)

日本で厨子に納められた見事な仏像は?と言えば
私は1番に銅造阿弥陀如来及両脇侍像(伝橘夫人念持仏)を挙げたいのですけれど
運慶作の栃木・光得寺の大日如来と飛天の納められた厨子は
実に美しかったです。
今回の運慶展の中でも、特に印象に残るものでした。
運慶作の大日如来は見事ですが
蓮華座の下の獅子も素晴らしいし
阿弥陀如来の周囲を取り囲む飛天もすごかった。
阿弥陀如来が配されている平等院鳳凰堂中堂の
内側の壁の飛天を想起いたしました。

こちら昭和60(1985)年、東都文化財保存研究所により
保存修復が行われています。
その報告書の一部がこちらに掲載されていました。
そこからの情報を元に見てみると
円筒形観音開きの厨子は漆塗りで
中央に座す大日如来は木造漆箔造り。
金泥塗りの飛天は白土の雲に乗っています。

国立国会図書館デジタルコレクションに出ている『鑁阿寺小史』(※)
の中に厨子のお話が登場します。
デジタルコレクションなのでコマ番号17/40を見てみると、
24ページ、25ページの開いた写真が登場します。
そこには次のようにありました。
「法名を鑁阿と称し、金胎両部の秘密灌頂檀に入り大法を潟瓶し畢り、
やがて、金剛界大日如来三十七尊の像を三尺七寸の厨子に納め、
自から之を擔ひ飄然国を去り、足跡到るところに偏く、
(この厨子は今菅田村光徳寺(禅宗)に存す、
けたし明治四年神佛混合の際、樺崎八幡宮にありしものを
この寺に移し納めしものなりと云ふ)
  注:旧字は新字に改めました

※山越忍空(1897)『鑁阿寺小史』鑁阿寺, 25ページより抜粋

鑁阿寺小史によれば法名を鑁阿と称した足利義兼氏が
誰かに持たせるのではなく、自分で厨子を背負い
ふらりと諸国を巡った、とのこと。
それはどんな心境があったのでしょう……?

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大日如来坐像(重要文化財)
運慶 作
1軀
12〜13世紀
栃木・光得寺 所蔵
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「阿弥陀如来坐像および両脇侍立像」運慶 作(国立東京博物館展示・神奈川・浄楽寺所蔵)

国立東京博物館展示(東京・上野)の
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」より印象的だったものをご紹介。

「懐かしいー」と思わず感激したこちらの像。
今から8年前、2009年に京都造形芸術大学通信教育部の
歴史遺産コースで学んでいた時に
10月に開催された芸術遺産研究のスクーリングで訪れた
神奈川県横須賀市芦名の浄楽寺の阿弥陀如来像だったからです。

実際、彼の地で見た時はその迫力に圧倒されて
横須賀にこんなすごいお宝があったのだなあと
帰りのバスの中でどきどきしたことを思い出しました。

特別展では普段収蔵庫の中では見られない角度から
見ることができるのも一興です。
浄楽寺のHPによると阿弥陀如来の光背・台座は
後年、江戸時代の作だそうですが
光背外側は流れるような曲線の先一つ一つに
まるでお花が咲いたような造形で
光背が作る光の影は、アラベスク文様のようで
とても美しかったです。
それが本尊阿弥陀如来をますます引き立てています。

そして改めて浄楽寺のHPを見てみると
東日本大震災の後、収蔵庫の下に断層があることが判明し
現在収蔵庫改修対策の真っ最中で、朝日新聞社運営の
クラウドファンディングがとられているそうです。
800年近く前に作られた阿弥陀如来坐像と脇侍。
800年の間には何度も地震・天災があったことでしょう。
でも、たとえ断層の上にあっても
平成のこの時代まで形を保ち続けてきたと知ると
ますます運慶の魂が仏像の中に吹きこまれているような
特別な力が宿っているような、そんな気がしてきます。

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阿弥陀如来坐像および両脇侍立像(重要文化財)
運慶 作
3軀
3軀とも木造寄木造
阿弥陀如来坐像 像高141.8cm
勢至菩薩立像  像高177.1cm
観音菩薩立像  像高178.8cm
文治5(1189)年
(阿弥陀如来坐像光背・台座は江戸時代作)
神奈川・浄楽寺
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「毘沙門天立像」(国立東京博物館展示・同館所蔵・旧中川寺十輪院持仏堂伝来)

国立東京博物館展示(東京・上野)の
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」より印象的だったものをご紹介。

今は廃寺となった中川寺(奈良市中ノ川町)に安置されていた像。

経年変化によって全体は黒っぽくなっていますが
その中で光る着衣の金箔や細かく美しい柄模様は
とてもすごい手作業のなせる技です。

家にかえって調べてみると国立東京博物館のe国宝HPには
像内に紙本版画の毘沙門天摺仏が110枚、
絹本著色毘沙門天像が2枚納入されていたことが記されており
こちらのHPの驚いたところは、その拡大図を見ることができるのです。
す、すごいです。像もすごいけど納入品もすごい!
110枚プラス2枚も入っていた?
きれいに折りたたんで?
それとも、折れないように丸めて?

1mほどの像なので、会場内の他の大きな像に比べると
コンパクトな印象を受けますが
そんなお宝が納入されていたのかと思うと、
本当はぜひぜひ、納入品も一緒に展示してほしかったなあ。

仏像を作った仏師もすごいけれど
版画を彫った人、摺った人、絵を描いた人たち、
いろんな人の思いがこもっている作品だから。

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毘沙門天立像(重要文化財)
作者不明
1躯
像高102.5cm 
木造, 漆箔・彩色・切金, 玉眼
応保2(1162)年
旧中川寺十輪院持仏堂所在伝来、個人寄贈
東京国立博物館 所蔵
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「大日如来坐像」運慶 作 (国立東京博物館展示・奈良・円成寺所蔵)

国立東京博物館展示(東京・上野)の
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」より印象的だったものをご紹介。

本来所蔵されている奈良県 円成寺のHPを見てみると、台座内墨書に銘文あり、
そちらの末尾に「大仏師康慶 実弟子運慶」と書かれているそうです。
音声ガイドでは本来こうした像は3カ月で制作するところを
1年かけて運慶が制作したとのこと。
そこには微妙な角度のこだわりなどがあったそうです。
横顔がとても凛として気品あり、
座り姿の背中がとても美しく物語る大日如来坐像です。

ざわざわした混雑会場でななくて、
しんとしたお堂の中でこうした坐像と対峙すると
異世界へいざなわれるような、そんな気がする坐像です。

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大日如来坐像(国宝)
運慶 作
1軀
像高 98.8cm
安元2(1176)年
奈良・円成寺 所蔵
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2017年11月04日

「月次風俗図」鈴木其一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より印象的だったものをご紹介。

元々六曲一双の屏風の上に12枚の風俗図が貼り付けられたものだそうです。
その中でも私は、鮎の絵がとても印象的でした。
五尾の鮎が泳いでいる姿。その水の流れは青、白、グレー、
画面の向かって左上から右下に向かって直線の斜めの縞で表現されています。
鮎の色合いと水の色合いがとても調和している
実に美しい品のある作品と思いました。
大人の浴衣の絵柄などにも良さそうな…。

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月次風俗図
鈴木其一
十二曲
紙本着色
43.7x41.9cm
江戸時代(19世紀)
所蔵記載なし
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「四季花鳥図屏風 」酒井抱一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より印象的だったものをご紹介。

高さ21.2センチの小さな屏風なのですが
美がぎゅっと凝縮された感じです。
特に右隻の中央に描かれたあじさいがとても目を引きました。
あじさいの装飾花は白、淡い青青、濃い青で表現されていますが
絵の具の粒が盛り上がっていて、点、点となっていて
お花がとても活き活きとした感じです。
金地によく映えています。

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四季花鳥図屏風
酒井抱一
八曲一双
紙本金地着色
21.2x72cm
江戸時代(19世紀)
出光美術館 所蔵
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「十二ヵ月花鳥図貼付屏風」酒井抱一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より印象的だったものをご紹介。

左隻第四扉はいくつも実のなっている柿の木の枝に
鳥がとまっている様子が描かれています。
画面中央には3羽の鳥、向かって右下に1羽の鳥。
愛らしい瞳です。
3羽の鳥は肩を寄せ合うように、おしゃべりしているかのようです。
黒い丸で塗られた鳥の目のまわりは白い点のような線で縁どられています。
メジロでしょうか。
ぐるりと塗りつぶされているのではなくて
ひと筆ずつ、描いているもの。
ネットに出ているいろんなメジロの写真を拡大してみると、
確かにメジロの目のまわりはそんな感じの白になっていました。

ほんわかした雰囲気の絵だけど、ある部分はとってもリアル。
それは伊藤若冲のようなリアルさではないけれど。
そうしたところが、何かとても引き締まった感じになるのかもしれない。
すごく生命感が宿ると言うか……。


メジロのおしゃべりは何だったのかな。

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十二ヵ月花鳥図貼付屏風
酒井抱一
六曲一双
絹本着色
140.7x51.6cm(各図)
江戸時代(19世紀)
出光美術館 所蔵
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2017年11月03日

「秋草図屏風」鈴木其一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より印象的だったものをご紹介。

こちら向かって右端中央に引手の跡があるのでかつて襖絵だったと思いますが
屏風仕立てにされたのでしょうか。
秋草は薄、吾亦紅、桔梗、藤袴、撫子、ホウズキ、野菊。
吾亦紅の花がシンプルな楕円だけど、なんともかわいい感じがします。

そして白い野菊の根元のそばには、ひっそりとコオロギが…。
草花に埋もれる地面だけど、そこには自分の見えていない世界があるんだなあと
気付かされるような絵でした。


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秋草図屏風
鈴木其一
二曲一隻
絹本着色
167.5x181.2cm
江戸時代(19世紀)
出光美術館 所蔵
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「糸桜・燭台図扇面」酒井抱一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より印象的だったものをご紹介。

糸桜の扇子の中央に、天に藍、地に紫の打曇短冊が斜めに配されています。
とても品良く、大変美しい扇子です。

そしてその短冊には抱一の自詠自筆の和歌が。

「そめやすき 人のこゝろや 糸さくら」

こちら上の句としたら、どんな下の句が生まれるのか。
なんだか、余韻たっぷりの、抱一の上の句。

画才だけでなく、詠む力も秀逸だなあと思います。

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糸桜・燭台図扇面
酒井抱一
53.0x18.6cm
二本
紙本着色
江戸時代(19世紀)
出光美術館 所蔵
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「燕子花図屏風」酒井抱一 (出光美術館展示)

出光美術館(東京・丸の内)の「江戸の琳派芸術」より
印象的だったものをご紹介。
一隻の屏風にCの字のように燕子花が配置されて描かれているのですが、
屏風中央に、すっと天に向かって伸びた燕子花の葉の先に
トンボが止まっていました。

黒で描かれたトンボ。
孤高のトンボ。
シンプルな形状だけど、それがとても美しい。
燕子花の花や葉の曲線・直線とトンボの形状がとてもマッチしていて
そこだけ時間が静止したかのようです。
燕子花の中のトンボをずっと見ていたら、
何だか異次元に引き込まれそうな、そんな気もするトンボです。

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燕子花図屏風
酒井抱一
二曲一隻
絹本着色
177.1x183.6cm
享和元年(1801)
出光美術館 所蔵
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2017年11月02日

「江戸の琳派芸術」出光美術館(東京・丸の内)

過日、出光美術館(東京・丸の内)で開催されていた「江戸の琳派芸術」に行ってみました。

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展示の最初のコーナーは大型屏風が数点配置されています。
ここはかなり広々とした空間で、当日それほど混雑していたわけではなかったので、
あっちにいったり、こっちにいったり、いろいろな角度で見てみました。
かつて受講した京都造形大の須賀みほ先生のスクーリング授業を思い出しながら。
そうすると酒井抱一の「八ツ橋図屏風」「紅白梅図屏風」など、
「そう見えることを意識して描いたのかあ」と思うようなところがいっぱい。
やっぱり実際に訪れてみると発見があります。

展示フロア出口のところに設営されている休憩スペースからは
皇居外苑の日比谷濠周辺がとてもよく見えました。
だんだん日が陰ってくる頃の陽射しを浴びたお濠の水面も紅葉の一群もきれいでした。

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印象的だったものをいくつかご紹介したいと思います。

2017年09月01日

中里之雪 東京拾二題(吉田 博 作)――「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館, 2017

白と黒だけで生み出された世界。
木々や建物、そして地面を白く覆い尽くす雪の情景です。

降り積もる様子はまるで、しんしんと音がしそうな感じです。
写真よりも、映像よりも、もっとリアルに雪景色の質感が
再現されているかのようです。

異次元の世界に入り込みそうな
そんな感じがする木版画でした。

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吉田 博
中里之雪 東京拾二題
木版
紙 51.4×36.7cm
昭和3年
個人 蔵
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京・新宿)
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」より
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隅田川 夕 東京拾二題(吉田 博 作)――「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館, 2017

「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」
(東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)から
今回印象的だったものをご紹介したいと思います。


実に美しいサーモンピンクの夕焼けの空と
その光に照らされて一部サーモンピンクに染まっている隅田川。
空と隅田川に挟まれる町の様子は黒で表現されています。
微妙な色合いが、実に美しい作品です。

こちら、江戸東京博物館の収蔵品として
同じ作品を画像として見ることができます。



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吉田博
隅田川 夕 東京拾二題
木版
紙 24.8×37.3cm
大正15年
個人 蔵
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京・新宿)
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」より
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気骨溢れる人生と美しい作品 ――吉田博展(東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)から考えること

先日、東京 新宿の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催されていた
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」に行ってきました。

DSC01423.JPG

2015年にMOA美術館で初めて見た吉田氏の「風静(昭和12年作)」
という木版がとても印象的だったことから、
ぜひ他の版画も見てみたい!と思ったのです。
前売りチケットは買い求めていたけれど、
今夏はあれこれと忙しくて、
ようやく時間がとれたのは会期最終日。
1階エレベーターに乗る時点で、既に長蛇の列。
入場規制がかかっていましたけれど、待ったかいがあったなあ。

ところで、こちらの美術館、ゴッホの「ひまわり」を
所蔵している美術館としても有名。
1987年当時のレートで58億円で購入したのだそうです。
吉田氏の作品の最後のコーナーに隣接して、
ゴッホのひまわりも常設展示されていました。
花びらの一部は絵の具が盛り上がった部分があって、
花びらの生命力が活き活きと再現されていうかのようでした。
ゴッホはどんな眼差しでこの1枚1枚を描いたのでしょうか。

さて吉田氏のこと、私はてっきり版画家なのだと思っていたけど
実は油絵、水彩、多彩な才能を発揮された方でもありました。
版画の道を進みはじめられたのはなんと吉田氏49歳の時。
いろいろな状況を自分にとってプラスの転機と考え
人間何歳になってもチャレンジすることって大事ですね…。
大正14(1925)年8月、吉田氏がアメリカから帰国した後、
私家版木版41点制作したのが始まりなのだそうです。
日本の浮世絵を喜ぶアメリカ人の姿を目にして、
自分はもっと、美しい版画を作れる!と奮起した吉田氏。
美しく優しい空気感に充たされる版画を多く作られていますが、
実は随分、気骨溢れる方なのだと知りました。

また吉田氏が描く山は、自分が実際登り
そこで野営などしながら自分で見て、感じた風景を
描いていたのだそうです。
幼い頃から山をこよなく愛した吉田氏ですが、
外遊計画した時、ちょうど第一次世界大戦のために果たすことが
できなかったのがきっかけで、国内登山に熱中するようになったそうです。
それが作品制作により一層活かされてくるわけです

吉田氏の生き方自体もすごく、感銘を受けるもの多かったです。

今回印象的だったものをいくつかご紹介したいと思います。

2017年06月25日

唐草蒔絵置物台

サントリー美術館(東京・赤坂)の
「神の宝の玉手箱」より
印象的だったものをご紹介。
こちらで紹介したウィーン万博出品物、
海難事故後、引き揚げが行われたのは
沈没してから1年以上たってからの話だそうです。

国立国会図書館サイト内のウイーン万国博覧会ページによると
遭難したのは明治7年3月20日未明で、
伊豆半島沖にて暴風雨のためフランス郵船ニール号が座礁し、
乗客乗員90名と出品物192箱が海に投げ出されてしまったとのこと。

4名が救命ボートで難を逃れ,1名が救助されたそうです。
海に眠るままとなった方々とその遺族は
本当に無念だったことでしょう。

そして明治8年引き上げられた陶磁器や漆器等の68箱分のうち
今回展示されていたのは「唐草蒔絵置物台」。

約1年もの間、海水に浸かっていたとは想像できないほど
唐草の細かい文様が鮮明に残っていました。

もちろん引き上げ当時のそのままではなく
いくらか修復されたのだろうとは思います。
しかし歪みや破損の痕など、まったく感じられないもの。
こちら会場解説板にはその理由として
「漆塗りと蒔絵の堅牢さ」と表現されていました。

どなたの所有物だったのでしょう?
でも「置物台」と言われたら
その上に何か美術品など乗せるべきものが想定されていたはず。
いわゆる「裏方」の使命を持つ台ではありますが
こうして海から引き揚げられて、この世に蘇ったこの台、
裏方どころか、大本命みたいな、
何かとてつもなく大きな力を潜ませているように思えます。


東京国立博物館HPに画像が収載されています。
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0025702


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唐草蒔絵置物台
一基
江戸時代 19世紀 
東京国立博物館蔵
サントリー美術館(東京・赤坂)
「神の宝の玉手箱」出展品
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籬菊螺鈿蒔絵手箱図

サントリー美術館(東京・赤坂)の
「神の宝の玉手箱」より
印象的だったものをご紹介。


籬菊螺鈿蒔絵(まがききくらでんまきえ)手箱図です。

こちら「箱」ではなくて「箱の図」なのですが
この話、実にロマンを秘めたストーリーがあります。

そもそも「籬菊螺鈿蒔絵手箱」は源頼朝の妻、政子ゆかりの品。
鎌倉の鶴岡ケ八幡宮で大切に保管され、伝えられてきたそうです。
時に明治6(1873)年、ウィーン万博に出品され、
日本へ帰国する際、その船が伊豆沖で座礁し、
あえなく沈没。出品物は海の底へと沈んでしまったのです。
その後、捜索が行われ、引き揚げ回収されたものもありましたが
残念ながら籬菊螺鈿蒔絵手箱は海の中に眠ったまま。

平成になって復元が行われたそうですが、
そのもとになったのが、籬菊螺鈿蒔絵手箱図です。

籬菊螺鈿蒔絵手箱図をかつてどなたが
描き残したものかはわかりません。
でも文様や大きさなど文様や大きさなど
細かく記録された物。
今はカメラ、ビデオ、その他いろんな手段で
情報を保存することができるけど
昔は情報を残すだけでも、骨を折る大仕事ですね。

丁寧で几帳面な仕事ぶりが伝わる図です。


文化遺産オンラインHPに画像があります。
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274416


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籬菊螺鈿蒔絵手箱図
一巻
江戸時代 19世紀 
鎌倉国宝館 蔵
サントリー美術館(東京・赤坂)
「神の宝の玉手箱」出展品
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2017年06月23日

「片輪車双鳥鏡」「片輪車螺鈿蒔絵手箱 模造」「片輪車螺鈿手箱 模造」

サントリー美術館(東京・赤坂)の
「神の宝の玉手箱」より
印象的だったものをご紹介。

レモンの輪切りのような文様は
片輪車(かたわぐるま)文。
そのいわれは牛車の車輪を乾燥から防ぐため
川に浸していた風景を意匠化とのこと。
「片輪車双鳥鏡」(※1)は12世紀の作品です。

京都国立博物館のHPに収載されています。
http://syuweb.kyohaku.go.jp/ibmuseum_public/index.php?app=shiryo&mode=detail&data_id=17434

日常のありふれた生活風景の中から
その場面を切り取って美術品に用いる意匠に仕立て上げるって
昔の人は実にすばらしい感性と才能を持っていたんだなあと
しみじみ思う作品でした。

そして片輪車の手箱は明治時代、小川松民氏によって
螺鈿の手箱として模造再現されています。
模造と言ってもその詳細を忠実に再現できる
表現力と技術力の高さは素晴らしいですね!

「片輪車螺鈿蒔絵手箱 模造」(※2)には、
波間に浮かぶ車輪の文様、
一部が螺鈿で再現されています。

東京国立博物館HPに収載されています。
http://image.tnm.jp/image/1024/C0035118.jpg

そしてこちらの小川氏のもう1つの作品
「片輪車螺鈿手箱 模造」(※3)は
車輪の線描の部分が螺鈿で再現されていました。

何百年もの意匠を再現できる力って本当にすごいですね。


※1
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片輪車双鳥鏡
一面
平安〜鎌倉時代 12世紀
京都国立博物館蔵
サントリー美術館(東京・赤坂)
「神の宝の玉手箱」出展品
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※2
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片輪車螺鈿蒔絵手箱 模造
一合
明治11年頃(1878)
小川松民 作
東京国立博物館蔵
サントリー美術館(東京・赤坂)
「神の宝の玉手箱」出展品
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※3
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片輪車螺鈿手箱 模造
一合
明治13年(1880)
小川松民 作
東京国立博物館蔵
サントリー美術館(東京・赤坂)
「神の宝の玉手箱」出展品
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