2016年06月03日

自信が導く新しい道―東田直樹・東田美紀『この地球にすんでいる僕の仲間たちへ 12歳の僕が知っている自閉の世界』より考える

こどもが幼稚園くらいの年齢になると、
「死」について何らかのイメージを持つようになってきます。
こどもたちは死を「これまで身近であった人や動物と会えなくなる」
といった状況として捉えていることが多いことでしょう。
しかし、もしも幼稚園生の脳裏に「現在の自分の苦境を終わらせるための手段」
として死が浮かぶとしたら…。

絶望の渕にいた息子さんが
「僕は僕でいい」と思えるようになったのは、
小さな自信をいくつも積み重ねていくことから始まりました。

諦めない人の元に、道は開けていく…
そんな思いが東田美紀さんの本(※)から伝わってきました。
  ※東田直樹・東田美紀(2005)
  『この地球にすんでいる僕の仲間たちへ 
   12歳の僕が知っている自閉の世界』
   エスコアール出版部



詳しくはこちらに取り上げました。

Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと 
「自信が導く新しい道」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-091.html

2016年05月23日

平凡な日々が生み出す力 ― 佐々木博之・佐々木志穂美『洋平へ』より考える

佐々木博之さん・佐々木志穂美さんご夫妻の本(※)の中に
とても素敵な言葉がありました。
三人の病気のお子さんを育てながらも明るく過ごす志穂美さんに
「幸せだと感じ始めたきっかけ」は何か、
インタビューで尋ねられた時の志穂美さんの心の声。

なんだか、とってもじーんとしました。

 ※佐々木博之・佐々木志穂美 (2010)『洋平へ』主婦の友社


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「平凡な日々が生み出す力」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-063.html

2016年05月22日

それでも頑張る人 ― 佐々木博之・佐々木志穂美『洋平へ』より考える

学生時代を振り返り、当時の一番嬉しかったことを尋ねられたら、
あなただったら、何を思い起こすでしょう。

先日読んだ、佐々木博之さん・志穂美さん夫妻の著書(※)の中に、
次男大(ダイ)君のエピソードがありました
  ※佐々木博之・佐々木志穂美(2010)『洋平へ』主婦の友社

自分の中学時代を振り返り、高校の時に書かれたノート。
中学時代に、一番嬉しかったことと
自分の考える長所と短所が書かれたものです。

その内容、なんだかとっても、ジーンとします。

世の中には、何事もそつなくうまくこなして、
世渡り上手な人もいるけれど、
でも、頑張ろうとする心の根っこがある人って、
きっと逆境に強い人になっていくのだろうなあと思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと 
「それでも頑張る人」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-090.html

2016年05月12日

「「心のひとさしゆび」を見つけた母」(佐々木志穂美『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』・佐々木博之・佐々木志穂美『洋平へ』)より考える

なかなか指さししないことが、
成長の個人差内であるのか、そうでないのか…
考え出すと、渦中の親御さんは
心が不安定になるかもしれません。

でもそこでイライラするのではなく、
ご両親は心のひとさしゆびを見つけて
心の中のいろいろな想いを汲み取るように
力を注いでこられたがけれども
成長と共にだんだん荒れていく
お子さんの行動。

ご両親はどれだけ心を痛めたことでしょう。
でも更に深いことを見出していかれました。

「困った子」は「困っている子」

気付きと発想の転換は、
いろんなこどもたちに多くの幸を
もたらしてくれると思います。



佐々木博之さん・志穂美さんご夫妻の著書(※)に登場します。
 ※佐々木志穂美(2006)
  『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎
 ※佐々木博之・佐々木志穂美(2010)『洋平へ』主婦の友社




詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「「心のひとさしゆび」を見つけた母」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-062.html

2016年05月07日

グアバの気持ち(佐々木博之・佐々木志穂美(2010)『洋平へ』主婦の友社 より考える)

こどもが色を選ぶ時、そこには
大人よりもずっと広くて柔軟なこどもの了見が
反映されているのかもしれないと思います。
そう考えるきっかけが、
佐々木博之さん・佐々木志穂美さんご夫妻の著書(※)
の中にありました。
  ※佐々木博之・佐々木志穂美(2010)『洋平へ』主婦の友社

何気なくお子さんが描く絵、そこにはすごい宝物が埋まっているのかも。
それは大人のがちがちの既成概念の枠を超えたところで。 
そして自閉症とかそういう病気の枠を超えて、
病気とは関係なく、人それぞれの持つ感性って、
のびやかでたおやかですね。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peace
病気と一緒に生きていくこと 
「グアバの気持ち」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-089.html

2016年05月05日

つながる心(佐々木志穂美(2015)『目がみえない 耳もきこえない でもぼくは笑ってる 障がい児3兄弟物語』より考える)

病気によって、自分の心を表現することが非常に不得手で、
人とのコミュニケーション方法が不器用であったとしても、
こどもたちの心の中はのびやかで、
優しいんだなって改めて気付くことができますね。

先日読んだ佐々木志穂美さんの本(※)の中に、ありました。

  ※佐々木志穂美(2015)
   『目がみえない 耳もきこえない でもぼくは笑ってる 障がい児3兄弟物語』
    株式会社KADOKAWA


才能や心の芽、それは「ない」のではなく
「周りが見過ごしてしまう」
「周りが気付いていない」だけなのだろうと思います。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと 
「つながる心」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-088.html

2016年05月04日

幸せをもたらすいろいろな形(佐々木志穂美(2006)『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎より考える)

家で過ごす時間が短い親御さんは、
専業主夫・主婦とか、お仕事をやっていても、
おうちでやる内職だとか、パートで早く家に帰って来れるとか、
とにかく家で病気のお子さんのお世話を長くするパートナーに、
申し訳なく思う気持ちがあるだろうと思います。

そして、相手に負担をかけて悪いと思いつつ、
でもお金を稼がなくちゃと思う気持ちの狭間で、
頭を抱えることも多いはず。

そのような方にヒントになる言葉が、
先日読んだ佐々木志穂美さんの本(※)の中に、ありました。

  ※佐々木志穂美(2006)
   『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎

お互いがお互いの存在に感謝し、
過ごしていくってこと、
それは案外難しいかもしれないけれど、
大事なことなんだろうと思います。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「幸せをもたらすいろいろな形」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-061.html

「出会いを通して開く窓」

2016年05月03日

出会いを通して開く窓(佐々木志穂美(2006)『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎より考える)

佐々木志穂美さんの著書(※)の中に
サポートを求めることは、
とっても大事だなって思うエピソードがありました。
三番目の息子さんの自閉症の初診の時のエピソードです。
すべてを全部自分で抱え込んで頑張りすぎないって
大事ですね。もっとお子さんとの時間を大事にするために。

  ※佐々木志穂美(2006)
   『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「出会いを通して開く窓」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-060.html

2016年05月02日

手のひらの幸せに気付く人(佐々木志穂美『目がみえない 耳もきこえない でもぼくは笑ってる 障がい児3兄弟物語』より考える)

とっても良い本を読みました。

佐々木博之さん・志穂美さんの本です。

佐々木さんご夫妻は共著『洋平へ 君の生きた20年と、家族の物語(主婦の友社)』と、
志穂美さんの著書『さんさんさん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜(新風舎)』
『目がみえない 耳もきこえない でもぼくは笑ってる 障がい児3兄弟物語(KADOKAWA)』
を出版されていらっしゃいますが、
その中に登場する三人の息子さんは
それぞれ病気を抱えていらっしゃいました。

平成元年、誕生した長男洋平君は左脳がほとんどない状態だとわかり
平成三年、六年に誕生した次男の大(だい)君、三男の航(わたる)君は
それぞれタイプの異なる自閉症だったのです。

お子さんの成長、生活、育児、お子さんへの思いが
赤裸々に綴られていました。
どのページにも、愛情に充ちた文章があり
そこにはいろいろと考えるきっかけに富んだエピソードが
たくさんありました。

これから8回にわたって、Lana-Peaceでは取り上げたいと思います。

今回は、変わることのない出来事をどう捉えるか、ということです。
お子さんが病気と診断された時、病気による発達の遅れなどが起こって、
ひどく落ち込んでしまった時、ネガティブな思いしか感じられない時…、
「もう、こんなのは嫌だ!」と逃げ出したくなっても、
そこから逃げるわけにはいかない…。

世の中の真理を教えてくれるのはこどもで
それを見出すのは大人なんだなって
しみじみ思う、エピソードです。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「手のひらの幸せに気付く人」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-059.html

2015年07月16日

拡大するこどもの意識(DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』より考える)

DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』
(NHKエンタープライズ, 2015)に
ニューヨーク州郊外に暮らすマイク・ショアさんの
インタビューが収載されていました。
マイクさんの息子ブライアンさんは、重度の自閉症です。
マイクさんのお話とブライアンさんの様子を見ていると
親御さんの考え方を変え、関わり方が変わることにより、
お子さんの意識の方向はきっと、
もっと奥深い広がりを見せるのだなあと思いました。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「拡大するこどもの意識」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-053.html

2015年07月15日

深い底にあるもの(DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』より考える)

お子さんが「飛び跳ねること」は元気いっぱいな証拠ですね。
小さいお子さんがその嬉しさや喜びを体いっぱいで表現する時、
飛び跳ねることがあるかもしれません。
でもだんだん大きくなって、飛び跳ねることが時と場合にそぐわない場合、
奇異な目を向けられてしまうかもしれません。
DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』
(NHKエンタープライズ, 2015)の中に、
飛び跳ねることがよくある自閉症の息子さんのご家族のお話が
登場していました。
ノルウェー人のご家族ですが、そのお父様の言葉の中に
とても良い言葉があったので、今日はご紹介したいと思います。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時
「深い底にあるもの」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-052.html

2015年07月08日

幸せの必要十分条件(DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』より)

自閉症の東田直樹さんが中学生の時、その心の内を書かれた
『自閉症の僕が跳びはねる理由 ―会話のできない中学生がつづる内なる心』
(2007, エコアール)は、
作家のデイヴィッド・ミッチェル(David Mitchell)さんによって
『The reason I jump』として英訳され、
世界に広がったことをこちらでご紹介いたしました。
DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』(NHKエンタープライズ, 2015)に
収録されている東田さんとミッチェルさんの問答を見ていたら
こどもも親も、それぞれにとって
幸せの必要十分条件とは
それぞれが同じように幸せであることなのかな…と考えました。
どちらか一方の幸せのための、どちらかの犠牲ではなく。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「幸せの必要十分条件」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-050.html

2015年07月05日

深まる理解と居心地の良さ(DVD『君が僕の息子について教えてくれたこと』ほか より)

東田直樹さんが中学生の時に書かれた本(※1)が
作家のデイヴィッド・ミッチェル(David Mitchell)さんによって
英訳された『The reason I jump』は、
世界各国の自閉症のご家族の元へと広がっていったのです。
その翻訳者ミッチェルさんを中心に、各国の自閉症のお子さんの親御さんへ
行われたインタビュープログラムのDVD(※2)を、最近見たのですが、
とても含蓄の深い言葉が多く、考えさせられることが多かったので、
Lana-Peaceのエッセイの中で
何回かに分けて取り上げたいと思います。

※1 東田直樹(2007)
   『自閉症の僕が跳びはねる理由
    ―会話のできない中学生がつづる内なる心』エスコアール
※2 NHKエンタープライズ (2015)
  『君が僕の息子について教えてくれたこと』


人間はそもそも万能なわけではなく、
すべてのことを知り得るわけではありません。
それはもちろん当然のことです。
しかしながら、たとえば自閉症のように、
自分の心の内を外に向けて表現することが
不得手であるがゆえに、世の中の多くの人から
不当に誤解を受けているといったことは、
周囲で多々起きているのかもしれません。

それは決して悪気を伴っているわけではないとしても
「無知」が生み出す誤解の恐ろしさは、
きっとその誤解の矛先が向けられる本人にしか、
わからないものでしょう。

だからこそ「知る」ということは、
大きな意味と役割を持っているのだろうと思うのです。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時
「深まる理解と居心地の良さ」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-049.html

2015年06月05日

知ることにより、始まる人生(『ぼくとクマと自閉症の仲間たち』より考える)

お子さんに病名を伝えることについて、
どうしようかといろいろ考えあぐねているご両親もいらっしゃると思います。
こちらでは、自閉症の方ご本人が、
これから病名を伝えようとするご両親に向けて、
その伝え方がどういうものであってほしいかを綴った
メッセージをご紹介いたしました。

今日は病名を知ることによって、お子さんの気持ちがどう変わるのか、
そして、どんな支援を望んでいるのかについて、
アメリカの自閉症の方、トーマス・A.マッキーンさんのお話を
ご紹介したいと思います。
※トーマス・A.マッキーン著, ニキリンコ訳(2003)
 『ぼくとクマと自閉症の仲間たち』花風社

彼の言葉を読むと、病気であると知ることは、
本人の力になっていくのだと信じることが出来ます。
そこには知識を知恵に変えていく必要があるのだけど…。
そのお手伝いをすることが、きっとケアの役割なんだと思うなあ。
「知識を知恵に」それって20数年前、看護学生だった頃に
実習のディスカッションでよく耳にした言葉だったな…と
急に思い出にふけってみたりして。

あの時は
「自分が学んだ知識は知恵に変えなくちゃ、ちっとも患者さんの役に立たたない」
ってことだったのだけど、
きっとそれは自分に対する言葉だけじゃなくて、
患者さんにも、ご家族にも通じる言葉なんだろうな。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと
「知ることにより、始まる人生」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-079.html

2015年05月15日

東田直樹さんの著書『あるがままに自閉症です 東田直樹の見つめる世界』

5歳の頃、自閉傾向と診断を受けられ
相手の話を聞きながら言葉のキャッチボールで会話する、
といった形態をとることは難しいようですが、
文字盤やパソコンをツールとして、
自分の心の中に起こったいろいろな思いを言葉にして、
表現している東田直樹さんの本
『あるがままに自閉症です 東田直樹の見つめる世界』を
ブログHPで取り上げました。

2015年05月06日

交錯する時間の中で、翻弄されたとしても…(『母親やめてもいいですか 娘が発達障害と診断されて…』より考える)

お子さんが何か病気を診断された時
「もっと早く受診して、診断を受けていれば…」と、
自責の念に駆られる親御さんがもいらっしゃいます。
確かにそれは、自然な心の成り行きではありますが
親の抑鬱状態が長く続くことは、
お子さんにとって望ましい状況とは言い難いと思います。

では、その気持ちをどう考えていけばいいのか…。
先日読んだ山口かこさんのコミックエッセイ(※)の中に綴られていた、
かこさん(お母様)の気持ちは、きっとみなさんが考えて行くうえで、
拠り所になるような気がいたしました。
交錯する時間の中で、翻弄されたとしても
今、自分がいるべき立ち位置を見極められたら、
大切な思い出がもっと増えていくはずだということに
気付かされます。

※山口かこ(2013)『母親やめてもいいですか 娘が発達障害と診断されて…』
 かもがわ出版

とても衝撃的なタイトルの本ですが
お嬢さんが2歳7か月の時に広汎性発達障害と診断されたお母様の気持ちが
母として、妻として、一人の女性として、正直に赤裸々に綴られた本です。
コミックエッセイなので、あっという間に読み進めてしまうかもしれませんが
いろいろと学ぶところ多い本です。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「今日は明日の思い出になっていくから」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-045.html

2015年04月21日

ハッピーな明日を選び取るために〜3歳で自閉症・中度知的障害と診断された息子さんのご両親〜

お子さんの発達や行動の中で、不安を感じることはあっても
個性や個人差の範疇だと考えて、頑張っていたお母様。
でも毎日続くその時間の中で、だんだん疲弊は増して、睡眠障害になり、
頼りにしていた家族も急逝し、うつ病になってしまったお母様。

お子さんが3歳の時に、ようやく中度の知的障害を伴う自閉症であると
診断された時、それは大きなショックと更なる抑うつをもたらしたけれども、
お母様はお父様と一緒に立ち上がっていきました。

一つの物事のもたらす意味を2倍、3倍も深く読み取り
お子さんに関わっていくようになったのです。
息子さんにとってより良い明日とは何かを考え抜き、
その真髄に基づき積極的に選び取っていったのです。
小さな希望をたくさんちりばめて…。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時 
「ハッピーな明日を選び取るために」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-044.html

2015年04月19日

もう一度、父になる〜自閉症のお子さんのお父様の心の変容の軌跡〜(「胡瓜の歌が聞こえる」より考える)

お子さんの病気を診断された時、
なかなか頭の理解と心の受け止めが一致しないという場合があります。
ある自閉症のお子さんのお父様の心の軌跡が綴られた手記を
読みました。正直な言葉で語られた心の変遷は、非常に迫力があり
同様の立場で、共感する方も多いと思いますので、ご紹介しようと思います。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時
「もう一度、父になる」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-043.html

2015年04月17日

未来からの目線が見つけ出す幸せ(アスペルガー症候群のお母様)

どこからどこまでがその子の性格であり、
そして個性と呼べるのか…その線引きは、
親の目からなかなかできないことだと思います。
「お子さんに発達障害があります」と指摘されたお母様M.Uさんは
苦悩し、受け入れられず、思い詰めていた時に
あることをきっかけに気持ちが変わっていきました。

守るべきものに気付き、
「未来からの目線」によってお子さんを見つめ直すことは
自分を苦しめていた呪縛から解き放つこととなったのです。
そしてM.Uさんは、親も共にささやかな幸せに気付けるよう
生涯、発達していくのだと手記(※)に気持ちを綴られていました。
※M.U「未来の自分に届ける新聞」
 内山登紀夫ほか編(2014)『わが子は発達障害』ミネルヴァ書房


人には伝えきれないほど、数々の苦労を経た方の言葉だからこそ
その言葉の謙虚さと素直さには奥深さがあるのだと思います。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
家族の気持ちが行き詰まった時
「未来からの目線が見つけ出す幸せ」
http://www.lana-peace.com/1/1-2-042.html

2015年04月14日

準備できたときに師が現れる じゅんさんの本とブログ

こちらこちらでご紹介したように
三つ子のお母様じゅんさんの書かれた本
『発達障害のある子のこころを育てる―3つ子の子育てハッピー絵日記』
を読んだことをきっかけに
発達障害のお子さんに関する本を読み始めて、
自分があまりに不勉強でちっとも知らなかった奥深い世界があることを
少しずつ学ぶようになりました。

図書館でたまたま手に取ったじゅんさんの本でしたが
今の自分に欠けたものをしっかり補うようにという
自分の無意識の本能のようなものだったのか。
それとも、どこかの神様が出会わせてくれたのか(そうだと夢がある!)。
インドの名言に「準備できたときに師が現れる」という言葉がありますが
なんだかそんな気がしてきます。

そして、全国の看護学生さんたち。
あなたたちにぜひ読んでほしいなあ。
頭も心も若くて柔らかい、あなたたちの心の琴線には
必ず何か、触れるはず。
病気とは何か、それを学ぶために読むのではなく
発達障害があっても、人がその人らしく生きていくってこと、
それがどういうことなのか、考えるきっかけになるから。
そして、その人は、間違いなく誰かの家族の
大切な一人であるということを気づけるから。

今、読んでいる発達障害に関する本
そちらもご家族の手記ですが、
盛りだくさんなので、もう少し自分の中で咀嚼できたら、
こちらのブログでも取り上げたいと思います。

なお、じゅんさんのブログ「みつゴコロ」
Lana-Peaceのリンクのページにはらせていただきました!
こどもたちがじゅんさんご夫婦のたくさんの愛情で充たされて育つことにより、
こどもたちの知り得なかった可能性が、どんどん引き出されていく様子は、
わくわくしてきますよ。
病気であっても、こどもがその子らしさを損なわず、
のびのび生きていくってどういうこと?
それは、病気のこどもだけでなく、
一人の人間として生きていくうえで、通じることかも。
そんな 原点に、素直に立ち返ることができるような、
心に響くあったかなブログです!

じゅんさんどこかで講演されることあったら
ぜひ聴講に行きたいなあ。