2018年08月14日

加彩楽人(東京国立博物館 蔵)

唐時代・7〜8世紀の女性の加彩楽人俑は
全体的にあたたかみのある、優美な雰囲気を強く漂わせていました。
4体の楽人の奏でる弦楽器と打楽器の音楽のおかげで、
俑と共に埋葬されていた人は
きっと心地良く過ごせていたことでしょう。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「加彩楽人(東京国立博物館 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-065.html

2018年08月13日

画像石 舞人・楽人(東京国立博物館 蔵)

中国山東省魚台県から出土した
後漢時代の舞人・楽人の画像石が
東京国立博物館に展示されていました。
太鼓を叩く人、お手玉でジャグリングをする人、
長い袖を振り回して踊る人、琴を弾く人、
手拍子を打ちながら歌う人、
簫(しょう)を奏で、でんでん太鼓でリズムをとる人。
とっても賑やかで活気溢れる場面です。
この画像石が飾られていたお墓で眠っていた人はきっと、
死後の世界で明るく、楽しい気持ちで過ごせていたことでしょう。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「画像石 舞人・楽人(東京国立博物館 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-064.html

2018年08月12日

加彩舞人・楽人(東京国立博物館 蔵)

東京国立博物館に展示されていた「加彩舞人・楽人」。
中国では後漢時代、墳墓に葬られる主人に娯楽を提供する舞人・楽人の俑が
とても流行したそうです。
死者の魂を慰め、死後の世界での生を楽しいものでありますように、
という願いが感じられる元気いっぱいの俑です。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「加彩舞人・楽人(東京国立博物館 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-063.html

2018年08月11日

埴輪 琴をひく男子(個人 蔵・東京国立博物館展示)

東京国立博物館に椅子に座って、膝の上に琴をのせて弾いている
男性の埴輪がありました。
琴、と聞くと美しい音色を思い浮かべますが
古代では神と人とを結ぶものであり、
神託を受けるために使われていたそうです。
そうすると、生前そうした仕事に携わり、亡くなった被葬者は
亡くなってもなお、死後の世界で神の言葉を受けて、
この世の人の生活が安寧であるように守るお仕事を
埴輪と共にしていたのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「埴輪 琴をひく男子
(個人 蔵・東京国立博物館展示)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-062.html

2018年08月09日

埴輪「両手を挙げる女子」(茨城県水戸市愛宕町出土)

東京国立博物館に展示されていた
埴輪「両手を挙げる女子」のご紹介。
茨城県水戸市愛宕町出土のこちらの埴輪、
両手を挙げる、という名称がついていますが
両手はまるで一緒に埋葬された人を大事に守るかのような
抱きかかえるかのような表情です。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「埴輪 両手を挙げる女子(東京国立博物館 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-061.html

2018年08月06日

「埴輪 船」西都原170号墳出土・重要文化財(東京国立博物館蔵)

東京国立博物館で見た重要文化財の船の埴輪、
宮崎県西都原170号墳から出土したものです。
埴輪の船と言えども、とてもしっかりした作りの船です。
当日、会場では「被葬者の魂を運ぶため、または
外洋への交流を象徴するために、船の埴輪は重要でした」と
説明文が添えられていました。

荒波と風雨を越えてしっかり死者の魂を届けたい、
そういう気持ちが伝わってくる埴輪です。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「埴輪 船(東京国立博物館 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-060.html

2018年08月04日

石倉貝塚 甕棺土器(縄文時代後期)

こちらでご紹介した「函館空港遺跡群」ですが
空港3階のオープンフロアで展示されていたもの中で
ひときわ目を引く美しい土器がありました。
そちら、函館空港遺跡群の中でも東端、
滑走路から外れたところにある石倉貝塚の「甕棺土器」です。
石倉貝塚は大型の盛土、柱穴・配石遺構を伴うところで
死者を弔う祭祀が行われた場所と考えられているそうです。

こどもを弔う甕棺土器のほか、
いろいろ調べてみると石倉貝塚からは
新潟県糸魚川産のヒスイの玉も出土しているそうです。

死者を見送る気持ち、弔う気持ちが
伝わってくるものでした。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「甕棺土器(北海道函館市 蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-059.html

2018年08月01日

石人(福岡県八女市 岩戸山古墳出土・重要文化財)

東京国立博物館で見た石人、
福岡県八女市の岩戸山古墳から出土した
6世紀(古墳時代)の石人です。
とっても迫力があります。
1つの阿蘇溶結凝灰岩から
1体の大きな石人ができたことに驚きです。
ここに眠る故人を守りたい、そういう思いが
とても伝わってくるものでした。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「石人(東京国立博物館所蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-058.html

2018年07月31日

イノシシの持つ神聖な力 ― 埴輪 猪(群馬県伊勢崎市 天神山出土・重要文化財)から考える

群馬県の天神山古墳(前方後円墳)の前方部の基壇上に
犬形埴輪と一緒に置かれていたというイノシシの埴輪。
重要文化財です。
とてもカワイイ埴輪ですが
イノシシ、について調べてみると
古代の人々はとても神聖な力を
イノシシに見い出していたことがわかります。

そしてそれは現世の人々の暮らしにおいてだけでなく
死後の世界にもその思いを延長させていたことが考えられます。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「埴輪 猪」
(東京国立博物館所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-057.html

2018年07月10日

みみずく土偶・猿形土製品(前2000〜前1000年, 前1000〜前400年)

埼玉県の真福寺貝塚から出土した
「みみずく土偶」と「猿形土製品」。
真福寺貝塚からは人骨が出土したという記録は見当たりませんが
縄文時代の精神性をアイヌのイオマンテの中に共通性を見出していた
河野広道先生の説を当てはめて考えてみると、
もしかしたらこのみみずく土偶や猿形土製品は、
例えば亡くなった人の魂を天へ送るための儀式などで使われたのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「みみずく土偶・猿形土製品(前2000〜前1000年, 前1000〜前400年)」
(東京国立博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-056.html

2018年05月14日

貝塚はこの世と神の国、死後の世界を結ぶ神聖な場所だったのでは? ――河野広道先生の論文「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」(『人類学雜誌』50(4))を読んで考えたこと

昨年10月、千葉県の飛ノ台貝塚から出土した人骨に関して
こちらのエッセイで取り上げたのですが
その後もどうしても解せない部分がありました。
貝塚は当時のゴミ捨て場として利用された跡だと私は理解していたからです。
そのような場所になぜ人骨が…?
何だかもやもやした気分だったのですが、
その後ある論文の存在を知りました。
昭和10(1935)年、人類学雑誌に発表された河野広道先生の
「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」です。

現在はWEB上、無料で論文を拝読することが可能です。
河野広道(1935)「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」『人類学雜誌』50(4), pp.151-160


昆虫学を収めた河野先生ですが
尊父は道史編纂の初代編纂主任を務めた河野常吉氏であり
恐らく幼い頃より北海道の考古学、歴史、
アイヌ文化などへの造詣は深かったのでしょう。
その後、研究分野は考古学領域へと広がり
北海道での遺跡、貝塚の調査に多く携わられた河野先生は
少なくとも北海道の貝塚から出土する人骨は
丁寧に埋葬された場合が多いという事実から
アイヌの思想、習俗を鑑みて
貝塚に埋葬された人骨は遺棄されたものではなく
「イオマンテ」として送られたものだと考えられたのです。
今では熊の霊を神の国へ返すものとして知られていますが
河野先生によると食料とした動物、鳥、魚介類のうち食べられなかったところの他
生活に必要な猟の道具、武具、農耕具、その他食器等で不用となったもの、
壊れたものなども「送り」の対象として祭壇のそばにまとめられたそうです。
炉の灰さえも多量になると、まとめて一箇所にして神と人間との間を取り持つ
イナウを立てておくという徹底ぶりでした。
すべてのものに神を見出し、
すべてのものに感謝する、そういう思想ですね。


貝塚はこの世と神の国、あるいは死後の世界とをつなぐ
実に神聖な場所だったのだろうと思います。
そして貝塚に葬られた人骨は「送られる」人への
思いがとてもこもった証だと思いました。
故人を大切に悼む思いが今に伝わる場所、それが貝塚なのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
飛ノ台貝塚 抱き合った男女の人骨(複製)
(飛ノ台史跡公園博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-039.html
改変 2018/5/14, 初出 2017/10/12

2018年05月05日

揺銭樹(ようせんじゅ)(中国出土・東京国立博物館蔵)

2015/2/18に取り上げた中国四川省出土の揺銭樹(ようせんじゅ)ですが
東京国立博物館でもう1度見て、改めてその精巧な作りに驚かされました。

死後の世界とお金、その関係はあまりに似つかわしくないけれど
「死は終わりなのではなく、現実社会の延長線上にあるんだ…」
そういう考えの現われのようにも思えます。


詳しくはこちらに書きました。
アート・歴史から考えるグリーフケア
揺銭樹(ようせんじゅ)(中国出土・東京国立博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-011.html

金銅製沓(国宝) (江田船山古墳出土・東京国立博物館蔵)

以前、2015/2/24に熊本県の江田船山古墳出土の金銅製沓を取り上げましたが、
その後、韓国の国立全州博物館で韓国 高敞郡
鳳徳里古墳群1号墳出土の金銅飾履を見た時
「江田船山の金銅製沓もすごかったはずだ!」と思い出し、
もう一度ちゃんと日本の沓も見ようと思い、
2018/4、東京国立博物館に行ってみました。

金銅製沓、実に見事な亀甲文でした。

それと共に古代の中国、朝鮮半島と日本のつながりが
強く感じられるものでした。


詳しくはこちらに書きました。

アート・歴史から考えるグリーフケア
金銅製沓(国宝) (江田船山古墳出土・東京国立博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-012.html

2018年05月04日

埴輪「猿」と古代のグリーフケア(6世紀・伝茨城県行方市 大日塚古墳出土・重要文化財)

東京国立博物館に展示されていた6世紀の埴輪「猿」。
茨城県行方市 大日塚古墳から出土したその猿の埴輪は
ほんわか、あたたかい雰囲気でかわいい猿です。

でもお顔の朱色
そして背中の剥がれ落ちたような跡…
いろいろ調べてみると、何だかとても奥深い。

明治、大正、昭和と活躍した考古学者の柴田常恵氏は
日本人類学会の学会誌に「猿形埴輪」という報告を出されていますが
その中では『日本書紀』や『和名類聚抄』を参考に
猿の埴輪の意味をいろいろと考察されていました(※)。

※ 柴田常恵(1906)「猿形埴輪」『東京人類学会雜誌』21(244), pp.400-403


古代の人々が副葬品として埋葬した埴輪、
そこに子猿を背負った親猿の埴輪が登場していることに
しみじみいろいろ考える機会となりました。

詳しくはこちらに書きました。



アート・歴史から考えるグリーフケア
埴輪「猿」
(東京国立博物館 所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-051.html

2018年04月11日

金銅飾履(韓国 高敞郡 鳳徳里古墳群1号墳出土・国立全州博物館所蔵)

昨年秋訪れた韓国の全州博物館には
全羅北道 高敞郡の鳳徳里古墳群1号墳から出土した
一双の金銅飾履がありました。
5世紀百済のこの飾履、素晴らしい彫金です。
日本の江田船山古墳出土の国宝 金銅製沓にもよく似ています。
副葬品の一つではありますが、1600年ほど前にこれほど緻密なものが
造られていたことが本当に驚きです。
また同じ頃の時代に朝鮮半島と熊本で同じような飾履が
古墳に収められていたことを考えると、
死者に向けるまなざしは海を越えても変わらぬものだったと
知ることができます。

丁寧に形作っていく一刀一刀、そこには死出の旅路の向かう先が、
美しく光り輝く飾り履きが似合うような素晴らしい世界でありますように…
そんな願いが込められていたのだろうと思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「金銅飾履」
(韓国・国立全州博物館 所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-050.html

2018年03月03日

埴輪 鶏(古墳時代6世紀)― 夜明けに魂を呼び戻す

埴輪の中には鳥の形状を模したものがありますが
パッと見たらただの鳥でも
鳥は鳥でも「鶏(にわとり)」については
意味があるのだそうです。
夜明けにコケコッコーとなくオスの鶏に託した思い。
それは死者の魂の再生とも関係があるそうで…

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「埴輪 鶏(にわとり)」
(東京国立博物館 所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-049.html

2017年12月13日

埴輪 水鳥(古墳時代5-6世紀)―送る魂、呼び戻す魂 水鳥埴輪に託す思い

こちらで韓半島における鳥型土器を取り上げた際
『三国志魏書』「東夷伝」の
「以大鳥羽送死 其意欲使死者飛揚」という一文から、
鳥は死者の魂を黄泉の国へと送リ届ける役割がある
という考え方をご紹介いたしました。
そうした考えは日本でも同じようにありました。
今日は東京国立博物館の水鳥の埴輪 水鳥についてご紹介したいと思います。
埼玉県行田市埼玉出土の古墳時代・6世紀の水鳥の埴輪と
大阪府羽曳野市 伝応神陵古墳出土の古墳時代・5世紀の水鳥の埴輪です。

古代の人々が鳥に向けた眼差しを考えると、
彼らの感性は本当に豊かだったのだなあと思います。
生者にとって鳥は現世での生命を支える穀物豊穣に寄与するものであり、
死者にとっては死後の世界へ導くもの(あるいは現世に呼び戻すもの)であり…。
それだけ鳥が暮らしの中で身近な存在だったことを示すと思います。

その中でも死に関する鳥へ託した思いは、
今の世にもしみじみ切々と伝わってきます。
以前こちらでご紹介した、渡り鳥アジサシを胸に置いて埋葬されていた
6歳くらいの少年(和歌山県 磯間岩陰遺跡)のように……。

詳しくはこちらに書きました。

アート・歴史から考えるグリーフケア
「埴輪 水鳥」
(東京国立博物館 所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-048.html

2017年12月12日

鳥形土器(韓国 陜川 蔚山 金海出土) ―鳥に託した死者への思い

2017年春、韓国・金海市の国立金海博物館を訪れた際、
鳥形土器を見学しました。
その解説展示パネルには『三国志魏書』「東夷伝」の
「以大鳥羽送死 其意欲使死者飛揚」の一文が引用されていました。
鳥形土器は死者の魂の安寧な行方を鴨の飛翔に託す気持ちがこめられた
という解釈の根拠として引用されたものです。

形あるものには作り手の深い意味があるのだなあと、改めて感じた次第です。
詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「鳥形土器(韓国 陜川 蔚山 金海出土) 」
(韓国 国立金海博物館 所蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-047.html

2017年12月08日

古作貝塚 ―貝輪から感じられる死後の生と死者への眼差し

かつて昭和の初期、千葉県船橋市に中山競馬場を作るため
同市の古作(こさく)貝塚が破壊されることになってしまいました。
それはとても残念な話ではあるけれども、
その建設工事ゆえに明らかになったものもあったのです。
蓋付の2つの土器の中に水平に重ねられて、
大切に収められていた51枚もの美しい貝輪たち。

その古作貝塚からは貝輪をつけた人骨も見つかっています。

実際縄文時代に戻ってみなければ、アクセサリーやお守りの意味で
貝輪をずっと身につけていたのか、
あるいはそれが死出の旅を安らかにすることを願って添えられ、
共に埋葬されたものなのかはわかりません。
もし後者であれば、そこには当時の人々が感じていた
「死後の生」といった世界観が浮かび上がってきます。
そして死者へ向けられたあたたかい眼差しがだんだんと感じられます。

いろいろな人々の思いがたくさんつまった貝輪。
3千年、4千年もの時を経て
貝輪はいろいろなメッセージを伝えてくれそうです。
なにしろ蓋付土器で保管するほど、大切にされていたものなのですから。


詳しくはこちらに書きました。


アート・歴史から考えるグリーフケア
古作貝塚 貝輪
(東京国立博物館 蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-046.html

2017年11月27日

黄泉国の炊飯具(古墳時代・6世紀 奈良県葛城市笛吹遊ケ岡出土)

こちらで前漢時代の明器「灰陶竈(かいとうかまど)」をご紹介しましたが、
今日は日本の「黄泉の国の炊飯具」をご紹介いたします。

奈良県葛城市笛吹遊ケ岡から出土した古墳時代(6世紀)の
小型置竈、小型羽釜、小型鉢、小型甑。

亡くなった後も、毎日炊きたてのあたたかいご飯をおなかいっぱい食べてほしい…
そんな思いが伝わってきそうな「黄泉国の炊飯具」です。
東京国立博物館平成館に展示されていました。



そして思い出したのが明治大学博物館に展示されていたままごと道具。
明治大学の駿河台のリバティタワー建設時に発掘調査が行われ
現われた江戸時代の中坊氏の屋敷跡から見つかったもの。

生と死は一続き、そんな気がいたしました。


詳しくはこちらに書きました。



Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「黄泉国の炊飯具」
(東京国立博物館 蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-045.html