2018年10月20日

北海道 厚真町 山口農園のハスカップジャム

地震で大きな被害を受けた北海道厚真町、
ふるさと納税の返礼品で
山口農園のハスカップジャムが届きました。

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金色の蓋と銀色の蓋。
金の方が甘みが強いもの。

今朝の朝食はクルミパンに金色の蓋のジャムを
たっぷり塗っていただきました。

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このジャム、ジャムと言うよりも
コンポート、といった方が近いです。
大粒のハスカップがしっかり形が
残っているでしょう!
でも、硬いものではなくて
口の中ではふわっと溶けます。
咀嚼の弱い方でもおいしくいただけますね!

そして甘みと酸味が丁度良いバランス。

北海道の自然の恵みと
ハスカップを手塩にかけて育てて、
丁寧にジャムに加工して、発送してくれた
そうしたいろんな人の思いが
いっぱい詰まったジャムでした。

少量の瓶なので
一瓶を新鮮なままでいただくことができます。

被災がわかった時、厚真町の応援になればいいなと思って
山口農園と土居農園両方の返礼品の
ふるさと納税を申し込んだけれども
今回、土居農園さんの方はジャムの用意が難しい、
ということで山口農園さんのジャムが
代わりに送られてきました。
きっと土居農園さんのジャムも
同じように北海道の日差しをいっぱいあびた
おいしいジャムだっただろうと思います。


どちらの農園さんにも
いいことありますように。。。
posted by Lana-Peace at 11:56| □ 考えたこと いろいろ

2018年03月01日

ごみ収集車を見ていたこどもたち

先日、とある街で寄ってみた図書館の帰り、
そこは近くに保育園があって、
こどもたちが園庭で元気に寒空の下遊んでいました。
走り廻るこどもたちがいる一方、
園庭を囲む柵のところに集まって
じっと同じ方向を見て固まっている
10人くらいのこどもたちの集団が。

なんだろう?
と思ったら、彼らの視線の先は保育園の前の道に
停車していたごみ収集車。
住宅街の各所、道沿いに山積みになっているごみ袋。
それを1つ1つ、ごみ収集車の後方の取り込み口へ
ごみ収集の係員が入れていくわけです。
ごみ袋の山だった場所がきれいになって
ごみが車の中に吸い込まれていく様子を
こどもたちは真剣に、じーっと見ていました。
そして一人の子が言ったのです。
元気に「ありがとう!」って。

そうしたら若い係員の方が手を挙げて
「またね!」と明るくこどもたちに向かって言って
ごみ収集車が出発しました。

別に保育士さんが無理矢理「ありがとう」って
こどもに言わせたわけではないですよ。
保育士さんはそのこどもたちのそばから数メートル離れた場所で
他のこどもの世話をしていて、
ごみ収集車の様子にはちっとも気を払っている様子ではなかったから。


車の中にごみ袋が入って、回転扉に押されて
また次のごみ袋が入っていく様子をおもしろいなあって
思いながら見ていた子もいるだろうなあ。
それが大半なのかもしれない。
でも、そういう場面で素直に「ありがとう!」って言葉が出る子、
その子は心の中でどんなこと考えていたんだろう。
いろいろなところで、こどもは見ている。
そしていろいろなことを吸収して育っていく。


すごく心に残った朝の風景。
posted by Lana-Peace at 00:21| □ 考えたこと いろいろ

2017年11月14日

あせらず、たゆまず、おこたらず。

こちらで東京 湯島天満宮の狛犬をご紹介しましたが
湯島天満宮と言えば今も大事にしているものがあります。
看護師国家試験の前に看護学校の先生方が合格祈願に行ってくださって
そのお土産に学生1人ずつに渡してくださった鉛筆。
前にブログにも書いたけれど……でももう1回。
伝えたい言葉があるので。

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もう随分年月は経ったけれども
大事に持っています。
初々しかった21歳だった学生は
もうすぐ50歳に手が届くおばちゃんになってしまったけど
その鉛筆に刻まれている言葉は、
しみじみと心に響く今日この頃。

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「あせらず、たゆまず、おこたらず。」

そうなんだよなあ。
何事もあせらず、たゆまず、おこたらず。
そうでなくちゃ、と思いつつ。
ああ、思いつつ……。

あの時の恩師は私より一回り位年上の方で
今から考えれば随分若い先生だったけど
当時はもう、雲の上のような存在の先生でした。
その先生が言った言葉を最近よく思い出す。

「今一生懸命勉強していることも10年経ったら古い知識になっちゃうの。
だから一気にすべてを勉強しようなんて思って焦らないで
そのつど、そのつど勉強していけばいいのよ。それでいいのよ。」
図書館の書棚の陰で本を探していた新人ナースだった私に
かけてくれた言葉。

あの言葉から数年後、恩師は病気で旅立ってしまいました。
白衣を着ると「白衣の天使」という言葉が
まさによく似合っていた美しい恩師。

勉強熱心な人だったけど、
今は天国でどんな勉強しているんだろう。
ふと思い出すのです。
「あせらず、たゆまず、おこたらず。」
そう声をかけてくれているのかもしれない。
「まだまだあなた、駄目ねー」と苦笑しながら。
posted by Lana-Peace at 00:42| □ 考えたこと いろいろ

2016年07月24日

開山忌の準備で汗かく人々(建長寺)

先週月曜日、訪れた鎌倉は外に立っているだけで
くらくらしそうなほど暑かったのですが
建長寺では屋外で黙々とお掃除をしている人々が…

7/23-24行われる開山の祖、蘭渓道隆の大法要のため
きれいにしていたのだそうです。

総門の前の石畳は石と石との間の汚れまで
掘り起こされていました。
在家の方だとおっしゃっていましたが…

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仏殿の本尊地蔵菩薩像は
恐らく僧職の方が
脚立を使って地蔵菩薩の上に上がって、
隅々まで埃を払い落としていました。

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そして仏殿周囲の石が取り払われていたのは
数名の若者たち。10代後半なのか、20代前半なのか…
こちら本来は屋根から雨滴が落ちる場所。
石の下に溜まっているごみをきれいにしていたのだそうです。
確かに枯葉などが結構たくさん。

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石を1個1個丁寧に取り除くために、
しゃがんで丸く小さくなったTシャツの背は
あんなにも汗をかいていたのに
皆さん、和やかにお掃除していました。

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清風だなあ。

何か誰かの思いを込めて手が入っている場所は
その場の気がとても整えられている気がします。
posted by Lana-Peace at 09:51| □ 考えたこと いろいろ

2016年07月22日

早朝のお掃除(鶴岡八幡宮)

先日訪れた夏の鎌倉、
海と山に囲まれているから、暑いですね。
でも、早朝の鶴岡八幡宮、
参拝客が大勢来る前に神職の方々が
黙々とお掃除したり、内水をして
境内をきれいにしていました。


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参拝客が通らなさそうなところも。
参拝客の視線に入らなさそうな奥も。

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posted by Lana-Peace at 08:29| □ 考えたこと いろいろ

2016年06月13日

頑張る人

5月下旬の立山黒部アルペンルートの室堂では
「雪の迷路」が作られていて
大人の背の高さくらいまである雪の壁の迷路は
特に海外からの観光客の方々は大盛り上がりでしたが
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一人黙々と、作業をしている方の姿が…。
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いろんな人が歩いて、気温によっては崩れてしまうところを
ただひたすら黙々と。

そしてこちらは室堂からみくりが池へむかう道
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ちょうど雪道から階段までの下り坂のところが
往路ではかなり歩きにくくて大変だったのですが
復路ではもくもくとショベルで雪の階段を
作ってくれている人がいました。

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すごく安全で、歩きやすかったです。

ただひたすら黙々と。
汗をかいて一生懸命、雪かきをする姿。

そういう名もなき人のおかげで
みんな楽しい思い出ができるね。
それを忘れちゃいけない。
posted by Lana-Peace at 08:34| □ 考えたこと いろいろ

2016年04月16日

赤ちゃんの生きる力 ―地震の6時間後に救出された赤ちゃん―

昨日、熊本の地震で倒壊したおうちから、
8か月の赤ちゃんが救出されたと
ニュースに出ていました。
赤ちゃんの泣いている声が聞こえて、
救急隊の方が探してくださったのだそうです。
赤ちゃんは潰れたおうちの梁の隙間にできた空間に
いたのだとか。
6時間もの間、一人で、赤ちゃん、よく頑張ったね。
あー良かったなあ。
テレビの映像では少し足を動かして、
あどけない表情をみせていた赤ちゃん。
本当に良かったね。

神様、天使、いろんな存在たち
6時間も、赤ちゃんが頑張れるように
大事に守ってくれて本当にありがとう。
そして無事救出して下さった救急隊の方、本当にありがとう。

赤ちゃんの生きる力って素晴らしいなあ。
赤ちゃんは恐くてびっくりしたかもしれないけど
頑張って、生きて、泣いてくれて
本当に良かったなあ。
posted by Lana-Peace at 15:28| □ 考えたこと いろいろ

2016年04月15日

熊本のこどもたち あたたかな夜を過ごせますように

熊本の地震被災、本当に心が痛みます。
テレビで見た小さなお子さん。
避難先で夜をすごし、母親に抱っこされていました。
親御さんの不安と、疲れ切った表情。
とっても痛々しかったです。

赤ちゃんは泣くことは大事なサインだけど
きっと避難所では、ご両親は肩身の狭い思いをしてしまうんだろうなあ。
なんとか、早く安全で心地良く過ごせる場所に
移動してほしいです。
いつもは母乳育児をしているご家庭でも
お母様の動揺が強いと、母乳の分泌も悪くなるだろうから
どの赤ちゃんもしっかりミルクが飲めるように
届いているといいなあ…。
いろんな医療処置を伴いながらおうちで過ごしていたお子さんたち
お水や電気がしっかり届いているあたたかい場所で過ごせるといいなあ。
イレギュラーなことが起こった時になかなか受け入れ難くて、
パニックになってしまう発達障害のお子さん
そのお子さんたちも、安心して過ごせる場所があるといいなあ。
それは物的環境としてだけでなく、人的環境としても…

東京と熊本、遠いけれども何かできることはないかと思いましたが
すぐにとれるアクションとしては、やっぱり寄付しかないのかな。
日中、確認したら日本赤十字社のネットでは
専用サイトがまだ立ち上がっていなかったので
ダイレクトに熊本県に届くようにと思って
熊本県あてにふるさと納税の形で寄付をいたしました。
とても大きな被害を受けた益城町に
寄付をしたかったのだけど、
益城町のふるさと納税は申込用紙をダウンロードして、
それを郵送かFAXしてから寄付…といった感じで、
ネットで即寄付、というわけにいかなかったので。

そこで「ふるさとチョイス」の熊本県のページに進むと
熊本県全体へ寄付するページが出てきました。
その中で寄付金額内訳を選択するところがあって
なんと5つの選択肢の中で、
一番最後に「市町村分」とあるではないですか!

そして更に下にスクロールすると
特定の市町村名と金額を選択することが出来ます。
2か所選べますよ。
もちろん他の自治体も大きな被害が出ていると思いますが
まずは、とにかく益城町ということで選択しました。

窓口が熊本県への寄付だったら、寄付に関する諸業務も
小さな「町」の限られた人員で対応するのではなく、
大きな「県」の組織として対応できるから
益城町の負担が少なくていいかなあ。

救命救助、被災したこどもの養育支援、
町のライフライン整備など
必要な所に役に立てるといいなあ。

そして熊本城の各所の被害もとても大きいですね。
それでも、あれ程古い建造物、お城だけでなく
創建当時から現存と伝わるお城周辺の建造物なども
「全壊」してないっで「一部損壊」って
すごく頑張ってるなあ。熊本城。

今まで過去から大事に伝えられてきたものは、
未来にも伝えるべきだと思って
熊本城の「熊本城一口城主」の制度を利用して寄付しました。
熊本城にそのまま使われることになります。
こちらクレジット決済できないけれど
それはもう、他に代替手段がないので
振込用紙の郵送入手をこちらから申し込みをいたしました。
でも、この制度、住所名前を確認して、
振込用紙を希望者に郵送するだけでも、
人手もコストも本当に煩雑になるだろうとは思うけど…
こういう時こそ、ネットでの申請、支払システムを
充実させれば効率があがると思うのですが。

とにかく。
被災地の方たちが安全であたたかな夜を過ごせますように。
こどもたちとその家族が、安心してぐっすり眠れますように。
posted by Lana-Peace at 18:46| □ 考えたこと いろいろ

2016年03月29日

こどもの生きる力と幸せになる力

今日は夕方、とってもいい出会いがありました。

すごいなあ。こどもの生きる力。
○○○くんと○○○ちゃん
退院が決まって本当に本当に、オメデトウ!!

こどもの生きる力の強さと秘めている才能に
何度も何度も、心の中で
すごいなーって思いました。

そして、その笑顔の裏に
これまで、たくさんご家族の心配と、涙が
あったことを、決して忘れてはいけない…

○○○くんと、○○○ちゃん、
あなたが元気になれたことを
心から喜んでいる人が
あっちにも、こっちにもいるよ!

バイバーイって何度も振り返って、
手を振るお子さんの姿。
あーもうオバチャンは
心の中で泣けてきちゃったよ。

今までの日々に、
きっと他の人の一生分くらいの大変なことが
起こっていたけど、本当によく頑張ったね。

これからの人生、
いっぱい楽しいことチャレンジしようね。

神様、天使たち、
そして宇宙のいろんな力に感謝。感謝。
彼らを助けてくれたことに、本当に感謝です。

これからの○○○くんと○○○ちゃんの人生が
たくさんの幸せと
生きがいに充ちあふれた人生に
なりますように。
オバチャンはあなたたちのこと、祈ってるよ。
もっともっと、幸せになれますようにって。
posted by Lana-Peace at 21:40| □ 考えたこと いろいろ

2016年02月10日

チョウチョが元気に育つために(足立区生物園)

先日訪れた東京 足立区生物園ですが
美しい蝶がたくさん舞っている温室については
こちらで取り上げましたが
美しさの陰に、職員さんたちの大変なご苦労がありました。
蝶の飼育の研究室のお部屋の前に
解説がありましたので、ちょっとご紹介いたします。

1)食草を育てる
チョウの幼虫のえさのために大きな温室が4つもあるそうで
その温室には食べるための草が1,300鉢もあり、
毎日水やりを朝夕2回しながら、元気に育っているのか
チェックしているそうです。
そして除草剤や殺虫剤を使ってしまうと、
チョウの幼虫によくないため、
手作業で雑草抜きやアブラムシ退治をしているそうです。

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2)手作りエサを作る
チョウが食べる草が足りなくなってしまうと
手作りのエサをあげるのだそうです。
そのレシピは次の通り。
用意するものは
@しっかり乾燥させた食草の葉っぱをミキサーで粉末にしたもの
 (冷凍庫で保管してあるもの)
Aカイコの飼育用の人工えさ
B水
C愛情!
@+A+B+Cを混ぜて、レンジでチンして、乾燥。
(これは1週間冷蔵庫で保管OKなのだとか)

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3)大活躍!冷蔵庫
冷蔵庫の中にはその他のえさもいっぱい。
蝶の種類によっては花の蜜よりも、樹液が好きなものもいるそうで
樹液の代わりに乳酸菌飲料や焼酎をあげているそうです。

タテハチョウの仲間は腐った果物によくあつまるので
バナナなども用意しているそうです。

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そうやってあんなに元気いっぱいで
美しいチョウチョが育っているんですね!
職員さんたちが頑張りも、温室の中で感じられると
チョウチョの見え方も変わってきます。
愛情いっぱいで育ったチョウチョです。
そのせいか、なんだか人懐っこいチョウチョが多いです。
posted by Lana-Peace at 11:33| □ 考えたこと いろいろ

2015年09月11日

幼少時の関わりと一生 〜歌人 山崎方代氏の生い立ちより考える

こちらでご紹介した山崎方代氏の歌
「手のひらに 豆腐をのせていそいそと いつもの角を曲がりて帰る」
ですが、何とも朴訥としたあたたかい雰囲気。

その歌風は自由で、そして素朴。シンプルな言葉の連なりであるけれども、
その裏にいろいろなことが含まれている…
それは方代氏のことを調べていくうちに、
その生い立ち、幼少期のお父様の関わり方に
大きな影響を受けていたのではないかなあと思いました。
方代氏はお父様が六十過ぎで誕生した我が子、
それも山崎家ではお子さん十人のうち長男と長女を除き、
皆、夭逝され、長男も二十一歳の時に当時流行のチフスで
急逝された後、生まれたお子さんでした。

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「私の歌のすべては学問の中から生まれてくるものではない。
二十貫の力石をかつぎかついだこの中から生まれてくるものだ。」

引用文献:山崎方代(1981)『青じその花』かまくら春秋社, P.131
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ご本人の回想は『青じその花』に詳しく出ていますが、
方代氏誕生のお祝いにお父様が山を買い、石ばかりの深い谷底を開墾し、
桑畑へと作り上げ、山には杉の苗を植林していく様子を、
幼い方代氏は間近で見ていました。
親子3人で母のお弁当を食べたり、野葡萄を食べたりしたそうです。
山のあった古宿という場所は、役小角ゆかりの七覚と、
夢窓疎石ゆかりの心経寺にはさまれた場所であったことから、
お父様は方代氏に二人にあやかるよう、
きっと彼らも食したであろう古宿の沢蟹を食べて、
勉強しろとはっぱをかけたそうです。

しかしお父様は「学問は馬鹿の知ることでもある」と言い放ち、
字を教えてくれるわけではなかったけれども、
方代氏が強く自然の中で生けるように、いろいろなことを授けました。
たとえば、力石をかつぐこつ、物を運ぶ時に必要なモッコを藤づるで結ぶ方法、
炭を焼くときの窯の煙の色具合など。そうした時間を幼少期に過ごしたわけです。

だからこそ、方代氏はその心の動きを技巧に走った言葉を操るのではなく、
心の奥底で響き湧いた言葉を導くようになっていったのだと思います。

それが方代氏の一生を支え、導く仕事になっていったわけですから
幼少時の関わりって、いろんな可能性を秘めているんだなあって思います。
posted by Lana-Peace at 08:01| □ 考えたこと いろいろ

2015年02月28日

北村文化センター(북촌문화센터)で出会った女性

計画して旅に出かけるときは、
もちろん目的の場所があっていくわけですが
意外と思いもしない出会いがあって、
それが自分の心の中に静かな一石を投じることがあります。
2009年6月に訪れたソウルで、
伝統韓屋が見たくて昌徳宮の近くにある
北村文化センター(북촌문화센터)を訪れたときのことが
とても印象深く残っています。

同世代の女性が当日、ボランティアガイドとしてそこにいらっしゃって
お茶をふるまってくれました。
お茶の作法から言えば、結構大胆(!)なところはあったけれど
でも少し疲れて肌寒かった時に、お部屋でいただく
あたたかいお茶は実においしいものでした。

いっしょにいた妹は韓国語が堪能なので
その方に話を聞いてもらったら、その方は実は普段、看護師さん。
韓国文化を知ってもらいたくて、時々そこにボランティアにきているそうです。
そして病院ではターミナルケアの病棟に勤めていらっしゃるそうですが
患者さんには「あたたかいお茶を飲んでいただきたいと思うから」と
その看護師さんが自ら患者さんに急須でお茶を入れて
ゆっくり患者さんとお話などをされているのだそうです。
「自分がそうしてあげたいと思うから、そうしている」
何の気負いもなく、さらっとおっしゃる横顔は
すごく神々しい感じがしました。

その時、突然彼女に電話がかかってきて、どうやらおうちからの様子。
瞬時に母親の表情に戻ってお話をしていました。
(仕事中に私用の電話に出るとは…といった野暮な発想はさておき)
学校から帰ってきたお子さんに
「学校どうだった?
 机の上におやつ用意してあるから、手洗って食べなさいね」と
話しかけていたようです。
韓国語がわからない私でも、隣で聞いていてそのやさしさは感じられるほどです。

電話のあとは、また仕事の話を続けていました。
そのお子さん、ご主人との結婚によって
新しくご縁を結ぶことになったお子さん。
血のつながるお子さんではなくても、彼女とご縁を結んだお子さんは
きっとあたたかい気持ちで生活できているのだろうなあ。

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もちろん北村文化センターの近くの昌徳宮も素晴らしかったけど、
北村文化センターで出会ったボランティアの女性は
何年たっても忘れられない方です。
お元気でいらっしゃるといいなあ。

相手のために何かおもてなしの気持ちを形に表す、
それがたとえお作法通りの格式高いものでなくても
その気持ちが伝わってくるって、いいものですね。
posted by Lana-Peace at 11:08| □ 考えたこと いろいろ

2015年02月20日

魂が心に、心が理性に、理性が体に宿り、人間ができる『ジミーとジョルジュ〜心の欠片を探して〜』、

今日はとっても良いお天気だった東京の昼下がり
アルノー・デプレシャン監督の『ジミーとジョルジュ〜心の欠片を探して〜』は
渋谷のシアターイメージフォーラムで本日が最終上映日だったので、
急いで見に行ってきました。

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第二次世界大戦の後、息をすることも苦しいほどの頭痛をはじめとする
様々な症状に悩むネイティブアメリカンのブラックフット族の男性ジミーと、
精神分析医ジョルジュの交流が描かれたものです。
フロイトの呈した概念を講義するジョルジュの姿も登場しますが、
ネイティブ・アメリカンのモハヴェ族の研究のため、
文化人類学者として2年間も彼らの砂漠で暮らした背景も持つ彼の言葉は、
単なる夢分析の精神分析なのではなくて、
一味も二味も違った深いものでした。

ジョルジュは、白人は夢から過去を導き、
ネイティブ・アメリカンは夢から未来を導くことを興味深いと言っていました。
そう考えると、単に夢分析から
「過去のこうした経験があなたの潜在意識に、このように影響を及ぼしている」
といった表現は、ある意味において不十分なのかもしれません。
社会の中で基準とされているようなものが、
ある社会の中では通じないこともある…
そう考えると、枠から外れて「例外」とされ、
それが冷笑・冷遇されるのは、おかしなことなのかもしれませんね。

映画の中で、人形の内側に一回り小さい人形があって、
そのまた小さな人形の中にもっと小さな人形がある、
マトリョーシカが登場しました。
それを広げながら、魂が心に宿り、心が理性に宿り、
理性が体に宿ることによって人間ができるのだ、
といったことをジョルジュと女友達が話すシーンがありました。
短く登場しますが、とても深い含蓄のあるシーンです。
原因を特定できない厄介な症状は、結局のところ、
コアの部分から外側に向かって表出した魂の問題である…
そう考えれば、魂の手当ては本当に大事なことだと思うのです。
現在の病院は「魂科」ってないけれど。

自分の力で立てない、今までの人生を天上の神のせいにしていた…と
自分に失望するジミーに対してジョルジュは、
ジミーが尊厳をもった人間であること、
そして自分こそ自分の人生の主であれ、と言葉をかけます。
そういうことを、なんのてらいもなく、さらっと言えるって
すごいことですよね。

いよいよ映画もエンディングに近づくころ
様々な症状に苦しみ、過ごしていた自分を「コンプレックス」と表現するジミーに対して
ジョルジュは、そんな専門的な用語で自分を片付けるなと戒めます。
リアルタイムで映画館にいるときは、
それって、どういうことなのか?と思いましたが、
よく考えてみれば、日本語で劣等感という意味合いで用いられる
「コンプレックス」ではなくて、心理学的な表現としての
心的複合体という意味だったのでしょうね。きっと。
映画館では「戻る」ボタンがないから難しいですね。

じゃあ、コンプレックスではなくて、
ジミーはいったいなんだったのか。
ジョルジュはそれを魂が傷ついた、魂のけがだというのです。
ジミーの幼少期のこと、青春期のこと、そして成人してからのこと
いろいろショックを受けるようなことがあり、
また自分も他者にショックを与えるようなことをして
本来消化されて自分の人生の肥やしになるべき事柄が
いくつも未解決のまま、引きずっていることにより
魂が深く傷ついている、という意味なのかもしれません。

人と向き合い、対話によって得られる言葉は、
とっても難しいですね。
表面的な理解で終わってしまうか、
それとも人間のコアの魂の部分へと理解を進めるか…。、
病気のお子さんや、先立ったお子さんのご家族のカウンセリング
にかかわらせていただくうえで、非常に学びの多い映画でした。

渋谷での上映は終了したけれど、
それ以外の場所ではこれから公開するところもあるようです。
詳しくはこちらをどうぞ。

posted by Lana-Peace at 17:34| □ 考えたこと いろいろ

2015年02月16日

壊れる記憶・壊れない心 〜映画「妻の病」を見て〜

難病のこどもたちが楽しく遊ぶ機会をもてるよう
北海道滝川市に設立された「そらぷちキッズキャンプ」
2007年当時にアメリカのマニュアなどの資料を
和訳する作業をボランティアで参加し、
夏の丸加高原キャンプにも裏方ボランティアで
1度参加したのですが
そのミーティングの時に中心となるアドバイザーの医師として
石本先生という方が参加されていました。
「高知からわざわざ診療を休んで参加される
奇特な小児科医がいらっしゃるのだなあ」と記憶していたのですが
なんとその先生がドキュメンタリー映画の主人公として登場されていると知り
昨日、横浜のジャックアンドベティまで行ってきました。
(東京はもう上映が終わっていたので)
伊勢真一監督の『妻の病』です。

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奥様の弥生さんがレビー小体型認知症を患い
また石本先生ご自身もうつ病を抱えながら奥様の介護を何年もやっていたこと
そのドキュメンタリー映画に、とても考えさせられること多くありました。

石本先生は奥様のことを次のように表現されていました。
「ものは思い出せないけれど、心はいきいき。」
確かに記憶の1つ1つの部屋は壊れてしまったかもしれないけれど
心の中のとても大切で高尚な部分は壊れてはいないのです。

たとえば弥生さんはどうやら、
自分がご主人と同居生活することによって生まれるご主人の疲弊は
ご主人のうつ病を悪化させ、ご主人から仕事を奪ってしまう、と懸念し
自分を介護をしてくれる姉と同居し、姉の家からデイケアにも通い、
時々ご主人に会うという生活の仕方を続けることが、
周囲の人々にとって一番良い関係性であると認識したようで
姉の家に自分がいた方がいい、ということをおっしゃったのだそうです。
その時、石本先生は「すごい」と思ったのだそうです。
「健康な時は本当の彼女を理解していなかった。
あーすごい、こんな人だったんだ。
それを健康な時、気が付かなかった。」
物の場所やありか、誰のものであるか、そうした記憶をどんどん失っても
周囲への気遣いとか調和や平和を生み出すための成り立ちを考える能力って
決して病気で失われるものではないのですね。
きっと奥様がもともとそうしたお人柄であったことが
大前提だとは思いますが…。

また、弥生さんは
「なんで、こうなったんだろう…。」
ご主人との車の中で、そして席を共にした食事の途中で
そうおっしゃっていました。
ご主人との会話の脈絡とは、関係なく、
突然に淡々と。そしてまた別の会話になっていくのです。
流れていく会話の中で聞き逃してしまいそうになるけれど、
自分が今までの自分と違うということを
心のどこかで認識する、その大きなとまどいは
どれほどご本人にとって怖いことでしょう。

出身校の小学校の卒業式にご夫婦で招待された帰り
会場を出るため、下駄箱で差し出された自分の靴を見て
「それは自分の靴じゃない」と言い張り、
「じゃあもうスリッパのまま帰ろうか」と言うご主人。
そんなやり取りがあった後も
帰り際に会った方に弥生さんは
「お世話になりました」と頭を下げてご挨拶。

病気って、そもそも何を病気というのだろうか。
そんな風に思いました。
物のありかがわかる健康な人であっても
人に頭を下げることのできない人はたくさんいますから。

石本先生がインタビューで次のように答えていらっしゃいました。
「心の中を知ること。その心に寄り添えば、患者さんは穏やかになる。
心を知る、がすべてのはじまり。
次の人(次の世代の人)へ、不必要な苦しみはさせたくない」
奥様の実際の介護生活を通して、
医師としての視点と人としての視点でたくさんのことに気付かれ、
理解されたことが発信されることは、きっと多くの人が
病気についてより正しく、深く理解するという形で
還元されていくように思いました。

石本先生の日記の中に、
このような言葉が出ていました。
「愛し直す作業をしたい」
「弥生を守る」
介護は決してきれいごとではすまないけれども
それでも続く日常の中から、病む人が疎まれるのではなく
尊重される気付きが生み出されることは大いにあるのだと
映画館の帰り道、そんなことを考えながら
冷たい風が吹く横浜の街を歩きました。

「病む」ということは、人間にとってそもそも
何を病むことなのであるのか。
たとえば「脳内における器質的な不可逆的な変化」ということではなく
人間とは何か、というような理解の点から、
大きな一石を投じる映画だと思いました。

ぜひ若い看護学生にも見てほしい映画です。
今の看護学生は、ここからどんなことを感じるのだろう。
そして若いうちにぜひ見てほしい。
今は何もわからなくても、何年か、何十年か経った後に
きっと思い出し、学びに気付く瞬間が来るから。
posted by Lana-Peace at 01:02| □ 考えたこと いろいろ

2015年01月29日

カブトムシのおうち(寂寞と希望)

こちらでご紹介した板橋区立昆虫園ですが、ただいまカブトムシは越冬中。
解説板によると9、10月は卵からカブトムシの幼虫が孵化して
幼虫は秋にもりもりたべて、4〜5センチくらいまで
大きくなるそうです。
そして11月から3月までは餌を食べず
土の中で春が来るのを待っているのだとか。
4、5月になったら、さなぎになるために再び餌を食べ始め、
6月頃にさなぎになり、
7月になったら土の中から出てくるそうです。

土しか見えないカブトムシのおうち。
寂寞とした中に、希望の光がたくさんつまってる。

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実は世の中、そういうことが多いのかもしれない…
とカブトムシのおうちの前で少し考え事の昼下がりでした。
posted by Lana-Peace at 17:17| □ 考えたこと いろいろ

2015年01月19日

水草とキラキラ(浄化のチカラ)

昨日、東京 池袋のサンシャイン水族館に行ってみました。
あっちもこっちも、たくさんのちびっこでいっぱい!!
もうそれは保育園の年少さんの遠足かと思うくらい。

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いろいろなところの水族館に出没している私だけど、
ここのこどもたちは、結構常連さんが多いようです。
「この前来た時よりも、このお魚元気あるよ」とか。
お魚見ながら、こどもたちが親にそう話している。
え〜そんなに来てるの?

どうやら年間パスポートのおかげのようです。
大人は2回分の入場料金で年間何度でもOK。
そして4歳未満はそもそも入場無料だし。
何度も通っているうちに、友人に会いに来るような
懐かしいそんな気持ちになるのかなあ。
それってすごくいいことだと思います。

さて水族館と言えば、水の生き物が主役だけど
解説板にこういうのがありました。

アクアプランツ
「水草につくキラキラとした気泡が酸素の泡だと知っていますか?
水草は光を浴びて二酸化炭素を酸素に変え、水の汚れから栄養分を
作り出します。真珠のように輝く泡は水草によって浄化が行われた
証拠なのです。」

縁の下の力持ち。水草。
でも、時にはよく見てみよう。水草。
キラキラをうまく写真にとれないのだけど、
それでも何となくその雰囲気が伝わるといいな。
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今、入院されているあなたのお子さんを
治療をしている医師やお世話している看護師だけが
応援しているのではありません。
いろんな職種のいろんな人が、見えないところで
お子さんのこと応援してます。

先日、土曜日、仕事があって、職場の病院に行ってきました。
そこで人影のない廊下のカーペットにしゃがみこんでいる人が一人。
どうしたのかと思ったら、飲み物がこぼされたしみを
お掃除している若い清掃スタッフの方でした。
誰も見ていなくても、黙々と。

何だか水草とその若い清掃スタッフの姿が重なるようでした。
posted by Lana-Peace at 15:11| □ 考えたこと いろいろ

2014年12月30日

冬の大三角 河口湖のシリウス

冬の寒さは得意ではないのですが
夜空の美しさは寒ければ寒いほど
格別なような気がします。
今夜の河口湖、星空がきれいでした。
宿泊先のベランダから見える夜空は
富士山の左肩に冬の大三角形がはっきりと。
そのうち、おおいぬ座のシリウスが
一段とキラキラしていました。
何だか、それだけで嬉しいね。

普段東京でもある程度、星は見えるけど
こんなに見えていなかったなあ。
そこにあるはずなのに、私には見えていないもの、
世の中には、まだまだ多いね。
いろんな意味で。

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posted by Lana-Peace at 22:33| □ 考えたこと いろいろ

2014年10月30日

空から見る国

先週末から韓国に3日間行ってきましたが、
お天気が良くて飛行機の中から外の景色がよく見えました。
空から見る海や陸にはどこにも線などありません。
日本も韓国もどちらも美しい国。

韓国では竹島のニュースが報道されていました。
日本の一部なのか、韓国の一部なのか、それはさておき
そもそも「地球のもの」だろう、と思いました。
日本のものでもなくて。韓国のものでもなくて。
国境など人間が勝手に決めたのですから。
地球は「俺、そんなこと知らないよ」って思っているかも。

成田から仁川空港まで飛行中、
飛行機から見た風景はこんな感じ。

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宇宙を作った存在がいるのならば
下界の人間がやっていることを、どんな風に見ているのかなあ。
posted by Lana-Peace at 12:42| □ 考えたこと いろいろ