2018年05月19日

今を生きた子の命を未来に繋ぐこと ――「朝日新聞2018年5月19日土曜日記事 ひと」と小田和正氏 楽曲「ダイジョウブ」より考える

今朝の朝日新聞にオーストリア出身の神主さんのお話が掲載されていました。
ウィルチコ・フローリアンさん(三重県津市 野邊野神社)です。
そこで昔の知恵を知ることで昔の人とつながりを感じ、
自分も歴史の一部になり、歴史を生きていると感じることが
書かれていました。
その言葉の前振りとして神道の「中今」という言葉が
記事の中で紹介されていました。
「中今(なかいま)」とは
「過去にも未来にも世界があり、真ん中の今を精いっぱい生きること」(※1)
なのだそうです。

※1朝日新聞2018年5月19日土曜日
「ひと オーストリア出身で神社の神職を務める ウィルチコ・フローリアンさん(30)」

その言葉を見た時に思い出しました。
2年ほどの間、ずっとやり取りをさせてもらっていたあるお母様の
お子さんのことを。彼は今週、この世での大仕事をやり遂げて、
ついにお空に還っていきました。

その少年の生きる姿がまさに「中今」だったなあと思ったのです。


今を精いっぱい生きた幼子の命、
それが境目なくこれからも続くよう求めている方に
ご紹介したい言葉があります。
小田和正さんの歌の中に「ダイジョウブ」(※2)という歌。
一部抜粋してみます。
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人生はこうして続いてゆくんだ
間違っても何度つまずいても
でも小さなその物語に
答えはひとつじゃないんだ

※2
小田和正「ダイジョウブ」
作詞・作曲 小田和正
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子の死を悼む、それは子の命が形を
変えて未来を生きることなのかもしれません。
子の死後も、親の心の中で紡がれる子の「物語」の中で。
夭逝したお子さんの物語、それは死を持って終わりなのではなく、
可能性と広がりを秘めているものだと。
気付いてほしいと思います。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「今を生きた子の命を未来に繋ぐこと」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-064.html
posted by Lana-Peace at 13:38| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2017年10月11日

「不運」と「不幸」は違うもの ―風見しんご著『えみるの赤いランドセル』『さくらのトンネル 二十歳のえみる』より考える

(詳しくは取り上げた風見しんごさん夫妻が小学五年生の長女を交通事故で亡くされた後、
当時三歳だった次女が小さいながらも親を気遣う発言を見せたことにより
風見夫妻が我に返ったお話をこちらで取り上げましたが
今日は苦悩の日々の中でしんごさんが
「不運」と「不幸」は違うと気付き
いつか娘と笑顔で再会できるよう
気持ちを切り替えて過ごすようになったお話をご紹介したいと思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「不運」と「不幸」は違うもの
http://www.lana-peace.com/2/2-1-063.html
posted by Lana-Peace at 11:09| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2017年01月28日

長女に先立たれた指揮者・作曲家グスタフ・マーラーの心の軌跡  ―死別の苦悩を「美しい時間」に変えた人―

まだ4歳の我が子を亡くした直後に判明した父の心臓の病気。
こどもに先立たれた悲しみだけでなく、
自分の生命についても恐れを持つとき、
父の胸中は、はかりしれない複雑さを帯びてくることでしょう。
19歳年下の妻とまだ3歳の娘のために
大黒柱として頑張らなくてはいけないのですから…
そうした危機的状況を、乗り越えていった先人の例を
ご紹介したいと思います。
19世紀から20世紀にかけて、作曲家、指揮者とし活躍した
オーストリア出身のグスタフ・マーラー
(Gustav Mahler, 1860/7/7-1911/5/18)です。

グスタフは多くの歌曲や交響曲を作曲しましたが、
こちらで紹介したフリードリヒ・リュッケルトの
「こどもの死の歌」に曲を添えたことでも知られています。

長女マリア・アンナに先立たれた後
マーラー夫妻は苦悩のあまり、
お互いの心の間に、かなりきしみが生じてしまいました。
しかしグスタフが1年かけて取り組んだ交響曲
「大地の歌」の作曲過程によって
彼は苦悩した日々を自らの言葉で「美しい時間」
と呼べるようになったのです。

苦悩を美化する必要はありません。
でも、長女マリア・アンナはこの世の人生の去り際に、
父へ残したものは、
苦悩という名の置き土産ばかりではなかったのです。
苦悩を「美しい時間」に昇華させる力を
父にもたらしたのだと思います。
彼女は決して親を悲しませるために、
生まれてきたのではないのですから…。


詳しくはこちらに書きました。


お子さんを亡くした古今東西の人々
「亡き子がくれた美しい時間」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-024.html
posted by Lana-Peace at 13:55| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年12月21日

大学としてその名が生き続ける息子(アメリカ スタンフォード大学 Leland Stanford Junior University)

一人息子の名を掲げた大学の創設、
そう聞くと、一体どれほどスケールの大きい
富豪の事業だろうかと思うことでしょう。
しかしそこには、病気のため、
15歳で夭逝した息子の名を、
この世に永く留めておきたい、
という親の切なる願いが込められていたのです。
今日はアメリカのカリフォルニア州にある
スタンフォード大学にまつわるお話を、
ご紹介したいと思います。

一人息子に先立たれた
スタンフォード夫妻の軌跡をたどると、
悲しい気持ちやお子さんへの愛情は、
新しい何かを生み出し、
そして困難を乗り越えていく力に
変わる…そのように思います。

そして15歳で終えたリーランド・ジュニア一人の命が、
今はスタンフォード大学の学生、卒業生の
何万人もの人生として生きて、
世の中で今も活躍しているとも言えるのかもしれません。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「大学としてその名が生き続ける息子」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-022.html
posted by Lana-Peace at 18:39| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年10月14日

6日の命が手にした永劫性

お子さんの今世の命は短くても、
いろいろな形でこの世に生き続け、
誰かのために大きなお役目を果たすこともできる……

無脳症のため生後6日でお子さんを亡くされた
サラ・グレイ(Sarah Gray)さんの講演を見て、
そのように思いました。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「6日の命が手にした永劫性」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-061.html
posted by Lana-Peace at 18:51| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年08月31日

言えなかった言葉の裏

本音の部分を言葉にして語り合えないまま、
大切な人が死を迎えてしまった時、
遺された人々はあの日、あの時から足をとられて、
動けなくなっているかもしれません。

でも亡くなった人の側から考えてみると、
そういう状態が、実に心苦しく、心残りなのです。
そして亡くなった後もお互いを思いやる気持ちは
ちゃんと、通い合っているのです。
それを実感できる箇所を本(※)の中に見つけました。
※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版

大人同士のお話ですが、
先立ったお子さんとご家族の間にも、
きっと同じようなことがあると思います。
詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「言えなかった言葉の裏」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-059.html
posted by Lana-Peace at 11:19| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年08月13日

「時を大事に生きるならば」―過剰医療を拒否して亡くなった医師のメッセージから考える

もうこれ以上苦しく辛い治療は受けさせたくない、
本人の持つ自然な生命力に回帰させてあげたい、
そうした選択をした後、
お子さんが旅立った後に
「あともうちょっと治療を続けていれば、もしかしたら……」
そんな終着点を見つけられない不完全燃焼な思いが
あなたをより複雑に苦しくさせているかもしれません

今日はこちら(※)に登場するある医師からのメッセージを
ご紹介したいと思います。
  ※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版,

こどもの死ではありませんが、
きっとこどもにも当てはまることが多いと思うので…。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「時を大事に生きるならば」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-058.html
posted by Lana-Peace at 11:36| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年08月12日

僕は無事なんだから ―交通事故で突然亡くなった少年が伝えたかったこと

交通事故で突然家族の元からさよならしてしまったお子さん、
もう二度と会えない…と自暴自棄になっていた父親の心の悲しみ。

でもお子さんはずっとお父様のことを見ていました。
そして今の自分は誰からも傷つけられることなく
無事であることを知らせたい、と思っていました。

そして、父には父の人生をしっかり生きてほしいと
切に願っていたのです。

駆け足で逝ってしまったお子さん。
でもそのお子さんの人生の使命や役割を全うできるよう
総仕上げを手伝ってくれるのは、
親御さんだなあって思いました。


こちら(※)に登場するある少年からのメッセージを
ご紹介したいと思います。
  ※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版,



Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「僕は無事なんだから」
―交通事故で突然亡くなった少年が伝えたかったこと―
http://www.lana-peace.com/2/2-1-057.html
posted by Lana-Peace at 12:08| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年07月12日

「親の怒りのエネルギーを憂う子」――糸川洋『トゥルー ミディアム』より考える

大切な人に先立たれた後、
心の中にぽっかり空いた穴を「なかったこと」にはできません。
その穴と共に生きて行くしかない現実は、
本当に苦しいものです。
でもその穴の開き方、穴の質によって、
遺された人々の生きる姿勢は大きく違ってくるのでは…と思います。
死後の世界を感じることが、
心の変容に大きな役割を果たしてくれると思える本と出会いました。
糸川洋(2012)『トゥルー ミディアム』(Kindle版)です。

こちらには大切な方を亡くして
悲しみから立ち直れない遺族のために
霊能力を用いてリーディングを行い
亡くなった方からのメッセージを伝えている
ジョージ・アンダーソン氏の活動について書かれています。

死者からのメッセージを受けて
死がすべての終わりを意味するわけではない、という気付きを得て、
死者とのつながりを心の中で感じながら、
自分の人生をこれからしっかり生きていこうと思える…
そうした心の変容を後押ししてくれるのが、
ジョージさんのリーディングの特徴だと思います。
ジョージさんのリーティングを通して変容していった人々の心の動きは、
とても学ぶべきものが多いと思うので、
Lana-Peaceのエッセイの中で複数回に分けてご紹介したいと思います。

まずは自宅のお風呂の中で亡くなってしまった少年からの
お父様へのメッセージについて。
悲しみだけでなく、怒りと憤りに充ちた時間が
お父様と家族の生活を息苦しいものにしていたことを憂う少年。
その少年は就学前に旅立った短い人生だったけれども
彼の持つ懐の深さを知ると
素晴らしい魂の持ち主だったんだなあ…と
心洗われる思いがいたします。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「親の怒りのエネルギーを憂う子」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-060.html
posted by Lana-Peace at 19:57| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2016年05月17日

遺された親御さんの誕生日

お子さんに先立たれた後、
親御さんにとって、ご自分の誕生日は
非常に苦痛に思える日の1つかもしれません。
「あの時」の自分がどんどん遠くに行ってしまいそうで。
何か月たっても、何年経っても
「あの時」の感情は、今日のことのように蘇ってくるけど
「あの時」の些細な記憶が遠のいていることに、愕然としたり。

でも、お子さんはたとえどんな人生の終わり方であっても
安らかで、心地良いところで、過ごしているんだなあ、きっと…
そして、ママとパパが思い出してくれるたびに、
ママとパパの心は、お子さんのところに
ビュンっと距離を越えて、時間を越えて、
一気にやってくるんだろうなあ。

そんな風に思える本を読みました。
メーテルリンクの『青い鳥』(※)です。
  ※メーテルリンク著, 末松氷海子訳(2004)『青い鳥』岩波書店

お子さんに先立たれた悲しみを抱える方には
格別の思いが響いてくるのではと思います。
「思い出の国」と「未来の国」。

この本から伝えたいことがたくさんあったので
頭をちょっと整理してから、
またLana-Peaceのエッセイで取り上げたいと思います。

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そしてRさん、
お誕生日おめでとう。
この世も天国も紙一重。
次元がちょっと違うだけ。
あなたの誕生日を、
Rちゃんは心からお祝いしています。
---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---
posted by Lana-Peace at 00:08| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年09月21日

様々な距離を越えて、続く命 〜娘と息子に先立たれた土井晩翠夫妻のとった行動とは〜

お子さんに先立たれた後、言いようのない虚脱感にかられてしまい
何をする気にもなれないと仰る方は、多くいらっしゃいます。
そうした時「やらなければいけないこと」とは別に、
「やりがいを感じられること」に出会うことは、
そうした気持ちの沼から足を引き抜く上で役に立つように思います。

土井晩翠氏は先立たった長女照子さんや長男英一さんに夢の中で励まされ
ホメーロスによる古代ギリシヤの長編抒情詩『イーリアス』の
日本語訳に取り組んでいきました

また英一さんが臨終間際まで気にかけていた
ハンセン氏病患者さんの支援のために、土井夫妻は病院慰問を行いました。
孤児や孤独な老人への支援として、年の瀬には白米を贈ったり
照子さんの母校への土地の寄贈も行いました。

奥様の八枝さんが書かれた照子さんの回想記や
照子さんに関する講演によって、多くの人々が感化され、
そして立ち直っていった若者がいました。

お子さんへの思いは、多様に形を変え、
命を宿して生まれ出ていきます。
そうした可能性を選択できるのは、親御さんの気持ち次第。
そう思うのです。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「様々な距離を越えて、続く命」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-049.html
posted by Lana-Peace at 12:09| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年08月09日

「屋根裏に置いた懐中電灯」〜長男を亡くした土井晩翠氏の親心〜

土井晩翠氏ご夫妻のお子さんを亡くされた悲しみについて
取り上げることをこちらでブログに書きましたが、
その後、国会図書館蔵書などからも参考にして
ようやく、いくつかまとまってきました。

今日はまずは長男英一さんを見送られた時のこと。
自宅で長く臥せっていた息子に
晩翠氏が向けていたあたたかい眼差しが
その日誌に残されたエピソードから伝わってきます。
屋根裏に置いた懐中電灯。
それは騒がしく天井を走り回るネズミの足音から
息子の心の平穏と安眠を守るためでした。
庭先で楽しむ花火と歓声、
それは夏の風物詩でもありますが、
時に、それは立場によっては、心を締め付ける響きを伴います。
隣家の少年に頭を下げた晩翠氏の姿……

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「屋根裏に置いた懐中電灯」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-021.html
posted by Lana-Peace at 13:20| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年08月08日

たくさんの愛に充たされた時間を生きた少年

待ちに待った我が子の誕生。
そのあと、次々といくつもの病気がわかった時、
ご家族はショックな気持ちだったり、
これからどうしていけばいいんだろうかと途方にくれたり
どうしてうちの子に、こんなにいろいろ起こるのかと
やり場のない怒りが起こったり
いろんな気持ちになると思います。

先日お目にかかったお父様、
息子さんのFくんは春の日にお空に帰っていきました。
Fくんは医学的に見たら、本当にすごく大変な状況だったけれども
何一つ愚痴を言わず、ただひたすら、お子さんの命を慈しんでいました。

ポツリポツリと語るその言葉に、
時々、声にならない嗚咽で肩を震わされている時
思わずこちらがもらい泣きしそうなことも
何度かあったけど、
だけど、お父様のお話を聞いて、写真を見せて頂いた後、
そのお子さんの命に対して心からの敬服と
すがすがしい感動でいっぱいになりました。

Fくん、
私はあなたにお目にかかったことはないけど
あなたの人生がどれだけ短いものであっても
たくさんの愛に充ちた時間であったことを
私は忘れないよ。
そしてあなたのご家族がどんなに心を痛めて
そして頑張ってこられてきたか、
それも、忘れないよ。

Fくん、
どうか、これからはお父さんとお母さんとお兄ちゃんが
自分の時間を大事にしながら生きていけるように
空からしっかり見守ってあげようね。
それが、これからのFくんの大事なお仕事だと思うよ。
posted by Lana-Peace at 12:41| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年07月20日

「悲しみを背負っていくけれど」〜5歳の神経芽腫の少年の人生と母の心情(門田家尉子『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』を読んで)

大切なお子さんを亡くされた後、
まだそれが本当に現実に起こったことなのか信じられず、
混沌とした様々な感情で押しつぶされそうな親御さんは
たくさんいらっしゃいます。

でも、いざ現実の生活に目を向けると、
父・母として、夫・妻として、あるいは職場や社会の中で
自分の求められるあり方に追われてしまい、
自分の心は棚上げしてしまうということがほとんどでしょう。
そうした時「書くこと」は、たくさん浮かんでくるお子さんへの思いを、
一つずつ収まりの良い場所へ納めていくことを
手助けしてくれる力があるように思います。

悲しみとどう向き合っていくのか、
その悲しみと共にどう生きていくのか。
先日読んだあるお母様の手記(※)には、
静かな、でも非常にしっかりと浸透してくる力強いメッセージが
感じられました。
※門田家尉子(1991)
 『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』潮文社

こちらの本は、20数年前に刊行された本なので
恐らく絶版になっていると思いますが、
図書館によっては所蔵しているところもあると思います。
とても、とても、いい本です。

私はここに出てくる有生(ゆうき)君とお母様には
お目にかかったことはないけれど、
こうして見ず知らずの私の心の中に
深く残っていく、そういう生き方もあるのだなと思います。

ここに登場するお子さんの病気は神経芽腫でしたが
その他の病気でお子さんに先立たれた親御さんにとっても
非常に共感できる部分が多いと思います。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「悲しみを背負っていくけれど」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-048.html
posted by Lana-Peace at 19:29| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年06月30日

空からのお手紙と空へのお手紙

1年と1日前に、この世に誕生した
美しく清らかな命は
冬と共にお空に帰っていったけれど、
でも、今はあちらで元気いっぱい
楽しく過ごしているから。
どうか、Rちゃんのパパ、ママ、お姉ちゃん
自分の人生の時間を大事に生きてください。

神様、どうかRちゃんの家族が
心安らかに生きていけますように。
たくさんの愛と、たくさんの慈悲と
たくさんの癒しのエネルギーを
Rちゃんの家族に注いでくれますように。
posted by Lana-Peace at 01:39| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年01月26日

ゆっくり自分自身を取り戻せますように(お子さんを亡くしたご両親へ)

それまで健康だったお子さんが、突然事故や病気で具合が悪くなり、
数日の間に旅立ってしまった時、ご両親の心の中は、
悲しみや涙よりも、混乱でいっぱいということがあります。
泣きたいのに泣けない…。
一連の出来事が、確かに事実ではあるけれども、信じられない。

そのうち、物事が決められなくなっていきます。
何を食べたいのか、どっちがいいのか。
そういう些細な事柄さえも。

でも、それはちっともおかしいことではありません。
あまりにも大変なことが、短期間に次々と起こっための
心の自己防衛です。決して悪いことではないのです。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「ゆっくり自分自身を取り戻せますように」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-044.html
posted by Lana-Peace at 00:51| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2015年01月10日

感情の波動がつなぐ天の子と地の親

3度の臨死体験を持つダニオン・ブリンクリー氏は、
著書『光の秘密』の中で、生者と死者の世界がつながりを、
感情の波動の点から記されていました。
それによると、心配、悲しみ、怒り、罪悪感を持っていると
亡くなった方とのつながりは持ち難いようです。
その方への愛やその方との思い出に感謝することが
とても大切とのこと。

詳しくはこちらに取り上げました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「感情の波動がつなぐ天の子と地の親」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-043.html
posted by Lana-Peace at 16:17| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2014年10月15日

苦悩と共に精一杯生きる母の背中

大切なお嬢さんを病気で急に亡くされて4年のお母様、
昨日1年ぶりにお目にかかりましたが
本当に頑張って1日、1日を精一杯生きていらっしゃいました。

とても素敵な方です。
きっと駅のホームで隣に立った方は、そのお母様が
これまでどんなに大変な出来事の連続をくぐりぬけてきたか
想像もつかないだろうと思います。

この世に遺された家族は、遺された瞬間から
またそれぞれの人生が進んで行きます。
お子さんを亡くした悲しみから派生する、様々な複雑な苦悩。
それは決して一筋縄ではいかなくて、
いろいろな事情が絡み合っているけれど、
でもその苦悩を通して、また一段強くなるのだと思いました。
そこには凛とした美しさを伴っていらっしゃいます。
同じ世代の自分の目から見て、
そのお母様、本当にすごいと尊敬いたしました。

渦中のご本人は、そうした変化にはお気付きになられません。
でも第三者の立場で見ると、それがとてもよくわかります。
きっとお子さんがご家族を見守っていらっしゃるから
耐えて、乗り越えていく力を送ってくれているのだと思います。

お母様がお帰りになる際、その背中に「幸多かれ…」と
祈らずにはいられませんでした。
posted by Lana-Peace at 11:33| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2014年08月25日

お子さんを亡くされた親の孤独を安らぎに変えていくために

お子さんを亡くされた後、
お子さんを通してつながっていたママ友達、パパ仲間の輪から
自分がはじけ出てしまったような気持ちになってしまうという方がいらっしゃいます。
決して周りの人から冷たくされたわけではないけれど、
妙に心は冷え冷えとして、底の見えない孤独に落ちていくという方も。
何か大きなところから突き放されてしまい、自分は一人ぼっち…
そういった拠り所のなさが、心の不安を助長することがあります。

孤独はある意味、自分の心と向き合う大切な機会でもあります。
でもそれがあなたにとって苦痛しかもたらさないのであれば、
その苦痛がどんどん増すのであれば、
その孤独はあなたをネガティブな方向に進ませてしまうことになります。

いっときでも良いから、孤独から解放され、安らぎを感じられる瞬間がほしいという方へ。
人間の感情は自分が作り出すものでありますが、
先日読んだ本の中にあるヒントになりそうなことが書かれてありました。
 ジル・ボルト・テイラー著, 竹内 薫訳(2009)『奇跡の脳』新潮社

アメリカの神経解剖学者のジル・ボルト・テイラー先生は左脳出血に倒れられ、
不思議な感覚を感じられるようになったそうなのです。
それは、ご自身と周りのものとの境がなく、同じ流れの中にいて、
まるでご自分の魂と宇宙が一つであるかのようで
「深い内なる安らぎ」が得られたそうです。
テイラー先生の場合、左脳の言語中枢および身体の境界を認識する
方向定位連合野が機能しなくなったため、起こった感覚ですが
健康な方も健全な方法で、そうした状態に至ることが
アメリカのアンドリュー・ニューバーグ先生らの研究によって明らかにされています。
それは祈りや瞑想によるものです。
集中した祈りや瞑想によって、左脳の言語中枢の活動が減少し、
次第に左脳の頭のてっぺんの後ろ寄りにある方向定位連合野の活動も減少し
大いなるものとのつながりが得られたような感覚が得られるのだそうです。
(安全な状況・安全な場所で行うことは重要です)

祈りや瞑想をしたからといって何が変わるのか、という声もあるでしょう。
確かにあなたが孤独を感じる根本の問題(お子さんの死という事実)を
解決してくれるわけではありません。
でも、純粋に何か一心不乱に祈る時には、
他の感覚を感じるような心の余裕はでてきません。
それだけに集中する時間を持つことができます。
孤独の渦の深みにはまっていこうとするあなたの手をつかみ、
あなたがそれ以上落ちていかないように引き留める時間を
与えてくれることになるのだと思います。

それは、あなたの心に静かな滋養をもたらします。
もうさんざん傷つき、苦しみ、孤独だったのですから、
あなたはそれを時間をかけて癒す必要があるのです。

あなたの心の安らぎが、
これからの活力へつながりますように。

詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがった時 
大いなるものとのつながりと安らぎ
http://www.lana-peace.com/2/2-1-037.html
posted by Lana-Peace at 22:40| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2014年08月24日

それでも共に生きていける世界

先日訪れた「箱根園水族館」に、不思議な展示がありました。
海水と淡水のお魚が一緒の水槽の中で泳いでいるのです。
5種類の海水の魚(ティラピア・ブティコフェリー、ヒメアイゴ、シマイサキ、
ヒメツバメウオ、アカマツカサ、ヒフキアイゴ)と1種類の淡水の魚(ギンブナ)が
仲良く1つの水槽で。

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それは真水の中にある成分を入れることによって、可能になるとのこと。
「好適環境水」と呼ばれるその不思議なお水は、
山本俊政先生(現在 岡山理科大学)の考案されたものだということで、調べてみました。
産学官連携ジャーナル 2013年9月号の山本俊政先生のインタビュー(※)によると、
山本先生は海水を構成する約60の成分のうち、浸透圧の調整に関わるナトリウム、
カリウム、カルシウムに絞って最適な濃度を特定されて「好適環境水」と
名付けられたのだそうです。

※参考:産学官連携ジャーナル, 2013年9月号より

海水魚、淡水魚が泳ぐ水槽を目にして、何だか考えてしまいました。

亡くなった人と生きている人が、うまく共存できる世界ができないかな。
こどもに先立たれた親は胸が締め付けられそうな、悲しい思いを抱えながら生涯、
生きていくこと、本当に苦しすぎる。

でも、先立ったこどもの立場にたって考えてみたら、自分の人生の最期が、
親にそんな深い苦しみを遺してしまうなど、思いもしなかったはず。
そして、そうあってほしくないと、今思っているはず。

先立ったお子さんが実体としての肉体を伴った命の姿で共存する「世界」は
できないけれど、「世界観」ならできるのではないかなあ。
なぜなら、それは一人一人の心の中にできるものだから。

そんなことをふと考えてしまいました。

お子さんの命は、あなたの人生から離断したわけではないのだから。
posted by Lana-Peace at 11:32| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩