2019年03月23日

悲しみに心惑う時、支えとなる何か ―能動的に悲しみに向き合う時、人は何を欲するのか(昆虫学者ファーブルの手紙から考える)

昆虫学者ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル氏が
長女と長男、そして次男を亡くした時のお話をご紹介しましたが、
彼はそうした経験を通して自分にとっての支えを
見つけ出していきました。
それらは同様の境遇、同様の悲しみを経験した
身近な人にかけた言葉、宛てた手紙から知り得ることができます。
今日はファーブルの四女と
ファーブルの弟のお話を取り上げたいと思います。


能動的に悲しみに向き合う時、
人は何を欲するのか。


人生の中で何度も大切な人との死別を経験してきた
ファーブルの言葉だからこそ
重みのあるものだと思います。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「悲しみに心惑う時、支えとなる何か」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-030.html

2019年03月06日

子を亡くした心の疼きを感動へ変えた父(次男を亡くした昆虫学者ファーブル)

こちらで昆虫学者ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル氏が
長女と長男を亡くした時のお話をご紹介しましたが、
今日は次男のアンリ=アンドレ・ジュール(以下、ジュール)の
お話を取り上げたいと思います。

亡くなった次男を思う時、心の疼きを感じていた父ファーブルでしたが
30年経った時、全身を震わせるほどの感動へと変わっていったのでした。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「子を亡くした心の疼きを感動へ変えた父」
(次男を亡くした父 ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル)
http://www.lana-peace.com/2/2-2-029.html

2019年02月06日

子の最期の瞳が父にもたらした安らぎ(長女・長男を亡くした昆虫学者ファーブル)

『昆虫記』と聞けば誰もが合言葉のように「ファーブル」の名前を
思い浮かべることでしょう。
フランスの昆虫学者として大変有名な
ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル氏(1823/12/21-1915/10/11)、
彼は生涯で2度の結婚を通じて、10人の子宝に恵まれました。

ファーブルは91歳でその生涯を閉じましたが、
晩年に至っても研究に情熱を注ぎ続けた人生でした。
そうした実り多き人生を長く生きるということは喜ばしい反面、
見方を変えれば死に逝く人を自分が見送る側に立つ機会が
多かった人生でもありました。
ファーブルは妻を2人とも見送り、
6人のこどもに先立たれたのでした。
人生の中で幾度も訪れた悲しい死別に、
ファーブルはどう向かいあっていたのでしょう。

昨年の夏からファーブルのことを調べ始め
早7か月も経ってしまいました。
その中で、彼の学者としてだけの生き方だけでなく
一人の人として、その思想、生き方に
随分学ぶことが多くありました。


これから数回に分けて読み解いていきたいと思います。
まずは第1回目です。
幼い長女、長男を見送った父ファーブルの姿です。
残念ながら長女に関する情報は
多くは残っていないのですが
長男に関しては弟宛に気持ちを綴った手紙の中に
彼の思いが率直な言葉で綴られています。
それは約170年経っても心がジーンとするものです。

フランス語から日本語に訳してくれた人のおかげで
それを読むことができるのです。
ありがたいことです。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「子の最期の瞳が父にもたらした安らぎ」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-028.html

2018年05月19日

今を生きた子の命を未来に繋ぐこと ――「朝日新聞2018年5月19日土曜日記事 ひと」と小田和正氏 楽曲「ダイジョウブ」より考える

今朝の朝日新聞にオーストリア出身の神主さんのお話が掲載されていました。
ウィルチコ・フローリアンさん(三重県津市 野邊野神社)です。
そこで昔の知恵を知ることで昔の人とつながりを感じ、
自分も歴史の一部になり、歴史を生きていると感じることが
書かれていました。
その言葉の前振りとして神道の「中今」という言葉が
記事の中で紹介されていました。
「中今(なかいま)」とは
「過去にも未来にも世界があり、真ん中の今を精いっぱい生きること」(※1)
なのだそうです。

※1朝日新聞2018年5月19日土曜日
「ひと オーストリア出身で神社の神職を務める ウィルチコ・フローリアンさん(30)」

その言葉を見た時に思い出しました。
2年ほどの間、ずっとやり取りをさせてもらっていたあるお母様の
お子さんのことを。彼は今週、この世での大仕事をやり遂げて、
ついにお空に還っていきました。

その少年の生きる姿がまさに「中今」だったなあと思ったのです。


今を精いっぱい生きた幼子の命、
それが境目なくこれからも続くよう求めている方に
ご紹介したい言葉があります。
小田和正さんの歌の中に「ダイジョウブ」(※2)という歌。
一部抜粋してみます。
---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---
人生はこうして続いてゆくんだ
間違っても何度つまずいても
でも小さなその物語に
答えはひとつじゃないんだ

※2
小田和正「ダイジョウブ」
作詞・作曲 小田和正
---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---


子の死を悼む、それは子の命が形を
変えて未来を生きることなのかもしれません。
子の死後も、親の心の中で紡がれる子の「物語」の中で。
夭逝したお子さんの物語、それは死を持って終わりなのではなく、
可能性と広がりを秘めているものだと。
気付いてほしいと思います。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「今を生きた子の命を未来に繋ぐこと」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-064.html

2017年10月11日

「不運」と「不幸」は違うもの ―風見しんご著『えみるの赤いランドセル』『さくらのトンネル 二十歳のえみる』より考える

(詳しくは取り上げた風見しんごさん夫妻が小学五年生の長女を交通事故で亡くされた後、
当時三歳だった次女が小さいながらも親を気遣う発言を見せたことにより
風見夫妻が我に返ったお話をこちらで取り上げましたが
今日は苦悩の日々の中でしんごさんが
「不運」と「不幸」は違うと気付き
いつか娘と笑顔で再会できるよう
気持ちを切り替えて過ごすようになったお話をご紹介したいと思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「不運」と「不幸」は違うもの
http://www.lana-peace.com/2/2-1-063.html

2017年10月05日

娘への愛情と他人様への子への慈愛が溢れた杉山公園(東京都中野区 新中野駅付近)

東京メトロ丸の内線 新中野駅を出て、
青梅街道を荻窪方面へ向かうと
すぐそばの交差点の角に杉山公園があります。

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このあたりは何度も訪れている場所だけれども
先日、公園の看板と石碑を見て、ようやく公園の由縁を知りました。

明治の実業家 杉山裁吉(さいきち)氏は令嬢みさをさんの病気療養のため、
当時自然豊かな田園風景が広がっていたこの地へ転居してきたそうですが
明治四十一(1908)年、残念ながらみさをさんは
二十五歳の若さで亡くなってしまいました。
また大正十四(1925)年、杉山夫人が逝去。
それを機に裁吉氏は当時の中野町に、邸宅と土地の寄付を申し出て
こどもたちが健やかに育つことを祈願し
ここをこどもたちが遊べる公園にするようにと希望し
親子三体の地蔵尊を彫った石碑も建立されたのだそうです。
そして昭和六(1931)年、裁吉氏が逝去。
当時の東京市は昭和九(1934)年三月、杉山公園として開園したのだそうです。

現在は広場と遊具が整備された場所で
近所のこどもたちがたくさん遊びに来ています。

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裁吉氏の建立した地蔵尊のそばの石碑には
「杉山氏の血統は絶えたけれども、杉山家代々の精霊は
永くここで中野町の繁栄と住民の幸福を祈る」といった内容が記された
古い石碑もありました。

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青梅街道と中野通りが交差し、マンションやビルが乱立する交差点の一角に
ぽっかり空いた公園の空間。

みさをさんが亡くなって、もう100年以上たっていますが
杉山夫妻のみさをさんへの愛情と
杉山夫妻が他人様の家庭の子に向けた慈愛はずっと永遠ですね。

なんだか目にする公園の風景と空気が
変わったような気がしました。

2017年10月03日

姉の名前を名乗る妹

突然、交通事故で命を断たれてしまうことになった小学生の女の子。
そこから始まった両親の苦悩は
3歳の妹の目にもはっきりと映っていたのでした。
そして妹の口から出た言葉は…

テレビでは明るい口調と笑顔でおなじみのタレントの風見しんごさんの
長女えみるさんと次女ふみねさんのお話をご紹介したいと思います。
たとえ幼いこどもであっても
悲しみに沈む親を三歳なりに助けようとする健気さは
大人の気持ちを我に返らせてくれるものですね。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「姉の名前を名乗る妹」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-027.html

2017年03月18日

大聖堂に響き渡ったこどもたちの魂 ―長男、長女、次女を亡くした作曲家アントニン・ドボルザークと「スターバト・マーテル」

「遠き山に日は落ちて…」と聞けば、
郷愁誘うメロディーと共に
キャンプファイヤーを思い出すかも。

そして歌手の平原綾香さんの「新世界」と言えば…

2つに共通するのは、
交響曲第9番ホ短調『新世界より』第二楽章。
アントニン・ドボルザーク氏によって
1893年に発表されたものが元になっています。
著名な作曲家として日本でも広く知られるドボルザークですが、
彼は三十代の頃、二年の間に幼いお子さん三人に先立たれるという
辛い過去がありました。
でもその悲し苦しい経験の中から、
どうやってドボルザークが道を見つけていったのか。
そんな彼を救ってくれたのは、
彼が幼い頃から「守護天使」と思っていた音楽でした。
こどもを亡くした後、ドボルザークが生み出した
渾身の作「スターバト・マーテル」。
それは夭逝したこどもたちの命の証しでもあり
父のおかげでこどもたちは、
再びこの世に新しい形で蘇り、
人々に新たな感動を与えることになったのです。


お子さんに先立たれて途方に暮れる親御さんにとって
何かに打ち込むことは、自分の救いへと変わっていきます。
それを誰よりも、先だったお子さんが望んでいるのです。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「大聖堂に響き渡ったこどもたちの魂」
(長男、長女、次女を亡くした作曲家アントニン・ドボルザーク)
http://www.lana-peace.com/2/2-2-026.html

2017年01月28日

長女に先立たれた指揮者・作曲家グスタフ・マーラーの心の軌跡  ―死別の苦悩を「美しい時間」に変えた人―

まだ4歳の我が子を亡くした直後に判明した父の心臓の病気。
こどもに先立たれた悲しみだけでなく、
自分の生命についても恐れを持つとき、
父の胸中は、はかりしれない複雑さを帯びてくることでしょう。
19歳年下の妻とまだ3歳の娘のために
大黒柱として頑張らなくてはいけないのですから…
そうした危機的状況を、乗り越えていった先人の例を
ご紹介したいと思います。
19世紀から20世紀にかけて、作曲家、指揮者とし活躍した
オーストリア出身のグスタフ・マーラー
(Gustav Mahler, 1860/7/7-1911/5/18)です。

グスタフは多くの歌曲や交響曲を作曲しましたが、
こちらで紹介したフリードリヒ・リュッケルトの
「こどもの死の歌」に曲を添えたことでも知られています。

長女マリア・アンナに先立たれた後
マーラー夫妻は苦悩のあまり、
お互いの心の間に、かなりきしみが生じてしまいました。
しかしグスタフが1年かけて取り組んだ交響曲
「大地の歌」の作曲過程によって
彼は苦悩した日々を自らの言葉で「美しい時間」
と呼べるようになったのです。

苦悩を美化する必要はありません。
でも、長女マリア・アンナはこの世の人生の去り際に、
父へ残したものは、
苦悩という名の置き土産ばかりではなかったのです。
苦悩を「美しい時間」に昇華させる力を
父にもたらしたのだと思います。
彼女は決して親を悲しませるために、
生まれてきたのではないのですから…。


詳しくはこちらに書きました。


お子さんを亡くした古今東西の人々
「亡き子がくれた美しい時間」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-024.html

2016年12月21日

大学としてその名が生き続ける息子(アメリカ スタンフォード大学 Leland Stanford Junior University)

一人息子の名を掲げた大学の創設、
そう聞くと、一体どれほどスケールの大きい
富豪の事業だろうかと思うことでしょう。
しかしそこには、病気のため、
15歳で夭逝した息子の名を、
この世に永く留めておきたい、
という親の切なる願いが込められていたのです。
今日はアメリカのカリフォルニア州にある
スタンフォード大学にまつわるお話を、
ご紹介したいと思います。

一人息子に先立たれた
スタンフォード夫妻の軌跡をたどると、
悲しい気持ちやお子さんへの愛情は、
新しい何かを生み出し、
そして困難を乗り越えていく力に
変わる…そのように思います。

そして15歳で終えたリーランド・ジュニア一人の命が、
今はスタンフォード大学の学生、卒業生の
何万人もの人生として生きて、
世の中で今も活躍しているとも言えるのかもしれません。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「大学としてその名が生き続ける息子」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-022.html

2016年12月09日

天に還った人々の憂い

こちらでアニー・ケイガンさんと
亡くなった兄のビリーさんとの交流についてご紹介しましたが、
ビリーさん以外にも他界した方々が、
この世に遺してきた人々のことを見守り、憂い、
幸せになってほしいと願っている例について、
取り上げたいと思います。

死者の冥福を祈る気持ちがあるならば、
こちらの世界で生きている人々が、存分に幸せになることも、
きっと死者の冥福につながるひとつだと思います。
そしてあちらの世界からもたらされている
目に見えないギフトに感謝することが、
きっと大事なのだろうと思います。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「天に還った人々の憂い」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-062.html

2016年10月14日

6日の命が手にした永劫性

お子さんの今世の命は短くても、
いろいろな形でこの世に生き続け、
誰かのために大きなお役目を果たすこともできる……

無脳症のため生後6日でお子さんを亡くされた
サラ・グレイ(Sarah Gray)さんの講演を見て、
そのように思いました。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「6日の命が手にした永劫性」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-061.html

2016年08月31日

言えなかった言葉の裏

本音の部分を言葉にして語り合えないまま、
大切な人が死を迎えてしまった時、
遺された人々はあの日、あの時から足をとられて、
動けなくなっているかもしれません。

でも亡くなった人の側から考えてみると、
そういう状態が、実に心苦しく、心残りなのです。
そして亡くなった後もお互いを思いやる気持ちは
ちゃんと、通い合っているのです。
それを実感できる箇所を本(※)の中に見つけました。
※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版

大人同士のお話ですが、
先立ったお子さんとご家族の間にも、
きっと同じようなことがあると思います。
詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「言えなかった言葉の裏」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-059.html

2016年08月13日

「時を大事に生きるならば」―過剰医療を拒否して亡くなった医師のメッセージから考える

もうこれ以上苦しく辛い治療は受けさせたくない、
本人の持つ自然な生命力に回帰させてあげたい、
そうした選択をした後、
お子さんが旅立った後に
「あともうちょっと治療を続けていれば、もしかしたら……」
そんな終着点を見つけられない不完全燃焼な思いが
あなたをより複雑に苦しくさせているかもしれません

今日はこちら(※)に登場するある医師からのメッセージを
ご紹介したいと思います。
  ※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版,

こどもの死ではありませんが、
きっとこどもにも当てはまることが多いと思うので…。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「時を大事に生きるならば」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-058.html

2016年08月12日

僕は無事なんだから ―交通事故で突然亡くなった少年が伝えたかったこと

交通事故で突然家族の元からさよならしてしまったお子さん、
もう二度と会えない…と自暴自棄になっていた父親の心の悲しみ。

でもお子さんはずっとお父様のことを見ていました。
そして今の自分は誰からも傷つけられることなく
無事であることを知らせたい、と思っていました。

そして、父には父の人生をしっかり生きてほしいと
切に願っていたのです。

駆け足で逝ってしまったお子さん。
でもそのお子さんの人生の使命や役割を全うできるよう
総仕上げを手伝ってくれるのは、
親御さんだなあって思いました。


こちら(※)に登場するある少年からのメッセージを
ご紹介したいと思います。
  ※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版,



Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「僕は無事なんだから」
―交通事故で突然亡くなった少年が伝えたかったこと―
http://www.lana-peace.com/2/2-1-057.html

2016年07月12日

「親の怒りのエネルギーを憂う子」――糸川洋『トゥルー ミディアム』より考える

大切な人に先立たれた後、
心の中にぽっかり空いた穴を「なかったこと」にはできません。
その穴と共に生きて行くしかない現実は、
本当に苦しいものです。
でもその穴の開き方、穴の質によって、
遺された人々の生きる姿勢は大きく違ってくるのでは…と思います。
死後の世界を感じることが、
心の変容に大きな役割を果たしてくれると思える本と出会いました。
糸川洋(2012)『トゥルー ミディアム』(Kindle版)です。

こちらには大切な方を亡くして
悲しみから立ち直れない遺族のために
霊能力を用いてリーディングを行い
亡くなった方からのメッセージを伝えている
ジョージ・アンダーソン氏の活動について書かれています。

死者からのメッセージを受けて
死がすべての終わりを意味するわけではない、という気付きを得て、
死者とのつながりを心の中で感じながら、
自分の人生をこれからしっかり生きていこうと思える…
そうした心の変容を後押ししてくれるのが、
ジョージさんのリーディングの特徴だと思います。
ジョージさんのリーティングを通して変容していった人々の心の動きは、
とても学ぶべきものが多いと思うので、
Lana-Peaceのエッセイの中で複数回に分けてご紹介したいと思います。

まずは自宅のお風呂の中で亡くなってしまった少年からの
お父様へのメッセージについて。
悲しみだけでなく、怒りと憤りに充ちた時間が
お父様と家族の生活を息苦しいものにしていたことを憂う少年。
その少年は就学前に旅立った短い人生だったけれども
彼の持つ懐の深さを知ると
素晴らしい魂の持ち主だったんだなあ…と
心洗われる思いがいたします。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「親の怒りのエネルギーを憂う子」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-060.html

2016年05月17日

遺された親御さんの誕生日

お子さんに先立たれた後、
親御さんにとって、ご自分の誕生日は
非常に苦痛に思える日の1つかもしれません。
「あの時」の自分がどんどん遠くに行ってしまいそうで。
何か月たっても、何年経っても
「あの時」の感情は、今日のことのように蘇ってくるけど
「あの時」の些細な記憶が遠のいていることに、愕然としたり。

でも、お子さんはたとえどんな人生の終わり方であっても
安らかで、心地良いところで、過ごしているんだなあ、きっと…
そして、ママとパパが思い出してくれるたびに、
ママとパパの心は、お子さんのところに
ビュンっと距離を越えて、時間を越えて、
一気にやってくるんだろうなあ。

そんな風に思える本を読みました。
メーテルリンクの『青い鳥』(※)です。
  ※メーテルリンク著, 末松氷海子訳(2004)『青い鳥』岩波書店

お子さんに先立たれた悲しみを抱える方には
格別の思いが響いてくるのではと思います。
「思い出の国」と「未来の国」。

この本から伝えたいことがたくさんあったので
頭をちょっと整理してから、
またLana-Peaceのエッセイで取り上げたいと思います。

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そしてRさん、
お誕生日おめでとう。
この世も天国も紙一重。
次元がちょっと違うだけ。
あなたの誕生日を、
Rちゃんは心からお祝いしています。
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2016年03月10日

「子の人生に見出す誇り」 棋士 村山 聖氏の言葉から考える

先立ったお子さんを思い出す時、悲しい気持ち、悔しい気持ち、
いろいろな気持ちでいっぱいだと思います。
でもそうした思いがあまりに強く、
お子さんの人生における成長に
思いを馳せる機会が少ない方がいらっしゃいます。

でもお子さんの人生は決して「不憫」という言葉だけで
表現されるような人生ではなかったことに
目を向けてほしいと思います。

今日は、幼い頃から病気だったからこそ、
誰よりも時間を大切に考え、
その時間の中で精一杯自分の夢を追求した方
棋士 村山聖氏の言葉をご紹介したいと思います。

まるで砂時計の砂が落ちる様子を、
常に視野に入れていたかのように、
自分の残された時間と、自分のやりたいこと、
なすべきことを考えていた聖さん。
努力し、信念を通した聖さんの人生。
それは一本立派な筋の通った、意義深い一生だったと思います。

お子さんが人生の中で大切にしたことに
思いを馳せる時、
先立ったお子さんは嬉しく思い、
魂はあなたの心に遊びに来ているはず。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「子の人生に見出す誇り」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-053.html

2016年02月15日

天使により守られ、救われる旅立ち 〜クリステル ナニ『きっと天使が助けてくれる』より考える

事故や災害などで、ある日突然、旅立ってしまったお子さん。
そのご家族は、お子さんが一人でどんなに寂しかっただろうかと、
悔やむ気持ちでいっぱいかもしれません。
でもたとえどのような場合であっても、
お子さんは「決して孤独に逝ったわけではない」
と実感できる話を、クリステル・ナニ氏の本(※)に見つけました。
 ※クリステル ナニ著, 菅靖彦監訳 花丘ちぐさ訳(2009)『きっと天使が助けてくれる』草思社

現在は直観医療者として活躍されるナニ氏も
かつてはニューヨークの緊急救命室(ER)で、
西洋医学に基づく医療の中で、看護師として16年働いていた方でした。
そのERの中で経験された不思議なお話を知ると
どんな旅立ちであっても、お子さんは十分に救われていたと
知ることが出来ます。
天使という概念、それは人々の信仰によって表現が異なるかも…。
でも、最期に人は守られ、救われることはきっと同じはず。 


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「天使により守られ、救われる旅立ち」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-050.html

2015年09月21日

碌々として馬齢を重ねる人に比して遥に永き命 〜内ケ崎作三郎氏の言葉から考える〜

こちらで取り上げた言葉なのですが、
夭逝された命を慈しむ良い言葉なので、
ここでご紹介しようと思います。

土井晩翠氏の長男英一さんが結核を患って
昭和8年9月、25歳で亡くなった時、
英一さんは臨終間際にお見舞いに来られた
宮城県選出の文部省政務次官 内ケ崎作三郎氏に
慈善切手の実現化を託しました。

内ケ崎氏は後に振り返り、次のように綴られています。
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英一君が世にも珍しい知と徳とを兼ね備へながら、
僅か二十五歳で夭逝した事は、天二物を与へずとは言ひながら、
誠に遺憾極りない事である、
しかしその事業は碌々として馬齢を重ねる人に比して遥に命永く、
殊に一青年学生の思ひつきも、至誠の一貫が伴ふならば、
必ず実現する日の来る事を躬を以て示したものとして、
この愛国切手一枚は、世の人々に教へるところ少くないであらう。

引用文献:
内ケ崎作三郎「愛国切手の誕生秘話」
『主婦之友』昭和12年9月号
土井八枝(1940)『藪柑子』長崎書店, p.207
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たとえ短い人生であったとしても、
漫然と年を長く重ねて生きた者に比べて、それは決して短いものではなく、
たとえ熟慮と経験を重ねた年長者ではない、年若き青年の発案であったとしても
そこにただひたすら真心が通ったものであるならば
いつの日かそれは実現するだろうと。

難しい言葉で綴られているけれど、そういう意味だと思います。
Lana-Peaceエッセイ短い一生と人生の意味で紹介したデルプ神父の言葉に
通じるような気がいたします。

様々な距離を越えて、続く命 〜娘と息子に先立たれた土井晩翠夫妻のとった行動とは〜

お子さんに先立たれた後、言いようのない虚脱感にかられてしまい
何をする気にもなれないと仰る方は、多くいらっしゃいます。
そうした時「やらなければいけないこと」とは別に、
「やりがいを感じられること」に出会うことは、
そうした気持ちの沼から足を引き抜く上で役に立つように思います。

土井晩翠氏は先立たった長女照子さんや長男英一さんに夢の中で励まされ
ホメーロスによる古代ギリシヤの長編抒情詩『イーリアス』の
日本語訳に取り組んでいきました

また英一さんが臨終間際まで気にかけていた
ハンセン氏病患者さんの支援のために、土井夫妻は病院慰問を行いました。
孤児や孤独な老人への支援として、年の瀬には白米を贈ったり
照子さんの母校への土地の寄贈も行いました。

奥様の八枝さんが書かれた照子さんの回想記や
照子さんに関する講演によって、多くの人々が感化され、
そして立ち直っていった若者がいました。

お子さんへの思いは、多様に形を変え、
命を宿して生まれ出ていきます。
そうした可能性を選択できるのは、親御さんの気持ち次第。
そう思うのです。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「様々な距離を越えて、続く命」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-049.html

2015年08月09日

「屋根裏に置いた懐中電灯」〜長男を亡くした土井晩翠氏の親心〜

土井晩翠氏ご夫妻のお子さんを亡くされた悲しみについて
取り上げることをこちらでブログに書きましたが、
その後、国会図書館蔵書などからも参考にして
ようやく、いくつかまとまってきました。

今日はまずは長男英一さんを見送られた時のこと。
自宅で長く臥せっていた息子に
晩翠氏が向けていたあたたかい眼差しが
その日誌に残されたエピソードから伝わってきます。
屋根裏に置いた懐中電灯。
それは騒がしく天井を走り回るネズミの足音から
息子の心の平穏と安眠を守るためでした。
庭先で楽しむ花火と歓声、
それは夏の風物詩でもありますが、
時に、それは立場によっては、心を締め付ける響きを伴います。
隣家の少年に頭を下げた晩翠氏の姿……

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「屋根裏に置いた懐中電灯」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-021.html

2015年08月08日

たくさんの愛に充たされた時間を生きた少年

待ちに待った我が子の誕生。
そのあと、次々といくつもの病気がわかった時、
ご家族はショックな気持ちだったり、
これからどうしていけばいいんだろうかと途方にくれたり
どうしてうちの子に、こんなにいろいろ起こるのかと
やり場のない怒りが起こったり
いろんな気持ちになると思います。

先日お目にかかったお父様、
息子さんのFくんは春の日にお空に帰っていきました。
Fくんは医学的に見たら、本当にすごく大変な状況だったけれども
何一つ愚痴を言わず、ただひたすら、お子さんの命を慈しんでいました。

ポツリポツリと語るその言葉に、
時々、声にならない嗚咽で肩を震わされている時
思わずこちらがもらい泣きしそうなことも
何度かあったけど、
だけど、お父様のお話を聞いて、写真を見せて頂いた後、
そのお子さんの命に対して心からの敬服と
すがすがしい感動でいっぱいになりました。

Fくん、
私はあなたにお目にかかったことはないけど
あなたの人生がどれだけ短いものであっても
たくさんの愛に充ちた時間であったことを
私は忘れないよ。
そしてあなたのご家族がどんなに心を痛めて
そして頑張ってこられてきたか、
それも、忘れないよ。

Fくん、
どうか、これからはお父さんとお母さんとお兄ちゃんが
自分の時間を大事にしながら生きていけるように
空からしっかり見守ってあげようね。
それが、これからのFくんの大事なお仕事だと思うよ。

2015年07月20日

「悲しみを背負っていくけれど」〜5歳の神経芽腫の少年の人生と母の心情(門田家尉子『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』を読んで)

大切なお子さんを亡くされた後、
まだそれが本当に現実に起こったことなのか信じられず、
混沌とした様々な感情で押しつぶされそうな親御さんは
たくさんいらっしゃいます。

でも、いざ現実の生活に目を向けると、
父・母として、夫・妻として、あるいは職場や社会の中で
自分の求められるあり方に追われてしまい、
自分の心は棚上げしてしまうということがほとんどでしょう。
そうした時「書くこと」は、たくさん浮かんでくるお子さんへの思いを、
一つずつ収まりの良い場所へ納めていくことを
手助けしてくれる力があるように思います。

悲しみとどう向き合っていくのか、
その悲しみと共にどう生きていくのか。
先日読んだあるお母様の手記(※)には、
静かな、でも非常にしっかりと浸透してくる力強いメッセージが
感じられました。
※門田家尉子(1991)
 『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』潮文社

こちらの本は、20数年前に刊行された本なので
恐らく絶版になっていると思いますが、
図書館によっては所蔵しているところもあると思います。
とても、とても、いい本です。

私はここに出てくる有生(ゆうき)君とお母様には
お目にかかったことはないけれど、
こうして見ず知らずの私の心の中に
深く残っていく、そういう生き方もあるのだなと思います。

ここに登場するお子さんの病気は神経芽腫でしたが
その他の病気でお子さんに先立たれた親御さんにとっても
非常に共感できる部分が多いと思います。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「悲しみを背負っていくけれど」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-048.html

2015年06月30日

空からのお手紙と空へのお手紙

1年と1日前に、この世に誕生した
美しく清らかな命は
冬と共にお空に帰っていったけれど、
でも、今はあちらで元気いっぱい
楽しく過ごしているから。
どうか、Rちゃんのパパ、ママ、お姉ちゃん
自分の人生の時間を大事に生きてください。

神様、どうかRちゃんの家族が
心安らかに生きていけますように。
たくさんの愛と、たくさんの慈悲と
たくさんの癒しのエネルギーを
Rちゃんの家族に注いでくれますように。

2015年02月17日

十分生きたこどもたち〜深いところにある自己意思と神の同意〜

アメリカの小児科医メルヴィン・モース先生の著書
『死にゆく者たちからのメッセージ』の中に、
アレルギー分野で功績を残されているクリフトン・フルカワ先生の
体験談がありました。
ある晩、フルカワ先生がモース先生あてに一本の電話がかかってきたのです。
それはご自分の息子さんが湖で溺れて亡くなった時、
救助に向かったフルカワ先生自身が体外離脱をした経験でした。

その話を知ると、生命の大きな岐路に立たされたとき、
死を選ぶか、生を選ぶか、それは自分自身の深いところにある、
自己意思に基づくものなのかもしれないと思いました。
「私はもう十分、この世で果たすべき役割を果たしたのです」
そう本人が思い、また神(と呼ばれる存在。他にうまく表現できる
ような言葉がないので、そう記します)が
「確かにその通り。よく頑張りましたね」と考えが一致することにより、
死という結末に至るのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「十分生きたこどもたち〜深いところにある自己意思と神の同意〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-045.html

2015年02月10日

赤ちゃんからのお手紙

お子さんを亡くされた後、周囲の人は「泣いていいんだよ」と言います。
でも、あまりにも衝撃が大きいときは、
涙は簡単に出てこないときもあるかもしれません。
100リットルくらい心の中にたまっている涙であっても
ほんの少しずつしか、出てこないのかも。
号泣していないから、悲しくないのではありません。
どうか、誤解しないで。
それは悲しみと衝撃があまりに奥深くしみ込んで
心も体も涙も凍結させてしまったから。

きのうお目にかかったお母様、
本当によく頑張ってこられたと思います。
神様はどうしてこんな過酷な出来事を彼女に
もたらしてしまったのだろうかと
思わずこちらも泣けてきたけど
その赤ちゃんの人生を丸ごと引き受けて
大切に、慈しみ、愛しているお母様の姿を見ていると
そういう彼女だからこそ、その赤ちゃんの母に
なれたんだなあって思いました。

赤ちゃんはお母さんとお父さんを選んで
生まれてくると言うけれど、
短い人生の中に、たくさんの大変な出来事が
詰まっていても、それを全部丸ごと引き受けて
十分に愛してくれるご両親だってことを
きっとその赤ちゃんは、わかっていたんだなあ。

赤ちゃんの写真を撮る時、
それを撮っている方(ご両親)は写っていないから
あとで見ても、一緒の写真がなくて、寂しい気持ちが
いっぱいかもしれません。
でも、写真に収められたその笑顔は、
カメラの向こうにいた、あなただけに向けられたもの。
楽しい時、びっくりした時、眠っている時、
その瞬間、瞬間、いろんな気持ちが
写真に込められています。
だから赤ちゃん一人で写っている写真
それは、赤ちゃんからあなたへのお手紙です。
どんなお手紙の文章かな。
それはあなただけがわかるもの。

きのうお目にかかった後の帰り道、
お母様のお部屋の上には
一面のきらきらの星の夜空でした。
今日も、明日もこれからずっと
彼女の進む道が照らされますように。
そう祈らずにはいられませんでした。

2015年01月26日

ゆっくり自分自身を取り戻せますように(お子さんを亡くしたご両親へ)

それまで健康だったお子さんが、突然事故や病気で具合が悪くなり、
数日の間に旅立ってしまった時、ご両親の心の中は、
悲しみや涙よりも、混乱でいっぱいということがあります。
泣きたいのに泣けない…。
一連の出来事が、確かに事実ではあるけれども、信じられない。

そのうち、物事が決められなくなっていきます。
何を食べたいのか、どっちがいいのか。
そういう些細な事柄さえも。

でも、それはちっともおかしいことではありません。
あまりにも大変なことが、短期間に次々と起こっための
心の自己防衛です。決して悪いことではないのです。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「ゆっくり自分自身を取り戻せますように」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-044.html

2015年01月10日

感情の波動がつなぐ天の子と地の親

3度の臨死体験を持つダニオン・ブリンクリー氏は、
著書『光の秘密』の中で、生者と死者の世界がつながりを、
感情の波動の点から記されていました。
それによると、心配、悲しみ、怒り、罪悪感を持っていると
亡くなった方とのつながりは持ち難いようです。
その方への愛やその方との思い出に感謝することが
とても大切とのこと。

詳しくはこちらに取り上げました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「感情の波動がつなぐ天の子と地の親」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-043.html

2014年10月18日

手を握り、共に歩いてくれた天使〜どんな最期の場であったとしても〜

お子さんが息を引き取る時、
そこが安らかで穏やかで、やさしさに充ちた空間であれば
どんなに良いことでしょう。
でも、必ずしもそのような空間ではないことが多々あります。
ご両親にとってそれは、大変心残りで
いつまでも気がかりかもしれません。
でも、どんな時であっても
亡くなったお子さんは守られています。

アメリカの小児科医メルヴィン・モース先生の著書
『死にゆく者たちからのメッセージ』(※)の中に
ある火傷の少年のお話が登場します。

※メルヴィン・モース/ポール・ペリー著, 池田真紀子訳(1995)
 『死にゆく者たちからのメッセージ』同朋舎出版

その少年のケアをしていた看護師さんによって
目撃されたある状況を知れば、
ご家族の気持ちも少し変わって来るのでは…と思います。

詳しくはこちらに書きました。

魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「手を握り、共に歩いてくれた天使」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-046.html

2014年10月15日

苦悩と共に精一杯生きる母の背中

大切なお嬢さんを病気で急に亡くされて4年のお母様、
昨日1年ぶりにお目にかかりましたが
本当に頑張って1日、1日を精一杯生きていらっしゃいました。

とても素敵な方です。
きっと駅のホームで隣に立った方は、そのお母様が
これまでどんなに大変な出来事の連続をくぐりぬけてきたか
想像もつかないだろうと思います。

この世に遺された家族は、遺された瞬間から
またそれぞれの人生が進んで行きます。
お子さんを亡くした悲しみから派生する、様々な複雑な苦悩。
それは決して一筋縄ではいかなくて、
いろいろな事情が絡み合っているけれど、
でもその苦悩を通して、また一段強くなるのだと思いました。
そこには凛とした美しさを伴っていらっしゃいます。
同じ世代の自分の目から見て、
そのお母様、本当にすごいと尊敬いたしました。

渦中のご本人は、そうした変化にはお気付きになられません。
でも第三者の立場で見ると、それがとてもよくわかります。
きっとお子さんがご家族を見守っていらっしゃるから
耐えて、乗り越えていく力を送ってくれているのだと思います。

お母様がお帰りになる際、その背中に「幸多かれ…」と
祈らずにはいられませんでした。

2014年09月12日

死とは何か〜雲になって、雨となって〜

韓国ドラマは結構、ドラマの中にいろんな形で哲学が盛り込まれていますね。
それも説教臭くなく、自然に。受け狙いでもなく。
脚本家の方、とても勉強なさっているのだと思います。
そして俳優さんも、これまた大変演技上手だから
そのセリフがわざとらしくなく、
何か本当に自分の言葉として伝わってくるのが不思議です。
例えば死について、どう考えるか…。
先日観た韓国SBSドラマ「私の10年の秘密」(原題:출생의 비밀)は
キム・ギュワン氏の脚本によるものなのですが
第4話の中にとても印象に残る言葉がありました。

訳あって母一人、子一人で生きてきた主人公の女の子イヒョンは
大学進学を目前に膵臓がんで母親を亡くします。
イヒョンは一人ぼっちで母親の遺灰を崖から海に向かって撒くのですが
その時の言葉が、大変印象的でした。
お子さんを亡くされた日本のご両親にも知ってほしい言葉です。
きっと、これから雨降りの日が
物悲しい日から、待ち遠しい日に変わるかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがった時 
「雲になって、雨となって」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-040.html

※一部のケーブルテレビでは「出生の秘密」というタイトルで
放送されてたようですが、現在DVDでは「私の10年の秘密」というタイトルで
リリースされています。

2014年08月25日

お子さんを亡くされた親の孤独を安らぎに変えていくために

お子さんを亡くされた後、
お子さんを通してつながっていたママ友達、パパ仲間の輪から
自分がはじけ出てしまったような気持ちになってしまうという方がいらっしゃいます。
決して周りの人から冷たくされたわけではないけれど、
妙に心は冷え冷えとして、底の見えない孤独に落ちていくという方も。
何か大きなところから突き放されてしまい、自分は一人ぼっち…
そういった拠り所のなさが、心の不安を助長することがあります。

孤独はある意味、自分の心と向き合う大切な機会でもあります。
でもそれがあなたにとって苦痛しかもたらさないのであれば、
その苦痛がどんどん増すのであれば、
その孤独はあなたをネガティブな方向に進ませてしまうことになります。

いっときでも良いから、孤独から解放され、安らぎを感じられる瞬間がほしいという方へ。
人間の感情は自分が作り出すものでありますが、
先日読んだ本の中にあるヒントになりそうなことが書かれてありました。
 ジル・ボルト・テイラー著, 竹内 薫訳(2009)『奇跡の脳』新潮社

アメリカの神経解剖学者のジル・ボルト・テイラー先生は左脳出血に倒れられ、
不思議な感覚を感じられるようになったそうなのです。
それは、ご自身と周りのものとの境がなく、同じ流れの中にいて、
まるでご自分の魂と宇宙が一つであるかのようで
「深い内なる安らぎ」が得られたそうです。
テイラー先生の場合、左脳の言語中枢および身体の境界を認識する
方向定位連合野が機能しなくなったため、起こった感覚ですが
健康な方も健全な方法で、そうした状態に至ることが
アメリカのアンドリュー・ニューバーグ先生らの研究によって明らかにされています。
それは祈りや瞑想によるものです。
集中した祈りや瞑想によって、左脳の言語中枢の活動が減少し、
次第に左脳の頭のてっぺんの後ろ寄りにある方向定位連合野の活動も減少し
大いなるものとのつながりが得られたような感覚が得られるのだそうです。
(安全な状況・安全な場所で行うことは重要です)

祈りや瞑想をしたからといって何が変わるのか、という声もあるでしょう。
確かにあなたが孤独を感じる根本の問題(お子さんの死という事実)を
解決してくれるわけではありません。
でも、純粋に何か一心不乱に祈る時には、
他の感覚を感じるような心の余裕はでてきません。
それだけに集中する時間を持つことができます。
孤独の渦の深みにはまっていこうとするあなたの手をつかみ、
あなたがそれ以上落ちていかないように引き留める時間を
与えてくれることになるのだと思います。

それは、あなたの心に静かな滋養をもたらします。
もうさんざん傷つき、苦しみ、孤独だったのですから、
あなたはそれを時間をかけて癒す必要があるのです。

あなたの心の安らぎが、
これからの活力へつながりますように。

詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがった時 
大いなるものとのつながりと安らぎ
http://www.lana-peace.com/2/2-1-037.html

2014年08月24日

それでも共に生きていける世界

先日訪れた「箱根園水族館」に、不思議な展示がありました。
海水と淡水のお魚が一緒の水槽の中で泳いでいるのです。
5種類の海水の魚(ティラピア・ブティコフェリー、ヒメアイゴ、シマイサキ、
ヒメツバメウオ、アカマツカサ、ヒフキアイゴ)と1種類の淡水の魚(ギンブナ)が
仲良く1つの水槽で。

kotekikankyosui.jpg

それは真水の中にある成分を入れることによって、可能になるとのこと。
「好適環境水」と呼ばれるその不思議なお水は、
山本俊政先生(現在 岡山理科大学)の考案されたものだということで、調べてみました。
産学官連携ジャーナル 2013年9月号の山本俊政先生のインタビュー(※)によると、
山本先生は海水を構成する約60の成分のうち、浸透圧の調整に関わるナトリウム、
カリウム、カルシウムに絞って最適な濃度を特定されて「好適環境水」と
名付けられたのだそうです。

※参考:産学官連携ジャーナル, 2013年9月号より

海水魚、淡水魚が泳ぐ水槽を目にして、何だか考えてしまいました。

亡くなった人と生きている人が、うまく共存できる世界ができないかな。
こどもに先立たれた親は胸が締め付けられそうな、悲しい思いを抱えながら生涯、
生きていくこと、本当に苦しすぎる。

でも、先立ったこどもの立場にたって考えてみたら、自分の人生の最期が、
親にそんな深い苦しみを遺してしまうなど、思いもしなかったはず。
そして、そうあってほしくないと、今思っているはず。

先立ったお子さんが実体としての肉体を伴った命の姿で共存する「世界」は
できないけれど、「世界観」ならできるのではないかなあ。
なぜなら、それは一人一人の心の中にできるものだから。

そんなことをふと考えてしまいました。

お子さんの命は、あなたの人生から離断したわけではないのだから。

2014年07月17日

早世した青年と報われる今世の苦労

19世紀、フランスの港で働いていた水先案内人の青年が、
病気のため、20歳で亡くなりました。
母親と二人暮らしだった青年は、貧しい家計を何とかするために
身を粉にして仕事に励み、空いた時間は母親の店を手伝いました。
享楽に走ることもなく、つつましい生活をした青年。
母親の立場にたって考えてみれば、そのような息子の生き方を振り返り
申し訳ない気持ちでいっぱいかもしれません。
青年の死を、自分の責任のように思い、罪の意識を持っているかもしれません。

でも、青年は死後の世界から知人へ霊示を送ってきました。
それはとても今幸せであることを知らせるために。
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地上での辛い経験や苦悩は何ということもありません。
というのも、それらは墓の彼方では祝福と幸福に変わるからです。

引用文献:
アラン・カルデック著, 浅岡夢二訳
『アラン・カルデックの「霊との対話」−天国と地獄II−』幸福の科学出版,p70
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墓の彼方での祝福と幸福、それはそれは一体どういうことなのでしょう。
同じような境遇で早世した青年のご両親に、知っていただきたいと思って、
詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがった時 
「報われる今世の苦労」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-033.html

2014年07月13日

たとえ、どんな最期であっても

エッセイ「無限の存在」でシルバーバーチと呼ばれる古代霊からのメッセージを取り上げて、
先立ったお子さんの命の行方について、考えました。
途切れてしまったように思えるお子さんの命が、実は決して消滅したのではなく、
永遠性の中に生きていると見出せることは、衝撃的な気付きだと言えるでしょう。

さて、シルバーバーチの教えによって心の導きを得て、
深い悲嘆の底から立ち上がった方、武本昌三氏が本を書いていらっしゃいます。
武本氏は1983年、9月1日に大韓航空のボーイング747が、
ソビエト連邦の領空侵犯によってソ連防空軍戦闘機に撃墜された事件、
大韓航空機撃墜事件で奥様と大学3年生だった息子さんを亡くされました。
大変な苦悩の日々を過ごされたことが、本の中には綴られています。
そうした時間の中で、武本氏はシルバーバーチの霊訓に出会われ、その心が癒され、
いつか霊界で奥様と息子さんに会える日まで、この世での生活を感謝しながら、
自分なりの奉仕の道を歩みたいと考えられるようになったのだそうです。
武本氏の著書(※)には、そうした心の軌跡が克明に記されています。
※武本昌三(2011)『天国からの手紙―愛する家族との18年間の霊界通信』学研パブリッシング

霊能者を通じて息子さんから武本氏へメッセージが届けられているのですが、
お子さんが悲惨な事故の犠牲になったご両親にとって
知っておきたい、分かち合いたいメッセージではないかと思いました。

詳しくはこちらに取り上げました。

魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「たとえ、どんな最期であっても」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-034.html

2014年06月12日

夭逝した息子とのつながりを求めたリンカーン

お子さんを亡くされたご両親にとって、深い絶望をもたらす要因の一つは
そのお子さんがもうどこにもいない、もう会えないと感じることだと思います。
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン氏は
三男を病気で亡くされた後、フランシス・ビントン牧師との対話によって
明るい表情が戻ってきました。
そしてフィニアス・D・ガーリー牧師を早朝のホワイトハウスに何度も招待し、
個人的な霊的問題について対話されていたのだそうです。
三男が最期まで抱いていた信仰、観念をそれを深く理解し、共有することにより
亡くなった三男に寄り添うような気持ちだったのかもしれません。

詳しくはこちらに描きました。

魂と死後の生〜様々な思想〜 
息子とのつながりを求めて
http://www.lana-peace.com/2/2-3-031.html

2014年04月14日

リンカーン「確かな真実」とは

3歳と11歳の息子さんを病気で亡くされたエイブラハム・リンカーン氏の悲しみについて、
エッセイ「声を詰まらせた父」で書きましたが、
彼は胸が張り裂けそうな苦しみから、心の晴れるときがきて
また幸せを感じられるようになる…
それを「確かな真実」だと思っていました。
どうしてそんな力強さを持って言えたのか?
それは彼の持つ死後の世界観によるのではないかなと思います。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
確かな真実
http://www.lana-peace.com/2/2-3-027.html

2014年04月13日

次男と三男に先立たれたリンカーン

奴隷解放宣言で知られる第16代 アメリカ合衆国大統領
エイブラハム・リンカーン氏は、4人お子さんがいらっしゃいましたが、
そのうち2人の息子さんに幼いうちに先立たれました。

奥様や周囲の方々の言葉からも、元来、リンカーンは
心情をあまり言葉や表情に出すタイプではなかったことがわかりますが、
その表現が少ないからといって、決して心の中の波立ちが
少なかったわけではありません。

リンカーンは生前、うつ病を患っていたのではと言われていますが、
そうした病気を抱えながら、いくつもの苦境を経ていった姿を知ることは、
現代の私たちにとって、大きな示唆が得られるような気がいたします。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
「声を詰まらせた父」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-016.html

2014年03月22日

珈琲と娘 副島八十六氏と亡き長女への思い


『開国五十年史』の編纂に携わり、
晩年の樋口一葉女史との交流も伝えられる副島八十六(そえじま やそろく)氏は
数え年25歳であったお嬢さんの五十枝さんを、大正14(1925)年チフスで亡くされました。
これまであらゆる辛酸や逆境の中でも負けずに過ごしてきた父八十六氏ですが、
「全く弱つた。(略)此感じは到底口語るべからず、筆写すべからず。」
と、その正直な思いをこちらの本に吐露されています。

・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・
副島八十六「長女五十枝の死に直面して」,
村田勤・鈴木龍司編(1937)『子を喪へる親の心』岩波書店
・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・

日がたつにつれ深まる悲しみ、そして根底から突き崩された人生感、宇宙観。
しかし八十六氏は日々の生活の中から、苦悩から立ち直る方法を見つけて行きました。

お子さんを亡くされた現代のご両親の心にも、通じるものがあると思います。


先立ったお子さんとご家族のために
珈琲と娘
http://www.lana-peace.com/2/2-2-014.html

2014年03月18日

山崎正董先生「筆をさがして」

それまで元気に過ごされていたお子さんが
何か病気になって、発症からあまりにも短い時間で旅立ってしまった場合
「最期になるかもしれないから、我が子の言葉が、ちゃんとほしかった…」
そういう思いにかられるご両親、いらっしゃると思います。
また「本当のことを伝えていれば、何かもっと言葉を遺してくれたかもしれない…」
そんな風に思われている方もいらっしゃるかもしれません。

明治、大正、昭和にわたり活躍された
産婦人科医 山崎正董(やまさき まさただ)先生は
次女順子さんを満20歳と11カ月で亡くされました。
発症から37時間でお嬢さんは他界されたため
山崎先生は、本当の病状をとてもお嬢さんに伝えることができませんでした。
そして、お嬢さんの死後、苦悩の時間が続きました。
でも、山崎先生はそこからどのように、気持ちを立て直していったのか…
きっと、現代のご両親の心にも通じると思います。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
真生命を永遠に生かし得る
http://www.lana-peace.com/2/2-2-013.html

2014年02月11日

お子さんに先立たれた悲しみと抑うつ アンドルー・ワイル先生『癒す心、治る力』

お子さんに先立たれてしまったご両親は
同時期に同じ経験をしたけれども
その悲しみ方には、それぞれ違いがあります。
それはお互いを理解することを難しくして、
気持ちのすれ違いが生じさせるかもしれません。
抑うつが強いと、ご本人も周囲の方も
本当に苦しいと思います。

アンドルー・ワイル先生のご本
『癒す心、治る力 自発的治癒とはなにか』
上野圭一訳(1995)角川書店
こちらに良い言葉がありました。


詳しくはこちらに書きました。
悲しみが新たな苦しみを生み出しませんように…。


先立ったお子さんとご家族のために
落ち込みが力に変わる時
http://www.lana-peace.com/2/2-1-021.html

2014年01月21日

ヘレン・ケラー女史 この世で報いられなかった誠実な愛の結末

ヘレン・ケラー女史の自叙伝の中で
とても心にしみるような言葉がありました。
お子さんを亡くされたご両親にはぜひ、お伝えしたい言葉です。

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「今や私たちは、この世で報いられなかった誠実な愛の
ひとつひとつには、あの世でその10倍もの大きな歓びが
待ち受けていることを知っています。」

引用文献:
へレン・ケラー著, 鳥田恵訳(1992)『へレン・ケラ一 光の中へ』
めるくまーる, p.106-107
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詳しくはこちらに取り上げています。


Lana-Peaceエッセイ
先立ったお子さんとそのご家族のために
「報われるご両親の心苦と愛」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-015.html