2017年10月05日

娘への愛情と他人様への子への慈愛が溢れた杉山公園(東京都中野区 新中野駅付近)

東京メトロ丸の内線 新中野駅を出て、
青梅街道を荻窪方面へ向かうと
すぐそばの交差点の角に杉山公園があります。

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このあたりは何度も訪れている場所だけれども
先日、公園の看板と石碑を見て、ようやく公園の由縁を知りました。

明治の実業家 杉山裁吉(さいきち)氏は令嬢みさをさんの病気療養のため、
当時自然豊かな田園風景が広がっていたこの地へ転居してきたそうですが
明治四十一(1908)年、残念ながらみさをさんは
二十五歳の若さで亡くなってしまいました。
また大正十四(1925)年、杉山夫人が逝去。
それを機に裁吉氏は当時の中野町に、邸宅と土地の寄付を申し出て
こどもたちが健やかに育つことを祈願し
ここをこどもたちが遊べる公園にするようにと希望し
親子三体の地蔵尊を彫った石碑も建立されたのだそうです。
そして昭和六(1931)年、裁吉氏が逝去。
当時の東京市は昭和九(1934)年三月、杉山公園として開園したのだそうです。

現在は広場と遊具が整備された場所で
近所のこどもたちがたくさん遊びに来ています。

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裁吉氏の建立した地蔵尊のそばの石碑には
「杉山氏の血統は絶えたけれども、杉山家代々の精霊は
永くここで中野町の繁栄と住民の幸福を祈る」といった内容が記された
古い石碑もありました。

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青梅街道と中野通りが交差し、マンションやビルが乱立する交差点の一角に
ぽっかり空いた公園の空間。

みさをさんが亡くなって、もう100年以上たっていますが
杉山夫妻のみさをさんへの愛情と
杉山夫妻が他人様の家庭の子に向けた慈愛はずっと永遠ですね。

なんだか目にする公園の風景と空気が
変わったような気がしました。

2017年10月03日

姉の名前を名乗る妹

突然、交通事故で命を断たれてしまうことになった小学生の女の子。
そこから始まった両親の苦悩は
3歳の妹の目にもはっきりと映っていたのでした。
そして妹の口から出た言葉は…

テレビでは明るい口調と笑顔でおなじみのタレントの風見しんごさんの
長女えみるさんと次女ふみねさんのお話をご紹介したいと思います。
たとえ幼いこどもであっても
悲しみに沈む親を三歳なりに助けようとする健気さは
大人の気持ちを我に返らせてくれるものですね。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「姉の名前を名乗る妹」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-027.html

2017年03月18日

大聖堂に響き渡ったこどもたちの魂 ―長男、長女、次女を亡くした作曲家アントニン・ドボルザークと「スターバト・マーテル」

「遠き山に日は落ちて…」と聞けば、
郷愁誘うメロディーと共に
キャンプファイヤーを思い出すかも。

そして歌手の平原綾香さんの「新世界」と言えば…

2つに共通するのは、
交響曲第9番ホ短調『新世界より』第二楽章。
アントニン・ドボルザーク氏によって
1893年に発表されたものが元になっています。
著名な作曲家として日本でも広く知られるドボルザークですが、
彼は三十代の頃、二年の間に幼いお子さん三人に先立たれるという
辛い過去がありました。
でもその悲し苦しい経験の中から、
どうやってドボルザークが道を見つけていったのか。
そんな彼を救ってくれたのは、
彼が幼い頃から「守護天使」と思っていた音楽でした。
こどもを亡くした後、ドボルザークが生み出した
渾身の作「スターバト・マーテル」。
それは夭逝したこどもたちの命の証しでもあり
父のおかげでこどもたちは、
再びこの世に新しい形で蘇り、
人々に新たな感動を与えることになったのです。


お子さんに先立たれて途方に暮れる親御さんにとって
何かに打ち込むことは、自分の救いへと変わっていきます。
それを誰よりも、先だったお子さんが望んでいるのです。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「大聖堂に響き渡ったこどもたちの魂」
(長男、長女、次女を亡くした作曲家アントニン・ドボルザーク)
http://www.lana-peace.com/2/2-2-026.html

2016年12月09日

天に還った人々の憂い

こちらでアニー・ケイガンさんと
亡くなった兄のビリーさんとの交流についてご紹介しましたが、
ビリーさん以外にも他界した方々が、
この世に遺してきた人々のことを見守り、憂い、
幸せになってほしいと願っている例について、
取り上げたいと思います。

死者の冥福を祈る気持ちがあるならば、
こちらの世界で生きている人々が、存分に幸せになることも、
きっと死者の冥福につながるひとつだと思います。
そしてあちらの世界からもたらされている
目に見えないギフトに感謝することが、
きっと大事なのだろうと思います。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがったとき 
「天に還った人々の憂い」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-062.html

2016年03月10日

「子の人生に見出す誇り」 棋士 村山 聖氏の言葉から考える

先立ったお子さんを思い出す時、悲しい気持ち、悔しい気持ち、
いろいろな気持ちでいっぱいだと思います。
でもそうした思いがあまりに強く、
お子さんの人生における成長に
思いを馳せる機会が少ない方がいらっしゃいます。

でもお子さんの人生は決して「不憫」という言葉だけで
表現されるような人生ではなかったことに
目を向けてほしいと思います。

今日は、幼い頃から病気だったからこそ、
誰よりも時間を大切に考え、
その時間の中で精一杯自分の夢を追求した方
棋士 村山聖氏の言葉をご紹介したいと思います。

まるで砂時計の砂が落ちる様子を、
常に視野に入れていたかのように、
自分の残された時間と、自分のやりたいこと、
なすべきことを考えていた聖さん。
努力し、信念を通した聖さんの人生。
それは一本立派な筋の通った、意義深い一生だったと思います。

お子さんが人生の中で大切にしたことに
思いを馳せる時、
先立ったお子さんは嬉しく思い、
魂はあなたの心に遊びに来ているはず。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「子の人生に見出す誇り」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-053.html

2016年02月15日

天使により守られ、救われる旅立ち 〜クリステル ナニ『きっと天使が助けてくれる』より考える

事故や災害などで、ある日突然、旅立ってしまったお子さん。
そのご家族は、お子さんが一人でどんなに寂しかっただろうかと、
悔やむ気持ちでいっぱいかもしれません。
でもたとえどのような場合であっても、
お子さんは「決して孤独に逝ったわけではない」
と実感できる話を、クリステル・ナニ氏の本(※)に見つけました。
 ※クリステル ナニ著, 菅靖彦監訳 花丘ちぐさ訳(2009)『きっと天使が助けてくれる』草思社

現在は直観医療者として活躍されるナニ氏も
かつてはニューヨークの緊急救命室(ER)で、
西洋医学に基づく医療の中で、看護師として16年働いていた方でした。
そのERの中で経験された不思議なお話を知ると
どんな旅立ちであっても、お子さんは十分に救われていたと
知ることが出来ます。
天使という概念、それは人々の信仰によって表現が異なるかも…。
でも、最期に人は守られ、救われることはきっと同じはず。 


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「天使により守られ、救われる旅立ち」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-050.html

2015年09月21日

碌々として馬齢を重ねる人に比して遥に永き命 〜内ケ崎作三郎氏の言葉から考える〜

こちらで取り上げた言葉なのですが、
夭逝された命を慈しむ良い言葉なので、
ここでご紹介しようと思います。

土井晩翠氏の長男英一さんが結核を患って
昭和8年9月、25歳で亡くなった時、
英一さんは臨終間際にお見舞いに来られた
宮城県選出の文部省政務次官 内ケ崎作三郎氏に
慈善切手の実現化を託しました。

内ケ崎氏は後に振り返り、次のように綴られています。
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英一君が世にも珍しい知と徳とを兼ね備へながら、
僅か二十五歳で夭逝した事は、天二物を与へずとは言ひながら、
誠に遺憾極りない事である、
しかしその事業は碌々として馬齢を重ねる人に比して遥に命永く、
殊に一青年学生の思ひつきも、至誠の一貫が伴ふならば、
必ず実現する日の来る事を躬を以て示したものとして、
この愛国切手一枚は、世の人々に教へるところ少くないであらう。

引用文献:
内ケ崎作三郎「愛国切手の誕生秘話」
『主婦之友』昭和12年9月号
土井八枝(1940)『藪柑子』長崎書店, p.207
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たとえ短い人生であったとしても、
漫然と年を長く重ねて生きた者に比べて、それは決して短いものではなく、
たとえ熟慮と経験を重ねた年長者ではない、年若き青年の発案であったとしても
そこにただひたすら真心が通ったものであるならば
いつの日かそれは実現するだろうと。

難しい言葉で綴られているけれど、そういう意味だと思います。
Lana-Peaceエッセイ短い一生と人生の意味で紹介したデルプ神父の言葉に
通じるような気がいたします。

2015年02月17日

十分生きたこどもたち〜深いところにある自己意思と神の同意〜

アメリカの小児科医メルヴィン・モース先生の著書
『死にゆく者たちからのメッセージ』の中に、
アレルギー分野で功績を残されているクリフトン・フルカワ先生の
体験談がありました。
ある晩、フルカワ先生がモース先生あてに一本の電話がかかってきたのです。
それはご自分の息子さんが湖で溺れて亡くなった時、
救助に向かったフルカワ先生自身が体外離脱をした経験でした。

その話を知ると、生命の大きな岐路に立たされたとき、
死を選ぶか、生を選ぶか、それは自分自身の深いところにある、
自己意思に基づくものなのかもしれないと思いました。
「私はもう十分、この世で果たすべき役割を果たしたのです」
そう本人が思い、また神(と呼ばれる存在。他にうまく表現できる
ような言葉がないので、そう記します)が
「確かにその通り。よく頑張りましたね」と考えが一致することにより、
死という結末に至るのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時 
「十分生きたこどもたち〜深いところにある自己意思と神の同意〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-045.html

2015年02月10日

赤ちゃんからのお手紙

お子さんを亡くされた後、周囲の人は「泣いていいんだよ」と言います。
でも、あまりにも衝撃が大きいときは、
涙は簡単に出てこないときもあるかもしれません。
100リットルくらい心の中にたまっている涙であっても
ほんの少しずつしか、出てこないのかも。
号泣していないから、悲しくないのではありません。
どうか、誤解しないで。
それは悲しみと衝撃があまりに奥深くしみ込んで
心も体も涙も凍結させてしまったから。

きのうお目にかかったお母様、
本当によく頑張ってこられたと思います。
神様はどうしてこんな過酷な出来事を彼女に
もたらしてしまったのだろうかと
思わずこちらも泣けてきたけど
その赤ちゃんの人生を丸ごと引き受けて
大切に、慈しみ、愛しているお母様の姿を見ていると
そういう彼女だからこそ、その赤ちゃんの母に
なれたんだなあって思いました。

赤ちゃんはお母さんとお父さんを選んで
生まれてくると言うけれど、
短い人生の中に、たくさんの大変な出来事が
詰まっていても、それを全部丸ごと引き受けて
十分に愛してくれるご両親だってことを
きっとその赤ちゃんは、わかっていたんだなあ。

赤ちゃんの写真を撮る時、
それを撮っている方(ご両親)は写っていないから
あとで見ても、一緒の写真がなくて、寂しい気持ちが
いっぱいかもしれません。
でも、写真に収められたその笑顔は、
カメラの向こうにいた、あなただけに向けられたもの。
楽しい時、びっくりした時、眠っている時、
その瞬間、瞬間、いろんな気持ちが
写真に込められています。
だから赤ちゃん一人で写っている写真
それは、赤ちゃんからあなたへのお手紙です。
どんなお手紙の文章かな。
それはあなただけがわかるもの。

きのうお目にかかった後の帰り道、
お母様のお部屋の上には
一面のきらきらの星の夜空でした。
今日も、明日もこれからずっと
彼女の進む道が照らされますように。
そう祈らずにはいられませんでした。

2014年10月18日

手を握り、共に歩いてくれた天使〜どんな最期の場であったとしても〜

お子さんが息を引き取る時、
そこが安らかで穏やかで、やさしさに充ちた空間であれば
どんなに良いことでしょう。
でも、必ずしもそのような空間ではないことが多々あります。
ご両親にとってそれは、大変心残りで
いつまでも気がかりかもしれません。
でも、どんな時であっても
亡くなったお子さんは守られています。

アメリカの小児科医メルヴィン・モース先生の著書
『死にゆく者たちからのメッセージ』(※)の中に
ある火傷の少年のお話が登場します。

※メルヴィン・モース/ポール・ペリー著, 池田真紀子訳(1995)
 『死にゆく者たちからのメッセージ』同朋舎出版

その少年のケアをしていた看護師さんによって
目撃されたある状況を知れば、
ご家族の気持ちも少し変わって来るのでは…と思います。

詳しくはこちらに書きました。

魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「手を握り、共に歩いてくれた天使」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-046.html

2014年09月12日

死とは何か〜雲になって、雨となって〜

韓国ドラマは結構、ドラマの中にいろんな形で哲学が盛り込まれていますね。
それも説教臭くなく、自然に。受け狙いでもなく。
脚本家の方、とても勉強なさっているのだと思います。
そして俳優さんも、これまた大変演技上手だから
そのセリフがわざとらしくなく、
何か本当に自分の言葉として伝わってくるのが不思議です。
例えば死について、どう考えるか…。
先日観た韓国SBSドラマ「私の10年の秘密」(原題:출생의 비밀)は
キム・ギュワン氏の脚本によるものなのですが
第4話の中にとても印象に残る言葉がありました。

訳あって母一人、子一人で生きてきた主人公の女の子イヒョンは
大学進学を目前に膵臓がんで母親を亡くします。
イヒョンは一人ぼっちで母親の遺灰を崖から海に向かって撒くのですが
その時の言葉が、大変印象的でした。
お子さんを亡くされた日本のご両親にも知ってほしい言葉です。
きっと、これから雨降りの日が
物悲しい日から、待ち遠しい日に変わるかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがった時 
「雲になって、雨となって」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-040.html

※一部のケーブルテレビでは「出生の秘密」というタイトルで
放送されてたようですが、現在DVDでは「私の10年の秘密」というタイトルで
リリースされています。

2014年06月12日

夭逝した息子とのつながりを求めたリンカーン

お子さんを亡くされたご両親にとって、深い絶望をもたらす要因の一つは
そのお子さんがもうどこにもいない、もう会えないと感じることだと思います。
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン氏は
三男を病気で亡くされた後、フランシス・ビントン牧師との対話によって
明るい表情が戻ってきました。
そしてフィニアス・D・ガーリー牧師を早朝のホワイトハウスに何度も招待し、
個人的な霊的問題について対話されていたのだそうです。
三男が最期まで抱いていた信仰、観念をそれを深く理解し、共有することにより
亡くなった三男に寄り添うような気持ちだったのかもしれません。

詳しくはこちらに描きました。

魂と死後の生〜様々な思想〜 
息子とのつながりを求めて
http://www.lana-peace.com/2/2-3-031.html

2014年04月14日

リンカーン「確かな真実」とは

3歳と11歳の息子さんを病気で亡くされたエイブラハム・リンカーン氏の悲しみについて、
エッセイ「声を詰まらせた父」で書きましたが、
彼は胸が張り裂けそうな苦しみから、心の晴れるときがきて
また幸せを感じられるようになる…
それを「確かな真実」だと思っていました。
どうしてそんな力強さを持って言えたのか?
それは彼の持つ死後の世界観によるのではないかなと思います。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
確かな真実
http://www.lana-peace.com/2/2-3-027.html

2014年03月22日

珈琲と娘 副島八十六氏と亡き長女への思い


『開国五十年史』の編纂に携わり、
晩年の樋口一葉女史との交流も伝えられる副島八十六(そえじま やそろく)氏は
数え年25歳であったお嬢さんの五十枝さんを、大正14(1925)年チフスで亡くされました。
これまであらゆる辛酸や逆境の中でも負けずに過ごしてきた父八十六氏ですが、
「全く弱つた。(略)此感じは到底口語るべからず、筆写すべからず。」
と、その正直な思いをこちらの本に吐露されています。

・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・
副島八十六「長女五十枝の死に直面して」,
村田勤・鈴木龍司編(1937)『子を喪へる親の心』岩波書店
・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・**・・・

日がたつにつれ深まる悲しみ、そして根底から突き崩された人生感、宇宙観。
しかし八十六氏は日々の生活の中から、苦悩から立ち直る方法を見つけて行きました。

お子さんを亡くされた現代のご両親の心にも、通じるものがあると思います。


先立ったお子さんとご家族のために
珈琲と娘
http://www.lana-peace.com/2/2-2-014.html

2014年03月18日

山崎正董先生「筆をさがして」

それまで元気に過ごされていたお子さんが
何か病気になって、発症からあまりにも短い時間で旅立ってしまった場合
「最期になるかもしれないから、我が子の言葉が、ちゃんとほしかった…」
そういう思いにかられるご両親、いらっしゃると思います。
また「本当のことを伝えていれば、何かもっと言葉を遺してくれたかもしれない…」
そんな風に思われている方もいらっしゃるかもしれません。

明治、大正、昭和にわたり活躍された
産婦人科医 山崎正董(やまさき まさただ)先生は
次女順子さんを満20歳と11カ月で亡くされました。
発症から37時間でお嬢さんは他界されたため
山崎先生は、本当の病状をとてもお嬢さんに伝えることができませんでした。
そして、お嬢さんの死後、苦悩の時間が続きました。
でも、山崎先生はそこからどのように、気持ちを立て直していったのか…
きっと、現代のご両親の心にも通じると思います。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
真生命を永遠に生かし得る
http://www.lana-peace.com/2/2-2-013.html

2014年02月11日

お子さんに先立たれた悲しみと抑うつ アンドルー・ワイル先生『癒す心、治る力』

お子さんに先立たれてしまったご両親は
同時期に同じ経験をしたけれども
その悲しみ方には、それぞれ違いがあります。
それはお互いを理解することを難しくして、
気持ちのすれ違いが生じさせるかもしれません。
抑うつが強いと、ご本人も周囲の方も
本当に苦しいと思います。

アンドルー・ワイル先生のご本
『癒す心、治る力 自発的治癒とはなにか』
上野圭一訳(1995)角川書店
こちらに良い言葉がありました。


詳しくはこちらに書きました。
悲しみが新たな苦しみを生み出しませんように…。


先立ったお子さんとご家族のために
落ち込みが力に変わる時
http://www.lana-peace.com/2/2-1-021.html

2014年01月21日

ヘレン・ケラー女史 この世で報いられなかった誠実な愛の結末

ヘレン・ケラー女史の自叙伝の中で
とても心にしみるような言葉がありました。
お子さんを亡くされたご両親にはぜひ、お伝えしたい言葉です。

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「今や私たちは、この世で報いられなかった誠実な愛の
ひとつひとつには、あの世でその10倍もの大きな歓びが
待ち受けていることを知っています。」

引用文献:
へレン・ケラー著, 鳥田恵訳(1992)『へレン・ケラ一 光の中へ』
めるくまーる, p.106-107
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詳しくはこちらに取り上げています。


Lana-Peaceエッセイ
先立ったお子さんとそのご家族のために
「報われたご両親の心苦と愛」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-015.html
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