2019年12月12日

夕映えの大嘗宮(2019/12)

天皇即位に伴う大嘗祭が行われた
大嘗宮の一般参観に
先週、行ってきました。
当日はとても多くの人。

お昼から行ったけれど
実際に見ることができたのは夕方でした。
夕映えの大嘗宮はとっても美しかった。

ということで本日は大嘗宮一般参観のご紹介です。

私は地下鉄桜田門駅出口の近くにある
旧江戸城 外桜田門から入場しました。
こちらの現存する門は寛文3(1663)に
再建された門がもとになり、
大正12(1923)の関東大震災で破損して
復元されたものだそうです。

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次は皇居の正門にあたる正門石橋。
奥には正門鉄橋があるそうですが、
なかなか見えません。
現地看板によると正門鉄橋はかつて木橋で
その下に橋桁を支えるもう1つの橋があり
二重にかけられたことから
二重橋と呼ばれているそうです。

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いよいよ皇居東御苑へ進みます。
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木々の色づいた葉がきれいでした。
こちらはオオモミジ。

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こちらは現地で当日配られた資料です。
もう日本語版はないからということで
英語版資料を配布されました。
上から見るとこういう配置になっているそうです。

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参観エリアの列に向かう途中にあった石室。
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こちらは火事など非常の際に
江戸城本丸御殿の大奥用の調度品等を
避難させた場所と考えられているそうです。

中はしっかり整然とした石積みのスペースです。
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警備の方からは2時間待ちと言われながらも
いよいよ長蛇の列の1人になりました。
ああ、大嘗宮はまだまだはるか遠く。

少し陰り始めた日差しが本丸大芝生を照らします。
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沿道の木々はとてもきれい。
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長い時間を遡れば、こうした儀式が
初めて執り行われた昔の時代に
辿りつくのだなあ等と想像してみたり。

そしてようやく、近づいてきました。
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廻立殿は敷地内の大行列の参観列から
外れたエリアからよく見えました。

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自然の素材を活かした作りの建造物は
とても美しい品があるものでした。

これらの建設に携わったのは清水建設。
今年7月下旬から着工されたようですが
まさに台風の時期に工事作業が
目白押しだったということですね。
伝統工法に則った木造建築工事を
事故や損傷なく期日までに進めることは
どれほど大変なことだっただろうと思います。


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さて参観を終えた後
こちらは江戸城天守台の向かいにあった「桃華楽堂」
香淳皇后の還暦記念として建設された
音楽堂だそうです。
空からみたら屋根がとってもかわいいですね。きっと。
夕日に美しく照らされていました。
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平川門から出ると平川濠の水面に
国立古文書館そばの木々の葉が映って
きれいでした。
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今が平和だからこういう時間が過ごせるんだなあと
しみじみ感じた夕暮れ時。
posted by Lana-Peace at 04:18| アート / 歴史 いろいろ

2017年10月29日

滝沢馬琴も食べた大根と下掃除

今日の東京は冷たい雨で、おでんが一層おいしく感じられる季節です。
おでんの中に欠かせないのが大根、大根と言えば浮かんでくるのは練馬大根ですが、
徳川5代将軍綱吉によって始まったという説と
上練馬村に住む農家の又六さんが作り始めたという説があります。

起源はいかなるものか、定かではありませんが、まあそれはよしとして
東京都練馬区の石神井公園のそばにある石神井公園ふるさと文化館には
農作物を題材にした戯画『山畑道化合戦之図』で描かれている大将を
練馬大根と解説されていましたから、
江戸時代の練馬大根は相当有名だったことでしょう。

『南総里見八犬伝』の著者として知られる滝沢馬琴の『馬琴日記』にも
大根の話が登場するのだそうです。
天保2(1831)年11月10日のこと
馬琴宅のトイレの汲み取り掃除をした伊左衛門さんが、
掃除代として持ってきた干し大根300本を
翌日、妻お百と嫁おみちの二人で三樽分の沢庵糠漬けにしたというお話です。

今では掃除をしてもらった方が掃除をした方にお金を払いますが
当時は逆でした。
下掃除で得られる糞尿は、農家の大切な肥料源だったからです。

さて下掃除と大根のことで、興味深い文書が残っていました。
馬琴の日記から10年経った天保12(1841)年2月のことです。
石神井公園ふるさと文化館に「御請書一札之事(おうけしょいっさつのこと)」が
展示されていました。
虫食い跡の残る文書はいかにも、年代を感じさせます。

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今から10年前、在籍していた京都造形芸術大学の
古文書解読のスクーリング授業の時には
何度崩し文字の古文書を読んでも、はーとため息ばかりで
頭を抱えていたなあと思い出しましたが
こちらの文書には読み下し文と解説がありましたので
そちらの助けを借りてご紹介いたします。

豊島郡土支田村の金治郎さんは、武家屋敷の下掃除をする契約を結んでいました。
掃除にあたって年間金2両を支払う、
ただし物納の場合は沢庵漬1500本を納めるという契約だったのです。

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しかし大根の価格が上がり、天保12年当時は
沢庵漬1500本は金2両以上の価値があるから、
差額分を金治郎側に払ってくださいと大沢修理太夫宛にお願いをしたのでした。

江戸時代の人はきっと今のスーパーの大根の安売りを見たら、
仰天することでしょうね。

大根の中にいろんな歴史あり……です。
そう考えると何気なく食べる大根によって、昔の人と繋がっている
そんな不思議な感覚になります。
posted by Lana-Peace at 13:10| アート / 歴史 いろいろ