2018年10月16日

死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」

かつて韓国では死者の棺を乗せて埋葬地まで運ぶ輿に
飾られていた人形がありました。
4つの役割を担っていたこの人形「コクトゥ」。
それは死者が生の世界から死後の世界へ移行する時
安全に、安らかに、楽しく過ごせるようにという
願いが託されたものでした。
またその輿の前後を飾った龍頭板は
邪悪な力から死者を守るだけでなく
死は廻る人生の一部という意味を込めて作られました。

韓国の美しい伝統家屋が立ち並ぶソウルの北村韓屋村に
それらの展示館があります。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-074.html
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2017年11月10日

ご縁のある人々によって守られるこどもたち

臨死体験の際、こどもたちは大いなる存在による
慰めや励まし、導きを得ることをこちらでご紹介しましたが、
今回はご縁のあった人々による例をご紹介したいと思います。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「ご縁のある人々によって守られるこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-072.html
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2017年11月09日

大いなる存在によって守られるこどもたち

昨日こちらでこどもの臨死体験に関するご紹介をいたしましたが、
こどもたちは決して恐怖にさらされていたわけではありません。
なぜなら、安心を感じられるような存在との出会いがあったからです。

それは大きくわけると二つ。
宗教的で神秘的な非日常の色合いを持つ存在との出会いと、
ご縁のある人々との出会いです。
今回は前者についてご紹介したいと思います。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「大いなる存在によって守られるこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-071.html
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2017年11月08日

こどもの臨死体験

先日、いくつか臨死体験に関する本を読みました。
その中にはこどもの臨死体験について本人が成長後話したもの、
あるいは当時の様子を親族が語ったものなどたくさん登場していたので、
Lana-Peaceでもご紹介したいと思います。
それらの本で特筆すべきなことは、著者が医師であり、
自身の研究調査に基づき得られた臨死体験のエピソードだという点です。
二人とも、宗教的な独特な思想に支配されている方でもなく、
西洋医学の医師として論理的な思考、実証に基づく現象…
そうした科学的な立ち位置を決して忘れていない医師です。
サム・パーニア(Sam Parnia)先生と
ジェフリー・ロング(Jeffrey Long)先生です。

こどもの臨死体験が「空想」「妄想」「虚言」、そんな風に
片付けられるのではなく、真摯に耳を傾ける医師の存在は
本当に貴重なことですね。

今回は幼児と中学生の臨死体験について取り上げます。
年齢に関わらず、それぞれの臨死体験の根幹にあるものは同じ。
そして死に瀕した危機的な状況が、決して辛く苦しい思い出ではないことも…


臨死体験のお話は、亡くなったお子さんの親御さんにとって
非常に大きな安らぎをもたらします。
我が子は決して一人孤独に寂しく、暗い世界に旅立ってしまったのではないのだと
安心することができるからです。
この世に生きている人にとって、死後の世界はまだ誰もが未体験。
だからこそ、死の間際で引き返してきたこどもの証言は
一足先に行った我が子の心の代弁でもあるのだろうと思います。

いつか日本のこどもたちが真剣に自分の臨死体験を語る時のお手伝いを
私もしたいと思います。
それは他の多くのこどもたち、親御さん、ご家族にとっての救いになるのだと
これまでのグリーフケアの経験上、強く思います。

臨死体験をしたお子さんの中には
まだ自分の成すべきことを果たしていない、と
あちらの世界から追い返されたこどももいます。
成すべきこと、その大事な役目の一つとして
生と死の移行に関する事実を世に伝えることがあるのかもしれません。
こどもの純粋な心と言葉で……



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
こどもの臨死体験と医師
http://www.lana-peace.com/2/2-3-069.html

幼児・中学生の臨死体験
http://www.lana-peace.com/2/2-3-070.html
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2017年10月16日

親を案じ、迎えに来るこどもたち ―奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く』ポプラ社 から考える

死後の生があると信じたい…亡き子は安らかに、心地良く過ごしていると信じたい…
死後の生を証明することは難しいことだけれども、
でも確かに死後の世界の存在を実感できている人がいることは、
否定できない事実でもあります。

緩和ケア医の奥野滋子先生の本(※)の中に、亡くなる前に、
早世したお子さんとの再会を迎えた方々のお話が登場していましたので、
ご紹介したいと思います。

※奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま』ポプラ社

幼く亡くなっても成長し続ける我が子は
いつまでも親の恩を忘れてはいないのです。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「親を案じ、迎えに来るこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-068.html
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2017年04月18日

姉と楽しく遊び、父母をいつも見守っている少女

先日、あるお母様とお子さんにお目にかかりました。
二年前に妹ちゃんが病気でお空に帰っていったおうち、
お姉ちゃんから教えてもらった妹ちゃんとのやりとりは
とっても心あたたまるお話でした。

浄土真宗の思想の中にある「還相回向」って
このことなんだろうか、とも思いました。

亡くなったお子さんは、
天国で本当に楽しく過ごして、友人も出来て、成長しているし
同時に、この世に残してきた家族のことを、
本当に心配しているんだなって思いました。


純粋な幼い子どもには、
亡くなった方が見えると言いますよね。
年を取るとともに、いつのまにかその純粋さを
どこかに置いてきてしまった自分がとても残念だけど



詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「幼稚園バッグにくっついて」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-067.html
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2016年12月08日

分かり合えなかった兄からの贈り物 ―― アニー・ケイガン著『アフターライフ』から考える

お子さんの生き方があまりに破天荒過ぎて、
その生き方を分かり合えず、亡くなるしばらく前から連絡が途絶え、
和解することもなく亡くなってしまった…。
そういう死別はことのほか、心の中に、
何百トンもあるような重い蓋がかぶされたままだと感じる親御さんも、
いらっしゃるかもしれません。
でも、そういうご家族のことをお子さんは、
死後の世界からずっと見守っているのだろうと思います。

そう思えるお話を、ある本(※)の中に見つけました。

※アニー・ケイガン著, 島津公美訳, 矢作直樹監修(2016)
 『アフターライフ 亡き兄が伝えた死後世界の実在、そこで起こること』
 ダイヤモンド社


人間が「死」と考えていることは、
地球上の今の社会で広く流布している認識にすぎないのかもしれません。
何か本質は別にあって、その一面だけを捉えて私たちは
「死」と定義づけているだけなのかも。
その本質は、なかなか現代科学のレベルでは、
今、明らかにすることはできないけれど…。


詳しくはこちらに書きました。



Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「分かり合えなかった兄からの贈り物」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-066.html
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2016年09月23日

小さな灯の遺す大きな足跡

以前こちら
ドイツ人のアルフレッド・デルプ(Alfred Delp)神父の
言葉をご紹介しました。
1945年 反ナチス運動でデルプ神父が
死刑に処される直前、
綴られた手紙の中の言葉です。
「もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、
 光と真実が世にもたらされたなら、
 その一生には意味があったのである。」

デルプ神父はイエズス会士。
キリスト教、カトリックの流れですが、
宗教の如何に関わらず、
その根源は同じなのだと思える言葉が、
シルバーバーチの霊訓の中にありました。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「小さな灯の遺す大きな足跡」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-064.html
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2016年09月13日

この世の命は短くとも

生まれて間もなく、
あるいはまだ数か月のあどけない命が
旅立っていったとしても、
決して「縁が薄かった」などと思ってはいけません。
この世でそんな風に捉えていても、
あちらの世界では違います。

たとえ何十年経ったとしても、そのご縁を大事に思い続け、
縁ある方が生きている間も、
そして亡くなる時であっても、
共に力を発揮してくれる夭逝したこどもたち。

そう確信できるお話がこちら(※)の中にありました
※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「この世の命は短くとも」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-063.html
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2016年09月05日

思いが届かないもどかしさ

お子さんとの「死別」は、
やはり「もう二度と会えない」といった思いが、
悲しみをより一層強くかきたてるのだと思います。
しかし、死別がすべての終わりではないとしたら…
そして、生者と死者、立場は違っても
同じもどかしさを感じているとしたら…

あなたが涙に暮れる生活から、一歩踏み出すことが
お子さんの感じるもどかしさの解消の一歩に
つながるかもしれません。

アメリカで、死者からのメッセージを届けている
ジョージ・アンダーソンさんのお話(※)をご紹介したいと思います


※ジョエル・マーチン, パトリシア・ロマノウスキー(著)
糸川 洋(訳)(1991)『WE DON'T DIE―誰も死なない』光文社


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「思いが届かないもどかしさ」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-061.html
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2016年05月19日

水の中で光と共に ―『青い鳥』作者メーテルリンクの臨死体験から考える

モーリス・メーテルリンク氏(Maurice Maeterlinck)の
『青い鳥(原題 L'oiseau bleu)』
これが単に彼の「創作」した作品ではないような印象を、
私は強く受けました。
作品の中に横たわる生命と死に対する考え方、
そこは創作をはるかに超えて、彼が何かの啓示に基づいて書いたのか、
あるいは彼自身の体験の中から得たひらめきや確信を言葉にしたのか…。

そんな風に思えたのは、『青い鳥』とは別に、
メーテルリンクの生い立ちについて記されたある一節がきっかけでした。
運河で溺れて、死の手前までいったメーテルリンク。
不安も、苦しみも一切なく、そこで感じた驚くべき光…。

メーテルリンクの経験から考えると
亡くなったお子さんは、死の瞬間、安らかであったはず。
そして死の後、形を変えて続く命は、
更に安らかであると思うのです。 


詳しくはこちらに書きました。


Lana-peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「水の中で光と共に」
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2016年01月06日

「忘れなかった約束〜10年後の手紙〜」

人間はこの世の人生を全うした後も、
次元を超えて続く命があるんだって、確信出来るお話が
池川明先生の本(※)の中にありました。
※池川明(2015)『ママ、いのちをありがとう』二見書房

お空に帰ってから10年後、
お子さんから届けられたそのメッセージは
ママがわかるように、同じ雪の日、同じ言葉でした。

夭逝したお子さんはずっとあなたのことを見守っています。
そしてその気持ちを考えていた時に思い出した歌があります。
小田和正氏のオフコース時代に作られた歌「いつもいつも」です。

「いつもいつも」の詞は、
事故、けが、災害、病気、いろんな理由で夭逝してしまった
お子さんの気持ちにぴったり重なるように思いました。

それは40年近く前に作られた歌だけど、
今もすごくみずみずしく。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「忘れなかった約束〜10年後の手紙〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-057.html
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2015年12月06日

木と色と形に込められた思い(ソウル 木人博物館 목인박물관 Mokin Museum)

2015年10月に訪れた韓国 ソウルの木人博物館。
韓国の葬送文化と歴史について知りたくて訪れました。
木人(モギン)とは、亡くなった方を墓地へとお連れする際、
棺をのせるために使われた「喪輿(サンヨ)」を
飾った木の人形のことです。
木人博物館は私設博物館ですが、
博物館名にもなっている「木人」だけでなく
「喪輿」を装飾した「龍首板(ヨンスパン)」など、
たくさん展示されていました。
一部、民俗文化に関する木工品や民芸品も展示されています。
館内には韓国語だけでなく、英語、日本語の説明表記があって、びっくりです!
当日、受付の方にたくさん質問をしていたら
日本語が非常に堪能なキュレーター劉 光淑(ユー カンスク)さんが
急遽、説明してくださることになりました。

この後、東崇アートセンター内のコットゥ博物館にも
行こうと思っていて、劉さんにお話したら
劉さんが「しばらく休館中ではないですか?」と教えて下さって
慌てて現地のHPを確認してみたら、確かにその通り。
リニューアルで長期臨時休館中でした。残念。
そして劉さんに感謝!

韓国と日本、国は違えども、
亡くなった方がしっかり守られ、寂しくないように…と祈る心は、一緒ですね。
そういう気持ちは、きっとあなたの大切な人に、しっかり届いているはずです。

詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「木と色と形に込められた思い〜ソウル 木人博物館」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-056.html
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2015年10月16日

ぼくは元気だよ〜亡くなったこどもから親へのメッセージ〜

お子さんが亡くなったあと、
「1人で先に逝かせてしまった、大丈夫だろうか…」と
心配になる親御さんは多いこと思います。

そのような方に、今日はご紹介したいエピソードがあります。
ビル・グッゲンハイム氏、ジュディ・グッゲンハイム氏の著書
『生きがいのメッセージ』に登場する3つのエピソードです。

事故、災害、事件、けが、病気…どんな亡くなり方をしたとしても、
お子さんはあちらの世界で癒され、元気になっています。
それを誰よりも親であるあなたに
知ってほしいと思っているのです。

子を思う「親心」って言葉はあるけれど
親を思う「子心」もありますね。
たとえどんなに幼いお子さんであったとしても。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「ぼくは元気だよ〜亡くなったこどもから親へのメッセージ〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-055.html
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2015年09月26日

成長しながらあなたを見守り続ける優しい眼差し(土井晩翠氏と先立ったこどもたちの霊との交流)

お子さんに先立たれた後、テレビや映画の一場面が、
急に他界した我が子のことを思い出させ
思わず涙がこみ上げた、という方はいらっしゃると思います。
でもその時、涙するそんなあなたを、
実はお子さんはずっと見ていたかも。

土井晩翠夫妻は長男英一さんが亡くなった後、
晩翠氏が30年ほど教壇に立たれていた二高の学生さんに起きた、
ある悲しい出来事がきっかけで、招霊会が開かれ
死後の世界を確信するようになっていかれました。
今日はそのお話をご紹介したいと思います。

お子さんのこの世の命はどれほど短くても、
その魂は永遠で、いきいきと成長し、
あなたを慕い、愛情を送り続けていることを、
どうか、忘れないで。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「成長しながらあなたを見守り続ける優しい眼差し」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-054.html
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2015年07月22日

独り言の届く先(門田家尉子『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』を読んで)

5歳になったばかりのお子さんを、神経芽腫で亡くされたお母様の手記(※)
についてこちらでご紹介いたしました。
※ 門田家尉子(1991)『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』潮文社

そこには大切なお子さんが、5年の人生で終わったことを
どう考えていくのか、苦悩され、いろいろと自分なりに
人生、命に対する答えを見つけ出し
心の折り合いをつけて、頑張って暮らしていく様子が
描き出されていました。

様々な信仰、宗教、考え方があるけれど
人間の肉体に魂が宿り、この世での人生を終えて肉体が朽ちたとしても、
天に帰った魂は苦しむことなく、傷つくことがないのだと思えることによって、
人はどうしようもない喪失感から少しずつ抜け出せるのかもしれません。
そしてその魂が今は、心地良く過ごせているのだと感じられることは、
親の心に生じた深い傷を少しずつ癒す一歩になるような気がいたします。

心の中の親御さんの独り言を、お子さんはきっとお空で
しっかり聞いて、お返事をたくさん送っているはず。

そのようなことを感じられるいい本です。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「独り言の届く先」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-052.html
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2015年05月01日

「親の生きる道を照らす子」土井晩翠氏 妻八枝氏の回想録「照子の思ひ出」より考える

「春高楼の花の宴 巡る盃 影さして…」で始まる歌曲「荒城の月」は、
きっとどなたも小学校や中学校の音楽の時間に、聞いたことがあると思います。
「荒城の月」の作詞者 土井晩翠氏の夫人である土井八枝さんは
お嬢さんの照子さんに先立たれた後、
死後の世界観が心の支えになった話を手記の中に綴っています。

--------***--------***--------***--------***--------***--------
霊界がかくも的確にわかれば、
人間が二十歳三十歳で死なうが、
七十八十迄生きようが
それは私共にとつて問題ではなくなり、
たゞ清い天上に永遠に生きるに足る丈の心の準備を
常にする事が人生の最大目的といふ事に帰着します。

引用文献: 土井八枝(1937)「照子の思ひ出」,
村田勤・鈴木龍司編『子を喪へる親の心』岩波書店, p.155
(土井八枝氏の文章は「雨の降る日は天気が悪いより」にも前出)
※WEB掲載上、こちらで旧漢字は常用漢字に直しています。
--------***--------***--------***--------***--------***--------

母がわかった霊界とは?
永遠に生きるとはどういうことであるのか?

先立ったお嬢さんの照子さんは、文字通り、親にとってまさに、
これから歩む人生の道を照らす役割を果たすお嬢さんだったようです。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「親の生きる道を照らす子」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-050.html
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2015年03月12日

「続く命、返す御恩」(映画『おみおくりの作法』を見て)

先日、銀座で映画『おみおくりの作法』を見てきました。

DSC00120.jpg

ロンドン ケニントン地区の民生係の男性ジョン・メイの仕事は
孤独死した方の家族に連絡を取り、生きた足跡をたどり、
連絡が取れない場合は、その最後をその人にふさわしい葬儀を執り行い、
見送るというもの。
邦題のもたらすイメージから、人が亡くなった時にどういう風な
心構えや態度、方法を取るべきなのかを示した映画のように思うかもしれないけれど、
エンディングで出てきたたくさんの人(死者の魂の姿)、
それが死後の生を暗示しているような気がしてならず、
縁とは何か。そんなことを考えさせられる映画でした。
ちなみに原題は『STILL LIFE』です。

血縁の有無や生前の親交の深さや長さではなく、
短いながらもその瞬間どれだけ、敬意と誠意が自分に対して払われていたかによって、
深いご縁が結ばれるのではないか…。
その縁はこの世で終わるのではなく、この世が終わってから続く縁だと思えました。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「続く命、返す御恩」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-049.html
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2014年12月26日

ユングの体外離脱から考える(1)経験と共に過ごす

臨死体験をされた方が口々におっしゃることが
体外離脱をし、自分の人生を走馬灯のように見た、ということです。
「どうも胡散臭い」と思われる方は多いかもしれません。
でも心理学の大家カール・グスタフ・ユング氏による
体験談だとしても、やっぱりそう思うでしょうか?

ユング氏の自伝に綴られた臨死体験を読んでみると、
ご両親からたくさん愛され、慈しまれたお子さんは
先立った後も、それを頼りに心強く心地良く過ごしているのだと
確信を持てるように思いました。

お子さんを亡くしたご両親
どうか、心配しないで。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「ユングの体外離脱から考える(1)経験と共に過ごす」
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2014年09月02日

あたたかい愛に包まれて霊界で育つ死産した赤ちゃん

エッセイ「生まれ出ることのなかった命とのつながり」 では、
流産や中絶によって会えなかったお子さんとのつながりについて書きましたが、
今日は死産したお子さんについてです。

あんなに頑張って出産したけれども、お子さんが亡くなったと聞かされた時、
あなたの悲しみはどれほど深かかったことでしょう…。
それを思うと胸が痛みます。
自分の身体の痛みがそのまま心の痛みに引き継がれ、
長い間、心も身体も苦しさでいっぱいだったことと思います。
赤ちゃんに一人寂しい思いをさせてしまった…と
罪悪感のような思いを持ち続けている方もいらっしゃるかもしれません。
でも、お子さんは決して寂しくしているわけではありません。

本当にそうなのだろうか…と疑問に思うかもしれませんが、
ダニオン・ブランクリー氏らの著書
『未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件』に掲載されていた
フロリダのある女性のお話を聞くと、気持ちが変わってきます。
その女性は出産時、臨死体験をされましたが
その際、かつて死産した息子に巡り会えたのです。

※ダニオン・ブランクリー, ポール・ペリー著, 大野晶子訳
(1994)『未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件』同朋舎出版

死産したお子さんは、母親にご縁のある人々に囲まれ
あたたかい愛情に包まれて、すくすくとあちらの世界で育っていたのです。
相手を慮るやさしさを携えて。

人間の人生、それぞれの寿命。
それをしっかりと見守ってあげたいと願う人(子)がいて、
それを願われている人(親)がいる…。
そこには親子の関係を超えて
一対一の人としての対等な関係が成り立っているのかもしれません。

死産したお子さんはあなたがあなた自身の人生を十分に、
幸せに生きることを願っているます。
それをどうか忘れないで。     

詳しくはこちらに書きました。
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「親の幸せを霊界から願うこども」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-038.html
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