2018年10月16日

死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」

かつて韓国では死者の棺を乗せて埋葬地まで運ぶ輿に
飾られていた人形がありました。
4つの役割を担っていたこの人形「コクトゥ」。
それは死者が生の世界から死後の世界へ移行する時
安全に、安らかに、楽しく過ごせるようにという
願いが託されたものでした。
またその輿の前後を飾った龍頭板は
邪悪な力から死者を守るだけでなく
死は廻る人生の一部という意味を込めて作られました。

韓国の美しい伝統家屋が立ち並ぶソウルの北村韓屋村に
それらの展示館があります。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-074.html

2017年11月10日

ご縁のある人々によって守られるこどもたち

臨死体験の際、こどもたちは大いなる存在による
慰めや励まし、導きを得ることをこちらでご紹介しましたが、
今回はご縁のあった人々による例をご紹介したいと思います。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「ご縁のある人々によって守られるこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-072.html

2017年11月09日

大いなる存在によって守られるこどもたち

昨日こちらでこどもの臨死体験に関するご紹介をいたしましたが、
こどもたちは決して恐怖にさらされていたわけではありません。
なぜなら、安心を感じられるような存在との出会いがあったからです。

それは大きくわけると二つ。
宗教的で神秘的な非日常の色合いを持つ存在との出会いと、
ご縁のある人々との出会いです。
今回は前者についてご紹介したいと思います。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「大いなる存在によって守られるこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-071.html

2017年11月08日

こどもの臨死体験

先日、いくつか臨死体験に関する本を読みました。
その中にはこどもの臨死体験について本人が成長後話したもの、
あるいは当時の様子を親族が語ったものなどたくさん登場していたので、
Lana-Peaceでもご紹介したいと思います。
それらの本で特筆すべきなことは、著者が医師であり、
自身の研究調査に基づき得られた臨死体験のエピソードだという点です。
二人とも、宗教的な独特な思想に支配されている方でもなく、
西洋医学の医師として論理的な思考、実証に基づく現象…
そうした科学的な立ち位置を決して忘れていない医師です。
サム・パーニア(Sam Parnia)先生と
ジェフリー・ロング(Jeffrey Long)先生です。

こどもの臨死体験が「空想」「妄想」「虚言」、そんな風に
片付けられるのではなく、真摯に耳を傾ける医師の存在は
本当に貴重なことですね。

今回は幼児と中学生の臨死体験について取り上げます。
年齢に関わらず、それぞれの臨死体験の根幹にあるものは同じ。
そして死に瀕した危機的な状況が、決して辛く苦しい思い出ではないことも…


臨死体験のお話は、亡くなったお子さんの親御さんにとって
非常に大きな安らぎをもたらします。
我が子は決して一人孤独に寂しく、暗い世界に旅立ってしまったのではないのだと
安心することができるからです。
この世に生きている人にとって、死後の世界はまだ誰もが未体験。
だからこそ、死の間際で引き返してきたこどもの証言は
一足先に行った我が子の心の代弁でもあるのだろうと思います。

いつか日本のこどもたちが真剣に自分の臨死体験を語る時のお手伝いを
私もしたいと思います。
それは他の多くのこどもたち、親御さん、ご家族にとっての救いになるのだと
これまでのグリーフケアの経験上、強く思います。

臨死体験をしたお子さんの中には
まだ自分の成すべきことを果たしていない、と
あちらの世界から追い返されたこどももいます。
成すべきこと、その大事な役目の一つとして
生と死の移行に関する事実を世に伝えることがあるのかもしれません。
こどもの純粋な心と言葉で……



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
こどもの臨死体験と医師
http://www.lana-peace.com/2/2-3-069.html

幼児・中学生の臨死体験
http://www.lana-peace.com/2/2-3-070.html

2017年10月16日

親を案じ、迎えに来るこどもたち ―奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く』ポプラ社 から考える

死後の生があると信じたい…亡き子は安らかに、心地良く過ごしていると信じたい…
死後の生を証明することは難しいことだけれども、
でも確かに死後の世界の存在を実感できている人がいることは、
否定できない事実でもあります。

緩和ケア医の奥野滋子先生の本(※)の中に、亡くなる前に、
早世したお子さんとの再会を迎えた方々のお話が登場していましたので、
ご紹介したいと思います。

※奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま』ポプラ社

幼く亡くなっても成長し続ける我が子は
いつまでも親の恩を忘れてはいないのです。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「親を案じ、迎えに来るこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-068.html

2017年04月18日

姉と楽しく遊び、父母をいつも見守っている少女

先日、あるお母様とお子さんにお目にかかりました。
二年前に妹ちゃんが病気でお空に帰っていったおうち、
お姉ちゃんから教えてもらった妹ちゃんとのやりとりは
とっても心あたたまるお話でした。

浄土真宗の思想の中にある「還相回向」って
このことなんだろうか、とも思いました。

亡くなったお子さんは、
天国で本当に楽しく過ごして、友人も出来て、成長しているし
同時に、この世に残してきた家族のことを、
本当に心配しているんだなって思いました。


純粋な幼い子どもには、
亡くなった方が見えると言いますよね。
年を取るとともに、いつのまにかその純粋さを
どこかに置いてきてしまった自分がとても残念だけど



詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「幼稚園バッグにくっついて」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-067.html

2016年12月08日

分かり合えなかった兄からの贈り物 ―― アニー・ケイガン著『アフターライフ』から考える

お子さんの生き方があまりに破天荒過ぎて、
その生き方を分かり合えず、亡くなるしばらく前から連絡が途絶え、
和解することもなく亡くなってしまった…。
そういう死別はことのほか、心の中に、
何百トンもあるような重い蓋がかぶされたままだと感じる親御さんも、
いらっしゃるかもしれません。
でも、そういうご家族のことをお子さんは、
死後の世界からずっと見守っているのだろうと思います。

そう思えるお話を、ある本(※)の中に見つけました。

※アニー・ケイガン著, 島津公美訳, 矢作直樹監修(2016)
 『アフターライフ 亡き兄が伝えた死後世界の実在、そこで起こること』
 ダイヤモンド社


人間が「死」と考えていることは、
地球上の今の社会で広く流布している認識にすぎないのかもしれません。
何か本質は別にあって、その一面だけを捉えて私たちは
「死」と定義づけているだけなのかも。
その本質は、なかなか現代科学のレベルでは、
今、明らかにすることはできないけれど…。


詳しくはこちらに書きました。



Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「分かり合えなかった兄からの贈り物」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-066.html

2016年09月23日

小さな灯の遺す大きな足跡

以前こちら
ドイツ人のアルフレッド・デルプ(Alfred Delp)神父の
言葉をご紹介しました。
1945年 反ナチス運動でデルプ神父が
死刑に処される直前、
綴られた手紙の中の言葉です。
「もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、
 光と真実が世にもたらされたなら、
 その一生には意味があったのである。」

デルプ神父はイエズス会士。
キリスト教、カトリックの流れですが、
宗教の如何に関わらず、
その根源は同じなのだと思える言葉が、
シルバーバーチの霊訓の中にありました。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「小さな灯の遺す大きな足跡」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-064.html

2016年09月13日

この世の命は短くとも

生まれて間もなく、
あるいはまだ数か月のあどけない命が
旅立っていったとしても、
決して「縁が薄かった」などと思ってはいけません。
この世でそんな風に捉えていても、
あちらの世界では違います。

たとえ何十年経ったとしても、そのご縁を大事に思い続け、
縁ある方が生きている間も、
そして亡くなる時であっても、
共に力を発揮してくれる夭逝したこどもたち。

そう確信できるお話がこちら(※)の中にありました
※糸川 洋(2012)『トゥルー・ミディアム』Kindle版



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「この世の命は短くとも」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-063.html

2016年09月05日

思いが届かないもどかしさ

お子さんとの「死別」は、
やはり「もう二度と会えない」といった思いが、
悲しみをより一層強くかきたてるのだと思います。
しかし、死別がすべての終わりではないとしたら…
そして、生者と死者、立場は違っても
同じもどかしさを感じているとしたら…

あなたが涙に暮れる生活から、一歩踏み出すことが
お子さんの感じるもどかしさの解消の一歩に
つながるかもしれません。

アメリカで、死者からのメッセージを届けている
ジョージ・アンダーソンさんのお話(※)をご紹介したいと思います


※ジョエル・マーチン, パトリシア・ロマノウスキー(著)
糸川 洋(訳)(1991)『WE DON'T DIE―誰も死なない』光文社


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「思いが届かないもどかしさ」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-061.html

2016年05月19日

水の中で光と共に ―『青い鳥』作者メーテルリンクの臨死体験から考える

モーリス・メーテルリンク氏(Maurice Maeterlinck)の
『青い鳥(原題 L'oiseau bleu)』
これが単に彼の「創作」した作品ではないような印象を、
私は強く受けました。
作品の中に横たわる生命と死に対する考え方、
そこは創作をはるかに超えて、彼が何かの啓示に基づいて書いたのか、
あるいは彼自身の体験の中から得たひらめきや確信を言葉にしたのか…。

そんな風に思えたのは、『青い鳥』とは別に、
メーテルリンクの生い立ちについて記されたある一節がきっかけでした。
運河で溺れて、死の手前までいったメーテルリンク。
不安も、苦しみも一切なく、そこで感じた驚くべき光…。

メーテルリンクの経験から考えると
亡くなったお子さんは、死の瞬間、安らかであったはず。
そして死の後、形を変えて続く命は、
更に安らかであると思うのです。 


詳しくはこちらに書きました。


Lana-peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「水の中で光と共に」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-058.html

2016年01月11日

「かみさまとのやくそく〜胎内記憶を語る子どもたち〜」(2016/1/9 東京都中央区4030セミナーサイト)

先日、東京都中央区4030セミナーサイトで開催された
「かみさまとのやくそく〜胎内記憶を語る子どもたち〜」上映会に行ってみました。
池川明先生ほか、胎内記憶を語るこどもたち、その親御さんなどの登場がありました。
こちらインタビューをつなぎ合わされたものです。

DSC02308.jpg

印象的だったのは、胎内記憶を語るたくさんのこどもたちの話の結果から
「こどもは生まれて来る先の親や家の環境を選べない」のではなくて
「こどもは親や環境を選んで生まれてくる」という思想が根底にあったのですけど
たとえば親と早く別れてどこかに施設に預けられるような境遇になったり
いろいろ大変な生活環境で生きていくことになったとしても
こどもたちは結果的にそういう状況を「選んできた」という感じの話。

それがたとえば真実であるのならば
あえて、生きる上でそういう環境を選ぼうとする赤ちゃんの魂って
なんだか、すごすぎるなあと思いました。
だって赤ちゃんですよ。
そういう、勇気や度胸を生まれながらに持っているって、本当にすごい。
そして、そういう環境で生きていく中で
その赤ちゃんたちはどんなことを学び得ようとしているんだろう。
赤ちゃんって本当にすごいなあ。

大変な境遇に生まれてきたことを「不憫」に思うのは
いろんなことが見えていない大人の誤りなのかもしれない

上映会のあと、建物の外は夕暮れ時。
窓からは近くの聖ルカ礼拝堂の十字架が見えました。
飛行機雲が夕陽に照らされて、
とってもきれいな空でした。

DSC02318.jpg

そのあと同じ建物の1Fで開催されたHatsumiさんの
ボサノバライブ&トークセッションに
行ってみました。

Hatsumiさんはお子さんの出産時、池川明先生のところで出産されたことがきっかけで
胎内記憶に関することから受けたインスピレーションを
歌づくりに反映されているそうです。
しっとり大人の時間だわ〜という感じですが
オリジナル以外にもいろんなスタンダードナンバーを歌われました。
その歌と共に斎藤クミコさんのピアノセッションも凄かったです。
お二人の奏でるサンバ調にアレンジされたOver the Rainbowは
とってもすごい迫力でした。
虹の彼方があんなに活気あふれる時間が満ち溢れているといいな。

池川先生もライブ会場に来られていましたが、終始ニコニコ
あたたかい雰囲気を醸し出す方だなあと、遠目で拝見。

2016年01月06日

「忘れなかった約束〜10年後の手紙〜」

人間はこの世の人生を全うした後も、
次元を超えて続く命があるんだって、確信出来るお話が
池川明先生の本(※)の中にありました。
※池川明(2015)『ママ、いのちをありがとう』二見書房

お空に帰ってから10年後、
お子さんから届けられたそのメッセージは
ママがわかるように、同じ雪の日、同じ言葉でした。

夭逝したお子さんはずっとあなたのことを見守っています。
そしてその気持ちを考えていた時に思い出した歌があります。
小田和正氏のオフコース時代に作られた歌「いつもいつも」です。

「いつもいつも」の詞は、
事故、けが、災害、病気、いろんな理由で夭逝してしまった
お子さんの気持ちにぴったり重なるように思いました。

それは40年近く前に作られた歌だけど、
今もすごくみずみずしく。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「忘れなかった約束〜10年後の手紙〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-057.html

2015年12月06日

木と色と形に込められた思い(ソウル 木人博物館 목인박물관 Mokin Museum)

2015年10月に訪れた韓国 ソウルの木人博物館。
韓国の葬送文化と歴史について知りたくて訪れました。
木人(モギン)とは、亡くなった方を墓地へとお連れする際、
棺をのせるために使われた「喪輿(サンヨ)」を
飾った木の人形のことです。
木人博物館は私設博物館ですが、
博物館名にもなっている「木人」だけでなく
「喪輿」を装飾した「龍首板(ヨンスパン)」など、
たくさん展示されていました。
一部、民俗文化に関する木工品や民芸品も展示されています。
館内には韓国語だけでなく、英語、日本語の説明表記があって、びっくりです!
当日、受付の方にたくさん質問をしていたら
日本語が非常に堪能なキュレーター劉 光淑(ユー カンスク)さんが
急遽、説明してくださることになりました。

この後、東崇アートセンター内のコットゥ博物館にも
行こうと思っていて、劉さんにお話したら
劉さんが「しばらく休館中ではないですか?」と教えて下さって
慌てて現地のHPを確認してみたら、確かにその通り。
リニューアルで長期臨時休館中でした。残念。
そして劉さんに感謝!

韓国と日本、国は違えども、
亡くなった方がしっかり守られ、寂しくないように…と祈る心は、一緒ですね。
そういう気持ちは、きっとあなたの大切な人に、しっかり届いているはずです。

詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「木と色と形に込められた思い〜ソウル 木人博物館」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-056.html

2015年10月16日

ぼくは元気だよ〜亡くなったこどもから親へのメッセージ〜

お子さんが亡くなったあと、
「1人で先に逝かせてしまった、大丈夫だろうか…」と
心配になる親御さんは多いこと思います。

そのような方に、今日はご紹介したいエピソードがあります。
ビル・グッゲンハイム氏、ジュディ・グッゲンハイム氏の著書
『生きがいのメッセージ』に登場する3つのエピソードです。

事故、災害、事件、けが、病気…どんな亡くなり方をしたとしても、
お子さんはあちらの世界で癒され、元気になっています。
それを誰よりも親であるあなたに
知ってほしいと思っているのです。

子を思う「親心」って言葉はあるけれど
親を思う「子心」もありますね。
たとえどんなに幼いお子さんであったとしても。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「ぼくは元気だよ〜亡くなったこどもから親へのメッセージ〜」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-055.html

2015年09月26日

成長しながらあなたを見守り続ける優しい眼差し(土井晩翠氏と先立ったこどもたちの霊との交流)

お子さんに先立たれた後、テレビや映画の一場面が、
急に他界した我が子のことを思い出させ
思わず涙がこみ上げた、という方はいらっしゃると思います。
でもその時、涙するそんなあなたを、
実はお子さんはずっと見ていたかも。

土井晩翠夫妻は長男英一さんが亡くなった後、
晩翠氏が30年ほど教壇に立たれていた二高の学生さんに起きた、
ある悲しい出来事がきっかけで、招霊会が開かれ
死後の世界を確信するようになっていかれました。
今日はそのお話をご紹介したいと思います。

お子さんのこの世の命はどれほど短くても、
その魂は永遠で、いきいきと成長し、
あなたを慕い、愛情を送り続けていることを、
どうか、忘れないで。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「成長しながらあなたを見守り続ける優しい眼差し」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-054.html

2015年07月22日

独り言の届く先(門田家尉子『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』を読んで)

5歳になったばかりのお子さんを、神経芽腫で亡くされたお母様の手記(※)
についてこちらでご紹介いたしました。
※ 門田家尉子(1991)『吾子よ、永遠に 母と子の小児ガン闘病の記』潮文社

そこには大切なお子さんが、5年の人生で終わったことを
どう考えていくのか、苦悩され、いろいろと自分なりに
人生、命に対する答えを見つけ出し
心の折り合いをつけて、頑張って暮らしていく様子が
描き出されていました。

様々な信仰、宗教、考え方があるけれど
人間の肉体に魂が宿り、この世での人生を終えて肉体が朽ちたとしても、
天に帰った魂は苦しむことなく、傷つくことがないのだと思えることによって、
人はどうしようもない喪失感から少しずつ抜け出せるのかもしれません。
そしてその魂が今は、心地良く過ごせているのだと感じられることは、
親の心に生じた深い傷を少しずつ癒す一歩になるような気がいたします。

心の中の親御さんの独り言を、お子さんはきっとお空で
しっかり聞いて、お返事をたくさん送っているはず。

そのようなことを感じられるいい本です。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「独り言の届く先」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-052.html

2015年05月01日

「親の生きる道を照らす子」土井晩翠氏 妻八枝氏の回想録「照子の思ひ出」より考える

「春高楼の花の宴 巡る盃 影さして…」で始まる歌曲「荒城の月」は、
きっとどなたも小学校や中学校の音楽の時間に、聞いたことがあると思います。
「荒城の月」の作詞者 土井晩翠氏の夫人である土井八枝さんは
お嬢さんの照子さんに先立たれた後、
死後の世界観が心の支えになった話を手記の中に綴っています。

--------***--------***--------***--------***--------***--------
霊界がかくも的確にわかれば、
人間が二十歳三十歳で死なうが、
七十八十迄生きようが
それは私共にとつて問題ではなくなり、
たゞ清い天上に永遠に生きるに足る丈の心の準備を
常にする事が人生の最大目的といふ事に帰着します。

引用文献: 土井八枝(1937)「照子の思ひ出」,
村田勤・鈴木龍司編『子を喪へる親の心』岩波書店, p.155
(土井八枝氏の文章は「雨の降る日は天気が悪いより」にも前出)
※WEB掲載上、こちらで旧漢字は常用漢字に直しています。
--------***--------***--------***--------***--------***--------

母がわかった霊界とは?
永遠に生きるとはどういうことであるのか?

先立ったお嬢さんの照子さんは、文字通り、親にとってまさに、
これから歩む人生の道を照らす役割を果たすお嬢さんだったようです。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「親の生きる道を照らす子」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-050.html

2015年03月12日

「続く命、返す御恩」(映画『おみおくりの作法』を見て)

先日、銀座で映画『おみおくりの作法』を見てきました。

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ロンドン ケニントン地区の民生係の男性ジョン・メイの仕事は
孤独死した方の家族に連絡を取り、生きた足跡をたどり、
連絡が取れない場合は、その最後をその人にふさわしい葬儀を執り行い、
見送るというもの。
邦題のもたらすイメージから、人が亡くなった時にどういう風な
心構えや態度、方法を取るべきなのかを示した映画のように思うかもしれないけれど、
エンディングで出てきたたくさんの人(死者の魂の姿)、
それが死後の生を暗示しているような気がしてならず、
縁とは何か。そんなことを考えさせられる映画でした。
ちなみに原題は『STILL LIFE』です。

血縁の有無や生前の親交の深さや長さではなく、
短いながらもその瞬間どれだけ、敬意と誠意が自分に対して払われていたかによって、
深いご縁が結ばれるのではないか…。
その縁はこの世で終わるのではなく、この世が終わってから続く縁だと思えました。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「続く命、返す御恩」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-049.html

2014年12月26日

ユングの体外離脱から考える(1)経験と共に過ごす

臨死体験をされた方が口々におっしゃることが
体外離脱をし、自分の人生を走馬灯のように見た、ということです。
「どうも胡散臭い」と思われる方は多いかもしれません。
でも心理学の大家カール・グスタフ・ユング氏による
体験談だとしても、やっぱりそう思うでしょうか?

ユング氏の自伝に綴られた臨死体験を読んでみると、
ご両親からたくさん愛され、慈しまれたお子さんは
先立った後も、それを頼りに心強く心地良く過ごしているのだと
確信を持てるように思いました。

お子さんを亡くしたご両親
どうか、心配しないで。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「ユングの体外離脱から考える(1)経験と共に過ごす」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-047.html

2014年09月02日

あたたかい愛に包まれて霊界で育つ死産した赤ちゃん

エッセイ「生まれ出ることのなかった命とのつながり」 では、
流産や中絶によって会えなかったお子さんとのつながりについて書きましたが、
今日は死産したお子さんについてです。

あんなに頑張って出産したけれども、お子さんが亡くなったと聞かされた時、
あなたの悲しみはどれほど深かかったことでしょう…。
それを思うと胸が痛みます。
自分の身体の痛みがそのまま心の痛みに引き継がれ、
長い間、心も身体も苦しさでいっぱいだったことと思います。
赤ちゃんに一人寂しい思いをさせてしまった…と
罪悪感のような思いを持ち続けている方もいらっしゃるかもしれません。
でも、お子さんは決して寂しくしているわけではありません。

本当にそうなのだろうか…と疑問に思うかもしれませんが、
ダニオン・ブランクリー氏らの著書
『未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件』に掲載されていた
フロリダのある女性のお話を聞くと、気持ちが変わってきます。
その女性は出産時、臨死体験をされましたが
その際、かつて死産した息子に巡り会えたのです。

※ダニオン・ブランクリー, ポール・ペリー著, 大野晶子訳
(1994)『未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件』同朋舎出版

死産したお子さんは、母親にご縁のある人々に囲まれ
あたたかい愛情に包まれて、すくすくとあちらの世界で育っていたのです。
相手を慮るやさしさを携えて。

人間の人生、それぞれの寿命。
それをしっかりと見守ってあげたいと願う人(子)がいて、
それを願われている人(親)がいる…。
そこには親子の関係を超えて
一対一の人としての対等な関係が成り立っているのかもしれません。

死産したお子さんはあなたがあなた自身の人生を十分に、
幸せに生きることを願っているます。
それをどうか忘れないで。     

詳しくはこちらに書きました。
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「親の幸せを霊界から願うこども」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-038.html

2014年07月21日

救われ、新しく生きる命

2014年4月16日、韓国の珍島付近で沈没した旅客船セウォル号には、
高校2年生325人が乗っていらっしゃいました。
そして2014年7月17日、クアラルンプールに向かってアムステルダムを出発し、
ウクライナ東部ドネツク州で墜落したマレーシア航空の旅客機ボーイング777には
80名のお子さんが搭乗していたのだそうです。
「どうしてそんなに早く逝ってしまったの」という慟哭と共に、
悲惨な事故で亡くなったお子さんが、せめて今は心穏やかな状態に
いることができますように…と祈る気持ちであると思います。

先月読んだ『ブルーアイランド』※、
この本の中には1912年4月14日、北大西洋上で沈没したタイタニック号に搭乗し、
亡くなったウイリアム・ステッド氏が、交霊会で送り続けた膨大なメッセージが
収められています。
その中には、タイタニック号で犠牲になった方の霊は、一人残らず救いあげられて、
全員、精神的なショックからの回復に向いている場所「ブルーアイランド」に行き、
そこからそれぞれの場所へと向かったのだそうです。
ステッド氏のメッセージを読むと、
事故で犠牲になってしまった命は「必ず救われる」のだと、
強い確信が導かれるような気がいたします。

※エステル・ステッド編, 近藤千雄訳(1992)『ブルーアイランド』ハート出版

詳しくはこちらに書きました。
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 
「救われ、新しく生きる命」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-035.html

2014年06月25日

無限の存在

先月、関東地方に住むIさんからシルバー・バーチに関する本のご紹介をいただきました。
Iさんは私のホームページを読んでくださり、メールを送ってくださいました。
普段は医療のお仕事に携わっていらっしゃるのですが、
ある時を転機に、人の霊性に関心を寄せられるようになり、
現在はお休みの時に、ボランティアとして訪問される施設で、
人々の霊性を高めるような関わりを行なっていらっしゃるのだそうです。
Iさんのブログも拝読すると、とても誠実さが伝わってきました。
私はシルバー・バーチの本は数年前に手に取ったことがあるのですが、
ちゃんと読んだ内に入らなかったので、改めてもう一度読んでみることにいたしました。

そこからあらためて人は霊的存在であるということ、勉強させてもらい
他にもいろいろな本を読み始めるきっかけになりました。
Iさん、どうもありがとうございます。
私なりに得た新しい学びは、またホームページの方で
みなさんに還元できればと思っています。

詳しくはこちらに書きました。
魂と死後の生〜様々な思想〜 
無限の存在
http://www.lana-peace.com/2/2-3-033.html

2014年06月23日

わかりあえない寂しさ

お子さんに先立たれたご両親の中には、
死後の生というものがあってほしいと思いながらも、
それが単なる自分の願望ではなく、あるという証拠がほしいと思う方、
非常に多いと思います。

今日ご紹介したいのは、今から約120年ほど前にあった少女のお話です。
『ジュリアの音信〜人は死なない〜』
心霊研究家で自動書記通信を行われるW・T・ステッドが書かれた本です。
病気で亡くなった少女ジュリアが、自ら伝えてくれた言葉は
大人の既成概念をやわらかく、明るく崩してくれます。

お子さんに先立たれたご両親が感じる寂しさは
先立ったお子さんも同様に感じているかもしれません。
それは「会えなくて寂しい、一緒に暮らせなくて寂しい」のではなくて
死後も愛情深く見守り、時には遊びに来ている自分を気付いてもらえないから。

詳しくはこちらに書きました。

魂と死後の生〜様々な思想〜 
わかりあえない寂しさ
http://www.lana-peace.com/2/2-3-032.html

2014年06月03日

インディアンの死と魂「いずこに横たわることになろうとも」

人生の最期を事故や災害で終えたお子さんのご両親は
「せめてあたたかく居心地の良い場所で逝かせてあげたかった…」と、
嘆いても嘆ききれない思いでいっぱいだと思います。
また、お子さんが事件に巻き込まれて、しばらく失踪し、
ようやく対面できた時にはお子さんは既に亡くなっていた場合、
崖からどん底に突き落とされたような痛苦は、
言葉にし尽くせないものだと思います。

そのようなご両親にお届けしたい言葉が、
アーネスト・シートン氏の『レッドマンのこころ』という本にありました。

※ アーネスト・シートン著, 近藤千雄訳(1993)
  『レッドマンのこころ―『動物記』のシートンが集めた北米インディアンの魂の教え』
  北沢図書出版

シートン氏はあの『シートン動物記』で有名な、シートン氏です。
ある女性から、自分(シートン氏)の前世がインディアンであり、
インディアンの福音を白人に知らせることが
今世の使命であると告げられたシートン氏は、
やがて奥様と一緒にインディアンの話を聞き集めるようになっていきました。

それは単なるインディアンの慣習や思想の調査ではなかったのです。
生命や大地への畏怖や敬愛の念が根底に流れるインディアンの思想に触れ、
シートンはそれらに敬意を払うようになりました。

そこに登場するインディアンの魂と死に関する思想、
事故や災害や事件でお子さんを亡くしたご両親の心に、
ぜひお届けしたいと思います。


先立ったお子さんとご家族のために
魂と死後の生〜様々な思想〜 
「いずこに横たわることになろうとも」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-030.html

2014年05月14日

キトラ古墳壁画の天文図に託された思い

先週金曜日、東京国立博物館で開催されている特別展「キトラ古墳壁画」と
博物館敷地内にある東洋館の「TNM & TOPPAN ミュージアムシアター」で
開催されているバーチャルリアリティ作品「キトラ古墳」に行ってきました。
そこでとても印象深かったのが、VR作品中の石室天井の「天文図」でした。
世界最古級だそうです。
星を表す金箔は赤い線で結ばれ、星座が彩られていました。
一目で北斗七星とわかるものもありました。
いくつかの赤い同心円と星座を見ていたら、
まるでプラネタリウムに来ているようです。空には線はありませんから。
本当の星空にはない、意味のある世界を作りだしたかったのかもしれないなあ。
それは人が亡くなった後、魂は天に帰り、地に残された身体には魄(はく)が
宿っているという道教の魂魄(こんぱく)思想と少し関係があるのかも…などと
考えていました。
古墳の中に閉じ込められた魄に明りをもたらし、怖くないようにと、
慰めるために天文図が描かれたのであれば、石室の壁画制作は
伝えきれなかった思いを具象化し、届ける手段と言えるのかも。

詳しくはこちらに書きました。
先立ったお子さんとご家族のために
魂と死後の生〜様々な思想〜 
「天文図に託された思い」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-029.html

2014年04月24日

夭逝した子どもの命と貴い役割―アンデルセン『人魚姫』より

昨日
ブログ「セウォル号沈没の犠牲になったお子さんのために―アンデルセン『天使』より」
エッセイ「天使と過ごす自由な魂」で、
アンデルセンの童話『天使』の中から、亡くなった子どもの魂は、
天使に抱かれて天国へ行くのだという一節をご紹介しました。
韓国の旅客船セウォル号の沈没によって亡くなって見つかったお子さんも、
亡くなってまだ船の中に閉じ込められているお子さんも、みんなその魂は、
恐怖や寒さから解き放たれ、暖かくのんびり楽しい場所で、
心安らかに過ごしてほしいと切に願います。

アンデルセンは、魂は不死であり、永劫であるものだと考えていました。
アンデルセンの大変有名な童話『人魚姫』には、そのように考えられる箇所が出てきます。

突然、この世から消えてしまったように感じられる命が、
魂としてどこか美しく、素晴らしい場所で生き続けているのだとしたら…。
アンデルセンの童話『天使』の中で、亡くなったお子さんを天国に連れて行ってくれたのは
1人の天使でした。
そしてまた、その天使も1年前は、病気で亡くなった子どもだったのです。

夭逝して「かわいそうな不憫な子」という思いが、
あなたの心の中に深く刻まれてしまったかもしれないけれど、
「誰か別の人を救う貴い役割を担っている天使」に成長しているかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peace
魂と死後の生〜様々な思想〜 
不死の魂と貴い役割
http://www.lana-peace.com/2/2-3-028.html

2014年03月02日

ブライアン・L・ワイス先生『前世療法2』役割を果たした魂

お子さんを亡くされて、茫然自失の日々を送っているご両親の心の中には、
この世でもう会えないという寂しさが大きく占めていると思います。

今日ご紹介したいのは
アメリカの精神科医 ブライアン・L・ワイス先生の考えです。
ワイス先生は魂が輪廻するという観点から、
催眠療法によって潜在意識の奥へとアプローチを行い、
過去世退行させることによって、
その方の身体の不調や心の問題の根源になっているものを突き止め、
治療に当たられている方です。

先立ってしまったお子さんの人生の短さを不憫に思い、
いてもたってもいられない気持ちになるご両親もいらっしゃるかもしれませんが
ワイス先生の死と魂に関する考え方をヒントにすると
お子さんの魂はこの世において、その身体を通して
十分その役割を果たすことができたのだと言えるように思えます。

詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
http://www.lana-peace.com/2/2-3-023.html

2014年02月15日

茅野蕭々・雅子夫妻 娘の魂を抱きしめて、魂を生かしきる

リルケの詩を訳され、慶應義塾大学でも教鞭をとられるなど、
明治、大正、昭和にかけて活躍されたドイツ文学者、
茅野蕭々(しょうしょう)先生と雅子夫人は
大正12(1923)年8月1日、16歳だった長女の晴子さんを亡くされました。
雅子夫人は与謝野晶子、山川登美子と詩歌集『恋衣』(こいごろも)を
出された歌人でもありますが、そのような言葉を極めた方も、
言葉にし尽くせない思いで、心の内はいっぱいでした。
後に寄せた文の中に、お嬢さんのことをご夫妻は、
魂として表現されています。
父蕭々先生は自分の魂の中に娘の魂を生かしきるのだと思い、
母雅子女史は自分の魂が娘の魂をしっかりと抱きしめると思ったのです。

遺されたご両親が先立ったお子さんの魂と共に生きるという思いは、
その後の日々を大切に生きていくための力になるように思います。


詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
「魂を抱きしめて、魂を生かしきる」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-021.html

2014年02月07日

ヘレン・ケラー女史 神と愛 魂の自由

ヘレン・ケラー女史はアメリカの聖公会主教で
「ああ、ベツレヘムよ」の賛美歌の作詞者でもある
フィリップス・ブルックス氏から神と愛について
説明を受けたのだそうです。
でもヘレンにとって、それを理解することは
とても難しいものでした。
それがある経験をすることにより、
理解が拡がっていくこととなりました。

思考の殻を壊すような思いがけない経験をすると
理屈では割り切れないことへの理解が
深まっていくのかもしれませんね。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
病気のお子さんとご家族のために
「魂の自由から拡がる学び」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-033.html

2014年02月03日

ヘレン・ケラー女史 霊の友との心の交わり

ヘレン・ケラー女史は2つの世界があると考えていました。
一つは物質的な世界。
もう一つは心や直感で感じ取る世界。

そして自分の人生を振り返り、
心の中でつながりを持つことのできる存在に恩義を感じていました。

それはサリバン先生のような人物との関わりも含まれるでしょうし、
亡くなった後、天界で新たに生きているとヘレンが信じた霊的な存在との
関わりも含まれます。

そうした考え方に対していろいろな意見があると思いますが、
何か心の中に感じるものに、感謝しながら生きることは、
この世での生き方にプラスに働くように思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
先立ったお子さんとご家族のために
「自分を支えてくれる人」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-018.html

2014年01月29日

ヘレン・ケラー女史 不滅の魂と新たな生

ヘレン・ケラー女史のこの世での生き方に大きな影響を
与えたものの一つとして、思想が挙げられます。
ヘレンは霊魂の不滅を信じ、死後の世界(天界)での生活は
この世における自分の行為や動機、思想によって形造られ、
制限がない美しい世界だと信じていました。
つながる生をより良いものとして迎えるためにも、
この世を一生懸命、生きるという考え方は
お子さんに先立たれ、気力を失ったご両親にとって、
ご自身の人生をまっとうしていく力を沸き起こす発想の転換
になるかもしれません…。


こちらに詳しく取り上げました。


Lana-Peaceエッセイ
先立ったお子さんとそのご家族のために
「不滅の魂と新たな生へのつながり」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-017.html

2014年01月23日

ヘレン・ケラー女史 世界観が自分を変える

看護学校の卒業論文は
「乳児の至適療養環境について(空気清浄度の面からの検討)」
と題して、赤ちゃんの入院するお部屋が、一日の流れの中で
どのくらい空気が汚れるのか、落下細菌を集めて調べたことがきっかけで
当時、院内感染予防についていろいろ勉強していたのですけど、
病棟で働くようになって数年たち、
子どもの病棟にフォーカスした「業務に役立つ」専門書がほしくて
探したことがありました。
でも、当時は日本語でそうした本がなくて
(薄い雑誌とか、本の一部で数ページ取り上げられることはありましたが
 丸ごと一冊がまさにそのテーマの本、というものがなかったのです)
ようやく見つけ出したのが、厚さ2cmもある英語の本。
休日のお昼から読み始めたら、最初の数ページに数時間もかかってしまい
気付いた時はもう夕暮れ時でした。
読めるだろうなどと思って、買ってしまったあさはかな自分に
呆れてしまい、情けない思いでいっぱいになりました。
そこで奮起して当時なけなしの貯金100万円を
某英会話学校につぎ込んで通い始めたのです。
通帳残高が0に近くなったのを見て、まさに背水の陣。
本当に当時の全財産つぎ込んでしまったのですから。
今考えると怖いもの知らずという気もしますけれど
そのくらい勢いがないと、何事も進まないのかも。

英会話学校では多様な人生経験を持つ講師たちと出会い
英語だけでなく、多様な価値観をはじめ、
いろいろな心の糧となることを学べました。
あの時、なまじ英語ができなかったことが
私にとっては人生の中では吉とでたのだと今になって思います。

さて、その学びの中で、今もとても印象的なことがあります。
コップの水を例に説明してくれた先生のお話です。
「同じコップの水でも、もう半分しかないと思う人もいれば、
 まだ半分もあると思う人もいる。」
そうなのです。自分の気持ちの持ちようで、
見える世界の彩りは変わっていくのです。
そして、それは新たな自分の気持ち自体を変容させていくのです。

ヘレン・ケラー女史の自叙伝の中で、
そうした変容についていろいろと考えることありました。
詳しくはこちらに書いています。

Lana-Peaceエッセイ
先立ったお子さんとご家族のために
「晴れやかな心を導く世界観」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-016.html