2018年04月30日

苦しそうに見える時、その背景にある真理とは?

お子さんの病気が治れば、それは本当に嬉しいことだけれど
現代医療で頑張っても、それを完治させることが難しい時
ずっとお子さんはその一生を悲しい気持ちのモードで過ごさなくてはいけないの?
本人も、親も?

あるお母様はこうおっしゃっていました。
こどもは越えられない物を持って生まれて来ないはずだから
親の目にはこどもが苦しそうに映っていても、
実はこどもは困ったり苦しんでいるのではなくて
まさに今、越えようとしているところなんだって。
だから彼女はお子さんに対して「ああかわいそうに」みたいに思うのではなくて
頑張る我が子にポジティブな気持ちで自分も寄り添うのだって。

かわいそうな子、じゃなくて
頑張っている子なんだものね。
その頑張っている様子に対してかわいそうっていう気持ちを向けるのは
頑張っている本人に失礼だものね。
自分の頑張りはかわいそう、なんて憐れむものなんかじゃないぞって
こどもは怒っているかもしれないものね。
そんな眼差し、自分に向けないでよって。

単に発想の転換してるのではなくて
物事に対する自分の考えの一番目自体から大きく変えたから
できる発想なのだろうなあ。
そしてそういう発想を親がするようになると
こどもに寄り添う親の放つ波動も変わってくるのかもしれない。

今週もそのお子さんと彼女とご家族に
ハッピーなことがいっぱいあるといいなあ。

2018年04月20日

今だからできることは、何かを考えた父

お子さんが1万人に1人の病気だと言われた時
しばらく親御さんの心の中は動揺が続いて
なかなか整理がつかないのは当然だろうと思います。
そして自分のことで精いっぱいだと
ご夫婦の間で気持ちが噛みあわないときも
あるかもしれません。
お互い辛い時に、いたわりの言葉をかける余裕も
まったく失ってしまって。

あるお父様、そのことでとても悩んだそうです。
妻を理解しきれない自分を不甲斐なく思っているところもあって。
心の中がぐるぐるして。
でもでも、こう思ったんですって。
今、そんなことで立ち止まってどうしようなんて言ってる場合じゃないと。
まずはこどものことだろうって。

だから今も奥様のこと理解しようと日々努力しながら
お子さんのことで考えなくちゃいけない治療の選択などに
気持ちをしっかり向けるようにしていったそうです。

今できることは、何か。
今しかできないことは、何か。
今だからこそできることは、何か。
時は待ってくれないのだから。


若いお父様。
だけど朴訥としたなかに、父としての責任感に溢れた
立派な眼差しがありました。

このお父様だったら、これからどんなことがあっても
お子さんと奥様を大事にして
大変な時を乗り越えていけるなあって思いました。

2018年04月18日

優しさが引き出す前向きな強さ ―慰めだけが優しさがじゃなくて

お子さんが生まれて、さあおうちに帰ろう
そんなワクワクした時間を迎えるはずだったのに
病気かもしれないと大きな病院に移ることになって
次々始まる検査や処置、治療。
ああ、一体どうなってしまうんだろうと
不安は尽きないですね。
そして、出産して日の浅い母体にとって
身も心も大変な時なのに。

あるお母様、とても気持ちがドーンと落ち込んでしまったそうです。
そんな時、ご主人が力になってくれたそうです。
妻の気持ちが上向きになれるように、妻のことを気遣って、いろいろと。
お母様はそういうご主人の優しさが本当にありがたく
嬉しかったそうです。
人一倍繊細な心を持つご主人だって、本当はとても辛かったはずなのに。
同じこどもの「親」という立場は一緒なのに。
そういう時に自分を気遣ってくれたご主人の優しさ。
慰めとか、決してそういうことではないけれども
彼女はご主人のいろいろな言動、振る舞いから
彼の心の底にある優しさを感じ取っていた。

そして彼女は気持ちを切り替えたんですって。
「どうして、どうして……」と落ち込んでいる時間、
それは「我が身」に起きた不幸を嘆いていたんじゃないかって。
自分は立ち止まっていながらも
刻々とお子さんを取り巻く状況は変わっていく。
そこに気付いたら、こどもとご主人と一緒に頑張ろう!
そう思えたんですって。

もちろんご主人の優しさはあるけれど
そこに気付けた彼女の感性は、ご主人と同じ位、
鋭敏なのだろうと思う。

新しい治療、きっとうまくいく。
そして信頼し合っているパパとママは
あなたのことをしっかり守ってくれる。
小さなお兄ちゃんもあなたのこと応援しているよ。
弟は病院で頑張っているんだぞって。

2018年04月17日

人の形をした魂を神様からお預かりしていると考える母

完治することをゴールにしたら
その果てしない道に挫折を感じてしまうかもしれない。
お子さんの病気が現代医学で挑んでも完治が難しい病気であったなら
一番近くにいつもいるご両親は
心が何度もくじけそうになるかもしれない。

でもそうした次元をはるかに超えた境地の人もいる。
まるで座禅の警策で肩をピシッと叩かれて迷いが吹き飛ばされた、
そんな思いをする言葉を、あるお母様から伺いました。

彼女は我が子のそばに居る時、ある時ふとこう思ったのだそうです。
「人の形をした魂を神様からお預かりしている」

何かの特別な宗教でもなんでもなくて
ただ彼女の中に突然ふっと湧き上がった思い。
自分の置かれた病身という環境で日々生きていく我が子。
何か文句を言うわけでもなく、そうして日々生きていくことのすごさを
彼女は一番そばで見ていた。そして今もこれからも見ていく。

そして、そうしたすごい存在である息子に恥じないよう
自分もしっかり生きていこう……
彼女はそう、思ったのだそうです。


病床の息子のそばに寄り添う母の姿。
つい、ベッドにもたれてうたた寝をしてしまう時もある母。
遠くから見たら、ああ疲れているんだろうか……
そんな風に人は思うかもしれない。
でも、その背中で彼女が感じているものは
疲れだけじゃない。

「人の形をした魂を神様からお預かりしている」
なんとすごい名言なんだろうか。
そういう境地に到るまでに
彼女が流した涙と苦悩の日々は
決してたやすく語れるようなものではなかった。
それをわずかながらでも一端を知っている者としては
彼女の飛躍を本当に眩しく思うし
心から彼女に敬服の思いでいっぱいになる。
そして、病身の我が子との関わりの中で
そうした言葉を生み出した彼女に
どうかもっともっと幸せなひとときが増えますようにと
祈らずにはいられない。

2018年04月16日

他人に価値観を押し付けてはいけないと思った父

お子さんが病気で自宅から遠く離れた病院へ入院した時
たとえ1時間しか会えなくても、面会に行きたい…
そう思って仕事終わりの夜、車を走らせたお父様。
疲れた身体で往復数時間かけて通う病院、
それでも、なかなか元気にならないお子さんの病状…
前向きに、上向きに気持ちを保つことは
とても大変だったはず。
周りに当り散らしたいほどの鬱憤が生まれても
おかしくはありません。
だけど、お父様こうはこう思ったんですって。
「自分の大変さを周りや他人に押し付けちゃいけない」って。

日常のふとした場面で
たとえばもっと頑張ったら良くなれるはずの状況なのに
頑張らないで愚痴ばかり言う人などを目にすると
「こんなにうちの子は頑張っているのに、どうしてあの人は…」
そんな思いが頭をよぎることも多々あったそうです。
でも、こう思うようにしたんですって。
「大変と感じる度合いは人によって違うんだ」って。
自分から見たら大変じゃないと思っても
実はその人にとってはすごく頑張って大変なことなのかもしれないって。

そのお話を伺って、私は心が洗われる思いがしました。
私の半分もいかない年齢のお父様。
だけど彼の頭の中、心の中は
遥かに熟成して、人としてとても立派だと思いました。


肉体年齢よりも魂年齢。
人は見た目じゃわからないですね。
若い父親の実直なまなざしから、いろいろ教えてもらった時間でした。


新しい治療、きっとうまくいく!
そしてお子さんが元気になったら、
お子さんと行きたいなあって思っていた旅行にも行って
お子さんと奥様と家族みんなで楽しい思い出どんどん増やしてほしいなあ。

2018年03月31日

娘の笑顔に気付きを得た母

産後の女性のなかには産後鬱になってしまうこともあります。
ましてや産後数日のうちに赤ちゃんに病気があると知らされ
もっと大きな病院に移って
詳しい検査や治療、手術を受けなくてはと
医師から説明を受けたら……
気持ちを何とかしっかり保とうと思っても
そうはいかないものです。
「どうしてなの?」「これからどうしよう」「赤ちゃんは大丈夫なの?」

悲しくなったり、苛立ったり、
パートナーの何気ない行動に無性に立腹したり。
あるお母様、彼女はまさにそういう気持ちだったけれど
だんだん気持ちが変わっていったのだそうです。
「生まれてきてくれてありがとう」
赤ちゃんと触れ合ううちに
そういう風に思えるようになったのだそうです。
どういう状況でもベッドにいる我が子は
自分が笑いかけるとニコーッと笑い返してくれる。
その事実に気付いた彼女は
我が子の前ではニコニコした笑顔を向けるようにしたのだそうです。
彼女の話を聞きながらその場面を想像したら、
思わずこちらまでホロッと、ジーンとしちゃった…。

そして、彼女は当時ご主人の明るさに苛立っていた自分だったけれども
実はその明るさに救われていたんだと気付いたそうです。


時間は過ぎる。
ずっと同じままじゃない。
そして人は変わる。
その変化を待つことが、時には何より大事なんだと思う。
そして時間が経てば振り返った時に
あんなに辛かった、苦しかったモードの自分から抜け出して
誰よりも前向きに、強くなってお子さんと向き合っている
自分がいることに気付くと思う。

彼女はまさに言葉の通りきっと涙の分だけ、強くなったんだと思う。

そして変わりゆく自分に気付いて、
その背景にあるものに感謝を向けられるようになる人は
その成長が飛びぬけて大きいのだろうなあ。


これから始まる新しい治療、きっとうまくいく。
あなたの強さと共に、あなたの赤ちゃんは元気になって
新しい生活が待っているよ。
赤ちゃんがニコーッと笑ってくれる時間はもっともっと増えて
今度は赤ちゃんの方からあなたに笑いかけてくれるよ。
「ママ、元気?」って。

2018年03月26日

理不尽なことがあった時に

自分の望まないような出来事が起こってしまった時
人の心はその過去の一点に足元がとらわれてしまって
なかなか先に進めないこともある。
それでも日々、毎日進んでいく時間。
怒りに充ちた時間の中で留まるか
そこから抜け出していくのか?

それは自分自身の選択ではあるのですが…。

あるお母様のお話を伺って思いました。
もちろん自分が決して何も悪くないのに
理不尽なことが降りかかってきた時
憤りや怒りや悔しさが湧き上がってくるけれど
実はその理不尽なこと以上に素晴らしいことが起こってくる。
でもその素晴らしいことは怒りに充ちている時には、
うっかり見過ごすかもしれなくて…。

自分の目は一体何を見ているんだろう。
自分の気持ち次第で見えて来るものが変わってくる。
そしてその見えてくるものによって
自分の周りに形作られていく生活の時間。

彼女のお話はそういう気付きを与えてくれました。
病気のお子さんと一緒に過ごす時間の中で
小さな小さな、でも実は大きなキラキラした奇跡を
どうすれば見失わずにいられるのかを。
自分の暮らす世界は自分の認識によって形作られているものなのだと。

2018年03月22日

週末の朝のコーヒーがもたらしたもの

お子さんの入院生活が続くと、ICUや病室で顔を合わす他のご家族の姿が
どうしても気になる方もいらっしゃるかもしれません。
他の家族はどんな時でも前向きで
精神的に崩れることもなくしっかりしている、ように思えて
それに比べて自分は心の中がぐちゃぐちゃで
こんなままじゃだめだ、と思いつつ
そうは言っても、私だって辛いのよ、
誰もわかってくれない…そういう思いの親御さんは
実は多いかもしれません。

でも他の家族と比べる必要はないし
自分は自分で良いのだと思う。
そしてちゃんとしっかりしているように見える他の家族が
実は過去にすごく大変な時期があって
その時間を経て今がある、という場合もあるのです。

他の家族に比べて、自分だけ取り残されている…
そんな風に思わないで。
みんな人それぞれなのだから。

お子さんの病状、現状を受け入れ難い時、
自分の気持ちが脆く崩れていきそうだと自覚していても
それをどうにもできない時
自分の心をなんとか保っていくためにはどうすれば良いか?
お子さんが回復することが一番の解決策だけどそうはいかない。
そんな時は自分の心の負荷、お子さんの病気に関すること以外の負荷を
どんどん減らしていくことが役に立ちます。
面会の後、家に戻ってする家事
それが「気分転換になる」と思える人もいれば
それが「きつい」と思う人もいる。
きつい、と思うなら完璧に家事をやろうと思わないで
できる範囲で、負担にならないようにしていけば良いのだと思う。
夜寝る前に「あれもできなかった」「これもできなかった」
そんな風にできない自分を追い込んでいくと
お子さんの病状のことでどんと沈んだ気持ちは
どんどんすごい勢いを持って沈んでいく。
だけど「あれができた」「これができた」
そういう風に思えるようになると
自分の心に重くのしかかっていたプレッシャーは
少しずつ形を変えて消えていくようになります。

あるお母様、心の悲鳴をご主人に正直に話したそうです。
仕事が忙しくてなかなか面会にいけないご主人は
彼女の気持ちを知って、随分変わっていったそうです。
ご主人が完璧に家事をこなす、そうじゃないですよ。
ご主人は家事が苦手。
でもできることをやってくれるようになったのです。
週末の朝、ご主人がコーヒーを淹れてくれる。
他の人から見たら「それが何?」そう思うかもしれない。
でも彼女はそれがたまらなく嬉しいのだと
お話してくれました。
そういうご主人の気遣いを心に受けると
その日1日、お子さんにとって何か良いことが起こりそうな
前向きな弾む気持ちになれるんだろうなあ。

みんな初めから前向きな人ばかりじゃない。
他の人と比べる必要なんかない。
きっとあなたも何かのきっかけによって、心が前向きに変われるはず。
そしてそれは心地良い時間をあなたに多くもたらすことになるはず。

2018年03月18日

信じる力が引き寄せたもの

入院中、お子さんの調子が今ひとつで
熱が出たり、いろいろある時、
もう心はいくつあっても足りないくらい心配……
どんどんネガティブな方向に考えて、
頭の中では悪い展開ばかりが浮かんでくる
そういう気持ちになるけれど
でも、そういう時こそ
こどもの治る力を信じるって大事なんだと思う。

あるお母様が教えてくれました。
元々は慎重でいろんな想定が頭に浮かんで
もう心配で心がはじけてしまいそうな人だったけれど
自分で考え方や価値観を変えるよう努力を始めてから
今は不必要な心配をしないで
とにかく我が子の治る力を信じて
医療者の行う治療に信頼を寄せて過ごすのだと。

お子さんが調子を崩してから1週間。
そうやって彼女は過ごしたわけですが
本当にお元気になったお子さんの写真を目の当たりにすると
信じる、信頼、それってすごく大事だなあと思いました。

アメリカでは祈りの効用についていろいろ研究発表されています。
祈られることによって患者の回復過程が有意に変化するのだと。
今回のお母様の場合、それに通じるところがあるのかもしれない。
気持ちの向け方によって物事に何か影響が起こるという意味で。
彼女は助けて下さい、と祈った訳ではないけれど
彼女は信じる、ことによって望む結果を引き寄せた。

信じることによって変わることって何だろう。
それはすなわち、親自身の表情、行動、言動が変わるのかも。
そこから生み出される様々な出来事によって、
それらに取り囲まれることによって
こどもは元気になっていくのだろうか?
信じるだけで、そんなに都合よくいくわけない、と思う人もいるかもしれない。
もちろんそこには、適切な医療の介入があったことは間違いない事実。
でも感染を契機に全身状態が急速に悪化しかねない状態だったお子さんなのに
にこやかに今、親の膝の上に座って過ごす姿を見たら…
そしてそのお子さんが、元々元気いっぱい溌剌と過ごしていたお子さんではなくて
余命わずかと言われていたお子さんだったら…
だからこそ、何事もなかったかのように穏やかな彼の笑顔を前にすると
親が子の治る力を信じること、医療者を信頼すること
それらのもたらす働きを頭ごなしに否定することは、私にはできない。
そしてやっぱり信じることの意味があるのだと、思わずにはいられない。

今週も彼らにハッピーなことが多くありますように!

2018年03月16日

過去には戻れないのだから…

元気だったお子さんが体調を崩した時、
疲れたのかな? 風邪ひいたのかな?
最初多くの親御さんはそう思うことでしょう。
だけど、思いもしなかった方向へ診断が進んで
様々な治療が始まった時
親としてはどうして?どうして?
そんな風に心の中がぐるぐる収拾がつかなくなるかもしれません。
あるお母様が仰ってました。
ああすれば良かった、そう考えても
発症した当時にはもう戻れないのだから、解決につながるわけじゃない。
だから今、親として前を向いてできることをやっているだけです、と。

これまで流したたくさんの涙によって見出した気持ちの方向性。
すばらしいなあ。

涙でいっぱいだったけれども、
でも彼女の見ているのはずっとずっと先の未来だった。
元気になって、みんなでまた一緒に暮らせる時間。

彼女の柔らかな雰囲気の中に潜んだ凛とした芯の強さは
これからのお子さんの治療の道程を
しっかりと支える力に変わっていく…。
そう思いました。

新しい治療、きっとうまくいく。
そしていつか、親子留学できるといいね。
治療後の新しい人生、新しい広がりと共に。

2018年03月15日

事実が心の許容量を超える時

突然の出来事、連日もたらされるお子さんの病状のアンハッピーな話に
とまどいと混乱で自分自身の心が機能停止みたいになって
このままでは自分がどうにかなってしまいそうだって
お話されていたお母様がいらっしゃいました。
自分でもこの出来事にどう向かい合えば良いのかわからなくて
それでも、何とか自分の心を持ち直そうとしていた彼女は
都会のスクランブル交差点の中に身を置いて
目的もなく歩き回ったり…そんな時間もあったそうです。

そんな風に何とか頑張ってみても
病院へ向かう足取りは重いままだけど
医師からは、容赦なく心が苦しくなるような事実を聞かされます。
静かに相槌を打って、医師の顔を見て、
傍目にはきちんと聞いているように見えるけれど
実際心は上の空であったり、言葉が素通りして
さざなみが立つ心の中に残る医師の説明がほとんどない…
そういうことは多々あるものです。
説明に同席できなかったお父様のために
その場では「忘れないぞ」としっかり記憶したつもりでも
説明が終わって緊張の糸が切れると
忘れてしまったり…。

彼女がこうおっしゃっていました。
「人間だから忘れることだってある。
次、聞ける機会を作ればいいんだと思う」

その通りだなあって思いました。
1回言ったから、忘れているあなたが悪い、なんて
医師は思いません。
わかったと思っても、いざ、後になってちっとも理解できていなかった、
そういうことは往々にしてあるものです。
説明を思い出せない自分を責めたり
うまく後で自分の言葉で説明できない自分を不甲斐なく思う必要等ないのです。

理解できないほど、説明できないほど
事実があなたの心の許容量を超えていた、
そういうことです。

だってあなたはロボットではないのですから。

2018年03月14日

自分で道を切り開いた少女

高校3年生の時にとても大きな手術を受けて
その後、あえて1年間の浪人生活を自分で選んだ少女に
嬉しい春がやってきたと教えてもらいました。
術後、とても気持ちが辛かった時期もあるけれど
彼女はそこから頑張った。
そして、今につながっている。

彼女の努力と根性に本当に頭が下がる思いです。
自分の人生、自分で切り開くものだなあって
改めて思いました。

どんな状況であっても、
そこから努力して這い上がっていく人がいる。
その事実は紛れもない事実。

彼女がうんと苦労してきた分、
いや、もっとそれ以上に彼女には幸せになってもらいたい。
切にそう思います。

2018年03月12日

心配するより信じる力

しばらくお子さんの調子が落ち着いていて
ほっとした時間が続いていた時に
突然「あれ?」と思うようなことが起こったら…

そういう時、以前の彼女だったら
我が子のことが心配で、いてもたってもいられない…。
そうだったけれども、今は違うんですって。
我が子の治っていく力を信じてあげようって思うんですって。

送ってくださった写真のお子さんの表情は
調子を崩したとは思えないような
とっても穏やかで良い表情。
太陽のあたたか陽射しが入るお部屋の中で
なんだか気持ちよさそうにお昼寝しているような。
きっとお部屋の中は「信じる気持ち」で満たされているから
お子さんもすやすや眠れているんだろうなあ。
もちろん早く治療を開始されたことの影響も
忘れちゃいけないと、感謝する気持ちもお母様は思っている。

お子さんが長く病気である時、そばにいる親御さんの気持ちのお手当も大事です。
そして起こった出来事を変えることはできないけれど
そこに対して自分がどう心を動かしていくか
それは自分で変えていくことができる。
それは必ずそばにいるお子さんに良い影響を及ぼしていく。
そう、思います。

2018年03月05日

先天性疾患の赤ちゃんは底力を秘めた赤ちゃん

生まれてすぐ医師から大きな病気を告げられたとき
親御さんは「我が子の成長はどうなるんだろう…」と
不安に駆られるかもしれません。

先日お目にかかったお母様、こうおっしゃっていました。
「心配しすぎなくても、その子にあった成長ができていく」って。
ICUでの長い、長い治療、
良くなったと思ったら、ハラハラする場面もまた出てきて…
本当にいろいろあったけれど
そういう風に思えるようになったそうです。

その成長とは身体や運動機能の成長だけではありません。
心の成長も。それは「知育」といった切り口だけではなくて
思いやりとか気遣いとか、そういうところ。

赤ちゃんの頃から何度も大きな手術を乗り越えてきた彼は
弟ちゃんも具合が悪くなって入院することになってしまった。
親御さんはお兄ちゃんに詳しく説明したわけではないのに
自分なりに家の中の様子が何だか変だぞって気付いて
弟ちゃんのこと「大丈夫かなあ」って
一人でつぶやいていることもあるんですって。

本当は親を独り占めしたくて
まだ赤ちゃんの弟ちゃんと
けんかばかりになってしまうお年頃のはずなのに……。


お母様からその話を伺って、お兄ちゃんのこと想像したら
なんだかこっちの涙腺緩んでしまいそうだった。


大きな病気で入院して、治療を受けていても
それは決して、決してマイナスにはならない。
あんなに大変な治療を受けていたのに
あなたはまだ赤ちゃんだったから
たとえお医者さんの話を聞いたとしても
どれほど大変かがちっともわからなかっただろうけれど
大人が聞いたらその大変さはきっと、卒倒しそうなほど。

どこで、どのタイミングで
あなたはその優しい気持ちを育んできたの?


こどもの可能性は計り知れない。
どんな逆境でもそれをいつのまにか糧にして
着実に一回りも二回りも大きくなっていく力を持っている。


大人は自分で考えたり、周りからアドバイスを受けたり
仲間の話を聞いたり、そういうことで
逆境のなかに光を見出そうとしていく。
だけど赤ちゃんはそんなことできないものね。

あるがまま、治療をなされるがままだから……。
その中で成長していく赤ちゃん。

生まれつき、何か大きな病気と共に生まれてきた赤ちゃんは
ものすごく大きな底力、伸びる力と共に生まれて来たんだと思う。

2018年03月03日

1個ずつですね

お子さんの誕生の喜びと無事出産を終えた安堵もつかの間
医師から、あなたのお子さんは数度にわたる手術が必要な病気だ
と聞かされた時…親御さんの頭の中は大混乱。
心配、不安、困惑、いろいろな感情が入り混じった状態。
そして初めての育児、これからどうしよう…。

先日お目にかかったお母様も最初はそうだったけれど
でもご主人と一緒に頑張ってきたんですって。
医師から聞かされる目の前のこと1つずつ、
とりあえずまずはこれを乗り越えよう、って。
そして次にまた何か聞かされたら
その時もまた「これを乗り越えよう」って。
日々、その繰り返し。

「今だから言えるのかもしれないですけど…。」
そんな風に謙遜されますが
もう素晴らしく、本当に素晴らしい女性でした。
やわらかで、穏やかで、
彼女の醸し出す雰囲気は部屋の空間をいつの間にか
平和なムードに変えていきます。
過去にそんな大変なことがあったなんて
何も聞かされなければ、とてもとても想像すらできない。

いくつもの試練、ご主人と一緒に支え合って乗り越えてきたからこそ
今の彼女ができ上がってきたのだと思う。

強くて、しっかりもので、
でもたおやかで。

「1個ずつですね。」
彼女はそうおっしゃっていた。

何と素晴らしい人だろうか。
私よりも20歳以上若い人。
私は20年も前にこんなに人格形成されていただろうか?

いつの時代になっても
「今時の若い人は…」と若い世代のことを軽視したり揶揄する人はいる。
でも今時の若い世代の中に、珠玉のような人がいる。

そんな若い人を前にすると
同じ頃の自分を振り返って
当時自分のことでいっぱいいっぱいで
いろいろな人を傷つけてきたかもしれない(きっとそうであろう)
自分のことを情けなく思ったりもする。

そして、こんな熟年の領域にさしかかって
若気の至りの頃の自分を振り返らせてくれる若い母親から
多くのことを学ぶ日々。


彼女のやさしい笑顔は本当にまぶしかったなあ。

2018年03月02日

医師の後ろ姿に小さく振った手

こどもがおしゃべりする年齢になっても
病気のためにおしゃべりできない子もいる。
そういう時は親御さんは切ないですね。
でも、おしゃべりできなくても
心の成長は静かにすくすくと
気付かないところで進んでいます。
そのお子さんは医師の回診の時、
いつもあったかく声をかけてくれる先生が
お部屋から出て行くときに
その先生の後ろ姿に向かって
小さく手を振っていたんですって。

ベッドサイドにいらっしゃったお母様は
はっきりとその様子を見ていたそうです。

彼の気持ちはその小さな手に
ぎゅーって詰まっていたんだろうなあ。

こどもはお話ができなくても、いろんなことを感じている。
たとえば医師への信頼とか。
自分に注がれている愛情とか。

2018年02月22日

2通りの「仕方ない」

お子さんが長く病気で入院していると
お子さんが不機嫌な様子でずっと過ごすことがあります。
こどもにとっての不機嫌は単に感情を表すだけでなくて
身体の不調を知らせてくれる大事なサインではあるけれど
病状がある程度安定している時に不機嫌が続くと
どう考えていいのかわからなくなってしまいますね。

体調が悪化していることをお知らせしているのではないなら、なぜ?
つまらないから? おうちに帰れないから? 思い通りにならないから?
「仕方ない……」そういう言葉で迷いを片付けてしまうこともあるかもしれません。
言葉で話してくれればある程度わかるけれども
まだ何も話してくれない時期は、親が察するにも限界があって……。

そんな時、親御さんにとってはお子さんと一緒に過ごす時間
とても苦しい思いかもしれません。
自分は成すすべがないような気がして。
でもあるお母様のお話を伺って、一歩違った踏み出しをしてみることも必要だなって
思うことがありました。
彼女は「仕方ない」ではすまさない。
何か理由があるはずだって思って。
でもそこで彼女が始めたのは、お子さんが単に不機嫌になるネガティブな要素の探索ではありません。
たとえ病気であっても、そのお子さんのペースで着実に
移り変わっていく成長発達の過程の現われ、一つなんじゃないかと彼女は考えた。

例えば病気の有無にかかわらず、こどもが通っていくイヤイヤ期。
「うちの子はずっと入院しているから仕方ないんです」じゃなくて
イヤイヤ期の訪れが、ちょうど入院時期に重なっているのなら
それは病気とは関係なく、どのこどもにも起こる通過点じゃないかって。
そしてイヤイヤ期のこどもに親がどうかかわっていくことが
こどもにとってのプラスになっていくかを考え始めたのです。
こどものために自分も勉強しようって。
お子さんがイヤイヤ期で、自分もイライラするんじゃなくて
じゃあ、自分も学んでいこうって思う姿勢。

彼女のその姿勢を知って、すごく心がジーンとしました。

「仕方ない」そう思う時、きっと2通りのトーンがある。
突き放すような、もう見放すような「仕方ないよ!」
もう1つは現状を「仕方ないよなあ」と受け止めながらも
でも、何か改善できることがあるんじゃないか?って思う場合。
彼女は後者のパターン。

彼女は別に不機嫌であることが悪いとか
イヤイヤ期が悪いと否定しているのではありません。
こどもがあまりにも不機嫌なモードが長く続くよりは短い方が、
お子さん自身が心地良くすごせる時間が長くなるし
身体の治りにも影響が出てくる…そう彼女は思っているからだろうなあ。

こどもを理解しようとして、学ぼうとする母の姿。
きっと学ぼうと思う前よりは違ったお子さんの姿が
彼女の目には見えてくるのだろうなあ。

病気であっても、お子さんは成長している。
彼女の姿勢はそれを教えてくれる。

2018年02月19日

力が湧かない時に……

我が子の病状が思わしくない時、
親御さんはいくら気持ちを奮い立たせようと思っても、
うまくいかない時もある。
だって、親だって人間だから。

でも、そのまま心は低空飛行、彷徨った気持ちのままで
こどもに向き合い続けるのか……?

あるお母様は3つ方法を考えているそうです。
いつもの方法をやってみて、
それでもダメなときは2つ目の方法をやってみて
それでもダメなときは3つ目の方法を試してみる。

3つ目の方法は普段簡単にはできない方法なのだけど
さすがにその3つ目をやると、元気が湧いてくるそうです。
たとえ向かい合う病状に好転する変化が見られていなかったとしても
お母様の気持ちは上向きになる。
充電できて、頑張ろうって。

周りから見たら「あのお母さんはいつも前向きだ」「いつも元気だ」
「あの人は特別だから、そんな風に頑張れるんだ」
そう思われているかもしれない。

でもでも、特別なんかじゃない。
気持ちの浮き沈みを日々経験しながら
それでもいくつものやり方で心のお手当をして
前向きな気持ちを維持できている。

無理してわざわざ?
どうして、そこまでする必要ある?
そういう声もあるのかもしれない。

でも、前向きな気持ちでいたいと思うのは
お子さんのため。
めそめそ、泣いているママもママだけど
ずっとずっと泣いてばかりでは
お子さんもどうしていいかわからないものね。
せめて自分から良いパワーをお子さんに
移してあげたいって思っているから。

お子さんの見えないところで泣きはらして
幾通りもの方法で自分の気持ちをメンテナンスする。
彼女のその姿を想像したら、
なんだか心がジーンとしました。

はじめから強い人なんて、どこにもいない。
みんな、見えないところで努力して強くなっていく。


きっと元気になりますように。
新しい治療、それがお子さんの健康を掴み取る
後押しのきっかけになりますように……。

2018年02月16日

赤ちゃんの選んできたプレゼント

それまで病気とは無縁のお子さんだったのに
ある日突然、あれ?と思って、検査して
思いもしなかった病名を告げられたら…
親御さんの衝撃は計り知れないほど大きなものだった。

でもお母様こう思ったんですって。
今こうしていても、病気という事実は変えられるわけじゃないのだから
茫然と立ちすくんでいるわけにはいかないって。
変えるためには前に進むしかないって。
そう思ったのだそうです。
病気なら、治すしかないって。
もちろん最初は涙が溢れたけど。
でも気持ちのギアをしっかり入れ直した。

そして夫婦でお子さんをしっかり守っていくには
「同じ方向、一緒に向いて頑張っていかなくちゃいけない。」
そう思ったのだそうです。
ささいなことで言い争うような、そんな時間はないと。
そしてもちろん親だって人間なのだから
夫婦ともども気持ちは大きく動揺するけれど
相手がダウンしてしまわないように
お互いのこと気遣って、一緒に頑張っていくぞって、って彼女は心に決めた。
それはご主人への強い信頼と愛情が根底にあるのだけど。

そして、どうしてうちの子?
そういう風に考えるのではなくて
この世に生まれ出る時に、赤ちゃんがみんなそれぞれ選んでくるプレゼント、
その中で他の赤ちゃんが選ばないようなプレゼントを持ってきた我が子は
なんてすごいんだろうって思って、
だから赤ちゃんのことみんなで支えて守って
きっと笑顔で退院するぞって誓ったのです。

彼女の話を伺いながら、
何と強くて、すばらしい母親なのだろうと思いました。
強さ、それはへこたれないとかそういう強さだけではありません。
自分の心だっていっぱいいっぱいなはずなのに
お子さんのことを考える心の他に、ちょっとある余裕の部分は
パートナーへの気遣いとか、おうちに残してきているきょうだいのこととか
そういうことでフル回転させている。
彼女の強さはそういう心の度量の大きさに基づくものなんだろうなあ。


新しい治療を始めて、元気になろうね。
あなたのことを家族みんなで待っているよ。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、
みんな協力して、頑張っているよ。
お姉ちゃんは小さいママみたいになって
うちのことお手伝いしてるよ。
お兄ちゃんはママを心配させないように
明るい声で電話に出てくれる。
もちろんママはお兄ちゃんのそういう優しい気持ちも
全部お見通しだけどね。

あなたが元気になったらパパとママは
あなたにきれいな海を見せてあげたいんだって。
みんなで絶対行こうねって、励みにして、
これからの治療、頑張るぞって

きっとうまくいくね!新しい治療。
病気というプレゼントを持って生まれてきたあなたは
1年後、元気になって一回りも二回りも大きくなって
みんなに新しいプレゼントをあげよう。
あなたが元気になって、みんなと一緒に暮らせるささやかな日常
それが一番のプレゼントだから。
ママはそれを何よりも楽しみに待っているよ。

2018年02月13日

意思の力が引き寄せる未来

意思の力は人の運命を変えていくのかもしれない。
たとえ、余命厳しいと告げられた人であっても。

4カ月前、それはあるお母様にとって
人生最大の覚悟を決めた日だったのかもしれない。
もしかしたらこれからの日々は
お子さんの人生、カウントダウンに終始してしまうかもしれないと。

でも、でも

彼女は大事なお子さんがこれからどういう人生であろうとも
今の時間を大事にしようって思った。

そして、思考を変えようと努力していった。

どうして、うちの子だけ?
そんな風にネガティブに、世の中斜めに見るのではなく
いろんなことに「あーありがたいな」って感謝して。
お子さんの周りにある空気の中、
分子一つ一つにも、
ありがとうって、感謝の気持ちが伝わるかのように

そういう時間の積み重ねが、たぶん見えない何かを
突き動かしてきたのだと思う。
それはお子さんを苦しくて、辛いという時間のとらわれから解き放ち
癒しの力をかき集めてお子さんの元へ集約する
そういう何か新たな状況が作られるように。

私が彼女の立場だったら、あんな風にできるかな?
いや、それは無理。
もっと周りを羨ましく思ったり、
八つ当たりしたり、心がとげとげしていたことだろう。

だから、私は彼女のこと、本当にすごいと心から思う。
そしてお子さんと彼女とご家族に
平和な時間とハッピーな気持ちになれる一時が
もっともっと多く生まれますようにと願わずにはいられない。

変われる人って本当に強い。
こうありたい、人は誰もがたくさんの望みを抱えているけれど
そうなるための努力を続けられる人はとても少ない。
できるわけない、とか、できないよと諦めるのではなくて
できるように頑張ってみるか……、
そういう風に頭をスパッと切り替えられる人は
その時点でもうすでに望む方向の道の半分まで
ビュンっと進んでいるのかもしれない。

彼女の話を伺うと、いつもそう私は励まされる気がする。

2018年02月09日

生きる力の芽を育てる夫婦

先日、あるお母様が見せて下さったお子さんの成長記録のフォトブック。
これまでずっと撮りためている写真、その数は
恐らく1万枚は軽く超えているのかもしれない。
その中の選りすぐりの1枚、1枚が
ページを飾っているのです。

この数カ月の1冊は、これまでの数カ月単位で更新してきたフォトブックの中でも
格別な思いの1冊だったと思う。
なぜなら、もしかしたら、お子さんとお別れになってしまうかもしれないと
ご両親は覚悟していた時期だったから。

フォトブックの中のお子さんは
調子悪いのだなあと伝わってくる表情の時もあったけれど
でも、あれ? あらー!というように
だんだん、本当に、だんだんと瞳の奥に力が宿ってきているのがわかります。
不思議な強さです。
入院生活という限られた環境であるにもかかわらず
ご家族がもたらしてくれる極上の良い質の時間によって
お子さんの生きる力の芽が、大事に育ち
いつしかその芽から新しい双葉が開いてきたよ、という感じ。

そして、力を宿したお子さんの瞳のこちら側には
必ずカメラやスマホを持っているパパやママがいるという事実。

シャッターを切る瞬間、
それはパパやママにとっても
心が動いた瞬間でもあるね。
ということは、1万回以上、心動いたっていうこと!


いろんな力を秘めている彼の命は
いろんなことを教えてくれる。


あなたに、もっともっとたくさんの幸せが
降り注ぎますように。

2018年02月06日

夢は叶えるためにある

お子さんが赤ちゃんの時、1万人に1人の病気ですと言われたら
これからどういう人生歩むことになるんだろうと
親御さんは心配や不安が尽きないかもしれません。
でも、お子さん本人は親が感じるような気負いを
感じていないのかもしれません。
生まれた時から、物ごころついた時から
自分はその病気と一緒に生きてきているから。

先日お目にかかったある女性
赤ちゃんの時から、まさにその1万人に1人の病気であったのですが
小学生の時に憧れた夢、
それを親御さんは「やりたいなら、挑戦してみれば!」と応援してくれて
彼女はその夢に向かって頑張り始めたそうです。
それは学校生活と両立させるうえで大変だったけど
それでも「好きだから、頑張れた!」と振り返ります。
そして、いろいろな人の中で自分もその夢に向かって頑張る時
必ずしも楽しいことばかりではありません。
時には苦言を呈されることも。
それでも、彼女はめげません。
「その方が、自分が成長できるから!」

私が学生だった頃、そんな風に思えたかなあ。
無理、無理。
すごく落ち込んだり、嫌な気分になったり、すねたり。
だから、その彼女のこと、とても眩しく思えました。

そして夢に向かって頑張る途中、
自分が思いもしない自分自身と向き合うことになると
「新しい発見ができた!」って思うんですって。

素晴らしいなあ。
彼女の話を聞いて、思いました。
「夢は叶えるためにある」と。
夢を持つことは誰にでもできる。
夢を夢のままで終わらせることは誰にでもできる。
でもその夢を叶えるために努力することは
こんなにも人をいきいきとさせ、成長させるんだって。

1万人に1人の病気
それはもしかしたら、病気と同時に
特別な素晴らしい能力を
1万人のなかの1人として
同時に授けられているのかもしれない。
いろんなことに乗り越えていく力強さ、という能力を。

新しい治療、その話の前には
彼女も足が立ちすくんでしまう様子。
でも、でも。
私は思う。
あなたがこれまで歩んできた道は
一歩一歩とても堅実で着実で
だからこそ、今のいっしょうけんめいで、
チャーミングで、キラキラしたあなたを作ってきた。
そしてこれからあなたが時間をかけて
新しい治療のことを少しずつ理解していけば
きっと、あなたに新たな可能性と道が開くと思う。

あなたがどういう治療の道を選んだとしても
あなたが向かい合う大きな試練と決断が
あなたにより一層の大きな幸せをもたらして
あなたの夢がぐんと近づきますように……!

2018年02月01日

なんとかなる。なんとかならなきゃ、なんとかする。

医師から病名を告げられて
信じられなくて、途方に暮れて…
そんな時、他の家族はどう乗り越えてきたんだろう。

「なんとかなる。」
そういう気持ちで頑張ってきたというあるお父様。
そう思っても、それ以上に大変な状況が起こってきたとしたら…
と尋ねてみると、何の気負いもなくサラッとおっしゃいました。
「なんとかならないのなら、なんとかする」のだと。


「なんとかなる。」
「なんとかする。」

そのお話を伺って、すごく心の中がジーンとしました。
そして思わず何度も心の中でそれをつぶやいてみた。

どんなことが起こっても、
気持ちの中で、希望を見出すことが難しい時でも
そのまま、そこで絶望するのではなくて
「なんとかならないんだったら、なんとかする」
それは開き直りではありません。
決して、言葉遊びなんかでもありません。

「なんとかする。」
そのためには自分は何ができる?
お父様のそういう思考はとても力強くて
素晴らしいなあと思いました。

私はそのお父様の年の頃、
はるか昔のことになってしまうけれど、
そんな風に強く、たくましく、問題に向かい合えていただろうか?
いや、いや、とてもそんな強さはなかった。
すごいなあ。
一本心の芯柱がすーっと立っている。
無理しているわけでもなく、
きっと今まで生きてきた姿勢の積み重ねが
今の瞬間に集結しているのだろうと思う。

清々しい笑顔と共に、
「なんとかならないなら、なんとかする」とおっしゃったお父様。

お子さんに起こった病気
もちろん当初は本当に気持ちが揺れたそうですが
本来の強さを取り戻せたのは
我が子をとにかく守りたいから。
そしてショックを受けている奥様のこともしっかり守りたいから。

お子さんのことも、奥様のことも
しっかり、しっかり守って
いつかお子さんが元気になって退院できる幸せを
もう手の中に掴み取っているように思いました。

強く思い描く幸せ像に近づくために
「なんとかなる。なんとかならなきゃ、なんとかする。」
そのお父様、本当に名言だわ!

どんなことが起こっても、
そこでくじけるのではなくて
そこから這い上がって行こうとするお父様。

お子さんがどうか元気になりますように。
そしてお父様のぶれない心の芯の強さが
これからもますます増していきますように…



あなたが元気になったら
パパは家族みんなで冬の雪山にも夏の海にもでかけて
元気いっぱい楽しく遊べることを願っているよ。
パパはスポーツの達人だから、きっとあなたもびっくりしちゃう。
そしてパパみたいに溌剌とスポーツができるようになるだろうね。
きっと。
そうなれるように、今は踏ん張り時。
一日、一日、頑張っていこう!
きっと元気になれる、って信じてね!

2018年01月27日

言霊の力

医師からお子さんの病状が厳しい状態であると説明を受けて
親御さんはがっくり。これからどう希望を見出して良いかわからない……
そんな時、親御さんだって人間だから、
気持ちを奮い立たせることがなかなかできない。

そういうところから這い上がって、
今はスキップしたいような気持ちで
お子さんの待つ病院に向かえるようになったお母様。
一体何が起こったのか?

それは価値観を大きく変えたことが転機になったのだそうです。
毎日「OOちゃん、今日も絶好調だよ!」って言い続ける。
もちろん世間的な絶好調の基準なんかじゃありません。
医学的に見たらきっと絶好調とはとても言い難い状態。
でも、そのおうちでは絶好調の基準を下げたんですって。
うちにとっての絶好調、を見つけて。
元気いっぱいが100%としたら20%でもう十分、絶好調だって。
「OOちゃん、今日も絶好調だよ!」そう言うと
お子さんは「フフ」って笑ってくれるんですって。

医師は悪いところを見つけて、それを治すのが仕事。
だから医師から説明がある時に、どうしてもその内容は
「どこが、どう悪いか」の説明に終始してしまう。
でもそのお母様はこう考えるんですって。
「何か1つでも良いこと(正常範囲内のこと)があるはず」
それを自分で見つけ出す。
検査結果の中から何か1つでもないかと。
自分で分からない時は、医師に尋ねてみる。
そしてお子さんの耳元で
呪文のように唱えるんですって。
「今日は△△は良かったんだって。良かったねえ。絶好調だね!」

パパやママはお医者さんから話を聞くといつも泣いていて
自分がうちに帰れないのは、自分のせいなんだ、
パパやママがベッドサイドで悲しい顔をしているのは
自分のせいなんだ、そんな風にお子さんが思うのは
絶対に嫌だと思ったから、
そのお母様はいつもお子さんを明るい言葉で包むんですって。
お子さんが「自分はもう駄目なんだ」って思いながら
人生を終えることになってしまうのは嫌だから
「パパやママが絶好調って言うんだったら、大丈夫だよね」
って幸せな気持ちで過ごしてほしいって思ったから。


そのうち段々、お子さんの病状が安定していって
ますますそのお母様は自分が持つポジティブな気持ちと言動が
我が子の命を守っているんだって確信できたそうです。
もちろん緩和医療の先生が細やかに治療を調整してくれるから
お子さんの病状が安定していること、
それもお母様は重々承知です。
その先生に厚い信頼を寄せている。

余命を告げられていたお子さん。
だけど、無事にお誕生日も迎えられた!


決して現実逃避しているんじゃない。
お子さんに嘘を言っているわけでもない。
現実をどう捉えるのか、それを変えただけ。
それぞれの認識が変わることにより、生まれ出る感情も変わっていった。

自分の世界は自分の認識が作り上げていくもの。
改めてそう思いました。そして言霊の力も。


居心地の良い雰囲気の中に入ると、
何か心が落ち着いて、楽しい気持ちになっていきます。
それは大人だけでなく、こどもだって全く同じ。
その居心地の良さを作り出せるのは親御さんなんだと思う。

薬とか医療行為、それは病院に任せよう。
だってそれが病院側の仕事なんだから。
「親は何もできない」そんな風に思わないで。
まだまだできることはたくさんある。
親だからできることがある。

絶好調だね!
そうお子さんに言えるのは親だもの。

そのお話を伺いながら、じーんとしました。

どういう雰囲気に包まれてこどもが過ごすのか。
どういう気持ちのままこどもが過ごすのか。

2018年01月22日

今日の一歩とつながる未来

それまでの人生、自分の幸せの追求よりも、他人の幸せを目指して
いつも努力家で、前向きで情熱を持っていたお母様。
でもお子さんの病気、普段聞いたこともないような
病名を告げられた時、これから先の道程を考えると
思考回路がとまって、途方に暮れてしまう…。
「どっちを向いていいかわからない」そう涙した彼女の気持ちは
本当に心から正直な気持ちだと思う。

そういう時は、心の中に湧き上がってくる気持ちは
溜めこまないで話してしまおう。

そして目の前にあることを、一つずつ、文字通り
一つずつやっていけば、必ず道は開ける。



それは私自身の経験からも言えるのです。
5年前、私も同じような気持ちになりました。
そして手術が終わって数日経った時、
妹が不思議な経験をしたことを教えてくれました。
私がまだ20歳の頃に、10日ほどの闘病で亡くなってしまった
私の父親からのメッセージが届いたのだ、と妹は言いました。
一つずつ、やっていけば大丈夫だと。
テレパシーのようなそういう感じで送られてきたメッセージ。

その言葉を聞いた時、
これからどう考えていいかわからなかった自分の心から
暗雲がすーっと晴れていったような気がしました。
そして、迷った時は「一つずつ」それを思い出すようにしました。
一つずつ何かクリアしていくと、
それは自分の自信につながっていきます。
それは決して大層な自信とかそういうものではありません。
自分は何一つ越えられないように思っていたところに
「ちょっとずつなら、もしかしてできるかも?」
そんな風に思える、そんな小さな小さな感情です。


すべての物事は小さな要素で構成されています。
まるで点描画のように。
その一点、一点がいずれ時を経た時に大きな絵になっていくのです。
今日の一歩は決して小さな一歩ではない。
あなたとお子さんが踏み出した一歩は
「治る」という結果、成果に一歩近づいたということなのだから。
それはとても大きな、そして着実な一歩なのだから。

医師から提示されるいくつもの選択肢。
その中であなたがこれだ、と思えるものを選べばいい。
もしも一つしか治療がなかった場合、
そこに不安があるならば、とことん医師に質問すればいい。
そこで理解と納得と合点を得たあなたは
以前のあなたよりも数段パワーアップして
お子さんのそばに寄り添うことができるのだから。

あなたの人生、きっとその半分は
他人の幸せを追求するために身を捧げてきた人生。
あなたはあなたの利益を追求するのではなくて
誰かの幸せのために力と時間を費やしてきた。
そういう生き方をしてきたあなたを、私はとても尊敬する。
と同時に、あなたがこれまで行ってきた他者への善は
これからあなたとあなたのお子さんが幸せになれるように
何百倍もの御恩返しとして力を伴って返ってくると思うのです。
過去のあなたが未来のあなたを助けてくれるのだと思うのです。

2018年01月21日

泣いても治るわけじゃないから…

お子さんが1万人に1人の確率の病気だと
もしも医師から言われたら
「どうして我が子が……」と
信じられない気持ちと愕然とする思いが交錯することでしょう。
初めはその事実が受け止めきれなくて
どうして、どうしてと涙で自問自答を繰り返したお父様。

でも、いつしか「どうして?」と考えなくなったのだそうです。

「泣いても治るわけじゃない。
 じゃあどうしたら治るか、それを考えるようになった。」

誰かに言われたわけでもない。
こうしろ、ああしろと押し付けられたわけでもない。
自分で自然に。
苦悩の時間を重ねて、涙が枯れるほど泣いたから
そういう境地に達したのかもしれない。

そのお父様、とても凛としていました。
悩んで、落ち込んで
見つけ出した道だから、
生まれてきた強さなのだと思う。

仕事でどんなに忙しくて、大変で、疲れていても、
家にいる時は、こどもに向き合う時間を大事にするのだそうです。

「仕事で外に出ている間、こどもの世話をしているのは妻ですから」

はにかむような笑顔でそうおっしゃったお父様。
そんな風に普段自分の知りえない奥様の大変さも
ちゃんと考えていたわる気持ちがあるお父様。
強さの裏には大きな優しさがいっぱいです。


新しい治療、きっとうまくいく。
あなたが元気になっておうちに帰ってくることを
お兄ちゃんも待っているからね。
そしておうちに帰ってきたら
お兄ちゃんは、お気に入りの絵本を
あなたにいっぱい読んでくれるよ。
お母さんやお父さんがお兄ちゃんに読んでくれたように。
あなたに読んでくれるよ。
どうか元気になりますように。

2018年01月16日

覚悟が生み出す新たな境地

医師からお子さんの病状について厳しい説明が行われた時
親御さんは頭の中が真っ白になってしまうけれども
でも、たとえばその話によって自分が潰されてしまうのではなくて
そこから親御さん自身が気持ちを仕切り直しするって大事ですね。

医師の説明に対して「とても自分はそういう見方を納得できない。
もっと違う見方があるんじゃないか?」
そんな気持ちが沸々と湧き上がるってくるのも事実。
でも医師の説明を全面否定するというわけではなくて
「ある視点から見たらそういう見方(可能性も)もあるんだな」と
淡々とそう考えて、「そんなに悪いんだったら、
今この状況で幸せになるためにはどういうことができるか?」という
考え方を持つことは、自分の潰れそうな心のバランスを保つうえで
必要なことかもしれません。

あるお母様が教えてくれました。
「陰の覚悟を持つと、陽の覚悟ができる」のだと。
名言だなあと思いました。


医師の説明によって「命は有限である」という事実に
あらためて気付かされ、ふと我に返った時
じゃあ、自分たちに残された為すべき、目指すべきことは
「もっと幸せになること」
そんな風に大切なものがはっきりしてくると
雑踏の中に突然放り込まれたような気持ちから
いつしか静寂と光が訪れるのかもしれない。
そして前向きな境地が開けてくるのかもしれない

そして今手の中にある幸せ、
うっかり見過ごしてしまう小さなものまでもが
とてもよく実感できるのだろうと思います。


そのお母様、優しさと凛とした強さが同居しているのは
陰の覚悟と陽の覚悟のおかげなのかもしれない…と思いました。

お子さんとご家族にもっともっと幸せが感じられる時間が
増えますように…。

2018年01月13日

天国の砂

精一杯頑張って、旅立った後のお子さん、
何年たっても、その悲しみが色あせることは決してないけれど
あなたは決して一人ぼっちじゃないから。

あなたの心に辛さや苦しみの穴が開くたびに
お子さんは天国から急いでやってきて
天国の砂を穴にせっせと詰めてくれているはずだから。
あなたが元気になった時には消えてしまう天国の砂。

だから、悲しい時はうんといっぱい泣いて
その後は、お子さんがリュックにいっぱい砂を詰めて
スコップ持って、あなたの所にやってくること想像してね。



Rちゃん、ママのことしっかり守ってね。

2018年01月12日

食がもたらす自信と笑顔

食べた物は身体を作る、その事実はとても当たり前のことだけど
お子さんの病気の治療中、その影響で食欲が落ちてしまって
なかなか食が進まない時の親御さんの心は
一口、一口にはらはらしてしまいます。
あと、もう一口食べてくれたらなあ。。。

そんな思いで病院の栄養士に相談したお母様。
お子さんが食べれそうなメニューに変わって
お子さんがそれを食べたことを、嬉しそうにお話されていました。
大事ですね。専門職への相談は。
食べ物の持ち込みが許可されていない入院施設では
病院から出される食事は文字通り、こどもにとって、命をつなぐもの。
もちろん栄養満点の点滴はあるだろうけれど
やっぱり、自分の口から食べる食事は格別だものね。
栄養だけでなく「今日は食べれたぞ」っていう自信を
生み出してくれるものね。
お母様が一歩、踏み出したことによって
栄養状態の改善だけでなく、お子さんの自信ややる気を
促してくれることにつながるものね。
昨日と違う今日、そういう自分にお子さんは
気付けるものね。


食は基本。
だけど、案外ないがしろにされがちかもしれない。
どんな治療をするか、新しい薬を使うか……
そういうことばかりに気をとられてしまうけれども、
食べて、寝て、遊んで、学んで
こどもはそうして大きくなっていく。

あるお母様のお話を伺って
その基本中の基本に立ち返ることができました。


新しい治療、きっとうまくいく!
あなたが元気になることを、みんな応援しているよ。
元気になったらトーマス乗りに行かなくちゃね!

2018年01月05日

医師からもらった立ち上がる力

それまで元気だったお子さんが
あれ、風邪ひいたのかな?
そう思ったいたら急に具合が悪くなって
病院も次々転院しなければいけなくなって
これは現実なのか、夢なのかと
とても受け止めきれない時
医師から手の施しようがない、と言われ
愕然としたご両親。

そんなお母様が気持ちを切り替えられたのは
ある医師の言葉がきっかけだったそうです。
唯一の手段として説明されたその治療法
そこに踏み出せば、希望が見いだせると思えたそうです。
「ああ、もうこれしかない…」じゃなくて
「ああ、まだこれがあるぞ!」っていう発想ですね。
そこからは、とにかくポジティブに、ポジティブに過ごそうと
されていました。驚くほどに。
とても数日前、絶望の淵に立っていたとは思えないほどに。

後でその医師にお話を伺ったら
何か特別な励ましの言葉などを伝えたわけではなくて
医師として治療の説明を行っただけなんだけどなあ…。という感じ。
でもきっとそこには、お子さんを救いたいという医師の真摯な気持ちや
一生懸命さや誠実な実直さが伝わったんだと思う。
決して飾る言葉をちりばめていたわけではなくても。
むしろそんな言葉が必要なのではなくて
治療に伴うポジティブなことも、ネガティブなことも包み隠さず話して
でもネガティブなことがあったとしても、
それを覆していく治療法もあるのだということもちゃんと話して。
その子の命を救うために医師は最大のリスクを背負いながら、
それでもそこに挑んでいくのだから。

この医師に我が子の命の行く末を託せるのかどうか……
それはやっぱり実際に会ってみてその場の空気感で
心の中に湧きあがってくるものだと思う。
そこで気持ちが固まれば、あとはみんなで一緒に
元気になることを心に掲げて頑張るのみ。

そういう医師との出会いは、お子さんと家族にとって
何より大事だと思うのです。


お母様の笑顔、溌剌としていました。
我が子の回復、自分たちはしっかり手につかむぞっていう気持ちが
溢れていました。

新しい治療きっとうまくいく!
お兄ちゃんもあなたの帰りを待っているよ。

2017年12月26日

真理に立ち返って生きる力を得た少年

今日はとても嬉しい。
すごくすごく嬉しい。
東京の空は雲一つなく、青く澄み渡っているのだけど
そんな清々しい気持ち。
なぜならYくんのお誕生日だから。
2カ月とちょっと前、Y君のご両親はY君に残された時間が
ほんのわずかだろうと医師から告げられた。
ご両親が選んだのは医療機器に囲まれた
先進的な医療が受けられるICUではなくて
そばで落ち着いてゆっくり過ごすことのできる病棟での時間。
ご両親が目標にしたのはまずは1週間。
どうか週末が越せますように……って。
そんな風に心の中で願いながら。
彼等が過ごした時間は絶望と悲壮感漂う時間ではなく
とてもとても心あたたかな時間。

もちろんそこにはご両親の覚悟があったからできたこと。
悲しい涙の時間でY君の人生の時間を包むのではなくて
あたたかな時間で彼を守っていこうって
覚悟を決めたからだろうなあ。

Y君のご両親は今の一瞬、一瞬を大事にしていった。
そしていろんなことに感謝して、いろんな喜びを感じていった。
「目の前にもうある事や物や人を大切にしていると、
自然と良い未来が向こうからくるのかもしれません。」
お母様のメールにはそう綴られていた。
手のひらの上にある幸せに気付ける人は
手のひらの上にもっともっと幸せが舞い込んでくるんだろうなあ。
幸せを引き寄せる力を持っているのだと
彼女の姿勢、発言から私はいつも気付かされる。

週末を越せますように……
そう願い続けて、迎えた今日のお誕生日。
ああ、なんて素晴らしいんだろう。

この前、病室を訪れた時、Y君に声をかけたんだ。
「Yちゃん、あなたは本当に素晴らしいよ!」って。
足をもぞもぞしていたから、気持ちは届いたかな。

Y君ご一家にたくさんの幸せとあたたかな時間が
これからも積み重なっていきますように。

人は変わる。
変われる人は強い。本当に強い。
医師からの説明で凍りつきそうな心のままで
ご両親がもしも、とどまっていたら
きっと今のY君の時間はないだろう。

Y君、あなたのママは
あなたがこれまで歩いてきた道にお花がたくさん咲きますように…
そういう思いであなたとお別れになるかもしれない時間をスタートしたんだよ。
でも、今は看取りの時間なんかじゃないね。
あなたのとても大切な人生の時間。
看取りなんていう形容詞はちっとも似つかわしくない。
あなたの人生にはお花が咲くどころか、
世界中のいろんなところから祝福してくれる神様や天使が集まって
あなたを支える不思議な力があなたを包んでいるようだね。

Y君、お誕生日おめでとう。
本当に嬉しい。
あなたの命はキラキラしている。
他人はこれを奇跡と呼ぶのか?
いや、世間一般では「奇跡のようだね」と言うのかも。
でも奇跡なんかじゃなくて、現実。
じっとしていたらたまたま、夢のようなラッキーが起こったのではなくて
Y君とご両親とお兄ちゃんがみんなで一緒に手にしている現実。

高血圧に関係あるレニンという酵素の遺伝子の解読に成功し、
イネの全遺伝子暗号解読も行われた村上和雄先生は
この世界は科学だけでは解明のつかない
「サムシング グレート」によって司られていると説かれている。
そして人間の遺伝子はスイッチがONになっているものと
OFFになっているものがあって
自分の気持ちや行動によってその働きをスイッチONにできるのだと。
Y君のご家族の関わりはきっと悪くなる方向へ進むスイッチをOFFにして
良くなる方向へ進むために必要な遺伝子のスイッチをONにしたのだと思う。
そう考えるとやっぱり奇跡なんかじゃない。
人間の身体の本来有るべき望ましい姿、
真理に立ち返るためのサポートを
ご家族はやっていたことになると私は思う。
Y君の生きる力、それが神々しく見えるのは
そのせいかもしれない。

小さなこどもの生命力は、本当に深い教えに富んでいる。

2017年12月21日

キラキラしたエネルギーに包まれている女性

とても大きな手術を経て、
時には気持ちがへこみそうなこともあった彼女。
頑張ることに疲れてしまったこともある彼女。
でも様々な試練を乗り越えて
彼女は今、元気になっている。
自分の夢に向かって今は1日1日頑張っている。
そのはじけるような彼女の笑顔を見ながら
脳裏にはいくつかの場面が思い出され、
とてもジーンとしてしまった。

彼女は本当にキラキラして、
神々しいほどに生きるエネルギーに満ち溢れていた。
これまであんなに苦労した彼女。
思春期の女の子にとってそれはたまらなく大きな試練だったと思う。
だから、どうかもっともっと幸せになってほしい。

そして自分の夢を1つずつ叶えてほしいなあ。

赤ちゃんの頃から大きな病気を抱えて生きているこどもたち
決して悲観しないでほしい。
いつかはあなたも、あんなに素敵なレディになるほどの成長を遂げるのだから。
こどもの内に秘めているエネルギーって
本当に素晴らしいなあ。

2017年12月20日

もしも逆風があったとしても

お子さんの治療、
もうこれ以上何か新しい選択肢を選ぶことは
とても厳しいと言われた時、
不確実な未来よりも今確かに目の前にある現実の幸せを
追求することはごく自然な選択だと思うし、
とても大事なことだと思う。
でもそれじゃだめだと思う人もいるんだなあ。
現実から逃げた、と思うのだろうか?

確実な幸せを積み重ねていくことは
実は確かな未来を引き寄せていくことにつながると思うのだけど。
何を選択するか。それはそのこどもと親の自由。
どういう選択をしても
その子にとって一番の幸せを願って選択したことは
他人がどう思おうと一番の正解だと思うのだけどね。

その他大勢の人が選ばない方法を選ぶ時、
必ず逆風はつきものなのかもしれない。
でも、その逆風は今の幸せを積み重ねていくことによって
いつしか逆風の存在さえも感じることもないように
変わっていく。

あなたとお子さんが心惑わされずに
自分の選択を正解にしていけますように……。

私もかつて自分の治療でそういう経験をしたことがあるから。
そして5年経った今、その選択が本当に正しかったと言えたから。
だから逆風に惑わされないでほしいと切に思う。
あなたが悩み抜いて出した答えなのだから。

あるお母様のお話を伺ってそのように思いました。

あのお子さんとご家族にもっともっと幸せな時間が増えますように。

2017年12月16日

信じる力が生み出したもの ―辛さを乗り越える力を身につけた母

とても大きな手術を経てICUからようやく一般病棟へ移って
ほっとしたのもつかの間、今度は別の手術が必要になったり
コードブルーの館内放送がかかって
山あり谷あり、はらはらする日が続いたけれども
それでも、こどもの生きる力はすごい。
すっきり晴れた青空の良いお天気のもと、
おうちで家族水入らずの生活をはじめることができて良かったね!

こうして嬉しい退院の日を迎えられたのは
信じる力があったから。
お母様が我が子の生きる力を信じていたから。
そして、母自身の力も信じて頑張ったから。
お母様からのお手紙に綴られていた言葉。

母自身の力って何なのか?
それはどんなに我が子が苦境になっても、
そこから逃げないで、ママはあなたと一緒に頑張るわよ、っていう
辛ささえも手放さない力のこと、なのだと思う。
心の中は大雨なのに、ぐっとこらえて
心が壊れそうになりながらも
何とか頑張ってきた彼女。
その彼女がこらえきれずにポロリとこぼした涙は
本当に切なかったね。
でも、でも、彼女は辛さを手放さない力を
いつのまにか難局を乗り越えていく力へと変えていったのです。

お母様、最初にお目にかかった時よりも、
何十倍もしなやかに強くなっていました。

あなたがあんなにニコニコしてご飯を食べている姿
あの時のお母様には想像すらできなかっただろうけれど
辛かった日々は、いつか懐かしく思い返す日々へと変わったね。

これからは後ろは振り返らないで前を見る、っておっしゃった
お母様の笑顔がすごくすごく輝いていました。

そして我が子の看病を通して様々に知った経験を
これから同じような立場のこどもやご家族のために
何か還元していきたいと思うようになったのだそうです。
彼女とお子さんのお話は
絶望の縁すれすれに立っているご家族にとって
きっと希望の光になると思う。
信じるって大事だなあと。

信じたら、それだけで良くなるのか?
それじゃあ、治療なんていらないじゃないか?
そういう意地悪な見方をされるかもしれない。
でも、でも。
考えてみてください。
信じることによりその人自身の行動が変わってくる。
お子さんにかける言葉が変わってくる。
人が作り出す雰囲気、空気感が変わってくる。
それは医療の力でどうにかできる範囲を超えたところ。
そしてその雰囲気、空気感の中でお子さんが過ごすということ。
つまり信じるということは
医療の良い力をサポートしたり、加速させるために必要で
何よりお子さん本人にとって居心地の良い空気感の漂う病室を
作ってあげるということ。

入院中、自由に外出ができないこどもにとって
何となく気まずい病室の雰囲気の中でずっと寝起きするのか?
それとも、明るいトーンの中で過ごすのか?
もしもあなたがそのこどもと同じ立場だったら、
どちらを選ぶ?

信じるってそういうこと。
昨日よりは今日、今日よりは明日、
ちょっとずつ良くなっていくことを信じること。
そして昨日よりは今日、今日よりは明日
もしもちょっとずつ悪くなっても
きっと何日か先にはトータルで見たら
良くなっていくって信じること。

こどもの生きる力はすごい。
小さな小さな身体だけど、そこに秘めているこどもの生きる力は
大人の余計な邪念を払いのけてくれるほど。
それをあなたの小さな背中は教えてくれた。

ようやく待ちに待ったおうち。
パパ、ママと一緒にあなたがすくすく大きくなりますように。
これまで辛かった日が健康なこどもよりも何十倍もあったから
だからこそあなたには、これから幸せが何十倍もありますように。

2017年12月13日

間接的な支援が誰かを幸せにするということ

親御さんのどちらかが働きに出て、
もう一方が家にいる(専業主夫・主婦)の場合、
お子さんと関わる時間が長いのは、
家にいる方の親であることは自然の成り行き。
働きに出ている方の親がどんなにお世話したくても
お子さんと接する時間が少ないのは仕方ないですね。
とは言え、ジレンマを抱えてしまう。
どうしたらいいんだろうという方も多いことでしょう。

先日、あるお父様のお話を伺って「そうか!」と思うことがありました。
その方曰く、妻は自分よりも圧倒的に長い時間、子の世話をする、
だから自分は妻がどれだけハッピーに過ごせるかをサポートする。
それによって妻はハッピーな気持ちで子の世話をすることができる。
つまり妻をサポートすることが、
実はこどもをしっかりサポートすることになるのだと。

別に気負った感じもなく、
自分にとってごく自然な当たり前のこととして話していたお父様。
そのお話を伺いながら、何だかすごく心があったかくなりました。
限られた環境、条件の中で自分たちが幸せを作っていく、
そういう力強さを感じました。
男性も育児休暇がとれる職場なら、
父親が十分子育てに関わる時間もとれるでしょう。
でも現実的にそう恵まれた環境の人ばかりではない。
たとえば少人数の自営業や、フリーランスの人、
自分が休めば仕事を代わってくれる人がいないという時、
休めばそれだけ仕事は滞り、収入も滞るわけですから。
ですから上記のお父様の考えは、すごく理にかなっていると思いました。

私が30代の頃、某外資系企業で10年ほど会社員をしていた時期
そこでノルウェー出張の際、現地スタッフ(男性)に
こどもが生まれたという話題で和気あいあいと話をしていた時
彼は育児休暇をとる、と話していたのでびっくり。
ノルウェーではこども一人に対して取得できる育児休暇週数のうち、
その中でも父親がとらなくてはいけない週数があるから
男性が育児休暇を取るのは、至極当然の話だと言っていたのです。
そして「僕のこどもだしね。」「彼女も働いているし。」と
これまたさらりと。
同僚も「頑張れよー」みたいな感じで。

そしてデンマーク出張の際は朝の9時から会議が組まれていた時に
なかなか現地スタッフ(男性)が現われないので
どうしたのかなと思っていると
会議は始まって30分位経ってようやく顔を出したスタッフ。
別に焦っている様子もなく、悠然と「保育園にこどもを送ってきたから。」
周りの人も「当然でしょ」って感じで。
日本人の感覚だと、会議に遅れないように
早目に保育園に送るという発想だと思うけれども
それは国が違えば考え方も違う。
デンマークの朝と夕方、会社周辺の道路には
こどもを自転車に乗せた親が結構いました。
それも日本みたいに自転車の前、後ろに乗せる椅子タイプじゃないのです。
私がこどもの頃放映されていたTV番組「キカイダー」に登場する
サイドマシンみたいなタイプ。(今の若い世代は知らないかもしれない。。。)
バイクにリヤカーみたいなものが横付けしてあって
そこにこどもが座って居るのです。楽しそうに!
こどもにとっても乗っている最中の安定感はあるんだろうなあ。
走っているのは車道横の自転車道だから、
車道の波の中で右往左往というわけではないし。

話はちょっとそれてしまったけれども
自分が直接できない時に、間接的に関与して
結果的に物事がうまく回るようにする、
それは育児だけではないですね。きっと。
いろいろな場面に当てはまる考え方だと思います。
そう考えると、自分があるのも今直接的に関わる
誰かのおかげだけではなく、
目に見えていない間接的な誰かのおかげであること、
それをそのお父様の言葉が気付かせてくれた。

あのご家族、どうかもっともっと幸せになりますように!

2017年12月11日

長期入院するこどものきょうだいの成長

病気でなかなかおうちに帰れないお子さんにとって
面会に来てくれた兄弟姉妹と病室で過ごす時間は
かけがえのない時間ですね。

でもそれは普段おうちで生活している
きょうだいたちにとっても、同じこと。
熱心に看病する親御さんの背中を見て
時には自分だけ仲間外れになったような
そんな気がするかもしれないけど
時々病室に来れると、入院しているきょうだいの現実を
こどもなりに知ることができるから。
そして、病室で交わすささいなやりとりが
いつかかけがえのない思い出になっていくから。
いろいろな場面でこどもの心はたくさんのことを吸収していく。

あるお母様のお話から、強くそのように思いました。

お兄ちゃんの姿が成長して見えたのは
背が伸びただけじゃない。
心も随分成長しているからだよね。

今週もあのお子さんとご家族にハッピーなことがたくさん起こりますように!

2017年12月06日

あとは登るだけ

今迄お子さんがいろいろな治療にトライしてきて、
それがその時の最善の選択であったにもかかわらず
あまり思わしくない状況だった場合
これからどうしよう…と希望を見いだせない時もあるかも。
どん底のような気分になるかもしれません。
でもあるお母様はこんな風に考えるそうです。

「あとは良くなるしかないから。」
「あとは登るだけ。」

そうかあ。
シンプルだけど、すごくずしんとくる言葉。

「良くなっていくための環境づくりを整えるのが親の役割」と思うお母様。
それはお子さんが治っていくぞと強い力を秘めているって信じているから。

そしてあるがままの姿を受け容れると気持ちが楽になる、って教えてくれました。
ご自身のこれまでの苦しい経験の中から見出された言葉。
そうだなあ。そうできないから、そのギャップに人は苦しむ。



これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!
そして元気になったらお兄ちゃんと一緒に海に遊びに行こうね。
ママはあなたの元気になる姿を強く心に思い描いて、ママも頑張っているよ!

2017年12月04日

こどもの緩和医療が引き出す力と成長

2017年10月3日のブログ「こどもにとって緩和医療とは何か」
私の考えるこどもの緩和医療のあり方として
「お子さんがより心地良く過ごせる時間をどんどん増やしながら
その人本来の力を取戻すためのきっかけを作っていくための医療」
「現状の中でも精一杯生きようとする力をより強く引き出していくことにつながる」
と書きましたが、まさにその通りだなあって
改めて確信できることがありました。

今週も無事1週間過ごせた、そう思って迎える週末。
その週末を何度も積み重ねていくうちに
だんだんお子さんが調子よく過ごせる時間も増えて
そしてだんだん成長してるぞっていう様子も表情に現われてきて…
闘病中であるにもかかわらず見せる成長。
こどもって本当にすごいなあ。
大人から見たら小さな身体だけど、その小さな身体の中には
大人が想像できないすごい力が秘められている。
大人の何万倍もの力。
強靭で、逆境にも負けない力。
その力はご家族の愛情いっぱいの看病によって
本来の力以上に加速して身体の中を立て直している感じ。
こどもの緩和医療、それがきちんとしっかり行われると
本当に本当にこどもの原点に立ち返って
その子の原点の力を引き出してくれる医療なんだと思う。

あるお母様から届いた嬉しいお便りから
そのように思いました。

どうかあのお子さんとご家族に
今週もまたハッピーなことがたくさん起こりますように!

2017年11月29日

医師に対する信頼が生み出すもの

お子さんの長い入院生活が続くと、
面会に来られる親御さんも、医療従事者の働きぶりを目にする時間が長くなります。
そんな時、スタッフとの関係が馴れ合いとかになるのではなくて
何か心に新風が吹きこめるようなそんな存在だといいですね。
先日お目にかかったお母様は、ある医師の姿や言葉から、
我が子を治そうという強い情熱や意気込みを感じられて
とても信頼を寄せられると思えたのだそうです。
大変な治療であっても、子と一緒に頑張っていけると。
そして、ご自身も我が子以外にもこどもと関わる職業の方だから
自分もその医師の姿勢から学ぶものが大きいって思えたそうです。

日々の時間の中でそんな風に感じられるといいですね。
親が医師に信頼を寄せるかどうかによって、治療内容が変わるわけではないけれど
お子さんのベッドサイドで交わされる医師と親との関わりの中で
生まれる空気感がお子さんにとても良い空間をもたらすような気がするから。
そうした空間の中で過ごすことは少なからずお子さんの細胞に
じわじわと良いものが浸透して頑張れよーって応援してくれるような気がするから。

先日のお母様のお話からそのように思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!
そして元気になったらお兄ちゃんと一緒に楽しく遊ぼうね。
お兄ちゃんも首を長くしてあなたのことを待っているよ。

2017年11月27日

真心込めたお世話が生み出す幸せなひととき

真心込めたお世話や、愛情の力って
神様に願いが聞き届けられるのだなあ。
そう思えることがありました。
神様と言ってもどなたか特定の神様というよりは
宇宙の摂理とも言うべきでしょうか……。

もちろん行われている緩和医療が
そのお子さんの病状にぴったりあったものだから
お子さんが苦しくなくて、ぐーぐー眠れて、
起きている時も微笑んでいられる時間が得られるのだろうと思う。

でも、そこに更に拍車と磨きをかけているのは
やっぱり親の真心込めたお世話と愛情なんだと思う。

あるお母様のお話からそう思いました。

医師から厳しい話を受けた時
彼女が選んだのは、諦めの日々ではなかった。
医学的には確かに「そういう状況」かもしれないけれど
彼女はそういう我が子と過ごせる「今」の時間を楽しもうと思ったのです。

どうしてうちの子が?とか
悲しい、辛い…とか、もちろんそういう感情はあるだろうけれど
そうした感情を無理矢理封印したわけではありません。
そういう感情を感じる時間があったら
もっと別の感情でお子さんと自分との時間を充たそうと
思ったのかなあと思います。
悲しい…ってがっくり肩を落とす時間があるならば
その分、少しでもお子さんが幸せになれるような工夫を考える時間に回したくて
今の自分は何ができるだろうって頭をぐるぐる廻らせて
よし、これだ!って思ったことを実行に移している。

それは、真心込めた母の贈り物。
たとえこれからの時間が短くても、
あるいは医師の見立てよりもっともっと伸びても
時間の長短が問題なのではないのです。
だって短くても長くても、そのお子さんが一生懸命生きている証なのだから。

「人生で今が一番幸せ」ってはっきり口にできる彼女。
「今」を感じられる人はこれから先、時間を重ねて
「今」が「過去」になっても、幸せを感じられると思う。

なぜならそれは降って湧いたような幸せではなくて、
彼女が自分が探し出して、自分で生み出してきた幸せだから。
揺るぎのないものだから。


今週もあのお子さんとご家族に
ハッピーな時間がたくさん増えますように!

2017年11月21日

知らないところで、見えないところで。

お子さんの病気の治療、とても病状が厳しくて
現代医学の叡智を集めても、治すことを目指した治療法が
もう見つからないと医師から告げられた時、
親御さんの落胆は計り知れないものがあります。
でも、そんな時、何とかその可能性がないか、
あるいは今は無理でもこれからの未来に向けて
何か治る方法につながっていく糸口はないかと
医師が心を砕いていることを
親御さんに知ってほしいと思います。

治すための方法がないからといって
あなたのお子さんを医師は見放した訳ではありません。
お子さんの治療の手段がないと判明しても
それでもなお、どうにかならないものかと
思い悩んでいる医師はいるのです。
お子さんや親御さんに直接声をかけなくても
お子さんと親御さんがどうか心安らかな時間を過ごせるようにと
心の中でひっそり祈りつつ、
現実の壁、医師としての限界に苦悩されている医師もいるのです。

お子さんとあなたは決してひとりぼっちじゃない。
あなたの知らないところで、あなたの見えないところで
あなたとお子さんのことを思っている医師もいるのです。

それをあなたにどうか知ってほしいなと思って。

知らないところで、見えないところで。
お子さんとあなたが見守られているのだから。

2017年11月20日

空間から癒しの力を集結させる母

長い間お子さんが調子が悪い状態が続いていると
いつまでこの心配が続くんだろうって途方に暮れるかもしれないけれど
そういう状態でもお子さんの中に小さな変化があります。
それはもしかしたら、毎日長く接している親御さんよりも
普段頻繁に会わない第三者の目の方が
そうした気付きが得られるのかもしれません。
気持ちが行き詰まる時は
そういう新風を心の中に吹き込むと良いかもしれません。

こどもの生命力ってすごいなあ。
言葉ではうまく説明できないけれども
その存在に神々しい力が宿っているような
そういう気がしてならない。
今行われている緩和医療の良さが最大限力を発揮して
親御さんの放つあたたかいオーラによって更に相乗効果を得て
お子さんの生きる力は身体の奥底から引き出されているのだと思う。
どちらか単独でも、もちろん効果はあるのだろうけれど
それが重なり合うことによって
想像以上の生きる力を発揮しているのだと思う。

それはどういうこと?
側で見ているのが痛々しい…そんな時間を
お子さんが過ごしているのではなくて
平和な時間でお子さんが過ごせているということ。
寝ている時もお子さんがぐーぐー気持ちよさそうに過ごせていること。

覚悟と決意によって自分の思考癖を
ポジティブに変えていくように努めている親御さん。
それによって本当にすごい力が生まれ、実際に起こっている。
何か癒しの力を空間から集結させるような力。

人の感情は自分自身の認識、思考癖によって生まれてくるもの。
それを変えて、積み重ねていく時間が
お子さんの人生を一日、一日作っていく。

あるお母様のお話からそのように思いました。


今週もあのお子さんとご家族にハッピーな時間がたくさんありますように!

2017年11月15日

悲しいよりも……寂しい。

「悲しいよりも……寂しい。」
それはお兄さんとのお別れをして1年を迎える頃の
ある妹さんの気持ち。

でも彼女は、今お兄さんは楽しく過ごしているって
思えているんですって。
お兄さんの魂は、大好きな趣味の仲間が集まる場所に
自由にあちこち出掛けているって……。

だから自分は寂しくても、
お兄さんが楽しく自由に過ごせているなら
それはそれで、いいかあ…って思っている妹さん。

あなたのこと、お兄さんがしっかり強く守っているよ。
厳しい入院生活が本当に長かった分
お兄さんは今、自由に行きたいところに出かけて
やりたいことを存分にやって
充実した時間を過ごせていると思う。
そして充実すればするほど
そこで生まれた湧き出る力を
あなたを守る力へと向けていると思うよ。

お兄さんが1年前に亡くなった妹さんのお話を伺って
そのように思いました。

私はお兄さんに直接お目にかかることはできなかったけれど
あなたのお話してくれた活き活きしたお兄さんの姿は
私の心の中にしっかり記憶されたよ。

妹思いで、あなたの良き仲間で、良き同士だったお兄さんの姿を。

2017年11月13日

「余命」と誉れ高き命「誉命」

医療は日進月歩と言いますが、100年前も今も100年後も、
やっぱりその時、その時の限界はあるものです。
でも、医療に限界はあったとしても
人間の心の持ちようには限界はないんだなあって
あるお母様のお話から思いました。

とても、とても厳しい状況だと説明を受けて
心の覚悟もしなくては、という時に
人は心の持ちようで過ごす時間が変わってきます。
そうした心を持ち続けていると
何か見えない力がいろんな良い時間の流れをかき集めて
やがてそれを集約して望ましい安らかな道を作っていくのだと思いました。
お花も生えていない石と土と岩がごろごろの細い道だったはずなのに
今では沿道には秋の草花が咲き、実がなり、地面はふかふかの落ち葉が土を覆い
小鳥が鳴いて、広がる青空には時々ぽっかり雲も浮かんで
ただのんびり散歩するだけでも、
心安らぐ楽しい道へと変わっていくのです。

だからこそ、周りにいる大人が今できることに感謝したり、
小さな喜びを見つけ出して大きな喜びへと変えたり
そうした日々を積み重ねていくことによって、
お子さんの歩む道を整えることにつながり
その雰囲気がお子さんにも強く染み渡って、
不思議な力を生み出すのかもしれません。
お子さんを守る慈愛の力。
とても苦しいはずだろうに…
大人はそう想像してしまう時に見せるこどもの安らかな寝顔。
お子さんを守る慈愛の力が発動しているからこそ、
安らかに過ごせるのだろうと思います。

眠っているように見える時にも、魂は軽やかにお散歩しているのだから!

余命(よめい)何日、そういう話が出ても
それを誉れ高き人生「誉命(よめい)」に変えていく家族の心の取り組みが
こどもの緩和医療の医学的な恩恵を最大限に引き出すことにつながるのだと
お母様のお話から、確信いたしました。
誉命って言葉はそもそもなくて、さっき頭に浮かんだのだけれど
そのお子さんはまさに誉れ高き人生、誉命を生きているのだなあって思いました。


今週もあのお子さんとご家族にハッピーな時間が増えますように!

2017年11月06日

魂の居心地の良さが引き出す奇跡的な力

魂の居心地の良さは、病状が厳しい状況のお子さんにとって、
本当に大きな安らぎをもたらすのだなあと思いました。

小さな小さなこどもは正直ですね。
体裁を気にしたり、偽りの言葉を発することはないから。
その表情には本当の気持ちが素直に表われてくるから。

親御さんがお子さんのそばで「お子さんが今日できていること」を見つけて
それに感謝して過ごすと、その空間は驚くような質の時間を生み出すことにつながり
お子さんにとって奇跡的な力が引き出される……。
あるお母様のお話から、そのように思いました。

それはいったいどういう仕組みなんだろう。
宇宙の摂理? 神様の計らい?
何がどうなっているのかわからないけれど…

奇跡じゃなくて、それは当たり前なのかもしれない。
当たり前が当たり前じゃなくなってきたから、奇跡のような…と思うだけであって。

だけどやっぱり、悲嘆に暮れてしまいがちな時に、
日々、光を探して喜びを感じて過ごすことは
本当に大きな力を生み出す、ということは間違いない事実と思います。
その力とは「治る」という定義とはまったく別枠。
病気が決して治っているわけではないけれども
「今の状況よりも、もっとより過ごしやすい状況になる」状況へ近づく力。

あのお子さんとご家族に今週もハッピーな出来事がたくさん起こりますように…!

2017年11月03日

現実を受け容れて、強くなる父

待望の我が子が生まれた喜びもつかの間、
重い病気があると聞かされた時、愕然とした父。
とても信じられなかったけれども
お父様は変わり、一歩を踏み出しました。
そして誰よりもお子さんのことを愛して
一生懸命お世話をするようになりました。

病気は現実なのだから
そのショックをいつまでも引きずっていてもしょうがない、
このまま引きずっていたら、どこか自分に弱みができて怖くなる、
と思ったのだそうです。
だから気合を入れて、現実を受け入れて、
しっかり育てていきたいなと思ったのだそうです。

そしてそれは奥様の影響もありました。
奥様だって、本当は産後体調がまだまだだし
ショックも大きいのに、
弱音を吐かないで頑張っている奥様の姿を見たら
自分も頑張らなきゃと、思ったのだそうです。

頑張る、と言ってもその内容は壮絶でした。
ここまで、本当にご夫婦二人で力を合せて努力してきたんだなあと
心がじーんとしながら、お父様のお話を伺いました。
そして、このお父様なら
お子さんも、お母様もみんなで一緒に頑張っていける!と
強く思いました。


これからの新しい治療、きっとうまくいく!
そして元気になって、パパとママと海に行こう!
パパはあなたに見せてあげたいんだって。
美しいあの海を。

あのご家族にハッピーなことがいっぱい起こりますように!

2017年10月31日

奇跡のような時間を掴み取るきっかけ

どんなに医師から厳しい話を受けても
それがすべての終わりじゃない。
自分の気持ちを切り替えて
今、自分に何ができるか。
今、何によってお子さんが楽しくなれるか。
それを突き詰めて、頭に浮かぶことを1つずつ
親御さんがやってみる。

その積み重ねがお子さんの大切な
そしてあたたかな人生の時間を作り出していくんだものね。
先端的な医療とか、臨床試験とか、そういう最新の何かをトライできなくても
奇跡のような時間を掴み取るための第一歩
それは、案外皆、足元にあるのかもしれない。
素朴だけど、シンプルだけど「お子さんへの親の愛情」。
それはどんなに厳しい病状の中でも
お子さんの秘めている生きる力を引き出すきっかけになるもの。

あるお母様のお話から、そのように思いました。
そのお母様の話を聞くと、人間の可能性って
本当にすごいなあって、しみじみ思う。

そして幼くして重い病気であるこどもの人生は
すべてが病院に始まり、医療によって人生が作られるのではなくて
こども本人と親・家族が自分たちの意思を反映して
彼等が自分たちで作るものなんだなあって
つくづくそう思う。
それは当たり前のことだけれども、実際入院生活が長いと
なかなかそれが当たり前にできなくなることもある。
だから、そのお母様の話は心底、すごいなあって感動する。


どうかあのお子さんとご家族に
もっともっとハッピーな時間が訪れますように…。

2017年10月27日

小さな気付きの始まり

お子さんが急変した時、たくさん集まってくる医療従事者、
お子さんのベッドから離れたところで
お子さんの様子を見守る親御さん。
そんな時、親御さんは自分を無力だと感じるかもしれない。
「自分はこどものために何もできていない…」と。

でも「あれ?何か変。」「何かいつもと違うなあ。」
そういう親御さんの気付きが
お子さんを救うきっかけになったのです。
その気付きは決して小さなものではないのです。
それがすべての始まりになったのだから。

医療処置は医療従事者に任せれば良い。
だって、それが彼らの仕事なのだから。
気付きがどれだけ大きな力を持っていたか
どうか忘れないでほしい。
そしていつもお子さんをずっと見守っていた
親御さんだからこそ、小さな変化でも
見逃さなかったのだろうと思う。


あなたは無力なんかじゃない。
あなたは何もできていなかったのではない。

あなたの気付きが、
あなたが「何か変。先生を呼んで!」と頼んだことが
本当にすべての始まりになったのだから。
あなたの気付きは本当に素晴らしかったのだから。

あるお母様のお話を聞いて
そのように思いました。

お子さんが一歩ずつ、着実に元気になれますように!
お子さんも頑張っているよ!
ママの見守る祈りを生きる力に変えて!

2017年10月24日

覚悟が生み出す慈愛の時間とこどもの可能性

積極的な治療を進めるか、
緩和的な治療を進めるか、
そのどちらであっても、ご両親が
お子さんにとって一番良いと思われる方を選んだのだから
それはお子さんにとっての大正解なのだと思います。

だけど、どちらを選んでも
やっぱりその途中で
親御さんは自分たちの気持ちが大いに揺れることもある。
選んだ方の治療が良かったのか、そうではなかったのかと。

だけど、あんなに嬉しそうなお子さんの笑顔、
その瞬間、瞬間が生まれてくることが
迷いにとっての答えになるのだと思います。

現代の医学の最高水準で考えて
これ以上の治療は難しいなと思われても
親の注ぐ愛情と
愛情の作り出すあたたかい時間と環境は
奇跡のような時間を作り出すこともあるのだと思いました。

それは奇跡と言うよりも
起こるべくして起こっているのかもしれないけれど…

他の人から見たら、どんなに大変な状況だろうと思われることも
親御さんの意識の持ち方で過ごす時間が変わってくる。
そこから生みだされる環境は、医学だけでは決して作り得ない環境。
誰も予想し得ないこどもの生きる可能性を育むものが
親の愛情なのかもしれない。

その可能性とは「生かされている」のではなくて
「活き活きと生きている」と言える時間を過ごせること。

可能性を生みだす愛情は
親の覚悟によって
心を改めて仕切り直して
生み出されたものだから、
揺るがない強さを持つのかもしれない。

慈愛に満ちたあたたかな時間で過ごせるって
こんなにもこどもの可能性を引き出すのだなあと
あるお母様のお話からしみじみ思いました。

小さな身体の命は
とても大きなことを教えてくれる。

彼の笑顔がもっともっと、続きますように。
あのご家族がたくさんの幸せと共に過ごせますように。

2017年10月19日

お子さんの看病中の親御さん、時には気晴らしも必要です!

お子さんの治療、なかなか先が見えない時、
親御さんはこれからどうなっちゃうんだろうと不安がいっぱい。
でも、そういう時はあなただけがそう思うのではなくて
家族みんながそう思っているのです。

だから、気晴らしに出かけるときは
家族みんなでできることをすると
家族の中のモードが一気に変わる場合があります。
今、どんなに大変な時でも
それを乗り越えたら、あとで振り返った時
懐かしい思い出になります。
お子さんが大きくなった時に
「あの時、みんなで頑張ったんだよ」って
お話できるように…
今は気晴らしも大事な大事なプロセスです!
だから「こんな時に、不謹慎かも…」なんて
後ろめたく思わないで
ONとOFFしっかりつけていきましょう!

だって親御さんだって人間なのだから。
ずっと緊張とネガティブモードの中で過ごしていると
いつか親御さんがばててしまう。

先日お目にかかったお母様のお話から
そのように思いました。

親御さんの心の体力は
自分たちで作れるのだから!