2019年12月09日

小さな前進にその都度感謝する父

お子さんが長く治療のために入院している時
「今度こそは」「きっと大丈夫」
そう願っても、親の望むように
順調に回復する時ばかりではありません。
親御さんの方は気持ちはぐんと落ち込む。

そういう時どうすれば良いのだろう?

あるお父様はいろいろ望ましくない出来事が
起こったら、むしろそのおかげで
きっともっと良い結果につながっていくのだろうと
考えるようになったのだそうです。
急がば回れ、というように。

そして「大丈夫」と思える
何か小さなことがあった時、
「きっとこれをきっかけに、今から大丈夫だ」って
思いたい心の流れはあるけれど、でもそうしない。
そこで過剰に飛躍して
大きな幸運を期待することはしないで
小さな前進にその都度感謝することを
語っていらっしゃいました。

それは我が子の回復を期待しない、のではありません。
ある日突然予想もしなかった病気が
我が子の身の上に起きた時
親の気持ちはジェットコースターのように
アップダウンが激しい状況にさらされることになった。
そのような状況で彼自身自分の気持ちを
しっかりさせなくてはいけなかった。

薄氷を踏み進めるような時間を過ごしてきたからこそ
我が子の小さな前進は
彼にとって本当に大きな一歩であり、
決して見過ごすことなどできなかった。
そしてそこで彼にとって欠かせなかったことは
小さな前進に関わったあらゆる人・ものへの感謝の念を
忘れないことでした。
妻と一緒に喜びをあらためて噛みしめる。
一つずつを見逃さないように。

そのように彼らが過ごしてきた時間を振り返ると
心が洗われる思いがしました。

小さな前進。
その積み重ねが明日につながるのだものね。


周りにとっては全く変わりがなかったり
喜びにつながるような面を見いだせないことであっても。
そこに何か前進を見出せる人は
きっと幸せになる近道を知っている。


ゆっくり小さな前進を1つずつ増やして
お子さんがきっと元気になりますように。

2019年11月26日

できることとできないことを見極める父 ―「しょうがない」の底にある愛情

お子さんが重い病気でしばらく入院が必要で
退院したと思ったら、また入院。
それを繰り返すと、親の心も疲弊してくるのは当然です。
焦りもあったり、怒りも湧いてきたり
これからもずっとこうなのかなあって
不安になったり。

それでもそこから逃げ出すわけにはいかない現実。
どうすればいいのか?


「しょうがない。」
あるお父様はこれまでのことを語る時
その言葉を何度も口にしていました。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
それを聞きながら
彼にとっての「しょうがない。」って
暗示の言葉なのかもしれないって思いました。
自分の心の振れ幅が大きくて
自分自身がまいってしまう時は
「しょうがない。」って自分に言い聞かせてみる。
親が努力して、どうにかできることもあれば
どうにもできないことがある。
それが分かってはいても
できるまでどうにかしないと気が済まなくて
どうにかできないという事実は
まるで自分が努力を怠っているせいのような罪悪感が生まれてくる。
まじめにひたすら一途になってしまう人ほど
そういう傾向に陥りやすいのだろうと思います。
そして親の気持ちはどんどん気持ちは苦しくなる。


「しょうがない。」
きっとそれは自分を解放するための魔法の言葉。
自分の手の届くこと、届かないことを見極める、
それは大切な親の役割の一つなのだと思います。
手の届かないことに無力感を感じるのではなく、
努力しようとしたその心の余力の分を
手の届く、そしてお子さんにとって
良き結果を導きやすい何かのために
使えば良いのだと思います。
「しょうがない。」と繰り返す彼の言葉の中に
その言葉の底辺に流れるお子さんへの深い愛情と
これまで積み重ねてきた多くの葛藤を
垣間見た思いがしました。

2019年11月13日

「え? そういうことだったの?」 ―謝る父の心の底にあるもの

入院生活は大人もこども誰にとってもストレスです。
大人は理性でどうにか自分の気持ちを抑えることができたとしても
幼いこどもはそんなわけにはいきません。
「どうして自分はうちに帰れないのか?」
「どうして自分は自由に遊べないのか?」
「どうして自分はこの点滴やらなくちゃいけないのか?」
「どうして自分ばっかりこんなこと。」

もちろん親や周りの医療者は
そのこどもの年齢に応じてわかるように
しっかり説明していたとしても
「だけどさー」

そうですよね。
わかっちゃいるけど、だけどさー。
イライラが募る、でもどうしようもない。


あるお父様がおっしゃっていました。
面会の時に何かをきっかけにお子さんが怒りを見せたら
それをなだめるのではなくて、
そこから怒りをもっと広げさせるのだと。
そしてとにかく、とにかく自分が謝るのだと。
それが理不尽なことであったとしても。
決して自分が悪いわけではなくても。

「甘やかせているの?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

そうではありません。
何かの怒りをきっかけに、
これまで抱え込んで、浮上させていなかった
様々な入院生活の中での怒りを
そこでわーっと一気に噴出させる。
お子さんだって自分が父親に放つ言い分が
「それはお父さんのせいじゃないよ」って
自分でちゃんとわかってはいても
言わずにはいられない。
誰かにこの思いを聞いてもらわずにはいられない。
だけどそれを普段付き添ってくれているお母さんに
言うわけにはいかない。
こどもだってわかっているから。
親を困らせてしまうって。
きっと自分の気持ちを聞いたお母さんは
辛くて泣いちゃうだろうから。


じゃあ時々面会に来るお父さんなら困らせてもいいのか?
いや、そういう簡単な話じゃない。
困らせることはわかってはいても、
でもお父さんならきっとどうにか受け止めてくれる。
それを幼心の中にも薄々わかっている。


そういうお子さんの気持ちを全部お見通しで
仕事で忙しくて普段付き添いのできない彼は
妻の代わりに我が子のストレスのはけ口を引き受けていたのでした。
妻だって我が子と同様に辛い時間を過ごしているのだから
せめて自分ができることをなんとかしたい、と。


饒舌ではない彼の少ない言葉の中には
お子さんと奥様への愛情が滲み出ていて
心がジーンとしました。

病気のこどもや家族のストレスは
いろいろな形の支え方がある。

彼のお話を伺ってあらためてそう思いました。


これからの治療、決してたやすいものではないけれど
どうか元気になりますように。

2019年11月08日

ぐるぐるした心を救ってくれる方法は? ―良い結果を導く疑似体験

お子さんが長く入院している時、
どこがどう良くなってきているのか
親の目にはなかなか感じ取れない時もあります。
今のこと、これからのこと、
考え始めると抜け出せないような閉塞感に陥って
悩むことによって自分は今よりもっと苦しい思いに
駆られてしまう、そういう場合があります。
あるお母さまがおっしゃっていました。
そういう時は何か別のことをするのだと。
それが自分の心を救ってくれるのだと。

台所で洗い物をする。ただ無心に。何も考えず。
洗濯ものを干す。ただ無心に。何も考えず。
一日の中で何か「やらなくてはいけないこと」の
流れの中に身を置いてみると
意外にもそれが自分のぐるぐるした心を救ってくれます。
たとえば家事。
えーそんなー。
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
だけどこれが救世主となる。
思い返せば同じようなことを語っていた方が
以前にもいらっしゃいました。

お子さんの病気に関わる問題は
すぐに解決しないことばかりです。
たとえ自分がどんなに心痛めたとしても。

そういう時は別の何かによって
すぐに解決する疑似(?)体験をすることが
大事なのだと思います。
何かする。そして良い結果がすぐに出る、
そういうとてもシンプルなこと。

洗い物をして、台所のシンクがきれいに片付いた。
洗濯ものを干して、お日様の力できれいに乾いていく。
自分が何かやったことによって導かれる良い結果を
自分で確認することができる。
なんだか心が少しホッとする。
とげとげした心の中にちょっと穏やかな時間が流れる。


問題が長く続く時、親の心もうまく整えていくことは
すごく大事なことだと思います。
親だって人間なのだもの。

彼女のお話を伺ってそう思いました。
何か別の時間の中に身を置く
それは現実逃避ではありません。
問題にずっと逃げないでこれからも向き合っていく。
その覚悟の表われなのだと思います。

2019年11月02日

しっかり者で冷静、その裏にあったもの −ある父の話

お子さんの病気が親の想像をはるかに超えて重く、
次から次へと物事が移り変わっていく時、
親御さんがそこでテキパキと動けていたり、
周りに見せる表情があまり崩れないと、
「しっかりしている親御さんね」とか
「あのおうちは大丈夫ね」というように
周りから見られることもあるかもしれません。

もちろん本当に大丈夫、なのかもしれません。
だけど必ずしもそうではないことがあります。

本当は時間の流れの勢いから一度降りて
ゆっくり立ち止まって考えたのに
とてもそんなことをしている余裕もない。
それの繰り返しが日々重なっていった。
だから少し状況が落ち着いて
自分の決断を求められる場面の頻度が減った時
無性に涙が出てきたり、
一度零れ落ちた涙がとめどなく続くようになると
周りの人々も、あるいは自分自身も
「どうして今?」そんな風に戸惑うかもしれません。

あまりにも辛い時、
心の中で防御反応が強く働いて
それ以上感情が動かないようになっているのかもしれませんね。

だからそれは決して「クールに受け止めている」
わけではなく
「落ち着いているから大丈夫」なのでもありません。
そして涙が止まらなくなっている時は
ようやくその防御反応が緩んで
心が自分に「今なら泣いてもあなたはどうにかやっていける」って
許してくれている時なのだろうと思います。
だから過去の分まで、感情を停止させた分の出来事が
再浮上してくる。
そして涙が止まらない。


周りから見て何かアンバランスなように見える時
それだけその親御さんは苦しい道のりを
ずっと我慢してきたことの表れだと受け取ってほしいです。
そして話すことでお子さんの病状、問題が解決するわけではないけれど
親御さん心の中で置き場のない感情を
一度自分の外に出してみることにより
心の波風が少しだけ収まることがあります。

あるお父様の涙を見て、そのように思いました。
苦しい時間、よく耐えてこられたなあと
彼のお話を伺って心がジーンとしました。
踏ん張り時の今、
この時期は試練ばかりで切なくなるけれど
そうやってきたあなたの頑張りは
誰よりもお子さんが一番知っています。

少しずつ、少しずつ良くなりますように。
「日薬」も大事なお役目があります。
時間は辛さばかりを運んでくるものではなく
時間を味方につけてほしいです。
待つことは苦しいけれども。

2019年10月31日

未来を見据えて強くなった母

待望の赤ちゃんが生まれて、ほっとして
嬉しい、でも慌ただしい毎日が始まった頃
我が子が難病である可能性があると
病院から知らされたのでした。
思いもかけないその知らせに
一生分の涙をそこで流した赤ちゃんの母は
ご主人と文字通り二人三脚
二人でこの子を守っていこうと決意したのです。

こどもの体調の異変に少しでも早く気付こうと
神経を研ぎ澄ませ、頑張ってこどものお世話をしました。
それでも自分の思った通りに事が運ぶ時ばかりではありません。
そんな彼女を心の中で支えてくれた強い信念がありました。
それは過去をどんなに振り返っても
そこにはもう戻れないし、修正できるわけではないのだから
今をちゃんと、ちゃんと過ごしていこうと。

当初泣き崩れていた彼女が
そんな風に強くなれた理由を尋ねてみると
常に頭の中で未来を考えていることを挙げられました。

今の日々の様々なことが未来の我が子につながっているから。
だから様々な選択の場面が登場した時、
彼女はいつも未来の我が子がどう生きていてほしいか、
それを1番に考えました。
そのために今自分は何を選ぶべきなのか、何をするべきなのか。

その積み重ねによって
彼女のお子さんの世界はどんどん広がっていきました。

そしてもう一つ、彼女が強くなれた理由は?
どうしようかと途方に暮れる自分を
常にしっかりとご主人が引っ張ってくれたからだそうです。
それはより一層ご主人への信頼を深めることとなりました。


未来を見据えられる人は、
自分が変わる強さを持っている。
そこに信頼関係があればなお一層のこと。

そして過去は誰にも変えられないけれど
誰もが未来を変えるチャンスを持っている。
望む未来により近づけるように。
その未来とは不確かなものではなく
確かに現在から続いていくもの。
彼女のお話を聞いてそう思いました。

新しく始まる治療、
きっとうまくいきますように。

2019年10月25日

果てしなく沈む気持ちと向かい合う時 ―ある母親の話

お子さんが長期入院が必要な重病とわかった時、
親御さんは果てしなく沈む気持ちを
どう引き上げれば良いのか、
それは本当に切実な問題です。
昼間はどうにかこうにか頑張ることができても、
夜寝る前になるとどんどん気持ちは落ち込む。
なかなか寝付けない。気付けば、うとうとして朝になる。
気持ちを切り替えよう。
でもうまくいかない。

そんな日が繰り返し続くと、
だんだん面会に行ってお子さんのそばにいることさえ
苦しく思えてくる。

そういう時どうしたら良いのでしょう。
あるお母さまは周りの入院患者さんたちの
親仲間の言葉が力になったのだそうです。
「自分のこと責めちゃ駄目だよ。」
「こどもの元気を引き出すためには
親がポジティブでいることがすごく大事なんだよ。」
そう言葉をかけてくれたのだそうです。

彼女はそこからいろいろな気付きを得ていきました。
誰かがこの状況から救い出してくれることを待つのではなく、
どうにかしようと自分でまずは思わなくてはいけないのだと。

そこで彼女が始めたことは
自分の気持ちの中の負の連鎖を断ち切ることでした。
そしてお子さんのことも大事だけど
自分のことも大事にするようにしていったのです。
食べること。寝ること。
それは人間の基本だから。
苦しすぎる心の棘を忘れていくことも。
そして心細い時、ご主人に気持ちを本音で語ることも。
それが彼女を支えていきました。

彼女は元々ポジティブな方だったけれど、
お子さんの病気のことで自分自身が揺らいでしまった。
だから元の自分を取り戻そうと努めていきました。


足元が揺らぐ時、
もう自分自身が立っていられない、
そう感じる時、
まずは自分が立っていられるようにすることが
何より先決だと思います。
そして、そこからすべてがまた
始まっていくのだと思いました。

彼女の話を伺いながら
心がジーンとしました。
不可抗力もいろいろ重なって
彼女にとっては本当に大きな試練が
次々立ちはだかったけれど
何とか立ち上がろうとした若いその母の姿に
とても感動しました。


ポジティブになったと思っても
やっぱりそんなにうまくはいかない時もあるけれど
それはそれで、良いのだと思う。
親だって人間だもの。


だけど彼女には思い出してほしい。
あなたは前進と後退を繰り返しながらも、
前よりは少しずつ心が強くなっていることを。
その日々の少しずつの積み重ねが
あなたの心にはしっかりと蓄えられていることを。


あなたは立派なお母さんだなあって、
私は心からそう思う。
あなたの頑張りは誰も見ていないのではなくて
どこかで誰かが必ず見ているから。

2019年10月15日

親御さんの間で険悪な雰囲気になった時

お子さんが長く入院していると、
親御さんの方もどこか心の余裕が少なくなって
父・母それぞれの意見がぶつかり合うと
なんだか思いもかけずに険悪な雰囲気になってしまうこと
ありますね。


そういうモードになってしまった時、どうしたら良いのか?

あるお母さまがおっしゃっていました。
たとえ夫が自分とは違う意見であっても
その意見の出発点は
こどもを大事に思う気持ち、であること。
それは自分とちっとも変わらない。
だから自分の言い分だけじゃなくて
相手の立場も尊重するように考えたのだそうです。

そして必ずいつもお互いしっかり意見は言い合うけど
結局「こんなことで今、喧嘩している場合じゃないね」って
良い雰囲気で終わらせるようにするのだと。


その二人はお子さんによって
だんだんそういう風に変わっていったわけで。。。

若いご夫婦なのにすごいことだなあって思いました。
変われる人って逆境に強いしなやかさがある。
そう思いました。

2019年10月03日

見守ることも、待つことも大事なこと

我が子が何度も入院を繰り返して、
どうしてすっきり治らないのか?と
もどかしい思いを抱えている親御さんが
いらっしゃるかもしれません。
治療、回復が遅々として進まないように
自分には思えてしまい
焦りが更に不安を呼び込むことも。

治療を開始しようと思っても、
いくつかの条件が揃わないと始められないこともあります。
ようやく、と思っても別の要因で
すぐに取り掛かれなかったり。

でもあるお母様は気付いたそうです。
見守る、待つことも大事な一つだと。
そう思い至ったのは
我が子の病気とは全然関係のない所、
自分の仕事の経験を通してだったのでした。

自分が何か物事を変えるために動くだけがすべてなのではなくて
本質の部分に大きな変化を求める時には
自分は見守る、待つ役割に回ることも必要なのだと。
そしてそれは決して無関心ということではないのだと。

そうは思ってもやっぱり、そういう時期に
自分の気持ちが平静でいられるわけじゃない。
動いているように見える周りと比べて
落ち込んだり、イライラしたり。

その解消策として彼女は仕事に出かける時間を大いに活用しました。
「我が子の看病もある、仕事もある、家事もあるなんて!」
「仕事どころじゃない」
そう思いがちだけれども、
彼女のお子さんは長い経過をたどる病気で
親が仕事を1週間休めば元気になる、という類のものではなかった。
良くなったり悪くなったり
こういう状態が何カ月になるか、何年になるか
なかなか先は読めないけれども
それも我が子の抱えている事情なんだ、と
彼女は受け入れたのでした。

その事情を含めて自分たち家族が生きていく、
生活を成り立たせていく。
それが我が家の家族の生活だから。

経済的な基盤をしっかり支えることは
看病とはまた違った色合いを持つ重要な側面です。
彼女は仕事中、一生懸命仕事に専念するようになりました。
そして病気以外のことを考える時間は
結果的に自分の心を救ってくれたのだそうです。

また、看病や仕事、家事で身も心もパンク寸前だった彼女を
救ってくれたのは夫や看病仲間との会話であり、
「自分が1番大変なんじゃない。大変なのはこどもなんだ。」
と思い返して病院に向かったのだそうです。

彼女のそのお話を伺って心がジーンとしました。
ずっと長い間そうした一生懸命な時間の積み重ねが
彼女の醸し出すあたたかさや優しさや根底にある強さに
つながっているんだなあと。

そういう一生懸命さ、必ず、必ず報われる時が来る。

思わぬ時に思わぬタイミングで。

2019年09月18日

過去に縛られないで歩みを進めようと決めた父

できるなら時計の針をあの頃に戻して人生やり直したら、
こんな苦労のない楽な人生だったんじゃないか・・・
人それぞれ、形は違っても
人生の中でそう思う瞬間があるかもしれません。

我が子の体調・成長が思わしくなく、
なかなかその原因がつかめないまま
時間ばかりが過ぎていき、
ようやくはっきりとわかってきた時
これまで自分たちが選んで進んできた道より
もっと良い道があったはずだ、
そんな確証はどこにもなくて、誰にもわからないけど
あの時、あの時・・・と心に湧き上がる。

あるお父様はおっしゃっていました。
あの時・・・そう思うのは親であって
本人である我が子がそう思うのではないのだと。
親である自分は今の問題に直面して、
クリアしていかなくちゃいけないんだと。
逃げて、後悔しても何も変わらないんだと。

悩んでいる間にも時間は過ぎていく。
それが我が子の人生の時間でもある。

だから彼は父として
過去よりも「今」と「将来」に
フォーカスするようになったのでした。
そして我が子の病気の問題が次々明らかになっていても
しっかり向き合える自分でいよう、
そういう起動力を持とうと思ったのだそうです。
これからも我が子の人生続いていくのだから。
将来我が子がしっかりと幸せを感じながら
社会の中で生きていけるために。
それを見据えて我が子に必要なことは何かを考える。
この世で結んだ縁で生まれてきたのだから。

人生何十年も生きていても
なかなかそんな風に自分で悟れる人ばかりじゃない。

もちろんきれいごとばかりではいられません。
彼もストレスにつぶされそうな時もある。
余計なことをあれこれ考えて
心がいっぱいいっぱいになる時もある。
だから、お子さんとたくさん遊ぶのだそうです。
自分が疲れて「もう寝ようか」って思うくらい
一生懸命こどもと遊ぶ。
寝てしまえば次の日の朝は心がリセットできるから。

そういう境地に至るまで
どれだけ葛藤を繰り返してきたのだろう。
彼のその姿を思った時、心がジーンとしました。

2019年09月01日

「仕方ないね……」その言葉の裏にあるものは?

ご夫婦でお子さんの病気の話している時、
病状が上向きになっている時ではなくて
病状が思わしくない時、
パートナーが「仕方ないね……」と言ったら
あなたはどう思いますか?


「そうだよね……」と思うか
「仕方ないね、ですませないでよ!」と思うか。


状況にもよるけれども
「仕方ないね」の発言に対して
後者のように相手に怒りを感じたり、
無責任な発言のように感じたり
「簡単にそんな風に言わないでよ」と思ったり
お互い険悪な雰囲気になってしまう場合が
多いかもしれません。


だけど「仕方ない」と言った本人は
決してそんなつもりで言ったわけではない。
悩んで、苦しんで、
とても受け容れられなくて
我が子の病状をどうしようもできない自分に
無力感を感じたり
どうしてなんだ?って
心の中でいくつもの葛藤を繰り返して。

それでも親としてその状況を受け容れるために
「仕方ない」って自分自身に言い聞かせて
向き合ってきた。
決して諦めているわけじゃなくて。

彼にとって「仕方ない」とは
希望がないとか、投げやりになっているとか
そんな心のありようを表している言葉では
なかったのでした。
自分がいくら否定したくても
変えられない事実、
それは我が子が抱えている事実だから
自分ももがいて、あがいて
なんとか受け容れようとしてきたことを表す
言葉だったのでした。



短時間のうちに言葉の表面の部分だけ聞くと
とても大きな誤解をしてしまいます。
あるお父様のお話を伺って
そのようにハッと気付かされました。


「仕方ない」そう言って受け容れる、
その最初と果てにあるのは
変わらない我が子への愛でした。


何年も苦悩を重ねた末に
そういうスタイルを編み出して
彼は受け容れて来たんだなあ。
そう思うと心がジーンとしました。

2019年08月28日

今、自分は何にフォーカスすべきか? ―不安を整理して立ち向かった父

突然、我が子が命が危ぶまれるような病気だと聞かされたら
誰だって、平常心ではいられません。
その現実を否定したいし、
どうしたら良いのだろうと
何が何だかわからない状態の中で
時間ばかりが過ぎていき、
自分自身を見失ってしまう。
そして出口のない道に迷い込んでしまったような
閉塞感でいっぱいになってしまう。

そういう時、人はどうすれば良いのだろうか。

あるお父様がおっしゃいました。
人は悩みに翻弄されている時、
それは自分の心の中がぐちゃぐちゃで
まったく整理ができていない時。
それを自覚して、問題を見極めて
自分自身に言い聞かせることが大事なのだと。

言い聞かせるって、何を?

それはいたってシンプルな問い。
その問題は自分の努力でどうにかできること?
できるなら努力すれば良い。
じゃあ、自分の努力でどうにかできない時は?
誰かの力を得ることによって解決できる可能性があるなら
そちらに進めば良い。

解決法がある、それがわかっただけでも
勇気百倍、そこでその道に進めば良いのだから。
自分でできないからといって無力感を抱く必要はないのです。
自分一人で何とかしなきゃって気負う必要はないのです。

お父様のお話を伺いながら
「そうかー!うん、うん。」って
こちらまで道が開けたような爽快な気分になりました。


若いのにすごいなあ。

彼の年齢の頃、若かりし頃の自分に遡ってみたら
私はとても彼のような気付きは得られていなかった。
だけど彼はもう既に、とても大事なことをわかっている。
そしてそれを日々の中で実践している。


そうやって悩みや余計な不安をそぎ落とすことにより
彼はどうしたのか?

「今、自分は何にフォーカスすべきか?」を見極めるように
なったのだそうです。

そのそぎ落としによって使わずに済んだ自分の力を
今度は家族のために使うようにしたのだそうです。

すごいなあ。格好いいぞ、パパ!
きっと病気のお子さんも、
そして奥様も、ご家族みんなが
彼の思考パターンによって
どれだけ心強く思い、
励まされてきたことだろう。
お子さんが大きくなった時、
ぜひ、知ってほしい。
あなたの父がどんなふうに苦境を乗り越えてきたのか。


世の中には本当に素晴らしい若者がいるなあ。
静かな感動が心の中にずっと広がっていきました。


今は家族みんなにとって踏ん張り時だけど
いつかみんなで幸せをうんと感じられる時が来る。
きっと来る。

2019年08月14日

1日1日が精一杯すぎる、と思う時

お子さんを出産後、NICUにいる我が子に
1日わずかな面会時間を求めて毎日病院に通い
退院後もまた別の病院に入院したり、と
なかなか気が休まる日々がなかった彼女は
それでも「周りの人のおかげで随分自分は助けられている」と
感謝を語っていたのでした。
前向きで溌剌とした表情。
とても素敵な笑顔の彼女。

でも1日の中で波があって、何も考えたくない時があるのだと。
1人でいたい時があるのだと、彼女はぽつりと漏らしました。
「1日1日が精一杯すぎて……」
考えないようにしているのは
自分が傷つかないようにしているかなって。


抱えきれないほどの問題があった時
いつもいつも真正面からそれに向き合おうとすると
どこかで心のひずみが出てくる。
1人になって、考えないようにすることは
決して現実逃避しているわけではないと私は思う。
親だって人間だもの。
もう最後の最後に追い込まれて、
もう私ダメです、パタリ。
みたいになる前に
そうならないように彼女は
うまく自分を調整していたのだと思う。
だから深みにはまる前の予防策だと思います。
考えないようにすることは。


1人なって、思考停止させて
そこで少し休んで充電できたら
また元気なお母さんとして彼女は復活してきた。
これまでそう頑張ってきた彼女の時間を思うと
何だか心がジーンとしました。


大事なことと思います。
親が自分で自分の心を守ることは。
それはひいてはお子さんのためにもつながるのだから。

2019年08月12日

「いや、大丈夫だよ!」 ―そう言い交わす母の心

お子さんが赤ちゃんの頃からいくつも病気があって
成長の過程で何度も入院を繰り返していると
時には「どうしてこんなにうちばかり
大変なことがあるんだろう」って
思うこともありますよね。
それは親御さんだけでなく、
段々大きくなってきたお子さん自身も
そんな風に感じるかも。

そばで見ている親御さんは
お子さんの率直な気持ちがわかるから辛い。
でもどうしようもない現実の中で
親御さんの方も何と声をかけて良いのか
わからない時もあります。

あるお母様が仰っていました。
大変だよね……っていうスタンスよりは、
「いや、大丈夫だよ!」というスタンスにして
自分はお子さんに接するのだと。

それは無責任な発言ではありません。
今迄だっていくつも大変なこと経験して
そのたび、乗り越えて来た。
だからこの先、どんなふうな展開になるかわからなくても
きっと大丈夫だって思う。
それはお子さんの耐え抜く力を
知っているし、
そのもっと大きな可能性を信じているから
言える言葉なんだ……
彼女のお話を伺っているうちに
そう思いました。

きっと何度も繰り返してきたのだろうなあ。
彼女の心の中でも。
「ああ、なんてかわいそうなんだろう。」
「こんなに小さいうちから……」って。
溜息と葛藤と。
だけどその繰り返しの中で
「いや、大丈夫だよ」
そういう気持ちが湧き出るようになってきたんだなあ。

彼女はお子さんのこと、一人の人として見ていました。
いつか、我が子も大人になって
自分の元を巣立って、人生を歩むようになると。
そういう将来を見据えて
いつも「病気だからって」逃げ口上を作るんじゃなくて
病気と向き合って独り立ちしていける力を
養えるように、接する。
その中で自然と口をつくのだろうなあ。
お子さんが弱気になった時に
「いや、大丈夫だよ」と。

彼女がお子さんとこれまで歩んできた時間を想像すると
心がジーンとしました。


今が踏ん張り時だから、頑張ってほしいなあ。
そのお子さん。

大丈夫だよ、だってあなたは
これまでも何度もそうやって乗り越えて
大きくなってきたんだから。

そういう強さを秘めた人なんだから。あなたは。

1万人に1人、そういう発症率の病気だとしても
それはすなわち1万人に1人しかないすごい力、
生き抜く力を秘めている人なんだよ。あなたは。

今のあなたの頑張りは必ず次につながる。
そしてひと山越えたら、
これから見えてくる風景は
もっと清々しくなるから。

2019年08月03日

何度も質問する親の心の背景にあるもの ――目標を掲げて日々頑張りたいと願う母

「いつ頃、どんな回復が起こってくるか」、
病気のこどもの親にとって、
いつも気掛かりで頭から離れられない問いですね。
病棟で医師の姿を見かけると、
どうしても尋ねたくなる。
たとえついこの前、聞いたばかりだとしても。

もしかしたらこう思う医師もいるかもしれません。
「この前の説明をちゃんと聞いていなかったの?
 そんなに数日で大きな変化はないけれど。」

でも。でも。
もちろんちゃんと聞いていますよ。
親の理解不十分とか、焦りとか、
そういうことじゃないのです。


「目標を掲げて日々頑張りたいから。」

あるお母様のお話を伺って
そういうことなんだとわかりました。

元気になってこどもが退院できる日を
一日千秋の思いで待ちわびているから。
たとえ数日でも「あれからどうなった?」って
すごく知りたいから。
我が子にどういう病状変化が起きて
これからまたどう変化していくのか気になるから。
だから、尋ねる。


日々、変わっていく病状にあわせて
たとえそれがどんなに小さな変化であっても、
自分も目標を変えながら、
親としてこどものためにできることを頑張りたい……
だから、少しでも変わったことがあるならば
知っておきたい。
そういう彼女の思いに心がジーンとしました。

2019年07月31日

1つ1つ優先順位をつけて ――強さを携えていった父

お子さんが重い病気と診断されて、
涙ばかりが溢れる日々を過ごした後、
「こどものために、自分がしっかりしなくては……」と
あるお父様は思ったのだそうです。
自分が泣いても事態が変わるのではないなら
もうこどもの前で泣くのはやめようと。
それでもやっぱり父親だって感情ある人間だから
一人の時に泣いていたのだそうです。
そうやっていくつもの波を乗り越えてきたけれど
病気の再発、そういう説明を医師から受ける時は
気持ちがズシンと落ち込みます。
だけど1つ1つ片付けなくちゃって思うんだそうです。
優先順位を付けて。1つ1つ。

お父様のお話をうかがって、
心がジーンとしました。
大変さを乗り切っていくたびに
段々強さを携えていくその父の姿に
お子さんもきっと心強く思っていることでしょう。

人は変わる。
変わろうとする気持ちを持つ限り。
父としてこどもをしっかり支えるために。
穏やかにお話されるお父様の横顔を見て
そう実感しました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年07月29日

病気のこどものきょうだいが嘘をつく時

お子さんが入院して、親が面会や入院付添のために
病院通いがはじまると
お子さんの幼いきょうだいの心の中にも
だんだん変化が起きてくることがあります。
親の心の中に自分の居場所がないような気がして。
時には自分に注目を集めたくて
嘘までついてしまうことも。
幼い心の中で「病気のきょうだいのように大事に思ってもらうには
自分も病気にならなくちゃいけないんだ」
そういう発想が出てきてしまう。

嘘は決して褒められることではないけれど
何だかそのお子さんのお話をお母様から伺って
胸がきゅーとなりました。

その時、あるおうちのことを思い出しました。
数年前の話になります。
妹ちゃんがずっと長く入院していたので、
親はずっと面会に通っていたけれど
週に1回はお兄ちゃんのための日と決めて
お世話は病院に任せて
お兄ちゃんとしっかり遊ぶ日にしたのだそうです。

短期入院であったならば
家で待つきょうだいに
我慢させることも一つの教育ではあるけれど、
退院の目途がなかなか立たない長期の場合、
家族みんながまとまっていくためには
どうすれば良いのか、
そこを考えることって大事だなあと思いました。


かつて小児外科病棟に看護師として勤務していた頃
私は親が面会に来ていないおうちのお子さんには
より一層、気を配って接するようにしていました。
それぞれの家庭にそれぞれの事情があるのだから。
そしてこどもたちは難しい事情を知る由もないけれど
その状況の中でよりハッピーに過ごしたいものね。

2019年07月22日

望む未来を引き寄せるために強くなった母  ―今できることをしっかりやる

医師からお子さんの治療についていろいろ説明を受けて
これからどうなるんだろうって、途方に暮れる時。
あるお母様はご主人とそのたび話し合って
一緒の方向を向くことができたのだそうです。

「今できることをしっかりやるしかない」と。


気持ちは焦る、あれもこれもと。
だけど、今できることをしっかりやる。

それがとても、とても大切なのだろうと思う。

そういう今の積み重ねがお子さんの回復につながるための
揺るぎない布石になるんだなあって思いました。

2019年07月12日

みんなと違う、その日常を受けとめるために父が心を砕いたこと

病気のために制限しなければいけない食事や運動、
それは大人であっても大変ですが
幼いお子さんがその必要性を理解して守っていくことは
実に大変なことです。
お子さんだけでなく親御さんも。

そして「みんなと一緒」であることに
安心感を見出すような年頃のこどもは
みんなと一緒のことができない自分に引け目を感じたり、
時には理不尽だと怒りを感じることもありますね。
場合によってはそうした違いが、
いじめの対象になってしまうかもしれない。

それでもお子さんの命を守り、現状悪化を防ぐために
どうしてもやらなくてはいけないいくつもの制限。

あるお父様はお子さんが幼い頃からずっと
そもそも人は皆違うのであり、
他人と違うことは決して悪いことではない。
他人と違うことが良いことなのだよと
教え諭してきたのだそうです。

そのお話を聞いて心がジーンとしました。
父が折に触れ語り、それに耳を傾ける子の姿を想うと。

きっとそのお子さんは父の言葉を聞くたび
自己肯定を積み重ねて来たんだろうなあ。
それはすごくすごく、大切なことだと私は思う。

お子さんは父の言葉によって次第に
自分から違いを理解した自主的な行動を
とるようになったのだそうです。


その後、思い出した詩がありました。
金子みすゞ女史の詩「私と小鳥と鈴と」(※)です。

5年前こちらのエッセイでも取り上げたことがありますが、
平易な言葉で真理を突いた詩なので、
またご紹介したいと思います。


「私と小鳥と鈴と」

私が兩手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。

(※)金子 みすゞ(1984)『金子みすゞ全集 V さみしい王女』,JULA出版局, p.145


幼い頃から「自分の違い」を自然に受けとめて来たこどもは
「他者の違い」を受けとめる懐の深さを持つんだろうと思う。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年07月05日

未来を拓く

お子さんにいろいろ行われてきた治療に加え
更にまったく新しい治療が始まる時、
期待を寄せる気持ちはある一方で
本当に大丈夫なんだろうか、と
不安になる気持ちもありますね。
そうした気持ちを全部ひっくるめて
「未来を拓く」そう表現されたご家族がいらっしゃいました。

決してたやすい道ではないけれど
新しい治療によって
今迄できなかったことができるようになり
それがお子さんの自信につながって、
気持ちも性格も明るくなる。
そういう日々を積み重ねることが、
その子の未来につながっていく、
未来を拓くってそういうことだそうです。

いい言葉だなあって思いました。
「未来を拓く」

今日は明日、明日があさって、
それが1カ月、半年、1年先へと繋がっていく。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年06月25日

「どうにかなる」 ―信頼を時間と共に醸成してきた母親

我が子の病気の行く末を考え始めたら
あれもこれもと不安な気持ちに収拾がつかなくなる、
そういう時、親はどうしたら良いのでしょう。

考えてもどうしようもできないことってありますね。
それは過去の時間に遡ることもそうだし、
そもそも原因不明で当時どうすることもできなかったり
それでもやっぱり考えてしまって
どんどん気持ちは落ち込んだり……。

「どうにかなる、と、そう、思う。」
あるお母様が教えてくれました。
どんな大変なことが起こっても
どうにか道は開けるって、ことです。

もちろん時々、ふと悲しくなることはあっても
「大丈夫、どうにかなる。」そう気持ちを切り替える。
そして、落ち込む波に自分がさらわれないようにする。

その言葉の裏には
関わっている医療者への信頼があるってことですね。
親の持っている情報や理解をフル回転させて
八方塞がりだ、って思っても、
医師たちはあらゆる方法を駆使して
お子さんに必要な医療の道を探し出してくるのだから。

彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。
なぜなら「どうにかなる」の裏には
希望を絶やさない気持ちが強くあるから。

「どうにかなる」と思う時間の積み重ねは
事態を「どうにかする」ことにつながるんだと思いました。

手放しで無責任に時間の流れを傍観しているのではないです。
医療者への信頼を根底に
「どうにかなる」と心を強くしっかり保つことは
良い運気を引き寄せるための秘策です、きっと。

そういう風にこれまでずっと頑張ってきた彼女の笑顔が
とってもキラキラまぶしく見えました。

「どうにかなる」と思っている間
「時間」すなわち日薬が必要な時もあります。
それは親にとってなによりもどかしい試練かもしれないけど
時間をお子さんの味方につけるには
やっぱり親御さんは「どうにかなる」って思うことが
大事なんだと思います。
黙っていても親の心の波動はこどもに伝わるものね。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年06月22日

俄然強くなれる父、でも本当は……

自分自身のことだったら
気持ちがすっかり折れてしまったはずだけど
「我が子のこととなると、俄然強くなれるんですよ」って
あるお父様は笑っていました。

どんなに医師から我が子の病状、厳しい話を聞かされても
気持ちをシャキっとさせて、
前向きな姿勢でいられるって。
きっと良くなるからって思って。


本当は人一倍繊細で打たれ弱いはずだけど
自分は父である、その責任感が
自分を強くしてくれたのだそうです。
そのお話を伺って心がジーンとしました。

強くなる分、どこかで反動もでてくる。
そんなに頑張るばかりの日々でいられないものね。
人間だから。
それはやっぱり当然です。
でも、それはそれで良いのだと思う。
そこでしっかり弱さをお手当出来るすべがあれば
また元気なお父さんでいられるものね。

親だって人間なのです。
特に幼いこどもの親は
まだ自分自身の人生経験、
それほど積んできたわけではないのです。
何十回も難局が立ちはだかって
その都度、何か智恵を得てきたような
そんな年長者とは違うのです。

だからこそ、私は思う。
若いながらも「こどものために自分がしっかりしなきゃ」
そう自分を鼓舞して、頑張る若い人々は
なんとすごい人間力を持っているのだろうかと。

あなたの強さは、
お子さんの力強い未来を引き寄せる。


新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

2019年06月07日

絶望から這い上がった母親 ―後悔しないために何ができるのか?

我が子の病名としてこれまでまったく無縁の世界だった
難病の名前を告げられ、
絶望しか感じられない時、
人はその闇からどう這い上がれるのでしょう?。

あるお母様は考え始めるときりがなかったけれど
自分ができること、それは何だろうと考えたのでした。
自分がこどもの病気を治すために
すべてをできるわけじゃない。
治療方針を定め、手術、投薬……
それらは医師にしかできないこと。
そこにいくら思いを巡らしても
結局自分でどうにかできる範囲ではないと
彼女は思ったのでした。

でも、親だからこそできることがあります。
それはいくつか医師から提示される選択肢の中から
親が幼いこどもに替わって
最も良い、と思う方法を選択していくことです。

だからこそ彼女は、
その時、その時をちゃんと考えていったのだそうです。
あとで、後悔しないためにも。
自分のできることをちゃんとやろうと。

今の瞬間をちゃんと考えて
そうやって積み重ねていく時間の集合が
お子さんにとってより良い未来を
引き寄せることにつながっていったのでした。

私がもし同じ立場に置かれたならば
同じだけの時間、苦悩に晒されたならば
そんなに風にポジティブでいれただろうか?
きっと途中で心が折れて
あれやこれやと周りに対して
負のエネルギーを発散してしまったことだろう。


考えてもどうしようもないことに
思いを囚われてしまうよりも
彼女は今できることにフォーカスする。
彼女のこれまでの軌跡、
その凛とした姿勢に
とてもすがすがしい思いがしました。

新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

決してたやすい道ではないけれど
彼女の思考はきっと
物事を好転させていく力になると思う。

2019年06月03日

リスクを引き受ける覚悟がもたらすもの ―新しいことに挑む父の言葉

お子さんが新しい治療に挑む時、
期待していたような回復の道を
着々とスムーズに進むとは限りません。
一進一退の病状、
その遅々とする様子に
お子さんを見守る親御さんは
もどかしくてたまりまらない、
という方が多いかもしれませんね。
いつかは元気になるぞ、そう思っても。

そういう時、親はどう乗り切っていけば良いのでしょう?

あるお父様がおっしゃっていました。
失敗するリスクを引き受ける覚悟が大事なのだと。
失敗、と表現するとすごく強烈だけれども
「思ったように物事が運ばないリスク」
と言葉を置き換えて考えてみると
もっと当てはまる状況が広がるかもしれません。

そういう風に心が決まったっら
どんなことが起きてもきっと何か道はあるだろうって
彼は思えるようになったのだそうです。
だからお子さんと自分たち家族は大丈夫だって。
そしてリスクを引き受ける覚悟が
自分自身を励ましてくれることになったそうです。


ああ、そうやって彼は様々な難局を
お子さんとご家族と共に乗り越えて来たんだなあ。
その道のりを思うと、心がジーンとしました。


新しい治療、紆余曲折があっても
お子さんとご家族の望む未来へ
必ず繋がる道となりますように。

2019年05月25日

手術の恐怖で心が押しつぶされそうな時

お子さんの手術日が決まって、
あと何日、そう数えていくうちに
手術への恐怖がどんどん大きくなって
親御さんは身の置き所のないような不安定な気持ちになること、
それは決して心が弱いからではありません。
ごく自然な気持ちの流れです。

そんな時はどうすれば良いのか。

手術を執刀する医師だけでなく
様々な関係者があなたのお子さんのために
入念に準備をし、話し合い、
最善の方法で取り組もうとしていることを
忘れないでほしいです。
そうした人々へ親御さんが強い信頼を寄せること、
それは親御さんの心をより一層強くしてくれることにもなります。

治療の過程は山あり谷あり、
一直線に短期間で元気になりました!
そんな風にいくものではありません。
どんなことも、これから良くなるための過程の一つなんだ、
どんな事態が起こっても、担当の医師たちが
力を結集して対処してくれる、
そう信頼を寄せることができるようになると
これからやってくる「元気に退院する日」に向けて
親御さんも頑張ることができるのです。

お子さんの医療に携わる人々への信頼、とても大事です。

あるお父様のお話を伺ってそのように強く思いました。


同時に、お子さんだけでなく
親御さん、あなた自身にも
そうした人々が気遣いを寄せていることを忘れないでほしい。


これから始まる新しい治療、
きっとうまくいく!

元気になったら、いつかまた
日が沈むまでパパと一緒に遊んだ
家の近くの公園に遊びに行こうね。

2019年05月20日

胎内記憶のつながりと共に無力感から新しい力を生み出した母

赤ちゃんが生まれる前のお腹の記憶、
そして命が今世で宿る前、
転生する前にしばらくお休み期間の記憶を赤ちゃんは持っている、
という胎内記憶のお話があります。
その記憶を信じる、信じない、
いろいろな立場や意見があるだろうけれど
あるお母様は胎内記憶を信じて
難病の我が子が自分を選んでくれた、
と思っていたそうです。

病気を選んで生まれてきて、
一緒に乗り越えようとする親をどうするか、
そこで自分が選ばれたのだと。
大変な人生をわざわざ選んだ勇気ある赤ちゃんが
自分を親として選んでくれたことに
自分は自分を誇りに思うとお話されていました。

そういう気持ちで子育てをしていたら
日常の考え方の向かう先が変わっていったそうです。

どうすることもできない事実に直面した時
人は無力感に打ちのめされてしまうものだけど
彼女はそうやって新しい力を生み出していったのでした。

まだ若い、柔らかなかわいらしい雰囲気の彼女の心の底には
力強さがみなぎっていました。

お子さんが天に帰った後も、
これから一生懸命になれるものを探そうとしていた彼女。
お子さんの導きが彼女の道を照らしてくれると思う。

2019年05月12日

親が自分の心を守ること

お子さんが重い病気でしばらく入院が長引いている時、
今のことで精一杯でとても先のことなんて考えられない、
という親御さんがいらっしゃいます。
明るい未来が心の中でどうしても描けなくて
過去ばかり振り返って後悔して……
そして、そういう自分にも嫌気がさしてくる、という方も。

時間に追われる毎日を過ごしていると
お子さんの看病、面会、家に残してきた他の子のこと、家族のこと
家事のこと、仕事のこと、それを一生懸命にやっているにもかかわらず
自分は空回りしているような、何一つ成し遂げていないような
自分自身にそんなむなしい気持ちがこみ上げて来る方もいらっしゃいます。
特に入院中のお子さんに対する24時間付添を病院から求められる場合
自分の世界と外の世界が切り離されたように感じる方も……。

そういうモードにどっぷり浸かってしまった時は
一度、外の空気を吸いに行ってほしいです。
それはたった30分であったとしても。
いつもと違う環境の中に身を置くだけで
時間の流れや見えてくるもの、感じてくるものが新鮮になるから。

何か行動を起こす気力がない、そういう時は
外の風にあたって今の時期、目覚ましい成長の
新緑の枝葉を眺めてほしいなって思います。
きっと自分の内側を流れる気が変わっていくから。
冬の間すっかり葉が落ちて枯れ木のように見えていた木が
今では日々青々と若葉を茂らせていく様子、
それは成長のエネルギーの塊です。

親が自分の心を壊れないように守っていくことは
病気のお子さんを支えていく上で、
何よりも大切なことの1つなのだと思います。
先日お目にかかったお母様の涙が、それを教えてくれました。

2019年04月27日

心細さが救われる時

お子さんの治療の過程の中で
親の期待通りの良い時もあれば
そうではない時もあります。
焦ったり、迷ったり、心揺れたり、苛立ったり……。


あるお母様は教えてくれました。
心細さのあまり、自分がどこかに吹き飛ばされそうに思う時
ご主人と一緒に考えれば、気持ちがしゃんとするということを。
自分の気持ちを「そうだね」って賛同してもらったり、
一緒に頭を悩ませて物事を考えて、決めたり
ご主人とそういう時間を積み重ねて得られる安心感は
何よりも彼女の心を救ってくれるのだそうです。


彼女は自分がご主人に支えられている、と思っているけれど
きっとご主人も奥様に自分は支えられている、って思っているだろうなあ。


新しく始まる治療、きっとうまくいく。

2019年04月22日

信じる人と共に選ぶ道

こどもが入院して、いろいろと大変な治療を受けている最中、
医師から幾つかの選択肢を提示され
これからどうしようか、という時
親御さんの中には不安や怖さを強く感じる方もいらっしゃいます。
治療の選択ができない幼いこどもの場合、
その決断は本人の代わりに「親」に委ねられるから。

自分たちの選択を我が子も同じように望んでいるのか、
それが大きな治療であればあるほど、迷いはつきないものです。


あるお父様は自分はぶれないのだと
お話されていました。
奥様と二人で一生懸命考えて選んだ我が子の治療に対して
気持ちがぶれたりしないのだそうです。
奥様のことをとても信頼しているから
二人で真剣にとことん話し合って出した選択に
迷ったり、揺れたりしないのだそうです。


大きな決断をする時、信じる何かって
すごく大事ですね。
信じるものがあると、人は強くなれます。
信じる未来、そこに至るまでの道は
決して容易ではないけれど
信じる人と共に真摯に向き合って
決断した我が子の治療の道は
きっと信じる未来、引き寄せたい未来に通じるはず。

お父様の穏やかで、でも力強いお話を伺いながら
そのように思いました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年04月17日

「辛いのは自分だけじゃない」 そう気付いて希望を掲げた母

お子さんがとても重い病気で治療を受けている時、
病状が一進一退、なかなか思うように回復しないと
親御さんの気持ちは後ろ向きになってしまうこともあります。
過去を振り返り
「あの時こうしていれば、こんな風には……」
と思ってみたり、「でも……」と思ってみたり。

あるお母様は何度も厳しい話を医師からされて
本当は辛くって、どうしようもない気持ちだったけれども
ある時、気付いたそうです。
今、この状況で一番頑張っているのは我が子なんだと。
そして、おうちで待っているきょうだいたちも、
すごく、すごく頑張っているのだと。
辛いのは自分だけじゃない。
家族みんなが同じ状況の中で頑張っているんだ、
そう思った時に、気持ちを切り替えたのだそうです。

いろいろあっても、これから元気になるぞ。
今苦しいのは、その途中経過に過ぎない。
だからこどもが頑張っている時に、
親が下を向いてどうするんだって。

そして希望をしっかりと心の中に掲げるようになりました。

彼女の横顔には悲壮感はちっとも感じられなくて
むしろとてもあたたかい、優しい力に溢れていました。

苦しい、辛い思いをたくさん経てきた彼女は
どこか突き抜けたんだろうなあ。
信頼し合っているご主人との絆も
前よりも一層深まっていました。
彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。


時間がかかっても元気になって
我が子と共に家族の待つおうちに帰る未来、
それを彼女はしっかりと思い描くことは
自分の日々の時間を立て直すことにもつながりました。
自分が心身ともに崩れてしまったら
面会に来ることもできなくなるから。
親だって人間だもの。
入院が長期にわたることが見込まれる時は
親自身の心と身体をお手当することはすごく大事です。


これから一日、一日、少しずつ
きっと、これから元気になるね!

2019年04月03日

我が子の病理解剖を後で悔やむ時

お子さんが亡くなった後、病理解剖を受けられる場合があります。
あるお母様はお子さんが病理解剖を受けてしばらく経って、
後悔したのだそうです。
一つの身体に収まっていたいくつもの内臓が取り出されて
ばらばらになったら、
我が子の魂はどこに行ってしまうんだろうと思って……。

別のお母様は病理解剖を終えて戻ってきた我が子を抱きしめた時、
その軽さがあまりにも衝撃的で、亡くなった時とは別の
新たな喪失感に襲われたことを語っていらっしゃいました。


我が子の病理解剖を医師から提示された時、
承諾されるご家族の気持ちは、きっと二通りあることでしょう。
一つはお子さんが亡くなった時の身体の状態がどうであったのか、
詳しい理由をちゃんと知りたい、という気持ち。

もう一つは病理解剖によって得られた結果が、
これから病気の解明や新しい治療の可能性の研究に
役立つことを希望して承諾した、という場合。

前者は我が子のためであり、家族のためでもあるもの。
後者は将来、同じ病に苦しむこどもたちの救いに
役立つものではありますが、
我が子の結果がいつ、どんな風に役立ったのか
はっきりと実感できないことは寂しい限りですね。


でも思うのです。
お子さんはこの世の命を終えた後も、
医師や研究者の力を借りて、
これから生まれ来る同じ病気のこどもたちのために
大切で貴い働きを続けることができるのだ、と。

病理解剖、それはお子さんがこの世で生き続ける
新たな命の形の始まりなのだと思います。


時間軸と立場を変えて考えてみると
10年前、20年前に同じ病気であったお子さんは
今よりももっと治療の選択肢が限られていて
あなたのお子さんより随分早く逝っていたかもしれない。

でも彼ら・彼女らの当時の病理解剖の結果で得られた知見は
その後の医師たちに当時よりも良い治療の道を教えてくれた
だろうと思います。
そしてその知見はきっと
あなたのお子さんが病気と闘っていた時に、
力になってくれただろうと思います。


親御さんがお子さんの病理解剖を承諾したことを悔やんで、
自分を責めたりしないでほしいです。
病理解剖を承諾したこと、
それはお子さんがこの世で新たなお役目を引き受けて、
この世に生き続けるチャンスを親が与えてくれたのだから。
新たな治療の可能性を導く、
そういう素晴らしい仕事を担うチャンスを親が与えてくれたのだから。

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2019年03月30日

このしんどさはいつまで続くのかと悩むこと ―自宅で重い病気のこどものお世話をする時

育児だけでも大変なのに
そこに病気のお世話の要素が加わってくると
ママやパパは本当に大変です。
数日間踏ん張れば、回復する……
そういう病気にかかっている時は
なんとか気力でどうにかできることもある。
でも気の緩められない状態が24時間ずっと、
それがいつまでも同じように何カ月も何年も、
あるいは今よりも徐々に悪くなっていくのだとしたら
おうちでお世話をする家族にとっても
心身共に大きな疲れが及んできます。
親だって生身の人間なのですから。
机上の理想論だけで物事は進むはずないのですから。

あるお母様がこうおっしゃっていました。
我が子を心から愛しているし、
本当にかわいいけれど
終わりのない介護ってしんどい……と。

赤ちゃんは成長と共におむつがとれて
自由に動き回れるようになって
やがて大人と同じような食事で
みんなで食卓を囲むことができるようになっていく。
おしゃべりをして気持ちを通わせたり
お出かけしていろんな発見をすることもある。
お世話が大変な時期があっても、
それがずっといつまでも続くわけじゃない。

だけど、病気によってそうした成長が望めないこともあり、
すなわち親はずっとそのお世話が続くのです。

彼女の中で「しんどい」そういう感情が芽生えた時
彼女はまるで自分の人生が無くなってしまうような
そんな気持ちに襲われたのだそうです。

いつまでこの苦しさが続くのかなあ……
ふと、そんな気持ちに駆られた時
そう思う自分自身に嫌気がさしてくる。

だけど、同じような時期に出産した女性が
楽しそうにこどもとお出かけしたり
仕事に復帰して、活き活きしている姿を見ると
自分一人が時間の中にポツンと取り残されたような
そんな気持ちになったのでした。

そして。そういう自分の心の揺れや葛藤を
彼女は誰にも話すことができないまま
悶々と時間だけが過ぎていったのでした。
ただただ、過ごして、
一日やり切る。
当時を振り返ると、そういう感じだったのだそうです。

誰かに話せばいいのに……
そう思う人もいるでしょう。
でも、人によっては
「話す」ということはなかなか勇気のいることです。
「こんなこと言ったら相手は自分をどう思うだろう」
そう思い始めたら、結局は本音を語れなくて
自分を内に閉じ込めてしまうのです。

そしてこどもの前で笑顔でいなきゃ、
そう思いつつも、いろんな思いが募って
鬱々とした気持ちが拭えない。


辛かったんだなあ。
本当にここまでよく頑張ってきたなあ。
堰を切ったように話す彼女の頬に
ポロポロと涙がこぼれていくのを見て
彼女の過ごしてきた時間の重さを感じました。

他人に助けを求められない……
今迄はそうだったかもしれないけれども
やっぱりそれでも、
勇気を出して助けを求めてほしいと思う。
ひととき、苦しい状況から距離を置く時間をとるだけでも
気持ちの行方は少しずつ変えられるのだから。
少しずつ、それがあなたを救う蓄積に変わるのだから。

2019年03月24日

ママは全部受け止めるからね ―たとえ短く逝ってしまう人生であったとしても

ようやく検査の末に病名がわかって、
よしこれから本格的に治療だ!
そう思った矢先、医師の口から出た言葉に彼女は
愕然としたのでした。
こんなに医学が発達した世の中であるのに、
我が子の病気を治せる方法はまだないのだ、と。

そして我が子に残された時間はそう長くないと知った時、
ショックでうちのめされそうになったけれども、
我が子に「良い思い出を作ってあげたい」
その思いが胸いっぱいに広がっていったのでした。

そして心に決めたことが二つ、
まずは我が子の現実についていき、
自分のできることを精いっぱいやるしかない、と。
長くない時間だからこそ覚悟が決まって、
気持ちを切り替えることができたのだそうです。

もう一つは我が子を不安な気持ちにさせない、ということ。
お子さんは敏感に彼女の感情を察知するからこそ、
できるだけいつも笑顔のママでいようと
思ったのだそうです。
自分のせいでより一層不安にさせたくなかったから。

そして彼女は段々強くなっていきました。
我が子の死を受け入れられない、ではなくて、
ママは全部受け止めるからね、って。

もちろん死に行く我が子の行く末を
親がそうやすやすと受け入れられるわけではありません。
事実を否定したいし、
誤診じゃないか?そうも思いたい。

でも彼女は「ママは全部受け止める」と思った。
それはすなわち、これからどういう展開になっても
それがまるごと我が子の人生だ、と事実を受け止めようということ。
長く生きることができても、短く逝ってしまったとしても
その人生を否定することなく、
全部丸ごと受け止めるからね、ということ。

どんなに親が愛情のあまり「こんなはずじゃない」って
お子さんの病気の具合のこと、だんだん死が近づいていることを
否定したとしても
その人生を生きているお子さんは
自分の人生から逃れられないものね。


全部丸ごと受け止めるからね、
その母の決意は
お子さんにとって何よりも大きな安らぎを
心に呼び寄せられる決意だったのだと思う。



時折、涙を浮かべたり、懐かしく微笑んだり
語る彼女の横顔の裏に
実はどれほど深い苦悩があったのか。
彼女の話を伺いながら、心がジーンとしました。

2019年03月18日

ポジティブだけじゃいられないから

長い入院生活の果て、ようやく迎えたお子さんの退院、
嬉しさとほっとした気持ちがある反面
自分で思うように動くこともできなくて、
喉に詰まった痰もうまく出せなくて
自分で食事もとれないお子さんの命を守っていくのは
自分のお世話にかかっているんだ・・・
彼女はその責任と覚悟をしっかり胸に刻んだのでした。

それでも母親だって一人の人間です。
自分も心身のバランスを崩すことだってあるのです。
24時間、看病、お世話に気を張り巡らさなくてはいけない生活は
彼女の心を段々と追い詰めていったのでした。
夜中、おむつ交換したり、注入のミルクをあたためながら
反応のないお子さんを前に
感情が手の指からすり抜けて落ちていくような
そんな気持ちになっていたのでした。
深夜ぼーっと一人考えながら
時が止まっていたのでした。


自分が落ち込んでいる時、それでも他人と接しなくてはいけない時には、
無理矢理自分を作るようになりました。
ポジティブにね、なんて言われると
「そんなになれないよ!」と心の中で反論する自分もいたのでした。

だけど彼女の心の一番奥底にあった感情は
「ポジティブになりたい」だったのだそうです。
様々な時間と紆余曲折があって
彼女がたどり着いた答えは
ネガティブなことも、葛藤も全部経て来たからこそ、
本当の意味でポジティブになれるんだ、ということ。


彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。
長い迷路のような道の時間を随分過ごしてきた彼女自身だからこそ
語れる言葉だなあって思いました。

2019年03月13日

落ちるところまで落ちてもいいんじゃないか、と気付きを得た母

お子さんを亡くした後、
随分時間が経ってから
自分の本当の気持ちに気付いたあるお母様。

常に頑張っているのに、力が湧いてこない、
そんな状況が続いたのでした。

でもある日思ったのだそうです。
何もそんなに頑張らなくても
落ち込んでいたら、それはそれでいいんじゃないかと。
落ちるところまで落ちて、
廃人のようにしばらく過ごしていようと。

無理して自分の気持ちに偽って振る舞う日々は
彼女にとって大きな心の負担になっていたのでした。

そして彼女はこう思ったのだそうです。
そのうちやがて、誰に言われるでもなく、
自分自身が「そろそろ、気持ちを上げて過ごそうかな」って
思うようになる、と。


苦しい時間を過ごしてきたんだなあ。。。

彼女の横顔を見てそう思いました。

2019年03月09日

自分の身の置き所がないほど辛くても

お子さんを亡くした後、慌ただしい時間の中で
自分のまわりにも大きな変化が起こって
そこからいくつかの月が巡って
ようやく一段落経った頃、
彼女は突如苦しい思いに駆られてしまうようになりました。

ふと浮かび上がってくるお子さんの思い出が
自分の心を強く絞めつける。
そこに伴う感情は懐かしさではなく、苦しさが甦る。
だからあんなにたくさん撮っていたお子さんの写真も
限られた数枚のもの以外、見ないようにしたのだそうです。

彼女は周りにも自分の苦しさを語らないで
一人でため込んで抑圧してきたそうです。
それでもやっぱり行きづまりを感じて落ち込む。

でも本当はそんな自分のことを自分自身、否定したいから
無理に強い自分を演じていたところもあったのだと。

通勤途中の電車の中、
誰かとお話をしている時、
そんな苦しい瞬間が訪れてしまうと
そこから自分の身の置き所が無くなって、
まるで自分の体が存在しないような感覚に襲われるのだと
彼女はお話されていました。


本当に苦しかったんだなあ。
そのお話を伺いながら彼女のこれまでの時間を思うと
心がジーンとしました。

彼女はいろいろな辛さの中から
新しい目標を見つけて頑張ろうと
今、心の中に決めていることがあるそうです。
すごいことだと思う!
彼女に敬意をはらいたいなあって思いました。
きっとそういうママのことを
天国からずっと見守ってきた
お子さんの力もすごなって思う。

苦しさの時間の中で目標を見つけ出した彼女は
とてもキラキラしていました。

来年の春には「桜咲く」だといいなあ。

2019年03月05日

語ることの意味と力

ある日突然、お子さんが今迄聞いたこともないような病気になって
様々な治療が始まった時、
親御さんの気持ちがとても現状に追い付かなくて
思考も感情も過去のある時点に留まったままになってしまう、
そういう場合があります。
医師からの説明を聞いても
何がどうつながっていくのかがわからなく
でも、それを質問する元気も湧いてこない。
すごく辛い気持ちであることは間違いないけれど
今、何が辛いのかさえもわからない。
お子さんが元気になって何をしたいのかも
思いつかない、あるお母様はそう語っていました。

やがてその時間が流れていく中で
親御さんはお子さんにとって必要な判断や行動が
とれなくなってしまいます。


そういう時は、誰かに自分の頭の中にあるもやもやを
話すことが解決の一歩になっていきます。
話すから物事が解決する、という単純なことではなくて
話すことによって自分でも気付いていなかったものが明らかになったり
だんだん心を落ち着かせて、
今は何からどうすべきなのかが少しずつ見えてくるから。

一人で抱え込んでいる時は
あなたのいつもの問題解決力も実行力も発揮できない。
それはお子さんにとって、残念なこと。

感情も思考も停止して
自分が自分じゃなくなってしまいそうな時
誰かに話してほしいです。

お話を伺った後、見違えるように変わったお母様の表情を見て
そう思いました。

一人で抱えて本当に苦しかったんだなあ。

2019年03月04日

とにかく一緒に頑張ろう ―そう心に決めた父

新しい家族の誕生に喜びと安堵が入り混じって
彼はドキドキしながら赤ちゃんの元を訪れたのでした。
小さな我が子は愛らしくて、かわいくて。
しかし自分が少し席を外した間に
医師から呼び出されたお父様。

我が子の容態が危険な状態になっているから
もっと設備の整った大きな病院に移って治療をしましょう、
そう医師から説明を聞いても
突然訪れた現状に心が追い付くだけで
精一杯だったのでした。

そして出産してまだ体調の思わしくない妻が
そんな衝撃的な話を聞いて大丈夫だろうかと気掛かりで
それでも彼は心に決めたのだそうです。
「とにかく妻と二人一緒に頑張ろう。」

自分はそれくらいしかできなかった・・・
当時を振り返ってそんな風に自嘲気味にお話されていましたが
でも心細い時に二人一緒に頑張ろう、
そういう思いが何より大事なんだと思います。


新しい治療によって
これからお子さんが元気になりますように!

2019年02月25日

死後、再び授けられた命の働き

人は誰しもこれからの人生、不確かなものではあるけれど
短い人生で先立ってしまった我が子が
自分のことを天からしっかり見守ってくれる、
だから何も怖がる必要ないんだって
そういう思いに至ったあるお母様。

彼女は力強さを心の中に携えて
新しいことに挑戦し始めたのでした。
我が子と一緒に頑張るよ、って。

そういう彼女の思いと共に
お子さんは亡くなった年齢以上の現世の人生を
母と共に歩むことができるんだなあ。

彼女の気持ちの切り替えによって
お子さんは再びこの世に命を授けられたことに
等しいのだと思いました。

彼女が我が子の人生も合わせて
二人分生きていく、ということは
すごく大事なことと思います。
ともすれば、お子さん亡き後の自分の人生、
時間がただ漫然と過ぎていくばかりに思えてしまいがちだけど
見守られながら二人分生きていく、
その意識によって
彼女はより一層、自分の人生の時間を大事に思うことができるから。

そしてお子さんは亡くなった後も
彼女にずっと親孝行し続けていることになるのです。
新しい命の形で。

2019年02月16日

ただ、そばにいてくれるだけで  ――母の心の支えになってくれる夫

「ただ、そばにいてくれるだけで、心強い。」

涙した彼女はご主人の存在をそう語っていたのでした。

我が子に起こった大きな変化、
どうなってしまうのか、怖くて、心細くて、
ぽっかり開いた大きな心の穴、
信じられない、自分にはこんな状況受け止められない、
彼女がそう思う時、
ご主人の存在はひたすらありがたくて
あたたかさが心にしみ渡っていたのだそうです。

逃げ出してしまいたいような現状、
これは夢だって否定したい現実、
でもそれらの時間を共有してくれたご主人は
彼女にとって大きな大きな心の拠り所だったそうです。

相手を信頼して、思いやって
そういう時間の積み重ねの中で培ってきた関係性は
いざ、という時にとても大きな力を発揮してくれるんだなって
彼女のお話を伺いながら思いました。

何か励ましたり、気の利いた言葉を求めているんじゃない。
辛い時間を逃げないで、分かち合ってくれた存在が
彼女を段々強くしてくれたのでした。



おうちで待ってくれているお兄ちゃんも
あなたのことを首を長くして待ってくれているよ。
また、一緒に遊ぼうねって!
春になったらみんなで一緒にお花見にでかけられるように
頑張ろう!


お子さんに始まる新しい治療、
きっとうまくいく!

2019年02月09日

弱さを自覚して強くなった父 その理由は・・・

自分は弱い人間だから・・・
そう人は自覚すると
何かと尻込みしたり、後ろ向きになってしまいがちです。
「だから、怖い。」
「だから、しない。」
「だから、できない。」

だけど、あるお父様が仰っていました。
それより上回る何かがあれば、
自分は自分の弱さを乗り越えられるって。
それは何?と尋ねたら
迷わず「こどもへの愛情だ」っておっしゃっていました。
本当は自分のことを幼少期からずっと弱い人間だと自覚していたけれど
それで強くなれるんだと。

なんだか、じーんとしました。

そして家の中で自分がマイナス思考ばかり続けているのは
家族みんなにとって良くないと思って
思考パターンを変えていったのだそうです。
恐らくそれはネガティブなトーンを持つ
マイナス思考というよりも
家族への責任を考える上、
用意周到、慎重さを持つがゆえの
思考なのだろうと思うけれど。


自分の弱さを自覚する人は
実はとても強さを秘めている人なんだと思う。
そして自分を変えていこうとする気概を持てる人も強いし
その変える努力を続けていける人も強いのだと思う

パパはこどもによって変わることができたし
こどもの存在がますますパパのことを強くしてくれている。


お子さんに新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

2019年01月30日

制限がある生活でもこどもはのびのび育ってくれる

お子さんが病気のために何かを食べることができない、
あるいは服用中の薬などの都合で
生活上、他のお子さんとは異なる点が出てくることってあります。

あるお父様は我が子には自分の病気を理解して
それを受け容れる姿勢を持ってほしいと願いました。
だからこそ、小さいうちから
本当に小さいうちから病気のこと、治療上のこと
食べてはいけないもの、そういうことを
しっかりお話してきたのだそうです。
普段の生活の中で気負うことなく。
当たり前のように、さりげなく。

こども、いや、大人だって
つい、他人を羨ましく思ったり
妬ましく思うものだけど
彼は我が子にそんな風に育ってほしくないと思ったので
奥様と一緒にそういう姿勢で子育てしてきたそうです。
そしてお子さんは「そういうものだ」と思って
素直に育ってくれたのでした。


物心つく頃、最初からそういう風に接していると
お子さんはちゃんと理解する。

もちろんそこには奥様が
本当に文字通り一生懸命工夫して
そのお子さんが食べられるものを使って
おいしく作って用意してくれていたことを
決して見逃してはいけないのだけど。

いろいろな制限のある生活でも
こどもはのびのびと育つ力を持っているし
その力を育む親御さんの力って本当にすごいなあって
改めて嬉しく思いました。

これから新しく始まる治療
きっとうまくいく!

2019年01月20日

寂しい、でも、二人分生きていこうと思う母

お子さんに先立たれた後、そのご両親にとっては
毎日の時間の流れが空虚に感じられ
早くこどもの後を追って天国で再会したい……
そういう衝動が溢れてしまう時が
あるかもしれません。

あるお母様はあれこれ心揺れる時があったけど
今はこう思うそうです。
我が子が生きるはずだったこれからの未来の時間、
我が子が謳歌するはずだった人生の時間を
自分は我が子と2人分、生きていこうと。
それは気負うとかそんなことではなくて
現世で今自分が生きている時間を大事に生きよう、
そういう気持ちです。

彼女の心の中に浮かぶお子さんのイメージは段々成長しています。
今は、お兄ちゃんみたいにポテトチップスを食べながら
自分の周りを飛んでいるんですって。
いつまでもベッドで寝ている姿じゃないんです。
成長著しいこの時期、刺激を欲するお子さんの
興味のアンテナはあちこち向いているから、
ママはあちこち出かけたり
いろんなことに挑戦しなくちゃね!
お子さんが生きていたら、きっとそうしていたはずだから。

彼女は今の時間をそうやって
息子の魂と共に大事に生きようとしている。

そういう彼女の生き様は、いつか彼女が天寿を全うして
お子さんに再会した時に
お子さんへのなによりの手土産になるんだと思います。

きっとお子さんは思うことでしょう。
自分のせいで親が苦しく辛い時間を終生過ごしたわけではなく
親は自分を心の中の礎にして、十分に生きてくれたのだと。

2019年01月18日

こだまする声

亡くなった赤ちゃんはお母さんの膝に座って
「ママが気付くまで大好きだよって言ってるよ」

お姉ちゃんはそう教えてくれたんだけど
ママには赤ちゃんの姿も見えないし、声も聞こえなくて
寂しい思いでいっぱいだったのでした。

だけど、そこから数年経って
お姉ちゃんが「ただいまー!」って挨拶した時に
その後でもう1つ「ただいま」の声がこだまのように
聞こえる時があるんだって彼女は教えてくれました。

きっと赤ちゃんの魂の声は
彼女にも聞こえるようになったんだなあ。
それを聞いてすごくすごく嬉しかった。

そして赤ちゃんも天国で成長しながら
現世のお姉ちゃんと今も一緒にお出かけしているんだなあって
思ったら、それもすごく嬉しかった。

どうかお姉ちゃんとの時間を楽しみながら
お姉ちゃんのことも守ってくれますように。

2018年12月27日

心地良い心の居場所を増やした母 ―親が付添で家を離れた子のために

お子さんがとても重い病気でしばらく入院生活が続く時、
病院によっては24時間付添を求められるところもあります。
私が若かりし頃、勤めていた病院では個室以外の付添は不可で
面会時間も1日数時間に限られていたので、
小児病棟の大部屋の家族付添は
「無し」が当たり前だと思っていたのですが
世の中いろいろな形があるものです。

24時間付添が求められる時、大抵、母親が付き添い、
週末など父親の仕事が休みの時に父母が交替して
付添するご家庭が多いのですが
親御さんにとっては家で待っているお子さんの
兄・姉・弟・妹への心配も尽きませんね。

あるお母様は覚悟を決めたそうです。
赤ちゃんは数カ月単位で入院が見込まれるし、退院してもこれからまた
入院する機会が出てくる可能性は否定できない。
病院生活とは切っても切れないご縁が続く。
だからこそ「うちはそういう家庭なんだ」と割り切って
家族揃って生活できないところから思考をスタートさせたのです。
その上で、おうちで過ごすお姉ちゃんの心の中に
影を落とさないようにするにはどうすべきなのか?を
考えるようになったそうです。

限られた時間、限られたマンパワーの中で
親として自分はどう動き、何を配慮すべきなのか?
それはお姉ちゃんをわがままに好き放題にさせるとか
そういう次元の話じゃありませんよ。

ママが赤ちゃんの付添でずっと離れているのは
自分は見放されているからなんだ、なんて
お姉ちゃんが誤解しちゃいけません。
我慢して、寂しくて、辛くて、つまらなくて……
そんな風に育つのではなくて、
制限があってものびのび、楽しさを感じながら
大きくなってほしいと彼女は願ったのでした。

彼女が見つけ出した結論は親以外にも信頼できる人から
いろいろと気にかけてもらって、たくさんの愛情をもらって
お姉ちゃんが親以外に自分の心地良い心の居場所を作れることでした。
そこにはもちろん周りの理解や協力を得ることがとても重要でした。


きっとお姉ちゃんは大きくなった時に思い出すことでしょう。
自分が寂しい思いをしないよう、母が心を砕いていた姿を。
親以外にも自分を慈しむ人々がいたことを。

2018年12月26日

「どん底まで行ったら、後は上るしかない」 ―変えられない事実を受け容れた母

NICUの保育器の中にいる小さな姿の我が子を前に
涙が止まらなかったあるお母様。
病院に母乳を届けるために
目の前に我が子がいない状態で3時間おきに搾乳することが
どれだけ苦しく辛いのかを語っていた彼女。
でもある日、突然気持ちに変化が起こったのだそうです。
「どん底まで行ったら、後は上るしかない」
目の前で小さな手足を一生懸命動かしている
我が子の姿に彼女は気付かされたのでした。
「我が子が頑張っているのに、親が泣くのも変な話じゃないか?」と。

そこから彼女は思ったのだそうです。
「小さく生まれてきたけれど、これから大きくなればいい」と。
それからは保育器の前で我が子に見せる顔は
明るい笑顔に変えていったのだそうです。
もちろん山あり谷ありのNICU生活では
その後、赤ちゃんの生命が危ぶまれる時も何度かあって
彼女が涙をこらえることができない時もありました。
だけど赤ちゃんはそのたび乗り越えてきたのでした。

お母様からそのお話を伺った時、心がジーンとしました。
今はこうして明るく語ることのできている彼女が
どれほど大きな試練を経て来たのだろうかと思って。


変えられない事実に心が囚われたままになっていると
本当に苦しくて、それは一生続いていく。
なぜならその事実は決して消えないのだから。
でも、その事実から派生する自分の感情をどう変えていくかは
その人自身の手に委ねられている。
彼女の話からそう思いました。

そして気持ちを変えることは
本人のみならず、家族も変えていくって思いました。
その赤ちゃんその後どうなったのか?
たくましく育っていきました。
自分が大変な時にママは笑顔や愛情を
いっぱい注ぎ続けてくれたから。
今いろいろ大変な局面を迎えているけれど、
きっと親が思う以上の頑張りを見せてくれるんだと思います。


新しく始まる治療で元気になって
おうちに帰ろうね。
あなたのこと大好きなお姉ちゃんも
首を長くして、あなたのこと待ってくれているから。

2018年12月24日

「普通でいよう」その言葉の裏にあるもの ―難病と診断された赤ちゃんの両親

お子さんが生まれてようやくおうちに帰って
家族水入らずの生活が始まり
嬉しさと賑やかさの中に
初めての子育てで大変さとちょっぴり不安が入り混じって
慌ただしく過ぎていた時間の中、
病院から来た連絡。
医師から赤ちゃんの病名として聞かされたものは
それまで聞いたこともないようなものでした。

初めはとてもそれが我が家に起きたことだと信じられなくて
ご夫婦の衝撃は計り知れないほど大きかった。
でもご夫婦はよく気持ちを話し合って
「病気を受け入れるしかないよね」って思ったんだそうです。
「現実なので、それはそれ」だと。

そして「じゃあこれからどうするか」って考えたのでした。


悲しい。でもそんなに落ち込んでいてもしょうがない。
病気だからって無理に明るく振る舞うのも嫌。


それで出した結論は「普通でいよう」って思ったのだそうです。


「自分ができることはそんなにないから、できることをやっただけです」
お父様はそうおっしゃっていました。

彼はそんな風に謙遜するけれど
でも私は思う。実はすごい決意が背景にあることを。
我が子の重い病気は若い夫婦の生活を翻弄していく。
だけどいろいろなことを含めて
そのすべてが自分たち家族にとっての日常だと
受け止めていく潔さがあることを。
そしてそれはご夫婦の心の強さの現われでもあるのだと。
病気を否定しても、しなくても
赤ちゃんの人生はもう始まって、続いているのだから。

赤ちゃんが大きくなった時、
ぜひその話を知ってほしいなって思う。
抱えきれないほどの衝撃があった時、
それをあなたのご両親はどう向かいあっていったのかを。
みんなで幸せを感じながら日々過ごしていくために。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年12月20日

ただわかってほしいだけなの。 ―母の苦悩に差す光

お子さんのことを考えると
気持ちがいっぱいいっぱいになって
もうどうしていいかわからない時、
自分のことを「何て無力なんだろう」って
途方に暮れてしまったお母様。
でも彼女はこうおっしゃっていました。
自分は誰かに何か解決策を求めているのではなくて
ただ自分の気持ちを話して、誰かにわかってほしいだけなのだと。


その通りだなあって思います。
誰かの考えた答えで自分の人生を前に進めていくわけではないのだから。
自分で考えて、考えて、そして決めていく。


そしてもやもやした行き場のない気持ちや思考を吐き出してしまえば
どこか心の中でストンと腑に落ちるものが出てきて
覚悟と言うか、自信と言うか、自己肯定と言うか、
「自分はこれで頑張ってみよう」っていう気持ちが
自分の中から湧き出てくる。
誰かにやらされている、のではなくて
自分で選ぶ、進む道。

だって自分の人生なんだものね。

「ただわかってほしいだけ」
そういう風に自分の中で答えが見えている人は
とても強さを秘めている人だと思う。
ショックなことが続いて一時的に道に迷ったとしても
必ず自分で前に進んでいける人なんだと思う。

2018年12月15日

心の中は大雨だったとしても ―涙を見せない父の本当の理由

医師から両親揃って話を聞いた時
初めて耳にした病気の名前。
生まれて数カ月も経っていない赤ちゃんが
難病だと知った母は泣き崩れてしまったのでした。
でもそこで涙なしに父は医師の話を聞き通したのでした。
母は父のことをなんて冷たい人なんだ……と思いました。
我が子の身の上に大変なことが起こっていると聞かされたのに
あなたはちっとも心が動かないのか?と。
心配ではないのか?と。

平静さを装って医師の話をしっかり聞いた父、
でも彼はその後一人、お手洗いの個室にこもって
号泣していたのでした。
家族に大変な悲しいことが起こった時
そのたび全員泣き崩れてしまっては
この先家族はどうなってしまうのか?
だから彼は奥様の前でしっかりした態度をとっていたのだそうです。

そして始まった治療、山あり谷ありです。
良くなったと思えば、また悪くなって
そしてまた良くなって、悪くなって、
生まれて数年間は病院と自宅の行ったり来たりで
随分長い時を過ごしました。
その間も彼は決してこどもの前では涙を見せなかったのでした。

「私はそんなに強い人間じゃない。」
やっぱり父だって一人の人間です。
だから彼は一人ぼっちになれる時間を得た時に
もうこれ以上泣く力も元気も残っていない、
というくらいまで泣くのだそうです。
そうすれば、自分が家族の前で涙を見せなくてすむから。


その話を伺った時、心がジーンとしました。

こどもの前で泣かない親を奨励しているわけではありません。
泣いてもいいし、泣かなくてもいい。
それは人それぞれ、家族それぞれ、
同じ人だって状況によってもちろん変わってくるし。

だけどそこで忘れてはいけないのは
泣かないで医師の話を聞いている親御さんのことを
「しっかり話を聞けている親」とか
「理解力のある親」とかそういう形容で片付けてはいけませんね。
もちろんしっかり、とか理解力ある、ことは正しいけれど
医師の話に頷きながら、相槌を打ちながら、
時折質問を交えながら話を聞いている時
心の中は大雨だということを忘れてはいけない。

そしてこども、家族が不安にならないように
自分がどうあるべきかを考えながら聞いている。
その大事な側面も忘れてはいけない。

お父様のお話を伺って改めてそのように思いました。

2018年12月03日

カフェやファミレスが母にくれた時間

病気にもいろいろあって
治療して、すっかり治って良かったね、というものもあれば
ずっとその病気とと共にこれからも生きていかなくちゃいけない、
というものもあります。
お子さんが後者の場合、看病、お世話する親御さんは
自分の気持ちのメンテナンスがとても重要です。

我が子が難病と診断されたあるお母様、
彼女はカフェに行って1時間ほど一人で過ごす時間が
すごく大事だと仰っていました。
もちろん家にはおいしいドリップコーヒーを淹れるマシンも
ちゃんとあるのだけれど、
外で過ごすその時間は格別だと。
そこで本を読んだり、ガラス越しに通り行く人の様子を眺めていると
気持ちが段々晴れて、充電できるのだそうです。

自分が外出している間、
家族にお世話をお願いして1時間だけ一人で外に出る。

気の合う友人と話をする時間も大事だけれど
一人で何も気を遣わないでボーっと心の赴くまま
コーヒーの香りと共に椅子に座る時間が
彼女の生活の中のスパイスになっていったそうです。

彼女の言葉を伺った後、もう10年以上も前に出会った
別のお母様のお話を思い出しました。
彼女のお子さんは夜間は呼吸器を使って、
数時間おきに身体の向きを変えることが必要、
もう一人お子さんもいるから、
家の中で育児と看病は本当に大変だったけど
彼女は朝、午前5時くらいからウオーキングにでかけて
1時間ほどファミレスでゆっくり本や新聞を読んで
自宅に戻るのだそうです。
ファミレスなら一人で行っても
空いている時間なら大きな4人掛けのソファ席に案内してくれるし
24時間開いているから、開店時間を気にしなくてもいいですし。

そのきっかけはご主人の提案だったそうです。
彼は仕事が忙しくて夜は早く帰って来れないけれど
早朝なら確実に自分がまだ自宅にいて
こどもの世話をすることができる。
せめてその時間だけは奥様を子育てと看病から解放してあげたいと
ご主人は思ったのだそうです。
自分もこの子の親なんだからって。
奥様任せばかりじゃいけないって。


自分の精神をどうやって良い状態にキープできるか
人それぞれ、違うだろうし
家庭の事情も違うけれども
やっぱり煮詰まった気持ちのままでいることは
良くないですし、気分転換は大事です。

親だって人間ですから。