2019年08月14日

1日1日が精一杯すぎる、と思う時

お子さんを出産後、NICUにいる我が子に
1日わずかな面会時間を求めて毎日病院に通い
退院後もまた別の病院に入院したり、と
なかなか気が休まる日々がなかった彼女は
それでも「周りの人のおかげで随分自分は助けられている」と
感謝を語っていたのでした。
前向きで溌剌とした表情。
とても素敵な笑顔の彼女。

でも1日の中で波があって、何も考えたくない時があるのだと。
1人でいたい時があるのだと、彼女はぽつりと漏らしました。
「1日1日が精一杯すぎて……」
考えないようにしているのは
自分が傷つかないようにしているかなって。


抱えきれないほどの問題があった時
いつもいつも真正面からそれに向き合おうとすると
どこかで心のひずみが出てくる。
1人になって、考えないようにすることは
決して現実逃避しているわけではないと私は思う。
親だって人間だもの。
もう最後の最後に追い込まれて、
もう私ダメです、パタリ。
みたいになる前に
そうならないように彼女は
うまく自分を調整していたのだと思う。
だから深みにはまる前の予防策だと思います。
考えないようにすることは。


1人なって、思考停止させて
そこで少し休んで充電できたら
また元気なお母さんとして彼女は復活してきた。
これまでそう頑張ってきた彼女の時間を思うと
何だか心がジーンとしました。


大事なことと思います。
親が自分で自分の心を守ることは。
それはひいてはお子さんのためにもつながるのだから。

2019年08月12日

「いや、大丈夫だよ!」 ―そう言い交わす母の心

お子さんが赤ちゃんの頃からいくつも病気があって
成長の過程で何度も入院を繰り返していると
時には「どうしてこんなにうちばかり
大変なことがあるんだろう」って
思うこともありますよね。
それは親御さんだけでなく、
段々大きくなってきたお子さん自身も
そんな風に感じるかも。

そばで見ている親御さんは
お子さんの率直な気持ちがわかるから辛い。
でもどうしようもない現実の中で
親御さんの方も何と声をかけて良いのか
わからない時もあります。

あるお母様が仰っていました。
大変だよね……っていうスタンスよりは、
「いや、大丈夫だよ!」というスタンスにして
自分はお子さんに接するのだと。

それは無責任な発言ではありません。
今迄だっていくつも大変なこと経験して
そのたび、乗り越えて来た。
だからこの先、どんなふうな展開になるかわからなくても
きっと大丈夫だって思う。
それはお子さんの耐え抜く力を
知っているし、
そのもっと大きな可能性を信じているから
言える言葉なんだ……
彼女のお話を伺っているうちに
そう思いました。

きっと何度も繰り返してきたのだろうなあ。
彼女の心の中でも。
「ああ、なんてかわいそうなんだろう。」
「こんなに小さいうちから……」って。
溜息と葛藤と。
だけどその繰り返しの中で
「いや、大丈夫だよ」
そういう気持ちが湧き出るようになってきたんだなあ。

彼女はお子さんのこと、一人の人として見ていました。
いつか、我が子も大人になって
自分の元を巣立って、人生を歩むようになると。
そういう将来を見据えて
いつも「病気だからって」逃げ口上を作るんじゃなくて
病気と向き合って独り立ちしていける力を
養えるように、接する。
その中で自然と口をつくのだろうなあ。
お子さんが弱気になった時に
「いや、大丈夫だよ」と。

彼女がお子さんとこれまで歩んできた時間を想像すると
心がジーンとしました。


今が踏ん張り時だから、頑張ってほしいなあ。
そのお子さん。

大丈夫だよ、だってあなたは
これまでも何度もそうやって乗り越えて
大きくなってきたんだから。

そういう強さを秘めた人なんだから。あなたは。

1万人に1人、そういう発症率の病気だとしても
それはすなわち1万人に1人しかないすごい力、
生き抜く力を秘めている人なんだよ。あなたは。

今のあなたの頑張りは必ず次につながる。
そしてひと山越えたら、
これから見えてくる風景は
もっと清々しくなるから。

2019年08月03日

何度も質問する親の心の背景にあるもの ――目標を掲げて日々頑張りたいと願う母

「いつ頃、どんな回復が起こってくるか」、
病気のこどもの親にとって、
いつも気掛かりで頭から離れられない問いですね。
病棟で医師の姿を見かけると、
どうしても尋ねたくなる。
たとえついこの前、聞いたばかりだとしても。

もしかしたらこう思う医師もいるかもしれません。
「この前の説明をちゃんと聞いていなかったの?
 そんなに数日で大きな変化はないけれど。」

でも。でも。
もちろんちゃんと聞いていますよ。
親の理解不十分とか、焦りとか、
そういうことじゃないのです。


「目標を掲げて日々頑張りたいから。」

あるお母様のお話を伺って
そういうことなんだとわかりました。

元気になってこどもが退院できる日を
一日千秋の思いで待ちわびているから。
たとえ数日でも「あれからどうなった?」って
すごく知りたいから。
我が子にどういう病状変化が起きて
これからまたどう変化していくのか気になるから。
だから、尋ねる。


日々、変わっていく病状にあわせて
たとえそれがどんなに小さな変化であっても、
自分も目標を変えながら、
親としてこどものためにできることを頑張りたい……
だから、少しでも変わったことがあるならば
知っておきたい。
そういう彼女の思いに心がジーンとしました。

2019年07月31日

1つ1つ優先順位をつけて ――強さを携えていった父

お子さんが重い病気と診断されて、
涙ばかりが溢れる日々を過ごした後、
「こどものために、自分がしっかりしなくては……」と
あるお父様は思ったのだそうです。
自分が泣いても事態が変わるのではないなら
もうこどもの前で泣くのはやめようと。
それでもやっぱり父親だって感情ある人間だから
一人の時に泣いていたのだそうです。
そうやっていくつもの波を乗り越えてきたけれど
病気の再発、そういう説明を医師から受ける時は
気持ちがズシンと落ち込みます。
だけど1つ1つ片付けなくちゃって思うんだそうです。
優先順位を付けて。1つ1つ。

お父様のお話をうかがって、
心がジーンとしました。
大変さを乗り切っていくたびに
段々強さを携えていくその父の姿に
お子さんもきっと心強く思っていることでしょう。

人は変わる。
変わろうとする気持ちを持つ限り。
父としてこどもをしっかり支えるために。
穏やかにお話されるお父様の横顔を見て
そう実感しました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年07月29日

病気のこどものきょうだいが嘘をつく時

お子さんが入院して、親が面会や入院付添のために
病院通いがはじまると
お子さんの幼いきょうだいの心の中にも
だんだん変化が起きてくることがあります。
親の心の中に自分の居場所がないような気がして。
時には自分に注目を集めたくて
嘘までついてしまうことも。
幼い心の中で「病気のきょうだいのように大事に思ってもらうには
自分も病気にならなくちゃいけないんだ」
そういう発想が出てきてしまう。

嘘は決して褒められることではないけれど
何だかそのお子さんのお話をお母様から伺って
胸がきゅーとなりました。

その時、あるおうちのことを思い出しました。
数年前の話になります。
妹ちゃんがずっと長く入院していたので、
親はずっと面会に通っていたけれど
週に1回はお兄ちゃんのための日と決めて
お世話は病院に任せて
お兄ちゃんとしっかり遊ぶ日にしたのだそうです。

短期入院であったならば
家で待つきょうだいに
我慢させることも一つの教育ではあるけれど、
退院の目途がなかなか立たない長期の場合、
家族みんながまとまっていくためには
どうすれば良いのか、
そこを考えることって大事だなあと思いました。


かつて小児外科病棟に看護師として勤務していた頃
私は親が面会に来ていないおうちのお子さんには
より一層、気を配って接するようにしていました。
それぞれの家庭にそれぞれの事情があるのだから。
そしてこどもたちは難しい事情を知る由もないけれど
その状況の中でよりハッピーに過ごしたいものね。

2019年07月22日

望む未来を引き寄せるために強くなった母  ―今できることをしっかりやる

医師からお子さんの治療についていろいろ説明を受けて
これからどうなるんだろうって、途方に暮れる時。
あるお母様はご主人とそのたび話し合って
一緒の方向を向くことができたのだそうです。

「今できることをしっかりやるしかない」と。


気持ちは焦る、あれもこれもと。
だけど、今できることをしっかりやる。

それがとても、とても大切なのだろうと思う。

そういう今の積み重ねがお子さんの回復につながるための
揺るぎない布石になるんだなあって思いました。

2019年07月12日

みんなと違う、その日常を受けとめるために父が心を砕いたこと

病気のために制限しなければいけない食事や運動、
それは大人であっても大変ですが
幼いお子さんがその必要性を理解して守っていくことは
実に大変なことです。
お子さんだけでなく親御さんも。

そして「みんなと一緒」であることに
安心感を見出すような年頃のこどもは
みんなと一緒のことができない自分に引け目を感じたり、
時には理不尽だと怒りを感じることもありますね。
場合によってはそうした違いが、
いじめの対象になってしまうかもしれない。

それでもお子さんの命を守り、現状悪化を防ぐために
どうしてもやらなくてはいけないいくつもの制限。

あるお父様はお子さんが幼い頃からずっと
そもそも人は皆違うのであり、
他人と違うことは決して悪いことではない。
他人と違うことが良いことなのだよと
教え諭してきたのだそうです。

そのお話を聞いて心がジーンとしました。
父が折に触れ語り、それに耳を傾ける子の姿を想うと。

きっとそのお子さんは父の言葉を聞くたび
自己肯定を積み重ねて来たんだろうなあ。
それはすごくすごく、大切なことだと私は思う。

お子さんは父の言葉によって次第に
自分から違いを理解した自主的な行動を
とるようになったのだそうです。


その後、思い出した詩がありました。
金子みすゞ女史の詩「私と小鳥と鈴と」(※)です。

5年前こちらのエッセイでも取り上げたことがありますが、
平易な言葉で真理を突いた詩なので、
またご紹介したいと思います。


「私と小鳥と鈴と」

私が兩手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。

(※)金子 みすゞ(1984)『金子みすゞ全集 V さみしい王女』,JULA出版局, p.145


幼い頃から「自分の違い」を自然に受けとめて来たこどもは
「他者の違い」を受けとめる懐の深さを持つんだろうと思う。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年07月05日

未来を拓く

お子さんにいろいろ行われてきた治療に加え
更にまったく新しい治療が始まる時、
期待を寄せる気持ちはある一方で
本当に大丈夫なんだろうか、と
不安になる気持ちもありますね。
そうした気持ちを全部ひっくるめて
「未来を拓く」そう表現されたご家族がいらっしゃいました。

決してたやすい道ではないけれど
新しい治療によって
今迄できなかったことができるようになり
それがお子さんの自信につながって、
気持ちも性格も明るくなる。
そういう日々を積み重ねることが、
その子の未来につながっていく、
未来を拓くってそういうことだそうです。

いい言葉だなあって思いました。
「未来を拓く」

今日は明日、明日があさって、
それが1カ月、半年、1年先へと繋がっていく。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年06月25日

「どうにかなる」 ―信頼を時間と共に醸成してきた母親

我が子の病気の行く末を考え始めたら
あれもこれもと不安な気持ちに収拾がつかなくなる、
そういう時、親はどうしたら良いのでしょう。

考えてもどうしようもできないことってありますね。
それは過去の時間に遡ることもそうだし、
そもそも原因不明で当時どうすることもできなかったり
それでもやっぱり考えてしまって
どんどん気持ちは落ち込んだり……。

「どうにかなる、と、そう、思う。」
あるお母様が教えてくれました。
どんな大変なことが起こっても
どうにか道は開けるって、ことです。

もちろん時々、ふと悲しくなることはあっても
「大丈夫、どうにかなる。」そう気持ちを切り替える。
そして、落ち込む波に自分がさらわれないようにする。

その言葉の裏には
関わっている医療者への信頼があるってことですね。
親の持っている情報や理解をフル回転させて
八方塞がりだ、って思っても、
医師たちはあらゆる方法を駆使して
お子さんに必要な医療の道を探し出してくるのだから。

彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。
なぜなら「どうにかなる」の裏には
希望を絶やさない気持ちが強くあるから。

「どうにかなる」と思う時間の積み重ねは
事態を「どうにかする」ことにつながるんだと思いました。

手放しで無責任に時間の流れを傍観しているのではないです。
医療者への信頼を根底に
「どうにかなる」と心を強くしっかり保つことは
良い運気を引き寄せるための秘策です、きっと。

そういう風にこれまでずっと頑張ってきた彼女の笑顔が
とってもキラキラまぶしく見えました。

「どうにかなる」と思っている間
「時間」すなわち日薬が必要な時もあります。
それは親にとってなによりもどかしい試練かもしれないけど
時間をお子さんの味方につけるには
やっぱり親御さんは「どうにかなる」って思うことが
大事なんだと思います。
黙っていても親の心の波動はこどもに伝わるものね。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年06月22日

俄然強くなれる父、でも本当は……

自分自身のことだったら
気持ちがすっかり折れてしまったはずだけど
「我が子のこととなると、俄然強くなれるんですよ」って
あるお父様は笑っていました。

どんなに医師から我が子の病状、厳しい話を聞かされても
気持ちをシャキっとさせて、
前向きな姿勢でいられるって。
きっと良くなるからって思って。


本当は人一倍繊細で打たれ弱いはずだけど
自分は父である、その責任感が
自分を強くしてくれたのだそうです。
そのお話を伺って心がジーンとしました。

強くなる分、どこかで反動もでてくる。
そんなに頑張るばかりの日々でいられないものね。
人間だから。
それはやっぱり当然です。
でも、それはそれで良いのだと思う。
そこでしっかり弱さをお手当出来るすべがあれば
また元気なお父さんでいられるものね。

親だって人間なのです。
特に幼いこどもの親は
まだ自分自身の人生経験、
それほど積んできたわけではないのです。
何十回も難局が立ちはだかって
その都度、何か智恵を得てきたような
そんな年長者とは違うのです。

だからこそ、私は思う。
若いながらも「こどものために自分がしっかりしなきゃ」
そう自分を鼓舞して、頑張る若い人々は
なんとすごい人間力を持っているのだろうかと。

あなたの強さは、
お子さんの力強い未来を引き寄せる。


新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

2019年06月07日

絶望から這い上がった母親 ―後悔しないために何ができるのか?

我が子の病名としてこれまでまったく無縁の世界だった
難病の名前を告げられ、
絶望しか感じられない時、
人はその闇からどう這い上がれるのでしょう?。

あるお母様は考え始めるときりがなかったけれど
自分ができること、それは何だろうと考えたのでした。
自分がこどもの病気を治すために
すべてをできるわけじゃない。
治療方針を定め、手術、投薬……
それらは医師にしかできないこと。
そこにいくら思いを巡らしても
結局自分でどうにかできる範囲ではないと
彼女は思ったのでした。

でも、親だからこそできることがあります。
それはいくつか医師から提示される選択肢の中から
親が幼いこどもに替わって
最も良い、と思う方法を選択していくことです。

だからこそ彼女は、
その時、その時をちゃんと考えていったのだそうです。
あとで、後悔しないためにも。
自分のできることをちゃんとやろうと。

今の瞬間をちゃんと考えて
そうやって積み重ねていく時間の集合が
お子さんにとってより良い未来を
引き寄せることにつながっていったのでした。

私がもし同じ立場に置かれたならば
同じだけの時間、苦悩に晒されたならば
そんなに風にポジティブでいれただろうか?
きっと途中で心が折れて
あれやこれやと周りに対して
負のエネルギーを発散してしまったことだろう。


考えてもどうしようもないことに
思いを囚われてしまうよりも
彼女は今できることにフォーカスする。
彼女のこれまでの軌跡、
その凛とした姿勢に
とてもすがすがしい思いがしました。

新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

決してたやすい道ではないけれど
彼女の思考はきっと
物事を好転させていく力になると思う。

2019年06月03日

リスクを引き受ける覚悟がもたらすもの ―新しいことに挑む父の言葉

お子さんが新しい治療に挑む時、
期待していたような回復の道を
着々とスムーズに進むとは限りません。
一進一退の病状、
その遅々とする様子に
お子さんを見守る親御さんは
もどかしくてたまりまらない、
という方が多いかもしれませんね。
いつかは元気になるぞ、そう思っても。

そういう時、親はどう乗り切っていけば良いのでしょう?

あるお父様がおっしゃっていました。
失敗するリスクを引き受ける覚悟が大事なのだと。
失敗、と表現するとすごく強烈だけれども
「思ったように物事が運ばないリスク」
と言葉を置き換えて考えてみると
もっと当てはまる状況が広がるかもしれません。

そういう風に心が決まったっら
どんなことが起きてもきっと何か道はあるだろうって
彼は思えるようになったのだそうです。
だからお子さんと自分たち家族は大丈夫だって。
そしてリスクを引き受ける覚悟が
自分自身を励ましてくれることになったそうです。


ああ、そうやって彼は様々な難局を
お子さんとご家族と共に乗り越えて来たんだなあ。
その道のりを思うと、心がジーンとしました。


新しい治療、紆余曲折があっても
お子さんとご家族の望む未来へ
必ず繋がる道となりますように。

2019年05月25日

手術の恐怖で心が押しつぶされそうな時

お子さんの手術日が決まって、
あと何日、そう数えていくうちに
手術への恐怖がどんどん大きくなって
親御さんは身の置き所のないような不安定な気持ちになること、
それは決して心が弱いからではありません。
ごく自然な気持ちの流れです。

そんな時はどうすれば良いのか。

手術を執刀する医師だけでなく
様々な関係者があなたのお子さんのために
入念に準備をし、話し合い、
最善の方法で取り組もうとしていることを
忘れないでほしいです。
そうした人々へ親御さんが強い信頼を寄せること、
それは親御さんの心をより一層強くしてくれることにもなります。

治療の過程は山あり谷あり、
一直線に短期間で元気になりました!
そんな風にいくものではありません。
どんなことも、これから良くなるための過程の一つなんだ、
どんな事態が起こっても、担当の医師たちが
力を結集して対処してくれる、
そう信頼を寄せることができるようになると
これからやってくる「元気に退院する日」に向けて
親御さんも頑張ることができるのです。

お子さんの医療に携わる人々への信頼、とても大事です。

あるお父様のお話を伺ってそのように強く思いました。


同時に、お子さんだけでなく
親御さん、あなた自身にも
そうした人々が気遣いを寄せていることを忘れないでほしい。


これから始まる新しい治療、
きっとうまくいく!

元気になったら、いつかまた
日が沈むまでパパと一緒に遊んだ
家の近くの公園に遊びに行こうね。

2019年05月20日

胎内記憶のつながりと共に無力感から新しい力を生み出した母

赤ちゃんが生まれる前のお腹の記憶、
そして命が今世で宿る前、
転生する前にしばらくお休み期間の記憶を赤ちゃんは持っている、
という胎内記憶のお話があります。
その記憶を信じる、信じない、
いろいろな立場や意見があるだろうけれど
あるお母様は胎内記憶を信じて
難病の我が子が自分を選んでくれた、
と思っていたそうです。

病気を選んで生まれてきて、
一緒に乗り越えようとする親をどうするか、
そこで自分が選ばれたのだと。
大変な人生をわざわざ選んだ勇気ある赤ちゃんが
自分を親として選んでくれたことに
自分は自分を誇りに思うとお話されていました。

そういう気持ちで子育てをしていたら
日常の考え方の向かう先が変わっていったそうです。

どうすることもできない事実に直面した時
人は無力感に打ちのめされてしまうものだけど
彼女はそうやって新しい力を生み出していったのでした。

まだ若い、柔らかなかわいらしい雰囲気の彼女の心の底には
力強さがみなぎっていました。

お子さんが天に帰った後も、
これから一生懸命になれるものを探そうとしていた彼女。
お子さんの導きが彼女の道を照らしてくれると思う。

2019年05月12日

親が自分の心を守ること

お子さんが重い病気でしばらく入院が長引いている時、
今のことで精一杯でとても先のことなんて考えられない、
という親御さんがいらっしゃいます。
明るい未来が心の中でどうしても描けなくて
過去ばかり振り返って後悔して……
そして、そういう自分にも嫌気がさしてくる、という方も。

時間に追われる毎日を過ごしていると
お子さんの看病、面会、家に残してきた他の子のこと、家族のこと
家事のこと、仕事のこと、それを一生懸命にやっているにもかかわらず
自分は空回りしているような、何一つ成し遂げていないような
自分自身にそんなむなしい気持ちがこみ上げて来る方もいらっしゃいます。
特に入院中のお子さんに対する24時間付添を病院から求められる場合
自分の世界と外の世界が切り離されたように感じる方も……。

そういうモードにどっぷり浸かってしまった時は
一度、外の空気を吸いに行ってほしいです。
それはたった30分であったとしても。
いつもと違う環境の中に身を置くだけで
時間の流れや見えてくるもの、感じてくるものが新鮮になるから。

何か行動を起こす気力がない、そういう時は
外の風にあたって今の時期、目覚ましい成長の
新緑の枝葉を眺めてほしいなって思います。
きっと自分の内側を流れる気が変わっていくから。
冬の間すっかり葉が落ちて枯れ木のように見えていた木が
今では日々青々と若葉を茂らせていく様子、
それは成長のエネルギーの塊です。

親が自分の心を壊れないように守っていくことは
病気のお子さんを支えていく上で、
何よりも大切なことの1つなのだと思います。
先日お目にかかったお母様の涙が、それを教えてくれました。

2019年04月27日

心細さが救われる時

お子さんの治療の過程の中で
親の期待通りの良い時もあれば
そうではない時もあります。
焦ったり、迷ったり、心揺れたり、苛立ったり……。


あるお母様は教えてくれました。
心細さのあまり、自分がどこかに吹き飛ばされそうに思う時
ご主人と一緒に考えれば、気持ちがしゃんとするということを。
自分の気持ちを「そうだね」って賛同してもらったり、
一緒に頭を悩ませて物事を考えて、決めたり
ご主人とそういう時間を積み重ねて得られる安心感は
何よりも彼女の心を救ってくれるのだそうです。


彼女は自分がご主人に支えられている、と思っているけれど
きっとご主人も奥様に自分は支えられている、って思っているだろうなあ。


新しく始まる治療、きっとうまくいく。

2019年04月22日

信じる人と共に選ぶ道

こどもが入院して、いろいろと大変な治療を受けている最中、
医師から幾つかの選択肢を提示され
これからどうしようか、という時
親御さんの中には不安や怖さを強く感じる方もいらっしゃいます。
治療の選択ができない幼いこどもの場合、
その決断は本人の代わりに「親」に委ねられるから。

自分たちの選択を我が子も同じように望んでいるのか、
それが大きな治療であればあるほど、迷いはつきないものです。


あるお父様は自分はぶれないのだと
お話されていました。
奥様と二人で一生懸命考えて選んだ我が子の治療に対して
気持ちがぶれたりしないのだそうです。
奥様のことをとても信頼しているから
二人で真剣にとことん話し合って出した選択に
迷ったり、揺れたりしないのだそうです。


大きな決断をする時、信じる何かって
すごく大事ですね。
信じるものがあると、人は強くなれます。
信じる未来、そこに至るまでの道は
決して容易ではないけれど
信じる人と共に真摯に向き合って
決断した我が子の治療の道は
きっと信じる未来、引き寄せたい未来に通じるはず。

お父様の穏やかで、でも力強いお話を伺いながら
そのように思いました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2019年04月17日

「辛いのは自分だけじゃない」 そう気付いて希望を掲げた母

お子さんがとても重い病気で治療を受けている時、
病状が一進一退、なかなか思うように回復しないと
親御さんの気持ちは後ろ向きになってしまうこともあります。
過去を振り返り
「あの時こうしていれば、こんな風には……」
と思ってみたり、「でも……」と思ってみたり。

あるお母様は何度も厳しい話を医師からされて
本当は辛くって、どうしようもない気持ちだったけれども
ある時、気付いたそうです。
今、この状況で一番頑張っているのは我が子なんだと。
そして、おうちで待っているきょうだいたちも、
すごく、すごく頑張っているのだと。
辛いのは自分だけじゃない。
家族みんなが同じ状況の中で頑張っているんだ、
そう思った時に、気持ちを切り替えたのだそうです。

いろいろあっても、これから元気になるぞ。
今苦しいのは、その途中経過に過ぎない。
だからこどもが頑張っている時に、
親が下を向いてどうするんだって。

そして希望をしっかりと心の中に掲げるようになりました。

彼女の横顔には悲壮感はちっとも感じられなくて
むしろとてもあたたかい、優しい力に溢れていました。

苦しい、辛い思いをたくさん経てきた彼女は
どこか突き抜けたんだろうなあ。
信頼し合っているご主人との絆も
前よりも一層深まっていました。
彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。


時間がかかっても元気になって
我が子と共に家族の待つおうちに帰る未来、
それを彼女はしっかりと思い描くことは
自分の日々の時間を立て直すことにもつながりました。
自分が心身ともに崩れてしまったら
面会に来ることもできなくなるから。
親だって人間だもの。
入院が長期にわたることが見込まれる時は
親自身の心と身体をお手当することはすごく大事です。


これから一日、一日、少しずつ
きっと、これから元気になるね!

2019年04月03日

我が子の病理解剖を後で悔やむ時

お子さんが亡くなった後、病理解剖を受けられる場合があります。
あるお母様はお子さんが病理解剖を受けてしばらく経って、
後悔したのだそうです。
一つの身体に収まっていたいくつもの内臓が取り出されて
ばらばらになったら、
我が子の魂はどこに行ってしまうんだろうと思って……。

別のお母様は病理解剖を終えて戻ってきた我が子を抱きしめた時、
その軽さがあまりにも衝撃的で、亡くなった時とは別の
新たな喪失感に襲われたことを語っていらっしゃいました。


我が子の病理解剖を医師から提示された時、
承諾されるご家族の気持ちは、きっと二通りあることでしょう。
一つはお子さんが亡くなった時の身体の状態がどうであったのか、
詳しい理由をちゃんと知りたい、という気持ち。

もう一つは病理解剖によって得られた結果が、
これから病気の解明や新しい治療の可能性の研究に
役立つことを希望して承諾した、という場合。

前者は我が子のためであり、家族のためでもあるもの。
後者は将来、同じ病に苦しむこどもたちの救いに
役立つものではありますが、
我が子の結果がいつ、どんな風に役立ったのか
はっきりと実感できないことは寂しい限りですね。


でも思うのです。
お子さんはこの世の命を終えた後も、
医師や研究者の力を借りて、
これから生まれ来る同じ病気のこどもたちのために
大切で貴い働きを続けることができるのだ、と。

病理解剖、それはお子さんがこの世で生き続ける
新たな命の形の始まりなのだと思います。


時間軸と立場を変えて考えてみると
10年前、20年前に同じ病気であったお子さんは
今よりももっと治療の選択肢が限られていて
あなたのお子さんより随分早く逝っていたかもしれない。

でも彼ら・彼女らの当時の病理解剖の結果で得られた知見は
その後の医師たちに当時よりも良い治療の道を教えてくれた
だろうと思います。
そしてその知見はきっと
あなたのお子さんが病気と闘っていた時に、
力になってくれただろうと思います。


親御さんがお子さんの病理解剖を承諾したことを悔やんで、
自分を責めたりしないでほしいです。
病理解剖を承諾したこと、
それはお子さんがこの世で新たなお役目を引き受けて、
この世に生き続けるチャンスを親が与えてくれたのだから。
新たな治療の可能性を導く、
そういう素晴らしい仕事を担うチャンスを親が与えてくれたのだから。

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2019年03月30日

このしんどさはいつまで続くのかと悩むこと ―自宅で重い病気のこどものお世話をする時

育児だけでも大変なのに
そこに病気のお世話の要素が加わってくると
ママやパパは本当に大変です。
数日間踏ん張れば、回復する……
そういう病気にかかっている時は
なんとか気力でどうにかできることもある。
でも気の緩められない状態が24時間ずっと、
それがいつまでも同じように何カ月も何年も、
あるいは今よりも徐々に悪くなっていくのだとしたら
おうちでお世話をする家族にとっても
心身共に大きな疲れが及んできます。
親だって生身の人間なのですから。
机上の理想論だけで物事は進むはずないのですから。

あるお母様がこうおっしゃっていました。
我が子を心から愛しているし、
本当にかわいいけれど
終わりのない介護ってしんどい……と。

赤ちゃんは成長と共におむつがとれて
自由に動き回れるようになって
やがて大人と同じような食事で
みんなで食卓を囲むことができるようになっていく。
おしゃべりをして気持ちを通わせたり
お出かけしていろんな発見をすることもある。
お世話が大変な時期があっても、
それがずっといつまでも続くわけじゃない。

だけど、病気によってそうした成長が望めないこともあり、
すなわち親はずっとそのお世話が続くのです。

彼女の中で「しんどい」そういう感情が芽生えた時
彼女はまるで自分の人生が無くなってしまうような
そんな気持ちに襲われたのだそうです。

いつまでこの苦しさが続くのかなあ……
ふと、そんな気持ちに駆られた時
そう思う自分自身に嫌気がさしてくる。

だけど、同じような時期に出産した女性が
楽しそうにこどもとお出かけしたり
仕事に復帰して、活き活きしている姿を見ると
自分一人が時間の中にポツンと取り残されたような
そんな気持ちになったのでした。

そして。そういう自分の心の揺れや葛藤を
彼女は誰にも話すことができないまま
悶々と時間だけが過ぎていったのでした。
ただただ、過ごして、
一日やり切る。
当時を振り返ると、そういう感じだったのだそうです。

誰かに話せばいいのに……
そう思う人もいるでしょう。
でも、人によっては
「話す」ということはなかなか勇気のいることです。
「こんなこと言ったら相手は自分をどう思うだろう」
そう思い始めたら、結局は本音を語れなくて
自分を内に閉じ込めてしまうのです。

そしてこどもの前で笑顔でいなきゃ、
そう思いつつも、いろんな思いが募って
鬱々とした気持ちが拭えない。


辛かったんだなあ。
本当にここまでよく頑張ってきたなあ。
堰を切ったように話す彼女の頬に
ポロポロと涙がこぼれていくのを見て
彼女の過ごしてきた時間の重さを感じました。

他人に助けを求められない……
今迄はそうだったかもしれないけれども
やっぱりそれでも、
勇気を出して助けを求めてほしいと思う。
ひととき、苦しい状況から距離を置く時間をとるだけでも
気持ちの行方は少しずつ変えられるのだから。
少しずつ、それがあなたを救う蓄積に変わるのだから。

2019年03月24日

ママは全部受け止めるからね ―たとえ短く逝ってしまう人生であったとしても

ようやく検査の末に病名がわかって、
よしこれから本格的に治療だ!
そう思った矢先、医師の口から出た言葉に彼女は
愕然としたのでした。
こんなに医学が発達した世の中であるのに、
我が子の病気を治せる方法はまだないのだ、と。

そして我が子に残された時間はそう長くないと知った時、
ショックでうちのめされそうになったけれども、
我が子に「良い思い出を作ってあげたい」
その思いが胸いっぱいに広がっていったのでした。

そして心に決めたことが二つ、
まずは我が子の現実についていき、
自分のできることを精いっぱいやるしかない、と。
長くない時間だからこそ覚悟が決まって、
気持ちを切り替えることができたのだそうです。

もう一つは我が子を不安な気持ちにさせない、ということ。
お子さんは敏感に彼女の感情を察知するからこそ、
できるだけいつも笑顔のママでいようと
思ったのだそうです。
自分のせいでより一層不安にさせたくなかったから。

そして彼女は段々強くなっていきました。
我が子の死を受け入れられない、ではなくて、
ママは全部受け止めるからね、って。

もちろん死に行く我が子の行く末を
親がそうやすやすと受け入れられるわけではありません。
事実を否定したいし、
誤診じゃないか?そうも思いたい。

でも彼女は「ママは全部受け止める」と思った。
それはすなわち、これからどういう展開になっても
それがまるごと我が子の人生だ、と事実を受け止めようということ。
長く生きることができても、短く逝ってしまったとしても
その人生を否定することなく、
全部丸ごと受け止めるからね、ということ。

どんなに親が愛情のあまり「こんなはずじゃない」って
お子さんの病気の具合のこと、だんだん死が近づいていることを
否定したとしても
その人生を生きているお子さんは
自分の人生から逃れられないものね。


全部丸ごと受け止めるからね、
その母の決意は
お子さんにとって何よりも大きな安らぎを
心に呼び寄せられる決意だったのだと思う。



時折、涙を浮かべたり、懐かしく微笑んだり
語る彼女の横顔の裏に
実はどれほど深い苦悩があったのか。
彼女の話を伺いながら、心がジーンとしました。

2019年03月18日

ポジティブだけじゃいられないから

長い入院生活の果て、ようやく迎えたお子さんの退院、
嬉しさとほっとした気持ちがある反面
自分で思うように動くこともできなくて、
喉に詰まった痰もうまく出せなくて
自分で食事もとれないお子さんの命を守っていくのは
自分のお世話にかかっているんだ・・・
彼女はその責任と覚悟をしっかり胸に刻んだのでした。

それでも母親だって一人の人間です。
自分も心身のバランスを崩すことだってあるのです。
24時間、看病、お世話に気を張り巡らさなくてはいけない生活は
彼女の心を段々と追い詰めていったのでした。
夜中、おむつ交換したり、注入のミルクをあたためながら
反応のないお子さんを前に
感情が手の指からすり抜けて落ちていくような
そんな気持ちになっていたのでした。
深夜ぼーっと一人考えながら
時が止まっていたのでした。


自分が落ち込んでいる時、それでも他人と接しなくてはいけない時には、
無理矢理自分を作るようになりました。
ポジティブにね、なんて言われると
「そんなになれないよ!」と心の中で反論する自分もいたのでした。

だけど彼女の心の一番奥底にあった感情は
「ポジティブになりたい」だったのだそうです。
様々な時間と紆余曲折があって
彼女がたどり着いた答えは
ネガティブなことも、葛藤も全部経て来たからこそ、
本当の意味でポジティブになれるんだ、ということ。


彼女のお話を伺いながら心がジーンとしました。
長い迷路のような道の時間を随分過ごしてきた彼女自身だからこそ
語れる言葉だなあって思いました。

2019年03月13日

落ちるところまで落ちてもいいんじゃないか、と気付きを得た母

お子さんを亡くした後、
随分時間が経ってから
自分の本当の気持ちに気付いたあるお母様。

常に頑張っているのに、力が湧いてこない、
そんな状況が続いたのでした。

でもある日思ったのだそうです。
何もそんなに頑張らなくても
落ち込んでいたら、それはそれでいいんじゃないかと。
落ちるところまで落ちて、
廃人のようにしばらく過ごしていようと。

無理して自分の気持ちに偽って振る舞う日々は
彼女にとって大きな心の負担になっていたのでした。

そして彼女はこう思ったのだそうです。
そのうちやがて、誰に言われるでもなく、
自分自身が「そろそろ、気持ちを上げて過ごそうかな」って
思うようになる、と。


苦しい時間を過ごしてきたんだなあ。。。

彼女の横顔を見てそう思いました。

2019年03月09日

自分の身の置き所がないほど辛くても

お子さんを亡くした後、慌ただしい時間の中で
自分のまわりにも大きな変化が起こって
そこからいくつかの月が巡って
ようやく一段落経った頃、
彼女は突如苦しい思いに駆られてしまうようになりました。

ふと浮かび上がってくるお子さんの思い出が
自分の心を強く絞めつける。
そこに伴う感情は懐かしさではなく、苦しさが甦る。
だからあんなにたくさん撮っていたお子さんの写真も
限られた数枚のもの以外、見ないようにしたのだそうです。

彼女は周りにも自分の苦しさを語らないで
一人でため込んで抑圧してきたそうです。
それでもやっぱり行きづまりを感じて落ち込む。

でも本当はそんな自分のことを自分自身、否定したいから
無理に強い自分を演じていたところもあったのだと。

通勤途中の電車の中、
誰かとお話をしている時、
そんな苦しい瞬間が訪れてしまうと
そこから自分の身の置き所が無くなって、
まるで自分の体が存在しないような感覚に襲われるのだと
彼女はお話されていました。


本当に苦しかったんだなあ。
そのお話を伺いながら彼女のこれまでの時間を思うと
心がジーンとしました。

彼女はいろいろな辛さの中から
新しい目標を見つけて頑張ろうと
今、心の中に決めていることがあるそうです。
すごいことだと思う!
彼女に敬意をはらいたいなあって思いました。
きっとそういうママのことを
天国からずっと見守ってきた
お子さんの力もすごなって思う。

苦しさの時間の中で目標を見つけ出した彼女は
とてもキラキラしていました。

来年の春には「桜咲く」だといいなあ。

2019年03月05日

語ることの意味と力

ある日突然、お子さんが今迄聞いたこともないような病気になって
様々な治療が始まった時、
親御さんの気持ちがとても現状に追い付かなくて
思考も感情も過去のある時点に留まったままになってしまう、
そういう場合があります。
医師からの説明を聞いても
何がどうつながっていくのかがわからなく
でも、それを質問する元気も湧いてこない。
すごく辛い気持ちであることは間違いないけれど
今、何が辛いのかさえもわからない。
お子さんが元気になって何をしたいのかも
思いつかない、あるお母様はそう語っていました。

やがてその時間が流れていく中で
親御さんはお子さんにとって必要な判断や行動が
とれなくなってしまいます。


そういう時は、誰かに自分の頭の中にあるもやもやを
話すことが解決の一歩になっていきます。
話すから物事が解決する、という単純なことではなくて
話すことによって自分でも気付いていなかったものが明らかになったり
だんだん心を落ち着かせて、
今は何からどうすべきなのかが少しずつ見えてくるから。

一人で抱え込んでいる時は
あなたのいつもの問題解決力も実行力も発揮できない。
それはお子さんにとって、残念なこと。

感情も思考も停止して
自分が自分じゃなくなってしまいそうな時
誰かに話してほしいです。

お話を伺った後、見違えるように変わったお母様の表情を見て
そう思いました。

一人で抱えて本当に苦しかったんだなあ。

2019年03月04日

とにかく一緒に頑張ろう ―そう心に決めた父

新しい家族の誕生に喜びと安堵が入り混じって
彼はドキドキしながら赤ちゃんの元を訪れたのでした。
小さな我が子は愛らしくて、かわいくて。
しかし自分が少し席を外した間に
医師から呼び出されたお父様。

我が子の容態が危険な状態になっているから
もっと設備の整った大きな病院に移って治療をしましょう、
そう医師から説明を聞いても
突然訪れた現状に心が追い付くだけで
精一杯だったのでした。

そして出産してまだ体調の思わしくない妻が
そんな衝撃的な話を聞いて大丈夫だろうかと気掛かりで
それでも彼は心に決めたのだそうです。
「とにかく妻と二人一緒に頑張ろう。」

自分はそれくらいしかできなかった・・・
当時を振り返ってそんな風に自嘲気味にお話されていましたが
でも心細い時に二人一緒に頑張ろう、
そういう思いが何より大事なんだと思います。


新しい治療によって
これからお子さんが元気になりますように!

2019年02月25日

死後、再び授けられた命の働き

人は誰しもこれからの人生、不確かなものではあるけれど
短い人生で先立ってしまった我が子が
自分のことを天からしっかり見守ってくれる、
だから何も怖がる必要ないんだって
そういう思いに至ったあるお母様。

彼女は力強さを心の中に携えて
新しいことに挑戦し始めたのでした。
我が子と一緒に頑張るよ、って。

そういう彼女の思いと共に
お子さんは亡くなった年齢以上の現世の人生を
母と共に歩むことができるんだなあ。

彼女の気持ちの切り替えによって
お子さんは再びこの世に命を授けられたことに
等しいのだと思いました。

彼女が我が子の人生も合わせて
二人分生きていく、ということは
すごく大事なことと思います。
ともすれば、お子さん亡き後の自分の人生、
時間がただ漫然と過ぎていくばかりに思えてしまいがちだけど
見守られながら二人分生きていく、
その意識によって
彼女はより一層、自分の人生の時間を大事に思うことができるから。

そしてお子さんは亡くなった後も
彼女にずっと親孝行し続けていることになるのです。
新しい命の形で。

2019年02月16日

ただ、そばにいてくれるだけで  ――母の心の支えになってくれる夫

「ただ、そばにいてくれるだけで、心強い。」

涙した彼女はご主人の存在をそう語っていたのでした。

我が子に起こった大きな変化、
どうなってしまうのか、怖くて、心細くて、
ぽっかり開いた大きな心の穴、
信じられない、自分にはこんな状況受け止められない、
彼女がそう思う時、
ご主人の存在はひたすらありがたくて
あたたかさが心にしみ渡っていたのだそうです。

逃げ出してしまいたいような現状、
これは夢だって否定したい現実、
でもそれらの時間を共有してくれたご主人は
彼女にとって大きな大きな心の拠り所だったそうです。

相手を信頼して、思いやって
そういう時間の積み重ねの中で培ってきた関係性は
いざ、という時にとても大きな力を発揮してくれるんだなって
彼女のお話を伺いながら思いました。

何か励ましたり、気の利いた言葉を求めているんじゃない。
辛い時間を逃げないで、分かち合ってくれた存在が
彼女を段々強くしてくれたのでした。



おうちで待ってくれているお兄ちゃんも
あなたのことを首を長くして待ってくれているよ。
また、一緒に遊ぼうねって!
春になったらみんなで一緒にお花見にでかけられるように
頑張ろう!


お子さんに始まる新しい治療、
きっとうまくいく!

2019年02月09日

弱さを自覚して強くなった父 その理由は・・・

自分は弱い人間だから・・・
そう人は自覚すると
何かと尻込みしたり、後ろ向きになってしまいがちです。
「だから、怖い。」
「だから、しない。」
「だから、できない。」

だけど、あるお父様が仰っていました。
それより上回る何かがあれば、
自分は自分の弱さを乗り越えられるって。
それは何?と尋ねたら
迷わず「こどもへの愛情だ」っておっしゃっていました。
本当は自分のことを幼少期からずっと弱い人間だと自覚していたけれど
それで強くなれるんだと。

なんだか、じーんとしました。

そして家の中で自分がマイナス思考ばかり続けているのは
家族みんなにとって良くないと思って
思考パターンを変えていったのだそうです。
恐らくそれはネガティブなトーンを持つ
マイナス思考というよりも
家族への責任を考える上、
用意周到、慎重さを持つがゆえの
思考なのだろうと思うけれど。


自分の弱さを自覚する人は
実はとても強さを秘めている人なんだと思う。
そして自分を変えていこうとする気概を持てる人も強いし
その変える努力を続けていける人も強いのだと思う

パパはこどもによって変わることができたし
こどもの存在がますますパパのことを強くしてくれている。


お子さんに新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

2019年01月30日

制限がある生活でもこどもはのびのび育ってくれる

お子さんが病気のために何かを食べることができない、
あるいは服用中の薬などの都合で
生活上、他のお子さんとは異なる点が出てくることってあります。

あるお父様は我が子には自分の病気を理解して
それを受け容れる姿勢を持ってほしいと願いました。
だからこそ、小さいうちから
本当に小さいうちから病気のこと、治療上のこと
食べてはいけないもの、そういうことを
しっかりお話してきたのだそうです。
普段の生活の中で気負うことなく。
当たり前のように、さりげなく。

こども、いや、大人だって
つい、他人を羨ましく思ったり
妬ましく思うものだけど
彼は我が子にそんな風に育ってほしくないと思ったので
奥様と一緒にそういう姿勢で子育てしてきたそうです。
そしてお子さんは「そういうものだ」と思って
素直に育ってくれたのでした。


物心つく頃、最初からそういう風に接していると
お子さんはちゃんと理解する。

もちろんそこには奥様が
本当に文字通り一生懸命工夫して
そのお子さんが食べられるものを使って
おいしく作って用意してくれていたことを
決して見逃してはいけないのだけど。

いろいろな制限のある生活でも
こどもはのびのびと育つ力を持っているし
その力を育む親御さんの力って本当にすごいなあって
改めて嬉しく思いました。

これから新しく始まる治療
きっとうまくいく!

2019年01月20日

寂しい、でも、二人分生きていこうと思う母

お子さんに先立たれた後、そのご両親にとっては
毎日の時間の流れが空虚に感じられ
早くこどもの後を追って天国で再会したい……
そういう衝動が溢れてしまう時が
あるかもしれません。

あるお母様はあれこれ心揺れる時があったけど
今はこう思うそうです。
我が子が生きるはずだったこれからの未来の時間、
我が子が謳歌するはずだった人生の時間を
自分は我が子と2人分、生きていこうと。
それは気負うとかそんなことではなくて
現世で今自分が生きている時間を大事に生きよう、
そういう気持ちです。

彼女の心の中に浮かぶお子さんのイメージは段々成長しています。
今は、お兄ちゃんみたいにポテトチップスを食べながら
自分の周りを飛んでいるんですって。
いつまでもベッドで寝ている姿じゃないんです。
成長著しいこの時期、刺激を欲するお子さんの
興味のアンテナはあちこち向いているから、
ママはあちこち出かけたり
いろんなことに挑戦しなくちゃね!
お子さんが生きていたら、きっとそうしていたはずだから。

彼女は今の時間をそうやって
息子の魂と共に大事に生きようとしている。

そういう彼女の生き様は、いつか彼女が天寿を全うして
お子さんに再会した時に
お子さんへのなによりの手土産になるんだと思います。

きっとお子さんは思うことでしょう。
自分のせいで親が苦しく辛い時間を終生過ごしたわけではなく
親は自分を心の中の礎にして、十分に生きてくれたのだと。

2019年01月18日

こだまする声

亡くなった赤ちゃんはお母さんの膝に座って
「ママが気付くまで大好きだよって言ってるよ」

お姉ちゃんはそう教えてくれたんだけど
ママには赤ちゃんの姿も見えないし、声も聞こえなくて
寂しい思いでいっぱいだったのでした。

だけど、そこから数年経って
お姉ちゃんが「ただいまー!」って挨拶した時に
その後でもう1つ「ただいま」の声がこだまのように
聞こえる時があるんだって彼女は教えてくれました。

きっと赤ちゃんの魂の声は
彼女にも聞こえるようになったんだなあ。
それを聞いてすごくすごく嬉しかった。

そして赤ちゃんも天国で成長しながら
現世のお姉ちゃんと今も一緒にお出かけしているんだなあって
思ったら、それもすごく嬉しかった。

どうかお姉ちゃんとの時間を楽しみながら
お姉ちゃんのことも守ってくれますように。

2018年12月27日

心地良い心の居場所を増やした母 ―親が付添で家を離れた子のために

お子さんがとても重い病気でしばらく入院生活が続く時、
病院によっては24時間付添を求められるところもあります。
私が若かりし頃、勤めていた病院では個室以外の付添は不可で
面会時間も1日数時間に限られていたので、
小児病棟の大部屋の家族付添は
「無し」が当たり前だと思っていたのですが
世の中いろいろな形があるものです。

24時間付添が求められる時、大抵、母親が付き添い、
週末など父親の仕事が休みの時に父母が交替して
付添するご家庭が多いのですが
親御さんにとっては家で待っているお子さんの
兄・姉・弟・妹への心配も尽きませんね。

あるお母様は覚悟を決めたそうです。
赤ちゃんは数カ月単位で入院が見込まれるし、退院してもこれからまた
入院する機会が出てくる可能性は否定できない。
病院生活とは切っても切れないご縁が続く。
だからこそ「うちはそういう家庭なんだ」と割り切って
家族揃って生活できないところから思考をスタートさせたのです。
その上で、おうちで過ごすお姉ちゃんの心の中に
影を落とさないようにするにはどうすべきなのか?を
考えるようになったそうです。

限られた時間、限られたマンパワーの中で
親として自分はどう動き、何を配慮すべきなのか?
それはお姉ちゃんをわがままに好き放題にさせるとか
そういう次元の話じゃありませんよ。

ママが赤ちゃんの付添でずっと離れているのは
自分は見放されているからなんだ、なんて
お姉ちゃんが誤解しちゃいけません。
我慢して、寂しくて、辛くて、つまらなくて……
そんな風に育つのではなくて、
制限があってものびのび、楽しさを感じながら
大きくなってほしいと彼女は願ったのでした。

彼女が見つけ出した結論は親以外にも信頼できる人から
いろいろと気にかけてもらって、たくさんの愛情をもらって
お姉ちゃんが親以外に自分の心地良い心の居場所を作れることでした。
そこにはもちろん周りの理解や協力を得ることがとても重要でした。


きっとお姉ちゃんは大きくなった時に思い出すことでしょう。
自分が寂しい思いをしないよう、母が心を砕いていた姿を。
親以外にも自分を慈しむ人々がいたことを。

2018年12月26日

「どん底まで行ったら、後は上るしかない」 ―変えられない事実を受け容れた母

NICUの保育器の中にいる小さな姿の我が子を前に
涙が止まらなかったあるお母様。
病院に母乳を届けるために
目の前に我が子がいない状態で3時間おきに搾乳することが
どれだけ苦しく辛いのかを語っていた彼女。
でもある日、突然気持ちに変化が起こったのだそうです。
「どん底まで行ったら、後は上るしかない」
目の前で小さな手足を一生懸命動かしている
我が子の姿に彼女は気付かされたのでした。
「我が子が頑張っているのに、親が泣くのも変な話じゃないか?」と。

そこから彼女は思ったのだそうです。
「小さく生まれてきたけれど、これから大きくなればいい」と。
それからは保育器の前で我が子に見せる顔は
明るい笑顔に変えていったのだそうです。
もちろん山あり谷ありのNICU生活では
その後、赤ちゃんの生命が危ぶまれる時も何度かあって
彼女が涙をこらえることができない時もありました。
だけど赤ちゃんはそのたび乗り越えてきたのでした。

お母様からそのお話を伺った時、心がジーンとしました。
今はこうして明るく語ることのできている彼女が
どれほど大きな試練を経て来たのだろうかと思って。


変えられない事実に心が囚われたままになっていると
本当に苦しくて、それは一生続いていく。
なぜならその事実は決して消えないのだから。
でも、その事実から派生する自分の感情をどう変えていくかは
その人自身の手に委ねられている。
彼女の話からそう思いました。

そして気持ちを変えることは
本人のみならず、家族も変えていくって思いました。
その赤ちゃんその後どうなったのか?
たくましく育っていきました。
自分が大変な時にママは笑顔や愛情を
いっぱい注ぎ続けてくれたから。
今いろいろ大変な局面を迎えているけれど、
きっと親が思う以上の頑張りを見せてくれるんだと思います。


新しく始まる治療で元気になって
おうちに帰ろうね。
あなたのこと大好きなお姉ちゃんも
首を長くして、あなたのこと待ってくれているから。

2018年12月24日

「普通でいよう」その言葉の裏にあるもの ―難病と診断された赤ちゃんの両親

お子さんが生まれてようやくおうちに帰って
家族水入らずの生活が始まり
嬉しさと賑やかさの中に
初めての子育てで大変さとちょっぴり不安が入り混じって
慌ただしく過ぎていた時間の中、
病院から来た連絡。
医師から赤ちゃんの病名として聞かされたものは
それまで聞いたこともないようなものでした。

初めはとてもそれが我が家に起きたことだと信じられなくて
ご夫婦の衝撃は計り知れないほど大きかった。
でもご夫婦はよく気持ちを話し合って
「病気を受け入れるしかないよね」って思ったんだそうです。
「現実なので、それはそれ」だと。

そして「じゃあこれからどうするか」って考えたのでした。


悲しい。でもそんなに落ち込んでいてもしょうがない。
病気だからって無理に明るく振る舞うのも嫌。


それで出した結論は「普通でいよう」って思ったのだそうです。


「自分ができることはそんなにないから、できることをやっただけです」
お父様はそうおっしゃっていました。

彼はそんな風に謙遜するけれど
でも私は思う。実はすごい決意が背景にあることを。
我が子の重い病気は若い夫婦の生活を翻弄していく。
だけどいろいろなことを含めて
そのすべてが自分たち家族にとっての日常だと
受け止めていく潔さがあることを。
そしてそれはご夫婦の心の強さの現われでもあるのだと。
病気を否定しても、しなくても
赤ちゃんの人生はもう始まって、続いているのだから。

赤ちゃんが大きくなった時、
ぜひその話を知ってほしいなって思う。
抱えきれないほどの衝撃があった時、
それをあなたのご両親はどう向かいあっていったのかを。
みんなで幸せを感じながら日々過ごしていくために。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年12月20日

ただわかってほしいだけなの。 ―母の苦悩に差す光

お子さんのことを考えると
気持ちがいっぱいいっぱいになって
もうどうしていいかわからない時、
自分のことを「何て無力なんだろう」って
途方に暮れてしまったお母様。
でも彼女はこうおっしゃっていました。
自分は誰かに何か解決策を求めているのではなくて
ただ自分の気持ちを話して、誰かにわかってほしいだけなのだと。


その通りだなあって思います。
誰かの考えた答えで自分の人生を前に進めていくわけではないのだから。
自分で考えて、考えて、そして決めていく。


そしてもやもやした行き場のない気持ちや思考を吐き出してしまえば
どこか心の中でストンと腑に落ちるものが出てきて
覚悟と言うか、自信と言うか、自己肯定と言うか、
「自分はこれで頑張ってみよう」っていう気持ちが
自分の中から湧き出てくる。
誰かにやらされている、のではなくて
自分で選ぶ、進む道。

だって自分の人生なんだものね。

「ただわかってほしいだけ」
そういう風に自分の中で答えが見えている人は
とても強さを秘めている人だと思う。
ショックなことが続いて一時的に道に迷ったとしても
必ず自分で前に進んでいける人なんだと思う。

2018年12月15日

心の中は大雨だったとしても ―涙を見せない父の本当の理由

医師から両親揃って話を聞いた時
初めて耳にした病気の名前。
生まれて数カ月も経っていない赤ちゃんが
難病だと知った母は泣き崩れてしまったのでした。
でもそこで涙なしに父は医師の話を聞き通したのでした。
母は父のことをなんて冷たい人なんだ……と思いました。
我が子の身の上に大変なことが起こっていると聞かされたのに
あなたはちっとも心が動かないのか?と。
心配ではないのか?と。

平静さを装って医師の話をしっかり聞いた父、
でも彼はその後一人、お手洗いの個室にこもって
号泣していたのでした。
家族に大変な悲しいことが起こった時
そのたび全員泣き崩れてしまっては
この先家族はどうなってしまうのか?
だから彼は奥様の前でしっかりした態度をとっていたのだそうです。

そして始まった治療、山あり谷ありです。
良くなったと思えば、また悪くなって
そしてまた良くなって、悪くなって、
生まれて数年間は病院と自宅の行ったり来たりで
随分長い時を過ごしました。
その間も彼は決してこどもの前では涙を見せなかったのでした。

「私はそんなに強い人間じゃない。」
やっぱり父だって一人の人間です。
だから彼は一人ぼっちになれる時間を得た時に
もうこれ以上泣く力も元気も残っていない、
というくらいまで泣くのだそうです。
そうすれば、自分が家族の前で涙を見せなくてすむから。


その話を伺った時、心がジーンとしました。

こどもの前で泣かない親を奨励しているわけではありません。
泣いてもいいし、泣かなくてもいい。
それは人それぞれ、家族それぞれ、
同じ人だって状況によってもちろん変わってくるし。

だけどそこで忘れてはいけないのは
泣かないで医師の話を聞いている親御さんのことを
「しっかり話を聞けている親」とか
「理解力のある親」とかそういう形容で片付けてはいけませんね。
もちろんしっかり、とか理解力ある、ことは正しいけれど
医師の話に頷きながら、相槌を打ちながら、
時折質問を交えながら話を聞いている時
心の中は大雨だということを忘れてはいけない。

そしてこども、家族が不安にならないように
自分がどうあるべきかを考えながら聞いている。
その大事な側面も忘れてはいけない。

お父様のお話を伺って改めてそのように思いました。

2018年12月03日

カフェやファミレスが母にくれた時間

病気にもいろいろあって
治療して、すっかり治って良かったね、というものもあれば
ずっとその病気とと共にこれからも生きていかなくちゃいけない、
というものもあります。
お子さんが後者の場合、看病、お世話する親御さんは
自分の気持ちのメンテナンスがとても重要です。

我が子が難病と診断されたあるお母様、
彼女はカフェに行って1時間ほど一人で過ごす時間が
すごく大事だと仰っていました。
もちろん家にはおいしいドリップコーヒーを淹れるマシンも
ちゃんとあるのだけれど、
外で過ごすその時間は格別だと。
そこで本を読んだり、ガラス越しに通り行く人の様子を眺めていると
気持ちが段々晴れて、充電できるのだそうです。

自分が外出している間、
家族にお世話をお願いして1時間だけ一人で外に出る。

気の合う友人と話をする時間も大事だけれど
一人で何も気を遣わないでボーっと心の赴くまま
コーヒーの香りと共に椅子に座る時間が
彼女の生活の中のスパイスになっていったそうです。

彼女の言葉を伺った後、もう10年以上も前に出会った
別のお母様のお話を思い出しました。
彼女のお子さんは夜間は呼吸器を使って、
数時間おきに身体の向きを変えることが必要、
もう一人お子さんもいるから、
家の中で育児と看病は本当に大変だったけど
彼女は朝、午前5時くらいからウオーキングにでかけて
1時間ほどファミレスでゆっくり本や新聞を読んで
自宅に戻るのだそうです。
ファミレスなら一人で行っても
空いている時間なら大きな4人掛けのソファ席に案内してくれるし
24時間開いているから、開店時間を気にしなくてもいいですし。

そのきっかけはご主人の提案だったそうです。
彼は仕事が忙しくて夜は早く帰って来れないけれど
早朝なら確実に自分がまだ自宅にいて
こどもの世話をすることができる。
せめてその時間だけは奥様を子育てと看病から解放してあげたいと
ご主人は思ったのだそうです。
自分もこの子の親なんだからって。
奥様任せばかりじゃいけないって。


自分の精神をどうやって良い状態にキープできるか
人それぞれ、違うだろうし
家庭の事情も違うけれども
やっぱり煮詰まった気持ちのままでいることは
良くないですし、気分転換は大事です。

親だって人間ですから。

2018年11月29日

感情を停止させて赤ちゃんを見送る両親

頑張って、生き抜いた赤ちゃんを見送った両親、
気丈に振る舞うその姿は
周りからはしっかりしているように見えるかもしれないけれど
本当はあまりのショックと悲しみで、心の動きを停止させて
淡々と、やらなければいけない行動をとっているだけ、
ということもあるのです。

出てくるはずの涙も心の中で凍結させてしまって
本当は頬を流れ出てくる涙の何十倍も
心の中にしまっているだけなのです。

短く逝ってしまったその人生、
どうして、うちの子が?
答えの見つからない闇夜の森に入っていくと
行き先を見失って、途方に暮れてしまうけれど
赤ちゃんが旅立つ前、周りにたくさん天使がやってくるそうです。
それは大人にはなかなか見えない天使たち。
見えないからと言って、
そういう守ってくれる存在が
いないわけではないのです。


あなたはこの世の中で今、受けられる
最高の、最大の治療を全部受けて
いっぱい、一生懸命頑張った。
あなたの人生はかけがえのないもの。
それは、家族みんなが感じていることだよ。
チューブも機械も点滴も外れた今、
自由にいっぱい抱っこしてもらおう。
帰りたかったおうちだものね。
みんなが待っていてくれたおうちだものね。

2018年11月28日

母を導いた我が子の姿

今迄一度も聞いたことがないような病名を
我が子の病気として医師から説明されたあるお母様。
ネットで調べようと思っても
なかなか十分な情報量が得られないその病気、
たどり着いた情報は随分古いものでしたが
彼女はそれに気づかず、しばらく悩み、苦しみ、
一時は自分の生命を放棄したいと思うほど
ショックを受けていたのでした。
でも、段々気持ちが変わっていったのです。

その理由はいろいろな治療を受けて頑張っている
小さな我が子の姿を見たからでした。
はじめのうちは、ごめんねってずっと謝ってばかりいたけれど
今では「頑張ってくれてありがとう」って
その姿に言えるようになったのでした。

そして我が子の頑張りを見ていたら、
自分も頑張らなくちゃと思うようになりました。
メソメソしてもしょうがないなあって思って。
今から未来を悲観してもしょうがないなあって思って。
医療は毎年目覚ましい進歩を遂げているから
未来の我が子の成長を悲観する必要はないって。
今、こうして受けられる治療もあるのだし。

すがすがしい笑顔でピンと背を伸ばして
歩く彼女の姿は、とてもキラキラしていました。
それは自分自身で大きな苦悩を乗り越えたからですね。きっと。

これから始まる新しい治療
きっとうまくいく!

2018年11月24日

うちに生まれて幸せだねー!の理由  ―難病と診断された赤ちゃんの両親

赤ちゃんが誕生して「この子はうちに生まれて幸せだねー!」
そう両親から言われる赤ちゃん。
「うちに生まれて」
その理由はいろいろな理由がありますね。
それぞれの家庭で。

だけど、そのおうちで両親がそうおっしゃったのは
両親二人ともが同じ感性を持っている、という理由でした。

赤ちゃんは生まれて早い時期に「難病」と診断されていました。
でも両親はそこで悲観しなかったそうです。
これから生きていけるんだろうか、
ちゃんと成長できるんだろうか、
将来はどうなるんだろう・・・。
だけど、心配したところでなあって、思ったんですって。
そこから何も良いことが生まれるわけではないって。

かわいそうって考えても、生まれる前に時間を戻せるわけではない。
「あの時、ああだったら・・・」とか
「もし、ああであれば・・・」とか。
そう思っても、どうしようもない。
そこにとらわれて、とどまることがすごく嫌だって思ったそうです。

そして、今、ここで頑張らなくちゃと思ったんですって。
その今、はまさにお話をしていた今、のことじゃなくて
毎日、毎日続く「今」という瞬間のこと。
いつもいつも、今がスタート地点なのだから、
そこから進めばいいんだって。
毎日、毎時、毎分、仕切り直しってことですね。
そして何か起きたら、
次どうするか考えればいいんだって。


我が子に「かわいそう」って不憫に思う眼差しを向けたら
頑張っている我が子に失礼だ、と思うのだそうです。
だから頑張る我が子に
ますます「頑張れよー」って思うんですって。
もちろん頑張る我が子に「頑張りが足りないぞ」って
厳しい目を向けているのではないですよ。
頑張っている、その状態をあたたかい眼差しで賛同し、
見守っているという意味です。

そのお話を伺いながら、とても心がジーンとしました。


ご両親は二人とも、同じ感性。
「かわいそう」って思わない。
大変な治療を受けている最中であっても
それは我が子が頑張っている証。

そう二人の親が考えるおうちに生まれて来たから
我が子は幸せだよねって夫婦二人でお話していたそうです。


これからどういうことがあっても
きっとそのたび赤ちゃんとご両親は
一緒に前向きに頑張っていけるね。
赤ちゃんはすごく心強いだろうなあ。

多くの人が絶望を感じてうちひしがれる時、
ご両親はその中でも何か希望を見出す力が
非常に優れている方なんだと思います。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!
おうちで待ってる、小さなお姉ちゃんも
あなたの帰りを楽しみに待っているよ。

2018年11月19日

亡き子への悔やむ思いをやめる理由 ―ある母親の話

亡くなったお子さんのことを思い出す時、
当時、あんなにお子さんに
全力で尽くしていたというのに
あれもこれもと悔やむ気持ちが浮上する
親御さんがいらっしゃいます。

自分がお子さんのために
まるで何一つ良きことができていなかったのように思ったり。
決してそんなことはないのに。
そして自分がやってきたことと
まったく反対のことを選んでいたとしたら
お子さんは今も生き続けていたかもしれないと思ってみたり。

そしてお子さん亡き後、今、生きている
自分を責める気持ちがでてきてしまう。



あるお母様はそういう気持ちに苛まれた時
思い直すようにしたそうです。
今ある自分は当時のお子さんとしっかり
向き合ってきたことにより出来上がった自分なのだと。
今、生きている自分を否定することは
お子さんが遺してくれた自分を否定することになるのだと。
だから今の自分を大切に思うことは、
お子さんへ感謝を向けることに等しいと気付いたのでした。

そういう風に自分で思えるようになった彼女。
お子さんは天国で元気に遊びながらも
彼女のことをしっかり守り、導いてくれているのだなあ。

亡くなってからもすごいお役目、
すごいお仕事を今も成しているのだなあと思いました。

2018年11月16日

こどもが死を悩む時

「うちはまだ幼稚園だし」「小学生だしね・・・」
そんな風に親御さんは思っていても
幼い頃から入退院を繰り返しているこどもの中には
肉体年齢よりもずっと精神年齢が進んでいるこどもがいます。
たとえば本当は6歳なのに、まるで中学生くらいのような
しっかりした考えを話してみたり。
でもそれはバランスのとれた精神年齢というわけではなくて
全体の中のある部分だけ突出しているというか。

確かにその部分は14歳相当かもしれない。
でもその部分を考えるために必要な他の部分は
6歳だから、一人で考えていくうちに
考えが行き詰まってしまうこともあるのです。
たとえば死の問題とか。
自分が決して死に瀕するような病状でなかったとしても
何かをきっかけに、とても身近に考えるように
なることもあります。

でも行き詰まりをきちんと言葉にして大人に伝えられなくて
心の中でくすぶったままでいると
時々そのくすぶりが頭をもたげて、
本人を苦しめる場合があります。
悪夢として現われて、夜目覚め、不安になって。

こどもが死について考えを巡らしている、と親が知ったら
「そんな縁起でもないこと、考えないで」とか
「楽しいことして遊ぼう」という風に
接してしまうかもしれません。

でも思うのです。
確かにその場はそれで収まるのかもしれないけれど
こどもの心の中のくすぶりは決して消えてはいないのだと。
何をどう怖いと思っているのか。不安に思っているのか。
その部分を心の奥から言葉に変えて出して
一緒に親が考える、
それが必要なのではないかなあって思います。

親だってもちろん「今迄そんなこと考えないようにしてた」かもしれない。
でも、親さえも正面から向き合えないことに
もしもこどもが向き合って、そこで悩んでいるのならば
親も子も一緒に考えることはすごく意味があることなんだと思う。
そこで死について抱えていた疑問が晴れなかったとしても
それはそれで、良いのだと思う。

自分が抱えていた悩みを
親が一緒に真剣に考えてくれた、という事実が
こどもにとってはものすごく大きなことなんだと思う。

あるお父様のお話を伺ってそのように思いました。

2018年11月12日

辛い時は、夫婦一緒に泣けば良い

赤ちゃんがとても重い病気と診断され
根治を目指せるのではなくて
手術をしても薬をずっと必要とする病気だと聞かされた時
それは父親、母親両方にとって
言葉にならないほどの大きな衝撃です。

その中でよくあるのが
産後の奥様の心と身体を気遣うあまりに
「自分が頑張らなくちゃ、どうする!」と
自分の気持ちを押し隠したままで
面会、看病、仕事に忙しい日々を送る父親のケースです。
大抵そういう方は、奥様の前でも涙を見せず
とにかく強い父、強い夫でいようと頑張るのです。

奥様に負担をかけたくない
自分が家族を守りたい、
そういう彼らの気持ちはとてもよく伝わってきます。

でも、父親だって一人の人間です。
本当はお子さんのこれからの治療、将来を考えて
心細くなったり、不安で泣きじゃくる妻の前で
「大丈夫だから」と妻を励ましながらも
実は自分も「もう、俺もいっぱいいっぱいだ……」
そう心の中でつぶやいている父親もいるのです。

いろいろなご家族にお目にかかって感じることは
一人でたくさんの悲しみを背負うよりも
ご夫婦二人で分かち合った方が良い、ということ。
どんなにご主人が奥様を気遣って
自分の心をひた隠しにしたとしても
奥様はそれをちゃんとわかっているのです。
夫は強がっているけど、本心じゃない、と。

泣きたいときは二人で一緒に泣いて
それで涙が枯れ果てるくらい泣いたら
次は二人で、これからどうしようか、って考えれば良いのだと思う。
一緒に越えていくことによって
お互いがより一層以前よりも強く頑張れるようになるから。

彼は奥様に自分の本当の気持ち、
これ以上、一人では抱えきれない、
そういう気持ちを伝えたそうです。
その後、奥様から彼を気遣う言葉を
かけてもらえるようになったそうです。
妻が自分の大変さもわかってくれる、
そう思えるだけで、随分気持ちが励まされたのでした。

一人で抱えきれない重さは
二人で抱えていけば良い。
だって赤ちゃんは二人のお子さんなのだから。
一人だけで背負う必要はないもの。

ずっとこらえていた涙が
ぽろーっと頬をつたった父の横顔を見て
そのように思いました。


新しく始まる治療きっとうまくいく!
ご夫婦の心の結束は赤ちゃんにしっかり届くよ!

元気になったら、父の願いの通りに
おうちの近くの公園に家族3人、
一緒にお散歩に出かける日が必ずくるから!

2018年11月01日

悩んだ分だけ強くなれた父

我が子が難病と医師から言われ
とても現実のこととは思えなくて
受け止めきれなくて、
信じられない、逃げ出したくなる・・・
親御さんはそういう気持ちになるかもしれません。

医師から聞いてとにかく1週間ほどは
涙があふれて、涙があふれて・・・
そう振り返るお父様。

だけど、やがて流れる時間の中で
気持ちが固まっていったそうです。
「大変だからこそ、自分たちの所に生まれてきてくれたんだろう」と。
「今の環境の中で、最善にしていくしかない」と。
「そのためには目の前のことを1つずつ、ちゃんとやっていこう」と。


そうやって、段々彼は「強い父」になっていきました。
信念と愛情を日々の行動へと変えて。

大変だったろうなあ。
お話を伺いながら、なんだか心がジーンとしました。
でも、誰かに押し付けられたわけではなくて
自分で出した答えだから、より一層強くなれたんだろうと思います。


新しい治療、きっとうまくいく!


パパだけでなく、ママもお姉ちゃんも
あなたが「絶対元気になる」って
応援して、待っているから。
元気になろうね!

2018年10月30日

難病のこどもに病気を説明することを迷った父

お子さんが難病だと診断され
その時、その時に必要な治療を
一つずつやってきた、あるご家庭。
そのおかげでお子さんは小学校にも
無事通えるくらい成長したのでした。

ご両親はお子さんに病気のことは
「○○が悪いんだよ」という風に説明していたそうです。
でもお子さんは入院生活を繰り返すうちに
幼い耳であっても医療従事者の話す言葉を
しっかりキャッチするようになります。
そして親が説明してくれたこと以上に
実は自分の病気のことを相当理解していたようです。
そしていろいろ親に言えずに悩んでいたのでした。


そのお父様は仰っていました。
どこがどう悪いから、将来どうなる可能性があるのか、
そういうことをきちんと話せなかったのは
親として自分自身が、
我が子の病気に真正面から向き合えていなかったのかもと。
そして話すのであれば悲観的な話で終わるのは嫌だった。
病気のことを話した時に、絶望をもたらすのではなく
「こういう治療があるから、大丈夫なんだよ」って
安心させてあげたかった、
でもこれまでその治療がはっきりと定まっていなかったから
お子さんに話す勇気がなかったのだと。

正直な気持ちだと思います。


どういう状況であっても
その時に一番いい方法を一緒に見つけていこう、
そういう姿勢の親の元では
お子さんはきっと安心できると思います。

彼は奥様と一生懸命考えて、
お子さんにとって一番良いと思える治療法を選択しました。
それを語るその横顔は、実に自信に満ちてキラキラしていました。

そしてそのお子さんも
その治療に向かって頑張って行きたい、そう思ったのでした。



親だって人間だもの。
いろいろ迷う。
でも、我が子のために真摯に考えて選んだ答えは
お子さんにとって大正解なんだと、私は思う。
それはお子さんもよーく、わかっている。

2018年10月27日

尻込みする母の手を引いてくれた父の言葉

考えても、考えても、
答えの見つからないことってありますね。
たとえば「どうしてうちの子がそんな重い病気になってしまったの?」

きっとそれは世界中の医師に尋ねても
答えの出てこない問い。
彼女はご主人と二人で
ぐるぐる頭の中を廻るその問いに
悩み、落ち込んでいたそうです。

そして何十年も親として人生経験積んできているわけじゃない、
まだほやほやの新米ママ、パパである自分自身に
自信を持てなくなっていました。

でも、病院のたくさんの点滴やモニターに囲まれて
ベッドに横たわり頑張っている赤ちゃんの姿を見て、
我に返ったんだそうです。
誰が何といおうと、赤ちゃんの親は自分たちなんだからって。

そしてご主人の一言が尻込みする彼女の手を引いてくれたそうです。
「前に進むしかない!」という彼の言葉。

たとえどんなに若くても、
人生経験を積んでいなかったとしても
「前に進むしかない!」
そう思えるカップルの元では
赤ちゃんは安心して生きていくことができると思います。

これからパパとママと赤ちゃんで
一緒にいろいろな経験をしていけばいい。
それがやがて、家族みんなの自信になっていく。
今の心許なさが永遠に続くわけじゃない。
いつしか、心の中で「大丈夫だ」そういう自信が
少しずつ広がっていくはずだから。

母の頬を伝っていた一生懸命な涙を見て
そう思いました。


新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月20日

動いた分だけ現在進行形、と覚悟を決めた父

「あなたのお子さんの病気は○○○○○です」。
そう医師から言われて、今迄1度も耳にしたことのないような病気の治療に
これからどうなっていくんだろうと、心が翻弄されたお父様。
そしていろいろな治療が始まっても
すっきり思うように回復しない日々。
親として、この子に何をしてあげられるんだろう…
頭の中はぐるぐる、ぐるぐる。
どこに向かって歩いていけばいいんだろう。
そして歩こうと思った途端に外野からあれこれ入ってくる声。
進むのか、止まるのか、別の道を探すのか?

そういう時、彼は自分の選んだ道を前に進もうと決めたそうです。
考えているだけじゃ物事は進まないから、って。
そして自分が動けば、動いた分だけ現在進行形だからって。

名言だなあと思いました。
「動いた分だけ現在進行形」

もちろん彼は無防備に道を突っ走るのではなくて
その前に十分、その道に進む時の様々なリスクも考えたそうです。
奥様と話し合って。
でも、結局はやってみなければわからないことが多い。
そして、もし自分たちが期待したような結果につながらなくても
その時は、またそこから最善の道を考えていけばいいのだと
思ったそうです。
こどもがこうして頑張っているのだから。


そう語ってくれました。
若い父親のその覚悟、私にはあまりにも神々しくて眩しかった。

あなたのその覚悟、
それを知ったらお子さんはきっと心強く嬉しく思うことだろう。

新しい治療、きっとうまくいく。

2018年10月18日

母の心を救った幼いこども

お子さんがとても重い病気で、
医師から聞くお子さんの病状は
いつも親の心が崖から強く突き落とされるかのような辛い話ばかりで
ああ、もう自分もどうにかなってしまいそうだって
彼女は追い詰められたような気持ちになっていたのでした。

それでも鬱にならないで過ごしてこれたのはなぜか?

それはお子さんのごきょうだいの存在があったからだそうです。

入院しているお子さんのことばかりで
頭も心も埋め尽くされていて、落ち込んでも
家に帰ればもう1人のお子さんが待っている。
そのお子さんのためにも自分がずっと
落ち込んでばかりではいられない、と。

そしてこうも思ったんですって。
人は生まれた時から運命が決まってる、
そう自分に言い聞かせたそうです。

でも、彼女は運命だからと言って
お子さんの人生を諦めたり
人生投げたわけじゃないのです。

そういう運命のもとで生きなくてはいけなかったとしても
そこでどれだけ最大限こどもが幸せに過ごせるか?
そう彼女は必死に考えたのでした。

そういう母の毎日の積み重ねによって
お子さんは生きてくることができたのでした。
それも周りの予測より良い状態で。

彼女がそう頑張り続けられたのは家族の存在が大きかったそうです。
ご主人は仕事がとても忙しくて、
いつも一緒にいられるわけではないけれど
彼女が苦手な部分をしっかりフォローしてくれました。
まだ幼いお姉ちゃんはママが自宅で一生懸命
心を尽して赤ちゃんのお世話をする様子を見て
ママの真似をするようになりました。
ママが洗濯物を干して、ちょっと目を話しているすきに
赤ちゃんが具合が悪そうになったときは
ママの背中に向かって、それをお姉ちゃんが教えてくれました。
ごっこ遊びをする時は、赤ちゃんのそばで、赤ちゃんと一緒にやりました。
楽しい時間を独り占めしないで
赤ちゃんも一緒に楽しめるように。

彼女からそのお話を伺った時、
なんだか心がジーンとしました。

幼いからと言って何も分からないわけじゃない。
幼い心だからこそ、心に刻めることがある。



一生懸命頑張っている人のことを
誰かがどこかで必ず見ている。

その頑張りはきっと何かのご縁で廻り廻って
幸せの形に変わってその人の元にやってくる。

強くそう思いました。

あのご家族に幸せなことがもっといっぱいありますように……。

2018年10月17日

過去にとらわれる自分を打ち消す母

忙しいながらも、順調にすくすく育つ我が子の姿に
安堵を感じていた時、急に具合が悪くなって
あっというまにどんどん症状が進んで
医師から衝撃的な病名を告げられた時、
人はなかなかその事実を受け容れられないものです。

病院で過ごす時間、
それが1日、2日、1週間、1カ月と過ぎ
いつしか何カ月も経っていくと
彼女はふとした時に「あの頃に戻りたい……」と
心揺さぶられる思いに駆られる瞬間が
何度も湧き上がったのだそうです。
我が子が健康だった、何も心配のなかったあの頃に。

でも、彼女はそういう時、いつも自分に言い聞かせるそうです。
今、我が子は頑張っているんだぞって。
そういう風に思っちゃダメだって。
いつまでもそう思っていたら、我が子に申し訳ないぞって。

そう言い聞かせて、心奮い立たせているのだそうです。


「あの頃が良かった」そう思うということは
すなわち「今は良くない」ということだものね。
「今は良くない」そう思うことは自由だけれども、
その「良くない」状態とともに今を生きているお子さんは
良かろうが、良くなかろうが
それが自分なのだものね。
「今は良くない」それは
今の自分を否定されることだものね。
こどもの病気、
それはこどもの努力によって
どうにか改善できるものではないものね。


彼女はとても素敵で、その爽やかな笑顔は
きっと誰もが魅了されるはず。
そんな彼女が苦悩を繰り返していたとは
事情を知らない方は全く想像がつかないことでしょう。

苦悩を繰り返してきた彼女は
とても強くなりました。
簡単にはへこたれない、打たれ強い母になりました。
治療の先にあった光が消えそうになっても
今度は自分の力でその光を探し求めて
新たに光にたどり着きました。

どんなに我が子が重症であっても
我が子の生きようとする力を信じて
心から慈しみ、家族みんなで大事に育てて来た彼女。

道なきところに道を作る。
彼女はそういう力を持っている人なのだと思いました。
そしてその力は重症の我が子と共に生きることを覚悟した
彼女に与えられた天からのギフトなのだと思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!