2019年02月16日

ただ、そばにいてくれるだけで  ――母の心の支えになってくれる夫

「ただ、そばにいてくれるだけで、心強い。」

涙した彼女はご主人の存在をそう語っていたのでした。

我が子に起こった大きな変化、
どうなってしまうのか、怖くて、心細くて、
ぽっかり開いた大きな心の穴、
信じられない、自分にはこんな状況受け止められない、
彼女がそう思う時、
ご主人の存在はひたすらありがたくて
あたたかさが心にしみ渡っていたのだそうです。

逃げ出してしまいたいような現状、
これは夢だって否定したい現実、
でもそれらの時間を共有してくれたご主人は
彼女にとって大きな大きな心の拠り所だったそうです。

相手を信頼して、思いやって
そういう時間の積み重ねの中で培ってきた関係性は
いざ、という時にとても大きな力を発揮してくれるんだなって
彼女のお話を伺いながら思いました。

何か励ましたり、気の利いた言葉を求めているんじゃない。
辛い時間を逃げないで、分かち合ってくれた存在が
彼女を段々強くしてくれたのでした。



おうちで待ってくれているお兄ちゃんも
あなたのことを首を長くして待ってくれているよ。
また、一緒に遊ぼうねって!
春になったらみんなで一緒にお花見にでかけられるように
頑張ろう!


お子さんに始まる新しい治療、
きっとうまくいく!

2019年02月09日

弱さを自覚して強くなった父 その理由は・・・

自分は弱い人間だから・・・
そう人は自覚すると
何かと尻込みしたり、後ろ向きになってしまいがちです。
「だから、怖い。」
「だから、しない。」
「だから、できない。」

だけど、あるお父様が仰っていました。
それより上回る何かがあれば、
自分は自分の弱さを乗り越えられるって。
それは何?と尋ねたら
迷わず「こどもへの愛情だ」っておっしゃっていました。
本当は自分のことを幼少期からずっと弱い人間だと自覚していたけれど
それで強くなれるんだと。

なんだか、じーんとしました。

そして家の中で自分がマイナス思考ばかり続けているのは
家族みんなにとって良くないと思って
思考パターンを変えていったのだそうです。
恐らくそれはネガティブなトーンを持つ
マイナス思考というよりも
家族への責任を考える上、
用意周到、慎重さを持つがゆえの
思考なのだろうと思うけれど。


自分の弱さを自覚する人は
実はとても強さを秘めている人なんだと思う。
そして自分を変えていこうとする気概を持てる人も強いし
その変える努力を続けていける人も強いのだと思う

パパはこどもによって変わることができたし
こどもの存在がますますパパのことを強くしてくれている。


お子さんに新しく始まる治療、
きっとうまくいく!

2019年01月30日

制限がある生活でもこどもはのびのび育ってくれる

お子さんが病気のために何かを食べることができない、
あるいは服用中の薬などの都合で
生活上、他のお子さんとは異なる点が出てくることってあります。

あるお父様は我が子には自分の病気を理解して
それを受け容れる姿勢を持ってほしいと願いました。
だからこそ、小さいうちから
本当に小さいうちから病気のこと、治療上のこと
食べてはいけないもの、そういうことを
しっかりお話してきたのだそうです。
普段の生活の中で気負うことなく。
当たり前のように、さりげなく。

こども、いや、大人だって
つい、他人を羨ましく思ったり
妬ましく思うものだけど
彼は我が子にそんな風に育ってほしくないと思ったので
奥様と一緒にそういう姿勢で子育てしてきたそうです。
そしてお子さんは「そういうものだ」と思って
素直に育ってくれたのでした。


物心つく頃、最初からそういう風に接していると
お子さんはちゃんと理解する。

もちろんそこには奥様が
本当に文字通り一生懸命工夫して
そのお子さんが食べられるものを使って
おいしく作って用意してくれていたことを
決して見逃してはいけないのだけど。

いろいろな制限のある生活でも
こどもはのびのびと育つ力を持っているし
その力を育む親御さんの力って本当にすごいなあって
改めて嬉しく思いました。

これから新しく始まる治療
きっとうまくいく!

2019年01月20日

寂しい、でも、二人分生きていこうと思う母

お子さんに先立たれた後、そのご両親にとっては
毎日の時間の流れが空虚に感じられ
早くこどもの後を追って天国で再会したい……
そういう衝動が溢れてしまう時が
あるかもしれません。

あるお母様はあれこれ心揺れる時があったけど
今はこう思うそうです。
我が子が生きるはずだったこれからの未来の時間、
我が子が謳歌するはずだった人生の時間を
自分は我が子と2人分、生きていこうと。
それは気負うとかそんなことではなくて
現世で今自分が生きている時間を大事に生きよう、
そういう気持ちです。

彼女の心の中に浮かぶお子さんのイメージは段々成長しています。
今は、お兄ちゃんみたいにポテトチップスを食べながら
自分の周りを飛んでいるんですって。
いつまでもベッドで寝ている姿じゃないんです。
成長著しいこの時期、刺激を欲するお子さんの
興味のアンテナはあちこち向いているから、
ママはあちこち出かけたり
いろんなことに挑戦しなくちゃね!
お子さんが生きていたら、きっとそうしていたはずだから。

彼女は今の時間をそうやって
息子の魂と共に大事に生きようとしている。

そういう彼女の生き様は、いつか彼女が天寿を全うして
お子さんに再会した時に
お子さんへのなによりの手土産になるんだと思います。

きっとお子さんは思うことでしょう。
自分のせいで親が苦しく辛い時間を終生過ごしたわけではなく
親は自分を心の中の礎にして、十分に生きてくれたのだと。

2019年01月18日

こだまする声

亡くなった赤ちゃんはお母さんの膝に座って
「ママが気付くまで大好きだよって言ってるよ」

お姉ちゃんはそう教えてくれたんだけど
ママには赤ちゃんの姿も見えないし、声も聞こえなくて
寂しい思いでいっぱいだったのでした。

だけど、そこから数年経って
お姉ちゃんが「ただいまー!」って挨拶した時に
その後でもう1つ「ただいま」の声がこだまのように
聞こえる時があるんだって彼女は教えてくれました。

きっと赤ちゃんの魂の声は
彼女にも聞こえるようになったんだなあ。
それを聞いてすごくすごく嬉しかった。

そして赤ちゃんも天国で成長しながら
現世のお姉ちゃんと今も一緒にお出かけしているんだなあって
思ったら、それもすごく嬉しかった。

どうかお姉ちゃんとの時間を楽しみながら
お姉ちゃんのことも守ってくれますように。

2018年12月27日

心地良い心の居場所を増やした母 ―親が付添で家を離れた子のために

お子さんがとても重い病気でしばらく入院生活が続く時、
病院によっては24時間付添を求められるところもあります。
私が若かりし頃、勤めていた病院では個室以外の付添は不可で
面会時間も1日数時間に限られていたので、
小児病棟の大部屋の家族付添は
「無し」が当たり前だと思っていたのですが
世の中いろいろな形があるものです。

24時間付添が求められる時、大抵、母親が付き添い、
週末など父親の仕事が休みの時に父母が交替して
付添するご家庭が多いのですが
親御さんにとっては家で待っているお子さんの
兄・姉・弟・妹への心配も尽きませんね。

あるお母様は覚悟を決めたそうです。
赤ちゃんは数カ月単位で入院が見込まれるし、退院してもこれからまた
入院する機会が出てくる可能性は否定できない。
病院生活とは切っても切れないご縁が続く。
だからこそ「うちはそういう家庭なんだ」と割り切って
家族揃って生活できないところから思考をスタートさせたのです。
その上で、おうちで過ごすお姉ちゃんの心の中に
影を落とさないようにするにはどうすべきなのか?を
考えるようになったそうです。

限られた時間、限られたマンパワーの中で
親として自分はどう動き、何を配慮すべきなのか?
それはお姉ちゃんをわがままに好き放題にさせるとか
そういう次元の話じゃありませんよ。

ママが赤ちゃんの付添でずっと離れているのは
自分は見放されているからなんだ、なんて
お姉ちゃんが誤解しちゃいけません。
我慢して、寂しくて、辛くて、つまらなくて……
そんな風に育つのではなくて、
制限があってものびのび、楽しさを感じながら
大きくなってほしいと彼女は願ったのでした。

彼女が見つけ出した結論は親以外にも信頼できる人から
いろいろと気にかけてもらって、たくさんの愛情をもらって
お姉ちゃんが親以外に自分の心地良い心の居場所を作れることでした。
そこにはもちろん周りの理解や協力を得ることがとても重要でした。


きっとお姉ちゃんは大きくなった時に思い出すことでしょう。
自分が寂しい思いをしないよう、母が心を砕いていた姿を。
親以外にも自分を慈しむ人々がいたことを。

2018年12月26日

「どん底まで行ったら、後は上るしかない」 ―変えられない事実を受け容れた母

NICUの保育器の中にいる小さな姿の我が子を前に
涙が止まらなかったあるお母様。
病院に母乳を届けるために
目の前に我が子がいない状態で3時間おきに搾乳することが
どれだけ苦しく辛いのかを語っていた彼女。
でもある日、突然気持ちに変化が起こったのだそうです。
「どん底まで行ったら、後は上るしかない」
目の前で小さな手足を一生懸命動かしている
我が子の姿に彼女は気付かされたのでした。
「我が子が頑張っているのに、親が泣くのも変な話じゃないか?」と。

そこから彼女は思ったのだそうです。
「小さく生まれてきたけれど、これから大きくなればいい」と。
それからは保育器の前で我が子に見せる顔は
明るい笑顔に変えていったのだそうです。
もちろん山あり谷ありのNICU生活では
その後、赤ちゃんの生命が危ぶまれる時も何度かあって
彼女が涙をこらえることができない時もありました。
だけど赤ちゃんはそのたび乗り越えてきたのでした。

お母様からそのお話を伺った時、心がジーンとしました。
今はこうして明るく語ることのできている彼女が
どれほど大きな試練を経て来たのだろうかと思って。


変えられない事実に心が囚われたままになっていると
本当に苦しくて、それは一生続いていく。
なぜならその事実は決して消えないのだから。
でも、その事実から派生する自分の感情をどう変えていくかは
その人自身の手に委ねられている。
彼女の話からそう思いました。

そして気持ちを変えることは
本人のみならず、家族も変えていくって思いました。
その赤ちゃんその後どうなったのか?
たくましく育っていきました。
自分が大変な時にママは笑顔や愛情を
いっぱい注ぎ続けてくれたから。
今いろいろ大変な局面を迎えているけれど、
きっと親が思う以上の頑張りを見せてくれるんだと思います。


新しく始まる治療で元気になって
おうちに帰ろうね。
あなたのこと大好きなお姉ちゃんも
首を長くして、あなたのこと待ってくれているから。

2018年12月24日

「普通でいよう」その言葉の裏にあるもの ―難病と診断された赤ちゃんの両親

お子さんが生まれてようやくおうちに帰って
家族水入らずの生活が始まり
嬉しさと賑やかさの中に
初めての子育てで大変さとちょっぴり不安が入り混じって
慌ただしく過ぎていた時間の中、
病院から来た連絡。
医師から赤ちゃんの病名として聞かされたものは
それまで聞いたこともないようなものでした。

初めはとてもそれが我が家に起きたことだと信じられなくて
ご夫婦の衝撃は計り知れないほど大きかった。
でもご夫婦はよく気持ちを話し合って
「病気を受け入れるしかないよね」って思ったんだそうです。
「現実なので、それはそれ」だと。

そして「じゃあこれからどうするか」って考えたのでした。


悲しい。でもそんなに落ち込んでいてもしょうがない。
病気だからって無理に明るく振る舞うのも嫌。


それで出した結論は「普通でいよう」って思ったのだそうです。


「自分ができることはそんなにないから、できることをやっただけです」
お父様はそうおっしゃっていました。

彼はそんな風に謙遜するけれど
でも私は思う。実はすごい決意が背景にあることを。
我が子の重い病気は若い夫婦の生活を翻弄していく。
だけどいろいろなことを含めて
そのすべてが自分たち家族にとっての日常だと
受け止めていく潔さがあることを。
そしてそれはご夫婦の心の強さの現われでもあるのだと。
病気を否定しても、しなくても
赤ちゃんの人生はもう始まって、続いているのだから。

赤ちゃんが大きくなった時、
ぜひその話を知ってほしいなって思う。
抱えきれないほどの衝撃があった時、
それをあなたのご両親はどう向かいあっていったのかを。
みんなで幸せを感じながら日々過ごしていくために。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年12月20日

ただわかってほしいだけなの。 ―母の苦悩に差す光

お子さんのことを考えると
気持ちがいっぱいいっぱいになって
もうどうしていいかわからない時、
自分のことを「何て無力なんだろう」って
途方に暮れてしまったお母様。
でも彼女はこうおっしゃっていました。
自分は誰かに何か解決策を求めているのではなくて
ただ自分の気持ちを話して、誰かにわかってほしいだけなのだと。


その通りだなあって思います。
誰かの考えた答えで自分の人生を前に進めていくわけではないのだから。
自分で考えて、考えて、そして決めていく。


そしてもやもやした行き場のない気持ちや思考を吐き出してしまえば
どこか心の中でストンと腑に落ちるものが出てきて
覚悟と言うか、自信と言うか、自己肯定と言うか、
「自分はこれで頑張ってみよう」っていう気持ちが
自分の中から湧き出てくる。
誰かにやらされている、のではなくて
自分で選ぶ、進む道。

だって自分の人生なんだものね。

「ただわかってほしいだけ」
そういう風に自分の中で答えが見えている人は
とても強さを秘めている人だと思う。
ショックなことが続いて一時的に道に迷ったとしても
必ず自分で前に進んでいける人なんだと思う。

2018年12月15日

心の中は大雨だったとしても ―涙を見せない父の本当の理由

医師から両親揃って話を聞いた時
初めて耳にした病気の名前。
生まれて数カ月も経っていない赤ちゃんが
難病だと知った母は泣き崩れてしまったのでした。
でもそこで涙なしに父は医師の話を聞き通したのでした。
母は父のことをなんて冷たい人なんだ……と思いました。
我が子の身の上に大変なことが起こっていると聞かされたのに
あなたはちっとも心が動かないのか?と。
心配ではないのか?と。

平静さを装って医師の話をしっかり聞いた父、
でも彼はその後一人、お手洗いの個室にこもって
号泣していたのでした。
家族に大変な悲しいことが起こった時
そのたび全員泣き崩れてしまっては
この先家族はどうなってしまうのか?
だから彼は奥様の前でしっかりした態度をとっていたのだそうです。

そして始まった治療、山あり谷ありです。
良くなったと思えば、また悪くなって
そしてまた良くなって、悪くなって、
生まれて数年間は病院と自宅の行ったり来たりで
随分長い時を過ごしました。
その間も彼は決してこどもの前では涙を見せなかったのでした。

「私はそんなに強い人間じゃない。」
やっぱり父だって一人の人間です。
だから彼は一人ぼっちになれる時間を得た時に
もうこれ以上泣く力も元気も残っていない、
というくらいまで泣くのだそうです。
そうすれば、自分が家族の前で涙を見せなくてすむから。


その話を伺った時、心がジーンとしました。

こどもの前で泣かない親を奨励しているわけではありません。
泣いてもいいし、泣かなくてもいい。
それは人それぞれ、家族それぞれ、
同じ人だって状況によってもちろん変わってくるし。

だけどそこで忘れてはいけないのは
泣かないで医師の話を聞いている親御さんのことを
「しっかり話を聞けている親」とか
「理解力のある親」とかそういう形容で片付けてはいけませんね。
もちろんしっかり、とか理解力ある、ことは正しいけれど
医師の話に頷きながら、相槌を打ちながら、
時折質問を交えながら話を聞いている時
心の中は大雨だということを忘れてはいけない。

そしてこども、家族が不安にならないように
自分がどうあるべきかを考えながら聞いている。
その大事な側面も忘れてはいけない。

お父様のお話を伺って改めてそのように思いました。

2018年12月03日

カフェやファミレスが母にくれた時間

病気にもいろいろあって
治療して、すっかり治って良かったね、というものもあれば
ずっとその病気とと共にこれからも生きていかなくちゃいけない、
というものもあります。
お子さんが後者の場合、看病、お世話する親御さんは
自分の気持ちのメンテナンスがとても重要です。

我が子が難病と診断されたあるお母様、
彼女はカフェに行って1時間ほど一人で過ごす時間が
すごく大事だと仰っていました。
もちろん家にはおいしいドリップコーヒーを淹れるマシンも
ちゃんとあるのだけれど、
外で過ごすその時間は格別だと。
そこで本を読んだり、ガラス越しに通り行く人の様子を眺めていると
気持ちが段々晴れて、充電できるのだそうです。

自分が外出している間、
家族にお世話をお願いして1時間だけ一人で外に出る。

気の合う友人と話をする時間も大事だけれど
一人で何も気を遣わないでボーっと心の赴くまま
コーヒーの香りと共に椅子に座る時間が
彼女の生活の中のスパイスになっていったそうです。

彼女の言葉を伺った後、もう10年以上も前に出会った
別のお母様のお話を思い出しました。
彼女のお子さんは夜間は呼吸器を使って、
数時間おきに身体の向きを変えることが必要、
もう一人お子さんもいるから、
家の中で育児と看病は本当に大変だったけど
彼女は朝、午前5時くらいからウオーキングにでかけて
1時間ほどファミレスでゆっくり本や新聞を読んで
自宅に戻るのだそうです。
ファミレスなら一人で行っても
空いている時間なら大きな4人掛けのソファ席に案内してくれるし
24時間開いているから、開店時間を気にしなくてもいいですし。

そのきっかけはご主人の提案だったそうです。
彼は仕事が忙しくて夜は早く帰って来れないけれど
早朝なら確実に自分がまだ自宅にいて
こどもの世話をすることができる。
せめてその時間だけは奥様を子育てと看病から解放してあげたいと
ご主人は思ったのだそうです。
自分もこの子の親なんだからって。
奥様任せばかりじゃいけないって。


自分の精神をどうやって良い状態にキープできるか
人それぞれ、違うだろうし
家庭の事情も違うけれども
やっぱり煮詰まった気持ちのままでいることは
良くないですし、気分転換は大事です。

親だって人間ですから。

2018年11月29日

感情を停止させて赤ちゃんを見送る両親

頑張って、生き抜いた赤ちゃんを見送った両親、
気丈に振る舞うその姿は
周りからはしっかりしているように見えるかもしれないけれど
本当はあまりのショックと悲しみで、心の動きを停止させて
淡々と、やらなければいけない行動をとっているだけ、
ということもあるのです。

出てくるはずの涙も心の中で凍結させてしまって
本当は頬を流れ出てくる涙の何十倍も
心の中にしまっているだけなのです。

短く逝ってしまったその人生、
どうして、うちの子が?
答えの見つからない闇夜の森に入っていくと
行き先を見失って、途方に暮れてしまうけれど
赤ちゃんが旅立つ前、周りにたくさん天使がやってくるそうです。
それは大人にはなかなか見えない天使たち。
見えないからと言って、
そういう守ってくれる存在が
いないわけではないのです。


あなたはこの世の中で今、受けられる
最高の、最大の治療を全部受けて
いっぱい、一生懸命頑張った。
あなたの人生はかけがえのないもの。
それは、家族みんなが感じていることだよ。
チューブも機械も点滴も外れた今、
自由にいっぱい抱っこしてもらおう。
帰りたかったおうちだものね。
みんなが待っていてくれたおうちだものね。

2018年11月28日

母を導いた我が子の姿

今迄一度も聞いたことがないような病名を
我が子の病気として医師から説明されたあるお母様。
ネットで調べようと思っても
なかなか十分な情報量が得られないその病気、
たどり着いた情報は随分古いものでしたが
彼女はそれに気づかず、しばらく悩み、苦しみ、
一時は自分の生命を放棄したいと思うほど
ショックを受けていたのでした。
でも、段々気持ちが変わっていったのです。

その理由はいろいろな治療を受けて頑張っている
小さな我が子の姿を見たからでした。
はじめのうちは、ごめんねってずっと謝ってばかりいたけれど
今では「頑張ってくれてありがとう」って
その姿に言えるようになったのでした。

そして我が子の頑張りを見ていたら、
自分も頑張らなくちゃと思うようになりました。
メソメソしてもしょうがないなあって思って。
今から未来を悲観してもしょうがないなあって思って。
医療は毎年目覚ましい進歩を遂げているから
未来の我が子の成長を悲観する必要はないって。
今、こうして受けられる治療もあるのだし。

すがすがしい笑顔でピンと背を伸ばして
歩く彼女の姿は、とてもキラキラしていました。
それは自分自身で大きな苦悩を乗り越えたからですね。きっと。

これから始まる新しい治療
きっとうまくいく!

2018年11月24日

うちに生まれて幸せだねー!の理由  ―難病と診断された赤ちゃんの両親

赤ちゃんが誕生して「この子はうちに生まれて幸せだねー!」
そう両親から言われる赤ちゃん。
「うちに生まれて」
その理由はいろいろな理由がありますね。
それぞれの家庭で。

だけど、そのおうちで両親がそうおっしゃったのは
両親二人ともが同じ感性を持っている、という理由でした。

赤ちゃんは生まれて早い時期に「難病」と診断されていました。
でも両親はそこで悲観しなかったそうです。
これから生きていけるんだろうか、
ちゃんと成長できるんだろうか、
将来はどうなるんだろう・・・。
だけど、心配したところでなあって、思ったんですって。
そこから何も良いことが生まれるわけではないって。

かわいそうって考えても、生まれる前に時間を戻せるわけではない。
「あの時、ああだったら・・・」とか
「もし、ああであれば・・・」とか。
そう思っても、どうしようもない。
そこにとらわれて、とどまることがすごく嫌だって思ったそうです。

そして、今、ここで頑張らなくちゃと思ったんですって。
その今、はまさにお話をしていた今、のことじゃなくて
毎日、毎日続く「今」という瞬間のこと。
いつもいつも、今がスタート地点なのだから、
そこから進めばいいんだって。
毎日、毎時、毎分、仕切り直しってことですね。
そして何か起きたら、
次どうするか考えればいいんだって。


我が子に「かわいそう」って不憫に思う眼差しを向けたら
頑張っている我が子に失礼だ、と思うのだそうです。
だから頑張る我が子に
ますます「頑張れよー」って思うんですって。
もちろん頑張る我が子に「頑張りが足りないぞ」って
厳しい目を向けているのではないですよ。
頑張っている、その状態をあたたかい眼差しで賛同し、
見守っているという意味です。

そのお話を伺いながら、とても心がジーンとしました。


ご両親は二人とも、同じ感性。
「かわいそう」って思わない。
大変な治療を受けている最中であっても
それは我が子が頑張っている証。

そう二人の親が考えるおうちに生まれて来たから
我が子は幸せだよねって夫婦二人でお話していたそうです。


これからどういうことがあっても
きっとそのたび赤ちゃんとご両親は
一緒に前向きに頑張っていけるね。
赤ちゃんはすごく心強いだろうなあ。

多くの人が絶望を感じてうちひしがれる時、
ご両親はその中でも何か希望を見出す力が
非常に優れている方なんだと思います。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!
おうちで待ってる、小さなお姉ちゃんも
あなたの帰りを楽しみに待っているよ。

2018年11月19日

亡き子への悔やむ思いをやめる理由 ―ある母親の話

亡くなったお子さんのことを思い出す時、
当時、あんなにお子さんに
全力で尽くしていたというのに
あれもこれもと悔やむ気持ちが浮上する
親御さんがいらっしゃいます。

自分がお子さんのために
まるで何一つ良きことができていなかったのように思ったり。
決してそんなことはないのに。
そして自分がやってきたことと
まったく反対のことを選んでいたとしたら
お子さんは今も生き続けていたかもしれないと思ってみたり。

そしてお子さん亡き後、今、生きている
自分を責める気持ちがでてきてしまう。



あるお母様はそういう気持ちに苛まれた時
思い直すようにしたそうです。
今ある自分は当時のお子さんとしっかり
向き合ってきたことにより出来上がった自分なのだと。
今、生きている自分を否定することは
お子さんが遺してくれた自分を否定することになるのだと。
だから今の自分を大切に思うことは、
お子さんへ感謝を向けることに等しいと気付いたのでした。

そういう風に自分で思えるようになった彼女。
お子さんは天国で元気に遊びながらも
彼女のことをしっかり守り、導いてくれているのだなあ。

亡くなってからもすごいお役目、
すごいお仕事を今も成しているのだなあと思いました。

2018年11月16日

こどもが死を悩む時

「うちはまだ幼稚園だし」「小学生だしね・・・」
そんな風に親御さんは思っていても
幼い頃から入退院を繰り返しているこどもの中には
肉体年齢よりもずっと精神年齢が進んでいるこどもがいます。
たとえば本当は6歳なのに、まるで中学生くらいのような
しっかりした考えを話してみたり。
でもそれはバランスのとれた精神年齢というわけではなくて
全体の中のある部分だけ突出しているというか。

確かにその部分は14歳相当かもしれない。
でもその部分を考えるために必要な他の部分は
6歳だから、一人で考えていくうちに
考えが行き詰まってしまうこともあるのです。
たとえば死の問題とか。
自分が決して死に瀕するような病状でなかったとしても
何かをきっかけに、とても身近に考えるように
なることもあります。

でも行き詰まりをきちんと言葉にして大人に伝えられなくて
心の中でくすぶったままでいると
時々そのくすぶりが頭をもたげて、
本人を苦しめる場合があります。
悪夢として現われて、夜目覚め、不安になって。

こどもが死について考えを巡らしている、と親が知ったら
「そんな縁起でもないこと、考えないで」とか
「楽しいことして遊ぼう」という風に
接してしまうかもしれません。

でも思うのです。
確かにその場はそれで収まるのかもしれないけれど
こどもの心の中のくすぶりは決して消えてはいないのだと。
何をどう怖いと思っているのか。不安に思っているのか。
その部分を心の奥から言葉に変えて出して
一緒に親が考える、
それが必要なのではないかなあって思います。

親だってもちろん「今迄そんなこと考えないようにしてた」かもしれない。
でも、親さえも正面から向き合えないことに
もしもこどもが向き合って、そこで悩んでいるのならば
親も子も一緒に考えることはすごく意味があることなんだと思う。
そこで死について抱えていた疑問が晴れなかったとしても
それはそれで、良いのだと思う。

自分が抱えていた悩みを
親が一緒に真剣に考えてくれた、という事実が
こどもにとってはものすごく大きなことなんだと思う。

あるお父様のお話を伺ってそのように思いました。

2018年11月12日

辛い時は、夫婦一緒に泣けば良い

赤ちゃんがとても重い病気と診断され
根治を目指せるのではなくて
手術をしても薬をずっと必要とする病気だと聞かされた時
それは父親、母親両方にとって
言葉にならないほどの大きな衝撃です。

その中でよくあるのが
産後の奥様の心と身体を気遣うあまりに
「自分が頑張らなくちゃ、どうする!」と
自分の気持ちを押し隠したままで
面会、看病、仕事に忙しい日々を送る父親のケースです。
大抵そういう方は、奥様の前でも涙を見せず
とにかく強い父、強い夫でいようと頑張るのです。

奥様に負担をかけたくない
自分が家族を守りたい、
そういう彼らの気持ちはとてもよく伝わってきます。

でも、父親だって一人の人間です。
本当はお子さんのこれからの治療、将来を考えて
心細くなったり、不安で泣きじゃくる妻の前で
「大丈夫だから」と妻を励ましながらも
実は自分も「もう、俺もいっぱいいっぱいだ……」
そう心の中でつぶやいている父親もいるのです。

いろいろなご家族にお目にかかって感じることは
一人でたくさんの悲しみを背負うよりも
ご夫婦二人で分かち合った方が良い、ということ。
どんなにご主人が奥様を気遣って
自分の心をひた隠しにしたとしても
奥様はそれをちゃんとわかっているのです。
夫は強がっているけど、本心じゃない、と。

泣きたいときは二人で一緒に泣いて
それで涙が枯れ果てるくらい泣いたら
次は二人で、これからどうしようか、って考えれば良いのだと思う。
一緒に越えていくことによって
お互いがより一層以前よりも強く頑張れるようになるから。

彼は奥様に自分の本当の気持ち、
これ以上、一人では抱えきれない、
そういう気持ちを伝えたそうです。
その後、奥様から彼を気遣う言葉を
かけてもらえるようになったそうです。
妻が自分の大変さもわかってくれる、
そう思えるだけで、随分気持ちが励まされたのでした。

一人で抱えきれない重さは
二人で抱えていけば良い。
だって赤ちゃんは二人のお子さんなのだから。
一人だけで背負う必要はないもの。

ずっとこらえていた涙が
ぽろーっと頬をつたった父の横顔を見て
そのように思いました。


新しく始まる治療きっとうまくいく!
ご夫婦の心の結束は赤ちゃんにしっかり届くよ!

元気になったら、父の願いの通りに
おうちの近くの公園に家族3人、
一緒にお散歩に出かける日が必ずくるから!

2018年11月01日

悩んだ分だけ強くなれた父

我が子が難病と医師から言われ
とても現実のこととは思えなくて
受け止めきれなくて、
信じられない、逃げ出したくなる・・・
親御さんはそういう気持ちになるかもしれません。

医師から聞いてとにかく1週間ほどは
涙があふれて、涙があふれて・・・
そう振り返るお父様。

だけど、やがて流れる時間の中で
気持ちが固まっていったそうです。
「大変だからこそ、自分たちの所に生まれてきてくれたんだろう」と。
「今の環境の中で、最善にしていくしかない」と。
「そのためには目の前のことを1つずつ、ちゃんとやっていこう」と。


そうやって、段々彼は「強い父」になっていきました。
信念と愛情を日々の行動へと変えて。

大変だったろうなあ。
お話を伺いながら、なんだか心がジーンとしました。
でも、誰かに押し付けられたわけではなくて
自分で出した答えだから、より一層強くなれたんだろうと思います。


新しい治療、きっとうまくいく!


パパだけでなく、ママもお姉ちゃんも
あなたが「絶対元気になる」って
応援して、待っているから。
元気になろうね!

2018年10月30日

難病のこどもに病気を説明することを迷った父

お子さんが難病だと診断され
その時、その時に必要な治療を
一つずつやってきた、あるご家庭。
そのおかげでお子さんは小学校にも
無事通えるくらい成長したのでした。

ご両親はお子さんに病気のことは
「○○が悪いんだよ」という風に説明していたそうです。
でもお子さんは入院生活を繰り返すうちに
幼い耳であっても医療従事者の話す言葉を
しっかりキャッチするようになります。
そして親が説明してくれたこと以上に
実は自分の病気のことを相当理解していたようです。
そしていろいろ親に言えずに悩んでいたのでした。


そのお父様は仰っていました。
どこがどう悪いから、将来どうなる可能性があるのか、
そういうことをきちんと話せなかったのは
親として自分自身が、
我が子の病気に真正面から向き合えていなかったのかもと。
そして話すのであれば悲観的な話で終わるのは嫌だった。
病気のことを話した時に、絶望をもたらすのではなく
「こういう治療があるから、大丈夫なんだよ」って
安心させてあげたかった、
でもこれまでその治療がはっきりと定まっていなかったから
お子さんに話す勇気がなかったのだと。

正直な気持ちだと思います。


どういう状況であっても
その時に一番いい方法を一緒に見つけていこう、
そういう姿勢の親の元では
お子さんはきっと安心できると思います。

彼は奥様と一生懸命考えて、
お子さんにとって一番良いと思える治療法を選択しました。
それを語るその横顔は、実に自信に満ちてキラキラしていました。

そしてそのお子さんも
その治療に向かって頑張って行きたい、そう思ったのでした。



親だって人間だもの。
いろいろ迷う。
でも、我が子のために真摯に考えて選んだ答えは
お子さんにとって大正解なんだと、私は思う。
それはお子さんもよーく、わかっている。

2018年10月27日

尻込みする母の手を引いてくれた父の言葉

考えても、考えても、
答えの見つからないことってありますね。
たとえば「どうしてうちの子がそんな重い病気になってしまったの?」

きっとそれは世界中の医師に尋ねても
答えの出てこない問い。
彼女はご主人と二人で
ぐるぐる頭の中を廻るその問いに
悩み、落ち込んでいたそうです。

そして何十年も親として人生経験積んできているわけじゃない、
まだほやほやの新米ママ、パパである自分自身に
自信を持てなくなっていました。

でも、病院のたくさんの点滴やモニターに囲まれて
ベッドに横たわり頑張っている赤ちゃんの姿を見て、
我に返ったんだそうです。
誰が何といおうと、赤ちゃんの親は自分たちなんだからって。

そしてご主人の一言が尻込みする彼女の手を引いてくれたそうです。
「前に進むしかない!」という彼の言葉。

たとえどんなに若くても、
人生経験を積んでいなかったとしても
「前に進むしかない!」
そう思えるカップルの元では
赤ちゃんは安心して生きていくことができると思います。

これからパパとママと赤ちゃんで
一緒にいろいろな経験をしていけばいい。
それがやがて、家族みんなの自信になっていく。
今の心許なさが永遠に続くわけじゃない。
いつしか、心の中で「大丈夫だ」そういう自信が
少しずつ広がっていくはずだから。

母の頬を伝っていた一生懸命な涙を見て
そう思いました。


新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月20日

動いた分だけ現在進行形、と覚悟を決めた父

「あなたのお子さんの病気は○○○○○です」。
そう医師から言われて、今迄1度も耳にしたことのないような病気の治療に
これからどうなっていくんだろうと、心が翻弄されたお父様。
そしていろいろな治療が始まっても
すっきり思うように回復しない日々。
親として、この子に何をしてあげられるんだろう…
頭の中はぐるぐる、ぐるぐる。
どこに向かって歩いていけばいいんだろう。
そして歩こうと思った途端に外野からあれこれ入ってくる声。
進むのか、止まるのか、別の道を探すのか?

そういう時、彼は自分の選んだ道を前に進もうと決めたそうです。
考えているだけじゃ物事は進まないから、って。
そして自分が動けば、動いた分だけ現在進行形だからって。

名言だなあと思いました。
「動いた分だけ現在進行形」

もちろん彼は無防備に道を突っ走るのではなくて
その前に十分、その道に進む時の様々なリスクも考えたそうです。
奥様と話し合って。
でも、結局はやってみなければわからないことが多い。
そして、もし自分たちが期待したような結果につながらなくても
その時は、またそこから最善の道を考えていけばいいのだと
思ったそうです。
こどもがこうして頑張っているのだから。


そう語ってくれました。
若い父親のその覚悟、私にはあまりにも神々しくて眩しかった。

あなたのその覚悟、
それを知ったらお子さんはきっと心強く嬉しく思うことだろう。

新しい治療、きっとうまくいく。

2018年10月18日

母の心を救った幼いこども

お子さんがとても重い病気で、
医師から聞くお子さんの病状は
いつも親の心が崖から強く突き落とされるかのような辛い話ばかりで
ああ、もう自分もどうにかなってしまいそうだって
彼女は追い詰められたような気持ちになっていたのでした。

それでも鬱にならないで過ごしてこれたのはなぜか?

それはお子さんのごきょうだいの存在があったからだそうです。

入院しているお子さんのことばかりで
頭も心も埋め尽くされていて、落ち込んでも
家に帰ればもう1人のお子さんが待っている。
そのお子さんのためにも自分がずっと
落ち込んでばかりではいられない、と。

そしてこうも思ったんですって。
人は生まれた時から運命が決まってる、
そう自分に言い聞かせたそうです。

でも、彼女は運命だからと言って
お子さんの人生を諦めたり
人生投げたわけじゃないのです。

そういう運命のもとで生きなくてはいけなかったとしても
そこでどれだけ最大限こどもが幸せに過ごせるか?
そう彼女は必死に考えたのでした。

そういう母の毎日の積み重ねによって
お子さんは生きてくることができたのでした。
それも周りの予測より良い状態で。

彼女がそう頑張り続けられたのは家族の存在が大きかったそうです。
ご主人は仕事がとても忙しくて、
いつも一緒にいられるわけではないけれど
彼女が苦手な部分をしっかりフォローしてくれました。
まだ幼いお姉ちゃんはママが自宅で一生懸命
心を尽して赤ちゃんのお世話をする様子を見て
ママの真似をするようになりました。
ママが洗濯物を干して、ちょっと目を話しているすきに
赤ちゃんが具合が悪そうになったときは
ママの背中に向かって、それをお姉ちゃんが教えてくれました。
ごっこ遊びをする時は、赤ちゃんのそばで、赤ちゃんと一緒にやりました。
楽しい時間を独り占めしないで
赤ちゃんも一緒に楽しめるように。

彼女からそのお話を伺った時、
なんだか心がジーンとしました。

幼いからと言って何も分からないわけじゃない。
幼い心だからこそ、心に刻めることがある。



一生懸命頑張っている人のことを
誰かがどこかで必ず見ている。

その頑張りはきっと何かのご縁で廻り廻って
幸せの形に変わってその人の元にやってくる。

強くそう思いました。

あのご家族に幸せなことがもっといっぱいありますように……。

2018年10月17日

過去にとらわれる自分を打ち消す母

忙しいながらも、順調にすくすく育つ我が子の姿に
安堵を感じていた時、急に具合が悪くなって
あっというまにどんどん症状が進んで
医師から衝撃的な病名を告げられた時、
人はなかなかその事実を受け容れられないものです。

病院で過ごす時間、
それが1日、2日、1週間、1カ月と過ぎ
いつしか何カ月も経っていくと
彼女はふとした時に「あの頃に戻りたい……」と
心揺さぶられる思いに駆られる瞬間が
何度も湧き上がったのだそうです。
我が子が健康だった、何も心配のなかったあの頃に。

でも、彼女はそういう時、いつも自分に言い聞かせるそうです。
今、我が子は頑張っているんだぞって。
そういう風に思っちゃダメだって。
いつまでもそう思っていたら、我が子に申し訳ないぞって。

そう言い聞かせて、心奮い立たせているのだそうです。


「あの頃が良かった」そう思うということは
すなわち「今は良くない」ということだものね。
「今は良くない」そう思うことは自由だけれども、
その「良くない」状態とともに今を生きているお子さんは
良かろうが、良くなかろうが
それが自分なのだものね。
「今は良くない」それは
今の自分を否定されることだものね。
こどもの病気、
それはこどもの努力によって
どうにか改善できるものではないものね。


彼女はとても素敵で、その爽やかな笑顔は
きっと誰もが魅了されるはず。
そんな彼女が苦悩を繰り返していたとは
事情を知らない方は全く想像がつかないことでしょう。

苦悩を繰り返してきた彼女は
とても強くなりました。
簡単にはへこたれない、打たれ強い母になりました。
治療の先にあった光が消えそうになっても
今度は自分の力でその光を探し求めて
新たに光にたどり着きました。

どんなに我が子が重症であっても
我が子の生きようとする力を信じて
心から慈しみ、家族みんなで大事に育てて来た彼女。

道なきところに道を作る。
彼女はそういう力を持っている人なのだと思いました。
そしてその力は重症の我が子と共に生きることを覚悟した
彼女に与えられた天からのギフトなのだと思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月10日

「今が一番幸せ」と言える人

「今が一番幸せ」
彼女は溌剌とした笑顔でそう言っていました。
キラキラ輝くようなオーラとは
きっと彼女のことを指すんだろうなと思うほど
幸せに満ち溢れた様子の彼女。

そんな彼女が実は幼い頃から重い病気で
数年前にとても大きな手術を受けたと気付く人は
きっと誰もいないだろうと思います。
長い入院の後、自宅療養しながらも気持ちがへこむ日々が続いたり
悔しい日々も、焦りと不安に駆られた日々もあったけれど
彼女は自分の立てた目標に向かって懸命な努力をし続けたのでした。

そして紆余曲折を経てたどり着いた今の道。
それは彼女が思い描いていた道とは少し違う道だったけれど
今が一番幸せ、って言えるようになりました。

彼女はありふれた日常の中から、
他の人は見過ごしたり記憶に留めようともしない事柄に
大事な気付きのきっかけを得て思索を広げて、
毎日を大事に生きている
とても素敵なレディーになっていました。

感動したなー。

人生、生きている長さの分だけ学びや深みを得ているわけじゃない。
まだ10代の彼女の言葉に、私はいろいろ教えてもらった。
ほんわかとしたあたたかさと清々しさのある彼女、
きっと魂のレベルが違うんだろうなあ。。。

苦労を糧にするってこういう人のことなんだと思う。


彼女がもっともっと幸せになれますように!

2018年09月29日

絶望の中から光を見いだせた母 ―ある医師との出会いと言葉

初めての子育て、ワクワクもあり、希望もあり
そんな時に医師から赤ちゃんに重い病気がある、と知らされた彼女。
今迄1度も聞いたこともないような病名で
育児書を読んでもどこにも書いていないような病名で
恐らく多くの医師も「今迄診察したことがないなあ」というような病気。
彼女は「自分はちゃんと育てていけるんだろうか…」って
とっても不安で仕方がなかったのでした。

そしていくつもの症状があって、途方に暮れた時
それぞれの症状の分野で最高の先生に診てもらおう、
そう夫婦で決意した彼女はご主人と一緒に先生を探し出し
治療を受けることにしたのだそうです。

そして目の前に起こる1つ1つのことを
受け止めて、赤ちゃんと共に家族で頑張っていったのでした。


そうして何年もの年月が経って
彼女は段々強くなりました。
あんなに心配だったお子さんも、
いろいろなことを乗り越えて大きくなり
たくさんだった薬もだんだん減るようになりました。
お子さんの成長は彼女の励みとなり
自分の生きていく原動力となっていったのだそうです。

もう大変すぎて駄目だーと思っていても
1つ1つ頑張っていくことによって
なんとかなっていく。
そうした時間が我が子の日々を作っていったのだと思うと
彼女は生きていくことで自信を積み重ねていったのでした。

もう一つ大きな転換になったのは
ある医師との出会いだったそうです。
もう先が見えない、そう思ってしまった時に
同じ病気の家族会の人と知り合うことができて
そこから教えてもらったある医師の存在。
その医師の言葉により、彼女は我が子の歩む道の先に
光を見出すことができたのでした。

大変な病気と変えられない目の前の事実。
それでもそれを背負っていくのであれば
何より自分自身の味方になってくれるのは
自分の心の在り方です。
彼女にかけてくれたその医師の言葉は
彼女からいろいろな迷いを取り払ってくれたのでした。
そして家族の進む大きな指針になっていったのでした。

言葉によって、人の心は陰から陽へと
大きく突き動かされていくことがある。
それは単に心の変化だけなのではなく
その人の人生までも変えていくことになる。
絶望のまま生きていくのか。
希望を見出して生きていくのか。

その医師の言葉はきっと彼女に
「親」として存在するために必要な力を
注ぎ続けてくれたのだろうと思います。

そういう医師に出会えると
我が子がどんなに大変な病気だと言われても
きっと親御さんは前を向いて過ごしていけるんだろうと思う。

そういう医師が一人でも増えてくれるといいのにね。

彼女が過去を振り返って語る時、
とてもキラキラしていました。
彼女にとってあんなに辛かった、苦しかった思い出は
家族みんなで乗り越えて、成長を遂げたことにより
涙あり、でも「笑顔も自信もあり」の思い出に変わっているのだと思う。

2018年09月27日

今世で結んだ短い時間の深いご縁―死産した赤ちゃんの残してくれたもの

お腹の中で赤ちゃんの心拍が停止していると言われ
どこまでも果てしなく気持ちが落ちていったと
ある女性が語ってくれました。
その辛い経験が2度も続いた時、
普段はエネルギッシュで何事も一生懸命な彼女も
精神的に非常に追い込まれてしまい
かなり感情が不安定になっていったのです。

「世界が終わった…」そう表現された彼女の苦しみ。
でも彼女はある方の関わりによって気持ちが変わっていったのだそうです。
その方によって、今、自分の手の中にある幸せに
気づくことができたんですって。
自分のそばでいつも味方になってくれるご主人のこと。
今一緒に過ごせているお子さんのこと
そして自分が情熱を傾けることのできる仕事の存在。
幸せだ、そう思うことを1つ、1つ数えて言ったら、
自分は決して不幸なんかじゃないと思うようになったそうです。

そして死産になってしまったお子さんのことも
そういう悲しいお別れになってはしまったけれど
自分のところに来なかったら良かったのになんて
決して思わないそうです。

来てくれて、ありがとう。

彼女は思ったそうです。
心拍停止となるまでの間、数えきれないほどの
たくさんの喜びや希望の時間を自分にくれた赤ちゃんたちに。

世界が終わった、そのような絶望の淵に立った母に
幸せを感じられる心を残してくれた赤ちゃんたちに。


今世で長く結ぶ縁もある。
今世で僅かな時間を結ぶ縁もある。

でも、長い、短いに関係ないですね。
ご縁の深さは。きっと。


そしてきっと彼女が今世で天寿を全うした時に
その赤ちゃんたちはママのことを笑顔いっぱいで
出迎えてくれると思います。
自分たちが今世でのさよならをした後も
ママは一生懸命頑張って生きた様子をずっと見守ってきたのだから。

2018年09月18日

こどもを亡くした親の心の滋養とは

お子さんを亡くした後、
自分の気持ちを友人に語らない方もいらっしゃいます。

それは心を閉ざしているわけじゃない。
「相手」に対して気を遣ってしまうからだ、と。
自分の心の赴くままに語ってしまうと
相手の心を翻弄させてしまうことになるから、
それは相手に申し訳ないと思うし
自分も自ずと相手に気を遣う必要が出てくるからだ、と。
ある親御さんがお話してくれました。

我が子と一緒に過ごした懐かしい思い出を
一人で静かに噛みしめて、その時の時間に戻って過ごしたい、
そういう気持ちの時だってあるのだと。


周りの人の励まし、声掛け、気遣いによるアドバイス、
その根底にあるものをその方もわかっているのです。
自分に対する友人らの思いやりだと。

もちろんそういう時間を欲している時もある。
でも、お子さんを亡くしていくらかの時間が経った時、
自分のペースで、自分の思うままに
お子さんのことを感じていたい、
そういう風に思うこともあるのです。

一人の静かな、誰にも邪魔されない時間が
何より心の滋養に変わっていく、
そういう方もいらっしゃるということです。

距離のある思いやり
それは大事なことだなあって思いました。

2018年09月08日

もし自分が健康に生まれていたら……その想定は自分の人生じゃない、と言い切る人

生まれた時から何か大きな病気があったお子さんは
自分の境遇をどう思うのか?
親御さんにとってそのテーマは
なかなか普段、聞きにくいことかもしれません。

ある方がお話してくださいました。
「病気は自分にとっては大変じゃない。」

え?そんなに潔く?
びっくりしました。
だってその病気とはしっかり養生したら治る風邪とか
そんなことではないのですよ。
国から難病指定されているものなのです。
難病なのです。難病。

どうしてそんな風に言い切れるのか尋ねてみたら、
「幼い頃から自分は病気が大前提の人生だったから
もし自分が健康に生まれていたら、といった想定も
それは自分の人生とは違うものだから。」

彼女はそれをさらっと、笑顔で答えてくれました。

第三者の目から見れば、もちろん病気で不便だったり
大変だったことはたくさんあったのだろうと思います。
でも大人になってからそういう風に自分を振り返られる彼女。

それは、その方個人の資質によるものなのか?

彼女は「他人の役に立つことが喜びだ」と仰っていました。
きっと周りから愛情をたくさん受けて育ったのだろうと思います。
そして自分のために誰かが骨を折ってくれたことを
幼い頃からずっと見続けて、心に留めていたのだろうと思います。
そして初志貫徹で他人の役に立つ仕事を選びました。

今は自分の夢の途中で、ちょっと小休止の段階。
「誰かの幸せのために、自分が何ができるか?」
それをずっと考えて走り続けてきた彼女だから
今は自分のためにしっかり充電してほしいです。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!

2018年09月06日

我が子がくれた自分の生きる意味

初めての子育てに一生懸命だった日々
突然、我が子が一万人に一人の確率の病気だと聞かされて、
彼女のお子さんは大きな手術を受けることになりました。
点滴、ドレーン、モニター、
小さな身体から様々なラインが出ていたけれど、
その中で、どこか触っても大丈夫な場所はないかと
彼女は探したそうです。
そしてやっと見つけた安全な場所は
小さな手の指先だけでした。
彼女はずっと触っていたそうです。
1日10分だけ、直接面会出来る時間に。

そこから数十年経っても当時のことは鮮明に蘇って、
昨日のことのようにお話されていました。
彼女はこう思ったんですって。
ひたむきに頑張っている我が子の姿を見て
この子はこれから生きていく子なんだから
この子のために頑張らなくちゃ、と。
自分は人としてちゃんと生きなくちゃ、と。

自分はこどもに生かされている、
そう思ったそうです。
そして小さくても頑張る我が子を
心の底から「すごい子だな」って称賛する気持ちは
我が子が大人になってからも変わっていないそうです。

そういう風にお子さんと共に時を過ごしてきた彼女は
我が子にこれから始まる新しい治療に大きな期待を寄せていました。
もうそこから5年くらい先の未来も見据えて。

一生懸命な「今」をしっかり見届けている人は
自分たちが望む未来を確実に引き寄せる力がある、
静かに流した彼女の涙に、そう思いました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年08月23日

我が子が病気の時、父として夫としてできること

お子さんがとても稀な病気と医師から説明されると
これからどうなっていくのだろうかと
心配や不安が次から次へと浮かんで
思い悩む日々のご両親は多いことでしょう。
それが思いのほか、自分の心を苦しめることに
つながっていくのです。

あるお父様はもし何か悪いことが起こっても
(例えば治療がなかなか効かない)
ずっと前からそれを案じるのではなく
そうだとわかった時点で次の策をしっかり考えれば良い、
というスタンスをとるようにしたそうです。
治療は一人ぼっちではないのだし。
親が頭を悩ます以上に医師は検討しているのだし。

そして起きてもいないことを悩むよりも
奥様の気持ちが晴れるように努めることに
心を砕いたそうです。
病院と家の往復だけで彼女はストレスがたまる一方だから。
そして父母、二人三脚でお子さんのことを守り
お子さんの責任を二人で背負っているのだから。
周りの人に相談しても稀な病気すぎて
たとえわかってくれる人はいなくても
二人の間でしっかり理解しあっていれば良いのだから。
自分だけでなく奥様にも
前向きな気持ちでお子さんと過ごしてほしいと思ったから。

奥様にも彼のそういう思いやりは通じているようです。
夫の優しさに救われているなあって。


若さの中にも思慮深さのあるお父様。
自分の20年ほど前を振り返り、
彼の境遇と思考に重ね合わせてみた時、
彼のような強さと優しさは自分にはなかった、と
何だか自分が恥ずかしい気持ちになりました。

お父様はお子さんの治療のことだけでなく
自分の夢に向かっても一歩ずつ努力を重ね
今も現在進行形中。


そういう彼のような人柄の人間は
どういうことがあっても、それを糧にして成長できるんだなあって
しみじみ思いました。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!
お部屋を退室されたお父様の背中を見て、そう思いました。

2018年08月19日

絶望を希望に変えていく底力

お子さんがとても難しい病気だと診断され
自分の産後の肥立ちが良いとか悪いとか、
そういうことに頭を巡らす余裕も失った彼女。
心の中はお子さんのこれからのことでいっぱいでした。
孤独感はさらに自分を追い詰め、
当時、絶望しかなかった……と語る彼女。

でもそこから彼女は大きく変わっていったのでした。
インターネット上で同様の境遇の仲間を知り
自分より少し先にそうした絶望を経験してきた人たちの
励ましの言葉に触れて、彼女の心は氷解していきました。
自分の辛さを吐露した時、
その気持ちに心から共感してくれる仲間の存在が
段々と自分の心を強くしてくれました。
そして、とても難しい病気と言われても
今の医学ではいろいろな治療法があるのだと知り、
実際にその治療のおかげで元気になっているこどもたちを知り、
彼女は希望を見出すようになっていったのです。

やがて彼女は自分と同じような境遇に新たになった人たちで
助けを求めている人たちの役に立とうと
自分の時間をその人たちのために分けるようになっていったのです。

かつて自分が助けてもらったように。
かつてその救いが自分の心の支えになったように。


その話を伺った時、思いました。
我が子の病気という事実を親が変えることはできないけれど
絶望しかなかった気持ちから抜け出し、
希望を見出すようになり、
やがて他の人の幸せのためにも役立ちたいと思うような
大きな心の変化を来せることを。
それは医者がやることではなく
親本人が自分でできるということを。
それは変えられない事実と共に生きる当本人のこどもにとって
どれだけありがたいのかを。

だって、自分のせいでずっと親が苦しむ様子を見ていたら
こどもはどうすれば良いのかわからないですから。


変われる人は強い。
自分を変えようとする気持ちのある人は強い。
変えられない事実と向き合いながら
自分のできる最善最大のことをやろうと努力する人は強い。
そう思いました。

そういう風に彼女を変えてくれたのは
ベッドの上でどんな辛い治療の時にも
終われば母に向けてにっこり笑顔を向けるお子さん。


あなたのママはあなたのおかげで
こんなに強くなったよ。

これから始まる新しい治療、
一緒に頑張ろうね。
ママとパパとお兄ちゃんと
おうちで一緒に暮らせるように。

まだ本当は甘えたい盛りの小さなお兄ちゃんも、
あなたのこと頑張れーって応援して
あなたの帰りを心待ちにしているから。

2018年07月30日

こどもにとっての病気の受容

自分の意思に反して他者にわかってしまう症状、
それが自分の命に係わるようなものではなくて
身体的な痛みやしびれなどを伴うわけではなくても
本人には非常に精神的な苦痛を伴う場合があります。

そして現代医学でその治療法がまだない、ということは
すなわち、ずっとその症状と共に
生きていかなければいけない、ということです。

ある方は幼い頃からその症状を周りから揶揄され
そのたび何とかその場をごまかしたり、嘘をついて
どうにかこうにか、切り抜けていたそうです。

でも段々成長するにしたがって、
そういう自分が嫌になったのだそうです。
そこでどうしたのか?
新しく出会う人たちには
自分はそういう症状があることを初めから
伝えるようにしたのだそうです。
もし気に障ったらごめんね、って。
そうしたら、心の負担が随分軽くなったのだそうです。

自分がそう切り出して
それでもなお奇異な目を自分に向けて
心ない言葉を投げかけるようであれば
もう、その人はそういう人なんだ、って自分の中で線引きして
それ以上自分の心を波立てないようにしたのだそうです。


その話を聞いた時、
何だかとっても切ない気持ちになりました。
幼い頃から、随分苦しい思いをしてきたんだなあ。
そして多感なティーンエイジャーになって
自分を偽る自分自身を嫌になって
自分なりの解決方法を編み出したその当時の姿を想像すると
何だかこっちまでホロリともらい泣きしてしまいそうだった。

そういう時間の積み重ねを経て
その方はとても強く、優しく、懐の大きい人間になっていきました。

人間誰しも人知れず思い悩むことは多々あるはず。
自分の力だけではどうしようもできない状況、
その中で立ち止まるだけでなく、引きこもるだけでなく
自分はなんて不幸なんだろうと自分の身を嘆いたり
周りを恨んで暮らすのではなく、
自分なりに考えて、一歩抜け出して歩む人がいる。


この世界、同じ時間を生きている人の中に。
そういう人がいる。


その事実はとても、大きい。
そう思いました。

誰かに教え諭されたわけでなく
その方が自分で見つけ出した自分なりの方法。

こどもの心は大人なんかよりも遥かに強靭で
たくましいのかもしれません。
決して侮ってはいけない。

そういう人にもっと光が当たるべきだと思います。
そういう名もなきヒーローに。
そして今よりももっとたくさんの
幸せがその方に訪れてほしいと思うのです。

2018年07月25日

「しょうがない」は前進するための大切な一歩

お子さんの治療、なかなか期待するような成果が見えなくて
親御さんは意気消沈……そういう時は多々あります。
そんな時にパートナーが「しょうがない」って言ったら
きっと多くの方がカチンと来ると思います。
「しょうがない」って何よ!
「しょうがない」ですまさないでよ!
「しょうがない」それどういうこと?真剣に考えてるの?
そう言いたくなることでしょう。

でも実は「しょうがない」の裏にはものすごく大きな思考があるかもしれない。
いろいろ考えて、親がどんなに心を痛めて、努力しても
それだけでは状況が改善できないこと、があるのです。
いつか改善するのだけど、時間がかかること、があるのです。
それを待てるか、待てないか。
待つ、それは簡単なようで実はすごく難しい。
そういう時、パートナーの発する「しょうがない」には
「今はしょうがない、だけど
 いつか我が子は元気になるから、その力を信じて、待とうよ。」
そういう決意が秘められていることもあるのです。

あるお父様のお話を伺ってそう思いました。

「しょうがない」
そう心の中で折り合いをつけることは
心の中に立ち込めている霧をはらって
時間がかかっても我が子の回復を信じよう、
そう気持ちの方向性を切り替える始まりなのだと思いました。

2018年07月23日

距離を置くことで自分を取り戻せた母

無事出産してホッとしたのもつかの間、
お子さんが体調悪くてNICUに入って
いろいろ検査などが進められるとき、
ママの気持ちは非常に不安定になっています。
話す本人は特に気にも留めていないような言葉に
とても心が傷ついたり
相手が心を寄せて、発してくれたいたわりの言葉に
とても悪意を感じてしまったり……。
普段だったらありえないような思考に陥って
周囲との対人関係がとても悪くなることもあります。
たとえそれまで非常に仲よく過ごしてきた
嫁姑関係であっても、
姑の優しい言動が耐え難いほど
辛くなることもあります。

あるお母様、そうした状況に陥って
暫く周りと距離を置いたのだそうです。
そして検査していくうちに発覚したお子さんの
病気や手術…いろいろなことを
ご主人とお子さんと共に乗り越えていきました。
やがて半年くらいかけて姑さんとも
元の通り、とても仲の良い間柄に
戻れたのだそうです。


ある日突然、非日常の緊急事態に突き落とされた時
人はそれまでの自分と違う感情、行動に走ってしまうのは
自然な心の流れです。
ですから、本来ではない自分に戸惑い
自分でもそれをどうコントロールしていいか分からない時は
周りと少し距離を置くのは得策だと思います。
それは逃げている、のではなくて
自分の立ち直るための力を養う機会を確保しているのですから。
だけどそれをもしもあなたが「孤独」と思うのであれば、
自分とはプライベートな利害関係のない
誰か新しい関係(例えば病院のスタッフとか)の中で
新たな結びつきを見出せばよいのだと思います。

そうして自分も時間と共に心が丈夫になっていった時、
また元の周囲の人間関係の中へと
少しずつ足を踏み出していけば良いのだと思います。
あるお母様のお話を伺ってそう思いました。


新しい治療、きっとうまくいく。
ママがたくさんの苦労を乗り越えて
あなたのことを看病して、見守ってきたのだから。
強くなったママと共にあなたも一緒に頑張れるよね。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも
あなたが元気になりますようにって
みんな、おうちで待っているよ。

2018年07月19日

こびとさんと時間を味方につけること

新しく始まった治療、
お子さんの治療は進んでいくけれども
親の期待よりもお子さんの回復速度がゆっくりだ、
ということはよくあることです。
面会に来る親御さんはきっと
もどかしい気持ちでいっぱいでしょう。

でもそんな時は小さなこびとさんたちが
必ず元気になれるますように、と
身体の隅々まで走り回って
あっちにいって、こっちにいって
身体の細胞を治している、
そんな風に思ってほしいのです。
こびとさんたちは小さいからそんなに大きな仕事はできないけれど
だけど、すごく働き者。
だから時間はかかっても元気になれます。

心の中でこびとさんと時間を味方につけましょう。
こびとさんと時間は必ずお子さんの味方になってくれるから。


ママ、あなたのお子さん、きっと元気になる。
そして今はあなたの気持ちをメンテナンスすることが
すごく大事になります。
こびとさんの働きを待てるように。
あなたの心が折れないように。

2018年07月16日

自分は大黒柱だから ――そう気づいた父の自覚

お子さんが命に係わる重い病気だと医師から告げられ
何が何だか、もう頭の中はぐるぐるして
今迄の生きてきた人生の中で
一番衝撃的で辛かった、と語ったお父様。
最初の頃はお子さんの話を誰かにするたびに
涙が溢れ出てしまっていたそうです。

でも、心の内を話して、自分を理解してもらうって大事ですね。
彼はお兄様とお話をして、ようやく自分の道が見えてきたそうです。
自分は一家の大黒柱なんだってことに
気付いたそうです。

いつも自分が泣いてばかりじゃ
妻やこどもはどうしていいかわからないと。

大黒柱なんだからしっかりしないといけないって思ったそうです。
誰かにそう諭されたのではなくて
自分でそう、答えを見つけていったのですって。

もちろん時には自分も泣きたい時もあるけれど。


人はたまりにたまった感情をまずは吐き出したら
新しいモードに切り替われるのかもしれません。
そして奥様とお子さんへの愛情は
もう言葉にし尽くせないくらい深いものだから
新しいモードが「頑張るぞ」っていう覚悟のモードへ
つながったのだろうと思います。

そのひたむきな一生懸命さはとても迫力がありました。
そして同年代、まだまだフラフラして
自分の立ち位置さえ見つけようとしていない人が多い中
そんな風に生きているお父様のことが眩しく思えました。



新しい治療、きっとうまくいくよ!
あなたのパパは、あなたが元気になるために
いろいろな力を貸してくれる。
そしてあなたが小さな身体でこれまでどれほど頑張ってきたか
あなたのパパは、ずっと見守って、知っているよ。
これからの治療、安心してパパとママと一緒に頑張ろうね。

2018年07月14日

「今」を生きているのだから――不安に駆られた日々から笑顔を取り戻した父親

我が子の誕生、初めての育児に忙しくもあり、
元気に育っていることを喜んでいた矢先
医師からお子さんが重い病気だと言われ
今迄聞いたこともないような病名を告げられた時
親御さんの気持ちはパニックになり、
次々と湧き出てくる得体の知れない不安に
潰れそうになる……そんな時、どうすれば良いのでしょう。

あるお父様、これから先のことを考えたら
とにかく不安で仕方なかったのだそうです。
未経験の道。何が起こるのか、どんなことが待っているのか。
考えるとどんどん不安ばかりが募ってきたそうです。
でも、ある日、思ったんですって。
今、目の前にあることに集中しようって。

起こるかどうかもわからないことに
心悩ませる時間があるなら、
今やるべきことに時間を使おうと。

誰かにそう言われたわけではなくて
自分でそう気付きを得ていったのだそうです。

なぜ?

その問いにお父様は静かに答えてくれました。
あんなにも、あれもこれもと自分で考えていたけれど
それまで不安でいろいろ頭のなかで考えたことが
実際にすべて起こってきたわけじゃないと。
あ、そうか、と。
自分でそう気付いたのだそうです。

そして我が子が頑張っている姿が
自分を「今」に引き戻してくれたんですって。
ありもしない未来にふわふわ漂って不安に駆られる自分を
まさにこの現実である「今」に。

物静かで、穏やかで、とても優しいお父様。
だけど心の内ではたくさんの葛藤があったのだなあ。
そしてその一つ一つを経ることによって
更に一段高みに登ってお子さんと一緒に頑張れている。


新しい治療きっとうまくいくよ。
心の強さを得たあなたのパパは
ますます優しさを倍増しているからね!
そしてあなたが頑張っているのをいつもそばで見守ってくれてるからね!
だから安心して、新しい治療と共に元気になろう!


2018年07月11日

「うちの子はかわいそうな子じゃない」――子の姿から大きく変わった父

生まれてまもなくお子さんが重い病気とわかり
長い入院生活、数度にわたる手術などを経験すると
お子さん本人や親御さんは周りから
「かわいそう」「かわいそうに…」そういう言葉を
かけられることが多いだろうと思います。

励ますつもり、心を寄せるつもりでかけた
「かわいそう」「かわいそうに…」
だけど、それがお子さんやご家族の心を
傷つける場合もあるかもしれません。

どんなに大変な状況でもお子さんは頑張っているのだから。
それを「かわいそう」という形容をされること自体
こどもに失礼なんじゃないか?と。
あるお父様はそうお話してくださいました。

一生懸命頑張る我が子に憐れみの目を向けられるのは
「それは違うぞ!」と思うようになったそうです。

健康なお子さんに比べて何倍も大変さを抱えて
それでも頑張って生きているお子さんは
健康なお子さんよりも遥かにたくましい底力と
力強さを兼ね備えたお子さんなのだから。
「かわいそうに…」そう涙するのは
もうやめたそうです。
そして、いろいろな大変なことがあっても
お子さんと奥様と一緒に頑張って乗り越えていく覚悟を
しっかり決めたそうです。


そう語る彼の笑顔は
清々しくて、とてもさわやかでした。
何度も何度も流した涙、
最初の頃はお子さんの病気が
あまりにもショックで、涙なしでは語れなかったそうです。
その彼がこんなに大きく変わっていった。

衝撃の大きさに立ち止まってしまう、
それはもちろん自然なことではあるけれど
機が熟した時にそこから変わっていこうとする強さは
きっとお子さんがくれたのだと思う。
毎日頑張って生きてきたそのお子さんの姿が
父の心を大きく動かしていったのだと思う。
そして奥様も夫の決意に賛同して
より一層強くなってくれたそうです。
うちの子はかわいそうな子なんかじゃない、と。

頑張れるすごい子なんだものね。
まだまだ小さなこどもなのに。
すばらしいぞ!
大人だったらへこたれてしまうことも
こどもは立ち向かっていける。


新しい治療、きっとうまくいく!
こんなに力強いパパとママと一緒にね。

2018年06月30日

過去の苦しさや悔しさが心の強さを生み出すこと ―ある母親の話から

なぜか若い頃から周りの気の強い人たちから
ストレスのはけ口の対象にされて
理不尽なことを言われたり、
不愉快な思いになるようなことを
たくさん経験してくると
本人は自分が人として何か欠けているんじゃないか?
みたいに思うこともあるかもしれません。
そのうち自分に自信が持てなくて、
自分なんか、もう……
そんな風に思って過ごすこともあるかもしれません。


周囲の人的環境って
ある意味、不可抗力的な部分もあるのだろうと思います。
なぜなら他人はなかなか変わるものではないから。
だけど「自分ではどうしようもない、できない」
そういう状況を何度も経験して耐えてきた人は
人知れず逆境に対する強さを
養われていくのだろうと思います。

本人はまったくそれを自覚していなかったとしても。
そして、それが思わぬところで役に立つことも
あるかもしれません。
たとえば十数年後に……。

あるお母様のお話を伺ってそのような印象を持ちました。
若い頃、悔しい、苦しい経験をたくさん味わったからこそ
その後訪れた我が子の重い病気という苦境が
突然やってきた時、
へこたれない強さを発揮できたのだと思います。

健康で元気いっぱいのお子さんが生まれて
周りから「幸せね」って多くの祝福をいただいても
産後の女性の中には、抑鬱状態になる方もいらっしゃいます。
まして、喜びいっぱいのはずの時に
いきなり我が子が瀕死の状態だなどと言われたら
自分の精神状態を保つこと自体が難しいのです。
自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう、
それは自然なことだと思います。

だけど彼女は頑張るぞって思った。
自分のことは横に置いて
まずはNICUで頑張っている我が子に会おうと
面会に通う日々。

それは若い頃、胸が締め付けられるような思いを
何度も何度も経験してきたからこそ
その苦境に耐えられたのだと思う。


十数年前の苦しさは、彼女の頑張れる強さを生み出していました。
どうか自分に自信を持って行ってほしいと思う。
次々と我が子に訪れる難関を
ご主人と共に歩んで受け止めて、前に進んできた
そのあなたの強さを、どうか忘れないでほしいと思う。


あなたは他人から
不躾に軽んじられたり、貶められたりするような
そんな存在ではないのだから。


赤ちゃんの新しく始まる治療、きっとうまくいく。
今迄頑張ってきたあなたと共に。

2018年06月29日

医療に対して信頼を寄せる時

突然、お子さんが具合が悪くなり
それまでの生活の中ではまったく縁のなかった
医療の世界の中に足を踏み込んだ時、
親の立場で迫られる決断事がたくさん出てくると
それだけでもう親御さんは圧倒されてしまうかもしれません。
事の重大さに押し潰されそうな時、
親の自分の方がそのような状況から
逃げ出したくなると思うかもしれません。

そういう時どうすれば良いのでしょう?

あるお母様は医師と信頼を築くようにしたそうです。
もちろん初めて会う人ばかり。
複数の医師から話を聞く時、
A医師、B医師、C医師、D医師……
それぞれの話を理解しようとする時、
その医師の醸し出す雰囲気によって
自分の理解がかなり左右されることもあるかもしれません。
圧倒されるというか、流されてしまうというか。
そのために話の内容を理解した「つもり」でも
きちんと理解しないまま終わってしまう、
そういうことだってあるのです。
そこで彼女が大事にしたのは信頼でした。
「この医師に自分は信頼を寄せることができる」
そう思うと、話の理解を進めていくことができるのでした。
「我が子だったら、あなたはどういう選択をするのか?」
あえて医師にそう尋ねるのだそうです。
そこで「他人事」ではなく我が家の一大事として考えて、
一人の人間としての個人の意見を真剣に答えてくれる
医師の話を彼女はきちんと聞くのだそうです。
それは更にその医師への信頼を増すことにつながるわけですが。

お子さんと家族がポーンと病気の世界に放り込まれた
そんな風に捉えてしまうと
あまりに孤独で、あまりに不幸に思えてやりきれないですが
そういう病気の世界に、その道のプロとして頑張ってきた医師が
一緒に頑張ってくれるという発想を持てることは
自分の心をより広く開放できることにつながるのだと思います。

2018年06月27日

きょうだいを亡くしたこどもの受け止め

きょうだいを亡くしたお子さんが
「死」をどう受け止めているのか、
それは気になるところだろうと思います。
「何歳くらいになるとこういう認識ができて…」
そういう風に書いてある本もありますが
本当のところは
親が死に対してどういう価値観を持って暮らし、
こどもに接し、話しているか、
それによって随分変わってくるような印象を受けます。

お子さんが長く患った末、亡くなったおうちの場合
きょうだいはそれまでの生活の時間を通して、
自分のきょうだいの弱っていく様子を
知る機会を得ていきます。時間を十分かけて。
一方、ずっと普通に暮らしていたけれども
ある日事故や災害で突然、日常の時間の中から
お子さんが旅立ってしまった、というおうちもあります。
そういう時は遺されたきょうだい云々よりも
親御さん自体、我が子の死の受け止めができない…
あるいは「受け止め」なんて、そういう言葉で語れるような
そんな状況どころでない、と言った方が正しいかもしれません。


いくつかのおうちに関わらせてもらううちに
自分で感じてきたことは
「亡くなっても、今迄とは違った形でそばにいるんだよ」
そういう風に親が説明しているおうちの場合
小さいこどもたちは自然にその話を受け容れて
日常生活を送ることができるようです。

こどもの方がそれは柔軟かもしれません。
なぜなら、特に小さい年齢の頃は
親の発言は「絶対的」な信頼を寄せているものですから
その親がそう言うのだから、
それは間違いないことだろう、と。
こどもの中にスーッと入っていくのだろうと思います。

親には見えていなくても
幼いこどもの場合は亡くなったきょうだいの魂・霊が
見えていることがある、という理由もあるかもしれませんが…。

今迄とは違った形で亡くなったきょうだいとどうつきあっていくか、
それはその子、その子によって違うのは当然です。

あるお母様がおっしゃっていました。
そのおうちはかつてお兄ちゃんが妹にたくさん
本の読み聞かせをしていたのだそうです。
そして妹が亡くなった後、
お兄ちゃんは当時の本をまた手に取って
一人で読んでいる時があるのだと。

そうなのか……と思いました。
本を読むお兄ちゃんの背中姿を思い描いたら
ジーンとしました。


いろいろな形で人は過去の想い出に遡り
亡くなった大切な人を悼むのだと思います。
きょうだいと過ごした時間が現実のことだったのか、
それを確認する意味もあるのかもしれません。
大人が考える以上に、実はこどもの心は遥かに
大切な人の死を受け容れるための工夫を
自然に試みているのだろうと思います。

テレビばっかり見て、もう!とか
マンガばっかり読んで、もう!とか
あるいは、こどもがダラダラしてすごしているとき
本人にとって本当は自発的な悼む時間かもしれません。
かつて、そうやって共にきょうだいと過ごした時間を思い出すために。

そうした何気ない時間の積み重ねによって
こどもたちは自分の記憶の中に
きょうだいの死を自分流に留めていくのだろうと思います。

2018年06月25日

「どうしてそんなにドライなの?」 そこに隠れていた父の本当の気持ち

お子さんが亡くなった後、親御さんの間で感情のずれを
感じる方もいらっしゃることでしょう。
あるお母様はご主人の様子がどこかドライな感じがして
「どうしてそんなに簡単に割り切れるの?」って違和感があったそうです。
自分は涙が溢れて仕方がないというのに……。

しかしある日、ご主人にそれを尋ねた彼女は
そこに隠された大きな意味に気付くこととなりました。
ご主人は自分が気持ちを切り替えなければ
家の中が立ち行かなくなる、そう思ったからだそうです。

家には専業主婦の妻とこども。
その生活を経済的に支えるのは働きに出る自分。
生き残っている家族を支えるのは自分だ、
その責任感をしっかり果たすためには、
自分ができることはまずは働くことだ。
そのためには悲しむばかりではいられない。
そう彼は思ったのです。
ドライに割り切ったような印象を与えるような振る舞い、
それは自分自身を鼓舞する意味もあったのかもしれませんね。

彼女はそこからご主人の心の中の本当の悲しみや
家族に対する深い愛情を改めて知ることとなりました。
そしてこれまで以上に相手の気持ちを推し量るようになりました。

良いご夫婦関係だなって思いました。
お互いがそれぞれの役割をしっかり頑張って果たして
お互いを認めて支える、
それが前進のための一歩なのだなと思いました。

彼女がもしご主人に尋ねなければ、ずっと誤解したままで
不信感が募っていたかもしれません。
話すって大事だなって思いました。

2018年06月23日

「お子さんは何人ですか?」 その問いに戸惑う時

あるお母様とのお話の中で
「そうなのか……」と思ったことがありました。

お子さんが亡くなった後、新しく出会った人に
お互いを知るという意味で
話の流れの中で「お子さんは何人ですか?」って
尋ねられることありますね。
でもそういう時、これからつかず離れずといった距離感で
ある期間(例えば学校のPTA活動とか)
お付き合いが必要な人との間では
どう答えるべきなのか?

これまでお子さんが2人で、例えば下のお子さんが
病気で亡くなってしまった時、
「うちは1人です」と答えるか。
「うちは2人です」と答えるか。

お子さんが亡くなったこと、病気だったことを
全く知らない人に、そういう話を深く詮索されたくない、
そう思う気持ちは当然のことだろうと思います。
なぜなら相手の不用意な言葉に
心が深く傷つくことがあるから。
たとえ慰めの言葉をかけられても
それがストレートに心に優しく染み入るわけではないから。

だから彼女は初めから「1人です」と言う時もあるのだそうです。
そしてその時、亡くなったお子さんに
ごめんね、って心の中で手を合わせるのだそうです。

自分のこれまでたどってきた時間を話して
そこで何か心が通い合うものを感じられる、
そう思える人だったら、2人って言えば良いのだと思います。
でも辛い気持ちを掘り起こされて、
自分でもその後不安定なままになってしまいそうだったら
1人って言えば良いのだと思います。

100歳も過ぎたようなお年で天寿を全うされた方の死は
「大往生でしたね」そういう会話が続きます。
でもこどもの死、それは周りの人にとっても
何と言葉を続けて良いのかわからなくなる……
それが大半なのだと思います。
何か伝えたくても、どれもこれも薄っぺらな言葉に思えて。

「お子さんは何人ですか?」
その質問によってあなたの1日がフリーズしてしまう、
そう感じる時は、何人と答えようと、
あなたの心の思うままで良いのだと思います。

2018年06月22日

信念がどん底から引き揚げてくれる ―娘を亡くした母の強さ

お子さんが亡くなった後、視覚的に確認できる身体がないことは
本当に「寂しい」ものです。
いつも通っていた病院、長く過ごしていた病室
そこに行っても会えない現実。

でもあるお母様がこうお話してくださいました。
「肉体はないけれどそばにいる。だったら楽しく過ごそうと思う。」
今この瞬間も、いつでもそばで見守ってくれているんだ…
そばにいる、彼女は真剣にそれを信念として
心の中にしっかりと打ち立てていました。
そしてそれが見事に彼女の気持ちを変えていったのです。

亡くなったお子さんの立場から考えてみれば
「こんなに近くにいるのに、どうしてママは悲しい顔してるんだろう。
ママはどうして私の事わからないのかしら?」
そう思ってしまうものね。

そしてそれは共に生きているごきょうだいも同じこと。
いつまでも自分が日々悲しみのモードで送ることは
まさに今ここに生きているお兄ちゃんの存在を
ないがしろにしてしまうことになるから。
「ねえ、僕はここにいるのに。僕って一体何なの?」
そう寂しく思ってしまうものね……。
こどもだって自分の存在を否定されたような気持ちになるものね。
どんなに小さくたってわかるもの。


自分の悲しみを全面に出し続けることは
自分がお兄ちゃんの人生を犠牲にしてしまうことにつながる、
そう思った彼女は悲しい気持ちはあるけれど
でも、日々楽しく過ごせているよ、と
言えるように変わりました。
亡くなったお嬢さんもそばにいるし
そしてまさに今生きているお兄ちゃんもそばにいるし。
共に泣いてくれて、そして共に生活に楽しさを見出してくれる
ご主人もいるし。


人間の心は複雑なもの。
いろいろな感情が同居して、刻々と変わりながら生きている。
でも、何か信念の柱をしっかり心の中に打ち立てると
その後の進む大きな道、その方向性が決まるのだと思う。

他人がその信念をどう思おうと、そんなことは関係ないのです。
悲しくても苦しくても、彼女は今世の天寿を全うするまで
彼女の人生は続いていく。
その中で、娘が夭逝したこと、その事実が
彼女の人生を暗転させたきっかけとして
このまま自分の人生を過ごし、終えるのは
とても耐え難かったのだと思う。

それは自分が辛い、そういうことではなくて
娘があまりにも気の毒だから。
自分が悲しみすぎることは
娘を親不孝な子にさせてしまうから。
お嬢さんは親不孝な子なんかじゃない。
彼女にいろいろな気付きと学びと
たくさんの愛情を与えてくれた
素晴らしいお嬢さんなのだから。

彼女に昨夏お目にかかったときは
もう彼女の心が擦り切れてちぎれてしまうのではないかと思うほど
とても限界にきていたけれど、
先日お目にかかった時は、生きるエネルギーが甦ったようでした。
彼女は今では誰か同じような境遇の人の力になりたいと
思うようになったそうです。

それは彼女が信念と共に
そして魂の形で自由になったお嬢さんと共に今生きていると
彼女が実感していることが大きいのだと思いました。


心が散り散りになるほどの苦しさを経た彼女は
本当にまぶしいほどに美しかったです。

きっとお嬢さんが彼女の進む道に光を照らし
彼女はそれをしっかり受け取って歩んでいるからだと思います。

2018年06月20日

赤ちゃんが証人になって教えてくれるこどもの死後の安寧

お子さんが亡くなった後、
そばに姿が見えないのは本当に寂しいですね。
いつも聞こえていたはずの呼吸器の規則的な音が聞こえないと
静かすぎて落ち着かない、そんな気持ちになるかもしれません。
でも、亡くなった後のお子さんは
現世での身体から解き放たれ
自由自在な魂はあなたのそばで
楽しく過ごしている……
そう実感できるお話をあるお母様から伺いました。

見知らぬ赤ちゃんがなぜか彼女に微笑みかける。
そういう経験を短い間に立て続けにした彼女。
普段そういうタイプじゃないのに、
どうしてかしら?って思ったのだそうです。
その時、ご主人は亡くなった息子さんの魂がきっと
彼女のそばに居て、その魂を見える赤ちゃんが
息子に微笑みかけているんだろうって思ったんですって。

幼いこどもは亡くなったお子さんの魂が見える、って言うものね。
他人様のおうちの抱っこされている小さな赤ちゃんが
彼女に向かって微笑みかけるということは
きっと赤ちゃんの瞳には、その少年の楽しそうで
幸せそうな姿が映っているんだなあ。
ああ、良かった……。
彼が幸せに過ごせていて本当に良かった。

自分の目でお子さんの姿を確認できなくても
思いもかけない形でお子さんはお知らせしてくれる。
今迄まったくご縁のなかったおうちの赤ちゃんの
笑顔を通して教えてくれる。
ママ、心配しないでねって。
僕、今ハッピーに過ごしているよ。
ママやパパやお兄ちゃんたちのそばに
いつでもいるよって。

赤ちゃんが証人ですから。
赤ちゃんはわざわざ嘘をつく必要ないのですから。
無垢な心の赤ちゃんの笑顔を信じてみよう!

2018年06月17日

希望を育てていった母

お子さんの病気がとても重くて
「うちの病院よりもっと大きいところに行きましょう」って
入院中の病院側から転院を勧められることもあります。
特に症状が急に悪化している時は
そう聞いただけでもう心臓はドキドキなのに
新しい病院にたどり着いたら
いろいろ検査を受けるうちに
「今後のこと考えて、もっと大きいところに行きましょう」って
もう一つ別の病院へ行くことになった、という場合もあります。
急な症状の展開、追いつかない心。
信頼を築きあげるにはあまりにも短すぎる時間。
そんな中で、親御さんはいろいろな選択を迫られることになります。
不安ばかりが募って、自分の選択がこれで良いのだろうかと
自信を持てなくなってしまいます。
あるお母様、まさに不安に押しつぶされそうだったけれども
新しい大きな治療に取り組むことを決断したことをきっかけに
心を切り替えていったそうです。
不安を希望に変えようと思ったのだそうです。
すごい底力のある方だなあ……そう思いました。

不安、それは決して悪いわけじゃない。
人間の自然な心の成り行き。
でも不安に駆られることによって
気持ちはどんどん二次的に悪い方向へと
引きずられてしまうことって多いのです。
それが自分を更に苦しめることになる。

そういう状態の中で。僅かでも希望を見出せるようになると
自分の気持ちが変わっていけます。
希望、そこに寄せる期待が
自分自身の視線、それは自分の周りを取り巻くあらゆるものへの
視線を変えてくれるのです。
そのお母様は「希望を育てていく」そうおっしゃっていました。


新しい治療きっとうまくいく。
不安で押しつぶされそうな苦しみの中から
希望を見出し、育てて行こうと決めたお母様。
人間が動物と違うところはそういうところなんだと思う。

動物だってもちろん
嬉しいとか、悲しいとかそういう感情はあるだろう。
怒った、そして悔しくなった、そういう同じ系列の発展的な感情もあるだろう。
でも一次的な感情から化学反応的な思考を起こして
全く別方向の新たな二次的な感情を作り出すこと。
それができるのが人間なのだと思う。
でも決してそれはたやすいことではない。
だけどそれができる人はどんな苦境も
しっかりと地に足をつけて乗り越えていけるんだと思う。

そんなママの存在はお子さんに
何にも代え難い心強さを与えてくれるのだと思う。

新しい治療、きっとうまくいく!
元気になろうね。

2018年06月02日

子亡き後の心の穴を感謝で埋める母

お子さんが亡くなった後、
開いてしまった大きな大きな心の穴。
その穴を抱えながらどうやって生きていけばいいんだろう…
そう途方に暮れるご両親は多いことでしょう。

あるお母様、こうおっしゃっていました。
わーっと思いきり泣いた後に
悲しみで開いた穴を感謝で埋めるのだと。

感謝で埋める?
それはまずはお子さんへの感謝。
重い病気でも一生懸命頑張って生きたね、そういう感謝。
そのあなたの姿に私達親はとても心動かされたよ、そういう感謝。
そしてもう1つの感謝、それは
そのお子さんを取り巻く医療従事者達への感謝。
あんなこと、こんなこと
いろんな場面で医師が、看護師が
そして病室のお掃除で出入りしていたスタッフの人にも
心を向ける感謝。
我が子のためにいろんな形でいろんな人が
関わってくれたのだなあという感謝。

そのすべてがそのお子さんの人生を彩る
まさに1コマ、1コマだから。
それを丁寧に思い起こすことによって
穴が少しずつ埋められていくということ。

彼女からそのお話を伺った時
心の中でしとしと雨が降るような気がした。

そうかあ・・・
愛おしむように、思い出す我が子の人生。
それは短かったかもしれないけれど
そこには数えきれないほどの場面が
ちりばめられている。

彼女はご主人の選んでくれたお子さんの写真と共に
いつもお出かけするそうです。

今迄入院でお出かけが不自由だった分
こんどは身軽になったお子さんの魂と一緒に
あっちにも、こっちにも出かけて
幸せの波動で心の中を満たしてほしい。
それはお子さんの魂にもすぐに伝わるのだから。

2018年06月01日

可能性を掴み取ろうと決めた父

お子さんが重い病気と言われたら、
親御さんはどうにかして治る手段はないかと
頭を悩ますところですね。
医師からいろいろ説明を受けて、
その中で我が子には何が一番良いのか?
でもそこに副作用は、後遺症はないのか?

いろいろ、いろいろ考えて
起こる確率がほんのわずかなことであっても
心配が拭えなくて、一歩をなかなか踏み出せない。

そんな時、あなただったらどうしますか?


先日あるお父様がおっしゃっていました。
治るための選択肢があるなら
その可能性を潰したくないと。

心配を数え上げたらきりがないけれど
でもどういう状況になっても
治る希望を掲げて、みんなで一緒に頑張っていきたいんだ、と
そうおっしゃっていました。
バラバラじゃなくて、一緒に。
今迄そのお子さんを守るために
本当にご家族みんなで一緒に頑張ってきたから
ここで崩れたくないんだと。


進んでみなければわからない。
そしてもし望まないような副作用が起こっても
決してなすすべがないのではなくて
必ずどうにか軽減、好転させるすべはある。
医師は多くの努力と経験を
積み重ねてきているのだから。

そして、何より一番なのは
いくつもの大変だった状況を乗り越えて
今、新しい治療を始めようとするそのステージまで
お子さんがたどり着けたという事実。

これまでの厳しかった道のりを考えたら、
そのお子さんは限りなく、果てしなく
力強い生命力を秘めているって確信します。


新しい治療頑張ろうね。
パパはあなたのために心を決めたよ。
新しい治療と共に、可能性にかけてみようと。
ママもお姉ちゃんもあなたのことを応援しているよ。
おじいちゃんも、おばあちゃんも。
みんな、みんな。

きっと元気になるね!

2018年05月26日

良いことも、聞きたくないことも、両方消化して強くなった母

医師から我が子が1万に1人の病気だと言われても、頭の中は混乱で
とてもその事実を受け止められない……
あるお母様は赤ちゃんに、
元気な身体じゃなくてごめんね、っていう気持ち、
大変な思いさせちゃってごめんね、そういう気持ちで
いっぱいになったそうです。
でもでも、彼女は変わっていきました。
ごめんねっていう気持ちは残しつつも
どんなに赤ちゃんに申し訳なく思っても
その病気である事実を変えられないなら
自分はとにかく我が子を支えていこうって。

医学部の図書館にあるような本じゃないと、
なかなか書かれていないような病気。
だからまずはできることから、ということで
インターネットでいろいろ調べていくと
ショック受けるようなことを書いているページもあれば
親のブログなどでポジティブなことを書いている人のページにも出くわす。
彼女はその両方を知って、それを両方ずつ消化していったのですって。
両方ずつ消化。すごいなあ。。。


彼女のさわやかな笑顔には
そんなに大変な苦労を経て来たことを
微塵も感じさせる気配はなかった。
きっと苦労を自分の糧に変えていける人なんだなあ。彼女は。


赤ちゃん、あなたに新しく始まる治療、きっとうまくいく!
あんなに地に足のついたママが一緒に頑張ってくれるのだから。
そして何よりあなたのことを文字通り目の中に入れても痛くないっていうくらい
愛しく思っているパパもいるのだから。

2018年05月16日

誉命を生き抜いてお空に還っていった少年  

ずっと頑張ってきたあなたのことを
私は決して忘れないよ。

今日の東京の空は澄み渡る青空で良かった。
まぶしいくらいのお日様の光と共に。
お迎えに来た天使さんたちとの空中散歩は
楽しくなるといいなあ。

身体から解き放たれて自由になったあなたの魂は
きっとこれからうんといっぱい遊んで
ママと一緒にはらぺこ青虫の本を読んだり
パパのお膝に抱っこされたり
お兄ちゃんとお絵かきしたり、
自由に自由にいろんなことできるといいな。

ママとパパとお兄ちゃんが
これまで溢れるほどの愛情であなたのことを包んで
あなたのことをしっかり守ってきたように
これからはあなたがママとパパとお兄ちゃんのことを
しっかり守ってほしいのです。

医師から余命を告げられた最期の時間を随分越えて
あなたは頑張って、日々生きていた。
それは素晴らしい緩和医療の先生との出会いもあったのだけど
家族の愛情は魔法のように彼の命を活き活きとさせた。

誉れ高きその命、私はあなたのことを忘れないよ。