2018年10月20日

動いた分だけ現在進行形、と覚悟を決めた父

「あなたのお子さんの病気は○○○○○です」。
そう医師から言われて、今迄1度も耳にしたことのないような病気の治療に
これからどうなっていくんだろうと、心が翻弄されたお父様。
そしていろいろな治療が始まっても
すっきり思うように回復しない日々。
親として、この子に何をしてあげられるんだろう…
頭の中はぐるぐる、ぐるぐる。
どこに向かって歩いていけばいいんだろう。
そして歩こうと思った途端に外野からあれこれ入ってくる声。
進むのか、止まるのか、別の道を探すのか?

そういう時、彼は自分の選んだ道を前に進もうと決めたそうです。
考えているだけじゃ物事は進まないから、って。
そして自分が動けば、動いた分だけ現在進行形だからって。

名言だなあと思いました。
「動いた分だけ現在進行形」

もちろん彼は無防備に道を突っ走るのではなくて
その前に十分、その道に進む時の様々なリスクも考えたそうです。
奥様と話し合って。
でも、結局はやってみなければわからないことが多い。
そして、もし自分たちが期待したような結果につながらなくても
その時は、またそこから最善の道を考えていけばいいのだと
思ったそうです。
こどもがこうして頑張っているのだから。


そう語ってくれました。
若い父親のその覚悟、私にはあまりにも神々しくて眩しかった。

あなたのその覚悟、
それを知ったらお子さんはきっと心強く嬉しく思うことだろう。

新しい治療、きっとうまくいく。

2018年10月18日

母の心を救った幼いこども

お子さんがとても重い病気で、
医師から聞くお子さんの病状は
いつも親の心が崖から強く突き落とされるかのような辛い話ばかりで
ああ、もう自分もどうにかなってしまいそうだって
彼女は追い詰められたような気持ちになっていたのでした。

それでも鬱にならないで過ごしてこれたのはなぜか?

それはお子さんのごきょうだいの存在があったからだそうです。

入院しているお子さんのことばかりで
頭も心も埋め尽くされていて、落ち込んでも
家に帰ればもう1人のお子さんが待っている。
そのお子さんのためにも自分がずっと
落ち込んでばかりではいられない、と。

そしてこうも思ったんですって。
人は生まれた時から運命が決まってる、
そう自分に言い聞かせたそうです。

でも、彼女は運命だからと言って
お子さんの人生を諦めたり
人生投げたわけじゃないのです。

そういう運命のもとで生きなくてはいけなかったとしても
そこでどれだけ最大限こどもが幸せに過ごせるか?
そう彼女は必死に考えたのでした。

そういう母の毎日の積み重ねによって
お子さんは生きてくることができたのでした。
それも周りの予測より良い状態で。

彼女がそう頑張り続けられたのは家族の存在が大きかったそうです。
ご主人は仕事がとても忙しくて、
いつも一緒にいられるわけではないけれど
彼女が苦手な部分をしっかりフォローしてくれました。
まだ幼いお姉ちゃんはママが自宅で一生懸命
心を尽して赤ちゃんのお世話をする様子を見て
ママの真似をするようになりました。
ママが洗濯物を干して、ちょっと目を話しているすきに
赤ちゃんが具合が悪そうになったときは
ママの背中に向かって、それをお姉ちゃんが教えてくれました。
ごっこ遊びをする時は、赤ちゃんのそばで、赤ちゃんと一緒にやりました。
楽しい時間を独り占めしないで
赤ちゃんも一緒に楽しめるように。

彼女からそのお話を伺った時、
なんだか心がジーンとしました。

幼いからと言って何も分からないわけじゃない。
幼い心だからこそ、心に刻めることがある。



一生懸命頑張っている人のことを
誰かがどこかで必ず見ている。

その頑張りはきっと何かのご縁で廻り廻って
幸せの形に変わってその人の元にやってくる。

強くそう思いました。

あのご家族に幸せなことがもっといっぱいありますように……。

2018年10月17日

過去にとらわれる自分を打ち消す母

忙しいながらも、順調にすくすく育つ我が子の姿に
安堵を感じていた時、急に具合が悪くなって
あっというまにどんどん症状が進んで
医師から衝撃的な病名を告げられた時、
人はなかなかその事実を受け容れられないものです。

病院で過ごす時間、
それが1日、2日、1週間、1カ月と過ぎ
いつしか何カ月も経っていくと
彼女はふとした時に「あの頃に戻りたい……」と
心揺さぶられる思いに駆られる瞬間が
何度も湧き上がったのだそうです。
我が子が健康だった、何も心配のなかったあの頃に。

でも、彼女はそういう時、いつも自分に言い聞かせるそうです。
今、我が子は頑張っているんだぞって。
そういう風に思っちゃダメだって。
いつまでもそう思っていたら、我が子に申し訳ないぞって。

そう言い聞かせて、心奮い立たせているのだそうです。


「あの頃が良かった」そう思うということは
すなわち「今は良くない」ということだものね。
「今は良くない」そう思うことは自由だけれども、
その「良くない」状態とともに今を生きているお子さんは
良かろうが、良くなかろうが
それが自分なのだものね。
「今は良くない」それは
今の自分を否定されることだものね。
こどもの病気、
それはこどもの努力によって
どうにか改善できるものではないものね。


彼女はとても素敵で、その爽やかな笑顔は
きっと誰もが魅了されるはず。
そんな彼女が苦悩を繰り返していたとは
事情を知らない方は全く想像がつかないことでしょう。

苦悩を繰り返してきた彼女は
とても強くなりました。
簡単にはへこたれない、打たれ強い母になりました。
治療の先にあった光が消えそうになっても
今度は自分の力でその光を探し求めて
新たに光にたどり着きました。

どんなに我が子が重症であっても
我が子の生きようとする力を信じて
心から慈しみ、家族みんなで大事に育てて来た彼女。

道なきところに道を作る。
彼女はそういう力を持っている人なのだと思いました。
そしてその力は重症の我が子と共に生きることを覚悟した
彼女に与えられた天からのギフトなのだと思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月10日

「今が一番幸せ」と言える人

「今が一番幸せ」
彼女は溌剌とした笑顔でそう言っていました。
キラキラ輝くようなオーラとは
きっと彼女のことを指すんだろうなと思うほど
幸せに満ち溢れた様子の彼女。

そんな彼女が実は幼い頃から重い病気で
数年前にとても大きな手術を受けたと気付く人は
きっと誰もいないだろうと思います。
長い入院の後、自宅療養しながらも気持ちがへこむ日々が続いたり
悔しい日々も、焦りと不安に駆られた日々もあったけれど
彼女は自分の立てた目標に向かって懸命な努力をし続けたのでした。

そして紆余曲折を経てたどり着いた今の道。
それは彼女が思い描いていた道とは少し違う道だったけれど
今が一番幸せ、って言えるようになりました。

彼女はありふれた日常の中から、
他の人は見過ごしたり記憶に留めようともしない事柄に
大事な気付きのきっかけを得て思索を広げて、
毎日を大事に生きている
とても素敵なレディーになっていました。

感動したなー。

人生、生きている長さの分だけ学びや深みを得ているわけじゃない。
まだ10代の彼女の言葉に、私はいろいろ教えてもらった。
ほんわかとしたあたたかさと清々しさのある彼女、
きっと魂のレベルが違うんだろうなあ。。。

苦労を糧にするってこういう人のことなんだと思う。


彼女がもっともっと幸せになれますように!

2018年09月29日

絶望の中から光を見いだせた母 ―ある医師との出会いと言葉

初めての子育て、ワクワクもあり、希望もあり
そんな時に医師から赤ちゃんに重い病気がある、と知らされた彼女。
今迄1度も聞いたこともないような病名で
育児書を読んでもどこにも書いていないような病名で
恐らく多くの医師も「今迄診察したことがないなあ」というような病気。
彼女は「自分はちゃんと育てていけるんだろうか…」って
とっても不安で仕方がなかったのでした。

そしていくつもの症状があって、途方に暮れた時
それぞれの症状の分野で最高の先生に診てもらおう、
そう夫婦で決意した彼女はご主人と一緒に先生を探し出し
治療を受けることにしたのだそうです。

そして目の前に起こる1つ1つのことを
受け止めて、赤ちゃんと共に家族で頑張っていったのでした。


そうして何年もの年月が経って
彼女は段々強くなりました。
あんなに心配だったお子さんも、
いろいろなことを乗り越えて大きくなり
たくさんだった薬もだんだん減るようになりました。
お子さんの成長は彼女の励みとなり
自分の生きていく原動力となっていったのだそうです。

もう大変すぎて駄目だーと思っていても
1つ1つ頑張っていくことによって
なんとかなっていく。
そうした時間が我が子の日々を作っていったのだと思うと
彼女は生きていくことで自信を積み重ねていったのでした。

もう一つ大きな転換になったのは
ある医師との出会いだったそうです。
もう先が見えない、そう思ってしまった時に
同じ病気の家族会の人と知り合うことができて
そこから教えてもらったある医師の存在。
その医師の言葉により、彼女は我が子の歩む道の先に
光を見出すことができたのでした。

大変な病気と変えられない目の前の事実。
それでもそれを背負っていくのであれば
何より自分自身の味方になってくれるのは
自分の心の在り方です。
彼女にかけてくれたその医師の言葉は
彼女からいろいろな迷いを取り払ってくれたのでした。
そして家族の進む大きな指針になっていったのでした。

言葉によって、人の心は陰から陽へと
大きく突き動かされていくことがある。
それは単に心の変化だけなのではなく
その人の人生までも変えていくことになる。
絶望のまま生きていくのか。
希望を見出して生きていくのか。

その医師の言葉はきっと彼女に
「親」として存在するために必要な力を
注ぎ続けてくれたのだろうと思います。

そういう医師に出会えると
我が子がどんなに大変な病気だと言われても
きっと親御さんは前を向いて過ごしていけるんだろうと思う。

そういう医師が一人でも増えてくれるといいのにね。

彼女が過去を振り返って語る時、
とてもキラキラしていました。
彼女にとってあんなに辛かった、苦しかった思い出は
家族みんなで乗り越えて、成長を遂げたことにより
涙あり、でも「笑顔も自信もあり」の思い出に変わっているのだと思う。

2018年09月27日

今世で結んだ短い時間の深いご縁―死産した赤ちゃんの残してくれたもの

お腹の中で赤ちゃんの心拍が停止していると言われ
どこまでも果てしなく気持ちが落ちていったと
ある女性が語ってくれました。
その辛い経験が2度も続いた時、
普段はエネルギッシュで何事も一生懸命な彼女も
精神的に非常に追い込まれてしまい
かなり感情が不安定になっていったのです。

「世界が終わった…」そう表現された彼女の苦しみ。
でも彼女はある方の関わりによって気持ちが変わっていったのだそうです。
その方によって、今、自分の手の中にある幸せに
気づくことができたんですって。
自分のそばでいつも味方になってくれるご主人のこと。
今一緒に過ごせているお子さんのこと
そして自分が情熱を傾けることのできる仕事の存在。
幸せだ、そう思うことを1つ、1つ数えて言ったら、
自分は決して不幸なんかじゃないと思うようになったそうです。

そして死産になってしまったお子さんのことも
そういう悲しいお別れになってはしまったけれど
自分のところに来なかったら良かったのになんて
決して思わないそうです。

来てくれて、ありがとう。

彼女は思ったそうです。
心拍停止となるまでの間、数えきれないほどの
たくさんの喜びや希望の時間を自分にくれた赤ちゃんたちに。

世界が終わった、そのような絶望の淵に立った母に
幸せを感じられる心を残してくれた赤ちゃんたちに。


今世で長く結ぶ縁もある。
今世で僅かな時間を結ぶ縁もある。

でも、長い、短いに関係ないですね。
ご縁の深さは。きっと。


そしてきっと彼女が今世で天寿を全うした時に
その赤ちゃんたちはママのことを笑顔いっぱいで
出迎えてくれると思います。
自分たちが今世でのさよならをした後も
ママは一生懸命頑張って生きた様子をずっと見守ってきたのだから。

2018年09月18日

こどもを亡くした親の心の滋養とは

お子さんを亡くした後、
自分の気持ちを友人に語らない方もいらっしゃいます。

それは心を閉ざしているわけじゃない。
「相手」に対して気を遣ってしまうからだ、と。
自分の心の赴くままに語ってしまうと
相手の心を翻弄させてしまうことになるから、
それは相手に申し訳ないと思うし
自分も自ずと相手に気を遣う必要が出てくるからだ、と。
ある親御さんがお話してくれました。

我が子と一緒に過ごした懐かしい思い出を
一人で静かに噛みしめて、その時の時間に戻って過ごしたい、
そういう気持ちの時だってあるのだと。


周りの人の励まし、声掛け、気遣いによるアドバイス、
その根底にあるものをその方もわかっているのです。
自分に対する友人らの思いやりだと。

もちろんそういう時間を欲している時もある。
でも、お子さんを亡くしていくらかの時間が経った時、
自分のペースで、自分の思うままに
お子さんのことを感じていたい、
そういう風に思うこともあるのです。

一人の静かな、誰にも邪魔されない時間が
何より心の滋養に変わっていく、
そういう方もいらっしゃるということです。

距離のある思いやり
それは大事なことだなあって思いました。

2018年09月08日

もし自分が健康に生まれていたら……その想定は自分の人生じゃない、と言い切る人

生まれた時から何か大きな病気があったお子さんは
自分の境遇をどう思うのか?
親御さんにとってそのテーマは
なかなか普段、聞きにくいことかもしれません。

ある方がお話してくださいました。
「病気は自分にとっては大変じゃない。」

え?そんなに潔く?
びっくりしました。
だってその病気とはしっかり養生したら治る風邪とか
そんなことではないのですよ。
国から難病指定されているものなのです。
難病なのです。難病。

どうしてそんな風に言い切れるのか尋ねてみたら、
「幼い頃から自分は病気が大前提の人生だったから
もし自分が健康に生まれていたら、といった想定も
それは自分の人生とは違うものだから。」

彼女はそれをさらっと、笑顔で答えてくれました。

第三者の目から見れば、もちろん病気で不便だったり
大変だったことはたくさんあったのだろうと思います。
でも大人になってからそういう風に自分を振り返られる彼女。

それは、その方個人の資質によるものなのか?

彼女は「他人の役に立つことが喜びだ」と仰っていました。
きっと周りから愛情をたくさん受けて育ったのだろうと思います。
そして自分のために誰かが骨を折ってくれたことを
幼い頃からずっと見続けて、心に留めていたのだろうと思います。
そして初志貫徹で他人の役に立つ仕事を選びました。

今は自分の夢の途中で、ちょっと小休止の段階。
「誰かの幸せのために、自分が何ができるか?」
それをずっと考えて走り続けてきた彼女だから
今は自分のためにしっかり充電してほしいです。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!

2018年09月06日

我が子がくれた自分の生きる意味

初めての子育てに一生懸命だった日々
突然、我が子が一万人に一人の確率の病気だと聞かされて、
彼女のお子さんは大きな手術を受けることになりました。
点滴、ドレーン、モニター、
小さな身体から様々なラインが出ていたけれど、
その中で、どこか触っても大丈夫な場所はないかと
彼女は探したそうです。
そしてやっと見つけた安全な場所は
小さな手の指先だけでした。
彼女はずっと触っていたそうです。
1日10分だけ、直接面会出来る時間に。

そこから数十年経っても当時のことは鮮明に蘇って、
昨日のことのようにお話されていました。
彼女はこう思ったんですって。
ひたむきに頑張っている我が子の姿を見て
この子はこれから生きていく子なんだから
この子のために頑張らなくちゃ、と。
自分は人としてちゃんと生きなくちゃ、と。

自分はこどもに生かされている、
そう思ったそうです。
そして小さくても頑張る我が子を
心の底から「すごい子だな」って称賛する気持ちは
我が子が大人になってからも変わっていないそうです。

そういう風にお子さんと共に時を過ごしてきた彼女は
我が子にこれから始まる新しい治療に大きな期待を寄せていました。
もうそこから5年くらい先の未来も見据えて。

一生懸命な「今」をしっかり見届けている人は
自分たちが望む未来を確実に引き寄せる力がある、
静かに流した彼女の涙に、そう思いました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年08月23日

我が子が病気の時、父として夫としてできること

お子さんがとても稀な病気と医師から説明されると
これからどうなっていくのだろうかと
心配や不安が次から次へと浮かんで
思い悩む日々のご両親は多いことでしょう。
それが思いのほか、自分の心を苦しめることに
つながっていくのです。

あるお父様はもし何か悪いことが起こっても
(例えば治療がなかなか効かない)
ずっと前からそれを案じるのではなく
そうだとわかった時点で次の策をしっかり考えれば良い、
というスタンスをとるようにしたそうです。
治療は一人ぼっちではないのだし。
親が頭を悩ます以上に医師は検討しているのだし。

そして起きてもいないことを悩むよりも
奥様の気持ちが晴れるように努めることに
心を砕いたそうです。
病院と家の往復だけで彼女はストレスがたまる一方だから。
そして父母、二人三脚でお子さんのことを守り
お子さんの責任を二人で背負っているのだから。
周りの人に相談しても稀な病気すぎて
たとえわかってくれる人はいなくても
二人の間でしっかり理解しあっていれば良いのだから。
自分だけでなく奥様にも
前向きな気持ちでお子さんと過ごしてほしいと思ったから。

奥様にも彼のそういう思いやりは通じているようです。
夫の優しさに救われているなあって。


若さの中にも思慮深さのあるお父様。
自分の20年ほど前を振り返り、
彼の境遇と思考に重ね合わせてみた時、
彼のような強さと優しさは自分にはなかった、と
何だか自分が恥ずかしい気持ちになりました。

お父様はお子さんの治療のことだけでなく
自分の夢に向かっても一歩ずつ努力を重ね
今も現在進行形中。


そういう彼のような人柄の人間は
どういうことがあっても、それを糧にして成長できるんだなあって
しみじみ思いました。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!
お部屋を退室されたお父様の背中を見て、そう思いました。

2018年08月19日

絶望を希望に変えていく底力

お子さんがとても難しい病気だと診断され
自分の産後の肥立ちが良いとか悪いとか、
そういうことに頭を巡らす余裕も失った彼女。
心の中はお子さんのこれからのことでいっぱいでした。
孤独感はさらに自分を追い詰め、
当時、絶望しかなかった……と語る彼女。

でもそこから彼女は大きく変わっていったのでした。
インターネット上で同様の境遇の仲間を知り
自分より少し先にそうした絶望を経験してきた人たちの
励ましの言葉に触れて、彼女の心は氷解していきました。
自分の辛さを吐露した時、
その気持ちに心から共感してくれる仲間の存在が
段々と自分の心を強くしてくれました。
そして、とても難しい病気と言われても
今の医学ではいろいろな治療法があるのだと知り、
実際にその治療のおかげで元気になっているこどもたちを知り、
彼女は希望を見出すようになっていったのです。

やがて彼女は自分と同じような境遇に新たになった人たちで
助けを求めている人たちの役に立とうと
自分の時間をその人たちのために分けるようになっていったのです。

かつて自分が助けてもらったように。
かつてその救いが自分の心の支えになったように。


その話を伺った時、思いました。
我が子の病気という事実を親が変えることはできないけれど
絶望しかなかった気持ちから抜け出し、
希望を見出すようになり、
やがて他の人の幸せのためにも役立ちたいと思うような
大きな心の変化を来せることを。
それは医者がやることではなく
親本人が自分でできるということを。
それは変えられない事実と共に生きる当本人のこどもにとって
どれだけありがたいのかを。

だって、自分のせいでずっと親が苦しむ様子を見ていたら
こどもはどうすれば良いのかわからないですから。


変われる人は強い。
自分を変えようとする気持ちのある人は強い。
変えられない事実と向き合いながら
自分のできる最善最大のことをやろうと努力する人は強い。
そう思いました。

そういう風に彼女を変えてくれたのは
ベッドの上でどんな辛い治療の時にも
終われば母に向けてにっこり笑顔を向けるお子さん。


あなたのママはあなたのおかげで
こんなに強くなったよ。

これから始まる新しい治療、
一緒に頑張ろうね。
ママとパパとお兄ちゃんと
おうちで一緒に暮らせるように。

まだ本当は甘えたい盛りの小さなお兄ちゃんも、
あなたのこと頑張れーって応援して
あなたの帰りを心待ちにしているから。

2018年07月30日

こどもにとっての病気の受容

自分の意思に反して他者にわかってしまう症状、
それが自分の命に係わるようなものではなくて
身体的な痛みやしびれなどを伴うわけではなくても
本人には非常に精神的な苦痛を伴う場合があります。

そして現代医学でその治療法がまだない、ということは
すなわち、ずっとその症状と共に
生きていかなければいけない、ということです。

ある方は幼い頃からその症状を周りから揶揄され
そのたび何とかその場をごまかしたり、嘘をついて
どうにかこうにか、切り抜けていたそうです。

でも段々成長するにしたがって、
そういう自分が嫌になったのだそうです。
そこでどうしたのか?
新しく出会う人たちには
自分はそういう症状があることを初めから
伝えるようにしたのだそうです。
もし気に障ったらごめんね、って。
そうしたら、心の負担が随分軽くなったのだそうです。

自分がそう切り出して
それでもなお奇異な目を自分に向けて
心ない言葉を投げかけるようであれば
もう、その人はそういう人なんだ、って自分の中で線引きして
それ以上自分の心を波立てないようにしたのだそうです。


その話を聞いた時、
何だかとっても切ない気持ちになりました。
幼い頃から、随分苦しい思いをしてきたんだなあ。
そして多感なティーンエイジャーになって
自分を偽る自分自身を嫌になって
自分なりの解決方法を編み出したその当時の姿を想像すると
何だかこっちまでホロリともらい泣きしてしまいそうだった。

そういう時間の積み重ねを経て
その方はとても強く、優しく、懐の大きい人間になっていきました。

人間誰しも人知れず思い悩むことは多々あるはず。
自分の力だけではどうしようもできない状況、
その中で立ち止まるだけでなく、引きこもるだけでなく
自分はなんて不幸なんだろうと自分の身を嘆いたり
周りを恨んで暮らすのではなく、
自分なりに考えて、一歩抜け出して歩む人がいる。


この世界、同じ時間を生きている人の中に。
そういう人がいる。


その事実はとても、大きい。
そう思いました。

誰かに教え諭されたわけでなく
その方が自分で見つけ出した自分なりの方法。

こどもの心は大人なんかよりも遥かに強靭で
たくましいのかもしれません。
決して侮ってはいけない。

そういう人にもっと光が当たるべきだと思います。
そういう名もなきヒーローに。
そして今よりももっとたくさんの
幸せがその方に訪れてほしいと思うのです。

2018年07月25日

「しょうがない」は前進するための大切な一歩

お子さんの治療、なかなか期待するような成果が見えなくて
親御さんは意気消沈……そういう時は多々あります。
そんな時にパートナーが「しょうがない」って言ったら
きっと多くの方がカチンと来ると思います。
「しょうがない」って何よ!
「しょうがない」ですまさないでよ!
「しょうがない」それどういうこと?真剣に考えてるの?
そう言いたくなることでしょう。

でも実は「しょうがない」の裏にはものすごく大きな思考があるかもしれない。
いろいろ考えて、親がどんなに心を痛めて、努力しても
それだけでは状況が改善できないこと、があるのです。
いつか改善するのだけど、時間がかかること、があるのです。
それを待てるか、待てないか。
待つ、それは簡単なようで実はすごく難しい。
そういう時、パートナーの発する「しょうがない」には
「今はしょうがない、だけど
 いつか我が子は元気になるから、その力を信じて、待とうよ。」
そういう決意が秘められていることもあるのです。

あるお父様のお話を伺ってそう思いました。

「しょうがない」
そう心の中で折り合いをつけることは
心の中に立ち込めている霧をはらって
時間がかかっても我が子の回復を信じよう、
そう気持ちの方向性を切り替える始まりなのだと思いました。

2018年07月23日

距離を置くことで自分を取り戻せた母

無事出産してホッとしたのもつかの間、
お子さんが体調悪くてNICUに入って
いろいろ検査などが進められるとき、
ママの気持ちは非常に不安定になっています。
話す本人は特に気にも留めていないような言葉に
とても心が傷ついたり
相手が心を寄せて、発してくれたいたわりの言葉に
とても悪意を感じてしまったり……。
普段だったらありえないような思考に陥って
周囲との対人関係がとても悪くなることもあります。
たとえそれまで非常に仲よく過ごしてきた
嫁姑関係であっても、
姑の優しい言動が耐え難いほど
辛くなることもあります。

あるお母様、そうした状況に陥って
暫く周りと距離を置いたのだそうです。
そして検査していくうちに発覚したお子さんの
病気や手術…いろいろなことを
ご主人とお子さんと共に乗り越えていきました。
やがて半年くらいかけて姑さんとも
元の通り、とても仲の良い間柄に
戻れたのだそうです。


ある日突然、非日常の緊急事態に突き落とされた時
人はそれまでの自分と違う感情、行動に走ってしまうのは
自然な心の流れです。
ですから、本来ではない自分に戸惑い
自分でもそれをどうコントロールしていいか分からない時は
周りと少し距離を置くのは得策だと思います。
それは逃げている、のではなくて
自分の立ち直るための力を養う機会を確保しているのですから。
だけどそれをもしもあなたが「孤独」と思うのであれば、
自分とはプライベートな利害関係のない
誰か新しい関係(例えば病院のスタッフとか)の中で
新たな結びつきを見出せばよいのだと思います。

そうして自分も時間と共に心が丈夫になっていった時、
また元の周囲の人間関係の中へと
少しずつ足を踏み出していけば良いのだと思います。
あるお母様のお話を伺ってそう思いました。


新しい治療、きっとうまくいく。
ママがたくさんの苦労を乗り越えて
あなたのことを看病して、見守ってきたのだから。
強くなったママと共にあなたも一緒に頑張れるよね。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも
あなたが元気になりますようにって
みんな、おうちで待っているよ。

2018年07月19日

こびとさんと時間を味方につけること

新しく始まった治療、
お子さんの治療は進んでいくけれども
親の期待よりもお子さんの回復速度がゆっくりだ、
ということはよくあることです。
面会に来る親御さんはきっと
もどかしい気持ちでいっぱいでしょう。

でもそんな時は小さなこびとさんたちが
必ず元気になれるますように、と
身体の隅々まで走り回って
あっちにいって、こっちにいって
身体の細胞を治している、
そんな風に思ってほしいのです。
こびとさんたちは小さいからそんなに大きな仕事はできないけれど
だけど、すごく働き者。
だから時間はかかっても元気になれます。

心の中でこびとさんと時間を味方につけましょう。
こびとさんと時間は必ずお子さんの味方になってくれるから。


ママ、あなたのお子さん、きっと元気になる。
そして今はあなたの気持ちをメンテナンスすることが
すごく大事になります。
こびとさんの働きを待てるように。
あなたの心が折れないように。

2018年07月16日

自分は大黒柱だから ――そう気づいた父の自覚

お子さんが命に係わる重い病気だと医師から告げられ
何が何だか、もう頭の中はぐるぐるして
今迄の生きてきた人生の中で
一番衝撃的で辛かった、と語ったお父様。
最初の頃はお子さんの話を誰かにするたびに
涙が溢れ出てしまっていたそうです。

でも、心の内を話して、自分を理解してもらうって大事ですね。
彼はお兄様とお話をして、ようやく自分の道が見えてきたそうです。
自分は一家の大黒柱なんだってことに
気付いたそうです。

いつも自分が泣いてばかりじゃ
妻やこどもはどうしていいかわからないと。

大黒柱なんだからしっかりしないといけないって思ったそうです。
誰かにそう諭されたのではなくて
自分でそう、答えを見つけていったのですって。

もちろん時には自分も泣きたい時もあるけれど。


人はたまりにたまった感情をまずは吐き出したら
新しいモードに切り替われるのかもしれません。
そして奥様とお子さんへの愛情は
もう言葉にし尽くせないくらい深いものだから
新しいモードが「頑張るぞ」っていう覚悟のモードへ
つながったのだろうと思います。

そのひたむきな一生懸命さはとても迫力がありました。
そして同年代、まだまだフラフラして
自分の立ち位置さえ見つけようとしていない人が多い中
そんな風に生きているお父様のことが眩しく思えました。



新しい治療、きっとうまくいくよ!
あなたのパパは、あなたが元気になるために
いろいろな力を貸してくれる。
そしてあなたが小さな身体でこれまでどれほど頑張ってきたか
あなたのパパは、ずっと見守って、知っているよ。
これからの治療、安心してパパとママと一緒に頑張ろうね。

2018年07月14日

「今」を生きているのだから――不安に駆られた日々から笑顔を取り戻した父親

我が子の誕生、初めての育児に忙しくもあり、
元気に育っていることを喜んでいた矢先
医師からお子さんが重い病気だと言われ
今迄聞いたこともないような病名を告げられた時
親御さんの気持ちはパニックになり、
次々と湧き出てくる得体の知れない不安に
潰れそうになる……そんな時、どうすれば良いのでしょう。

あるお父様、これから先のことを考えたら
とにかく不安で仕方なかったのだそうです。
未経験の道。何が起こるのか、どんなことが待っているのか。
考えるとどんどん不安ばかりが募ってきたそうです。
でも、ある日、思ったんですって。
今、目の前にあることに集中しようって。

起こるかどうかもわからないことに
心悩ませる時間があるなら、
今やるべきことに時間を使おうと。

誰かにそう言われたわけではなくて
自分でそう気付きを得ていったのだそうです。

なぜ?

その問いにお父様は静かに答えてくれました。
あんなにも、あれもこれもと自分で考えていたけれど
それまで不安でいろいろ頭のなかで考えたことが
実際にすべて起こってきたわけじゃないと。
あ、そうか、と。
自分でそう気付いたのだそうです。

そして我が子が頑張っている姿が
自分を「今」に引き戻してくれたんですって。
ありもしない未来にふわふわ漂って不安に駆られる自分を
まさにこの現実である「今」に。

物静かで、穏やかで、とても優しいお父様。
だけど心の内ではたくさんの葛藤があったのだなあ。
そしてその一つ一つを経ることによって
更に一段高みに登ってお子さんと一緒に頑張れている。


新しい治療きっとうまくいくよ。
心の強さを得たあなたのパパは
ますます優しさを倍増しているからね!
そしてあなたが頑張っているのをいつもそばで見守ってくれてるからね!
だから安心して、新しい治療と共に元気になろう!


2018年07月11日

「うちの子はかわいそうな子じゃない」――子の姿から大きく変わった父

生まれてまもなくお子さんが重い病気とわかり
長い入院生活、数度にわたる手術などを経験すると
お子さん本人や親御さんは周りから
「かわいそう」「かわいそうに…」そういう言葉を
かけられることが多いだろうと思います。

励ますつもり、心を寄せるつもりでかけた
「かわいそう」「かわいそうに…」
だけど、それがお子さんやご家族の心を
傷つける場合もあるかもしれません。

どんなに大変な状況でもお子さんは頑張っているのだから。
それを「かわいそう」という形容をされること自体
こどもに失礼なんじゃないか?と。
あるお父様はそうお話してくださいました。

一生懸命頑張る我が子に憐れみの目を向けられるのは
「それは違うぞ!」と思うようになったそうです。

健康なお子さんに比べて何倍も大変さを抱えて
それでも頑張って生きているお子さんは
健康なお子さんよりも遥かにたくましい底力と
力強さを兼ね備えたお子さんなのだから。
「かわいそうに…」そう涙するのは
もうやめたそうです。
そして、いろいろな大変なことがあっても
お子さんと奥様と一緒に頑張って乗り越えていく覚悟を
しっかり決めたそうです。


そう語る彼の笑顔は
清々しくて、とてもさわやかでした。
何度も何度も流した涙、
最初の頃はお子さんの病気が
あまりにもショックで、涙なしでは語れなかったそうです。
その彼がこんなに大きく変わっていった。

衝撃の大きさに立ち止まってしまう、
それはもちろん自然なことではあるけれど
機が熟した時にそこから変わっていこうとする強さは
きっとお子さんがくれたのだと思う。
毎日頑張って生きてきたそのお子さんの姿が
父の心を大きく動かしていったのだと思う。
そして奥様も夫の決意に賛同して
より一層強くなってくれたそうです。
うちの子はかわいそうな子なんかじゃない、と。

頑張れるすごい子なんだものね。
まだまだ小さなこどもなのに。
すばらしいぞ!
大人だったらへこたれてしまうことも
こどもは立ち向かっていける。


新しい治療、きっとうまくいく!
こんなに力強いパパとママと一緒にね。

2018年06月30日

過去の苦しさや悔しさが心の強さを生み出すこと ―ある母親の話から

なぜか若い頃から周りの気の強い人たちから
ストレスのはけ口の対象にされて
理不尽なことを言われたり、
不愉快な思いになるようなことを
たくさん経験してくると
本人は自分が人として何か欠けているんじゃないか?
みたいに思うこともあるかもしれません。
そのうち自分に自信が持てなくて、
自分なんか、もう……
そんな風に思って過ごすこともあるかもしれません。


周囲の人的環境って
ある意味、不可抗力的な部分もあるのだろうと思います。
なぜなら他人はなかなか変わるものではないから。
だけど「自分ではどうしようもない、できない」
そういう状況を何度も経験して耐えてきた人は
人知れず逆境に対する強さを
養われていくのだろうと思います。

本人はまったくそれを自覚していなかったとしても。
そして、それが思わぬところで役に立つことも
あるかもしれません。
たとえば十数年後に……。

あるお母様のお話を伺ってそのような印象を持ちました。
若い頃、悔しい、苦しい経験をたくさん味わったからこそ
その後訪れた我が子の重い病気という苦境が
突然やってきた時、
へこたれない強さを発揮できたのだと思います。

健康で元気いっぱいのお子さんが生まれて
周りから「幸せね」って多くの祝福をいただいても
産後の女性の中には、抑鬱状態になる方もいらっしゃいます。
まして、喜びいっぱいのはずの時に
いきなり我が子が瀕死の状態だなどと言われたら
自分の精神状態を保つこと自体が難しいのです。
自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう、
それは自然なことだと思います。

だけど彼女は頑張るぞって思った。
自分のことは横に置いて
まずはNICUで頑張っている我が子に会おうと
面会に通う日々。

それは若い頃、胸が締め付けられるような思いを
何度も何度も経験してきたからこそ
その苦境に耐えられたのだと思う。


十数年前の苦しさは、彼女の頑張れる強さを生み出していました。
どうか自分に自信を持って行ってほしいと思う。
次々と我が子に訪れる難関を
ご主人と共に歩んで受け止めて、前に進んできた
そのあなたの強さを、どうか忘れないでほしいと思う。


あなたは他人から
不躾に軽んじられたり、貶められたりするような
そんな存在ではないのだから。


赤ちゃんの新しく始まる治療、きっとうまくいく。
今迄頑張ってきたあなたと共に。

2018年06月29日

医療に対して信頼を寄せる時

突然、お子さんが具合が悪くなり
それまでの生活の中ではまったく縁のなかった
医療の世界の中に足を踏み込んだ時、
親の立場で迫られる決断事がたくさん出てくると
それだけでもう親御さんは圧倒されてしまうかもしれません。
事の重大さに押し潰されそうな時、
親の自分の方がそのような状況から
逃げ出したくなると思うかもしれません。

そういう時どうすれば良いのでしょう?

あるお母様は医師と信頼を築くようにしたそうです。
もちろん初めて会う人ばかり。
複数の医師から話を聞く時、
A医師、B医師、C医師、D医師……
それぞれの話を理解しようとする時、
その医師の醸し出す雰囲気によって
自分の理解がかなり左右されることもあるかもしれません。
圧倒されるというか、流されてしまうというか。
そのために話の内容を理解した「つもり」でも
きちんと理解しないまま終わってしまう、
そういうことだってあるのです。
そこで彼女が大事にしたのは信頼でした。
「この医師に自分は信頼を寄せることができる」
そう思うと、話の理解を進めていくことができるのでした。
「我が子だったら、あなたはどういう選択をするのか?」
あえて医師にそう尋ねるのだそうです。
そこで「他人事」ではなく我が家の一大事として考えて、
一人の人間としての個人の意見を真剣に答えてくれる
医師の話を彼女はきちんと聞くのだそうです。
それは更にその医師への信頼を増すことにつながるわけですが。

お子さんと家族がポーンと病気の世界に放り込まれた
そんな風に捉えてしまうと
あまりに孤独で、あまりに不幸に思えてやりきれないですが
そういう病気の世界に、その道のプロとして頑張ってきた医師が
一緒に頑張ってくれるという発想を持てることは
自分の心をより広く開放できることにつながるのだと思います。