2018年04月20日

今だからできることは、何かを考えた父

お子さんが1万人に1人の病気だと言われた時
しばらく親御さんの心の中は動揺が続いて
なかなか整理がつかないのは当然だろうと思います。
そして自分のことで精いっぱいだと
ご夫婦の間で気持ちが噛みあわないときも
あるかもしれません。
お互い辛い時に、いたわりの言葉をかける余裕も
まったく失ってしまって。

あるお父様、そのことでとても悩んだそうです。
妻を理解しきれない自分を不甲斐なく思っているところもあって。
心の中がぐるぐるして。
でもでも、こう思ったんですって。
今、そんなことで立ち止まってどうしようなんて言ってる場合じゃないと。
まずはこどものことだろうって。

だから今も奥様のこと理解しようと日々努力しながら
お子さんのことで考えなくちゃいけない治療の選択などに
気持ちをしっかり向けるようにしていったそうです。

今できることは、何か。
今しかできないことは、何か。
今だからこそできることは、何か。
時は待ってくれないのだから。


若いお父様。
だけど朴訥としたなかに、父としての責任感に溢れた
立派な眼差しがありました。

このお父様だったら、これからどんなことがあっても
お子さんと奥様を大事にして
大変な時を乗り越えていけるなあって思いました。

2018年04月18日

優しさが引き出す前向きな強さ ―慰めだけが優しさがじゃなくて

お子さんが生まれて、さあおうちに帰ろう
そんなワクワクした時間を迎えるはずだったのに
病気かもしれないと大きな病院に移ることになって
次々始まる検査や処置、治療。
ああ、一体どうなってしまうんだろうと
不安は尽きないですね。
そして、出産して日の浅い母体にとって
身も心も大変な時なのに。

あるお母様、とても気持ちがドーンと落ち込んでしまったそうです。
そんな時、ご主人が力になってくれたそうです。
妻の気持ちが上向きになれるように、妻のことを気遣って、いろいろと。
お母様はそういうご主人の優しさが本当にありがたく
嬉しかったそうです。
人一倍繊細な心を持つご主人だって、本当はとても辛かったはずなのに。
同じこどもの「親」という立場は一緒なのに。
そういう時に自分を気遣ってくれたご主人の優しさ。
慰めとか、決してそういうことではないけれども
彼女はご主人のいろいろな言動、振る舞いから
彼の心の底にある優しさを感じ取っていた。

そして彼女は気持ちを切り替えたんですって。
「どうして、どうして……」と落ち込んでいる時間、
それは「我が身」に起きた不幸を嘆いていたんじゃないかって。
自分は立ち止まっていながらも
刻々とお子さんを取り巻く状況は変わっていく。
そこに気付いたら、こどもとご主人と一緒に頑張ろう!
そう思えたんですって。

もちろんご主人の優しさはあるけれど
そこに気付けた彼女の感性は、ご主人と同じ位、
鋭敏なのだろうと思う。

新しい治療、きっとうまくいく。
そして信頼し合っているパパとママは
あなたのことをしっかり守ってくれる。
小さなお兄ちゃんもあなたのこと応援しているよ。
弟は病院で頑張っているんだぞって。

2018年04月17日

人の形をした魂を神様からお預かりしていると考える母

完治することをゴールにしたら
その果てしない道に挫折を感じてしまうかもしれない。
お子さんの病気が現代医学で挑んでも完治が難しい病気であったなら
一番近くにいつもいるご両親は
心が何度もくじけそうになるかもしれない。

でもそうした次元をはるかに超えた境地の人もいる。
まるで座禅の警策で肩をピシッと叩かれて迷いが吹き飛ばされた、
そんな思いをする言葉を、あるお母様から伺いました。

彼女は我が子のそばに居る時、ある時ふとこう思ったのだそうです。
「人の形をした魂を神様からお預かりしている」

何かの特別な宗教でもなんでもなくて
ただ彼女の中に突然ふっと湧き上がった思い。
自分の置かれた病身という環境で日々生きていく我が子。
何か文句を言うわけでもなく、そうして日々生きていくことのすごさを
彼女は一番そばで見ていた。そして今もこれからも見ていく。

そして、そうしたすごい存在である息子に恥じないよう
自分もしっかり生きていこう……
彼女はそう、思ったのだそうです。


病床の息子のそばに寄り添う母の姿。
つい、ベッドにもたれてうたた寝をしてしまう時もある母。
遠くから見たら、ああ疲れているんだろうか……
そんな風に人は思うかもしれない。
でも、その背中で彼女が感じているものは
疲れだけじゃない。

「人の形をした魂を神様からお預かりしている」
なんとすごい名言なんだろうか。
そういう境地に到るまでに
彼女が流した涙と苦悩の日々は
決してたやすく語れるようなものではなかった。
それをわずかながらでも一端を知っている者としては
彼女の飛躍を本当に眩しく思うし
心から彼女に敬服の思いでいっぱいになる。
そして、病身の我が子との関わりの中で
そうした言葉を生み出した彼女に
どうかもっともっと幸せなひとときが増えますようにと
祈らずにはいられない。

2018年04月16日

他人に価値観を押し付けてはいけないと思った父

お子さんが病気で自宅から遠く離れた病院へ入院した時
たとえ1時間しか会えなくても、面会に行きたい…
そう思って仕事終わりの夜、車を走らせたお父様。
疲れた身体で往復数時間かけて通う病院、
それでも、なかなか元気にならないお子さんの病状…
前向きに、上向きに気持ちを保つことは
とても大変だったはず。
周りに当り散らしたいほどの鬱憤が生まれても
おかしくはありません。
だけど、お父様こうはこう思ったんですって。
「自分の大変さを周りや他人に押し付けちゃいけない」って。

日常のふとした場面で
たとえばもっと頑張ったら良くなれるはずの状況なのに
頑張らないで愚痴ばかり言う人などを目にすると
「こんなにうちの子は頑張っているのに、どうしてあの人は…」
そんな思いが頭をよぎることも多々あったそうです。
でも、こう思うようにしたんですって。
「大変と感じる度合いは人によって違うんだ」って。
自分から見たら大変じゃないと思っても
実はその人にとってはすごく頑張って大変なことなのかもしれないって。

そのお話を伺って、私は心が洗われる思いがしました。
私の半分もいかない年齢のお父様。
だけど彼の頭の中、心の中は
遥かに熟成して、人としてとても立派だと思いました。


肉体年齢よりも魂年齢。
人は見た目じゃわからないですね。
若い父親の実直なまなざしから、いろいろ教えてもらった時間でした。


新しい治療、きっとうまくいく!
そしてお子さんが元気になったら、
お子さんと行きたいなあって思っていた旅行にも行って
お子さんと奥様と家族みんなで楽しい思い出どんどん増やしてほしいなあ。

2018年03月31日

娘の笑顔に気付きを得た母

産後の女性のなかには産後鬱になってしまうこともあります。
ましてや産後数日のうちに赤ちゃんに病気があると知らされ
もっと大きな病院に移って
詳しい検査や治療、手術を受けなくてはと
医師から説明を受けたら……
気持ちを何とかしっかり保とうと思っても
そうはいかないものです。
「どうしてなの?」「これからどうしよう」「赤ちゃんは大丈夫なの?」

悲しくなったり、苛立ったり、
パートナーの何気ない行動に無性に立腹したり。
あるお母様、彼女はまさにそういう気持ちだったけれど
だんだん気持ちが変わっていったのだそうです。
「生まれてきてくれてありがとう」
赤ちゃんと触れ合ううちに
そういう風に思えるようになったのだそうです。
どういう状況でもベッドにいる我が子は
自分が笑いかけるとニコーッと笑い返してくれる。
その事実に気付いた彼女は
我が子の前ではニコニコした笑顔を向けるようにしたのだそうです。
彼女の話を聞きながらその場面を想像したら、
思わずこちらまでホロッと、ジーンとしちゃった…。

そして、彼女は当時ご主人の明るさに苛立っていた自分だったけれども
実はその明るさに救われていたんだと気付いたそうです。


時間は過ぎる。
ずっと同じままじゃない。
そして人は変わる。
その変化を待つことが、時には何より大事なんだと思う。
そして時間が経てば振り返った時に
あんなに辛かった、苦しかったモードの自分から抜け出して
誰よりも前向きに、強くなってお子さんと向き合っている
自分がいることに気付くと思う。

彼女はまさに言葉の通りきっと涙の分だけ、強くなったんだと思う。

そして変わりゆく自分に気付いて、
その背景にあるものに感謝を向けられるようになる人は
その成長が飛びぬけて大きいのだろうなあ。


これから始まる新しい治療、きっとうまくいく。
あなたの強さと共に、あなたの赤ちゃんは元気になって
新しい生活が待っているよ。
赤ちゃんがニコーッと笑ってくれる時間はもっともっと増えて
今度は赤ちゃんの方からあなたに笑いかけてくれるよ。
「ママ、元気?」って。

2018年03月26日

理不尽なことがあった時に

自分の望まないような出来事が起こってしまった時
人の心はその過去の一点に足元がとらわれてしまって
なかなか先に進めないこともある。
それでも日々、毎日進んでいく時間。
怒りに充ちた時間の中で留まるか
そこから抜け出していくのか?

それは自分自身の選択ではあるのですが…。

あるお母様のお話を伺って思いました。
もちろん自分が決して何も悪くないのに
理不尽なことが降りかかってきた時
憤りや怒りや悔しさが湧き上がってくるけれど
実はその理不尽なこと以上に素晴らしいことが起こってくる。
でもその素晴らしいことは怒りに充ちている時には、
うっかり見過ごすかもしれなくて…。

自分の目は一体何を見ているんだろう。
自分の気持ち次第で見えて来るものが変わってくる。
そしてその見えてくるものによって
自分の周りに形作られていく生活の時間。

彼女のお話はそういう気付きを与えてくれました。
病気のお子さんと一緒に過ごす時間の中で
小さな小さな、でも実は大きなキラキラした奇跡を
どうすれば見失わずにいられるのかを。
自分の暮らす世界は自分の認識によって形作られているものなのだと。

2018年03月22日

週末の朝のコーヒーがもたらしたもの

お子さんの入院生活が続くと、ICUや病室で顔を合わす他のご家族の姿が
どうしても気になる方もいらっしゃるかもしれません。
他の家族はどんな時でも前向きで
精神的に崩れることもなくしっかりしている、ように思えて
それに比べて自分は心の中がぐちゃぐちゃで
こんなままじゃだめだ、と思いつつ
そうは言っても、私だって辛いのよ、
誰もわかってくれない…そういう思いの親御さんは
実は多いかもしれません。

でも他の家族と比べる必要はないし
自分は自分で良いのだと思う。
そしてちゃんとしっかりしているように見える他の家族が
実は過去にすごく大変な時期があって
その時間を経て今がある、という場合もあるのです。

他の家族に比べて、自分だけ取り残されている…
そんな風に思わないで。
みんな人それぞれなのだから。

お子さんの病状、現状を受け入れ難い時、
自分の気持ちが脆く崩れていきそうだと自覚していても
それをどうにもできない時
自分の心をなんとか保っていくためにはどうすれば良いか?
お子さんが回復することが一番の解決策だけどそうはいかない。
そんな時は自分の心の負荷、お子さんの病気に関すること以外の負荷を
どんどん減らしていくことが役に立ちます。
面会の後、家に戻ってする家事
それが「気分転換になる」と思える人もいれば
それが「きつい」と思う人もいる。
きつい、と思うなら完璧に家事をやろうと思わないで
できる範囲で、負担にならないようにしていけば良いのだと思う。
夜寝る前に「あれもできなかった」「これもできなかった」
そんな風にできない自分を追い込んでいくと
お子さんの病状のことでどんと沈んだ気持ちは
どんどんすごい勢いを持って沈んでいく。
だけど「あれができた」「これができた」
そういう風に思えるようになると
自分の心に重くのしかかっていたプレッシャーは
少しずつ形を変えて消えていくようになります。

あるお母様、心の悲鳴をご主人に正直に話したそうです。
仕事が忙しくてなかなか面会にいけないご主人は
彼女の気持ちを知って、随分変わっていったそうです。
ご主人が完璧に家事をこなす、そうじゃないですよ。
ご主人は家事が苦手。
でもできることをやってくれるようになったのです。
週末の朝、ご主人がコーヒーを淹れてくれる。
他の人から見たら「それが何?」そう思うかもしれない。
でも彼女はそれがたまらなく嬉しいのだと
お話してくれました。
そういうご主人の気遣いを心に受けると
その日1日、お子さんにとって何か良いことが起こりそうな
前向きな弾む気持ちになれるんだろうなあ。

みんな初めから前向きな人ばかりじゃない。
他の人と比べる必要なんかない。
きっとあなたも何かのきっかけによって、心が前向きに変われるはず。
そしてそれは心地良い時間をあなたに多くもたらすことになるはず。

2018年03月18日

信じる力が引き寄せたもの

入院中、お子さんの調子が今ひとつで
熱が出たり、いろいろある時、
もう心はいくつあっても足りないくらい心配……
どんどんネガティブな方向に考えて、
頭の中では悪い展開ばかりが浮かんでくる
そういう気持ちになるけれど
でも、そういう時こそ
こどもの治る力を信じるって大事なんだと思う。

あるお母様が教えてくれました。
元々は慎重でいろんな想定が頭に浮かんで
もう心配で心がはじけてしまいそうな人だったけれど
自分で考え方や価値観を変えるよう努力を始めてから
今は不必要な心配をしないで
とにかく我が子の治る力を信じて
医療者の行う治療に信頼を寄せて過ごすのだと。

お子さんが調子を崩してから1週間。
そうやって彼女は過ごしたわけですが
本当にお元気になったお子さんの写真を目の当たりにすると
信じる、信頼、それってすごく大事だなあと思いました。

アメリカでは祈りの効用についていろいろ研究発表されています。
祈られることによって患者の回復過程が有意に変化するのだと。
今回のお母様の場合、それに通じるところがあるのかもしれない。
気持ちの向け方によって物事に何か影響が起こるという意味で。
彼女は助けて下さい、と祈った訳ではないけれど
彼女は信じる、ことによって望む結果を引き寄せた。

信じることによって変わることって何だろう。
それはすなわち、親自身の表情、行動、言動が変わるのかも。
そこから生み出される様々な出来事によって、
それらに取り囲まれることによって
こどもは元気になっていくのだろうか?
信じるだけで、そんなに都合よくいくわけない、と思う人もいるかもしれない。
もちろんそこには、適切な医療の介入があったことは間違いない事実。
でも感染を契機に全身状態が急速に悪化しかねない状態だったお子さんなのに
にこやかに今、親の膝の上に座って過ごす姿を見たら…
そしてそのお子さんが、元々元気いっぱい溌剌と過ごしていたお子さんではなくて
余命わずかと言われていたお子さんだったら…
だからこそ、何事もなかったかのように穏やかな彼の笑顔を前にすると
親が子の治る力を信じること、医療者を信頼すること
それらのもたらす働きを頭ごなしに否定することは、私にはできない。
そしてやっぱり信じることの意味があるのだと、思わずにはいられない。

今週も彼らにハッピーなことが多くありますように!

2018年03月16日

過去には戻れないのだから…

元気だったお子さんが体調を崩した時、
疲れたのかな? 風邪ひいたのかな?
最初多くの親御さんはそう思うことでしょう。
だけど、思いもしなかった方向へ診断が進んで
様々な治療が始まった時
親としてはどうして?どうして?
そんな風に心の中がぐるぐる収拾がつかなくなるかもしれません。
あるお母様が仰ってました。
ああすれば良かった、そう考えても
発症した当時にはもう戻れないのだから、解決につながるわけじゃない。
だから今、親として前を向いてできることをやっているだけです、と。

これまで流したたくさんの涙によって見出した気持ちの方向性。
すばらしいなあ。

涙でいっぱいだったけれども、
でも彼女の見ているのはずっとずっと先の未来だった。
元気になって、みんなでまた一緒に暮らせる時間。

彼女の柔らかな雰囲気の中に潜んだ凛とした芯の強さは
これからのお子さんの治療の道程を
しっかりと支える力に変わっていく…。
そう思いました。

新しい治療、きっとうまくいく。
そしていつか、親子留学できるといいね。
治療後の新しい人生、新しい広がりと共に。

2018年03月15日

事実が心の許容量を超える時

突然の出来事、連日もたらされるお子さんの病状のアンハッピーな話に
とまどいと混乱で自分自身の心が機能停止みたいになって
このままでは自分がどうにかなってしまいそうだって
お話されていたお母様がいらっしゃいました。
自分でもこの出来事にどう向かい合えば良いのかわからなくて
それでも、何とか自分の心を持ち直そうとしていた彼女は
都会のスクランブル交差点の中に身を置いて
目的もなく歩き回ったり…そんな時間もあったそうです。

そんな風に何とか頑張ってみても
病院へ向かう足取りは重いままだけど
医師からは、容赦なく心が苦しくなるような事実を聞かされます。
静かに相槌を打って、医師の顔を見て、
傍目にはきちんと聞いているように見えるけれど
実際心は上の空であったり、言葉が素通りして
さざなみが立つ心の中に残る医師の説明がほとんどない…
そういうことは多々あるものです。
説明に同席できなかったお父様のために
その場では「忘れないぞ」としっかり記憶したつもりでも
説明が終わって緊張の糸が切れると
忘れてしまったり…。

彼女がこうおっしゃっていました。
「人間だから忘れることだってある。
次、聞ける機会を作ればいいんだと思う」

その通りだなあって思いました。
1回言ったから、忘れているあなたが悪い、なんて
医師は思いません。
わかったと思っても、いざ、後になってちっとも理解できていなかった、
そういうことは往々にしてあるものです。
説明を思い出せない自分を責めたり
うまく後で自分の言葉で説明できない自分を不甲斐なく思う必要等ないのです。

理解できないほど、説明できないほど
事実があなたの心の許容量を超えていた、
そういうことです。

だってあなたはロボットではないのですから。

2018年03月14日

自分で道を切り開いた少女

高校3年生の時にとても大きな手術を受けて
その後、あえて1年間の浪人生活を自分で選んだ少女に
嬉しい春がやってきたと教えてもらいました。
術後、とても気持ちが辛かった時期もあるけれど
彼女はそこから頑張った。
そして、今につながっている。

彼女の努力と根性に本当に頭が下がる思いです。
自分の人生、自分で切り開くものだなあって
改めて思いました。

どんな状況であっても、
そこから努力して這い上がっていく人がいる。
その事実は紛れもない事実。

彼女がうんと苦労してきた分、
いや、もっとそれ以上に彼女には幸せになってもらいたい。
切にそう思います。

2018年03月12日

心配するより信じる力

しばらくお子さんの調子が落ち着いていて
ほっとした時間が続いていた時に
突然「あれ?」と思うようなことが起こったら…

そういう時、以前の彼女だったら
我が子のことが心配で、いてもたってもいられない…。
そうだったけれども、今は違うんですって。
我が子の治っていく力を信じてあげようって思うんですって。

送ってくださった写真のお子さんの表情は
調子を崩したとは思えないような
とっても穏やかで良い表情。
太陽のあたたか陽射しが入るお部屋の中で
なんだか気持ちよさそうにお昼寝しているような。
きっとお部屋の中は「信じる気持ち」で満たされているから
お子さんもすやすや眠れているんだろうなあ。
もちろん早く治療を開始されたことの影響も
忘れちゃいけないと、感謝する気持ちもお母様は思っている。

お子さんが長く病気である時、そばにいる親御さんの気持ちのお手当も大事です。
そして起こった出来事を変えることはできないけれど
そこに対して自分がどう心を動かしていくか
それは自分で変えていくことができる。
それは必ずそばにいるお子さんに良い影響を及ぼしていく。
そう、思います。

2018年03月05日

先天性疾患の赤ちゃんは底力を秘めた赤ちゃん

生まれてすぐ医師から大きな病気を告げられたとき
親御さんは「我が子の成長はどうなるんだろう…」と
不安に駆られるかもしれません。

先日お目にかかったお母様、こうおっしゃっていました。
「心配しすぎなくても、その子にあった成長ができていく」って。
ICUでの長い、長い治療、
良くなったと思ったら、ハラハラする場面もまた出てきて…
本当にいろいろあったけれど
そういう風に思えるようになったそうです。

その成長とは身体や運動機能の成長だけではありません。
心の成長も。それは「知育」といった切り口だけではなくて
思いやりとか気遣いとか、そういうところ。

赤ちゃんの頃から何度も大きな手術を乗り越えてきた彼は
弟ちゃんも具合が悪くなって入院することになってしまった。
親御さんはお兄ちゃんに詳しく説明したわけではないのに
自分なりに家の中の様子が何だか変だぞって気付いて
弟ちゃんのこと「大丈夫かなあ」って
一人でつぶやいていることもあるんですって。

本当は親を独り占めしたくて
まだ赤ちゃんの弟ちゃんと
けんかばかりになってしまうお年頃のはずなのに……。


お母様からその話を伺って、お兄ちゃんのこと想像したら
なんだかこっちの涙腺緩んでしまいそうだった。


大きな病気で入院して、治療を受けていても
それは決して、決してマイナスにはならない。
あんなに大変な治療を受けていたのに
あなたはまだ赤ちゃんだったから
たとえお医者さんの話を聞いたとしても
どれほど大変かがちっともわからなかっただろうけれど
大人が聞いたらその大変さはきっと、卒倒しそうなほど。

どこで、どのタイミングで
あなたはその優しい気持ちを育んできたの?


こどもの可能性は計り知れない。
どんな逆境でもそれをいつのまにか糧にして
着実に一回りも二回りも大きくなっていく力を持っている。


大人は自分で考えたり、周りからアドバイスを受けたり
仲間の話を聞いたり、そういうことで
逆境のなかに光を見出そうとしていく。
だけど赤ちゃんはそんなことできないものね。

あるがまま、治療をなされるがままだから……。
その中で成長していく赤ちゃん。

生まれつき、何か大きな病気と共に生まれてきた赤ちゃんは
ものすごく大きな底力、伸びる力と共に生まれて来たんだと思う。

2018年03月03日

1個ずつですね

お子さんの誕生の喜びと無事出産を終えた安堵もつかの間
医師から、あなたのお子さんは数度にわたる手術が必要な病気だ
と聞かされた時…親御さんの頭の中は大混乱。
心配、不安、困惑、いろいろな感情が入り混じった状態。
そして初めての育児、これからどうしよう…。

先日お目にかかったお母様も最初はそうだったけれど
でもご主人と一緒に頑張ってきたんですって。
医師から聞かされる目の前のこと1つずつ、
とりあえずまずはこれを乗り越えよう、って。
そして次にまた何か聞かされたら
その時もまた「これを乗り越えよう」って。
日々、その繰り返し。

「今だから言えるのかもしれないですけど…。」
そんな風に謙遜されますが
もう素晴らしく、本当に素晴らしい女性でした。
やわらかで、穏やかで、
彼女の醸し出す雰囲気は部屋の空間をいつの間にか
平和なムードに変えていきます。
過去にそんな大変なことがあったなんて
何も聞かされなければ、とてもとても想像すらできない。

いくつもの試練、ご主人と一緒に支え合って乗り越えてきたからこそ
今の彼女ができ上がってきたのだと思う。

強くて、しっかりもので、
でもたおやかで。

「1個ずつですね。」
彼女はそうおっしゃっていた。

何と素晴らしい人だろうか。
私よりも20歳以上若い人。
私は20年も前にこんなに人格形成されていただろうか?

いつの時代になっても
「今時の若い人は…」と若い世代のことを軽視したり揶揄する人はいる。
でも今時の若い世代の中に、珠玉のような人がいる。

そんな若い人を前にすると
同じ頃の自分を振り返って
当時自分のことでいっぱいいっぱいで
いろいろな人を傷つけてきたかもしれない(きっとそうであろう)
自分のことを情けなく思ったりもする。

そして、こんな熟年の領域にさしかかって
若気の至りの頃の自分を振り返らせてくれる若い母親から
多くのことを学ぶ日々。


彼女のやさしい笑顔は本当にまぶしかったなあ。

2018年03月02日

医師の後ろ姿に小さく振った手

こどもがおしゃべりする年齢になっても
病気のためにおしゃべりできない子もいる。
そういう時は親御さんは切ないですね。
でも、おしゃべりできなくても
心の成長は静かにすくすくと
気付かないところで進んでいます。
そのお子さんは医師の回診の時、
いつもあったかく声をかけてくれる先生が
お部屋から出て行くときに
その先生の後ろ姿に向かって
小さく手を振っていたんですって。

ベッドサイドにいらっしゃったお母様は
はっきりとその様子を見ていたそうです。

彼の気持ちはその小さな手に
ぎゅーって詰まっていたんだろうなあ。

こどもはお話ができなくても、いろんなことを感じている。
たとえば医師への信頼とか。
自分に注がれている愛情とか。

2018年02月22日

2通りの「仕方ない」

お子さんが長く病気で入院していると
お子さんが不機嫌な様子でずっと過ごすことがあります。
こどもにとっての不機嫌は単に感情を表すだけでなくて
身体の不調を知らせてくれる大事なサインではあるけれど
病状がある程度安定している時に不機嫌が続くと
どう考えていいのかわからなくなってしまいますね。

体調が悪化していることをお知らせしているのではないなら、なぜ?
つまらないから? おうちに帰れないから? 思い通りにならないから?
「仕方ない……」そういう言葉で迷いを片付けてしまうこともあるかもしれません。
言葉で話してくれればある程度わかるけれども
まだ何も話してくれない時期は、親が察するにも限界があって……。

そんな時、親御さんにとってはお子さんと一緒に過ごす時間
とても苦しい思いかもしれません。
自分は成すすべがないような気がして。
でもあるお母様のお話を伺って、一歩違った踏み出しをしてみることも必要だなって
思うことがありました。
彼女は「仕方ない」ではすまさない。
何か理由があるはずだって思って。
でもそこで彼女が始めたのは、お子さんが単に不機嫌になるネガティブな要素の探索ではありません。
たとえ病気であっても、そのお子さんのペースで着実に
移り変わっていく成長発達の過程の現われ、一つなんじゃないかと彼女は考えた。

例えば病気の有無にかかわらず、こどもが通っていくイヤイヤ期。
「うちの子はずっと入院しているから仕方ないんです」じゃなくて
イヤイヤ期の訪れが、ちょうど入院時期に重なっているのなら
それは病気とは関係なく、どのこどもにも起こる通過点じゃないかって。
そしてイヤイヤ期のこどもに親がどうかかわっていくことが
こどもにとってのプラスになっていくかを考え始めたのです。
こどものために自分も勉強しようって。
お子さんがイヤイヤ期で、自分もイライラするんじゃなくて
じゃあ、自分も学んでいこうって思う姿勢。

彼女のその姿勢を知って、すごく心がジーンとしました。

「仕方ない」そう思う時、きっと2通りのトーンがある。
突き放すような、もう見放すような「仕方ないよ!」
もう1つは現状を「仕方ないよなあ」と受け止めながらも
でも、何か改善できることがあるんじゃないか?って思う場合。
彼女は後者のパターン。

彼女は別に不機嫌であることが悪いとか
イヤイヤ期が悪いと否定しているのではありません。
こどもがあまりにも不機嫌なモードが長く続くよりは短い方が、
お子さん自身が心地良くすごせる時間が長くなるし
身体の治りにも影響が出てくる…そう彼女は思っているからだろうなあ。

こどもを理解しようとして、学ぼうとする母の姿。
きっと学ぼうと思う前よりは違ったお子さんの姿が
彼女の目には見えてくるのだろうなあ。

病気であっても、お子さんは成長している。
彼女の姿勢はそれを教えてくれる。

2018年02月19日

力が湧かない時に……

我が子の病状が思わしくない時、
親御さんはいくら気持ちを奮い立たせようと思っても、
うまくいかない時もある。
だって、親だって人間だから。

でも、そのまま心は低空飛行、彷徨った気持ちのままで
こどもに向き合い続けるのか……?

あるお母様は3つ方法を考えているそうです。
いつもの方法をやってみて、
それでもダメなときは2つ目の方法をやってみて
それでもダメなときは3つ目の方法を試してみる。

3つ目の方法は普段簡単にはできない方法なのだけど
さすがにその3つ目をやると、元気が湧いてくるそうです。
たとえ向かい合う病状に好転する変化が見られていなかったとしても
お母様の気持ちは上向きになる。
充電できて、頑張ろうって。

周りから見たら「あのお母さんはいつも前向きだ」「いつも元気だ」
「あの人は特別だから、そんな風に頑張れるんだ」
そう思われているかもしれない。

でもでも、特別なんかじゃない。
気持ちの浮き沈みを日々経験しながら
それでもいくつものやり方で心のお手当をして
前向きな気持ちを維持できている。

無理してわざわざ?
どうして、そこまでする必要ある?
そういう声もあるのかもしれない。

でも、前向きな気持ちでいたいと思うのは
お子さんのため。
めそめそ、泣いているママもママだけど
ずっとずっと泣いてばかりでは
お子さんもどうしていいかわからないものね。
せめて自分から良いパワーをお子さんに
移してあげたいって思っているから。

お子さんの見えないところで泣きはらして
幾通りもの方法で自分の気持ちをメンテナンスする。
彼女のその姿を想像したら、
なんだか心がジーンとしました。

はじめから強い人なんて、どこにもいない。
みんな、見えないところで努力して強くなっていく。


きっと元気になりますように。
新しい治療、それがお子さんの健康を掴み取る
後押しのきっかけになりますように……。

2018年02月16日

赤ちゃんの選んできたプレゼント

それまで病気とは無縁のお子さんだったのに
ある日突然、あれ?と思って、検査して
思いもしなかった病名を告げられたら…
親御さんの衝撃は計り知れないほど大きなものだった。

でもお母様こう思ったんですって。
今こうしていても、病気という事実は変えられるわけじゃないのだから
茫然と立ちすくんでいるわけにはいかないって。
変えるためには前に進むしかないって。
そう思ったのだそうです。
病気なら、治すしかないって。
もちろん最初は涙が溢れたけど。
でも気持ちのギアをしっかり入れ直した。

そして夫婦でお子さんをしっかり守っていくには
「同じ方向、一緒に向いて頑張っていかなくちゃいけない。」
そう思ったのだそうです。
ささいなことで言い争うような、そんな時間はないと。
そしてもちろん親だって人間なのだから
夫婦ともども気持ちは大きく動揺するけれど
相手がダウンしてしまわないように
お互いのこと気遣って、一緒に頑張っていくぞって、って彼女は心に決めた。
それはご主人への強い信頼と愛情が根底にあるのだけど。

そして、どうしてうちの子?
そういう風に考えるのではなくて
この世に生まれ出る時に、赤ちゃんがみんなそれぞれ選んでくるプレゼント、
その中で他の赤ちゃんが選ばないようなプレゼントを持ってきた我が子は
なんてすごいんだろうって思って、
だから赤ちゃんのことみんなで支えて守って
きっと笑顔で退院するぞって誓ったのです。

彼女の話を伺いながら、
何と強くて、すばらしい母親なのだろうと思いました。
強さ、それはへこたれないとかそういう強さだけではありません。
自分の心だっていっぱいいっぱいなはずなのに
お子さんのことを考える心の他に、ちょっとある余裕の部分は
パートナーへの気遣いとか、おうちに残してきているきょうだいのこととか
そういうことでフル回転させている。
彼女の強さはそういう心の度量の大きさに基づくものなんだろうなあ。


新しい治療を始めて、元気になろうね。
あなたのことを家族みんなで待っているよ。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、
みんな協力して、頑張っているよ。
お姉ちゃんは小さいママみたいになって
うちのことお手伝いしてるよ。
お兄ちゃんはママを心配させないように
明るい声で電話に出てくれる。
もちろんママはお兄ちゃんのそういう優しい気持ちも
全部お見通しだけどね。

あなたが元気になったらパパとママは
あなたにきれいな海を見せてあげたいんだって。
みんなで絶対行こうねって、励みにして、
これからの治療、頑張るぞって

きっとうまくいくね!新しい治療。
病気というプレゼントを持って生まれてきたあなたは
1年後、元気になって一回りも二回りも大きくなって
みんなに新しいプレゼントをあげよう。
あなたが元気になって、みんなと一緒に暮らせるささやかな日常
それが一番のプレゼントだから。
ママはそれを何よりも楽しみに待っているよ。

2018年02月13日

意思の力が引き寄せる未来

意思の力は人の運命を変えていくのかもしれない。
たとえ、余命厳しいと告げられた人であっても。

4カ月前、それはあるお母様にとって
人生最大の覚悟を決めた日だったのかもしれない。
もしかしたらこれからの日々は
お子さんの人生、カウントダウンに終始してしまうかもしれないと。

でも、でも

彼女は大事なお子さんがこれからどういう人生であろうとも
今の時間を大事にしようって思った。

そして、思考を変えようと努力していった。

どうして、うちの子だけ?
そんな風にネガティブに、世の中斜めに見るのではなく
いろんなことに「あーありがたいな」って感謝して。
お子さんの周りにある空気の中、
分子一つ一つにも、
ありがとうって、感謝の気持ちが伝わるかのように

そういう時間の積み重ねが、たぶん見えない何かを
突き動かしてきたのだと思う。
それはお子さんを苦しくて、辛いという時間のとらわれから解き放ち
癒しの力をかき集めてお子さんの元へ集約する
そういう何か新たな状況が作られるように。

私が彼女の立場だったら、あんな風にできるかな?
いや、それは無理。
もっと周りを羨ましく思ったり、
八つ当たりしたり、心がとげとげしていたことだろう。

だから、私は彼女のこと、本当にすごいと心から思う。
そしてお子さんと彼女とご家族に
平和な時間とハッピーな気持ちになれる一時が
もっともっと多く生まれますようにと願わずにはいられない。

変われる人って本当に強い。
こうありたい、人は誰もがたくさんの望みを抱えているけれど
そうなるための努力を続けられる人はとても少ない。
できるわけない、とか、できないよと諦めるのではなくて
できるように頑張ってみるか……、
そういう風に頭をスパッと切り替えられる人は
その時点でもうすでに望む方向の道の半分まで
ビュンっと進んでいるのかもしれない。

彼女の話を伺うと、いつもそう私は励まされる気がする。

2018年02月09日

生きる力の芽を育てる夫婦

先日、あるお母様が見せて下さったお子さんの成長記録のフォトブック。
これまでずっと撮りためている写真、その数は
恐らく1万枚は軽く超えているのかもしれない。
その中の選りすぐりの1枚、1枚が
ページを飾っているのです。

この数カ月の1冊は、これまでの数カ月単位で更新してきたフォトブックの中でも
格別な思いの1冊だったと思う。
なぜなら、もしかしたら、お子さんとお別れになってしまうかもしれないと
ご両親は覚悟していた時期だったから。

フォトブックの中のお子さんは
調子悪いのだなあと伝わってくる表情の時もあったけれど
でも、あれ? あらー!というように
だんだん、本当に、だんだんと瞳の奥に力が宿ってきているのがわかります。
不思議な強さです。
入院生活という限られた環境であるにもかかわらず
ご家族がもたらしてくれる極上の良い質の時間によって
お子さんの生きる力の芽が、大事に育ち
いつしかその芽から新しい双葉が開いてきたよ、という感じ。

そして、力を宿したお子さんの瞳のこちら側には
必ずカメラやスマホを持っているパパやママがいるという事実。

シャッターを切る瞬間、
それはパパやママにとっても
心が動いた瞬間でもあるね。
ということは、1万回以上、心動いたっていうこと!


いろんな力を秘めている彼の命は
いろんなことを教えてくれる。


あなたに、もっともっとたくさんの幸せが
降り注ぎますように。