2018年12月03日

カフェやファミレスが母にくれた時間

病気にもいろいろあって
治療して、すっかり治って良かったね、というものもあれば
ずっとその病気とと共にこれからも生きていかなくちゃいけない、
というものもあります。
お子さんが後者の場合、看病、お世話する親御さんは
自分の気持ちのメンテナンスがとても重要です。

我が子が難病と診断されたあるお母様、
彼女はカフェに行って1時間ほど一人で過ごす時間が
すごく大事だと仰っていました。
もちろん家にはおいしいドリップコーヒーを淹れるマシンも
ちゃんとあるのだけれど、
外で過ごすその時間は格別だと。
そこで本を読んだり、ガラス越しに通り行く人の様子を眺めていると
気持ちが段々晴れて、充電できるのだそうです。

自分が外出している間、
家族にお世話をお願いして1時間だけ一人で外に出る。

気の合う友人と話をする時間も大事だけれど
一人で何も気を遣わないでボーっと心の赴くまま
コーヒーの香りと共に椅子に座る時間が
彼女の生活の中のスパイスになっていったそうです。

彼女の言葉を伺った後、もう10年以上も前に出会った
別のお母様のお話を思い出しました。
彼女のお子さんは夜間は呼吸器を使って、
数時間おきに身体の向きを変えることが必要、
もう一人お子さんもいるから、
家の中で育児と看病は本当に大変だったけど
彼女は朝、午前5時くらいからウオーキングにでかけて
1時間ほどファミレスでゆっくり本や新聞を読んで
自宅に戻るのだそうです。
ファミレスなら一人で行っても
空いている時間なら大きな4人掛けのソファ席に案内してくれるし
24時間開いているから、開店時間を気にしなくてもいいですし。

そのきっかけはご主人の提案だったそうです。
彼は仕事が忙しくて夜は早く帰って来れないけれど
早朝なら確実に自分がまだ自宅にいて
こどもの世話をすることができる。
せめてその時間だけは奥様を子育てと看病から解放してあげたいと
ご主人は思ったのだそうです。
自分もこの子の親なんだからって。
奥様任せばかりじゃいけないって。


自分の精神をどうやって良い状態にキープできるか
人それぞれ、違うだろうし
家庭の事情も違うけれども
やっぱり煮詰まった気持ちのままでいることは
良くないですし、気分転換は大事です。

親だって人間ですから。

2018年11月29日

感情を停止させて赤ちゃんを見送る両親

頑張って、生き抜いた赤ちゃんを見送った両親、
気丈に振る舞うその姿は
周りからはしっかりしているように見えるかもしれないけれど
本当はあまりのショックと悲しみで、心の動きを停止させて
淡々と、やらなければいけない行動をとっているだけ、
ということもあるのです。

出てくるはずの涙も心の中で凍結させてしまって
本当は頬を流れ出てくる涙の何十倍も
心の中にしまっているだけなのです。

短く逝ってしまったその人生、
どうして、うちの子が?
答えの見つからない闇夜の森に入っていくと
行き先を見失って、途方に暮れてしまうけれど
赤ちゃんが旅立つ前、周りにたくさん天使がやってくるそうです。
それは大人にはなかなか見えない天使たち。
見えないからと言って、
そういう守ってくれる存在が
いないわけではないのです。


あなたはこの世の中で今、受けられる
最高の、最大の治療を全部受けて
いっぱい、一生懸命頑張った。
あなたの人生はかけがえのないもの。
それは、家族みんなが感じていることだよ。
チューブも機械も点滴も外れた今、
自由にいっぱい抱っこしてもらおう。
帰りたかったおうちだものね。
みんなが待っていてくれたおうちだものね。

2018年11月28日

母を導いた我が子の姿

今迄一度も聞いたことがないような病名を
我が子の病気として医師から説明されたあるお母様。
ネットで調べようと思っても
なかなか十分な情報量が得られないその病気、
たどり着いた情報は随分古いものでしたが
彼女はそれに気づかず、しばらく悩み、苦しみ、
一時は自分の生命を放棄したいと思うほど
ショックを受けていたのでした。
でも、段々気持ちが変わっていったのです。

その理由はいろいろな治療を受けて頑張っている
小さな我が子の姿を見たからでした。
はじめのうちは、ごめんねってずっと謝ってばかりいたけれど
今では「頑張ってくれてありがとう」って
その姿に言えるようになったのでした。

そして我が子の頑張りを見ていたら、
自分も頑張らなくちゃと思うようになりました。
メソメソしてもしょうがないなあって思って。
今から未来を悲観してもしょうがないなあって思って。
医療は毎年目覚ましい進歩を遂げているから
未来の我が子の成長を悲観する必要はないって。
今、こうして受けられる治療もあるのだし。

すがすがしい笑顔でピンと背を伸ばして
歩く彼女の姿は、とてもキラキラしていました。
それは自分自身で大きな苦悩を乗り越えたからですね。きっと。

これから始まる新しい治療
きっとうまくいく!

2018年11月24日

うちに生まれて幸せだねー!の理由  ―難病と診断された赤ちゃんの両親

赤ちゃんが誕生して「この子はうちに生まれて幸せだねー!」
そう両親から言われる赤ちゃん。
「うちに生まれて」
その理由はいろいろな理由がありますね。
それぞれの家庭で。

だけど、そのおうちで両親がそうおっしゃったのは
両親二人ともが同じ感性を持っている、という理由でした。

赤ちゃんは生まれて早い時期に「難病」と診断されていました。
でも両親はそこで悲観しなかったそうです。
これから生きていけるんだろうか、
ちゃんと成長できるんだろうか、
将来はどうなるんだろう・・・。
だけど、心配したところでなあって、思ったんですって。
そこから何も良いことが生まれるわけではないって。

かわいそうって考えても、生まれる前に時間を戻せるわけではない。
「あの時、ああだったら・・・」とか
「もし、ああであれば・・・」とか。
そう思っても、どうしようもない。
そこにとらわれて、とどまることがすごく嫌だって思ったそうです。

そして、今、ここで頑張らなくちゃと思ったんですって。
その今、はまさにお話をしていた今、のことじゃなくて
毎日、毎日続く「今」という瞬間のこと。
いつもいつも、今がスタート地点なのだから、
そこから進めばいいんだって。
毎日、毎時、毎分、仕切り直しってことですね。
そして何か起きたら、
次どうするか考えればいいんだって。


我が子に「かわいそう」って不憫に思う眼差しを向けたら
頑張っている我が子に失礼だ、と思うのだそうです。
だから頑張る我が子に
ますます「頑張れよー」って思うんですって。
もちろん頑張る我が子に「頑張りが足りないぞ」って
厳しい目を向けているのではないですよ。
頑張っている、その状態をあたたかい眼差しで賛同し、
見守っているという意味です。

そのお話を伺いながら、とても心がジーンとしました。


ご両親は二人とも、同じ感性。
「かわいそう」って思わない。
大変な治療を受けている最中であっても
それは我が子が頑張っている証。

そう二人の親が考えるおうちに生まれて来たから
我が子は幸せだよねって夫婦二人でお話していたそうです。


これからどういうことがあっても
きっとそのたび赤ちゃんとご両親は
一緒に前向きに頑張っていけるね。
赤ちゃんはすごく心強いだろうなあ。

多くの人が絶望を感じてうちひしがれる時、
ご両親はその中でも何か希望を見出す力が
非常に優れている方なんだと思います。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!
おうちで待ってる、小さなお姉ちゃんも
あなたの帰りを楽しみに待っているよ。

2018年11月19日

亡き子への悔やむ思いをやめる理由 ―ある母親の話

亡くなったお子さんのことを思い出す時、
当時、あんなにお子さんに
全力で尽くしていたというのに
あれもこれもと悔やむ気持ちが浮上する
親御さんがいらっしゃいます。

自分がお子さんのために
まるで何一つ良きことができていなかったのように思ったり。
決してそんなことはないのに。
そして自分がやってきたことと
まったく反対のことを選んでいたとしたら
お子さんは今も生き続けていたかもしれないと思ってみたり。

そしてお子さん亡き後、今、生きている
自分を責める気持ちがでてきてしまう。



あるお母様はそういう気持ちに苛まれた時
思い直すようにしたそうです。
今ある自分は当時のお子さんとしっかり
向き合ってきたことにより出来上がった自分なのだと。
今、生きている自分を否定することは
お子さんが遺してくれた自分を否定することになるのだと。
だから今の自分を大切に思うことは、
お子さんへ感謝を向けることに等しいと気付いたのでした。

そういう風に自分で思えるようになった彼女。
お子さんは天国で元気に遊びながらも
彼女のことをしっかり守り、導いてくれているのだなあ。

亡くなってからもすごいお役目、
すごいお仕事を今も成しているのだなあと思いました。

2018年11月16日

こどもが死を悩む時

「うちはまだ幼稚園だし」「小学生だしね・・・」
そんな風に親御さんは思っていても
幼い頃から入退院を繰り返しているこどもの中には
肉体年齢よりもずっと精神年齢が進んでいるこどもがいます。
たとえば本当は6歳なのに、まるで中学生くらいのような
しっかりした考えを話してみたり。
でもそれはバランスのとれた精神年齢というわけではなくて
全体の中のある部分だけ突出しているというか。

確かにその部分は14歳相当かもしれない。
でもその部分を考えるために必要な他の部分は
6歳だから、一人で考えていくうちに
考えが行き詰まってしまうこともあるのです。
たとえば死の問題とか。
自分が決して死に瀕するような病状でなかったとしても
何かをきっかけに、とても身近に考えるように
なることもあります。

でも行き詰まりをきちんと言葉にして大人に伝えられなくて
心の中でくすぶったままでいると
時々そのくすぶりが頭をもたげて、
本人を苦しめる場合があります。
悪夢として現われて、夜目覚め、不安になって。

こどもが死について考えを巡らしている、と親が知ったら
「そんな縁起でもないこと、考えないで」とか
「楽しいことして遊ぼう」という風に
接してしまうかもしれません。

でも思うのです。
確かにその場はそれで収まるのかもしれないけれど
こどもの心の中のくすぶりは決して消えてはいないのだと。
何をどう怖いと思っているのか。不安に思っているのか。
その部分を心の奥から言葉に変えて出して
一緒に親が考える、
それが必要なのではないかなあって思います。

親だってもちろん「今迄そんなこと考えないようにしてた」かもしれない。
でも、親さえも正面から向き合えないことに
もしもこどもが向き合って、そこで悩んでいるのならば
親も子も一緒に考えることはすごく意味があることなんだと思う。
そこで死について抱えていた疑問が晴れなかったとしても
それはそれで、良いのだと思う。

自分が抱えていた悩みを
親が一緒に真剣に考えてくれた、という事実が
こどもにとってはものすごく大きなことなんだと思う。

あるお父様のお話を伺ってそのように思いました。

2018年11月12日

辛い時は、夫婦一緒に泣けば良い

赤ちゃんがとても重い病気と診断され
根治を目指せるのではなくて
手術をしても薬をずっと必要とする病気だと聞かされた時
それは父親、母親両方にとって
言葉にならないほどの大きな衝撃です。

その中でよくあるのが
産後の奥様の心と身体を気遣うあまりに
「自分が頑張らなくちゃ、どうする!」と
自分の気持ちを押し隠したままで
面会、看病、仕事に忙しい日々を送る父親のケースです。
大抵そういう方は、奥様の前でも涙を見せず
とにかく強い父、強い夫でいようと頑張るのです。

奥様に負担をかけたくない
自分が家族を守りたい、
そういう彼らの気持ちはとてもよく伝わってきます。

でも、父親だって一人の人間です。
本当はお子さんのこれからの治療、将来を考えて
心細くなったり、不安で泣きじゃくる妻の前で
「大丈夫だから」と妻を励ましながらも
実は自分も「もう、俺もいっぱいいっぱいだ……」
そう心の中でつぶやいている父親もいるのです。

いろいろなご家族にお目にかかって感じることは
一人でたくさんの悲しみを背負うよりも
ご夫婦二人で分かち合った方が良い、ということ。
どんなにご主人が奥様を気遣って
自分の心をひた隠しにしたとしても
奥様はそれをちゃんとわかっているのです。
夫は強がっているけど、本心じゃない、と。

泣きたいときは二人で一緒に泣いて
それで涙が枯れ果てるくらい泣いたら
次は二人で、これからどうしようか、って考えれば良いのだと思う。
一緒に越えていくことによって
お互いがより一層以前よりも強く頑張れるようになるから。

彼は奥様に自分の本当の気持ち、
これ以上、一人では抱えきれない、
そういう気持ちを伝えたそうです。
その後、奥様から彼を気遣う言葉を
かけてもらえるようになったそうです。
妻が自分の大変さもわかってくれる、
そう思えるだけで、随分気持ちが励まされたのでした。

一人で抱えきれない重さは
二人で抱えていけば良い。
だって赤ちゃんは二人のお子さんなのだから。
一人だけで背負う必要はないもの。

ずっとこらえていた涙が
ぽろーっと頬をつたった父の横顔を見て
そのように思いました。


新しく始まる治療きっとうまくいく!
ご夫婦の心の結束は赤ちゃんにしっかり届くよ!

元気になったら、父の願いの通りに
おうちの近くの公園に家族3人、
一緒にお散歩に出かける日が必ずくるから!

2018年11月01日

悩んだ分だけ強くなれた父

我が子が難病と医師から言われ
とても現実のこととは思えなくて
受け止めきれなくて、
信じられない、逃げ出したくなる・・・
親御さんはそういう気持ちになるかもしれません。

医師から聞いてとにかく1週間ほどは
涙があふれて、涙があふれて・・・
そう振り返るお父様。

だけど、やがて流れる時間の中で
気持ちが固まっていったそうです。
「大変だからこそ、自分たちの所に生まれてきてくれたんだろう」と。
「今の環境の中で、最善にしていくしかない」と。
「そのためには目の前のことを1つずつ、ちゃんとやっていこう」と。


そうやって、段々彼は「強い父」になっていきました。
信念と愛情を日々の行動へと変えて。

大変だったろうなあ。
お話を伺いながら、なんだか心がジーンとしました。
でも、誰かに押し付けられたわけではなくて
自分で出した答えだから、より一層強くなれたんだろうと思います。


新しい治療、きっとうまくいく!


パパだけでなく、ママもお姉ちゃんも
あなたが「絶対元気になる」って
応援して、待っているから。
元気になろうね!

2018年10月30日

難病のこどもに病気を説明することを迷った父

お子さんが難病だと診断され
その時、その時に必要な治療を
一つずつやってきた、あるご家庭。
そのおかげでお子さんは小学校にも
無事通えるくらい成長したのでした。

ご両親はお子さんに病気のことは
「○○が悪いんだよ」という風に説明していたそうです。
でもお子さんは入院生活を繰り返すうちに
幼い耳であっても医療従事者の話す言葉を
しっかりキャッチするようになります。
そして親が説明してくれたこと以上に
実は自分の病気のことを相当理解していたようです。
そしていろいろ親に言えずに悩んでいたのでした。


そのお父様は仰っていました。
どこがどう悪いから、将来どうなる可能性があるのか、
そういうことをきちんと話せなかったのは
親として自分自身が、
我が子の病気に真正面から向き合えていなかったのかもと。
そして話すのであれば悲観的な話で終わるのは嫌だった。
病気のことを話した時に、絶望をもたらすのではなく
「こういう治療があるから、大丈夫なんだよ」って
安心させてあげたかった、
でもこれまでその治療がはっきりと定まっていなかったから
お子さんに話す勇気がなかったのだと。

正直な気持ちだと思います。


どういう状況であっても
その時に一番いい方法を一緒に見つけていこう、
そういう姿勢の親の元では
お子さんはきっと安心できると思います。

彼は奥様と一生懸命考えて、
お子さんにとって一番良いと思える治療法を選択しました。
それを語るその横顔は、実に自信に満ちてキラキラしていました。

そしてそのお子さんも
その治療に向かって頑張って行きたい、そう思ったのでした。



親だって人間だもの。
いろいろ迷う。
でも、我が子のために真摯に考えて選んだ答えは
お子さんにとって大正解なんだと、私は思う。
それはお子さんもよーく、わかっている。

2018年10月27日

尻込みする母の手を引いてくれた父の言葉

考えても、考えても、
答えの見つからないことってありますね。
たとえば「どうしてうちの子がそんな重い病気になってしまったの?」

きっとそれは世界中の医師に尋ねても
答えの出てこない問い。
彼女はご主人と二人で
ぐるぐる頭の中を廻るその問いに
悩み、落ち込んでいたそうです。

そして何十年も親として人生経験積んできているわけじゃない、
まだほやほやの新米ママ、パパである自分自身に
自信を持てなくなっていました。

でも、病院のたくさんの点滴やモニターに囲まれて
ベッドに横たわり頑張っている赤ちゃんの姿を見て、
我に返ったんだそうです。
誰が何といおうと、赤ちゃんの親は自分たちなんだからって。

そしてご主人の一言が尻込みする彼女の手を引いてくれたそうです。
「前に進むしかない!」という彼の言葉。

たとえどんなに若くても、
人生経験を積んでいなかったとしても
「前に進むしかない!」
そう思えるカップルの元では
赤ちゃんは安心して生きていくことができると思います。

これからパパとママと赤ちゃんで
一緒にいろいろな経験をしていけばいい。
それがやがて、家族みんなの自信になっていく。
今の心許なさが永遠に続くわけじゃない。
いつしか、心の中で「大丈夫だ」そういう自信が
少しずつ広がっていくはずだから。

母の頬を伝っていた一生懸命な涙を見て
そう思いました。


新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月20日

動いた分だけ現在進行形、と覚悟を決めた父

「あなたのお子さんの病気は○○○○○です」。
そう医師から言われて、今迄1度も耳にしたことのないような病気の治療に
これからどうなっていくんだろうと、心が翻弄されたお父様。
そしていろいろな治療が始まっても
すっきり思うように回復しない日々。
親として、この子に何をしてあげられるんだろう…
頭の中はぐるぐる、ぐるぐる。
どこに向かって歩いていけばいいんだろう。
そして歩こうと思った途端に外野からあれこれ入ってくる声。
進むのか、止まるのか、別の道を探すのか?

そういう時、彼は自分の選んだ道を前に進もうと決めたそうです。
考えているだけじゃ物事は進まないから、って。
そして自分が動けば、動いた分だけ現在進行形だからって。

名言だなあと思いました。
「動いた分だけ現在進行形」

もちろん彼は無防備に道を突っ走るのではなくて
その前に十分、その道に進む時の様々なリスクも考えたそうです。
奥様と話し合って。
でも、結局はやってみなければわからないことが多い。
そして、もし自分たちが期待したような結果につながらなくても
その時は、またそこから最善の道を考えていけばいいのだと
思ったそうです。
こどもがこうして頑張っているのだから。


そう語ってくれました。
若い父親のその覚悟、私にはあまりにも神々しくて眩しかった。

あなたのその覚悟、
それを知ったらお子さんはきっと心強く嬉しく思うことだろう。

新しい治療、きっとうまくいく。

2018年10月18日

母の心を救った幼いこども

お子さんがとても重い病気で、
医師から聞くお子さんの病状は
いつも親の心が崖から強く突き落とされるかのような辛い話ばかりで
ああ、もう自分もどうにかなってしまいそうだって
彼女は追い詰められたような気持ちになっていたのでした。

それでも鬱にならないで過ごしてこれたのはなぜか?

それはお子さんのごきょうだいの存在があったからだそうです。

入院しているお子さんのことばかりで
頭も心も埋め尽くされていて、落ち込んでも
家に帰ればもう1人のお子さんが待っている。
そのお子さんのためにも自分がずっと
落ち込んでばかりではいられない、と。

そしてこうも思ったんですって。
人は生まれた時から運命が決まってる、
そう自分に言い聞かせたそうです。

でも、彼女は運命だからと言って
お子さんの人生を諦めたり
人生投げたわけじゃないのです。

そういう運命のもとで生きなくてはいけなかったとしても
そこでどれだけ最大限こどもが幸せに過ごせるか?
そう彼女は必死に考えたのでした。

そういう母の毎日の積み重ねによって
お子さんは生きてくることができたのでした。
それも周りの予測より良い状態で。

彼女がそう頑張り続けられたのは家族の存在が大きかったそうです。
ご主人は仕事がとても忙しくて、
いつも一緒にいられるわけではないけれど
彼女が苦手な部分をしっかりフォローしてくれました。
まだ幼いお姉ちゃんはママが自宅で一生懸命
心を尽して赤ちゃんのお世話をする様子を見て
ママの真似をするようになりました。
ママが洗濯物を干して、ちょっと目を話しているすきに
赤ちゃんが具合が悪そうになったときは
ママの背中に向かって、それをお姉ちゃんが教えてくれました。
ごっこ遊びをする時は、赤ちゃんのそばで、赤ちゃんと一緒にやりました。
楽しい時間を独り占めしないで
赤ちゃんも一緒に楽しめるように。

彼女からそのお話を伺った時、
なんだか心がジーンとしました。

幼いからと言って何も分からないわけじゃない。
幼い心だからこそ、心に刻めることがある。



一生懸命頑張っている人のことを
誰かがどこかで必ず見ている。

その頑張りはきっと何かのご縁で廻り廻って
幸せの形に変わってその人の元にやってくる。

強くそう思いました。

あのご家族に幸せなことがもっといっぱいありますように……。

2018年10月17日

過去にとらわれる自分を打ち消す母

忙しいながらも、順調にすくすく育つ我が子の姿に
安堵を感じていた時、急に具合が悪くなって
あっというまにどんどん症状が進んで
医師から衝撃的な病名を告げられた時、
人はなかなかその事実を受け容れられないものです。

病院で過ごす時間、
それが1日、2日、1週間、1カ月と過ぎ
いつしか何カ月も経っていくと
彼女はふとした時に「あの頃に戻りたい……」と
心揺さぶられる思いに駆られる瞬間が
何度も湧き上がったのだそうです。
我が子が健康だった、何も心配のなかったあの頃に。

でも、彼女はそういう時、いつも自分に言い聞かせるそうです。
今、我が子は頑張っているんだぞって。
そういう風に思っちゃダメだって。
いつまでもそう思っていたら、我が子に申し訳ないぞって。

そう言い聞かせて、心奮い立たせているのだそうです。


「あの頃が良かった」そう思うということは
すなわち「今は良くない」ということだものね。
「今は良くない」そう思うことは自由だけれども、
その「良くない」状態とともに今を生きているお子さんは
良かろうが、良くなかろうが
それが自分なのだものね。
「今は良くない」それは
今の自分を否定されることだものね。
こどもの病気、
それはこどもの努力によって
どうにか改善できるものではないものね。


彼女はとても素敵で、その爽やかな笑顔は
きっと誰もが魅了されるはず。
そんな彼女が苦悩を繰り返していたとは
事情を知らない方は全く想像がつかないことでしょう。

苦悩を繰り返してきた彼女は
とても強くなりました。
簡単にはへこたれない、打たれ強い母になりました。
治療の先にあった光が消えそうになっても
今度は自分の力でその光を探し求めて
新たに光にたどり着きました。

どんなに我が子が重症であっても
我が子の生きようとする力を信じて
心から慈しみ、家族みんなで大事に育てて来た彼女。

道なきところに道を作る。
彼女はそういう力を持っている人なのだと思いました。
そしてその力は重症の我が子と共に生きることを覚悟した
彼女に与えられた天からのギフトなのだと思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!

2018年10月10日

「今が一番幸せ」と言える人

「今が一番幸せ」
彼女は溌剌とした笑顔でそう言っていました。
キラキラ輝くようなオーラとは
きっと彼女のことを指すんだろうなと思うほど
幸せに満ち溢れた様子の彼女。

そんな彼女が実は幼い頃から重い病気で
数年前にとても大きな手術を受けたと気付く人は
きっと誰もいないだろうと思います。
長い入院の後、自宅療養しながらも気持ちがへこむ日々が続いたり
悔しい日々も、焦りと不安に駆られた日々もあったけれど
彼女は自分の立てた目標に向かって懸命な努力をし続けたのでした。

そして紆余曲折を経てたどり着いた今の道。
それは彼女が思い描いていた道とは少し違う道だったけれど
今が一番幸せ、って言えるようになりました。

彼女はありふれた日常の中から、
他の人は見過ごしたり記憶に留めようともしない事柄に
大事な気付きのきっかけを得て思索を広げて、
毎日を大事に生きている
とても素敵なレディーになっていました。

感動したなー。

人生、生きている長さの分だけ学びや深みを得ているわけじゃない。
まだ10代の彼女の言葉に、私はいろいろ教えてもらった。
ほんわかとしたあたたかさと清々しさのある彼女、
きっと魂のレベルが違うんだろうなあ。。。

苦労を糧にするってこういう人のことなんだと思う。


彼女がもっともっと幸せになれますように!

2018年09月29日

絶望の中から光を見いだせた母 ―ある医師との出会いと言葉

初めての子育て、ワクワクもあり、希望もあり
そんな時に医師から赤ちゃんに重い病気がある、と知らされた彼女。
今迄1度も聞いたこともないような病名で
育児書を読んでもどこにも書いていないような病名で
恐らく多くの医師も「今迄診察したことがないなあ」というような病気。
彼女は「自分はちゃんと育てていけるんだろうか…」って
とっても不安で仕方がなかったのでした。

そしていくつもの症状があって、途方に暮れた時
それぞれの症状の分野で最高の先生に診てもらおう、
そう夫婦で決意した彼女はご主人と一緒に先生を探し出し
治療を受けることにしたのだそうです。

そして目の前に起こる1つ1つのことを
受け止めて、赤ちゃんと共に家族で頑張っていったのでした。


そうして何年もの年月が経って
彼女は段々強くなりました。
あんなに心配だったお子さんも、
いろいろなことを乗り越えて大きくなり
たくさんだった薬もだんだん減るようになりました。
お子さんの成長は彼女の励みとなり
自分の生きていく原動力となっていったのだそうです。

もう大変すぎて駄目だーと思っていても
1つ1つ頑張っていくことによって
なんとかなっていく。
そうした時間が我が子の日々を作っていったのだと思うと
彼女は生きていくことで自信を積み重ねていったのでした。

もう一つ大きな転換になったのは
ある医師との出会いだったそうです。
もう先が見えない、そう思ってしまった時に
同じ病気の家族会の人と知り合うことができて
そこから教えてもらったある医師の存在。
その医師の言葉により、彼女は我が子の歩む道の先に
光を見出すことができたのでした。

大変な病気と変えられない目の前の事実。
それでもそれを背負っていくのであれば
何より自分自身の味方になってくれるのは
自分の心の在り方です。
彼女にかけてくれたその医師の言葉は
彼女からいろいろな迷いを取り払ってくれたのでした。
そして家族の進む大きな指針になっていったのでした。

言葉によって、人の心は陰から陽へと
大きく突き動かされていくことがある。
それは単に心の変化だけなのではなく
その人の人生までも変えていくことになる。
絶望のまま生きていくのか。
希望を見出して生きていくのか。

その医師の言葉はきっと彼女に
「親」として存在するために必要な力を
注ぎ続けてくれたのだろうと思います。

そういう医師に出会えると
我が子がどんなに大変な病気だと言われても
きっと親御さんは前を向いて過ごしていけるんだろうと思う。

そういう医師が一人でも増えてくれるといいのにね。

彼女が過去を振り返って語る時、
とてもキラキラしていました。
彼女にとってあんなに辛かった、苦しかった思い出は
家族みんなで乗り越えて、成長を遂げたことにより
涙あり、でも「笑顔も自信もあり」の思い出に変わっているのだと思う。

2018年09月27日

今世で結んだ短い時間の深いご縁―死産した赤ちゃんの残してくれたもの

お腹の中で赤ちゃんの心拍が停止していると言われ
どこまでも果てしなく気持ちが落ちていったと
ある女性が語ってくれました。
その辛い経験が2度も続いた時、
普段はエネルギッシュで何事も一生懸命な彼女も
精神的に非常に追い込まれてしまい
かなり感情が不安定になっていったのです。

「世界が終わった…」そう表現された彼女の苦しみ。
でも彼女はある方の関わりによって気持ちが変わっていったのだそうです。
その方によって、今、自分の手の中にある幸せに
気づくことができたんですって。
自分のそばでいつも味方になってくれるご主人のこと。
今一緒に過ごせているお子さんのこと
そして自分が情熱を傾けることのできる仕事の存在。
幸せだ、そう思うことを1つ、1つ数えて言ったら、
自分は決して不幸なんかじゃないと思うようになったそうです。

そして死産になってしまったお子さんのことも
そういう悲しいお別れになってはしまったけれど
自分のところに来なかったら良かったのになんて
決して思わないそうです。

来てくれて、ありがとう。

彼女は思ったそうです。
心拍停止となるまでの間、数えきれないほどの
たくさんの喜びや希望の時間を自分にくれた赤ちゃんたちに。

世界が終わった、そのような絶望の淵に立った母に
幸せを感じられる心を残してくれた赤ちゃんたちに。


今世で長く結ぶ縁もある。
今世で僅かな時間を結ぶ縁もある。

でも、長い、短いに関係ないですね。
ご縁の深さは。きっと。


そしてきっと彼女が今世で天寿を全うした時に
その赤ちゃんたちはママのことを笑顔いっぱいで
出迎えてくれると思います。
自分たちが今世でのさよならをした後も
ママは一生懸命頑張って生きた様子をずっと見守ってきたのだから。

2018年09月18日

こどもを亡くした親の心の滋養とは

お子さんを亡くした後、
自分の気持ちを友人に語らない方もいらっしゃいます。

それは心を閉ざしているわけじゃない。
「相手」に対して気を遣ってしまうからだ、と。
自分の心の赴くままに語ってしまうと
相手の心を翻弄させてしまうことになるから、
それは相手に申し訳ないと思うし
自分も自ずと相手に気を遣う必要が出てくるからだ、と。
ある親御さんがお話してくれました。

我が子と一緒に過ごした懐かしい思い出を
一人で静かに噛みしめて、その時の時間に戻って過ごしたい、
そういう気持ちの時だってあるのだと。


周りの人の励まし、声掛け、気遣いによるアドバイス、
その根底にあるものをその方もわかっているのです。
自分に対する友人らの思いやりだと。

もちろんそういう時間を欲している時もある。
でも、お子さんを亡くしていくらかの時間が経った時、
自分のペースで、自分の思うままに
お子さんのことを感じていたい、
そういう風に思うこともあるのです。

一人の静かな、誰にも邪魔されない時間が
何より心の滋養に変わっていく、
そういう方もいらっしゃるということです。

距離のある思いやり
それは大事なことだなあって思いました。

2018年09月08日

もし自分が健康に生まれていたら……その想定は自分の人生じゃない、と言い切る人

生まれた時から何か大きな病気があったお子さんは
自分の境遇をどう思うのか?
親御さんにとってそのテーマは
なかなか普段、聞きにくいことかもしれません。

ある方がお話してくださいました。
「病気は自分にとっては大変じゃない。」

え?そんなに潔く?
びっくりしました。
だってその病気とはしっかり養生したら治る風邪とか
そんなことではないのですよ。
国から難病指定されているものなのです。
難病なのです。難病。

どうしてそんな風に言い切れるのか尋ねてみたら、
「幼い頃から自分は病気が大前提の人生だったから
もし自分が健康に生まれていたら、といった想定も
それは自分の人生とは違うものだから。」

彼女はそれをさらっと、笑顔で答えてくれました。

第三者の目から見れば、もちろん病気で不便だったり
大変だったことはたくさんあったのだろうと思います。
でも大人になってからそういう風に自分を振り返られる彼女。

それは、その方個人の資質によるものなのか?

彼女は「他人の役に立つことが喜びだ」と仰っていました。
きっと周りから愛情をたくさん受けて育ったのだろうと思います。
そして自分のために誰かが骨を折ってくれたことを
幼い頃からずっと見続けて、心に留めていたのだろうと思います。
そして初志貫徹で他人の役に立つ仕事を選びました。

今は自分の夢の途中で、ちょっと小休止の段階。
「誰かの幸せのために、自分が何ができるか?」
それをずっと考えて走り続けてきた彼女だから
今は自分のためにしっかり充電してほしいです。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!

2018年09月06日

我が子がくれた自分の生きる意味

初めての子育てに一生懸命だった日々
突然、我が子が一万人に一人の確率の病気だと聞かされて、
彼女のお子さんは大きな手術を受けることになりました。
点滴、ドレーン、モニター、
小さな身体から様々なラインが出ていたけれど、
その中で、どこか触っても大丈夫な場所はないかと
彼女は探したそうです。
そしてやっと見つけた安全な場所は
小さな手の指先だけでした。
彼女はずっと触っていたそうです。
1日10分だけ、直接面会出来る時間に。

そこから数十年経っても当時のことは鮮明に蘇って、
昨日のことのようにお話されていました。
彼女はこう思ったんですって。
ひたむきに頑張っている我が子の姿を見て
この子はこれから生きていく子なんだから
この子のために頑張らなくちゃ、と。
自分は人としてちゃんと生きなくちゃ、と。

自分はこどもに生かされている、
そう思ったそうです。
そして小さくても頑張る我が子を
心の底から「すごい子だな」って称賛する気持ちは
我が子が大人になってからも変わっていないそうです。

そういう風にお子さんと共に時を過ごしてきた彼女は
我が子にこれから始まる新しい治療に大きな期待を寄せていました。
もうそこから5年くらい先の未来も見据えて。

一生懸命な「今」をしっかり見届けている人は
自分たちが望む未来を確実に引き寄せる力がある、
静かに流した彼女の涙に、そう思いました。

新しく始まる治療、きっとうまくいく!

2018年08月23日

我が子が病気の時、父として夫としてできること

お子さんがとても稀な病気と医師から説明されると
これからどうなっていくのだろうかと
心配や不安が次から次へと浮かんで
思い悩む日々のご両親は多いことでしょう。
それが思いのほか、自分の心を苦しめることに
つながっていくのです。

あるお父様はもし何か悪いことが起こっても
(例えば治療がなかなか効かない)
ずっと前からそれを案じるのではなく
そうだとわかった時点で次の策をしっかり考えれば良い、
というスタンスをとるようにしたそうです。
治療は一人ぼっちではないのだし。
親が頭を悩ます以上に医師は検討しているのだし。

そして起きてもいないことを悩むよりも
奥様の気持ちが晴れるように努めることに
心を砕いたそうです。
病院と家の往復だけで彼女はストレスがたまる一方だから。
そして父母、二人三脚でお子さんのことを守り
お子さんの責任を二人で背負っているのだから。
周りの人に相談しても稀な病気すぎて
たとえわかってくれる人はいなくても
二人の間でしっかり理解しあっていれば良いのだから。
自分だけでなく奥様にも
前向きな気持ちでお子さんと過ごしてほしいと思ったから。

奥様にも彼のそういう思いやりは通じているようです。
夫の優しさに救われているなあって。


若さの中にも思慮深さのあるお父様。
自分の20年ほど前を振り返り、
彼の境遇と思考に重ね合わせてみた時、
彼のような強さと優しさは自分にはなかった、と
何だか自分が恥ずかしい気持ちになりました。

お父様はお子さんの治療のことだけでなく
自分の夢に向かっても一歩ずつ努力を重ね
今も現在進行形中。


そういう彼のような人柄の人間は
どういうことがあっても、それを糧にして成長できるんだなあって
しみじみ思いました。

これから始まる新しい治療、きっとうまくいく!
お部屋を退室されたお父様の背中を見て、そう思いました。