2014年06月09日

次男を亡くされた広井勇先生とキリスト教

明治、大正、昭和にわたり、日本の土木工学の発展に寄与された
広井勇先生(1862-1928)は、小樽港の美しい北防波堤を造営された方でもありますが、
とても素晴らしい言葉を遺されています。

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若し工学が唯に人生を繁雑にするのみのものならば
何の意味もない事である。
是によって数日を要するところを数時間の距離に短縮し、
一日の労役を一時間に止め、人をして静かに人生を思惟せしめ、
反省せしめ、神に帰るの余裕を与へないものであるならば、
我等の工学には全く意味を見出すことが出来ない

引用文献:
故広井工学博士記念事業会編(1930)『工学博士広井勇伝』工事画報社, p.98
※現在、国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できます。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1030859
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とても潔く、またとても立派な言葉だと思いませんか?
広井先生の生きていた時代よりも、もっと便利になった世の中。
そこで得られた時間と余裕を無駄にしてはいけませんね。

さてその広井先生ですが、大正7(1918)年9月、
生来身体が不自由だった息子さんを、12歳で亡くされました。
広井先生は息子さんの人生を振り返り、家族にとって、
とても大きな感化を与えたのだと表現されました。
そこには、札幌農学校2期生時代に、
内村鑑三先生と共にキリスト教の洗礼を受けた
その信仰が根底にあるのだと思います。

短い命だと嘆くことよりも、
生きた人生を十分に振り返ることは
寂しさを埋めていく力になっていくのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

悲しみで心の中がふさがってしまった時
甚大なる感化とは
http://www.lana-peace.com/2/2-1-026.html