2014年05月28日

100年後に託す夢 小岩井農場 法正林

岩手県 小岩井農場は所有する3,000ヘクタールの敷地のうち、
2,000ヘクタールが林業に用いられているそうで、
「ガイド付きバスツアー小岩井農場めぐり」では
法正林(ほうせいりん)を車窓見学することができました。
初めて聞く言葉だったのですけれど、それはどうやら
切った分、きちんと植林し、それを100年続けていくとのこと。
理論的にはシンプルでもそれを実行し続けていくことは難しく、
世界的にも珍しいのだそうです。
「帯状更新」(たいじょうこうしん)という方法で、
ある一定の区画だけを順に伐採し、植林していくようなのですが、
「昭和OO年」「昭和OO年」…と植樹された都市を示す看板の前を
バスで走りぬけたのですが、その区画、区画が経てきた年月を考えると、
感慨深いものがありました。
私は林業の事はまったく素人なので、バスツアーの短い間だけでは
詳しく理解することはできなかったのですけれど、ともかく、
今の利益だけを追求するのではなくて、何十年も先の人たちのために
植樹するという思想が、実に素晴らしいなあと思いました。

そういえば「木」と「100年」ということで思い出したのですが、
2006年、私がまだ京都造形芸術大学の通信教育部に在籍していた頃、
歴史遺産学のスクーリングを受講するため、京都のホテルに宿泊していたのですが、
朝食会場に置かれていた京都新聞朝刊2006年9月1日号に、印象深い記事
「京の寺院と女性のファッション」が載っていました。
そこには清水寺の本堂のヒノキの舞台が、参拝に来た女性の履くピンヒールの
重みのせいで、たくさん窪みが生じてしまい、大変であることが書かれてあると共に、
お寺の柱の修復対策について、報じられていました。
清水寺の舞台を支える139本の柱は、直径約80センチの見事なケヤキの大木だそうですが、
清水寺では数百年後に必要となる修復に備えて、自前の木を調達することを計画し、
左京区花背、右京区京北の山林を購入して、ケヤキ5000本、そのほかヒノキの苗を
植えているのだそうです。
確かに今の舞台を支える柱は、それを設置された時よりもはるか昔に植えられた
ケヤキが使われたものですね。
過去の恩恵に感謝して、それを未来に恩返しするという思想は、
時代を経て価値を継承してきたところならではの発想だと言えるでしょう。
そのように守られてきたものは、将来もきっと大切にされるように思います。

雫石の小岩井農場と京都の清水寺、随分離れたところではあるけれど
清水寺を建立したと言われる坂上田村麻呂は、雫石地域にも訪れたようで、
小岩井農場を5キロほど北上したあたりにある岩手山神社は
坂上田村麻呂が蝦夷平定のために御陣小屋を設けた跡と伝わる場所。
何だかいろんなところで、いろんなものが
時空を超えてつながっているような…不思議な気がいたします。