2014年05月26日

農場譲渡に託した夢と可能性

「小岩井農場 明治男の気概とロマン」では、
小岩井農場の経営権が途中で、井上氏から岩崎氏へ
譲渡されたことについて触れましたが
その後、老川慶喜氏の『井上勝 職掌は唯クロカネの道作に候』を
読みまして、井上氏は決して、採算の合わない事業に音を上げたわけて
投げ出したわけではないことがわかりました。

井上氏は当時の宮内省主馬頭で下総御料牧場に経営に携わっていた、
藤波言忠(ことただ)氏に相談したところ、
下総御料牧場長の新山荘輔氏が、小岩井農場に視察のため派遣されたのだそうです。
ヨーロッパの畜産業にも詳しかった新山氏は、
視察の結果、当時の小岩井農場の環境は困難な点がいろいろあるものの、
良さもあり、集約的牧畜によって見込みがもてることを報告し、
綿密な調査に基づき、牧畜を主とした五カ年計画を作成したのだそうです。

そして三菱では社長は岩崎彌之助氏から岩崎久弥氏に変わっていたそうですが、
井上氏は久弥氏にこうした事実調査に基づく将来展望を伝え、譲渡されたのだそうです。

参考文献:
老川慶喜(2013)『井上勝 職掌は唯クロカネの道作に候』ミネルヴァ書房, pp.177-178

そうした井上氏の姿勢は、難渋する経営に降参したというものではなく、
あくまでも前進的な譲渡であったと言えるでしょう。
仁義を尽くして、次の人へ可能性を託すという井上氏の潔さもすごいことだと思うし、
マイナスからの出発ではあっても、そこに可能性を信じた久弥氏もすごいですね。

先人にはいろいろと学ぶ姿が多いように思います。