2014年03月28日

内村鑑三先生 愛娘ルツ子さんの死と信仰

キリスト教思想家 内村鑑三先生は、19歳のお嬢さんルツ子さんを
1912(明治45)年1月、7か月の療養の末、亡くされました。
療養最期の12日間、一家は祈りだけに身を任せる日々を過ごしました。
そして亡くなる12分前にルツ子さんは「もう、往きます」
そうおっしゃったのだそうです。
「もう」という言葉はいくつもの意味の可能性を持っているけれど、
熟慮の末、新しい別の世界へ往こうとすることを、自分で決めたように思えます。

ルツ子さんにとって死という概念は、途切れることのない生の続きの先に待つ、
新しいバージョンの世界への移動、そのような解釈であったのかもしれませんね。

その後、内村先生は「我等は四人である」という詩にご自分の気持ちを表現されました。
短い詩の中に、タイトルを含め、七回も「四人」という言葉が登場します。
父、母、娘、息子の四人家族。
娘が亡くなっても、過去も、現在も、未来も、四人家族。
篤い信仰に基づく「復活と再会」を頼りにして、
自分の生きる力に変えていったことが強く現れています。

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参考文献:
内村鑑三「ルツ子の性格」,
村田勤・鈴木龍司編(1937)『子を喪へる親の心』岩波書店, pp76-88
(本編は「聖書之研究ルツ子号」(大正二年三月)にも前出)
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信念や信仰は人それぞれ異なりますが、
それらは、時に、迷いの多い時期の心のベクトルをうまく導き、
遺されたご両親の生きる希望につながることがあります。
宗教とは本来、そうした力を引き出してくれるはずのもの…


詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
我等は四人である
http://www.lana-peace.com/2/2-3-026.html