2014年02月18日

日を経るほどに募る恋しさ 大谷句仏氏

エッセイ「ご住職だって悲しい」では
突然事故で息子さんを亡くされた僧侶の悲しみについて触れましたが、
今日は、病気療養の末、年頃のお嬢さんに先立たれた僧侶の
お話を取り上げたいと思います。

京都駅から京都タワーを超えて七条通を過ぎたところにある
浄土真宗のお寺、東本願寺の第二十三代法主 彰如(大谷光演氏)は、
書や画に長け「句仏」との俳号をお持ちになり、
明治、大正、昭和にかけて、文化人としても活躍された方です。
光演氏は大正8(1919)年2月27日、
病に臥せっていた22歳のお嬢さんを亡くされました。
その心の内は「冴え返る思ひ出」と題されて、
「大谷句仏」のお名前で綴られ、発表されました。※

※大谷句仏(1937) 「冴え返る思ひ出」,
村田勤・鈴木龍司編,『子を喪へる親の心』岩波書店

ここにあるのは法主 彰如としての姿ではなく、
「父」としての溢れんばかりの切ない親心でした。
宗教者としてのそうした姿は、当時、周囲の風当たりを受けたようです。
でも宗教家も人間ですものね。
父としての信念を貫いたその姿に
娘の人生を「慈しむ」とはどういうことであるのか、
学び取れるような気がいたします。


詳しくはこちらに書きました。

先立ったお子さんとご家族のために
「日を経るほどに募る恋しさ」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-022.html