2020年01月13日

奥松島縄文村歴史資料館(宮城県東松島市)2)展示物いろいろ

宮城県東松島市の奥松島縄文村歴史資料館、
アクセスについてはこちらでご紹介しましたが
里浜貝塚出土品が様々に展示されていますので
その一部をご紹介いたします。

里浜貝塚は宮戸島の複数地点から成る東・西・北貝塚の総称ですが
館内にはとても大きな迫力満点の貝塚剥ぎ取り展示がありました。
こちらは1984年9月 里浜貝塚北貝塚の西畑地区A・B区から
剥ぎ取られた貝層堆積状況です。

クジラ、イルカ、マグロ、フグ、タイといった水生生物だけでなく
シカ、イノシシなどの骨も見つかっています。
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こちらはマガキ
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大正7年、東北帝国大学松本彦七郎博士らにより
里浜貝塚寺下地点の調査が行われた際、
縄文晩期の壮年から熟年と考えられる
男性の人骨が出土しましたが(里浜5号)
この人骨からは外耳道骨腫の痕跡が見つかっており
館内に展示されていました。
外耳道骨腫は冷たい海水による刺激が原因で生じるものですが
きっとその人も素潜りをして海の幸を得ていたのでしょう。 
貝塚は様々なモノがこの世で果たすお役目が終わった後
送りの場として利用されていたと考えられますが、
剥ぎ取り地層断面には石器も見えます。 

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里浜貝塚からは貝を利用して作られる貝輪や
そこに至る作業途中の貝も見つかっています。
この展示品はアカガイ、オオツタノハ、
ベンケイガイ、サトウガイ、サルボウです。

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シカやイノシシの骨も見つかっています。
人々はこうした動物の骨を加工して骨角器や
装飾品を作っていますが、骨、角、牙自体
実にきれいでしっかりしています。

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里浜貝塚では地層に含まれる花粉や種実、木材分析の結果、
様々な落葉広葉樹林が生い茂っていたことが分かっていますが
中でもクリの花粉の占める割合が高く、
宮戸島では少なくとも6500年以上前からクリが
管理、栽培されていたと考えられているそうです。
自然の恵みを存分に活かしていた食生活ですね。

こちらは台囲・西畑・寺下囲地点から出土した
縄文時代後期末〜晩期の出土土器。

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注口土器はまるでシンプルな中に品があり
モダンアートのようです。

そして深鉢、浅鉢も美しい造形。
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そしてこちらは台囲・寺下地点から出土した
縄文晩期の亀ヶ岡式土器です。
品の良いつやがありますよね。
学芸員さんのお話によるとこれらはわざと黒くするために
燻して墨を吸着させ、そこからきれいに磨かれたものだそうです。
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そしてとても驚いたのは当時の人々が
割れた土器を修復して使った痕跡が認められること。
ひび割れを補修して煮炊に使われたものだそうです。

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こちら資料館には里浜貝塚出土の人面付土器もありました。
解説板によるとこちらは約4000年前(縄文時代後期初め)のもので、
煮炊きに使われたと考えられています、
こうした人面付土器はカミ、精霊、シャーマンを描いたと
考えられているそうで、まつりに使われた特別な土器かも
しれないということでした。 

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posted by Lana-Peace at 09:55| アート / 歴史 博物館情報