2019年04月03日

我が子の病理解剖を後で悔やむ時

お子さんが亡くなった後、病理解剖を受けられる場合があります。
あるお母様はお子さんが病理解剖を受けてしばらく経って、
後悔したのだそうです。
一つの身体に収まっていたいくつもの内臓が取り出されて
ばらばらになったら、
我が子の魂はどこに行ってしまうんだろうと思って……。

別のお母様は病理解剖を終えて戻ってきた我が子を抱きしめた時、
その軽さがあまりにも衝撃的で、亡くなった時とは別の
新たな喪失感に襲われたことを語っていらっしゃいました。


我が子の病理解剖を医師から提示された時、
承諾されるご家族の気持ちは、きっと二通りあることでしょう。
一つはお子さんが亡くなった時の身体の状態がどうであったのか、
詳しい理由をちゃんと知りたい、という気持ち。

もう一つは病理解剖によって得られた結果が、
これから病気の解明や新しい治療の可能性の研究に
役立つことを希望して承諾した、という場合。

前者は我が子のためであり、家族のためでもあるもの。
後者は将来、同じ病に苦しむこどもたちの救いに
役立つものではありますが、
我が子の結果がいつ、どんな風に役立ったのか
はっきりと実感できないことは寂しい限りですね。


でも思うのです。
お子さんはこの世の命を終えた後も、
医師や研究者の力を借りて、
これから生まれ来る同じ病気のこどもたちのために
大切で貴い働きを続けることができるのだ、と。

病理解剖、それはお子さんがこの世で生き続ける
新たな命の形の始まりなのだと思います。


時間軸と立場を変えて考えてみると
10年前、20年前に同じ病気であったお子さんは
今よりももっと治療の選択肢が限られていて
あなたのお子さんより随分早く逝っていたかもしれない。

でも彼ら・彼女らの当時の病理解剖の結果で得られた知見は
その後の医師たちに当時よりも良い治療の道を教えてくれた
だろうと思います。
そしてその知見はきっと
あなたのお子さんが病気と闘っていた時に、
力になってくれただろうと思います。


親御さんがお子さんの病理解剖を承諾したことを悔やんで、
自分を責めたりしないでほしいです。
病理解剖を承諾したこと、
それはお子さんがこの世で新たなお役目を引き受けて、
この世に生き続けるチャンスを親が与えてくれたのだから。
新たな治療の可能性を導く、
そういう素晴らしい仕事を担うチャンスを親が与えてくれたのだから。

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