2019年03月24日

ママは全部受け止めるからね ―たとえ短く逝ってしまう人生であったとしても

ようやく検査の末に病名がわかって、
よしこれから本格的に治療だ!
そう思った矢先、医師の口から出た言葉に彼女は
愕然としたのでした。
こんなに医学が発達した世の中であるのに、
我が子の病気を治せる方法はまだないのだ、と。

そして我が子に残された時間はそう長くないと知った時、
ショックでうちのめされそうになったけれども、
我が子に「良い思い出を作ってあげたい」
その思いが胸いっぱいに広がっていったのでした。

そして心に決めたことが二つ、
まずは我が子の現実についていき、
自分のできることを精いっぱいやるしかない、と。
長くない時間だからこそ覚悟が決まって、
気持ちを切り替えることができたのだそうです。

もう一つは我が子を不安な気持ちにさせない、ということ。
お子さんは敏感に彼女の感情を察知するからこそ、
できるだけいつも笑顔のママでいようと
思ったのだそうです。
自分のせいでより一層不安にさせたくなかったから。

そして彼女は段々強くなっていきました。
我が子の死を受け入れられない、ではなくて、
ママは全部受け止めるからね、って。

もちろん死に行く我が子の行く末を
親がそうやすやすと受け入れられるわけではありません。
事実を否定したいし、
誤診じゃないか?そうも思いたい。

でも彼女は「ママは全部受け止める」と思った。
それはすなわち、これからどういう展開になっても
それがまるごと我が子の人生だ、と事実を受け止めようということ。
長く生きることができても、短く逝ってしまったとしても
その人生を否定することなく、
全部丸ごと受け止めるからね、ということ。

どんなに親が愛情のあまり「こんなはずじゃない」って
お子さんの病気の具合のこと、だんだん死が近づいていることを
否定したとしても
その人生を生きているお子さんは
自分の人生から逃れられないものね。


全部丸ごと受け止めるからね、
その母の決意は
お子さんにとって何よりも大きな安らぎを
心に呼び寄せられる決意だったのだと思う。



時折、涙を浮かべたり、懐かしく微笑んだり
語る彼女の横顔の裏に
実はどれほど深い苦悩があったのか。
彼女の話を伺いながら、心がジーンとしました。