2018年05月09日

我が子を亡くした苦悩の日々から見出したもの

待ち望んでようやく対面できた赤ちゃん、
だけど病気とわかって、あっというまに病院を移って
ICUで治療が始まり、たくさんの医療機器に取り囲まれて
ベッドの上で横たわっている我が子に対面した時、
それは産後の心も身体もとても不安定な時期のママの目に
どれほど強烈で、衝撃的だったことでしょう。
パパにとっても本当に苦しい時間だったことでしょう。

大人でも大変な治療を
生まれたばかりの小さな赤ちゃんが
本当に頑張って、頑張って生き抜いたのだけど
1カ月で天命を全うしてお空に還ってしまった。

その悲しみをママはご主人以外に話すことはできなかった。
だけど、ご主人も仕事があるから始終家にいるわけじゃない。
苦悩がますます募って、不安定な気持ちが悪化した時
最初に受診した病院では多量のお薬を処方されそうになったのだそうです。
だけど彼女はこう考えた。
「我が子を亡くした悲しさを薬が全部とってくれるのか?」
もちろん薬が本当に必要だ、というケースもあるでしょう。
それは悲しみを取り去る、という薬効なのではなくて
まずは日常生活を立て直すためのサポートとなる薬、という意味で。
しかし、そこで彼女が選んだのは語ることだったのだそうです。
だけど親しい周りの人が相手では、
かえって聴く側の方の心労が大きくなるだろうと
彼女は心配しました。
そこで語りを聴いてくれる別の医師の元へ通ったのだそうです。
1回あたりは短い時間だけれども、それを続けていくことによって
彼女は苦悩の中から光を見出すことができた。
我が子がどんなに立派に人生を生き抜いたのか。
短い人生ではあったけれど
どれほど大きな贈り物を両親に届けてくれたのか。
命が大切ってどういうことなのか、その本当のところを
息子の生きる姿から彼女はひしひしと感じたのだそうです。
我が子にまつわる思い出が
悲しみばかりで埋め尽くされる状態から抜け出していったのです。
我が子が訴えかけたメッセージをしっかり受け止めたいと。
ただ悲しみに暮れてばかりいたら
そのメッセージを見つけ出すこともできなくて
いつしか無になってしまうからと。

彼女は赤ちゃんと1カ月しか過ごせなかったけど
彼女は赤ちゃんが亡くなった後
少しずつ時間をかけてお母さんになったんだなあ。
その赤ちゃんにとって、かけがえのないお母さん。

ああ、本当に良かったなあ。
彼女のお話を伺いながらしみじみそう思いました。

信頼できる医師に出会えて本当に良かったなあ。
初診の時、その医師が彼女にかけてくれた言葉は
医師としてというよりは
同じ人間として彼女の心に寄り添ったものでした。

息子さんの話を語る時、彼女の両頬には涙が流れていたけれど
それは悲しいというよりは
やっぱり、長く健やかに生きることができたらなあという切ない気持ちと
それでも本当に息子は偉大だった、そういう感動の色を伴う涙
そんな風に感じました。

彼女のこれから歩もうとする道を
赤ちゃんはきっと見守ってくれる。
そう思いました。