2018年04月30日

苦しそうに見える時、その背景にある真理とは?

お子さんの病気が治れば、それは本当に嬉しいことだけれど
現代医療で頑張っても、それを完治させることが難しい時
ずっとお子さんはその一生を悲しい気持ちのモードで過ごさなくてはいけないの?
本人も、親も?

あるお母様はこうおっしゃっていました。
こどもは越えられない物を持って生まれて来ないはずだから
親の目にはこどもが苦しそうに映っていても、
実はこどもは困ったり苦しんでいるのではなくて
まさに今、越えようとしているところなんだって。
だから彼女はお子さんに対して「ああかわいそうに」みたいに思うのではなくて
頑張る我が子にポジティブな気持ちで自分も寄り添うのだって。

かわいそうな子、じゃなくて
頑張っている子なんだものね。
その頑張っている様子に対してかわいそうっていう気持ちを向けるのは
頑張っている本人に失礼だものね。
自分の頑張りはかわいそう、なんて憐れむものなんかじゃないぞって
こどもは怒っているかもしれないものね。
そんな眼差し、自分に向けないでよって。

単に発想の転換してるのではなくて
物事に対する自分の考えの一番目自体から大きく変えたから
できる発想なのだろうなあ。
そしてそういう発想を親がするようになると
こどもに寄り添う親の放つ波動も変わってくるのかもしれない。

今週もそのお子さんと彼女とご家族に
ハッピーなことがいっぱいあるといいなあ。