2017年12月17日

川崎市夢見ケ崎動物公園(1)太田道灌と山吹

当日は横須賀船新川崎駅から西側に跨線橋を渡って
そのまま西へと直進するルートで行ってみました。

住宅街の中、木々が生い茂る小山が見えてきます。
こちらが動物公園のある加瀬山です。
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現地解説板によるとかつて6000年ほど前、
今より年平均2度ほど気温が高く、
このあたりは海で縄文海進と言って海面は今より4-5m高く、
加瀬山は海に浮かぶ島のようだったのだそうです。
加瀬山へ向かう道が海底だったと思うと何だか不思議です。

新川崎駅から西に直進して右にセブンイレブン、
左に紳士服アオキが見えてくると
それを少し過ぎて、右にゴルフ場、
北加瀬2丁目のバス停のところで左折します。
すると少し急な斜面の上り坂が見えてきます。
これが動物園へ向かう道となります。

動物公園の名称が「夢見ケ崎」ですが、現地解説板によると
こちら室町後期の武将 太田道灌と関係があるそうで
この地に城を築こうと陣を敷いた道灌はその晩、一羽の鷲が
自分の兜を持ち去る夢を見たことから、
築城を諦めたという言い伝えが残っています。

また、この地には山吹の花がたくさん咲くそうですが、
道灌には山吹の花にまつわる言い伝えがあるそうです。
坂道の途中にその解説があったので、パチリ。

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道灌が武蔵野の地でにわか雨に降られ、何か雨をしのぐものを借りようと
ある家を訪れた時、その家の娘から差し出されたのは山吹の花。
どういう意味かわからなかった道灌ですが、後に歌の真意を知ったのだとか。
「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞ悲しき」

八重の山吹はどんなに美しく咲いても、
実が1つもならないとは、何と悲しいことだろう
という意味ですが、そこに雨をしのげる蓑1つさえ、
差し出せないとはなんと悲しいことか、
という事態をその家の娘は重ね合わせていたというわけです。

その話は帰宅後調べてみると江戸時代の逸話集『常山紀談(じょうざんきだん)』
に掲載されており、七重八重…の歌は
醍醐天皇の第十六皇子兼明(かねあきら)親王の詠まれた歌だそうです。
研究者の間ではこの七重八重…の歌に感化された道灌の話を
作為的だとか換骨奪胎、説話仕立てといったふうに
見られる方もいらっしゃるようですが
まあ、私はただの一般人なので
そのあたりは純粋に説話に心動かされて楽しむとして。

山吹の花はこの地、川崎市幸区の花に指定されており
春になると加瀬山は桜と山吹がたくさん咲くのだそうです。
ピンクと黄色に包まれて動物園に向かうなんて、
それもまた実に風流ですね。

結構急な坂道で看板を読みながら息を整えて、
紅葉に出迎えられて加瀬山頂上に到達すると
そこには富士見ウッドデッキ。
お天気が良ければ富士山が見えるそうです。

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