2017年03月11日

研修会「医療的ケア児と家族を地域で支える」より考えた事 1 親御さんが「人」らしく生活できるために…

「重い病気を持つ子どもと家族を支える財団」主催研修会
「医療的ケア児と家族を地域で支える」(2017/3/11 東京)1日目

姫と王子の医ケアの会(要医療的ケア児の親の会)から
医療的ケアを必要とするお子さんをご自宅で育てていらっしゃる
お母様が登壇され、お話をされました。

ある時、お母様はご自分のことを
「母ではなく、管理者となってしまっている…」と思われたのだそうです。

確かに自宅では、使用している医療機器にトラブルはないか?とか
チューブの固定はしっかりしているか?抜けていないか?
痰がつまっていないか?顔色は大丈夫か?
胃まで入ったチューブは、ちゃんとミルクや栄養が滴下しているか?
そういうことに気を配らなくてはいけないのです。
それが親御さんは24時間求められ、
そしてそれらはお子さんの命に直接つながっているのです。

看護師らにとってはそれは「仕事」であり
病院ではシフトが終われば、責任から解放され
次のスタッフがやってきます。
しかし親御さんにとっては、それが日常であり
そうした日々の連続なのです。
自分が体調が悪かろうと
自分が心の調子を崩していたとしても…。

お母様の心の中を大きく占めいていた「管理的な視点」
それはお子さんの命のためには本当に重要。
でも、それが大きければ大きいほど
もっと、ただひたすら純粋に
こどもの表情、様子、仕草を愛おしく思ったり
発育や成長を嬉しく思いたい…と思う親心があっても
それはとても自然なことですね。
そして「こんなつもり(こどもに管理するような視線を向ける)じゃなかったのに…」って
悲しくなってしまうのかもしれません。

お母様たちは
「私たちは介護ではなく、育児をしています」とおっしゃっていました。
そして、ご自分が母になっていくことを望んでいらっしゃいました。

医療的ケアを必要とするこどもが
長い入院治療を経て、自宅での新しい生活が始まるとき
やっぱりどうしても、最初のうちは「命」のために
親御さんが「医療的ケアが滞りなく行われるための管理者」の視点を
多く求められてしまいます。
でも、だんだんお子さんとの生活が進んでいく中で
親御さんにとっても「管理者としての自分」から
「人としての自分、親としての自分」が
強く意識づけられるような時間が増えることが
親御さんにとって幸せにつながっていくのではないかなあ。
そんな風に思いました。

質疑応答の中で、
医療的ケアを必要とするお子さんの親御さんは
どのようなことを望んでいる?か問われた時、
「私たちの声に耳を傾けてほしい」とおっしゃっていました。

そして世間一般的に、大きい声の人の意見が前面に出て、
取り上げられやすいことも危惧されていました。
「本当に大変な人は、前に出てこれない…」のだと。
確かにその通り。

お母様たちの赤裸々な気持ちを聴いていると
とても言葉一つ一つに重みがあって
じーんとしました。