2015年09月22日

鎌倉 瑞泉寺 庭園  (5) 発掘工事と『新編鎌倉志』

昭和44(1969)年から45年にわたり、
当時、文部省文化財保護審議会専門委員であった
吉永義信氏が瑞泉寺庭園の発掘工事指導にあたられたそうです。
無駄な木は切られ、石を掘ったり、がけの上層の土をはぎ落すなど、
大掛かりな発掘工事が行われたそうですが
「新編鎌倉志所載の瑞泉寺図に記されている寸法に合わせて発掘し、
江戸時代の富士山の噴火による火山灰の積もった
関東ローム層を取り除いたところ、
橋跡や排水溝などが絵図とぴったりの位置から現れた」(※1)
とあります。
当時、もし発掘見学会とかあったらぜひ行って見たかったなあ。
と言っても、まだ幼すぎて、その良さも何も分からなかったと思いますが…。

現在GoogleマップのEarthモード(衛星写真)で瑞泉寺庭園を見ると、
はっきりと貯清池、中島、橋まで見えますから、その戦後間もなくの写真と
発掘・整備後の違いがよくわかります。

さて『新編鎌倉志』が登場しましたが、
『新編鎌倉志』は水戸光圀が旅で訪れた鎌倉の記録を基に
編纂されたもので、現在巻二に登場する瑞泉寺の記載を
国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができます。
画面左に出てくる「目次・巻号」の
新編鎌倉志 8巻 [1] [174]を選択し、
ちょうど174コマ中、124コマ目の画像として、
当時の瑞泉寺絵図が登場します。
そこには確かに『一覧亭記』に登場する文章がまさに絵図で表されたものが!
『一覧亭記』には「盤回十八曲にして絶頂に至る」という言葉が出てくる通り、
絵図の上方、一覧亭のそばには、わざわざ道に指示線をつけて
「第十八曲二間半」と付記されています。
『一覧亭記』もすごいけど、『新編鎌倉志』に記載されている
内容の緻密さもすごいですね!

※1 宮元健次(2007)『鎌倉の庭園: 鎌倉・横浜の名園をめぐる』神奈川新聞社, p.126
posted by Lana-Peace at 15:17| アート / 歴史 公園・庭園