2015年09月22日

鎌倉 瑞泉寺 庭園  (4) 庭園再建と『一覧亭記』

今から50年ほど前までは瑞泉寺のお庭は、
夢窓国師の庭としての様相を潜め、
ハイキングの人が近道に通るような場所だったのだとか。
『豊道和尚絵詞』の11ページには、
戦後間もなくの瑞泉寺全景写真がありますが
確かにそこには、木のうっそうと茂る自然豊かな山の中に
お堂が2つほど見えるだけ。
お庭はどこかしら?とその跡形が見つけられないほどです。

そのお庭を豊道和尚が復元しようと思い立たれたわけですが
復元する際、清拙正澄(せいせつ しょうちょう)選の『一覧亭記』が
根本史料として用いられた(※1)のだそうです。
清拙正澄とはちょうど夢窓国師が瑞泉寺を開山した年の前年、
嘉暦元(1326)年、元より来日した禅僧です。
『豊道和尚絵詞』には『一覧亭記』の書き下し文が紹介されていたので、
私なりに解読(?)してみると、
「夢窓国師は紅葉ケ谷と錦屏山に囲まれたところを場所と定めて、
岩に穴を開け、地面を平らにし、瑞泉寺を作った。
前には山があり、背後には洞がある。
洞の西側には丸木橋があり、曲がりくねって長々と続く石段を登り、
その先を18回も曲がりながら登り進めていくと山の頂に到着し、
そこに翼を広げた如く新しい亭があった。」ということになります。

※1, 原田耕作(1998)『豊道和尚絵詞』青娥書房, p.56
posted by Lana-Peace at 15:08| アート / 歴史 公園・庭園