2015年09月22日

鎌倉 瑞泉寺 庭園  (3) 戦後の瑞泉寺の経済的復興

檀家を持たないお寺であった瑞泉寺は、その唯一の収入源であった寺領を
戦後のGHQの土地改革で手放すことになり、
経済的に困窮したのだそうです。
そして昭和24(1949)年10月のキティ台風によって、
境内西のユーカリの大木が倒れ、山門が壊滅したことをきっかけに、
豊道和尚は農業によって寺を再建しようと決められたのだとか。

お寺の補修とか境内の手入れとか、自分だけでやるには限界があり、
どうしても外注しなければいけないものに対して
お金は入用ですものね。
誰かの寄付をあてにするのではなく、自らの足で立ち上がろうとされた
豊道和尚の姿勢は素晴らしいなあと思います。

豊道和尚は長野県立伊那農業学校の出身だったことから、
農業のいろいろな基礎を持たれていたのでしょうが、
苦労しながら椎茸栽培や炭作り、養蜂も手掛けられるようになったそうです。
また昭和20年代後半には墓地を作り、
一般人の檀家を持つようになりました。

参考文献:
原田耕作(1998)『豊道和尚絵詞』青娥書房
posted by Lana-Peace at 14:57| アート / 歴史 公園・庭園