2015年09月22日

鎌倉 瑞泉寺 庭園  (2) 夢窓国師による開山から第二十八世住職大下豊道氏へ

瑞泉寺(臨済宗円覚寺派錦屏山瑞泉寺)は、
嘉暦2(1327)年、夢窓国師によって開山されたお寺です。
当初は瑞泉院と称されていたようですが、
正平22/貞治6(1367)年、関東管領足利基氏(足利尊氏の四男)が
没された時、深く夢窓国師を慕っていたことから
遺命によってここに葬られ、瑞泉寺と改称され、
関東管領家の菩提所に定められました。

江戸時代には徳川家の庇護を受け、
代々住職は徳川家から「公帖(こうじょう)」と呼ばれる任命状により
直接任免を受け、禄を賜っていたのだそうです。

しかし明治以降はそうした格式や禄も失われ、
関東大震災では辛うじて山門を残し、
本堂、書院、庫裏は倒壊する大きな被害に遭ったのだそうです。
その後、第二十七世住職松堂和尚によって
再建が図られましたが、なかなか厳しいものでした。

その後、昭和18(1943)年、副住職として招かれていた大下豊道氏が
翌年、第二十八世住職になられたのだそうです。
豊道和尚は昭和20(1945)年3月には召集令状がかかり、
八丈島へ赴かれ、復員後は瑞泉寺に戻られました。
戦前は元より、戦後もずいぶん苦労されたようです。

参考文献:
原田耕作(1998)『豊道和尚絵詞』青娥書房
宮元健次(2007)『鎌倉の庭園: 鎌倉・横浜の名園をめぐる』神奈川新聞社
posted by Lana-Peace at 14:49| アート / 歴史 公園・庭園