2014年09月21日

ヘミシンク「イントゥ・ザ・ライト」スペシャル参加 3-光の街

白い薄紫のような光が円状の枠から中心に向かって、
何度か形を変えていくビジョンが浮かびました。

そこで私が学ぶべきこととして
「こどもが亡くなった後に、遺された家族が幸せに生きること」
というメッセージが出てきました。

そこでは私ともう一人の方の姿が共に上半身で浮かんできます。
どうやらその方がここではガイドの役割をしているようです。
その方の頭の高さは私の頭の高さよりも20pくらい高くて、
顎がしゅっとした感じの男性のようです。
私の両肩に両手を置いて、まるで記念撮影をしているような感じです。
その方の後ろはとても明るく全体的に光っていました。
後光が差しているというよりも、何かその地面から強い光が
全体的に下から照らしているような感じでした。
私はその方に聞いてみました。

「こどもが亡くなった後に、幸せに生きるためにはどうすれば?」

そうするといきなり、中国の敦煌のような場面が浮かびあがってきました。
茶色い黄土色の土を掘りぬいて作られた洞窟の壁には
いくつもの仏様が掘られていて、
三尊像のようなセットで、それが1m間隔で壁に連なっています。
壁の前には20人くらい入ると満杯くらいの平らなスペースがあって、
そこにどうやら日本人らしきツアーの方が10人ほどいらっしゃるのです。
その中に私もいるのです。

そして次に乾いた大地を耕した畑が浮かんできました。
敦煌に至るまでの途中、通る道のようで、バスから見える風景のようです。
そこでは質素な身なりで編み傘(日傘)をかぶった老人が腰をかがめて
畑に植えている菜っ葉の手入れをしているようでした。

そこで次のようなメッセージが浮かんできました。
「違う環境の、知らない世界を知ること。
同じこの時間、様々な人が様々な人生を生きているのだということを、知るように。」
それが幸せに生きることにつながるようなのです。

そして私はまだ十分やるべきことをやりきれていない。
たくさんある、というメッセージが出てきました。

最後に眉間の辺りの小さな細い場所からその下の広く大きな場所に向かって、
自分自身(自分の意識と思いますが)が、
するりと上から押し込まれたような感じがしました。
それが無理やりぎゅうぎゅう、といった感じではなくて
適度な抵抗をもちながらからするりといったのです。

敦煌は大学院の中国仏教の時間に確かに学んだことはありますが
現地に行ったことはありません。
実際見た風景が敦煌である、という証拠はありませんが
敦煌のような風景であり、農家の方はアジア系の容貌でした。