2020年02月11日

語ることは愚痴なのか、何なのか? ―父からの問いかけ

病気の我が子のお世話をしながら
仕事や家事に励む家族にとって
24時間、365日、1年、10年と続くことは
本当に大変なことです。
時には親の心身が大きく崩れることもあります。
きれいごとばかりではいられない。
腹が立つこともあれば
苛立つこともある。
どうしてこんなに頑張っているのに……と思うことも。

心配は現在のことばかりじゃない。
将来のことも。
それは自分たち親が他界した後にも及んで。

自分のそういう気持ちを
話したところで事態は何も変わるわけではないし
他人の善意のサポートだって限界がある。
愚痴みたいになっちゃうしなあ。。。

あるお父様はずっとそう思っていたそうです。
だから誰にも自分の気持ちを言わない。
大変さは内に秘めたままずっと現在進行形を続けてきた。

確かにどんなに理解しようと努めても
当事者にならなければ
本当の大変さはわからない。

でも。
語ることってきっと
吐き出すことに意味があるのだと思う。
吐き出さないと心の中は
いつもぐるぐる、混沌としたまま。
そんな時は何をやっても気持ちは晴れない。
うまくいかない。達成感もない。
だけど吐き出すことによって、
小さな風穴が開く。

そして吐き出した分だけ
ほんの少し自分の心に余裕が生まれる。
それが心の中の淀んだ流れを変えていく。
それは自分自身の力を引き出すきっかけを生み出す。

だから何?
そう思う人もいるかもしれない。
決して自分の苦労を誰かが肩代わりしてくれるわけじゃない。

だけどあなたが人知れず積み重ねてきた
苦労、苦悩の片鱗を誰かが少しでも知ることは
誰かの心の中に一石を投じることになる。
同じ空の下、同じ時間の中で
自分の知らない人生を歩んできた誰かに
襟を正す思いにつながる。

今言えることは、そういうこと。
またこれは自分の宿題としてとっておこう。

バラ「レディ・エマ・ハミルトン」「ブルー・フォー・ユー」「マダム・フィガロ」「イブ・ピアジェ」「ピース」

今日はバラののご紹介。
「レディ・エマ・ハミルトン」
「ブルー・フォー・ユー」
「マダム・フィガロ」
「イブ・ピアジェ」「ピース」です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」
ばら「れでぃ・えま・はみるとん」「ぶるー・ふぉー・ゆー」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka191114.html
ばら「まだむ・ふぃがろ」「いぶ・ぴあじぇ」「ぴーす」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka191115.html
http://www.keiko-cafe.com