2019年11月13日

「え? そういうことだったの?」 ―謝る父の心の底にあるもの

入院生活は大人もこども誰にとってもストレスです。
大人は理性でどうにか自分の気持ちを抑えることができたとしても
幼いこどもはそんなわけにはいきません。
「どうして自分はうちに帰れないのか?」
「どうして自分は自由に遊べないのか?」
「どうして自分はこの点滴やらなくちゃいけないのか?」
「どうして自分ばっかりこんなこと。」

もちろん親や周りの医療者は
そのこどもの年齢に応じてわかるように
しっかり説明していたとしても
「だけどさー」

そうですよね。
わかっちゃいるけど、だけどさー。
イライラが募る、でもどうしようもない。


あるお父様がおっしゃっていました。
面会の時に何かをきっかけにお子さんが怒りを見せたら
それをなだめるのではなくて、
そこから怒りをもっと広げさせるのだと。
そしてとにかく、とにかく自分が謝るのだと。
それが理不尽なことであったとしても。
決して自分が悪いわけではなくても。

「甘やかせているの?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

そうではありません。
何かの怒りをきっかけに、
これまで抱え込んで、浮上させていなかった
様々な入院生活の中での怒りを
そこでわーっと一気に噴出させる。
お子さんだって自分が父親に放つ言い分が
「それはお父さんのせいじゃないよ」って
自分でちゃんとわかってはいても
言わずにはいられない。
誰かにこの思いを聞いてもらわずにはいられない。
だけどそれを普段付き添ってくれているお母さんに
言うわけにはいかない。
こどもだってわかっているから。
親を困らせてしまうって。
きっと自分の気持ちを聞いたお母さんは
辛くて泣いちゃうだろうから。


じゃあ時々面会に来るお父さんなら困らせてもいいのか?
いや、そういう簡単な話じゃない。
困らせることはわかってはいても、
でもお父さんならきっとどうにか受け止めてくれる。
それを幼心の中にも薄々わかっている。


そういうお子さんの気持ちを全部お見通しで
仕事で忙しくて普段付き添いのできない彼は
妻の代わりに我が子のストレスのはけ口を引き受けていたのでした。
妻だって我が子と同様に辛い時間を過ごしているのだから
せめて自分ができることをなんとかしたい、と。


饒舌ではない彼の少ない言葉の中には
お子さんと奥様への愛情が滲み出ていて
心がジーンとしました。

病気のこどもや家族のストレスは
いろいろな形の支え方がある。

彼のお話を伺ってあらためてそう思いました。


これからの治療、決してたやすいものではないけれど
どうか元気になりますように。

ゴマフアザラシ

今日は「ゴマフアザラシ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」ごまふあざらし
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-529.html
http://www.keiko-cafe.com