2019年11月02日

しっかり者で冷静、その裏にあったもの −ある父の話

お子さんの病気が親の想像をはるかに超えて重く、
次から次へと物事が移り変わっていく時、
親御さんがそこでテキパキと動けていたり、
周りに見せる表情があまり崩れないと、
「しっかりしている親御さんね」とか
「あのおうちは大丈夫ね」というように
周りから見られることもあるかもしれません。

もちろん本当に大丈夫、なのかもしれません。
だけど必ずしもそうではないことがあります。

本当は時間の流れの勢いから一度降りて
ゆっくり立ち止まって考えたのに
とてもそんなことをしている余裕もない。
それの繰り返しが日々重なっていった。
だから少し状況が落ち着いて
自分の決断を求められる場面の頻度が減った時
無性に涙が出てきたり、
一度零れ落ちた涙がとめどなく続くようになると
周りの人々も、あるいは自分自身も
「どうして今?」そんな風に戸惑うかもしれません。

あまりにも辛い時、
心の中で防御反応が強く働いて
それ以上感情が動かないようになっているのかもしれませんね。

だからそれは決して「クールに受け止めている」
わけではなく
「落ち着いているから大丈夫」なのでもありません。
そして涙が止まらなくなっている時は
ようやくその防御反応が緩んで
心が自分に「今なら泣いてもあなたはどうにかやっていける」って
許してくれている時なのだろうと思います。
だから過去の分まで、感情を停止させた分の出来事が
再浮上してくる。
そして涙が止まらない。


周りから見て何かアンバランスなように見える時
それだけその親御さんは苦しい道のりを
ずっと我慢してきたことの表れだと受け取ってほしいです。
そして話すことでお子さんの病状、問題が解決するわけではないけれど
親御さん心の中で置き場のない感情を
一度自分の外に出してみることにより
心の波風が少しだけ収まることがあります。

あるお父様の涙を見て、そのように思いました。
苦しい時間、よく耐えてこられたなあと
彼のお話を伺って心がジーンとしました。
踏ん張り時の今、
この時期は試練ばかりで切なくなるけれど
そうやってきたあなたの頑張りは
誰よりもお子さんが一番知っています。

少しずつ、少しずつ良くなりますように。
「日薬」も大事なお役目があります。
時間は辛さばかりを運んでくるものではなく
時間を味方につけてほしいです。
待つことは苦しいけれども。