2018年12月10日

函館市縄文文化交流センター 8)縄文時代の交流(ヒスイ・アスファルト)

ヒスイは縄文時代の遺跡から出土する翡翠のほとんどが
新潟県糸魚川市姫川周辺の物と判明していますが、
函館市の著保内野遺跡からもヒスイが見つかっています。
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縄文時代にアスファルトも使われており、
壊れた土器の補修、弓矢の矢柄と石鏃の接合などに
接着剤として用いられていました。
秋田産や新潟産のアスファルトが見つかっています。
こちら磨光B遺跡、豊崎B遺跡から見つかった
アスファルト付着の土器片。
当時、はるばる運ばれてきたアスファルトは
とても貴重なものだったはず。
土器はまた作れるだろうけれど、
そのアスファルトとわざわざ使ったということは
その土器がとても大切な意味を持っていたのだろうと思います。
誰かの形見とか。もう二度と同じものを作れないとか。そういう意味で。

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函館市縄文文化交流センター 7)縄文時代の漆

縄文時代、漆が利用されていました。
こちら磨光B遺跡の赤漆塗り土器片です。
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こちらは臼尻小学校遺跡の漆入り注口土器
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赤色顔料としてベンガラ(酸化第二鉄)や水銀朱を使うこと、
黒漆の上に赤漆を塗布する技術は現代にも通じているそうです。
また、漆製品の変遷は
漆糸製品(糸に漆を塗った)から始まり、
やがて土器や木器に漆を塗る「陶胎(とうたい)漆」「木胎(もくたい)漆」
籠や編み物に塗る「籃胎(らんたい)漆」へと発展するそうですが、
最初の「漆糸」は縄文時代だけに見られる技法なのだそうです。
その漆糸製品をまとって埋葬された方のお墓も見つかっています。
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(詳しくはこちらで紹介しました)

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函館市縄文文化交流センター 6)縄文時代の貯蔵(土器・フラスコ状土坑)

南北海道と北東北の土器の比較が出されていました。
早期→前期→中期→後期→晩期
津軽海峡を隔てても確かに非常に類似点が多いですね。
連絡船も新幹線も飛行機も無い時代の縄文人。
荒波を越えて、強風も味方につけて交流していた人々。
なんだかロマンですねー!
こうした土器は食料や水の貯蔵に使ったり、煮炊きに使ったりといった
毎日の暮らしの中だけでなく、
人が亡くなった時の埋葬時の棺として用いられる場合もあり
実に多様な用途があったわけです。

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さて、こちらは縄文時代後期の八木B遺跡から出土した注口土器。
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青森県の亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した
遮光器土偶(前1000-前400年)みたいです!
液体を入れて日常生活の飲み物を入れていた、というよりは
特別な儀式など本当に大切な場面で大事に使っていた、
そんな印象がある注口土器です。

そして大地を利用した「貯蔵」もありました。
こちら函館市豊崎O(オー)遺跡の「フラスコ状土坑」です。
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名称の由来は地表に近い入口よりも
地中側の底の方が広く、まるでフラスコのようだから。
この土坑からは木の実、動物の骨、土器などが見つかることが多いため、
食料を貯蔵していた穴だと考えられているそうです。

この土坑、縄文時代早期に作られた土坑の剥ぎ取り展示ですが
深さ3メートルもあるのです。
そんなに深く掘るって、すごい土木技術だし、
貯蔵できる食物が豊富にあったということの証しですね!
会場であまりの大きさに圧倒されました。

約6,000年前の駒ヶ岳火山灰の下に黒色土があり、
その下にフラスコ状土坑が広がります。
そしてその土坑が掘られた土壌がまたすごい!
駒ヶ岳の火山灰です。
32,000年前、17,000年前の火山灰!!!。
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あまりの悠久の時に頭の中は大混乱。
でも火山灰はもっとびっくりしたことだろう。
平成の時代に地表にあらわれることになって。
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函館市縄文文化交流センター 5)縄文時代の食生活(貝塚・石皿)

こちらは戸井貝塚、湯川貝塚、石倉貝塚、大船遺跡から出土した
貝殻や魚の骨などです。昔の人々も結構グルメです。
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貝塚からはいろいろなものが発見されています。
人間が生きるために利用した生き物や土器・道具などの送りの場。
こうした堆積を見ると、時間の流れってすごいなあと思います。
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南茅部の遺跡からは石皿がたくさん見つかっています。
そういえば大船遺跡のそばにあった管理棟の建物脇にも
石皿がたくさん置かれていました。
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縄文文化交流センターの展示によると石皿は
こんな風に使用されていたようです。
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函館市縄文文化交流センター 4)縄文時代の住居

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2では縄文時代の暮らしを知ることができます。
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縄文時代こんな集落がつくられていたわけですが
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こちら大船遺跡の復元住居
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その床面は地表を深く掘り下げられていました。
外気の影響を受けにくく、
内部の温度をある程度一定に保つことが可能で
なおかつ夏涼しく、冬暖かいからだそうです。

大船遺跡のこちらの住居跡は深さ2.4mまで掘られています。
こちら縄文文化交流センターのパネル写真。
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そしてこんなジオラマがありました。
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大船遺跡で復元されていた住居骨組みの内側にあった床面の棒は
当時こんな感じだったわけですね。
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空港で働く車「ベルトローダー」

今日は空港で働く車「ベルトローダー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」べるとろーだー
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