2018年12月01日

北海道函館市 大船遺跡 路線バスで行く場合

こちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが
自家用車やレンタカーなどを利用しない場合は
1日運行本数の限られている路線バスを頼るしかないため
参考までにご紹介しておきます。(2018年5月利用時情報)

函館市内に宿泊して大船遺跡に向かう場合は
川汲経由鹿部出張所行のバスが便利です。
函館バスのページはかなりユーザーフレンドリーな視点で作られています。

私は「松風町」から利用しました。
「松風町」という名前のバス停は5箇所あるようですが
今回はプレイガイド前の松風町バス停を利用です。
ここから約1時間半、路線バスの旅となります。

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路線バスではありますが、座席は観光バスのように豪華です。
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バスはしばらく町の中を通ります。
五稜郭の近く、函館アリーナ前、トラピスチヌ入口等を通るため、
なんとなく函館の町のマップが頭の中に入ってきます。

町を抜けていよいよ緑が深くなってくると、
亀田半島を縦断する形で噴火湾の方に向かい、
そこから海沿いを北上します。

そして海沿いのバス停「大船小学校前」で下車。
そこから大船小学校を左手に、海を右手に見ながら
国道278号線を直進します。
少し歩くと左手にこの看板が。
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そしてもう少し進むとこの看板が。
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大船「C」遺跡とあります。
大船遺跡はAとかBとかいろいろあるのかしら?
近くの垣ノ島遺跡は垣ノ島川を挟んで
「垣ノ島A遺跡」と「垣ノ島B遺跡」があるので。
後日訪れた国会図書館にあった南茅部町教育委員会発行の発掘調査報告書も
「大船C遺跡」と表記されていました。
そこで函館市縄文文化交流センターの学芸員さんにメールで問い合わせたところ
「函館市大船町にはAからIまでの遺跡が存在しており、
そのうちのC遺跡が国の史跡に指定され、大船C遺跡は
大船遺跡に名前が変わった」と丁寧にご回答をいただきました。
なるほど。
お忙しいところありがとうございます!


さて、ここを左折して坂を上っていきます。
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結構勾配のある坂ですが、
坂の途中にも随分工夫がされています。

色つきの石を使って、壁には土器が表現されています。
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こちらは函館市の著保内野遺跡から出土した国宝の中空土偶。
(今から行くところは大船遺跡だけど、函館と言えばこの土偶。)
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そしてこちらはシカの絵です。
函館市の臼尻B遺跡からシカ絵画土器も出土していますから
函館つながりで描かれているというわけですね。
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あら、「リス注意」の看板。
やっぱり北海道!
エゾリスが出てくるのかな?
エゾシマリスが出てくるのかな?
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そしていよいよ左側に見えてきました。
大船遺跡の登場です。やっとついた!
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遺跡のそばには管理棟があって、
パネル解説展示や机・椅子、お手洗いが設置されています。
あたたかいストーブもありました。
(5月だったけれど、暴風雨でけっこう寒かったので助かりました)
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ぜひもう1回、今度はお天気の良い時に
行ってみたい遺跡です。

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posted by Lana-Peace at 16:51| □ アート / 歴史 いろいろ

深鉢と共に眠っていた縄文時代中期の少年(北海道・大船遺跡)

北海道函館市の大船(おおふね)遺跡から
廃屋跡を利用したお墓が見つかりました、
そこに埋葬されていたのは10歳の少年。
歯が6本見つかったのだそうです。

そして副葬品としてお墓に土器が埋められていたのですが
報告書に描かれていた土器の文様を見て
とても驚きました。

深鉢は縄目の文様だけでなく、
直線、弧、渦巻などいくつかの形状が見られますが、
それが死者の癒しや死者の再生、
あるいは、人が死する時、精神を支える気の「魂」は天に帰り、
肉体を支える気の「魄」(はく)は地に留まるという
中国の道教の魂魄(こんぱく)思想が
まるで凝縮されているかのような文様です。

そして頭の向きと同じ方向に向けられた
2つの土器の開口部は
実は真東の方向、すなわち噴火湾・太平洋に向かっていたのでした。
闇夜を消し去り、昇り行く朝日のエネルギーを
存分に受けるためだったのでしょうか?

今となっては想像するしかないけれど
それにしても、大船遺跡に生きていた人々は、
非常に奥深い精神文化の生活をしていたのだろうと思います。

歯と土器は大事にどこか収蔵されているのかなあ。
いつかちゃんと実物を見てみたいです。
少年の生きた証だものね。
今は報告書やパンフレットの世界の中でしか
わからないのだけど。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「深鉢と共に眠っていた縄文時代中期の少年」
(北海道 大船遺跡)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-081.html