2018年12月28日

オオフラミンゴ

今日は「オオフラミンゴ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」おおふらみんご
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-355.html
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今年の「けいこかふぇ」はこれでおしまい。
来年1月4日からまた始めます。
たくさん見に来て下さった方がいらっしゃって
とっても嬉しかったです!

2018年12月27日

心地良い心の居場所を増やした母 ―親が付添で家を離れた子のために

お子さんがとても重い病気でしばらく入院生活が続く時、
病院によっては24時間付添を求められるところもあります。
私が若かりし頃、勤めていた病院では個室以外の付添は不可で
面会時間も1日数時間に限られていたので、
小児病棟の大部屋の家族付添は
「無し」が当たり前だと思っていたのですが
世の中いろいろな形があるものです。

24時間付添が求められる時、大抵、母親が付き添い、
週末など父親の仕事が休みの時に父母が交替して
付添するご家庭が多いのですが
親御さんにとっては家で待っているお子さんの
兄・姉・弟・妹への心配も尽きませんね。

あるお母様は覚悟を決めたそうです。
赤ちゃんは数カ月単位で入院が見込まれるし、退院してもこれからまた
入院する機会が出てくる可能性は否定できない。
病院生活とは切っても切れないご縁が続く。
だからこそ「うちはそういう家庭なんだ」と割り切って
家族揃って生活できないところから思考をスタートさせたのです。
その上で、おうちで過ごすお姉ちゃんの心の中に
影を落とさないようにするにはどうすべきなのか?を
考えるようになったそうです。

限られた時間、限られたマンパワーの中で
親として自分はどう動き、何を配慮すべきなのか?
それはお姉ちゃんをわがままに好き放題にさせるとか
そういう次元の話じゃありませんよ。

ママが赤ちゃんの付添でずっと離れているのは
自分は見放されているからなんだ、なんて
お姉ちゃんが誤解しちゃいけません。
我慢して、寂しくて、辛くて、つまらなくて……
そんな風に育つのではなくて、
制限があってものびのび、楽しさを感じながら
大きくなってほしいと彼女は願ったのでした。

彼女が見つけ出した結論は親以外にも信頼できる人から
いろいろと気にかけてもらって、たくさんの愛情をもらって
お姉ちゃんが親以外に自分の心地良い心の居場所を作れることでした。
そこにはもちろん周りの理解や協力を得ることがとても重要でした。


きっとお姉ちゃんは大きくなった時に思い出すことでしょう。
自分が寂しい思いをしないよう、母が心を砕いていた姿を。
親以外にも自分を慈しむ人々がいたことを。

ヘコアユ

今日は「ヘコアユ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」へこあゆ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-452.html
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2018年12月26日

「どん底まで行ったら、後は上るしかない」 ―変えられない事実を受け容れた母

NICUの保育器の中にいる小さな姿の我が子を前に
涙が止まらなかったあるお母様。
病院に母乳を届けるために
目の前に我が子がいない状態で3時間おきに搾乳することが
どれだけ苦しく辛いのかを語っていた彼女。
でもある日、突然気持ちに変化が起こったのだそうです。
「どん底まで行ったら、後は上るしかない」
目の前で小さな手足を一生懸命動かしている
我が子の姿に彼女は気付かされたのでした。
「我が子が頑張っているのに、親が泣くのも変な話じゃないか?」と。

そこから彼女は思ったのだそうです。
「小さく生まれてきたけれど、これから大きくなればいい」と。
それからは保育器の前で我が子に見せる顔は
明るい笑顔に変えていったのだそうです。
もちろん山あり谷ありのNICU生活では
その後、赤ちゃんの生命が危ぶまれる時も何度かあって
彼女が涙をこらえることができない時もありました。
だけど赤ちゃんはそのたび乗り越えてきたのでした。

お母様からそのお話を伺った時、心がジーンとしました。
今はこうして明るく語ることのできている彼女が
どれほど大きな試練を経て来たのだろうかと思って。


変えられない事実に心が囚われたままになっていると
本当に苦しくて、それは一生続いていく。
なぜならその事実は決して消えないのだから。
でも、その事実から派生する自分の感情をどう変えていくかは
その人自身の手に委ねられている。
彼女の話からそう思いました。

そして気持ちを変えることは
本人のみならず、家族も変えていくって思いました。
その赤ちゃんその後どうなったのか?
たくましく育っていきました。
自分が大変な時にママは笑顔や愛情を
いっぱい注ぎ続けてくれたから。
今いろいろ大変な局面を迎えているけれど、
きっと親が思う以上の頑張りを見せてくれるんだと思います。


新しく始まる治療で元気になって
おうちに帰ろうね。
あなたのこと大好きなお姉ちゃんも
首を長くして、あなたのこと待ってくれているから。

椿「白拍子」

今日は椿の「白拍子」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」つばき(しらびょうし)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/tsubaki/shirabyoshi2.html
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2018年12月25日

トナカイ

今日は「トナカイ」のご紹介。
多摩動物公園のトナカイは立派な角でした。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」となかい
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/tonakai-2.html
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2018年12月24日

「普通でいよう」その言葉の裏にあるもの ―難病と診断された赤ちゃんの両親

お子さんが生まれてようやくおうちに帰って
家族水入らずの生活が始まり
嬉しさと賑やかさの中に
初めての子育てで大変さとちょっぴり不安が入り混じって
慌ただしく過ぎていた時間の中、
病院から来た連絡。
医師から赤ちゃんの病名として聞かされたものは
それまで聞いたこともないようなものでした。

初めはとてもそれが我が家に起きたことだと信じられなくて
ご夫婦の衝撃は計り知れないほど大きかった。
でもご夫婦はよく気持ちを話し合って
「病気を受け入れるしかないよね」って思ったんだそうです。
「現実なので、それはそれ」だと。

そして「じゃあこれからどうするか」って考えたのでした。


悲しい。でもそんなに落ち込んでいてもしょうがない。
病気だからって無理に明るく振る舞うのも嫌。


それで出した結論は「普通でいよう」って思ったのだそうです。


「自分ができることはそんなにないから、できることをやっただけです」
お父様はそうおっしゃっていました。

彼はそんな風に謙遜するけれど
でも私は思う。実はすごい決意が背景にあることを。
我が子の重い病気は若い夫婦の生活を翻弄していく。
だけどいろいろなことを含めて
そのすべてが自分たち家族にとっての日常だと
受け止めていく潔さがあることを。
そしてそれはご夫婦の心の強さの現われでもあるのだと。
病気を否定しても、しなくても
赤ちゃんの人生はもう始まって、続いているのだから。

赤ちゃんが大きくなった時、
ぜひその話を知ってほしいなって思う。
抱えきれないほどの衝撃があった時、
それをあなたのご両親はどう向かいあっていったのかを。
みんなで幸せを感じながら日々過ごしていくために。


新しく始まる治療、きっとうまくいく!

冬の夜空の花火(東京・としまえん 2018/12/23)

冬の夜空は澄み切っていて、花火が一層きれいです。
昨日12月23日、東京・としまえんの夜空を飾った花火をご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ そら」としまえんのはなび 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/sora/sora-98.html
「いっしょにあそぼ そら」としまえんのはなび 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/sora/sora-99.html
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2018年12月21日

ユズ

明日は冬至ですね。
ということで今日は「ユズ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ くだもの・やさい」ゆず
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2018年12月20日

ただわかってほしいだけなの。 ―母の苦悩に差す光

お子さんのことを考えると
気持ちがいっぱいいっぱいになって
もうどうしていいかわからない時、
自分のことを「何て無力なんだろう」って
途方に暮れてしまったお母様。
でも彼女はこうおっしゃっていました。
自分は誰かに何か解決策を求めているのではなくて
ただ自分の気持ちを話して、誰かにわかってほしいだけなのだと。


その通りだなあって思います。
誰かの考えた答えで自分の人生を前に進めていくわけではないのだから。
自分で考えて、考えて、そして決めていく。


そしてもやもやした行き場のない気持ちや思考を吐き出してしまえば
どこか心の中でストンと腑に落ちるものが出てきて
覚悟と言うか、自信と言うか、自己肯定と言うか、
「自分はこれで頑張ってみよう」っていう気持ちが
自分の中から湧き出てくる。
誰かにやらされている、のではなくて
自分で選ぶ、進む道。

だって自分の人生なんだものね。

「ただわかってほしいだけ」
そういう風に自分の中で答えが見えている人は
とても強さを秘めている人だと思う。
ショックなことが続いて一時的に道に迷ったとしても
必ず自分で前に進んでいける人なんだと思う。

京王電鉄 新TamazooTrain

今日は「京王電鉄 新TamazooTrain」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」
けいおうでんてつ「しんたまずーとれいん」
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono1/densya-63.html
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2018年12月19日

シフゾウ

今日は「しふぞう」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」しふぞう
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/shifuzo-2.html
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2018年12月18日

バラの花「宴」「レッドクイーン」

今日は赤いバラの花「宴」と「レッドクイーン」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ばら(うたげ)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka181006.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ばら(れっどくいーん)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka181007.html
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2018年12月17日

アマサギ

今日は「アマサギ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」あまさぎ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-354.html
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2018年12月15日

心の中は大雨だったとしても ―涙を見せない父の本当の理由

医師から両親揃って話を聞いた時
初めて耳にした病気の名前。
生まれて数カ月も経っていない赤ちゃんが
難病だと知った母は泣き崩れてしまったのでした。
でもそこで涙なしに父は医師の話を聞き通したのでした。
母は父のことをなんて冷たい人なんだ……と思いました。
我が子の身の上に大変なことが起こっていると聞かされたのに
あなたはちっとも心が動かないのか?と。
心配ではないのか?と。

平静さを装って医師の話をしっかり聞いた父、
でも彼はその後一人、お手洗いの個室にこもって
号泣していたのでした。
家族に大変な悲しいことが起こった時
そのたび全員泣き崩れてしまっては
この先家族はどうなってしまうのか?
だから彼は奥様の前でしっかりした態度をとっていたのだそうです。

そして始まった治療、山あり谷ありです。
良くなったと思えば、また悪くなって
そしてまた良くなって、悪くなって、
生まれて数年間は病院と自宅の行ったり来たりで
随分長い時を過ごしました。
その間も彼は決してこどもの前では涙を見せなかったのでした。

「私はそんなに強い人間じゃない。」
やっぱり父だって一人の人間です。
だから彼は一人ぼっちになれる時間を得た時に
もうこれ以上泣く力も元気も残っていない、
というくらいまで泣くのだそうです。
そうすれば、自分が家族の前で涙を見せなくてすむから。


その話を伺った時、心がジーンとしました。

こどもの前で泣かない親を奨励しているわけではありません。
泣いてもいいし、泣かなくてもいい。
それは人それぞれ、家族それぞれ、
同じ人だって状況によってもちろん変わってくるし。

だけどそこで忘れてはいけないのは
泣かないで医師の話を聞いている親御さんのことを
「しっかり話を聞けている親」とか
「理解力のある親」とかそういう形容で片付けてはいけませんね。
もちろんしっかり、とか理解力ある、ことは正しいけれど
医師の話に頷きながら、相槌を打ちながら、
時折質問を交えながら話を聞いている時
心の中は大雨だということを忘れてはいけない。

そしてこども、家族が不安にならないように
自分がどうあるべきかを考えながら聞いている。
その大事な側面も忘れてはいけない。

お父様のお話を伺って改めてそのように思いました。

2018年12月14日

函館市縄文文化交流センター 13)函館まで路線バスで帰る時

函館市縄文文化交流センターから路線バスで帰る時は
函館・鹿部(川汲経由)・函館バスセンター行に乗車です。
バス停は「臼尻小学校前」から乗車となります。
大船遺跡からバスで来た時に降りたバス停です。
こちらでご紹介した順路を縄文文化交流センターセンターから
バス停まで逆行します。
本数少ないので、乗り遅れは注意です。
1時間20分くらいで函館市街に戻れました。
posted by Lana-Peace at 07:57| アート / 歴史 博物館情報

オオグソクムシ

今日は「オオグソクムシ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」おおぐそくむし
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-454.html
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2018年12月13日

サザンカ

今日は「サザンカ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」さざんか
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-413.html
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2018年12月12日

函館市縄文文化交流センター 12)垣ノ島遺跡の遠景

国宝「土偶」入口付近を見学した後に、2階に上がっていくと
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休憩スペースは広々した窓がありますが

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このあたりで一休みして、ぼんやり外を眺めていると
外に広がる世界はなんだか縄文時代にタイムスリップしたみたい。

向こう側に一面に広がっているのが垣ノ島遺跡です。
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posted by Lana-Peace at 15:26| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 11)国宝「土偶」(著保内野遺跡)

土版のあった展示室3を過ぎると

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展示室4はたった1点だけ展示されたコーナー。
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著保内野遺跡から出土した「土偶」です。

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1975年、農作業中に偶然発見されたこちらの土偶。
1979年に重要文化財指定され、
その後2007年に国宝指定されました。

函館の展示ではひっそりと静かに心地よさそうに立っていました。
今夏、東京国立博物館で開催された特別展
「縄文―1万年の美の鼓動」で出展されていた時は
すごい黒山の人、人、人でした。

こちらの土偶、出土時点の発掘再調査が2006年に行われ
その結果、葬送儀礼の一部として用いられたと考えられています。
詳しくはまた調べてLana-Peaceのエッセイで取り上げようと思います。
posted by Lana-Peace at 15:04| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 10)大火事をくぐりぬけた鳥型土笛

2002年12月28日深夜、発掘調査をしていた調査事務所が
放火によって全焼してしましました。

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その焼け跡から見つかった
縄文時代後期の鳥形土笛です。

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数千年の時を経て出土したこの土笛、
そして平成の時代に火災の受難を潜り抜け、
頭と背中の一部が黒くなってしまったけれども、
それでもこうして原型を留めている土笛。
焼け跡の様子を見ると、
本当によく残っていたものだと思います。


すごい、ものすごい力を宿した鳥なんだと思います。

posted by Lana-Peace at 13:47| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 9)足形付土版の展示

先日に引き続き、函館市縄文文化交流センターのご紹介です。

展示室2から3に向かうと「縄文の精神」のコーナーとなります。
生と死について考えるきっかけとなる遺物がたくさんです。

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最初は足形付土版のコーナーです。
約6,500年前、縄文時代早期末の垣ノ島遺跡と豊原遺跡のお墓から出土した
足形付土版がそれぞれ17点、5点展示されています。

Lana-Peaceのエッセイでも以前取り上げました。
垣ノ島A遺跡出土 足形・手形付土製品
豊原4遺跡出土 足形・手形付土製品

こちらは垣ノ島A遺跡から出土した土版の展示。
残念ながらレプリカですが。
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こちらは豊原4遺跡に関する展示
2016年、重要文化財に指定されています。
土版以外にもつまみ付ナイフをはじめとする石器が
副葬品として出土しています。
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出土状況を示す写真が添えられた解説パネルも充実しています。
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縄文時代の人々の生と死に対する精神性を考える上で、
とても中身の濃い展示です。
posted by Lana-Peace at 13:39| アート / 歴史 博物館情報

シマオイワワラビー

今日は「シマオイワワラビー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」しまおいわわらびー
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/shimaoiwa-wa1.html
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2018年12月11日

2018年冬の表参道のイルミネーション

南青山の山本達彦さんのライブの帰り
表参道のイルミネーションまで足を伸ばしてみました。
うっかり道を間違えて、反対方向の青山一丁目方向へ進んでしまい
神宮外苑のイチョウ並木が・・・。
はて、なぜに神宮外苑?表参道のはずが。
でもそのおかげでレクサス青山のきれいなイルミネーションを
見ることができました。

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そしていそいそと表参道方面に戻って
こちらはavexビル。大きなクリスマスツリーです。

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こちらは表参道交差点から渋谷寄りにあるAoビル。
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表参道交差点は両隣がキラキラで
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本来の表参道の灯籠はこちら
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ザ ストリングス 表参道のカフェは屋根上がきれいで
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BOSSストアはこんな感じ。
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表参道ヒルズの外側はシンプルですが
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中はオーロラをテーマにしたイルミネーション。
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クリスマスツリーのように緑になったり
ちょっと時間が経つと色が変わったり
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キラキラした灯りのそばで
色づいた葉っぱの自然の黄色、
人工的な光に負けないくらいきれいでした。
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posted by Lana-Peace at 00:18| アート / 歴史 街の中

山本達彦氏 MANDALA LIVE 2018 Live en Quatre Saisons・Hiver(2018/12/8)

先週末、山本達彦さんの163回目のマンダラライブに行ってきました。

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マンダラのライブ会場内のデコレーションも冬モードできれいです。
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白と黒の細かいチェックの上下に黒のシャツと靴で登場した山本さんはとてもお元気そうでした。実は開場の20分前くらに一度外に出てこられていましたが(あんまり突然、さりげなくマンダラの出口から出てこられてびっくりしました。時が止まるってこういうことなのかしら。)その後に着替えられたようです。

これまで山本さんは自分の中にある理想の世界、夢の世界を追求するロマンティストの部分が強かったのだそうですが、段々と現実の中の目標を追求するリアリストに変わってきたのだそうです。そうした志向は今秋発売された新アルバム「One Step Ahead」にも反映されているのだとか。
CDで聴く歌声も素敵なのだけど、生の山本さんの声はやっぱり波動が格段に違うんだよなあ。しみじみと。
ご自宅では好きなアンビエントジャズのピアノサウンドをよく聞かれ、またおうちの庭の紅葉も楽しまれたようです。

さて今回はベースの戸川智章さんとドラムスの江野尻知宏さんとのトリオでしたが、三人の良さがとてもよく現われているなあって印象的なセッションだったのが、スイングアレンジした3曲。山本さんは原曲も良いのだけれど、違ったテイストにアレンジする能力に非常に長けていらっしゃるなあと思います。山本マジックと言うか。更に大人モードで新たな素敵な時間を作り出す能力。いつかスイングアレンジのセルフリメイク版のCDを出してほしいなって思います。

ライブ終了後も丁寧にファンに握手したり挨拶されたりしていました。
遠巻きに見える山本さん、優しい笑顔でした。
いつまでもお元気で自分の音楽を追求してほしいと思います。

ああ、いい時間だったなあ。
充電完了。ということで次は表参道のイルミネーション散策へ
posted by Lana-Peace at 00:17| アート / 歴史 音楽

イリオモテバッタ

今日は「イリオモテバッタ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」いりおもてばった
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-261.html
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2018年12月10日

函館市縄文文化交流センター 8)縄文時代の交流(ヒスイ・アスファルト)

ヒスイは縄文時代の遺跡から出土する翡翠のほとんどが
新潟県糸魚川市姫川周辺の物と判明していますが、
函館市の著保内野遺跡からもヒスイが見つかっています。
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縄文時代にアスファルトも使われており、
壊れた土器の補修、弓矢の矢柄と石鏃の接合などに
接着剤として用いられていました。
秋田産や新潟産のアスファルトが見つかっています。
こちら磨光B遺跡、豊崎B遺跡から見つかった
アスファルト付着の土器片。
当時、はるばる運ばれてきたアスファルトは
とても貴重なものだったはず。
土器はまた作れるだろうけれど、
そのアスファルトとわざわざ使ったということは
その土器がとても大切な意味を持っていたのだろうと思います。
誰かの形見とか。もう二度と同じものを作れないとか。そういう意味で。

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posted by Lana-Peace at 00:35| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 7)縄文時代の漆

縄文時代、漆が利用されていました。
こちら磨光B遺跡の赤漆塗り土器片です。
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こちらは臼尻小学校遺跡の漆入り注口土器
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赤色顔料としてベンガラ(酸化第二鉄)や水銀朱を使うこと、
黒漆の上に赤漆を塗布する技術は現代にも通じているそうです。
また、漆製品の変遷は
漆糸製品(糸に漆を塗った)から始まり、
やがて土器や木器に漆を塗る「陶胎(とうたい)漆」「木胎(もくたい)漆」
籠や編み物に塗る「籃胎(らんたい)漆」へと発展するそうですが、
最初の「漆糸」は縄文時代だけに見られる技法なのだそうです。
その漆糸製品をまとって埋葬された方のお墓も見つかっています。
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(詳しくはこちらで紹介しました)

posted by Lana-Peace at 00:34| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 6)縄文時代の貯蔵(土器・フラスコ状土坑)

南北海道と北東北の土器の比較が出されていました。
早期→前期→中期→後期→晩期
津軽海峡を隔てても確かに非常に類似点が多いですね。
連絡船も新幹線も飛行機も無い時代の縄文人。
荒波を越えて、強風も味方につけて交流していた人々。
なんだかロマンですねー!
こうした土器は食料や水の貯蔵に使ったり、煮炊きに使ったりといった
毎日の暮らしの中だけでなく、
人が亡くなった時の埋葬時の棺として用いられる場合もあり
実に多様な用途があったわけです。

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さて、こちらは縄文時代後期の八木B遺跡から出土した注口土器。
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青森県の亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した
遮光器土偶(前1000-前400年)みたいです!
液体を入れて日常生活の飲み物を入れていた、というよりは
特別な儀式など本当に大切な場面で大事に使っていた、
そんな印象がある注口土器です。

そして大地を利用した「貯蔵」もありました。
こちら函館市豊崎O(オー)遺跡の「フラスコ状土坑」です。
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名称の由来は地表に近い入口よりも
地中側の底の方が広く、まるでフラスコのようだから。
この土坑からは木の実、動物の骨、土器などが見つかることが多いため、
食料を貯蔵していた穴だと考えられているそうです。

この土坑、縄文時代早期に作られた土坑の剥ぎ取り展示ですが
深さ3メートルもあるのです。
そんなに深く掘るって、すごい土木技術だし、
貯蔵できる食物が豊富にあったということの証しですね!
会場であまりの大きさに圧倒されました。

約6,000年前の駒ヶ岳火山灰の下に黒色土があり、
その下にフラスコ状土坑が広がります。
そしてその土坑が掘られた土壌がまたすごい!
駒ヶ岳の火山灰です。
32,000年前、17,000年前の火山灰!!!。
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あまりの悠久の時に頭の中は大混乱。
でも火山灰はもっとびっくりしたことだろう。
平成の時代に地表にあらわれることになって。
posted by Lana-Peace at 00:34| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 5)縄文時代の食生活(貝塚・石皿)

こちらは戸井貝塚、湯川貝塚、石倉貝塚、大船遺跡から出土した
貝殻や魚の骨などです。昔の人々も結構グルメです。
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貝塚からはいろいろなものが発見されています。
人間が生きるために利用した生き物や土器・道具などの送りの場。
こうした堆積を見ると、時間の流れってすごいなあと思います。
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南茅部の遺跡からは石皿がたくさん見つかっています。
そういえば大船遺跡のそばにあった管理棟の建物脇にも
石皿がたくさん置かれていました。
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縄文文化交流センターの展示によると石皿は
こんな風に使用されていたようです。
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posted by Lana-Peace at 00:33| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 4)縄文時代の住居

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2では縄文時代の暮らしを知ることができます。
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縄文時代こんな集落がつくられていたわけですが
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こちら大船遺跡の復元住居
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その床面は地表を深く掘り下げられていました。
外気の影響を受けにくく、
内部の温度をある程度一定に保つことが可能で
なおかつ夏涼しく、冬暖かいからだそうです。

大船遺跡のこちらの住居跡は深さ2.4mまで掘られています。
こちら縄文文化交流センターのパネル写真。
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そしてこんなジオラマがありました。
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DSC03604.JPG

大船遺跡で復元されていた住居骨組みの内側にあった床面の棒は
当時こんな感じだったわけですね。
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posted by Lana-Peace at 00:33| アート / 歴史 博物館情報

空港で働く車「ベルトローダー」

今日は空港で働く車「ベルトローダー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」べるとろーだー
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono1/kuruma-104.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月09日

函館市縄文文化交流センター 3)モダンアートみたいな土器の展示

函館市縄文文化交流センターのご紹介。
1階展示室2の壁面。
モダンアートのようだと思いませんか?
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実はこちら函館の遺跡で出土した土器。
こうして壁面にオブジェのように展示されています。
フロアにいた職員さん曰く、レプリカじゃなくて「本物」。
ホントにたくさん出土しているからこういうことができるそうです。
10年ほど前、在学していた京都造形芸術大学通信教育部の
スクーリングで訪れた某資料館での見学、
出土した土器の破片の数が膨大過ぎて整理・修復しきれなくて
収蔵庫に入ったままになっていたのを思い出しました。
決して出土物を粗末に扱っているのではなくて
そうした作業には人手もお金も時間も必要で
だから展示会場でこうして日の目を浴びている土器たちが
なんだかとっても嬉しそうでした。

もちろん地震対策はバッチリと思います。
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posted by Lana-Peace at 21:23| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 2)入館いろいろ

函館市縄文文化交流センターは「道の駅」縄文ロマン南かやべの
併設されている建物。
車で来る方は道の駅の駐車場のすぐ前がセンターなので、
すごく便利です。
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券売機で入場券を購入します。
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コインロッカーは100円返却式。
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そしてコインロッカーのそばに車椅子とベビーカーがありました。
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posted by Lana-Peace at 21:03| アート / 歴史 博物館情報

函館市縄文文化交流センター 1)大船遺跡から路線バスで向かう時

DSC03983.JPGこちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが、その後、路線バスで
函館市縄文文化交流センターへ行きました。

函館市縄文文化交流センターは
今迄訪れた数々の博物館の中でも
心の中に問いかけるものが多かったところで
非常に印象深いところです。
家が近ければ毎月訪れたいくらい
とても心地良い場所なのだけど
まあそういうわけにもいかないので、
いつか機会があればまた行こうと思います。

国宝の中空土偶もあり、
大切なたくさんの収蔵品を火災から守るために
かなりお金をかけて施設が作られたそうですが、
入場料大人たったの300円。
運営も大変だろうと思います。
ぜひ函館観光の際は足を伸ばしてほしい場所です。

ということで、函館市縄文文化交流センター勝手に応援隊!
その魅力を何回かに分けてご紹介しようかと思います。
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まずは大船遺跡から函館市縄文文化交流センターへ
路線バスで向かう方法はこちらの通り。

1  大船遺跡から海側の坂を下ってT字路を右折して「大船小学校」のバス停へ
2  函館バス「鹿部・古部行き」に乗車
3 「臼尻小学校前」下車
4 進行方向にすぐに「スポーツセンター」の青い看板が見えます。
こちらのT字路を右折して斜面を登ります。
5 Y字路は左へ直進。
6 右手に臼尻小学校が見えてきます。
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7 T字路に出るので左折します。
8 直進します。交通量も少なくて見通しの良い直線道路。
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でも、あとでセンター到着後、こんな掲示を見てびっくり。
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ヒグマの新聞記事の場所はセンターの近くではないけれど
そもそもセンター所在地は山を切り開いてできた場所だから
注意した方が良いと言われました。
確かにそうですね。

9 ようやく左手に広々した駐車場と共に見えてきました。
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posted by Lana-Peace at 17:28| アート / 歴史 博物館情報

2018年12月07日

バラ「シルエット」「ビブ レ バカンス!」

今日はバラの花
「シルエット」と「ビブ レ バカンス!」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」
ばら(しるえっと)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka181008.html
ばら(びぶ れ ばかんす!)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/bara-hikarigaoka181009.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月06日

クロトキ

今日は「クロトキ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」くろとき
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-353.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月05日

ピラニア

今日は「ピラニア」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」ぴらにあ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-496.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月04日

イチョウ

今日は「イチョウ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」いちょう
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-412.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月03日

カフェやファミレスが母にくれた時間

病気にもいろいろあって
治療して、すっかり治って良かったね、というものもあれば
ずっとその病気とと共にこれからも生きていかなくちゃいけない、
というものもあります。
お子さんが後者の場合、看病、お世話する親御さんは
自分の気持ちのメンテナンスがとても重要です。

我が子が難病と診断されたあるお母様、
彼女はカフェに行って1時間ほど一人で過ごす時間が
すごく大事だと仰っていました。
もちろん家にはおいしいドリップコーヒーを淹れるマシンも
ちゃんとあるのだけれど、
外で過ごすその時間は格別だと。
そこで本を読んだり、ガラス越しに通り行く人の様子を眺めていると
気持ちが段々晴れて、充電できるのだそうです。

自分が外出している間、
家族にお世話をお願いして1時間だけ一人で外に出る。

気の合う友人と話をする時間も大事だけれど
一人で何も気を遣わないでボーっと心の赴くまま
コーヒーの香りと共に椅子に座る時間が
彼女の生活の中のスパイスになっていったそうです。

彼女の言葉を伺った後、もう10年以上も前に出会った
別のお母様のお話を思い出しました。
彼女のお子さんは夜間は呼吸器を使って、
数時間おきに身体の向きを変えることが必要、
もう一人お子さんもいるから、
家の中で育児と看病は本当に大変だったけど
彼女は朝、午前5時くらいからウオーキングにでかけて
1時間ほどファミレスでゆっくり本や新聞を読んで
自宅に戻るのだそうです。
ファミレスなら一人で行っても
空いている時間なら大きな4人掛けのソファ席に案内してくれるし
24時間開いているから、開店時間を気にしなくてもいいですし。

そのきっかけはご主人の提案だったそうです。
彼は仕事が忙しくて夜は早く帰って来れないけれど
早朝なら確実に自分がまだ自宅にいて
こどもの世話をすることができる。
せめてその時間だけは奥様を子育てと看病から解放してあげたいと
ご主人は思ったのだそうです。
自分もこの子の親なんだからって。
奥様任せばかりじゃいけないって。


自分の精神をどうやって良い状態にキープできるか
人それぞれ、違うだろうし
家庭の事情も違うけれども
やっぱり煮詰まった気持ちのままでいることは
良くないですし、気分転換は大事です。

親だって人間ですから。

ニホンアナグマ

今日は「ニホンアナグマ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」にほんあなぐま
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/nihonanaguma-2.html
http://www.keiko-cafe.com/

2018年12月01日

北海道函館市 大船遺跡 路線バスで行く場合

こちらでご紹介した北海道函館市の大船遺跡ですが
自家用車やレンタカーなどを利用しない場合は
1日運行本数の限られている路線バスを頼るしかないため
参考までにご紹介しておきます。(2018年5月利用時情報)

函館市内に宿泊して大船遺跡に向かう場合は
川汲経由鹿部出張所行のバスが便利です。
函館バスのページはかなりユーザーフレンドリーな視点で作られています。

私は「松風町」から利用しました。
「松風町」という名前のバス停は5箇所あるようですが
今回はプレイガイド前の松風町バス停を利用です。
ここから約1時間半、路線バスの旅となります。

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路線バスではありますが、座席は観光バスのように豪華です。
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バスはしばらく町の中を通ります。
五稜郭の近く、函館アリーナ前、トラピスチヌ入口等を通るため、
なんとなく函館の町のマップが頭の中に入ってきます。

町を抜けていよいよ緑が深くなってくると、
亀田半島を縦断する形で噴火湾の方に向かい、
そこから海沿いを北上します。

そして海沿いのバス停「大船小学校前」で下車。
そこから大船小学校を左手に、海を右手に見ながら
国道278号線を直進します。
少し歩くと左手にこの看板が。
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そしてもう少し進むとこの看板が。
DSC03371.JPG

大船「C」遺跡とあります。
大船遺跡はAとかBとかいろいろあるのかしら?
近くの垣ノ島遺跡は垣ノ島川を挟んで
「垣ノ島A遺跡」と「垣ノ島B遺跡」があるので。
後日訪れた国会図書館にあった南茅部町教育委員会発行の発掘調査報告書も
「大船C遺跡」と表記されていました。
そこで函館市縄文文化交流センターの学芸員さんにメールで問い合わせたところ
「函館市大船町にはAからIまでの遺跡が存在しており、
そのうちのC遺跡が国の史跡に指定され、大船C遺跡は
大船遺跡に名前が変わった」と丁寧にご回答をいただきました。
なるほど。
お忙しいところありがとうございます!


さて、ここを左折して坂を上っていきます。
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結構勾配のある坂ですが、
坂の途中にも随分工夫がされています。

色つきの石を使って、壁には土器が表現されています。
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こちらは函館市の著保内野遺跡から出土した国宝の中空土偶。
(今から行くところは大船遺跡だけど、函館と言えばこの土偶。)
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そしてこちらはシカの絵です。
函館市の臼尻B遺跡からシカ絵画土器も出土していますから
函館つながりで描かれているというわけですね。
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あら、「リス注意」の看板。
やっぱり北海道!
エゾリスが出てくるのかな?
エゾシマリスが出てくるのかな?
DSC03379.JPG

そしていよいよ左側に見えてきました。
大船遺跡の登場です。やっとついた!
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遺跡のそばには管理棟があって、
パネル解説展示や机・椅子、お手洗いが設置されています。
あたたかいストーブもありました。
(5月だったけれど、暴風雨でけっこう寒かったので助かりました)
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ぜひもう1回、今度はお天気の良い時に
行ってみたい遺跡です。

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posted by Lana-Peace at 16:51| アート / 歴史 博物館情報

深鉢と共に眠っていた縄文時代中期の少年(北海道・大船遺跡)

北海道函館市の大船(おおふね)遺跡から
廃屋跡を利用したお墓が見つかりました、
そこに埋葬されていたのは10歳の少年。
歯が6本見つかったのだそうです。

そして副葬品としてお墓に土器が埋められていたのですが
報告書に描かれていた土器の文様を見て
とても驚きました。

深鉢は縄目の文様だけでなく、
直線、弧、渦巻などいくつかの形状が見られますが、
それが死者の癒しや死者の再生、
あるいは、人が死する時、精神を支える気の「魂」は天に帰り、
肉体を支える気の「魄」(はく)は地に留まるという
中国の道教の魂魄(こんぱく)思想が
まるで凝縮されているかのような文様です。

そして頭の向きと同じ方向に向けられた
2つの土器の開口部は
実は真東の方向、すなわち噴火湾・太平洋に向かっていたのでした。
闇夜を消し去り、昇り行く朝日のエネルギーを
存分に受けるためだったのでしょうか?

今となっては想像するしかないけれど
それにしても、大船遺跡に生きていた人々は、
非常に奥深い精神文化の生活をしていたのだろうと思います。

歯と土器は大事にどこか収蔵されているのかなあ。
いつかちゃんと実物を見てみたいです。
少年の生きた証だものね。
今は報告書やパンフレットの世界の中でしか
わからないのだけど。


詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
「深鉢と共に眠っていた縄文時代中期の少年」
(北海道 大船遺跡)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-081.html