2018年11月16日

恐怖を乗り越えて描き進める絵筆 ティモシー・チェンバーズ氏(Timothy Chambers)

画家として栄えある賞を受賞し、
これからの活躍を嘱望された画家が
突然「あなたはこれから目が見えなくなる」と言われたら…
そして現在、社会生活の中で「盲人」とみなされるほど
視界が狭まり、視力が落ちていてもなお
芸術活動を続けている人がいたとしたら…
今日はアメリカの肖像画家
ティモシー・チェンバーズ(Timothy Chambers)氏の
お話を取り上げたいと思います。

十分眠れぬ夜は2年間も続き
恐怖におののいていた彼は
恐怖と向き合うようになってから、生活が変わっていきました。

「限界」とは自分が決める線なのかもしれません。
そしてそれは自分でいかようにも
変えられるのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと
「恐怖を乗り越えて描き進める絵筆」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-111.html

こどもが死を悩む時

「うちはまだ幼稚園だし」「小学生だしね・・・」
そんな風に親御さんは思っていても
幼い頃から入退院を繰り返しているこどもの中には
肉体年齢よりもずっと精神年齢が進んでいるこどもがいます。
たとえば本当は6歳なのに、まるで中学生くらいのような
しっかりした考えを話してみたり。
でもそれはバランスのとれた精神年齢というわけではなくて
全体の中のある部分だけ突出しているというか。

確かにその部分は14歳相当かもしれない。
でもその部分を考えるために必要な他の部分は
6歳だから、一人で考えていくうちに
考えが行き詰まってしまうこともあるのです。
たとえば死の問題とか。
自分が決して死に瀕するような病状でなかったとしても
何かをきっかけに、とても身近に考えるように
なることもあります。

でも行き詰まりをきちんと言葉にして大人に伝えられなくて
心の中でくすぶったままでいると
時々そのくすぶりが頭をもたげて、
本人を苦しめる場合があります。
悪夢として現われて、夜目覚め、不安になって。

こどもが死について考えを巡らしている、と親が知ったら
「そんな縁起でもないこと、考えないで」とか
「楽しいことして遊ぼう」という風に
接してしまうかもしれません。

でも思うのです。
確かにその場はそれで収まるのかもしれないけれど
こどもの心の中のくすぶりは決して消えてはいないのだと。
何をどう怖いと思っているのか。不安に思っているのか。
その部分を心の奥から言葉に変えて出して
一緒に親が考える、
それが必要なのではないかなあって思います。

親だってもちろん「今迄そんなこと考えないようにしてた」かもしれない。
でも、親さえも正面から向き合えないことに
もしもこどもが向き合って、そこで悩んでいるのならば
親も子も一緒に考えることはすごく意味があることなんだと思う。
そこで死について抱えていた疑問が晴れなかったとしても
それはそれで、良いのだと思う。

自分が抱えていた悩みを
親が一緒に真剣に考えてくれた、という事実が
こどもにとってはものすごく大きなことなんだと思う。

あるお父様のお話を伺ってそのように思いました。

フンボルトペンギン

今日はフンボルトペンギンのご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」ふんぼるとぺんぎん 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-346.html
「いっしょにあそぼ とり」ふんぼるとぺんぎん 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-347.html
「いっしょにあそぼ とり」ふんぼるとぺんぎん 3
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-348.html
http://www.keiko-cafe.com/