2018年08月29日

「自分を導く言葉との出会い「あきらめない」」―国民的スターが脳梗塞に倒れた時(西城秀樹さん)

2018年5月、函館で開催される小田和正さんのコンサートへ行くため、
羽田発函館行の機内でそもそも私が小田さんのことを知ったのは、
いつのことだったのだろうか……と記憶をたどっていたら、
小学校6年生の冬休みだったと思い出しました。
新春お正月番組で、西城秀樹さんが「眠れぬ夜」を歌っていたのです。
後で作詞・作曲が小田和正さんだと知り、
そこから小田さんの歌(当時オフコース)を聴くようになっていったのでした。
あれから38年ほど経ってしまいましたが、
小田さんを知るきっかけは秀樹さんがくれたものだったなあと、
東北上空の雲の合間から見えた美しい山並みを見ながら、
しみじみ考えていました。その2日後です。
ネットニュースで秀樹さんの訃報を知ったのは。
とても驚きました…。

脳梗塞を患った秀樹さんが闘病記を出されていたことは知っており、
何年か前に読んでいましたが、改めてその本を読み返してみました。
そこには病気と共に生きていくことの葛藤、気持ちの変遷など、
実に学ぶべきものが多くありました。
秀樹さんの発症は四十代、そして再梗塞は五十代になってからですが、
夢半ばで突然重い病気になった幼いこどもたちにも、
ぜひ知ってほしいと思うことが多々ありました。
そこで数回に分けて、ご紹介したいと思います。
まずは第1回目です。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと
「自分を導く言葉との出会い「あきらめない」」
http://www.lana-peace.com/1/1-1-107.html

平成と明治と縄文を感じられる空間―「特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)

先日、東京国立博物館平成館で開催されていた
「特別展「縄文―1万年の美の鼓動」に行ってみました。

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印象深かった作品はまた後日ご紹介するとして、
平成館に入館する前の長蛇の列は
ちょうど平成館前の広場に面しているわけですが
こちらの一帯は、明治15(1882)年に博物館が上野に移転してから、
展示棟に付属する事務棟の建物が多く建てられたそうです。
そしてこの広場付近に帝室博物館を統括する総長の居室があり、
森林太郎(鴎外)が大正6(1917)12月から大正11年7月まで
総長としてここで執務していたのだそうです。

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広場からも近い本館前のユリノキは
背丈は本館の屋根よりも軽く超えて
こんなに青々と葉っぱを茂らせていました。
明治の初めに渡来した30粒の種のうち、
育ったものが、明治14(1881)年、ここに植えられたもの。
ということは、森林太郎(鴎外)が見ていたユリノキは
今よりももっともっと、小さなユリノキだったのだろうなあ。

平成、明治、縄文。
時の流れ、何だか感慨深いです。

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posted by Lana-Peace at 10:25| アート / 歴史 博物館情報