2018年05月22日

「天空図屏風 日は照らせれど(千住博作)」と万葉集2巻169(草壁皇子(日並皇子尊)への挽歌 柿本人麻呂作)

こちらで千住博先生の「天空図屏風」をご紹介しましたが
出発ロビー床面にあった解説板には、
千住先生の思いが書かれた文章に
万葉集の2巻169が添えられていました。
薨去した草壁皇子(日並皇子尊)への柿本人麻呂作の挽歌です。

千住先生は「天空は一種の画紙であり、
その画紙には光、雲、大気、風により毎日絵が描かれている。
いわば自然の絵画である。しかも、何億年もの間、
ひとつとして同じものがない無限の絵画なのだ。」と記されていました。
その「自然」を「生死」と読み替えても通じるものだと言えます

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「天空図屏風 日は照らせれど」千住博 作
(羽田空港国内線第一旅客ターミナル)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-052.html
posted by Lana-Peace at 18:36| ☆ アートから考えるグリーフケア

「天空図屏風 日は照らせれど」 千住博作 羽田空港国内線第1旅客ターミナル

先日訪れた羽田空港に千住博先生の作品が飾られていました。
南ウィング出発ロビーの出発保安検査場Cの手前。
DSC02457.JPG

その作品を見ているうちに千住先生の
「理由のない自信」のエピソードを思い出しました。
10年ほど前、京都造形芸術大学の通信教育部歴史遺産コースに在籍した頃
夏のスクーリングに出かけた京都の瓜生山キャンパスの階段教室で、
当時学長だった千住博学長の講演があったのです。
世界的に活躍されている千住学長の講演、
「わー本物だ!」とミーハーな気分でドキドキしながら聴講しましたが
千住学長はそこでご自身の若かりし頃のお話をされました。

画家として身を立てていくには厳しく
生活のために予備校の教壇に立たれていたこともあったそうです。
苦節の時期もあったのだなあと、驚きました。
作曲家の弟 明さん、バイオリニストの妹 真理子さんの
千住きょうだいとして有名な方ですから
才能あふれて若い頃から順風満帆だったのだろうと
勝手に想像していたもので……。

学業を修了して他の仲間たちが世に認められていく間
ご自身はまだ芸術家として思うような光が当たらない時期、
それでも当時、千住先生の心の中には「理由のない自信」が
あったのだそうです。
そしてその自信があったことにより、
自分が芸術の世界で生きていく夢に向かって
どんな苦労にも屈しないで頑張れたのだと。

夢を叶えられる人はそうそういるわけではない。
夢が叶えられない現状に、鬱屈した気持ちで過ごす人は多々いる。
それでもやっぱり、何かを成し遂げていく人は
どういう状況であっても夢に向かって
こつこつ努力を続けられる人なんだろうと思う。
とにかく努力を続けられる人なんだろうと思う。

気持ち次第で、人の人生は変わっていくのだろう。
瓜生山キャンパスの夏の夕暮れ
しみじみそんなことを考えていたなあと
手荷物検査のゲートをくぐる前に思い出しました。
posted by Lana-Peace at 16:53| □ アート いろいろ (街の中)

京急ブルースカイトレイン

京急ブルースカイトレインのご紹介。
都内から成田空港まで走っていたよ。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」けいきゅうぶるーすかいとれいん
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono1/densya-59.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 11:37| ◎ お散歩気分:乗り物

2018年05月21日

「キュウシュウノウサギ」「カイウサギ」

かわいいウサギのご紹介。
「キュウシュウノウサギ」と「カイウサギ」です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」きゅうしゅうのうさぎ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/kyusyunousagi.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」かいうさぎ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/kaiusagi.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 08:16| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年05月19日

今を生きた子の命を未来に繋ぐこと ――「朝日新聞2018年5月19日土曜日記事 ひと」と小田和正氏 楽曲「ダイジョウブ」より考える

今朝の朝日新聞にオーストリア出身の神主さんのお話が掲載されていました。
ウィルチコ・フローリアンさん(三重県津市 野邊野神社)です。
そこで昔の知恵を知ることで昔の人とつながりを感じ、
自分も歴史の一部になり、歴史を生きていると感じることが
書かれていました。
その言葉の前振りとして神道の「中今」という言葉が
記事の中で紹介されていました。
「中今(なかいま)」とは
「過去にも未来にも世界があり、真ん中の今を精いっぱい生きること」(※1)
なのだそうです。

※1朝日新聞2018年5月19日土曜日
「ひと オーストリア出身で神社の神職を務める ウィルチコ・フローリアンさん(30)」

その言葉を見た時に思い出しました。
2年ほどの間、ずっとやり取りをさせてもらっていたあるお母様の
お子さんのことを。彼は今週、この世での大仕事をやり遂げて、
ついにお空に還っていきました。

その少年の生きる姿がまさに「中今」だったなあと思ったのです。


今を精いっぱい生きた幼子の命、
それが境目なくこれからも続くよう求めている方に
ご紹介したい言葉があります。
小田和正さんの歌の中に「ダイジョウブ」(※2)という歌。
一部抜粋してみます。
---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---
人生はこうして続いてゆくんだ
間違っても何度つまずいても
でも小さなその物語に
答えはひとつじゃないんだ

※2
小田和正「ダイジョウブ」
作詞・作曲 小田和正
---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---


子の死を悼む、それは子の命が形を
変えて未来を生きることなのかもしれません。
子の死後も、親の心の中で紡がれる子の「物語」の中で。
夭逝したお子さんの物語、それは死を持って終わりなのではなく、
可能性と広がりを秘めているものだと。
気付いてほしいと思います。


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「今を生きた子の命を未来に繋ぐこと」
http://www.lana-peace.com/2/2-1-064.html
posted by Lana-Peace at 13:38| ☆ 子どもに先立たれた親の苦悩

2018年05月18日

「しでこぶし」「杏」「椿 数寄屋」

今日は淡いピンクのお花が咲く木のご紹介。
しでこぶし、杏、椿「数寄屋」です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」しでこぶし 
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-389.html
「いっしょにあそぼ き」あんず
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-390.html
「いっしょにあそぼ き」つばき(すきや)  
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-388.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 09:35| ◎ お散歩気分:花・植物・木

2018年05月17日

アフリカメダマカマキリ

今日は遅くなってしまったけどアフリカメダマカマキリのご紹介。
実に美しくて、思わず見入ってしまう。
モダンな洋服を身にまとっているみたいです。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」あふりかめだまかまきり
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-226.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 22:18| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年05月16日

誉命を生き抜いてお空に還っていった少年  

ずっと頑張ってきたあなたのことを
私は決して忘れないよ。

今日の東京の空は澄み渡る青空で良かった。
まぶしいくらいのお日様の光と共に。
お迎えに来た天使さんたちとの空中散歩は
楽しくなるといいなあ。

身体から解き放たれて自由になったあなたの魂は
きっとこれからうんといっぱい遊んで
ママと一緒にはらぺこ青虫の本を読んだり
パパのお膝に抱っこされたり
お兄ちゃんとお絵かきしたり、
自由に自由にいろんなことできるといいな。

ママとパパとお兄ちゃんが
これまで溢れるほどの愛情であなたのことを包んで
あなたのことをしっかり守ってきたように
これからはあなたがママとパパとお兄ちゃんのことを
しっかり守ってほしいのです。

医師から余命を告げられた最期の時間を随分越えて
あなたは頑張って、日々生きていた。
それは素晴らしい緩和医療の先生との出会いもあったのだけど
家族の愛情は魔法のように彼の命を活き活きとさせた。

誉れ高きその命、私はあなたのことを忘れないよ。

デージー

今日は白と赤の「デージー」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」でーじー(しろ)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/d1.html
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」でーじー(あか)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/d2.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 09:08| ◎ お散歩気分:花・植物・木

2018年05月15日

行き詰まった時に心が元気を貰えそうな埴輪「踊る人々」(埼玉・野原古墳出土 東京国立博物館所蔵)

昭和5年(1930)年3月、埼玉県大里郡小原村の山林を開墾中
人が踊る姿の埴輪が出土しました。
埼玉県知事は宮内大臣(現在の宮内庁長官に相当)に
埋蔵文化財発見届を提出したそうですが
宮内省からは陵墓でないとの理由から、
帝室博物館(現在の東京国立博物館)の所管事項となり
当時、帝室博物館に勤務していた後藤守一氏が
「踊る男女」と命名したのだそうです。

現在では「踊る男女」ではなく「馬を曳く農夫の姿」と
考える説もあるそうですが、どちらにしても
あるいは新説が登場したとしても
その姿は顔の表情も、腕の表情も実に絶妙です。

困った時、行き詰まった時、病床のこどもたちがこの埴輪を見ていると、
何やら心が氷解してゆるゆるできそうな…。
そんな力を貰えるような埴輪です。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるこどもの生
埴輪「踊る人々」(国立東京博物館所蔵)
http://www.lana-peace.com/1/1-3-002.html

木材を使用した舗装(東京 上野恩賜公園内)

先日訪れた東京 上野恩賜公園内の道は一部木材舗装が成されています。
解説看板によると、東京都では多摩森林の活性化保全、
地球温暖化防止のために間伐材を含む多摩木材を活用しており、
自然にも人の脚にも優しいということで
木材を使用した舗装を施しているのだとか。

DSC01427.JPG

これがその舗装。

DSC01429.JPG

DSC01428.JPG

木材はもちろん腐食して取り換えが必要になるけれども
だからこそ間伐材の消費が促進され、
ひいてはそれが多摩の森を守ることにつながるのだそうです。

アスファルトの敷き詰められた道よりも、
何となく心地良さを感じるような道路です。
posted by Lana-Peace at 08:47| □ アート いろいろ (街の中)

「ヨスジリュウキュウスズメダイ」「オールドワイフ」

黒と白の縞々の横断歩道みたいなお魚のご紹介。
「ヨスジリュウキュウスズメダイ」と「オールドワイフ」です。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」よすじりゅうきゅうすずめだい
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-442.html
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」おーるどわいふ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-440.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 08:47| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年05月14日

「月の松」(東京上野 清水観音堂)

東京 上野 東叡山寛永寺の清水観音堂の西側(不忍池方向)に
美しい松がありました。「月の松」です。

DSC01414.JPG

こちらは安政3(1856)年、魚栄より刊行された歌川広重の
「名所江戸百景」の「上野清水堂不忍ノ池」にも登場する松。
看板がありました。
DSC01418.JPG

現存の松は安政の頃の松ではなくて
明治初期の台風被害でしばらくなかった後、
平成24(2012)年に復元されたものだそうです。
素晴らしい曲線を描いて円を成しています。

DSC01415.JPG

不忍池側から見るとちょうど円の向こう側に
観音堂の銅鑼が見えます。
本尊の千手観世音菩薩様はその奥。

完成に到るまでの間の年月と造園職人さんの
見事な腕前は本当にすごい傑作を生みだすものですね。

そして本堂側から見る月の松は
まるで円窓から庭を眺めているようです。
DSC01419.JPG

月の松越しに見る西方浄土。
何もない空間を円で囲まれると
途端に円の向こうが別世界のように思えてくるから
何とも不思議です。

随所に日本的な和の粋な計らいが感じられる「月の松」。
海外では盆栽ブームと言われるけれど、
上野を訪れる海外観光客は「月の松」をどんなふうに見るのだろう。
posted by Lana-Peace at 18:20| □ アート いろいろ (日本の庭園)

貝塚はこの世と神の国、死後の世界を結ぶ神聖な場所だったのでは? ――河野広道先生の論文「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」(『人類学雜誌』50(4))を読んで考えたこと

昨年10月、千葉県の飛ノ台貝塚から出土した人骨に関して
こちらのエッセイで取り上げたのですが
その後もどうしても解せない部分がありました。
貝塚は当時のゴミ捨て場として利用された跡だと私は理解していたからです。
そのような場所になぜ人骨が…?
何だかもやもやした気分だったのですが、
その後ある論文の存在を知りました。
昭和10(1935)年、人類学雑誌に発表された河野広道先生の
「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」です。

現在はWEB上、無料で論文を拝読することが可能です。
河野広道(1935)「貝塚人骨の謎とアイヌのイオマンテ」『人類学雜誌』50(4), pp.151-160


昆虫学を収めた河野先生ですが
尊父は道史編纂の初代編纂主任を務めた河野常吉氏であり
恐らく幼い頃より北海道の考古学、歴史、
アイヌ文化などへの造詣は深かったのでしょう。
その後、研究分野は考古学領域へと広がり
北海道での遺跡、貝塚の調査に多く携わられた河野先生は
少なくとも北海道の貝塚から出土する人骨は
丁寧に埋葬された場合が多いという事実から
アイヌの思想、習俗を鑑みて
貝塚に埋葬された人骨は遺棄されたものではなく
「イオマンテ」として送られたものだと考えられたのです。
今では熊の霊を神の国へ返すものとして知られていますが
河野先生によると食料とした動物、鳥、魚介類のうち食べられなかったところの他
生活に必要な猟の道具、武具、農耕具、その他食器等で不用となったもの、
壊れたものなども「送り」の対象として祭壇のそばにまとめられたそうです。
炉の灰さえも多量になると、まとめて一箇所にして神と人間との間を取り持つ
イナウを立てておくという徹底ぶりでした。
すべてのものに神を見出し、
すべてのものに感謝する、そういう思想ですね。


貝塚はこの世と神の国、あるいは死後の世界とをつなぐ
実に神聖な場所だったのだろうと思います。
そして貝塚に葬られた人骨は「送られる」人への
思いがとてもこもった証だと思いました。
故人を大切に悼む思いが今に伝わる場所、それが貝塚なのかもしれません。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
飛ノ台貝塚 抱き合った男女の人骨(複製)
(飛ノ台史跡公園博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-039.html
改変 2018/5/14, 初出 2017/10/12
posted by Lana-Peace at 13:18| ☆ 歴史から考えるグリーフケア

テンジクネズミ

今日はテンジクネズミ(モルモット)のご紹介。
ふわふわの毛、くるくるの目、かわいいなー。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」てんじくねずみ(もるもっと)1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/tenjikunezumi-1.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」てんじくねずみ(もるもっと)2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/tenjikunezumi-2.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 10:08| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年05月13日

「症候群」と聞いた時、それをどう受け止めるか? ――ある若い父親の話

医師からお子さんの病気について説明を受けた時
「○○病」とか「△△△」というような
はっきりした名前のつくものもあれば
「□□□症候群」といった名前を告げられる場合もあります。
症候群とは共通する病的変化が幾つか集まっている場合に
そう呼ばれるわけですが、
定義づけに必要とされる症候のうち、
必ずしもそのすべてが揃って診断される
というわけではありません。
あるお父様はお子さんの病気の説明時
医師からある症候群の名前を告げられました。
普段の生活の中ではあまり耳にすることのない名前。
随分不安やとまどいがあったことでしょう。

でも、彼はこう考えたそうです。
「□□□症候群」と言われてもその症状のすべてが我が子に起きるわけではない。
起こっているものが、すべてのうちのいくつかであったら
ああ、すべてじゃなくて良かった、と。
それはすべての症状だったら今よりもっと重症だったかもしれないけれど、
そうじゃなくて、ああほっとした、という気持ちです。

「症候群」と聞いた時、人によっては
まるで病気の寄せ集めのように聞こえたかもしれません。
「えー、そんなにあるんですか?」って。
でも彼の捉え方は逆でした。
あるかもしれないはずだったけど、全部じゃないなら良かった、
そういう気持ちです。

彼のそのお話を伺って、すごくジーンとしました。
そうか、そういう捉え方があるのかって。

お父様がお部屋を出られた後、
思い出した話がありました。
私が20代の頃、当時盛んにCMで流れていた
某英会話学校に駅前留学してせっせと通っていた頃のことを。
奮起して通い始めた割には
自分のあまりのできなさに愕然としたり
夜勤明けの頭には、ぽろぽろ言葉が零れ落ちていったり…。
そんなある日マンツーマンで授業を取っていた時に
あるカナダ人の先生がコップのお話を始めたのです。
コップの中に水がある、それを「これだけしかない」と思うか
「こんなにある」と思うか。あなたはどう考えるか、と。
日本語でもそんな会話、禅問答のような何か思想を問われることはなかったし
当時そんな自己啓発本も読んでいなかったことから
そう言われて私はすごく衝撃的でした。
事実は変わらなくても、その事実の捉え方によって
自分の心の行方は随分変わっていくのだと気付かされたのです。

そしてこどもが「症候群」と聞かされた時の
「ああ、全部じゃない。良かった」と
思えた彼の言葉とコップの水の話が重なるような気がしました。
少しのものを、こんなにあると思ってハッピーになれるのか。
あるいはたくさん症状があっても、
ああまだ全部じゃない、だから良かったと思って
ハッピーになれるのか。

私が英会話学校で目から鱗が落ちたような思いをした、あの年代と
そのお父様はまさに同じころ。
私は人から聞いて初めてそういう考えを知ったけれども
彼は自分の口からそう発言することができた。
なんとすごい人なんだろう。

こどもの病気、それはすぐ治るものもあれば
これからずっと一生付き合っていく病気もある。
だけど、彼のような捉え方をしていけば
どういう状況になっても、その一瞬一瞬の中で
幸せを見出していけるんだろうなあ。

また若い世代から一つ、大きなことを教えてもらった。


あなたは決して派手なパフォーマンスをする人ではないけれど
あなたの寡黙で実直な姿と言葉から、
その素晴らしさは、しっかり伝わってくるよ。
奥様も、お子さんもあなたの存在にどれだけ心救われる思いか…。

新しい治療、きっとうまくいく!

2018年05月11日

椿(蜀紅、磯波、古金襴、絞万葉、田主丸)

今日は椿の紹介です。
蜀紅、磯波、古金襴、絞万葉、田主丸です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」つばき(しょくこう)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-383.html
「いっしょにあそぼ き」つばき(いそなみ)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-384.html
「いっしょにあそぼ き」つばき(こきんらん)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-385.html
「いっしょにあそぼ き」つばき(しぼりまんよう)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-386.html
「いっしょにあそぼ き」つばき(たぬしまる)
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-387.html
http://www.keiko-cafe.com/asobo/
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 07:34| ◎ お散歩気分:花・植物・木

2018年05月10日

フンボルトペンギン

今日はかわいいフンボルトペンギンのご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」ふんぼるとぺんぎん
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-309.html
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2018年05月09日

我が子を亡くした苦悩の日々から見出したもの

待ち望んでようやく対面できた赤ちゃん、
だけど病気とわかって、あっというまに病院を移って
ICUで治療が始まり、たくさんの医療機器に取り囲まれて
ベッドの上で横たわっている我が子に対面した時、
それは産後の心も身体もとても不安定な時期のママの目に
どれほど強烈で、衝撃的だったことでしょう。
パパにとっても本当に苦しい時間だったことでしょう。

大人でも大変な治療を
生まれたばかりの小さな赤ちゃんが
本当に頑張って、頑張って生き抜いたのだけど
1カ月で天命を全うしてお空に還ってしまった。

その悲しみをママはご主人以外に話すことはできなかった。
だけど、ご主人も仕事があるから始終家にいるわけじゃない。
苦悩がますます募って、不安定な気持ちが悪化した時
最初に受診した病院では多量のお薬を処方されそうになったのだそうです。
だけど彼女はこう考えた。
「我が子を亡くした悲しさを薬が全部とってくれるのか?」
もちろん薬が本当に必要だ、というケースもあるでしょう。
それは悲しみを取り去る、という薬効なのではなくて
まずは日常生活を立て直すためのサポートとなる薬、という意味で。
しかし、そこで彼女が選んだのは語ることだったのだそうです。
だけど親しい周りの人が相手では、
かえって聴く側の方の心労が大きくなるだろうと
彼女は心配しました。
そこで語りを聴いてくれる別の医師の元へ通ったのだそうです。
1回あたりは短い時間だけれども、それを続けていくことによって
彼女は苦悩の中から光を見出すことができた。
我が子がどんなに立派に人生を生き抜いたのか。
短い人生ではあったけれど
どれほど大きな贈り物を両親に届けてくれたのか。
命が大切ってどういうことなのか、その本当のところを
息子の生きる姿から彼女はひしひしと感じたのだそうです。
我が子にまつわる思い出が
悲しみばかりで埋め尽くされる状態から抜け出していったのです。
我が子が訴えかけたメッセージをしっかり受け止めたいと。
ただ悲しみに暮れてばかりいたら
そのメッセージを見つけ出すこともできなくて
いつしか無になってしまうからと。

彼女は赤ちゃんと1カ月しか過ごせなかったけど
彼女は赤ちゃんが亡くなった後
少しずつ時間をかけてお母さんになったんだなあ。
その赤ちゃんにとって、かけがえのないお母さん。

ああ、本当に良かったなあ。
彼女のお話を伺いながらしみじみそう思いました。

信頼できる医師に出会えて本当に良かったなあ。
初診の時、その医師が彼女にかけてくれた言葉は
医師としてというよりは
同じ人間として彼女の心に寄り添ったものでした。

息子さんの話を語る時、彼女の両頬には涙が流れていたけれど
それは悲しいというよりは
やっぱり、長く健やかに生きることができたらなあという切ない気持ちと
それでも本当に息子は偉大だった、そういう感動の色を伴う涙
そんな風に感じました。

彼女のこれから歩もうとする道を
赤ちゃんはきっと見守ってくれる。
そう思いました。

イチモンジセセリ

今日はチョウのイチモンジセセリのご紹介。
一生懸命花の蜜を吸っていました。
派手さはないけど、素朴でかわいいチョウです。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」いちもんじせせり
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-240.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 11:14| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫