2017年10月31日

奇跡のような時間を掴み取るきっかけ

どんなに医師から厳しい話を受けても
それがすべての終わりじゃない。
自分の気持ちを切り替えて
今、自分に何ができるか。
今、何によってお子さんが楽しくなれるか。
それを突き詰めて、頭に浮かぶことを1つずつ
親御さんがやってみる。

その積み重ねがお子さんの大切な
そしてあたたかな人生の時間を作り出していくんだものね。
先端的な医療とか、臨床試験とか、そういう最新の何かをトライできなくても
奇跡のような時間を掴み取るための第一歩
それは、案外皆、足元にあるのかもしれない。
素朴だけど、シンプルだけど「お子さんへの親の愛情」。
それはどんなに厳しい病状の中でも
お子さんの秘めている生きる力を引き出すきっかけになるもの。

あるお母様のお話から、そのように思いました。
そのお母様の話を聞くと、人間の可能性って
本当にすごいなあって、しみじみ思う。

そして幼くして重い病気であるこどもの人生は
すべてが病院に始まり、医療によって人生が作られるのではなくて
こども本人と親・家族が自分たちの意思を反映して
彼等が自分たちで作るものなんだなあって
つくづくそう思う。
それは当たり前のことだけれども、実際入院生活が長いと
なかなかそれが当たり前にできなくなることもある。
だから、そのお母様の話は心底、すごいなあって感動する。


どうかあのお子さんとご家族に
もっともっとハッピーな時間が訪れますように…。

飛行機から見た富士山

飛行機の中から富士山が見えると、
何だかとっても気分が上がる!

そして必ず思い出すある場面があります。
病室の中で富士山の写真を手にした少年が
富士山のことを「きれいー」って嬉しそうに見ていたことを。
本当は身体がだるくて大変だっただろうに
その時は写真を持って、しっかり見ていたことを。


だからいつも思うんだあ。
飛行機の中から。
一緒に見てるんだよって。心の中で。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ うみ・やま」ひこうきからみたふじさん
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2017年10月30日

トウホクノウサギ

夏は茶色で冬は白くなるトウホクノウサギ。
動物園のケージの隅っこにいたけど
一人ぼっちは落ち着くんだって。
かわいいうさぎ。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」とうほくのうさぎ
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2017年10月29日

東京都練馬区 丸山東遺跡 ガラス玉・管玉(石神井公園ふるさと文化館蔵)

1年前に訪れた石神井公園横の石神井公園ふるさと文化館蔵に
美しいガラス玉・管玉がありました。
渋滞解消のための外環道建設にあたり、平成2年から4年にかけて
東京都練馬区大泉町3丁目で発掘調査が行われて明らかになった
丸山東遺跡からの出土品です。
弥生時代後期〜古墳時代初めと伝わっています。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「丸山東遺跡 ガラス玉・管玉」
(石神井公園ふるさと文化館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-041.html

滝沢馬琴も食べた大根と下掃除

今日の東京は冷たい雨で、おでんが一層おいしく感じられる季節です。
おでんの中に欠かせないのが大根、大根と言えば浮かんでくるのは練馬大根ですが、
徳川5代将軍綱吉によって始まったという説と
上練馬村に住む農家の又六さんが作り始めたという説があります。

起源はいかなるものか、定かではありませんが、まあそれはよしとして
東京都練馬区の石神井公園のそばにある石神井公園ふるさと文化館には
農作物を題材にした戯画『山畑道化合戦之図』で描かれている大将を
練馬大根と解説されていましたから、
江戸時代の練馬大根は相当有名だったことでしょう。

『南総里見八犬伝』の著者として知られる滝沢馬琴の『馬琴日記』にも
大根の話が登場するのだそうです。
天保2(1831)年11月10日のこと
馬琴宅のトイレの汲み取り掃除をした伊左衛門さんが、
掃除代として持ってきた干し大根300本を
翌日、妻お百と嫁おみちの二人で三樽分の沢庵糠漬けにしたというお話です。

今では掃除をしてもらった方が掃除をした方にお金を払いますが
当時は逆でした。
下掃除で得られる糞尿は、農家の大切な肥料源だったからです。

さて下掃除と大根のことで、興味深い文書が残っていました。
馬琴の日記から10年経った天保12(1841)年2月のことです。
石神井公園ふるさと文化館に「御請書一札之事(おうけしょいっさつのこと)」が
展示されていました。
虫食い跡の残る文書はいかにも、年代を感じさせます。

DSC07598.JPG

今から10年前、在籍していた京都造形芸術大学の
古文書解読のスクーリング授業の時には
何度崩し文字の古文書を読んでも、はーとため息ばかりで
頭を抱えていたなあと思い出しましたが
こちらの文書には読み下し文と解説がありましたので
そちらの助けを借りてご紹介いたします。

豊島郡土支田村の金治郎さんは、武家屋敷の下掃除をする契約を結んでいました。
掃除にあたって年間金2両を支払う、
ただし物納の場合は沢庵漬1500本を納めるという契約だったのです。

DSC07599.JPG

しかし大根の価格が上がり、天保12年当時は
沢庵漬1500本は金2両以上の価値があるから、
差額分を金治郎側に払ってくださいと大沢修理太夫宛にお願いをしたのでした。

江戸時代の人はきっと今のスーパーの大根の安売りを見たら、
仰天することでしょうね。

大根の中にいろんな歴史あり……です。
そう考えると何気なく食べる大根によって、昔の人と繋がっている
そんな不思議な感覚になります。
posted by Lana-Peace at 13:10| アート / 歴史 いろいろ

2017年10月28日

縄文後期の母の慈愛 千葉県 古作貝塚の女性とこどもの人骨

千葉県の中山競馬場敷地内にある古作貝塚にて、
昭和58年(1983)、船橋市遺跡調査会による第2次発掘調査が行われました。
そこで縄文後期の人骨44 体が出土しましたが、
女性と小さなこどもが一緒に埋葬されている例が含まれていたのです。

2-3歳のこどもを慈しむように胸に抱きしめている女性
そして女性の太もものそばに眠る小さな赤ちゃん。
女性は二人のこどもの母親だったのでしょうか。
出土された人骨から女性の子への慈愛が滲み出ているかのようです。
縄文時代の人々は、死後の世界を確信して
ずっと3人が一緒に居られますようにと願って埋葬したのかなあ。



詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「古作貝塚 女性とこどもの人骨」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-040.html

2017年10月27日

小さな気付きの始まり

お子さんが急変した時、たくさん集まってくる医療従事者、
お子さんのベッドから離れたところで
お子さんの様子を見守る親御さん。
そんな時、親御さんは自分を無力だと感じるかもしれない。
「自分はこどものために何もできていない…」と。

でも「あれ?何か変。」「何かいつもと違うなあ。」
そういう親御さんの気付きが
お子さんを救うきっかけになったのです。
その気付きは決して小さなものではないのです。
それがすべての始まりになったのだから。

医療処置は医療従事者に任せれば良い。
だって、それが彼らの仕事なのだから。
気付きがどれだけ大きな力を持っていたか
どうか忘れないでほしい。
そしていつもお子さんをずっと見守っていた
親御さんだからこそ、小さな変化でも
見逃さなかったのだろうと思う。


あなたは無力なんかじゃない。
あなたは何もできていなかったのではない。

あなたの気付きが、
あなたが「何か変。先生を呼んで!」と頼んだことが
本当にすべての始まりになったのだから。
あなたの気付きは本当に素晴らしかったのだから。

あるお母様のお話を聞いて
そのように思いました。

お子さんが一歩ずつ、着実に元気になれますように!
お子さんも頑張っているよ!
ママの見守る祈りを生きる力に変えて!

「キリ」「シリブカガシ」「ナツメ」「センダン」

今日は木の実をご紹介。
いろんな実があって、かわいいよ。
「キリ」「シリブカガシ」
「ナツメ」「センダン」です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」きり
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「いっしょにあそぼ き」しりぶかがし
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「いっしょにあそぼ き」なつめ
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「いっしょにあそぼ き」せんだん
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2017年10月26日

「アカクラゲ」「カブトクラゲ」

水の中でゆらゆらきれいな
「アカクラゲ」「カブトクラゲ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」あかくらげ
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「いっしょにあそぼ みずのいきもの」かぶとくらげ
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2017年10月25日

「ガムシ」「ゲンゴロウ」

水の中でかわいい表情の小さな生き物のご紹介。
「ガムシ」と「ゲンゴロウ」です。
ガムシはゲンゴロウに似ているけれど
泳ぐのはあんまり得意じゃないんだって。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」がむし
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「いっしょにあそぼ むし」がむし げんごろう
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2017年10月24日

覚悟が生み出す慈愛の時間とこどもの可能性

積極的な治療を進めるか、
緩和的な治療を進めるか、
そのどちらであっても、ご両親が
お子さんにとって一番良いと思われる方を選んだのだから
それはお子さんにとっての大正解なのだと思います。

だけど、どちらを選んでも
やっぱりその途中で
親御さんは自分たちの気持ちが大いに揺れることもある。
選んだ方の治療が良かったのか、そうではなかったのかと。

だけど、あんなに嬉しそうなお子さんの笑顔、
その瞬間、瞬間が生まれてくることが
迷いにとっての答えになるのだと思います。

現代の医学の最高水準で考えて
これ以上の治療は難しいなと思われても
親の注ぐ愛情と
愛情の作り出すあたたかい時間と環境は
奇跡のような時間を作り出すこともあるのだと思いました。

それは奇跡と言うよりも
起こるべくして起こっているのかもしれないけれど…

他の人から見たら、どんなに大変な状況だろうと思われることも
親御さんの意識の持ち方で過ごす時間が変わってくる。
そこから生みだされる環境は、医学だけでは決して作り得ない環境。
誰も予想し得ないこどもの生きる可能性を育むものが
親の愛情なのかもしれない。

その可能性とは「生かされている」のではなくて
「活き活きと生きている」と言える時間を過ごせること。

可能性を生みだす愛情は
親の覚悟によって
心を改めて仕切り直して
生み出されたものだから、
揺るがない強さを持つのかもしれない。

慈愛に満ちたあたたかな時間で過ごせるって
こんなにもこどもの可能性を引き出すのだなあと
あるお母様のお話からしみじみ思いました。

小さな身体の命は
とても大きなことを教えてくれる。

彼の笑顔がもっともっと、続きますように。
あのご家族がたくさんの幸せと共に過ごせますように。

「サルビアネモローサローゼンウェイン」「オーニソガラム ダビウム」「アマギノクサキ」

小さなお花がいっぱい集まってお花を形作っているものをご紹介。
「サルビアネモローサローゼンウェイン」
「オーニソガラム ダビウム」
「アマギノクサキ」です。

近くで見ると、よくわかる。
小さなお花の素晴らしいところが!

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」
さるびあねもろーさろーぜんうぇいん 
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おーにそがらむ だびうむ
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あまぎのくさき
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2017年10月19日

お子さんの看病中の親御さん、時には気晴らしも必要です!

お子さんの治療、なかなか先が見えない時、
親御さんはこれからどうなっちゃうんだろうと不安がいっぱい。
でも、そういう時はあなただけがそう思うのではなくて
家族みんながそう思っているのです。

だから、気晴らしに出かけるときは
家族みんなでできることをすると
家族の中のモードが一気に変わる場合があります。
今、どんなに大変な時でも
それを乗り越えたら、あとで振り返った時
懐かしい思い出になります。
お子さんが大きくなった時に
「あの時、みんなで頑張ったんだよ」って
お話できるように…
今は気晴らしも大事な大事なプロセスです!
だから「こんな時に、不謹慎かも…」なんて
後ろめたく思わないで
ONとOFFしっかりつけていきましょう!

だって親御さんだって人間なのだから。
ずっと緊張とネガティブモードの中で過ごしていると
いつか親御さんがばててしまう。

先日お目にかかったお母様のお話から
そのように思いました。

親御さんの心の体力は
自分たちで作れるのだから!

2017年10月18日

こどもの生きる力

医師からあんなに厳しい話をされたら
ご家族は毎日がもう、悲しくて涙ばかりで
お子さんに会う時に気分が沈みがちかもしれない。
一緒に過ごす時間が、もしかしたら
いたたまれないと感じるかもしれない。

だけど、日々一日、その時間の中で
親としてできることを一つ一つ
たとえ小さなことでも見つけて
一つずつ実践して
お世話できることを
「楽しくて仕方ない」って
ポジティブ思考に変えているお母様。

ご家族みんなの醸し出す
ポジティブな雰囲気のお部屋の中で
お子さんはどんなに嬉しいことだろう。
厳しい話をされた時よりも
お子さんはとても心地良く過ごせている。

きっとご家族の愛情のなせる技。
どんな治療よりも、何よりも
そういう時間でお子さんを包むことが
生きる力を引き出してくれるね。

家族みんなでお子さんのために描いてくれた絵。
病室の壁は、あったかさでいっぱい!!!

お子さんとご家族が
穏やかでハッピーを感じられる時間が
もっともっと続きますように…

韓国 釜山-金海鉄道

韓国の釜山金海軽電鉄は
高架の上にレールが作られた電車だから
窓から見える風景は広々。
小さな電車だけど元気に走るよ!

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
ぷさんきめけいでんてつ(かんこく)
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2017年10月17日

「イソフジ」「タイサンボク」「クチナシ」「リュウケツジュ」

かわいい実がなっている木のご紹介。

「イソフジ」「タイサンボク」
「クチナシ」「リュウケツジュ」です。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」いそふじ
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「いっしょにあそぼ き」たいさんぼく
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「いっしょにあそぼ き」くちなし
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「いっしょにあそぼ き」りゅうけつじゅ
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2017年10月16日

親を案じ、迎えに来るこどもたち ―奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く』ポプラ社 から考える

死後の生があると信じたい…亡き子は安らかに、心地良く過ごしていると信じたい…
死後の生を証明することは難しいことだけれども、
でも確かに死後の世界の存在を実感できている人がいることは、
否定できない事実でもあります。

緩和ケア医の奥野滋子先生の本(※)の中に、亡くなる前に、
早世したお子さんとの再会を迎えた方々のお話が登場していましたので、
ご紹介したいと思います。

※奥野滋子(2015)『「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま』ポプラ社

幼く亡くなっても成長し続ける我が子は
いつまでも親の恩を忘れてはいないのです。


Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「親を案じ、迎えに来るこどもたち」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-068.html

言葉にならない笑顔の行方

医療者が患者さんのご家族を気遣い
言葉をかけ、いろいろ尋ねたとしても
大変さを表すような表現が
ご家族から返ってこないことがあります。
その代わりに穏やかなほほえみと会釈が返されて
その場が終わるかもしれません。


そういう時、
「大丈夫です、私達!」という方もいらっしゃいます。

でも実はそうでないこともある。


胸が詰まってしまい
言葉が出てこないから
ただ、作り笑顔で黙っていた…
そういう方もいらっしゃるのです。


もしも笑顔の背中がとても寂しそうだったら
その裏に、隠されている
言葉に出来ないほどの苦悩の存在を
見過ごさないでほしいなあ。


先日あるお母様の話を伺って
そのように思いました。

お子さんの治療の中で
いろんなことが山あり谷あり。
落ち込む心を引き上げるのは大変だけど
ひとりぼっちではないからね。
あなたのことを心配して
何かあなたの役に立ちたいと思っているけれど
どうすれば良いのかわからなくて
ただ、できるのは見守ることだけ…
そういう人が必ずいるのだから。

途方に暮れた時は、周りを見回してみよう。
ひとりぼっちの闇の中で
孤独の殻に閉じこもらないで…。

屋根の上のカボチャ

旅行先、電車を待つホームの向こう側の家の屋根
なんと大きなかぼちゃが栽培されていました。
つるがのびて、屋根の上でお花が咲いて
そのまま大きくなったのかなあ?


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ くだもの・やさい」かぼちゃ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/kudamonoyasai/yasai-12.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月13日

トビハゼ

とびはぜは泥の中でかくれんぼも上手だし
壁をつたって、ぴょこぴょこっと
上に登って行くのもとっても上手!

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」とびはぜ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-416.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月12日

7000年も前の貝塚から発掘された抱き合う二人の人骨

千葉県船橋市の飛ノ台貝塚から
平成5(1993)年の発掘調査で二体の人骨が発見されました。
年の差数年の壮年期男性と思春期女性のお二人は
向かい合い、抱き合った状態で発掘されたのです。

7000年も前の時代の貝塚、
死後もずっと一緒にいたいと願った二人の思いは
ずっとずっと続いているのだなあと思います。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「飛ノ台貝塚 抱き合った男女の人骨(複製)」
(飛ノ台史跡公園博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-039.html

高いところで作業をする車

空港のような大きな建物の上の方の窓、
修理が必要な時、その作業って大変ですね。
韓国 釜山の金海空港では
空中作業をする車が大活躍でした。
安全に高所作業できるように
クレーンをしっかり伸ばしていました。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(りく)」
たかいところでさぎょうをするくるま
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono1/kuruma-80.html
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2017年10月11日

「不運」と「不幸」は違うもの ―風見しんご著『えみるの赤いランドセル』『さくらのトンネル 二十歳のえみる』より考える

(詳しくは取り上げた風見しんごさん夫妻が小学五年生の長女を交通事故で亡くされた後、
当時三歳だった次女が小さいながらも親を気遣う発言を見せたことにより
風見夫妻が我に返ったお話をこちらで取り上げましたが
今日は苦悩の日々の中でしんごさんが
「不運」と「不幸」は違うと気付き
いつか娘と笑顔で再会できるよう
気持ちを切り替えて過ごすようになったお話をご紹介したいと思います。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
悲しみで心の中がふさがった時
「不運」と「不幸」は違うもの
http://www.lana-peace.com/2/2-1-063.html

チーター

チーターは時速100キロくらいで走れると言われるけど
その理由の1つは足の爪を出したまま走るから。
でも、立ち止まったり休憩している姿も格好いいよ!

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。


けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」ちーたー 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/cheetah3.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」ちーたー 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/cheetah4.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月10日

感嘆符の葉っぱを増やす生活 ―韓国ドラマ「嫉妬の化身」から考える

韓国ドラマ「嫉妬の化身」に登場するチョ・ジョンソク氏扮する
テレビ局男性記者 イ・ファシンは乳がんがわかり、
女性に混じって治療が始まる…という設定で
いろいろ考えさせられることが多いドラマですが
湿っぽいドラマではなくて、明るいラブコメディのドラマです。
そのドラマの第18話の中に
とても良い言葉がありました。

その言葉は長期入院のため、院内学級に通っているこどもたちと
とても重なる部分があります。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
病気と一緒に生きていくこと
「感嘆符の葉っぱを増やす生活」
(韓国ドラマ『嫉妬の化身』から考える)
http://www.lana-peace.com/1/1-1-100.html

キバナコスモスの蜜を吸う蜂

秋になると、元気なオレンジ色の花を咲かせるキバナコスモス。
その蜜を、どうやら蜂はとっても好きみたい。

蜂は花の上でくるくる回りながら、角度を変えて
蜜をいっぱい吸っていました。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ むし」
きばなこすもすのみつをすうはち 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-219.html
きばなこすもすのみつをすうはち 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mushi/mushi-238.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月09日

岩名天神前遺跡の壺型土器・甕型土器・発掘骨(明治大学博物館 蔵)と古代人のグリーフケア

岩名天神前遺跡は昭和38(1963)年、千葉県佐倉市で耕作中に
偶然土器が発見されたことをきっかけに、
発掘が始まり、その存在が明らかになった遺跡です。
ここから弥生時代中期の7基の墓壙が発掘され
そのうち数点、壺型土器、甕型土器や発掘された骨が、
明治大学博物館に展示されていました。

甕型土器は日常使いの転用かも知れません。
しかし壺型土器はその高さに対して底面積が明らかに小さく
はじめから非日常の特別なもの、聖なるもの、とした扱いで
作っていたのかな?と想像します
表面の線描は円形、直線、曲線、いろいろな形が組み合わせられ、
そして壺開口部の形はシンプルなものもあれば、
すこし波がかったものもあります。
とても美しいです。

埋めてしまう、すなわち人目には触れなくなるものでありながら、
美しい壺を用意したということ…
それは故人を追悼し、敬う気持ちの現われだろうと思います。
美しい造形、線描を1つ1つ作りながら、
壺や甕を完成していく時間は、当時の人々にとって、
グリーフケアに相当したのではないでしょうか…。

明治大学博物館の展示物を見学した後
春成秀爾先生の論文(※)を合せ読むと
それぞれの発掘物の向こう側に、
当時の人々の人生や思いが垣間見えてくるようです。
※春成秀爾(1993)「弥生時代の再墓制」
『国立歴史民俗博物館研究報告』第49集, pp.47-91


詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
岩名天神前遺跡 壺型土器・甕型土器
(明治大学博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-038.html

「リギダマツ」「ヒノキ」「タイワンモミジ」

木の葉っぱはいろんな形がありますね。
細い針のような葉っぱ、
平べったく細い紐みたいな形で横に仲間を増やしていく葉っぱ
はさみでチョキチョキ切り取ったような葉っぱ。

「リギダマツ」「ヒノキ」「タイワンモミジ」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ き」りぎだまつ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-320.html
「いっしょにあそぼ き」ひのき
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-299.html
「いっしょにあそぼ き」たいわんもみじ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ki/ki-220.html
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2017年10月06日

出流原遺跡 顔面付壺型土器ほか(明治大学博物館蔵)

昭和39(1964)年、栃木県佐野市の市立出流原小学校の
プール建設の事前調査をきっかけに発見された出流原(いずるはら)遺跡。
こちらから出土した顔面付壺型土器と、
顔面のついていないシンプルな壺型土器、
素朴な美しさがあります。

弥生時代中期前半のものと推定されていますが
当時の人々は故人を再葬する時、掘り起こした骨を
単なる物質としてみなしたのではなく、
故人として尊重したことが、とても強く伝わってきます。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
顔面付壺型土器ほか
(明治大学博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-037.html

チョコレートケーキにかかっている粉砂糖のような雪

今日は東京も随分秋深まった寒さですけれど
北の方で標高の高い山の方は
雪も少し風に舞っているでしょうか。

飛行機から見る山の雪はまるでチョコレートケーキに
かかっている粉砂糖のようですね。
そういう風景はやっぱり上空からじゃないと難しいですね。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ うみ・やま」
ちょこれーとけーきのこなざとうみたいなやまのゆき
http://www.keiko-cafe.com/asobo/yama/yama-10.html
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2017年10月05日

娘への愛情と他人様への子への慈愛が溢れた杉山公園(東京都中野区 新中野駅付近)

東京メトロ丸の内線 新中野駅を出て、
青梅街道を荻窪方面へ向かうと
すぐそばの交差点の角に杉山公園があります。

KIMG0105.JPG

このあたりは何度も訪れている場所だけれども
先日、公園の看板と石碑を見て、ようやく公園の由縁を知りました。

明治の実業家 杉山裁吉(さいきち)氏は令嬢みさをさんの病気療養のため、
当時自然豊かな田園風景が広がっていたこの地へ転居してきたそうですが
明治四十一(1908)年、残念ながらみさをさんは
二十五歳の若さで亡くなってしまいました。
また大正十四(1925)年、杉山夫人が逝去。
それを機に裁吉氏は当時の中野町に、邸宅と土地の寄付を申し出て
こどもたちが健やかに育つことを祈願し
ここをこどもたちが遊べる公園にするようにと希望し
親子三体の地蔵尊を彫った石碑も建立されたのだそうです。
そして昭和六(1931)年、裁吉氏が逝去。
当時の東京市は昭和九(1934)年三月、杉山公園として開園したのだそうです。

現在は広場と遊具が整備された場所で
近所のこどもたちがたくさん遊びに来ています。

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裁吉氏の建立した地蔵尊のそばの石碑には
「杉山氏の血統は絶えたけれども、杉山家代々の精霊は
永くここで中野町の繁栄と住民の幸福を祈る」といった内容が記された
古い石碑もありました。

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青梅街道と中野通りが交差し、マンションやビルが乱立する交差点の一角に
ぽっかり空いた公園の空間。

みさをさんが亡くなって、もう100年以上たっていますが
杉山夫妻のみさをさんへの愛情と
杉山夫妻が他人様の家庭の子に向けた慈愛はずっと永遠ですね。

なんだか目にする公園の風景と空気が
変わったような気がしました。

岩櫃山遺跡 壺型土器(岩櫃山式)(明治大学博物館蔵)

群馬県吾妻郡の岩櫃山遺跡から出土した壺型土器、
こちら弥生時代中期の再葬墓遺跡だそうです。
岩肌が荒々しい存在感たっぷりの岩櫃山に
再葬のため用いられた壺型土器は
やさしい色合いで、直線、波線の美しい線文様で飾られていました。
底面に対してかなり真ん中が大きく膨らんだこの壺、
焼成するには随分、慎重さが求められたことでしょう。
長い時間の流れがあっても、故人を偲ぶ気持ちを持ち続けていたことが
伝わる壺型土器です。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
壺型土器(岩櫃山式)(明治大学博物館蔵)
http://www.lana-peace.com/2/2-4-036.html

カササギ

黒、青、白の羽が美しいカササギ。
尾羽がぴんっとまっすぐ長いから、
とても姿勢よく、ピリッと見えます!


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ とり」かささぎ 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-293.html
「いっしょにあそぼ とり」かささぎ 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-294.html
「いっしょにあそぼ とり」かささぎ 3
http://www.keiko-cafe.com/asobo/tori/tori-295.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月04日

飛行機の翼とスポイラー

飛行機が減速・着陸する時に
翼から現れるスポイラー。
すごい空気抵抗に負けない強さは
本当にびっくり。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ のりもの(みず・そら)」
ひこうきのつばさとすぽいらー
http://www.keiko-cafe.com/asobo/norimono2/hikoki-25.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月03日

姉の名前を名乗る妹

突然、交通事故で命を断たれてしまうことになった小学生の女の子。
そこから始まった両親の苦悩は
3歳の妹の目にもはっきりと映っていたのでした。
そして妹の口から出た言葉は…

テレビでは明るい口調と笑顔でおなじみのタレントの風見しんごさんの
長女えみるさんと次女ふみねさんのお話をご紹介したいと思います。
たとえ幼いこどもであっても
悲しみに沈む親を三歳なりに助けようとする健気さは
大人の気持ちを我に返らせてくれるものですね。

詳しくはこちらに書きました。


Lana-Peaceエッセイ
お子さんを亡くした古今東西の人々
「姉の名前を名乗る妹」
http://www.lana-peace.com/2/2-2-027.html

こどもにとって緩和医療とは何か

医師からお子さんの治療の選択肢として
「緩和医療」を挙げられると
親御さんは、戸惑う気持ちがあるかもしれません。
「どういうこと?」
「もう治ることを目指した治療をしないってこと?」って。

でも、私が個人的に思うのは
緩和医療とは「将来を諦めて選ぶ」医療ではなくて
「お子さんがより心地良く過ごせる時間をどんどん増やしながら
その人本来の力を取戻すためのきっかけを
作っていくための医療」なんだということ。

いろいろな厳しい治療を耐えてきた身体。
緩和医療を選ぶことは
こどもたちの「現状の中でも精一杯生きようとする力」を
より強く引き出していくことにつながると思います。
人間本来の、生きていこうとする力を。

緩和医療を選ぶことは
決して諦めではありません。
決して、お子さんを見放したのでもありません。
お子さんの幸せって何か
その原点に返った時に、選ぶ道の一つだと思います。
だから、緩和医療を選ぶことによって
親が自分を後ろめたく思わないでほしいです。

心地良く過ごせる時間が増えることによって
お子さんの身体にみなぎるもの
その可能性を信じていく治療
それがこどもにとっての緩和医療だと思うから。

あるお母様のお話から、そのように思いました。

お子さんとご家族が
心地良く過ごせる時間が増えて
これから新たな希望を持つことができますように…。

「クリーピングタイム」「セントランサス ルベル コッキネウス」

今日は小さなお花がたくさんあつまったお花
「クリーピングタイム」と 
「セントランサス ルベル コッキネウス」のご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」くりーぴんぐたいむ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/c-t1.html 
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」せんとらんさす るべる こっきねうす
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/c-r.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月02日

山清全州崔氏古霊宅喪輿(韓国国立民俗博物館蔵)

赤や青や黄色の色鮮やかで美しい4層構造の建物
実は亡くなった方を埋葬された場所まで運ぶ喪輿です。
160年前、韓国で作られたこちらの喪輿、
韓国の国立民俗博物館(ソウル)に展示されていました。

死後、守られ導かれて行き着く先は
鮮やかな世界であり、そこで新たな生活が始まる
そう感じられる喪輿でした。

詳しくはこちらに書きました。

Lana-Peaceエッセイ
アート・歴史から考えるグリーフケア
「山清全州崔氏古霊宅喪輿
(韓国国立民俗博物館蔵)」
http://www.lana-peace.com/2/2-4-035.html

「ウェスタンレッドスコーピオンコッド」「アカハタ」

薄い紅色のお魚
「ウェスタンレッドスコーピオンコッド」「アカハタ」のご紹介。


病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」うぇすたんれっどすこーぴおんこっど 
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-391.html
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」あかはた
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-392.html
http://www.keiko-cafe.com/

2017年10月01日

時間の流れが助けになるとは?

お子さんを亡くされた後、始まる新しい生活。
ぽっかり穴が開いたようで、それでも朝は始まり、続く日常の時間。

人によっては無理にでも外に出ることによって
自分は救われたと思う方もいらっしゃいます。
でも、流れる時間の中で自分だけが置き去りにされたような
そんな気持ちになる方もいらっしゃいます。
なかなか新しいことに踏み出せなくて。
踏み出す力も湧いてこないし、そうしたいと思わないし。
そういう時は、亡くなった後のお子さんと
心の中の対話が十分持てていないことが大きい印象を受けます。

お子さんのことをよくわかっている誰かに話す、
でもそれがいつもできるわけではありませんね。
ご家族の間でも「辛くなるから話したくない」と思う人もいれば
「もう前を向いて生活しなくちゃ」と思う人もいれば。
家族からそういう言葉が返ってくると
「家族にさえも、もう自由に話ができない」って
すごく閉塞感を感じるかもしれません。

そういう時は日記で自分の思いを綴るも良し、
お子さんにお手紙を書くも良し、
あるいは、心の中で自問自答するも良し。
お子さんへの語りかけを繰り返すうちに
最初の頃の気持ちと、だんだん気持ちが変わってくることもあります。


もし、あなたがこの世の人生を終えた時
お子さんがあなたを迎えに来てくれた時、
あなたはお子さんに、どんなこと、お話できますか?

あなたと共に過ごせなかった時間を
お子さんは「それから、それから?」って尋ねてきた時
お子さんの顔が曇るようなことしか話せなかったとしたら…
そこで悔やむのはきっとあなただと思うのです。

お子さんが亡くなった後の感情について
「時間の流れが助けになった」と言う方もいれば
「時間が解決するわけではない」と言う方もいます。
もちろん時間の流れによって、お子さんが亡くなった事実や
その時の感情が風化されるわけではありません。
でもどうして「時間の流れが助けになった」と言えるのか?
もしかしたらは、時間がただ過ぎていった…というわけではなく
時間の流れのなかで
「それから、それから?」の続きを
お子さんが笑顔で聞けるような生き方をしようと
努めていたのかもしれません。


無理に何かしようとする必要はないけれども
機が熟した時に、踏み出す一歩。
そこでは必ずお子さんが背中を押してくれているはずです。


これから新しい一歩を踏み出そうとしている
お父様のお話を伺って、そのように思いました。