2018年10月21日

山本達彦氏40周年コンサート「TATSUHIKO YAMAMOTO 40TH ANNIVERSARY CONCERT !! Life In Music」(六本木)

2018/10/20、六本木の「EX THEATER ROPPONGI」で開催された
山本達彦さんの40周年記念コンサートに行ってきました。
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会場入口には山本さんの歌の作詞を多く手掛けらてきた
作詞家の松井五郎さん、吉元由美さんからのお花がありました!
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開演前のステージはこんな感じ。
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とても音の響きが良く、照明が美しい会場でした。

そして山本さんの歌声とグランドピアノの演奏は
いつもにも増して一層艶やかで
そして大人の色香漂う素敵な時間でした!

当日の山本さんは照明のせいか座席からは
ブルーグレーに見えるスーツに
白のシャツ、ポケットチーフで
黒の靴は山本さんがリズムを刻んだり、ピアノのペダルを踏むたび
キラキラとライトを反射してそれもまたきれい。


当日のバンドメンバーは伊藤ハルトシさん(g,vc),
青柳誠さん(p,key), 戸川智章さん(b),
江野尻知宏さん(ds), 本田雅人さん(sax)。

一流のアーティストぞろいでみなさんソロパートの部分も
もっとじっくり聞きたいなーって感嘆するような演奏でした。

いつものマンダラのライブやTrioのライブに参加されていた
戸川さんと江野尻さんは最初の紹介の挨拶の時の表情が
結構よく見えたのだけれど、お二人とも90度近く
深々といつもより長めにお辞儀されていました。
その表情はどちらもこのステージに立つことを
誇らしく思っていらっしゃる、そんな感じ。

山本さんはコンサート当日の朝
これまでの軌跡を振り返って
40年やっていて本当に良かったな、って思ったそうです。
デビューされて最初の頃は
自分の路線をどうするか
悶々とした日々が続いたそうですが
いただいた仕事はなるべく断らないで
トークが苦手でもFM東京のDJに挑戦したり
とお話されていました。
当時、日石サウンド・ステーションから流れてきた
山本さんの声はそんな苦手意識があるようには
感じられなくて、とても爽やかだったけど。

そして曲をゼロから作り出す産みの苦しみは感じていて
毎日、作れなかったらどうしようと緊張していたそうですが
曲ができると「一歩越えられたな」って
自分の限界を越えたような気がして、
最高の喜びだと語っていらっしゃいました。

また山本さんの寡黙なお父様は、山本さんの新しいアルバムが出て
コンサートをする時はお勤め先の方たちによろしく、と宣伝したり
どんなに小さくても山本さんの取材記事を見つけて
執筆されていた雑誌の連載記事も切り抜いて
スクラップ帳に貼っていたそうです。

一芸に達してほしい、そう願ってつけられた「達彦」というお名前
そのお名前通りの活躍をされるご子息に
お父様は嬉しさでいっぱいだったことでしょう。

山本さんは「健康と気力があれば、まだまだできるかな?
皆さんの顔を思い浮かべながらこれからも勤しんでいきたい」と
お話されていました。
今年御年64才ですが、若い時とは違った
大人の魅力いっぱいで輝いていました。

そして「なぜかわからないけど
今日は特に感無量。
年齢のこともあるのかわからないけど
ファンになんと感謝していいかわからない。
音楽で精一杯(感謝の気持ちを表そうと)やった」
とおっしゃってました。
「いろいろあったけど自分も乗り越えて
それなりの現実も自分の中で受け止めて音楽を作ってきた。
若い頃いろいろ経験したことがいろいろ良かった。」
一言一言に歴史があるんだよなあ。。。

印象になった曲をいくつか。

「前奏曲」は伊藤さんのチェロがもう切なすぎて
今回の「ラストグッバイ」のアレンジは
とっても素敵なしっとりしたテイストで
それぞれのミュージシャンの良さがよくでていて
江野尻さんの刻む控えめなビートをバックに
最後に山本さんのハミングに本田さんの
応えるようなサックスは、ああもう名曲中の名曲だなあ。

そう言えば今回戸川さんのウッドベースがなかったのは
ちょっと残念だったけど、でも戸川さん、
コンサートの間、かなり笑顔が多くて
「Swingin' in the rain」のベースはとっても良かった。

「Le Mistral」では青柳さんのキーボードが
山本さんの歌声と掛け合いみたいですごく光っていた。

「哀しみのテレグラム」では
本田さんのサックスの音色とコーラスの声質が
こんなに山本さんに合うとは驚きでした。

「夜のピアノ」は
「人生、こんな風に歩んでみたい、こう歩むべきだ、
そう思って20代の幼い自分ながらに感じて作った曲」と紹介され

先月発売になった新しいアルバム「One Step Ahead」の中から
歌われた「One Step Ahead」は
ピアノを弾かないで椅子に座ったまま
ジェスチャー交じりでリラックスした感じで
歌っていらっしゃいました。
「うまくいかなくても 
 なにもできなくても
 すべてがそれで終わりじゃない。
 運命はどうにでもなるはずだろう。」で始まる松井五郎さんの歌詞。
なんだか山本さんに人生相談聞いてもらっているみたいでした。

「派手な曲じゃないけど前に進んでいるような気がして……」
とご自身で紹介されて始まった「From The Night」は
イントロの時に
「One step Ahead 毎日地道に僕は生きていこうと思っています!」と。
そして別の曲の時にも
「今ある自分だけでなく一皮も二皮も剥けていけばいいな」
ともおっしゃっていました。

山本さんはこの日に向けて1年間頑張ってきたそうで
「ぼくにとってメモリアルな1日が出来ました。」と
嬉しそうにしみじみ語っていたけど、
私も嬉しかったなあ。
だって6年前のこの日は手術のために入院した日だったから。
あの時はもう初めてのことで気持ちはおろおろして
これからどうなるんだろうって、もうその日1日を過ごすのが
精一杯だったけれど
6年後の10月20日にこんな素敵な時間に充たされているとは
想像すらしていなかった。
「One step Ahead」の松井さんの歌詞の最後はこう結んでいます。
「運命を出し抜け!!それでいいのさ!!」
まさにそうだなって山本さんの歌声を聴きながら
実感しました。

私にとってもメモリアルな1日になって
とっても嬉しかったな。

六本木駅までの帰り道、突然の雨に降られちゃったけど
だけどとっても素敵な波動に包まれた時間のなかで
すごく癒された時間でした。


山本さんがこれから一歩ずつ進み究めていかれる音楽の道に
これからも幸せがいっぱいありますように。
posted by Lana-Peace at 22:23| □ アート いろいろ (音楽)

2018年10月20日

動いた分だけ現在進行形、と覚悟を決めた父

「あなたのお子さんの病気は○○○○○です」。
そう医師から言われて、今迄1度も耳にしたことのないような病気の治療に
これからどうなっていくんだろうと、心が翻弄されたお父様。
そしていろいろな治療が始まっても
すっきり思うように回復しない日々。
親として、この子に何をしてあげられるんだろう…
頭の中はぐるぐる、ぐるぐる。
どこに向かって歩いていけばいいんだろう。
そして歩こうと思った途端に外野からあれこれ入ってくる声。
進むのか、止まるのか、別の道を探すのか?

そういう時、彼は自分の選んだ道を前に進もうと決めたそうです。
考えているだけじゃ物事は進まないから、って。
そして自分が動けば、動いた分だけ現在進行形だからって。

名言だなあと思いました。
「動いた分だけ現在進行形」

もちろん彼は無防備に道を突っ走るのではなくて
その前に十分、その道に進む時の様々なリスクも考えたそうです。
奥様と話し合って。
でも、結局はやってみなければわからないことが多い。
そして、もし自分たちが期待したような結果につながらなくても
その時は、またそこから最善の道を考えていけばいいのだと
思ったそうです。
こどもがこうして頑張っているのだから。


そう語ってくれました。
若い父親のその覚悟、私にはあまりにも神々しくて眩しかった。

あなたのその覚悟、
それを知ったらお子さんはきっと心強く嬉しく思うことだろう。

新しい治療、きっとうまくいく。

北海道 厚真町 山口農園のハスカップジャム

地震で大きな被害を受けた北海道厚真町、
ふるさと納税の返礼品で
山口農園のハスカップジャムが届きました。

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金色の蓋と銀色の蓋。
金の方が甘みが強いもの。

今朝の朝食はクルミパンに金色の蓋のジャムを
たっぷり塗っていただきました。

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このジャム、ジャムと言うよりも
コンポート、といった方が近いです。
大粒のハスカップがしっかり形が
残っているでしょう!
でも、硬いものではなくて
口の中ではふわっと溶けます。
咀嚼の弱い方でもおいしくいただけますね!

そして甘みと酸味が丁度良いバランス。

北海道の自然の恵みと
ハスカップを手塩にかけて育てて、
丁寧にジャムに加工して、発送してくれた
そうしたいろんな人の思いが
いっぱい詰まったジャムでした。

少量の瓶なので
一瓶を新鮮なままでいただくことができます。

被災がわかった時、厚真町の応援になればいいなと思って
山口農園と土居農園両方の返礼品の
ふるさと納税を申し込んだけれども
今回、土居農園さんの方はジャムの用意が難しい、
ということで山口農園さんのジャムが
代わりに送られてきました。
きっと土居農園さんのジャムも
同じように北海道の日差しをいっぱいあびた
おいしいジャムだっただろうと思います。


どちらの農園さんにも
いいことありますように。。。
posted by Lana-Peace at 11:56| □ 考えたこと いろいろ

2018年10月19日

ニホンザル

今日はニホンザルのご紹介。
病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ どうぶつ」にほんざる 1
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/nihonzaru-hakodate1.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」にほんざる 2
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/nihonzaru-hakodate2.html
「いっしょにあそぼ どうぶつ」にほんざる 3
http://www.keiko-cafe.com/asobo/dobutsu/nihonzaru-hakodate3.html
http://www.keiko-cafe.com/
posted by Lana-Peace at 00:01| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年10月18日

母の心を救った幼いこども

お子さんがとても重い病気で、
医師から聞くお子さんの病状は
いつも親の心が崖から強く突き落とされるかのような辛い話ばかりで
ああ、もう自分もどうにかなってしまいそうだって
彼女は追い詰められたような気持ちになっていたのでした。

それでも鬱にならないで過ごしてこれたのはなぜか?

それはお子さんのごきょうだいの存在があったからだそうです。

入院しているお子さんのことばかりで
頭も心も埋め尽くされていて、落ち込んでも
家に帰ればもう1人のお子さんが待っている。
そのお子さんのためにも自分がずっと
落ち込んでばかりではいられない、と。

そしてこうも思ったんですって。
人は生まれた時から運命が決まってる、
そう自分に言い聞かせたそうです。

でも、彼女は運命だからと言って
お子さんの人生を諦めたり
人生投げたわけじゃないのです。

そういう運命のもとで生きなくてはいけなかったとしても
そこでどれだけ最大限こどもが幸せに過ごせるか?
そう彼女は必死に考えたのでした。

そういう母の毎日の積み重ねによって
お子さんは生きてくることができたのでした。
それも周りの予測より良い状態で。

彼女がそう頑張り続けられたのは家族の存在が大きかったそうです。
ご主人は仕事がとても忙しくて、
いつも一緒にいられるわけではないけれど
彼女が苦手な部分をしっかりフォローしてくれました。
まだ幼いお姉ちゃんはママが自宅で一生懸命
心を尽して赤ちゃんのお世話をする様子を見て
ママの真似をするようになりました。
ママが洗濯物を干して、ちょっと目を話しているすきに
赤ちゃんが具合が悪そうになったときは
ママの背中に向かって、それをお姉ちゃんが教えてくれました。
ごっこ遊びをする時は、赤ちゃんのそばで、赤ちゃんと一緒にやりました。
楽しい時間を独り占めしないで
赤ちゃんも一緒に楽しめるように。

彼女からそのお話を伺った時、
なんだか心がジーンとしました。

幼いからと言って何も分からないわけじゃない。
幼い心だからこそ、心に刻めることがある。



一生懸命頑張っている人のことを
誰かがどこかで必ず見ている。

その頑張りはきっと何かのご縁で廻り廻って
幸せの形に変わってその人の元にやってくる。

強くそう思いました。

あのご家族に幸せなことがもっといっぱいありますように……。

ニホンザリガニ

今日はニホンザリガニのご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ みずのいきもの」にほんざりがに
http://www.keiko-cafe.com/asobo/mizu/mizu-481.html
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posted by Lana-Peace at 06:57| ◎ お散歩気分:動物・魚・鳥・虫

2018年10月17日

過去にとらわれる自分を打ち消す母

忙しいながらも、順調にすくすく育つ我が子の姿に
安堵を感じていた時、急に具合が悪くなって
あっというまにどんどん症状が進んで
医師から衝撃的な病名を告げられた時、
人はなかなかその事実を受け容れられないものです。

病院で過ごす時間、
それが1日、2日、1週間、1カ月と過ぎ
いつしか何カ月も経っていくと
彼女はふとした時に「あの頃に戻りたい……」と
心揺さぶられる思いに駆られる瞬間が
何度も湧き上がったのだそうです。
我が子が健康だった、何も心配のなかったあの頃に。

でも、彼女はそういう時、いつも自分に言い聞かせるそうです。
今、我が子は頑張っているんだぞって。
そういう風に思っちゃダメだって。
いつまでもそう思っていたら、我が子に申し訳ないぞって。

そう言い聞かせて、心奮い立たせているのだそうです。


「あの頃が良かった」そう思うということは
すなわち「今は良くない」ということだものね。
「今は良くない」そう思うことは自由だけれども、
その「良くない」状態とともに今を生きているお子さんは
良かろうが、良くなかろうが
それが自分なのだものね。
「今は良くない」それは
今の自分を否定されることだものね。
こどもの病気、
それはこどもの努力によって
どうにか改善できるものではないものね。


彼女はとても素敵で、その爽やかな笑顔は
きっと誰もが魅了されるはず。
そんな彼女が苦悩を繰り返していたとは
事情を知らない方は全く想像がつかないことでしょう。

苦悩を繰り返してきた彼女は
とても強くなりました。
簡単にはへこたれない、打たれ強い母になりました。
治療の先にあった光が消えそうになっても
今度は自分の力でその光を探し求めて
新たに光にたどり着きました。

どんなに我が子が重症であっても
我が子の生きようとする力を信じて
心から慈しみ、家族みんなで大事に育てて来た彼女。

道なきところに道を作る。
彼女はそういう力を持っている人なのだと思いました。
そしてその力は重症の我が子と共に生きることを覚悟した
彼女に与えられた天からのギフトなのだと思いました。

新しい治療、きっとうまくいく!

パボニア

今日は赤い苞が美しいパボニアのご紹介。

病気で外に遊びに行けないお子さんに
見せてあげたいなと思ってのせました。

けいこかふぇ
「いっしょにあそぼ おはな・しょくぶつ」ぱぼにあ
http://www.keiko-cafe.com/asobo/ohana/pabonia-1.html
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posted by Lana-Peace at 12:18| ◎ お散歩気分:花・植物・木

2018年10月16日

死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」

かつて韓国では死者の棺を乗せて埋葬地まで運ぶ輿に
飾られていた人形がありました。
4つの役割を担っていたこの人形「コクトゥ」。
それは死者が生の世界から死後の世界へ移行する時
安全に、安らかに、楽しく過ごせるようにという
願いが託されたものでした。
またその輿の前後を飾った龍頭板は
邪悪な力から死者を守るだけでなく
死は廻る人生の一部という意味を込めて作られました。

韓国の美しい伝統家屋が立ち並ぶソウルの北村韓屋村に
それらの展示館があります。


詳しくはこちらに書きました。
Lana-Peaceエッセイ
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜
「死者を守り、癒す人形の世界〜ソウル 「コクトゥと韓屋」」
http://www.lana-peace.com/2/2-3-074.html
posted by Lana-Peace at 07:19| ☆ 魂・霊と命, 死後の生